CDファイルや"Dream police"と一緒に注文したアルバムが、昼に届いていた。

早速聴くが、先に入っているラフマニノフの交響的舞曲は苦手なので、「くるみ割り人形」からにした。何となく音が少ない(編曲のせい?)感じで簡素だし、期待よりパワーが弱い感じだ。音は綺麗(ちょっと硬めではある)だけど、「さらりとした梅酒」のように、余りにもサラっとしていて、アルゲリッチに期待する「アク」がない。が、チョーヤの梅酒が添加物を使用していないのと同様、純度の高い模範的演奏ではある。物足りないのは、録音が今一つのせいかも知れない。

以前気になって、それを聴くためにこのアルバムを買ったとも言える、「花のワルツ」の特徴的なフレーズは余り滑らかでないし、盛り上がりにも欠ける。それもあって、全体的には、先日YouTubeで観たジルベルシュテインとのライブ(上のリンク先参照)の方が、熱気とか汗を感じられて良かった(実際には、果たしてこの曲に汗が合っているのかという問題はある)。それでも退屈はせず、一気に聴けた。ジルベルシュテインとのに比べて短く感じたのは、そつのない演奏だからなのだろう。

編曲者と第2ピアノのエコノム(Nicolas Economou)は、若そうなのに、既に1993年に亡くなっていた。

2015年発売だが、外装はやけに古く(10年くらい前の物のように)見えた。セロハンの質のせいか。が、PCへの取り込みは速かった。原盤はDG(ドイツ・グラモフォン)だが、日本盤はデッカ事件のユニバーサルだった。そして、ジャズとクラシックを同じ部門(「ユニバーサル クラシック&ジャズ」)で制作しているのは、なんか、「和食も中華も似たようなものでしょ」と馬鹿にされたような気分だ。

あと、DGすらユニバーサルが扱っているのなら、DGのMP3も期待出来なさそうだ。ダウンロード販売サイトはあるけど、実際にはどうなのだろうか。

PS. 交響的舞曲(第1ピアノはエコノム)はなかなかパワフルで音が鋭く、聴き応えがある。CDにはこちらが先に入っているし、実際にはメインなのかも知れないな。ただ、残念ながら、長く感じる。(17:04)

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先日、どうしてだったか、ふいに懐かしくなって欲しくなり、注文したのが昨夜届いた。一緒に他のCDやCDファイルなどを注文した。本来はCDファイルが欲しかった(デッカ事件のせいで、MP3の購入を止めてCDに戻らざるを得なくなり、これからもCDファイルが必要になりそうなので、今まで使っていたバッファローの120枚入りを2個買った。あと10年はもつだろうか?)のだと思うが、Amazonの合わせ買いの対象なので、欲しかったCDをいろいろ買った。まんまと策略に引っ掛かってしまった。

昨夜は疲れ果てていたので早く寝てしまったのだが、さっき目が覚めたので、聴くことにした。ジャケットを見ると、「さすがの猿飛」のスパイナー高校の2人(リンク先画像の数字が名前)を思い出す(が、実際には全く異なっている)。このアルバムと「さすがの―」は同じ頃に出たと思っていたが、後者が少し後だったようだ。曲目を見ると、ボーナストラックが3曲も入っていた。意外に取り込みが速かった。取り込み速度は盤質と関係あるのか、気になるところだ。

全然関係ないが、BDドライブのトレイが1-2年前から開きにくい(2-3回ボタンを押さないと駄目)のは、何が悪いのだろうか。壊れる前兆だとしたら、妹の(処分する)PCから外して持って来るのがいいかも知れない。が、外すのは面倒だし、確かATA接続だったから使えない気もする(マザーボードにATA端子はあるが、調子が悪い)。

聴くと、最初の"Dream police"はやっぱり懐かしい。が、なぜか、イントロのギターが記憶と少し違う感じだ。例えば、こっちは音を切り気味にしているが、記憶では伸ばし気味だった気がする。シングルと違うテイクなのか、今まで(コンピレーション盤に入っているものを)ちゃんと聴いていなかったのか。→ 今、元々持っていたのを聴いたら、同じ感じだった。

なぜか、少し音量が小さい。再生ゲインがアルバムモードだからか。→ 聴きやすい音量で何曲か聴いたら耳が少し痛くなったので、実際には小さくはないようだ。起き抜けで耳が本調子でないのか、ヘッドフォンで聴いているせいか。あと、何となく、音が平板的な(ダイナミックレンジが狭い)感じだ。

"Voices"や"I know what I want"も懐かしい。が、他の曲は、やっぱりすっかり忘れていた。

このレコードは、中学生の頃、確か同じ剣道部のKくんに借りた。カセットにダビングする時、A面最後の"Gonna raise hell"が長くてうまく収まらず、苦労したのを思い出した。今はそんな苦労が全くないのは便利だと思うが、何となく、情緒が失われた気もする。当時のアルバムはA/B面の区切れを意識していたものが結構あったので、アーティストや制作者の「考慮」が失われてしまっていると思う(まあ、例えばA/B面を別のアルバムやプレイリストとして登録すれば、それを復活させるのも可能ではある)。

