今回の帰省での収穫で、先に書いた件以外を、ジャンルはごちゃまぜだが、まとめて書く。

1. 実家で「発見」したピアニスト

8/13の夜、YouTubeでクラシック音楽を聴いていたら、今まで知らなかった・聴こうとしていなかったピアニストが結構いいのに気付いた。(()内は公開またはアップロード年)

ワイセンベルクは、なんとなく堅苦しくて難しそうなので、聴かず嫌いしていたのだが、聴いてみたらすごく良かった! 今まで好きだった人(ブロンフマンなど)とはちょっと違うタイプだから、新しい発見だった。この人はいわゆる正統派なのだろうか。

あと、演奏と同時にその箇所の楽譜(2台ピアノ版)が表示されていたので、読むのが苦手で、演奏している場所が分からなくなることが多かったのだが(追い付いても、音が多過ぎて理解できないのだが)、とても参考になった。機関銃のような箇所の譜面(1小節がやけに長い)には笑った。あと、転調するところで、♮が山のように出て来た後に♯だの♭が山ほど出て来るのには、どうしてもついて行けない。MIDI楽器じゃないんだから、そんなに瞬間的に頭を切り替えられないという気分だ。

MacIsaacは、ブロンフマン的演奏で親しみやすかった。これの最中、特にクライマックスで音が頻繁に切れて、OCNにイライラした。iPhoneで見た時にスペルを"MoclSaac"と読んでいて、今日検索しても出て来なかったので、少し慌てた。老眼で、小さい文字は読みにくいし、Iとlの判別は難しい。

ルプーも、どういう訳か(グルダと混同していた?)聴かず嫌いしていた人で、聴いてみたら良かった。母の居るところで聴いていたのだが、母でも、さすがにラフマニノフとモーツァルトの区別は付くようで、こっちを掛けたら、冒頭で「綺麗だね」と言っていた。やっぱり、ラフマニノフは音が多過ぎるよなw 関係ないけど、指揮者(Sándor Végh)がキダ・タローに似ていた。母が「日本人も居るね」と言ってたのは、彼のことだったか?w

という訳で、まだまだ世の中には聴くべき演奏が溢れていると実感した。とりあえず、上の人たちのアルバムを買ってみたいと思う。

2. 妹や父母のアルバムでの発見

実家にあった妹のアルバムは、僕と期間が重複しているのだが、初めて見る写真が結構あった。例えば、昔の家で撮った写真で、彼女のアルバムにしかないものがあったり、通っていた小学校の教室の写真は、僕のにはなかった。小学校は随分前に廃校になったので、そういう写真は貴重だ。

父母のアルバム(結婚直後のもの)は、子どもの頃に少し見せてもらっただけなので、当然ながら初めて見る写真ばかりだった。当時のJR(国鉄)宇都宮駅の写真があったのだが、建物の外壁に掲示されている駅名が「うつのみや」と平仮名で書いてあったのだが、昭和30年代でも公共の表示に(漢字でなく)平仮名を使っていたことが、意外だった。

だから、妹や母は(PCなどがなくて見られないから、)デジタル化は必要ないと言っていたのだが、個人的にデジタル化しようと思って、借りてきた。

3. 戦争や政治などの話で母と話し込んだのだが。。。

母と今の政権に対する怒りをぶつけ合った。そして、震災で発生した放射能汚染物質を道路の下に埋め込んで全国にばらまく計画は、どうしてか、余り知られてないことが分かった。新聞を読んで、日々TV漬けになっている母ですら知らないのだから、やっぱり、情報統制あるいは自主規制(あるいは「忖度」)があると実感した。

4. 車の走行距離が4万kmを越えた。

8/14のドライブの後に寄った僕の家から、実家に戻る途中でだった。丁度信号で停まったので撮れた。1年でほぼ1万km走っている計算だ。

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(8/16 11:15 わずかに補足)

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