雨でドライブに行く気もせず、することもなかったので、学生時代のノート数冊を電子化した。4年生の時の研究ノート(1986年頃)を見ると、今同様、趣味に走っていたことが思い出される。下は、研究室にあった日立の68Kマイコンボードをケースに入れて、大幅に機能拡張するという計画の構想図だ。不器用なのに、昔は工作もしていたのだ。

grad-fig-1986-1

図を見ると、構想の壮大さが分かる。I/O用スロット5-6個、メモリ用スロット3-4個なんて、(数では)今のPCと比べても遜色ないではないか。LEDやらスイッチも多い。これは、卒業生のK先輩の残したマイコンシステムに対抗し、勝とうとしていたからだ。まったく、若さというのは無謀だ。

今思い出すと、I/Oやメモリ用のスロットの配線は、ものすごい本数だったと思う。1スロットにつき50本として、5スロットで約250本である。それを1本1本、手で配線したのだ。今ではとてもできない。

残念ながら、この計画は、結局頓挫してしまった。一番の問題は、マイコンのバス(配線)を外部に拡張したら、動作が不安定になってしまったことだった。それから、プログラムを全部アセンブラで書く必要があったので、研究で使えるまでにはかなりの手間が掛かることが分かり(そんなの、やらなくても分かりそうなものだが・・・)、途中で、K先輩の会社から頂いた8086パソコン(Cが使えた)に乗り換えてしまった。

そんな、方向性の定まらない研究だったが、先生は(生)暖かく見守って下さっていた。

PS. おや、改ざん防止のために、筆記具はボールペンを使っていたつもりだが、鉛筆だった。記憶はあてにならないね。。。

PS2. 今朝は、大学院でのノート2冊を電子化した。多くの紙が、挟んであったり糊付けされていたりしたので、1冊のスキャンに30分位掛かった。1冊目の最後(1988年頃)に、こんな綺麗なグラフがあった。当時の学部生O君の声のスペクトルを、時間的に連続してプロットしたものだ。昔から、周波数特性に興味があった。ちょっと気になったのは、2冊目のノートの最後(1989/3/3)が、シミュレーションの手順の記述で唐突に終わっていたことだ。何を考えていたのだろう? その後間もなく卒業旅行に出掛け、帰って来た直後に社会人になったのだ。まったく慌ただしい春休みだったと思う。(3/31 6:45)

master-fig-1988

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