 

PS. Amazonの宅急便のラベルの文字はかなり小さいので、高齢の作業者には厳しそうだ。

(さて、また寝るか・・・)

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黒歴史シリーズ第1弾。(確か)h.takくんのご要望があったので、書きます。黒歴史って、「武勇伝」のように、余り好まれないかも知れませんが、少しでも笑って下さる方がいるかも知れないので、書きます。ただ、ここに書ける黒歴史がどれほどあるか分からないので、シリーズといっても、すぐに終わるかも知れません。

高校生の時は無線部に入っていた(余談: 正式には物理部という名前だった。中学生の時にBCLをやっていたので、アマチュア無線には興味があったし、電子工作とかマイコンもできそうなので入った。でも、もしマイコン部があれば、入っていたと思う)。確か、2年生の時は、どうしてか、部長をしていた。そして、その学年の3月頃、3年生の送別会が開かれることになった。会では、主だった人が出し物を披露することになっていた。僕は、部長だったせいか、どうしても何かやる必要があった。

(ここまで書くと、題から大体想像がつきますねw 残りは帰宅してから書きます。)

帰宅してから、何をやるかいろいろ考えた。ギターを弾きながら歌うのがベストだと思ったが、実際には、何一つとしてまともに弾けなかったので、却下となった。

他の出し物はできなかったのか(当時は今で言う高2病で、自尊心がすごく高くて、良くあるちょっとした笑いを取れる出し物なんて、自分を低く見られそうだから論外だった。そもそも、そういうネタ自体、ロクに知らなかった。)、思いつかなかったのか、歌を歌うことにした。

何を歌うかについても悩んだ。まずは自分が好きな曲だが、みんなもある程度知ってそうな曲が良さそうだと思った(この辺りは、今でも、「カラオケの順番が回ってきたらどうしよう」と考えるのと似ている)。

いろいろな曲を考えた気がするが、最後に決めたのが、"Yesterday"であった。この曲は、当時は好きだったし(なんたってビートルズだし、最初に買った"Love songs"の最初の曲だし)、有名だからみんな知ってそうなことがポイントだった。それで、歌詞を忘れないように紙に書き写したり、何度か練習もした。

当日。順番が回ってきて、歌った。手書きの歌詞を見ながら、薬師丸ひろ子のように直立不動で、無伴奏独唱した。

歌い始めて少ししてから、選曲を誤っていたのに気付いた。曲が暗くて全然送別会に似つかわしくなかった。まるでお葬式のようではないか。今更思うが、詞だって場違いだ。それでも、当然のごとく全曲を歌った。今なら、乗りが悪かったら1番だけで終わりにするとかしそうだが、純真だった当時の僕は、そんな考えも起こらなかった(実際には止めたかったが、プライドがそれを許さかなったのかも知れない)。

まあ、とりあえず、(今のカラオケと違って)音程は余り外さなかった気がするが、歌い終わってからの周りの反応は全然覚えていない。。。みんなは、即座に「なかったこと」にしてくれたのだろう。

てなわけで、それからこの曲は、僕の黒歴史となった。今でも、聴くたびにあの苦い思い出がよみがえる。イントロのギターだけで、もう。。。

 

PS. 今これを書いていて、同じ部の友人Hくんに相談して、一緒に何かやれば良かったと思った。彼はギターを弾けた気もするし、僕よりは、軽い出し物を知ってそうだった。まあ、自分で書くのもおかしいが、当時は結構孤高な人間であった。

PS2. 今更ながら、"Hey Jude"にはしなくて良かったと思う。(スミマセン、受け狙いです。) (1/18 19:35)

(2017/1/18 7:10 後半(「帰宅してから、」以降)を記述)

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偶然の機会で、イチローとトヨタの社長の対談を観た。僕は野球もトヨタも好きじゃないので、自ら観たのではなく、半ば強制的に観させられたのだが、意外に良くて、かなり感心した。

特に、イチローの言うことは、いくつも「そうそう」と思ってうなずいていた。中でも特に共感したのは、「仕事と趣味は違う」というようなことや、チームワークの話だった。前者は、「仕事だったら、『楽しいことばかり』なんてことはない。そんな人はまだまだだ」という話で、後者は、「よく掛け声のように言われている『全員一丸となって頑張ろう』なんてのはあり得ない。違う。」のような意味だったと思う(僕の解釈で、ちょっと変わっているかも)。

余談だが、イチローが、「若い人から学ぶこともありますか?」と聞かれて、「余りないですね」と答えたのには笑った。正直だと思い、好感が持てた。そして、自分に自信を持ち、責任を負っている自覚があるのだろうと、今思った。普通は、「やっぱり、誰からも学ぶことはありますねえ」とか、優等生的なことを言うと思う。

