Archive for the ‘日記’ Category

昨夜、Thomas Leyerという謎の人のラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番(2016?)の演奏を聴いてみたら、スケールが大きくて結構良かった。そこから、寝る前に思ったことがある。

Leyerは、実は実在しない人なのでは? 「もしかして(Googleの)AI?」ってことはまだないだろうが、もう少ししたら、AIが演奏するようになって、TVや映画やフィギュアスケートや結婚式や合唱などでBGMや伴奏に使われる、「普通の演奏」をする人は不要になってしまうのではと。だって、誰も演奏者固有の表現はもちろん、演奏の良し悪しになんて気を留めない(間違えずに、正しいテンポで演奏すればいい)のだから・・・

そうなったら、使う人は演奏料が安くなって便利だけど、演奏者を目指す人が激減してしまいそうだ。更に、「普通の曲」の作曲だって、AIがしそうだから(「券」か何かでCDの枚数をさばくのが目的の、なぜか大人数でユニゾンする日本のポップなんて、特に簡単そうだw)、作曲家になる人も激減する。詞だって然り。そうすると、音楽自体が衰退してしまうのではないか。それか、農水産物のように「無AI」とか「天然物」(実際には、芸術は天然ではないから、「人間物」だろうが)は貴重になるとか・・・

無AIといえば、大昔、ボストンだったか、シンセを使わないのをうたっていた(レコードに"No synthesizers used"などと書いていた)バンドがあった。クイーンも書いていたことがあったようだ。でも、そういうのは少数派だったし、彼らにしても、結局、すぐ後にシンセを使い出したから、AIもそんな流れになる気がする。

そもそも、重要なのは、結果としての音やそれで生まれる表現、その良し悪しであって、それをどのように作ろうが、聴く方は知ったことじゃないのだ。どんなに苦労して音を作っても、全く同じ音や表現が別の方法で楽にできるのなら、お互いにそれでいいということだろう。

 

PS. AIの演奏は、技術的には充分可能だ(少なくとも、車よりはずっと楽だw)。というのは、「普通に」演奏する技術は、今はやりの学習で身につけられるだろうし(難しいのは曲を「理解」することだろうが、多くの演奏の(楽譜と)音とその評価を与えれば、理解しなくてもできるのではないか)、AIが本物の楽器を物理的に演奏する必要はなく、合成などで演奏の「音」を作ればいいのだから。コンサートじゃないので、誰も、音をどうやって作ったかなんて気にせず、その楽器らしい音があればいいのだ。

僕としてはまったく納得行かないが、世の中はそうなので仕方ない。

でも、いいこともありそうだ。個人の好みをAIに学習させれば、どんな曲でも自分好みの、しかも、その時の気分などに自在に対応した演奏(演奏中も、「ここはもう少し滑らかに。もう一回やって」とか言えば調整可能)で聴けるではないか! 未来のGPMを見た気がする。(それで本当にいいのか、疑問だが・・・)

  •   0
  •   0

LinuxとiPhoneで使える、Evernoteの代替の件。実は、結論が出てからも、しつこく探していた。

すると、たった一つだけ、LinuxとiPhoneのアプリがあるサービスがあった。Zoteroというもので、本来は研究者の文献管理用システムのようだ。元々研究者が作ったようで、(大学や研究所は、各自の好み研究の目的に従ってさまざまなマシンを使っているため)マルチプラットフォーム対応になっており、Windows, Mac, webはもちろん、Linuxのアプリまであって「完備」しているのが珍しい。更に、純正ではないが、iPhone(注意は後述)やAndroidのアプリもある。

Zoteroは、論文から参照する資料(論文の最後に載る「参考文献」)の情報を管理するものなのだが(個人的には、そんなことのために、こんなすごいシステムを作る必要があるのか疑問(それとも、今の論文は「いつでもどこでも」書くもので、しかも、大量の参考文献を列挙するのだろうか?)だが、実際に需要があるのだろう)、その文献情報の中に「メモ」という情報を格納することができる。そのメモは、まさに、Evernoteのように、普通(もちろんマークダウンでなく!、ビジュアルエディタで自由)に書けるものになっていた。書式を設定できるし、画像も貼れるし、アプリなので、ブラウザ版EvernoteのPage up/downの問題もない。つまり、ずっと探していたものが見つかったのだ!

