前にも似たようなことを書いたような気がするが、会社に、考えない人が居る。その人は技術に詳しくないので、開発の人にいろいろ聞いているのだが、横で聞いていてイライラした。

自分が主体となって作業をやろうとして、その中に分からないことがあって聞くのなら、問題ない。そうではなくて、その人の姿勢が、「資料に書かれているとおり/言われたとおりにやる」だからなのだと思う。

仕事なんだから、その作業の意味や背景や基本的な技術や用語について自分で考えたり調べたりしないのだろうかと思う。ましてや、何度かやっていることについて、書かれていることや言われたことの意味を理解せず、何も疑問を持たずにやっているのでは、機械と同じじゃないかと思う。

おそらく、その人は、「考えるのは面倒だし、考えたってお金は増えないから、やっても無駄だ」と思って考えないのではなく、実は誠実な人なんだと思う。考えないのは、その人の性格なのかも知れないし、日本人一般の特性なのかも知れない。「考えない人」で検索してみると、日本の学校・教育の問題だというページがいくつかあった。

一方、「下手な考え休むに似たり」と、研究者の発言を紹介して、先人の遺産を学ばずに自分で考えるのは無駄だと書いたページもあった。僕はそれにはあまり賛成でないものの、一理あると思う。ただ、今問題にしていることとは種類が違うので、ここでは置いておく。

では、どうしたらいいか? 解はない。そのような人に考えさせることは、まず無理だと思う。いくら「考えろ」と言っても、その人が自分でググることはないだろうし、ある作業の意味を考えることもないだろう。壁に"THINK"という額を飾っても無駄だ。いろいろな言い訳は出て来るはずだ。

  • 何を調べたらいいか分からない。(何が分からないか分からない)
  • 分からない用語が多過ぎる。(全部分からない)
  • 調べても書いてあることの意味が分からないと思う。
  • 時間がない。
  • 余計なことを考えて、作業を間違えたらいけない。

解はないのだが、考えない人たちは、近い将来、確実に機械に職を奪われるだろうと思うし、そういう人ばかりの国に将来はないだろう。だから、皆危機感を持って生きるべきなのだ。

最後に、IBMの「「THINK(考えよ)」という文化」の最後の段落より:

社員が正しい意思決定を行うのは、やるべきことを命じられたからではなく、やるべきことを知っていたからです。もしそうだとしたら、つまり、考えることに基づいて企業文化を育てることができるとしたら、何世紀にもわたる変化を通じて組織を維持し、導いていくことができます。

  •   0
  •   0

コメントを書く

名前    

メール 

URL