正確な内容についてはビデオを觀て頂きたいが、やっぱり、すごいことをした人は、ありきたりなことは言わないと思った。

ところが、これを観た人たちのうちの何人かは、「最初が良く聞こえなかったので、なんとも言えない」だの、「じゃあ、Xさん(ビデオを紹介した人)はどうしたらいいと思っていますか」とか、全く的外れなことをのたまわっていたので、大変がっかりした。まあ、凡人未満の方には、偉大な人の価値は理解できないのかも知れないね! まさに豚に真珠。

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(前の投稿から転載、修正・加筆)

昨日、妹の家からの帰りに、ディーラーでノーマルタイヤの交換(寿命のため)の相談をしようと思っていたのだが、眠くてだるかったので、来月末頃のオイル交換の時に延期した。タイヤを交換する春までは長いので、延ばしても大丈夫だろうと思った。

相談の内容は、交換用タイヤの新しい候補、オールシーズンタイヤ(グッドイヤー Vector 4Seasons Hybrid)の評判や値段についてだった。

このタイヤを知ったのは、昨年末のwebのニュースや広告記事でだったと思う。オールシーズンタイヤというのはほとんど馴染みがなかったのだが、僕の住んでいる地域や使い方には最適な気がした。そして、これなら、年に2回、ノーマルとスタッドレスを交換する手間も料金も、外したタイヤの保管料も要らないし、純正タイヤ(ポテンザ)より安上がりだし、寿命などでのタイヤの交換費用が1式分に減るので、かなり経済的だと思った。それで、いろいろ調べて検討した。

まずはサイズだが、スタッドレスタイヤのサイズ(195/50R16)があるので、スタッドレス用のホイールが使える。直径は純正(195/45R17)より一回り小さくなるが、何の問題もない。実際には、タイヤ(ゴム)の厚みが約1cm増すので、逆に望ましい。純正のホイールが使えなくなってしまうが、デザインに特に思い入れはないし(「ホイールなんて飾りです(以下略)」w)、何度か擦って傷が付いているから丁度いい。純正のホイールは、タイヤを外してもらって、家で保管しよう。

最初に気になったのは以下の点で、口コミなどで検討した。

  • 性能(雪道など)
  • タイヤの減り
  • 騒音(走行音)

性能は、「悪くない」感じだった。アイスバーンや厳しい条件では弱いそうだが、そういう所はスタッドレスでも怖いから慎重に走るので、欠点ではないと思う。そもそも、この辺りで雪が降るのは年に数回しかなく、積もったままにならないし、降ったら基本的に乗らないし、ひどい場所(スキーなど)には出掛けないが、嫌でも走らざるを得ない通勤路は交通量が多いので、ひどい状況になる可能性は低く、大きな問題はなさそうだ。濡れた路面に弱いという話も読んだが、慣れの問題ではないかと思う。

減りも問題ないようだ。素材がスタッドレスより硬いからのようだ。

走行音は、車種や路面によるようで、いつもうるさいという人も居れば、そうでもない(ゆっくり走る時や荒れた路面でのみ)という人も居た。まあ、これは乗ってみないと分からないだろう。ただ、今のノーマルタイヤは決して静かではないから、それ程ひどくはならないのではなかろうか。

次に、デメリットや懸念事項と対処を考えてみた。

  • 今のスタッドレスはまだ交換時期でないので、もったいない。→ 減ってはいないが、実際には寿命が近い(今で5年目)。
  • 峠を攻められなくなる?
  • 見た目がスタッドレスみたいで、かっこ悪い。
  • 本当に栃木で大丈夫か? → 東北でも使っている人は居る。実績や評判をディーラーに聞いてみる。

峠を攻められなくなるのは残念だが、そもそも純正タイヤの限界まで使っていたのか・使っていいのかという疑問もあり、実際にはオールシーズンタイヤで「少しグリップが弱いな」とか思いながら、抑えて走る程度の方が良い気がする。

見た目はかっこ悪い。一見スタッドレスなので、「交換しない無精者」に見られたり、「あっ(察し)」になりそうだが、諦めよう。

最後に、コストを比較した。

現状を継続した場合 (ノーマル+スタッドレス): 約5.6万円/年 (タイヤ廃棄費用は除く)

  • ノーマルタイヤ代: 約12万円以上/5年程度
  • スタッドレスタイヤ代(来年頃): 10万円程度?/5年程度
  • タイヤ保管費用: 8千円/年
  • タイヤ交換費用: 4千円(2千円x2)/年
  • タイヤ廃棄費用(ノーマル、スタッドレス): 2式分/5年程度

オールシーズンタイヤにした場合: 約2.2-2.6万円/年 (タイヤ廃棄費用は除く)

  • オールシーズンタイヤ代: 約8-10万円?/5年程度
  • スタッドレスを早く交換するコスト(5年使えるのに、4年で交換するとして): 10x((5-4)/5)= 2万円
  • タイヤ廃棄費用: 1式分(交換時)+1式分/5年程度
  • 定期的なタイヤローテーション代: 2千円?/年

