さっきから、Arie Vardiという人のK. 488 (1988?)を聴いている。最初は素直な感じで悪くなかったのだが、段々、気に入らなくなってきた。1楽章のイントロは良かったのだが、その後はちょっと慌ただしい感じでもったいない。深みも少ない。実は、忘れていたのだが、この演奏は以前聴いていたようで、thumbs upしていたのだが、取り消した。逆に、downにしたいくらいだ。

僕は、この曲の2楽章終盤の寂しいピアノが好きなのだが、この人のはちょっとおかしく、サーカスみたいに(ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番 第2楽章後半にそんな箇所がある)なって、場違いで台無しになっていた。。。 3楽章だって、もう少し流麗に弾いてほしい。曲に負けているよ。(今気付いたが、この人、弾き振りしている。ピアニストの弾き振りは大抵失敗するんだよね。止めときゃいいのに・・・)

と、がっかりすることも多いのだから、K. 488だったら愛聴のポリーニのにしておけばいいのに、僕はなぜ、新しい演奏を探すのだろうか。良くは分からないが、変化とか「もっといいもの」を求めているのだろう。まったく、自分で弾け(き)もしないのに贅沢(高望み)もいいところだ!w

でも、今は、GPMのおかげで、この程度ならいくらでも贅沢できるのだから、本当にありがたいことだ。

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