前の投稿の追伸で上のように書いたが、それについて少し書きたくなったので、まとめるのは無理かも知れないが、書いてみる。

何を言いたかったかというと、音楽は、YouTubeなどに投稿して、比較的多くの人の感想を得ることができるが、文章はなかなかそうは行かないということだ。

もちろん、YouTubeだって、投稿しても観られず(聴かれず)コメントが付かないことは多いのかも知れない。が、文章は更に少ないように思う。まず、投稿する場所は、ブログか同人誌的なサイト程度だろう。どちらも、知らない人の目に留まることは少ない。投稿しても、読まれるとは限らない。読まれても、理解されるとは限らない(逆に、理解されないことの方が多い)し、読んで筆者の意図を理解するには時間も労力も知識も要る。

実際には、音楽だって、作者や演奏者の意図を理解するのは難しい。が、最初の一音で、その演奏がいいか悪いか(実際には、多くは、「好きか嫌いか」)分かることだってある。一方、(絵文字・顔文字や写真やイラストなどなしで)文章だけで、最初の一文字(あるいは、ぱっと見)で「すごい!」とか「好き/嫌い」と思われることは皆無だろう(ぱっと見で、「長いから嫌」はあるか)。だから、音楽は文章よりは聴かれてコメントを得る可能性が高いのではないか。

他には、音楽だと、途中までは無意識に聴き流していて、あるところでふと「いい」と思うことは多々あるが、文章だと、途中まで無意識に読み進めて、ある一文で唐突に「おもしろい」と思うことは、まずないだろう。

それから、音楽がすごいのは、国や時代が関係ないことだ。もちろん、国や地域、時代ごとに音楽は違うが、聴くのは全く可能だし、楽しむのにも問題はない。が、文章は全くそうではない。知らない言語の文章は全然読めないし、昔の文章を読むのも困難だ。そういうところが、文章の悔しいところだ。

そして、最初の一文字で「すごい!」と思われる文章はあり得るのかとか、「文章のYouTube」はどういうものなのかとか、国(言語)や時代が関係ない文章はあり得るのかとか、そういうおかしなことを考えている。(草稿: 2016/12/27 22時頃)

最後の段落について今思ったのだが、考えを、言語を使わず、文字で書かず、何か別の、「考えの塊」のような形態で記録して、何らかの方法で読めるようにすれば、可能になる気がする。例えば、物理的にはQRコードとか無線タグのようなものだ。それを見る(スキャンする)と、一瞬で考えが伝わって来るのだ。ただ、果たしてそれが「文章」と呼べるかは疑問だ。が、文章だけでなく、音楽を含むあらゆる表現の手段(メディア)になれるような気がしてきた。

  •   0
  •   0

2件のコメント

  1. Haru maro goro:

    れんと様のお書きになられた「考えの塊」が実現化あったら、どんなにいいだろうと思う事がつい最近ありました。コメント欄には個人的な事なので割愛しますが、一生懸命LINEやメールを通して書いても、その細かいニュアンスまでが相手に伝わらなくて話が行き違いになって、結局3人で待ち合わせて話す事になってしまいました。直に会って話せば声の出し方や抑揚でわかるなんでもない事だったのですが…。

    音楽は全てではないけど、時には演奏を通して作曲家の「感情の塊」を具現化して、聴衆にストレートに訴えるところがあると思うのです。
    音楽は人間の五感の聴覚を刺激するし、演奏会に行けば視覚も刺激を受けますよね。聴こうと思わなくても、聞こえてくる音楽が自然と身体に入ってくることがあります。

    一方、文章の方が書く側だけではなく、文章のレベルに応じて読者の側にも読解力や想像力等を求められるから敷居が高く感じます。私は難しい文章を読みこなす力が無いと思っています。だから、今回のお書きになられたお話の真意とずれていたらごめんなさい。

    自分で書いていてなんだかわからなくなりました。失礼しました。

    •   1
    •   0
  2. PiuLento:

    ●Haruさん、そうですよね。僕の経験からも、メールなど文字での意志の疎通は、悲しいですが難しいです。僕自身は会話より文章が好き・得意なので、仕事でも良く書くのですが、なかなか意図が通じないので、悩ましいところです。ある時は、僕が書いたことと同じことを相手が言っているのに、相手は同じと思ってなかったりしました。。。

    音楽でも似たようなこと(理論とか形式的なことなど)はあるかも知れませんが、文章よりは伝わりやすい感じです。それは、Haruさんのおっしゃるとおり、感情に直接訴えるからなのかも知れませんね。一方、文章は、一旦、知性を介す必要があるから、伝わらないのかも知れません(と、今思い付きました)。

    そして、演奏会は刺激がありますね。そこが好きですし、癖になります。

    文章についてもそのとおりで、書き手がいくら頑張って書いても、読み手(の読解力などや、経験なども関係するかも知れません)がそれについて来れない・合わないと、大体は無駄になってしまいます。

    僕は、この投稿を書く時に、そういう問題がどうにかならないかと考えていたので、Haruさんに理解して頂けて、うれしいです。

    •   1
    •   0

コメントを書く

名前    

メール 

URL