明らかにオールシーズンタイヤにした方が安い。仮にノーマルタイヤとオールシーズンタイヤが同じ値段だとしても、追加のスタッドレスの分(10万円程度?/5年程度+約1.2万円/年)がまるまる不要になる。

それから、今のディーラーは、グッドイヤーなら安くなると聞いたので、価格も期待できる。それ程でもなければ、交換と保管を頼んでいるタイヤ屋にも聞いてみればいい。

という訳で期待は大きいが、ディーラーで聞いた時に予想されるのは、この製品のことを知らなかったり、実績がないと言われたり、(これのことを良くは知らないけど)先入観で余りいい反応をされなかったり、「スタッドレスがまだ使えるから、もったいない」と言われることだ。それでもまあ、今のところは、そういうことにも心を揺さぶられずに推してみたいと思っている。

あと、今気付いたのは、「今の車にいつまで乗るか」ということだ。もし、次の車のタイヤのサイズが違っていて、今のホイールが入らなかったら、上のコスト計算は変わって来そうだ。が、全く未定なので、心配しても仕方ない。新しいスイフトあるいは次期スイフトスポーツなら、大丈夫そうな気がする。入らなかった場合は、乗り換える時に、オールシーズンタイヤを(おそらく寿命を残して)交換するのがもったいないだけで、その後は同じことか。

あ!オールシーズンタイヤに交換した時に純正タイヤを廃棄してしまうと、下取りに出す時にオールシーズンタイヤを付けて出す必要がある。だから、古い純正タイヤは廃棄せずにホイールと一緒に保管した方がいいのだろうか? とは言え、それは場所を取るし、古いタイヤで出すのは問題がある(無責任なことだし、下取りが安くなりそう)から、買い換える時は、オールシーズンタイヤも一緒に手放すべきなのか。「獲らぬ狸」のようだが、ちょっと悩ましいところだ。

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新年に、県内に住む下の妹から、「PCを処分するけど、返す物(欲しい物)はある?」と聞かれた。その時は「特にない」と答えたのだが、「スピーカーも?」と聞かれて思い出した。そのスピーカーは、そのPCを妹にあげる時に新しく買ったので、使うあてはないけど、もったいないから引き取ることにした。更に、ディスプレイ(これもその時まで僕が使っていた物)も予備になりそうなので、引き取ることにした。本体もちょっと迷ったが、去年友人Nにもらったのが余るほどあるし、CPUはPentium 4 (Prescott)とかなり古いので、止めておいた。

という訳で、今日、それらを引き取リに行った。ついでに、家の光回線にWi-Fiルーターを繋げたいと言っていたので、その設定もしようと思っていた。

まず、Wi-Fiルーターは、僕が使っているバッファローの同じ物を買ったので、設定方法は分かっているし、Linuxじゃないから全く問題はないと思っていた。ところが、思わぬ落とし穴があった。妹の家はひかり電話を使っていたので、光回線アダプタが単なるアダプタ(ブリッジ?)でなくてルーターになっていたのだ。

ところが、Wi-Fiルーター(の基本設定画面やマニュアル)はそんなことは想定していないので、なかなか設定できなかった。PCは片付けてしまっていたので、スマフォしか使えないのも辛かった。Wi-Fiルーターをブリッジモードにすればできると思ったのだが、なぜかインターネットのサイトには繋がらなかった。そして、思わぬ事態が発覚した。どうやら、彼女は光のプロバイダを変更してから、その接続アカウントを光ルーターに設定していなかったようで、光ルーターから先に通信できなかったようだ(ただ、ひかり電話は使えていたのが腑に落ちない)。

それで、まずは光ルーターを設定しようと思ってログインしようとしたのだが、パスワードは、マニュアルに初期値が書いてなく、最初のログイン時に設定するようになっているのに、妹もそのパスワードが分からなくなっていて、設定できない状態だった。初期化すると電話も使えなくなりそうなので、躊躇した。

などという複雑な状況を話したら、妹は弱気(というか、単に面倒?)になってしまい、「(光回線を)止める。固定電話も。」と言い出した。もったいないとは思ったが、確かに、ネットは契約しただけで1-2年間使ってなかった(全部、携帯回線のスマフォで済んでいた)そうで、解約しようとしたら、プロバイダの人に「Wi-Fiルーターを買えば便利に使える」と言われただけだし、固定電話だって、今はなくても何の問題もないのだから、それでいいと思った。

結果として、おみやげにWi-Fiルーターが増えた。同じ物を持ってはいるのだが、壊れた時に使えると思ったのだ。が、「次は別機種」と思っていたのが、しばらく(10年くらい?)は替えられないことになった。