が、やっぱり、世の中はそんなに甘くなかったw 基本機能は問題ないのだが、iPhoneアプリ(PaperShip)に問題があった。

まず、最初に試した時、Linuxアプリで作ったメモが見えなかった。検索してみたら、他の人も、「PaperShipが同期しない」、「サポートの返事が全然来ない」、「ずっと更新されてないから、ディスコン(開発・サポート終了)では?」、などと書き込まれていたし、Zoteroのモバイルのページにもそういう情報がある旨書かれていたので、使えないのかと思った。

が、やっぱり捨てがたく、更にしつこく試した。まず、Zoteroのストレージとの同期は駄目でも、自分で用意したストレージ(WebDAV)なら大丈夫かも知れないと思って試したが、WebDAVにはメモは格納できず、添付ファイルしか格納できないので、目的は果たせなかった。

それでも、今朝は「きっとできるはずだ」という、全く裏付けのない信念(直感とか本能とか「臭い」)でいろいろ試した。

余談: プログラムとかソフトの「臭い」は確実にある。ちょっと触ったりwebやマニュアルを見たり話を聞くだけで、「だめだこりゃ」(「へえ、まあ頑張ってね。僕は使わないからw」)なものは分かる。「これはいい!」ってものも分かる。演奏の最初の一音・フレーズみたいなものだ。ただ、中間は難しい。結構騙されたり、「意外にいいじゃん」てことがある。

すると、Linuxのアプリで直接メモを作るとPaperShipでは見えないのだが、資料(例: 「文書」)の中(子として)にメモを作れば、PaperShipからも見える(同期される)ことが分かった(上記の困っている人に教えてあげたいが、別の問題かも知れないし、大抵の掲示板は書き込みを無視する人が多いので、止めておく。この情報は、検索してここに来られた、日本語が読める方だけへの公開に留めるw)。ZoteroとPaperShipのバージョン違いの問題なのかも知れない。

それで、とりあえず、今日の午後、日記や買い物メモで試してみた。すると、思わぬ落とし穴が見つかった。: PaperShipは電池を食い過ぎるのだ。時間消費率は計算していないが、正午頃から夕方まで、時々メモを書くのに使っただけで、電池残量が30%程度になってしまった。これは、今までどんな使い方をしてもほとんどなかったことなので、明らかにPaperShipのせいだ。実際、iPhoneの設定のバッテリーで表示される使用率は60%を越えていた。

全く惜しい! (おらのスマホにゃ電池がねぇw)

代替策として、iPhoneではweb版を使うことを検討したが、結構ちゃんとしたモバイル用ページがあるものの、そもそも同期の問題の可能性があるのでアプリを探しているのだし、編集ページの文字が小さくて、ちょっと使い辛い。

それで、ダメモトで、PaperShipのバックグラウンド更新をoffにして、明日いっぱい試そうと思っている(多分、駄目だとは思うが・・・)。

PaperShipを起動(正確にはサスペンド状態)しているだけで約3%/hも電池を消費した※ので、アンインストールした。代替策のwebは、iPhoneでは編集ページの文字が小さいので、Zoteroへの移行は保留にした。 (12/10 5:57)

※この結果から、Appleが主張している、「不要なアプリを終了させる必要はない(OSがうまく処理する)」はやっぱり正しくないことが分かる。全部まともなアプリなら正しいのだろうが、実際にはそうではない。アプリがまともかそうでないかやOSがどう処理するのかは作った人以外には分からないので、小まめに終了させる方が得策だ。(12/10 6:01)

(12/10 20:59) その後、再びNixNote2で同期エラーが起こったのに業を煮やし、Linuxではweb版も許容することにして、Nimbus noteを試した。が、以下の問題があった。

  • 英語以外の言語が、なぜかロシア語だけある。サポートページも英語とロシア語の記述がある。 → ロシア系企業なのかも知れないので、不安がある(ただ、本当に危ない関係があるなら、下手にロシア語を出さず隠し通すはずなので、問題ないのかも知れない)。
  • Web版
    • 負荷が高い。ブラウザ(Vivaldi)の負荷(topコマンドの%CPU)は常時10%を超え、100%になることもある。
    • 見え方(スタイル・フォーマット)がiPhoneと異なる。フォントや改行の見え方が違う。
    • デフォルトのフォントがGeorgia(セリフ)でちょっと嫌。
  • iPhoneアプリ
    • 同期の動作やタイミングが今ひとつ。
    • 同期間隔を指定するうえ、最短で30分と長い。

