今まで、プログラミング教育について散々反対して来たが、ここでは、その理由などの追加と対案を書く。

理由など:

僕は、仕事にはしているが、プログラミングなんてしない方がいいに決まっていると思っている。僕的には、「(プログラムを)書いたら負け」だ。もちろん、全く何もない時は書く必要があるが(それはとても大変だ)、可能な限り、今ある物を再利用したり、組み合わせて実現した方がいい。そもそも、お客さんと話してみたら、実はその機能は要らなかったという場合すらある。

趣味的にプログラミングは楽しい場合もあるし、作った物が動いた時はとてもうれしいが、やっぱり、しないに越したことはない。人間は誤るので、ほぼ必ず不具合が生じて、その対処に苦しむし、お客さんにも迷惑を掛けるからだ。そして、今は昔とはくらべものにならないほど、いろいろな物(ライブラリやプログラム)が出回っている。そういうのを使ったり組み合わせれば事足りるのに、何で新たに作るのだろうか。

だから、よくテレビなどで見る、四六時中、電車や喫茶店などでノートPCを広げてプログラミングしている人は、能力が低いのだと思う。最高のプログラマは、(作らずに)「もう、できてます!」と言える人だ。

政府は、将来の産業振興のために、子どもにプログラミング教育をしようとしているのだと思うが、それは全く見当違いだ。製品・システム開発や開発現場を知らない役人や政治家が、馬鹿な自称「識者」に乗せられているのだろう。

対案:

目的は産業振興なのだから、プログラミングなどといった小手先の技術でなく、物作りの全体を学べばいいのではないか。製品やシステム開発の勉強だ。何か世に出したい物や機能があって、それを自分たちで用意して世に出すにはどうするかという話だ。既存の物を組み合わせたりちょっと変えて済むのならそれでいいし、駄目なら作る。コストや権利問題も考える。対象によっては、全部事務的なこととかアナログ技術で済んで、プログラミングなんて全く要らないかも知れないし、どうしても実現できないかも知れない。そういう調査・検討からする。これなら、文系の子でも理系の子でも参加できそうではないか。まあ、こういうのは高校以上のレベルなのかも知れないが、小中学校でもできることはあるだろう。

もちろん、先日書いたように、そういう話の前に、普遍的に価値あることを学んだほうがいいに決まっている。そういう頭がなければ、新しい物やいい物は生まれないと思うから。

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