(以下は、僕に「先見の明があった」などど言って偉ぶるつもりは全然なく、単に、「数十年前の嫌な予感が当たったのかなぁ?」と回想する程度のものである)

近頃、x86プロセッサの脆弱性(メルトダウンともう一個)で騒ぎになっている。僕は、どうもその深刻性にピンと来ないのだが(というのは、個人ユーザに限っては、PCで自分の知らないプログラムを動かさなければ、脆弱性は悪用されず、情報は漏れないと思うので: これは牧歌的過ぎるのか? それに、世の中の数えきれない数のPCやサーバ全部が脆弱なのだから、自分が攻撃される確率はすごく低いのではないか?)、どうも、30年くらい前に感じた嫌な気分、あるいは、「これじゃない感」は正しかったのかなと思う。

1980年代半ばから1990年代中頃に掛けてはRISCプロセッサ(当時の正統派はMIPS、今だったらARM)が台頭していて、x86のようなCISCなんて時代遅れだという風潮だった(実際、RISCのワークステーションはCISCの(当時は68KのSun)に比べてものすごく速かった)。僕も、確証はなかったものの、「将来(=今頃)のCPUはRISCだよなあ」、「x86(=Intel)なんてダサいし終わりだよな」と思っていた。

そういえば、その頃のx86のクロックは8とか16MHz(GHzの間違いではない)でも速いと言われていたっけ・・・

が、その後、どういう訳かx86が盛り返してしまって今に至る。僕は、その頃(1990年代初頭)のPCは「ボディーはガラクタだけど、エンジンの馬力だけはすごい車のようだ」というふうに形容していた(それは今も変わっていない。とにかく、x86 PCは美しくない!)。で、当時は全く使う気にならなかったのだが、数年後(Windows 95の頃)には、仕事で使うことになったのと、それが一番経済的なので使い出した(良く書いているが、僕にとっては、「別にCPUは何だっていい」と、そこ頃から思い出したので)。でも、「なんか『変な未来』になっているなあ」という気がしてたらまなかった。

(1/13 0:33追記) 今思い出したが、実は昔からx86を使っていた。ただ、自分のではなく、研究室のものだった。そのPCは、大好きだった6809を載せたFM-7よりずっと高速で(16ビットだったし、クロックは4か8MHzだった)、メモリーも大容量(といっても、8MBあったかなかったか。2MBくらいだったのかも知れない)で、大容量HDD(確か20か40MBくらいだった)も付いていて、2HDのフロッピー(1.4MB)も付いたし、Cも動いたから、美しくなくて嫌いではあったが、喜んで使っていたw

上の数値は自虐的に書き加えたのだが、単位は間違っていない。全くすごい時代だった・・・

そして、今になってメルトダウンの発覚だ。全くの想像だが、それらの脆弱性は、x86プロセッサや現代的なプロセッサの機能(今回は投機的実行)の本質的な欠陥ではなく、実装や確認の問題(要は手抜き)だと思う。が、結局、レガシー(僕は、この単語にはいい印象を持っていないのだが、実際にはいいなのか悪いのか、ネイティブに聞いてみたい)を流用しようとしたから、複雑になって訳が分からなくなって、手抜きをせざるを得なくなって、脆弱になったというのが実際のところではないか。

という訳で、結論はないが、その時々に使えるものをちょっと使うのはいいけど、何も考えずに(あるいは、「まあ、まだ使えるからいいじゃん」)ずっと継ぎ足し・改築しながら使い続けるのは良くないのかも知れないね。。。

その点でIntelを弁護するとすれば、彼らは何もしてなかった訳ではなく、RISCに向かおうとしていた(i860プロセッサ)。が、失敗してしまったので、今があるのだろう。もう少し頑張ることはできなかったか?? でも、彼らはやっぱりダサい(今でも!)ので、無理だっだんだろうな。

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