それで、今はBox notesを試している。Web版は機能が豊富(Windowsアプリより機能が多い感じ)だし、iPhoneアプリにも大きな問題はなさそうなので、明日いっぱい試してみる。ただ、Evernoteからのインポートに難がある(標準ではできない)ので、乗り換える場合にはそれを何とかする必要がある。まずは、使うノートだけを手でコピーしていけばいいとは思うが。

 

PS. これは僕だけの考えかも知れないが、Zoteroの人はこういう用途があるのに気付いて、Evernoteに近づけるように抜本的に改良したら、結構儲かると思う。が、(これを投稿したって「なるほど。検討します」で終わるし、)まさに本末転倒な気がするから、止めた方がいいw でも、今だって随分いい線行っているのだから、Evernoteを超える可能性はあるとも思う。でもまあ、すごくいいシステムできてユーザーが激増してしまったら、規模(スケーラビリティ)の問題が出るだろう。

そもそも、この件は、Linuxユーザーが少ないのが悪いのだろう・・・

PS2. Nimbus noteにLinuxアプリの予定を聞いたのたら、回答は例によって、「そのうち」的なものだったが、送信してから約2分後に回答が来たのに驚いた。そんなにサポート要員が暇なのか、やっぱり「何か」やっているのか?? (12/10 20:59)

  •   0
  •   0

正直言って、東京や周辺の都会なんて嫌いで全然行きたくはないんだが、この歌は大好きだ。自分でも不思議なくらいだ。ヒットした当時はそれほどでもなかった(彼のコミカルな雰囲気や、牛をはじめとする大小道具を馬鹿にしていた)が、近頃になって、「マイブーム」になっているw

今日だって、 なぜか分からないのだが、仕事中に聴きたくなって、昼休みにGPMで聴いた(こんな時に、GPMはものすごく便利だ)。聴きながら、身体を前後に揺らして乗りまくっていた。更に、実は、それまで待てずに、脳内で「おらこんな村嫌だ−」とループ演奏していたw

理由をちょっと考えたが、あの独特の乗り(主に、リズムだろうか)がいいのだろうと思う。日本初のラップかとも言われているが、僕はラップは好きでないので、それ以外の良さがあるようだ。

リズムの他には、あの、どこか投げやりな歌い方(例:フレーズ頭の「はぁ」とかフレーズ終わりの「てかっ」)にもひかれる。今にして思うことだが、「この歌が駄目だったら、止めよう」みたいな雰囲気が感じられる。そういえば、(下記の)ラフマニノフもピアノ協奏曲 第2番が転機だったようだから、そういう、背景の共通点はあるのかも知れない。全くの思い付きだが。(そして、これは僕の持論の「作品と背景は無関係」に反するが、実際にそうなのであれば仕方ない)

一方、今は、例によって、飽きもせず、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番を聴いている。この曲とラフマニノフの関連は全くないように思える(例えれば、焼きそばとフランス料理?)のだが、僕の中では、乗りの良さで共存し、何か共通点があるように思えてならない(第3番も、他の好きな曲も同様)。その秘密を、音大の方や研究者の方に是非教えて頂きたい(と書くだけじゃ全く実現しないのだが、書くだけ書いておくw)。

 

PS. この曲をヘッドフォンで聴いたら、少し音質が悪いのが分かった。でも、それは全然問題でない。

  •   0
  •   0

Web版Evernoteで書いたノートをNixNote2で開くと日本語が化ける問題が解決したので、web版を使っているのだが、どうしても我慢できないことがある。それは以下だ。

  • Page up/downキーが正しく動作しない(大きく上下してしまう)。
    • (Linux版)Vivaldi, Chrome, Firefoxで起こる。Vivaldi, Chromeでは、ほとんどページの先頭と最後に移動してしまうし、Firefoxではまともに動かない。
    • Vivaldiの「上に移動」/「下に移動」のキー割り当てを変えてみたが、有効にならなかったので、Evernoteのプログラム(JavaScript?)が悪そうだ。
  • 画像がノートの最後にしか挿入できない。
    • 一旦挿入してからカット・ペーストして移動はできるが、面倒。