妹から引き取ったディスプレイ、PC用スピーカー、Wi-Fiルーター

引き取ったディスプレイ(FlexScan S170)は枠が小さいから、机がすっきりしそうなので、サブディスプレイ(FlexScan M170)と交換してみた。

サブディスプレイをM170からS170に入れ替えて。

見た感じは、メインと若干色味が違う(でも、印象としては、こちらの方がシャープな感じで好ましい。パネルの質は上なのかも知れない)。sRGBにすれば合うのかも知れないが、明る過ぎる(”0%”にしてもまだ明るい)ので、カスタムモードで暗くしている。あと、今までのと違って、周囲の明るさでの画面輝度の自動調整機能がないから、夜は不便かも知れない。ちょっと使ってみて、どちらにするか決めようと思う。

部屋が明るいと、輝度の自動調整ができないS170は暗く感じるので、元のM170に戻した。(1/15 8:22)

なお、使用時間はかなり少なく、今までのは約3万時間なのに対し、引き取ったのは約4600時間だから、故障する確率は低そうだ。

 

PS. 帰りに、いつものデニーズに寄った。小泉さん(仮)と翔子ちゃん(仮)は健在だった。なぜか、翔子ちゃんは以前より大人っぽく見えた。化粧のせいなのか、室内が暑くて顔が赤っぽかったせいか。小泉さんは接客がにこやかかつ丁寧でいい。ビーフシチューは肉が柔らかくておいしかった。全部で2300円くらいだった。

PS2. 帰りにディーラーでノーマルタイヤの交換の相談をしようとも思っていたのだが、眠くてだるかったので、オイル交換の時に延期した。相談しようと思ったのは、交換用タイヤに新しい候補が出たからだ。オールシーズンタイヤ(グッドイヤー Vector 4Seasons Hybrid)にしようと思っている。これなら、ノーマルとスタッドレスを交換する手間も保管料も要らないし、純正タイヤ(ポテンザ)より安上がりなので、かなり経済的だと思うのだ。それで、ディーラーにその評判や値段を聞こうと思っていたのだ。が、まだ春までは長いので、余裕だろう。(→ 次の稿に転載、修正・加筆: 1/15 7:20)

PS3. 帰り道、猫が駐車場の塀の横で、じっと動かずにうずくまっていた。別の猫も、近所の家の窓の下でうずくまっていた。寒いのだろうか。何とも可哀想な気がしたが、どうにもならない・・・

近所の家に居た猫は同じ場所に居着いたようで、さっき見たら、芝生で暖かそうにくつろいでいた(芝生が丸く凹んですらいた)ので、ちょっと安心したが、そのまま暮らせるだろうか? 是非、お願いしたい。(1/15 9:40)

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以前も書いたのだが、ビートルズは、いとこにもらったテープ(NHK FMで掛かった、ベスト盤"1962-1966"と"1967-1970"の抜粋)が初めてだった。そして、自分で初めて買った彼らのレコードは、"Love songs"だと記憶していたのだが、先日実家から持って来た発掘物から、その証拠が出て来た。

中高生の頃に記録していた、レコード一覧である。買った時に書いたものもあるが、それ以前に買った物も、買った時期を思い出して書いていた。当時、どういう理屈にしたのか、親にタイプライターを買ってもらって、それで打ち込んでいた(タイプを使いたくなった最初の理由は、年賀状作りだったと思う。今でいう、アスキーアートだったと思う。もちろん絵は苦手なので、柄は絵じゃなくて、文字(タイプの文字を何個も打って、大きな文字にした)だった。手作りのバナーだ(でも、今はバナーの意味がすっかり変わっているな)。今思えばとんでもない無駄遣いだw)。

僕のレコード一覧(c. 1980-1985)より

最初は考えていなかったのか、タイプミスするのが嫌だったのか、行がズレるのが嫌だったのか、ビートルズのの買った時期や追加のコメントは手書きになっている(今だったら、いくらでも挿入・修正できるのに!)。今気付いたが、一覧の中で、2つのアルバムが手書きの"]"でくくってあるのは、同じカセットのA/B面に収める案だったのだろう。そして、一通りビートルズを揃えた後は、ウイングスを揃え出したようだ。他に、その頃買ったレコードで、The carsやYMOのも載っている。でも、それ以前に持っていた桜田淳子などの歌謡曲のレコードは「なかったこと」になっていて、記載されていない。

おもしろいことに、アルバム名の表記が、当時から今と同じでブレていないことが分かる。僕はアルバム名や曲名の各単語の頭を大文字にせず、普通の文章のように先頭だけ大文字にして書くのが好きなのだ。(例: "Please Please Me"でなく"Please please me") あ、"Hey jude"は駄目だ。。。

