恥ずかしいことだが、昔(2000年頃だったか)は産経新聞を(望んで)購読していた。今となっては、「あんな政権べったりの新聞なんて良く読んでたな」と思う(かといって、今だって朝日も読売も毎日も読む気はしないが)。

その変化は、僕の考えが変わったからかだと思っていたのだが、良く考えるとそうでもないようだ。というのは、僕は今の首相のズルいやり方とか誤魔化しとか山ほどの嘘にものすごい反感を持っているのだが、例えば、防衛のための軍備については、(今よりずっと右寄りだった)当時はもちろん、今だって必要だと思っているのだ。だから、どちらかと言えば、憲法改定もする必要があると思う。

当時は憲法改定なんて国会で議論する状況ではなかったが、今は「いつ改定されるか」という状況だ。だから、変わったのは僕でなく世の中だったようだ。でも、その変わり方が余りにもひどい。僕が考えていたことと似ているけど違う、「これじゃない」状態だ。一体、いつかまともになることはあるのだろうかと思う。。。

 

PS. 参考までに、軍備についての僕の考えを以下に書く。

  • 憲法九条は理想的な考えではあるが、現実的ではない。国外には憲法は適用されないから。
  • 戦争を起こすために軍を持つのではなく、防衛のために持つ必要がある。
  • アメリカの属国でなく、独立した国になるために、自分の国は自分で守れる必要がある。
  • だから、自分で防衛できるようになって、安保条約は破棄した方がいい。国内の米軍もさようなら。

でも、今の政府は違う。国民に嘘をついたり誤魔化しをして、アメリカの要求に応えているだけだ。だから、ますます属国化している。「戦後レジームからの脱却」なんて、実際にはしようとしていない。

一方、多くの野党は金科玉条のごとく憲法九条に固執しているが、彼らが政権を取った後で攻撃されたら、どうしようと考えているのだろうか。本気で、「憲法九条を守っていれば攻撃されない」と思っているのだろうか。それって、「原発神話」に似ているのでは? いつか質問してみたい。

ただ、強力な軍備にはお金が掛かることが問題だ。これ以上税金を取られたり福祉が削られては、たまったものではない。だから、何か工夫が要ると思う。

例えば、諜報活動とか情報戦に力を入れるのはどうだろう。ソーシャルエンジニアリングとかハッキングとかで、敵が攻撃できないようにするのだ。仮にミサイルが発射されたら、現地に紛れ込んだスパイが操作したり、外部からハッキングしたりして、日本に落ちる前に自爆させるとか進路を変えるとか。外から見ると、「失敗」に見えるだけで日本からの攻撃は全く分からないが、実はすごくレベルが高いものだったと。これなら、従来の軍備より安く済むのではないか。そして、普通の戦争より死傷者は格段に少ないのではないか。

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