それで、ここ数日間、上記の問題がなく、Linux(またはブラウザ)とiPhoneで使えるという条件で、30以上のサービス・アプリを探し、試してみたのだが、結局、いいもの(許せるもの)はNimbus noteしかなかった。

Nimbus note(web版)なら、Page up/downキーは正しく働くし、画像も希望の位置にドロップできる(ペーストは不可)。しかし、以下の欠点がある。

  • Linuxアプリがなく、web版ではノートのエクスポートができないため、バックアップしたい時はWindows版(Wineでは全く動かないので、仮想環境を使う必要がある)を起動する必要があって、面倒。
  • ブラウザ(Chrome)のプラグインは機能が少ないので、使うと却って使いにくくなる。
  • システム(ブラウザ)の負荷が高くなることがある。

また、無料版があって、僕の用途には充分なのだが、いつか有料版(約5USD/月)だけになる可能性もあるのが怖い(最初からなら払ってもいいが、後から有料になるのは騙し打ちのようで、嫌だ)。なお、移行するとしたら、大量のEvernoteをインポートすることになるため、その月は有料会員になる必要がある。更に、エクスポートの形式はJSONで、標準的なオープンなフォーマットなのはいいが、仮にサービスが終わってしまった場合、簡単にはEvernoteに戻れない(フォーマットを変換すればいいとは思うが、結構面倒だ)。だから、「すぐに乗り換えよう!」とは思えなかった。

探している時に感じたのは、どういう訳か、マークダウン(HTMLのように、書式をコマンド文字列・記号で指定する(→ 参考)。なぜ、マークアップでなくマークダウンというのかは不明だし、僕にはどうだっていい)を使うサービス・アプリが多いことだ。大抵は、それが通っぽい(とは書かれていなくて、「書くことに集中できる」とか書かれている)という認識のようだ。

へえ。もちろん、好みの問題だから何を使おうと自由だが、世の中には変人が多いものだ。「文章」を書きたいのに、プログラミングのように、いちいち書式の指定方法を思い出したり、書式がメニューで指定できるにしても、プレビューしないと書式が確認できないののどこが書くことに集中できるのかと思う(使わないから別にいいけどw)。そんなんだったら、書式なしテキスト(プレーンテキスト)のシステムの方がマシだと思う。

そんなマークダウン勢の一つに、(エゴサーチされて文句を言われるのが嫌なので)名前は書かないが、マークダウンであること以外は結構良くて、我慢して使おうかと思い掛けたものがあったのだが、 「『デジタルクリエーター』なる人は(普通の)WYSIWYGのエディタでなく、マークダウンを使う」(大意)とか書かれていて、それを読んだ途端に、意識高さが押し付けがましくて却下した。僕には、クリエーターとマークダウンがどのように結びつくのか、さっぱり理解できない。単に「クリエーター」と言いたいだけじゃないの??

(ここからさらに余談) だってだよ、その人の言う「クリエーター」が何を指すか知らないが、(分野は違うが)音楽だって書道だって文学だって、演奏者や作者は演奏したい・書きたいように表現している訳で、一本調子で演奏しつつ、MIDIみたいに「大きい音でスタッカートです」とか言ったり(更に、コンサートではMIDIのデータとか印刷物を配って、「あとは自分で再生して下さい」とかw)、書を全部同じ文字で書いて、赤で「大きいサイズの篆書」とか文字の横に書いたりしないでしょう(作曲家は楽譜に文字や記号で指示を書くけど、そうするしかないからで、もっといい書き方があればそうするはず)。文学は基本は全部同じ文字で書くが、昔は原稿用紙に手書きしていて、作家によっては、マス目を無視して、(表現の一環なのか、単に気分なのか)書きたいように書いていた(→ 。それが出版物にはほとんど反映されないのは、ちょっと残念である)。

そういう指示を書くのは編集とかの裏方さんであって、それを「クリエーター」というのなら分かるが(悪いけど、僕は編集者はクリエーターとは思わない。というのは、編集者だけ居たって作品は生まれないから)、それにしたって、マークダウンで書式を指定するのは、本来の仕事(文章を書く)以外の余計な作業としか言えないね。せいぜい、システムの内部で機械が使うもので、人間は使わない、表面には出さない・出すべきでないものだ。

