うまくは書けないが、今はそう思う。昔は裏表など大嫌いだった。それで、かなり無鉄砲な言動をしていた(でも、周りの人にうまくとりなしてもらって、なんとかここまでやってこれた)。

例えば、オークションの取り引きを円滑に進めるためには、やり取りに本音を書いたら駄目だろう。思ってもいないのに、「お手数をお掛けしますが・・・」、「申し訳ありませんが・・・」、「また機会がございましたら・・・」などと書く。定型文として指が動くのだ。

申し訳ない気持ちや感謝の気持ちが全然ない訳じゃないが、こっちにも言い分や正当性はある。だが、それを素直に(、「早く・・・して下さい」、「お前のせいだボケ!」、「代金ありがとうね」などと)書いても先方は受け入れ難いだろうし、気分が悪いだろうから、上のような柔らかな書き方をする。

オークションの目的は、お互いに気持ち良く商品とお金を交換することだろうから、こういう裏表は必要だろう。相手の機嫌を損ねたら、入金が遅れる/無くなる可能性がある。逆に、機嫌を良くしたら、それが「良い評価」となって、後日の出品時に役立つというメリットがある。

よく、裏表があるのは日本的だと言われるが、そうでもないような気がする。英語だって、こういう裏のある書き方はすると思う。いや、英語(西洋)の方が、裏表=本音と建前の差が大きいのではないかと思う。まあ、若い頃ちょっと旅行したことがあるだけだから、ほとんど想像ではある。

でも、国連とかのニュースを見ていると、各国のエゴがうまく正当化されていると感じるから、あながち間違いではないだろう。そして、日本の外交が下手だと言われるのは、裏表をうまく使い分けられないということなのだろう。

話は戻るが、たまにオークションで不用品の処分するたびに、人生の修業だと感じる。商売人や営業の人ではないから、その経験がすぐに何かに役立つとは思わないが、何がしかの「経験値」になると思う。

今回の「切手貼り忘れ事件」も、代金数百円のために一日潰れて、お金で考えたら大赤字だ。でも、それをいい加減にせずに責任を持って処理することに価値があると感じた。もちろん、(最初は定型外は指定外だったのに、別のユーザーの要望があったから指定可能にしたとは言え、)自分のミスで生じたことだしね。

 

PS. ブログという媒体は、裏表という点では、微妙な立場にあると感じる。基本的には、相手に直接言えないような裏=本音を書く場所ではあるが、ある程度公共の場所なので、本音をすべて書く訳ではない(昔は、向こう見ずにもかなり書いていたが、今は本当の日記とは区別している)。そういう微妙さ・不安定さが、結構おもしろいと感じているところかも知れない。「一定の制限の中で、どこまで書けるか」という挑戦である。

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