限られた小遣いの中で、買うアルバムは厳選(聴きたい曲を揃えるのに最適化)していた。オリジナルのUK盤だけにせず、UK盤に入ってない、シングルの曲(例: "I want to hold your hand")が入っているUS盤も混ぜていた(日本盤は、オリジナリティーがないと思って買わなかった。今となっては、US盤なんて極悪非道の「売らんかな」精神そのものだったが、当時は知らなかった)。ただ、"Rubber soul"だけは、たまたま輸入盤のワゴン(当時良く行っていたジャスコでは、どういうタイミングか、たまに、今のホームセンターなどでの懐かしいCDやDVDのような感じで、輸入盤が売られていた。)で見つけたUS盤を、UK盤とは曲目に違いがあることに気付かないで買ってしまい、そのせいでずっと(長いものではCDを買うまで)聴けなかった曲もあったから、かなり後悔していた。

その一覧には、確かに、"Love songs"が最初だと記録してある。1977年の10-11月に買ったようだ。そして、それを買った時にもらったペンダントも出て来た。何のメッキだろうか、未だに光っているのがすごい。更に、そのアルバムを買うきっかけになった広告も出て来た。余談だが、今の自分がこの広告を見たら、全く買う気にはならないだろう。「日本が2/3、アメリカが1/3って、単に妥協の産物じゃないか」って感じで。

そして、今朝、このことを思い出していて気付いたことがある。ビートルズに出会う前に、ロックが好きになるきっかけになったバンドがあった。あの「キャロル」だ。いとこは二人(TさんとHさん)居て、どちらも結構年上だったのだが、どちらの方からキャロルを聴かせてもらったのかは覚えていない。ビートルズは二人とも好きだったが、テープはTさんから、カセットレコーダー(とマイク)はHさんからもらった気がする。

キャロルを初めて聴いた時、何と思ったかは忘れたが、とても新鮮で、衝撃を受け、興奮した。今も覚えている曲は「ファンキーモンキーベイビー」だ。「これが音楽!?」という感じだったかも知れない。それは、「音楽的でない」という意味ではなく、それまで聴いていた、当たり障りのない歌謡曲や、学校の音楽とは全然違っていたので、「こういう音楽もあるのか!」という驚きだったと思う。そして、すごく乗りが良かった(僕が乗りのいい音楽が好きなのは、これが原点なのかも知れない)。とても気に入ったので、その時にバンドの名前を教えてもらった。後でレコードを買おうと思ったのだろう。

(お盆か正月に行った)いとこの家から戻ってしばらくしてから、レコード店に行った。店内を歩き回って、キャロルのコーナーは見つけた。が、結局買わなかった。最も大きな理由は、「恥ずかしい・・・」だった。まじめで小心者の中学生が気軽に買えるジャケットではなかったのだ。今調べたら、どれも、リーゼントで煙草を吸っていたり、暴走族みたいに不良っぽかったし(実際、そういう人たちのシンボルだったのだが)、(その日に見た別のバンドのだったのかも知れないが、)「大人じゃないと買えない絵柄」のジャケットもあった気がする。音楽とジャケットの印象の違いに、戸惑ったような気もする。今思えば、詞を余り聴かず、曲だけでイメージを作っていたからかも知れない(どうしてか、詞を余り聴かないのは今も同じだ)。あと、気に入った曲(「ファンキー―」の曲名が分からず、どのアルバムを買っていいか分からなかった気もする。

結局、散々逡巡した挙句、何も買わずに帰ったのか別のを買ったのかは、記憶にない。それから数十年経つが、今でも彼らのアルバムどころか、一曲も持っていない。今だったらジャケットは全く問題ないが、好みとは少し違うとか、その後に聴いたビートルズやその他のバンドの方が断然好みになったからだと思う。

そうこうしているうちに、あの広告をFM雑誌("FM fan"を購読していた)で見たのだろう。それが本当の始まり(かつ終わり?)だった。ビートルズのレコードを買うのは、全く恥ずかしくなかった。やっぱり、彼らは優等生だったのだろうと思う(実際、"I want to hold your hand"なんて、英語の教科書みたいで、逆に恥ずかしいくらいじゃないか)。詞や曲はそこそこ・結構先進的なものがあったけれど、ジャケットには全く問題がなく、どれだって堂々と買えた。

単なる思い付きだけど、そういうことも、デビュー直後から彼らが世界中で(特にUSで)売れた理由の一つかも知れない。そういえば、マネージャーのエプスタインは、彼らを売り出すに当たって、(キャロルのような感じで)荒くれていた彼らの格好を、例のおかっぱみたいな髪型と襟なしスーツ姿にさせたというから、あながち間違ってもいなさそうだ。

優等生とはいえ、彼らの音楽や行動(本などで昔のことを読んだだけだが)は、当時の僕にはものすごく革新的、エキセントリックだった。それに感化されてしまった僕は、中二病や高二病を経て、今に至っているのだろう。。。

PS. 実は、レコード一覧には続きがある。CD一覧である。大学生の時に、パソコン(FM-7)のテキストエディタで作り、その後、FM-7で動くワープロに移した。

僕のCD一覧(1986-1988)より (個人名を隠した)

PCベースなので、手書き文字がないのが少し味気ない気がする。文字もタイプの方が味がある。そもそも、この頃はフォントなんて選べなかったが。。。残念なことに、全角文字を使っている感じだし、アルバム名などの記法が揺らいでいる。アルバム名はジャケットの記述に合わせたのかも知れない。ただ、タイプの時とは違って、CSVのようにデータに構造を持たせようとしていたことが分かる。その考えは今も同じだ。

僕の最初のCDは、記憶どおり、友人Wから買ったRushの"Power windows"だった。最後のページを見ると、ビートルズのCDを揃えたのは1988年4月だったことが分かる。彼らのレコードを初めて買ってから約10年か。今思えば、意外に短い。秋葉原のいろいろな店を歩き回って、1日で全部(15組)揃えたことを覚えている。大学が忙しくなったのか、1988年4月で記録が終わっている。その時点でのCDの総数は57組だった。

その後就職して、CDの増加速度は加速した。今では何枚あるか分からない。プレイヤー(GMB)では1000組程度と出るが、レンタルしたものや重複などが含まれているので、正確な数は分からない。→ 調べたら、レンタルなどは約230組だったので、重複を考慮すると、大体750組程度か。(1/15 13:15)

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(楽しくない話題が続くが、たまたま目が覚めて書く気になったので、ご容赦を。

以下は、僕の想像・フィクションである。ここに、ドラマの最後に出るような注意書きが来るであろう。)

日本に「ブラック企業」は多いが、その原因は、経営側だけにあるのではない場合がある気がする。従業員自身が、ひどい環境に忖度とか納得とか我慢してしまって、声を上げなかったり行動を起こさなかったりするのだろう(これは、webで読んだ、近頃有名になっているらしい、デービッド・アトキンソンの文章(「日本の労働生産性は低い」という主旨)にも書いてあったと思う)。その他に、「空気を読む」(他の人に合わせなければ駄目だと思い込んでいる)こともあるだろう。

具体的な例(といっても、想像だが)を書くと、前の投稿に書いた、ひどい経営者の会社の社員は、残業代がまともに払われなくても、トップが自分勝手な言動をしても、(表立っては)文句を言わずに働く。その意識を想像してみると、以下のようなものであろうか。

  • 偉い人に楯突くのは良くない(どうせ無駄だし、怒られたくないし、クビになりたくないし)。
  • 会社が苦しそうだから、我慢しよう。
  • (自分を卑下して)雇ってもらってありがたい。
  • みんな我慢しているから、自分も我慢しよう。
  • 何もしなかった時間があったから、それと残業代を相殺した方がいいのでは?
  • 自分は終わったけど、みんな帰らないから、悪いからもう少し残るか・・・
  • (法令を知らないので、その状況が違法だと知らない: 実はニュースで薄々勘付いてはいるが、自分には関係ないことにしている)。

それで、何も行動せずに居るのだろう。でも、鬱憤の溜まった社員は、(辞めた後に)通報するのかも知れない。日本人の悲しい習性(これは自然のものではなく、「教育」で押し付けられたことだ)だと思う。

仕事は趣味じゃないので、"No pay, no work"だ("No work, no pay"が一般的だが、それは経営者の論理だ。社員を働かせるのは経営や管理職の義務なのに、それが満足にできていないのを棚に上げて、お金を払わないというのは、おかしい)。社員は、労働や時間を会社に提供して対価を得ているのであって、給料がもらえるのは「ありがたいこと」ではない。当たり前のことだ。会社は福祉事業ではない。

会社が苦しいのは経営者の責任だ。なのに、自分たちの正当な残業代を減らして(更に、健康を損なって・損なうリスクを冒して)まで会社の収支を良くする義務なんてないし、それに依存している会社は終わっていると思う。そして、そんなことをしても、喜ぶのは経営者だけだ。どうせ、「会社が苦しい」からという論理で、給料はいつまでも上がらないし、ボーナスだって少ないだろう。その割には、経営者はやりたい放題ではないか? 苦しいという経営者の給料が一体いくらか、公表されているだろうか? 「会社が苦しいから、自分の給料を減らす」という経営者が、果たしてどのくらいいるか。

何もしなかった時間があったって、それは仕事を与えなかった管理職の責任であって、たとえ1分だって、会社に拘束されていた時間に対しては、給料が払われる必要があると思う。ただでさえ、会社の規則は経営側に有利になっているのに、なぜ、それ以上に譲歩してしまうのだろうか。

逆に、自分の仕事に、給料を堂々ともらうだけの自信や誇りを持たない社員は駄目だ。「道楽ですか?」と言いたい。

「(上に)楯突くのは良くない」、「みんな我慢しているから」、「(他の人に)悪いから」は、悪いことばかりじゃないけど、程度問題だ。そんな態度でい続けたから、日本は戦争になってひどい目に遭ったのではないか(そうなってすら、ほとんどの人は表立っては文句を言わなかったが)。

決まりを知らないのは悲しいことだ。学校は一体何を教えて来た(教えるべきだと思っている)のだろうか。。。学校の代替を考えても、労組のない会社では、労働関係の法令や常識など誰も教えてくれない。だから、自分たちの権利も義務も知る由もない。そのために、(悪どい)経営者に搾取されているのだ。

仮に僕がそういう会社に居たとして、残業代が満足に払われないことを知り、そのことで文句を言っても無駄だったとしたら、とりあえず、残業はしない。終業時刻になったら即刻帰る。仕事の予定は、全部定時ベースで組む。定時ベースで間に合わないなら、上司にそう伝える。シンプルだ。それでも我慢することはあるが、最悪ではない。

もっと世の中を良くするには、決まりや世界の常識を知る(知らせる)ことから始めるのがいいのだろうか。でも、誰が教えるのだろうか? 仮に教えても、上に書いたように、自主的に我慢してしまうのでは無駄だから、意識を変えるところから始める必要がありそうだ。それは、言ってみれば、国民性を変えるということで、かなり困難だ。

明るい展望はない。今の国の規制なり摘発(真意がどこにあるにせよ)が真の効果をあげ、今後も継続すればいいが、果たしてどうだろう。だから、本当のことに気付いた人たちは信念を持って行動して、自分の権利や健康を自分で守って行くしかないと思う。

 

(それでは、おやすみなさい)

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(以下は、僕の想像・フィクションである。ここに、ドラマの最後に出るような注意書きが来るであろう。)

 

いろいろ居るだろうが、「こういう奴は人間として終わっている」と思うケースを書く。

社員に責任やリスクを押し付けて、自分は被害者面する人。

ある会社に、今問題になっているブラック企業のように、お役所から指摘があった。きっと、辞めた社員が通報したのだろう。それが初めてでないので、厳しい内容だったようだ。

偉い人は、それでビビったようで、「(初めて指摘された時に、付け焼き刃的に、あるいは、泥縄式に決めた)規則を社員がきちんと守らなかったから、こういうことになったのだ」とかいうふうに、半ば逆ギレのようになっていた。しかも、一度でなく、何度もそんな言動をしていた。

なるほどと思った。阿呆は、こういう言動をしても、なーんにもおかしいと思わないのだなと。

まず、(怠惰で守らないのと異なり)好きで規則を守らない社員は、余り居ない。特に、好きでタダ働きする人はまず居ない。「守れない」のだ。その原因がどこにあるのか、きちんと調べて・考えて、解決すべきではないか。経営者の仕事は、ただ偉そうにしているだけじゃなくて、そういうことじゃないのか。

更に、その規則が守られていない状況をずっと看過して来て、(法を守っていないのに気付かない振りをして、)その結果、利益を得ていたのは、自分じゃなかったか。それなのに、問題が発覚したら、その利益を生み出して来た社員たちに責任を押し付けたのだ。それに気付かないのは大変オメデタイ方だから、次の言葉を無料で進呈したい。

無料の昼食なんてものはない。

その人は、「何かあったら、直接相談に来い」などとも言っていたが、そんなのは、他人の気持ちが分からない人が良く言う言葉だ。それが容易にできる(た)ことなら、通報される事態にはならなかっただろう。トップに気軽に相談できる社員が、どれくらい居るか。そして、上に書いたように、平気で被害者面するトップに、どんな相談ができるというのだろうか。

という訳で、かなりの社会経験がありそうに見える人でも、実際には、裸の王様とか井の中の蛙になっていて、箸にも棒にもかからない場合がありそうだ。でも、それでずっと通って来たのだから、幸運な人と言えるのかも知れない。ただ、果たしてそれがいつまで続くのか。

PS. 実は、この話に関連して、これより先に書こうと思っていた話がある。「自主的ブラック労働」という題だ。日本中に蔓延していそうだ。近いうちに書こうと思う。

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先日、スーパーからの帰り道、子どもの頃大好きだった小熊のぬいぐるみのことを突然思い出した。途中に居た、お母さんに連れられた子どもが熊のぬいぐるみを持っていたからかも知れない。そして、あのぬいぐるみがどうなったのか、気になった。確か、妹の物だったので、取り合いをしたかも知れない。そんなふうに手荒に扱った関係で、段々壊れてしまったのが、子どもながらにも可哀想だった(実際には、自分で壊したんだけれど)。それが、引っ越しのせいか、いつからか居なくなってしまったのが、寂しかった。

写真を探したら、運良く写っていた。全体的に茶色い熊だと思っていたが、実際には白い部分が多かったようだ。その頃の写真はほとんど白黒なのだが、どうしてか、これは珍しくカラーで良かった。

1967年、妹と。(顔はぼかした)

熊で連想したのか、部屋に帰ってから、この歌が頭の中で流れた(いかん! 今、イントロを聴いただけで涙が出そうになる)。。。

子どもの頃のことを思い出すと、なぜか、寂しく悲しくなるのは、歳のせいだろうか。

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