という訳で、web版のEvernoteを我慢して使うか、バックアップの不便さを我慢し、将来の不安を抱えながらNimbus noteに移行するかの、(究極の?)選択となった。まあ、何かあるまでは様子見かな。。。

(12/8 21:09) 別の投稿に書いたが、Evernoteのweb版がiPhoneで書いたノートを上書きしてしまったので、ブラウザ版は懲り懲りだ。それで、Linuxはブラウザ版になるNimbus noteは却下にした。あとは、EverPad(昔のEvernoteのアプリ)かZoteroしかない。前者は、新しいOSでセットアップする必要があり、後者は、バグがあって同期できないiPhoneアプリPaperShipの、WebDAV機能で同期できるかを試す必要がある。どっちも面倒だ。

  •   0
  •   0

ちょっと前のニュースで、会社の飲み会で年上の人からされる嫌な話のランキングがあったのだが、それがみごとに全部、昔の話だった。

話す人が若かった頃に流行った歌、アイドル、ドラマ、アニメ、プロレス、野球(試合)などなど・・・

まあ、そうだろう。僕だって、興味のない昔話を偉そうに半強制的に聞かされるのは嫌だし、そもそも、何が楽しいのか全く分からない。だから、僕は、そういう話は相手から聞かれるか、相手が好きだと分からない限り、しない。こっちだって、話したってつまらないから。

で、ふと思ったのは、クラシック音楽はどうなんだろうということだ(そのランキングにはなかった)。単に興味がないだけで、「昔の話」とは思われない(もちろん、昔来日した演奏者のライブの話とか、昔の偉大な演奏者(カラヤンだのベームだの)の話などは論外で、せいぜい、「*の曲はいいんだよ」程度)ような気がするのがおもしろい。突き抜けて古いと、古いとは感じないのだろうか?

要は、クラシック音楽はいつも新しいのだ。と書くのは、愛好家の手前味噌だろうw

そして、ビートルズだってクラシック音楽級だと思うが、残念ながら微妙にアウトな気がする。

客観的に書けば、確かに50年くらい前はすごく斬新な音楽だっただろうけど、今の人からしたら、やっぱり古いと感じてしまうだろう。曲や音作りはもちろん(おそらく、現代の曲の当たり前になっているからではないか)、ラブソングの詞は黒歴史レベルに痛いだろう。

今、更に思ったのだが、こっち(若くない人)だって、若い人から今の流行(ドラマだのお笑いだのJ-POPだの映画だの)の話をされても、やっぱり嫌な気がする。だから、結局はお互い様で、適当に話して適当に相槌を打てばいいのか?w

  •   1
  •   1

先週の土曜日から、ピロリ菌の除菌薬を飲んでいる(検査したのは結構前だったが、診察が混んでいる関係で今になった)。それをもらう時、副作用で下痢になる人が多い(確か75%とか)と聞き、身構えていたのだが、まだその兆候すらないから、僕は大丈夫なのだろう。確かに、昔から何かにつけて(主に風邪: これは日本の医者の悪い習慣だ)抗生物質(今回の薬もそうだと思う)を飲んでいたから、胃腸が慣れているのだろう。が、果たしてそれでいいのかとも思う。ピロリ菌も耐性菌になっていることはないのか? まあ、飲み終わったら検査するようなので、それで分かるはずだ。

それにしても、その薬の名前は「ボノサップ パック」という。どうしても、懐かしい人を思い浮かべてしまう。彼のように強力に(調べたら、意外に負けが多かったようだ)ピロリ菌を殺してくれるのかw 彼は今は何をしているのだろうか?

  •   0
  •   2

昼にいつもの蕎麦屋に。

心の中で「猪瀬さん」(元都知事に似ているので)と呼んでいる人が、お店の元気なおばあさんと談笑していた。ふとテーブルを見ると、珍しく、ノンアルコールビールが載っていた。

が、彼が帰る時、「酔って気持ち良くなっちゃった」と言っていたので、最初は本物を飲んだのかと思った。

が、帰ったあとで、いつもの店員のおばさんが、「あら、間違ってノンアルコールビールを出しちゃったわ」と言っていた。「まあ、気持よくなったからいいんでしょう」とも。他の店員さんも、「知り合いに(ノンアルコールビールでも)酔った感じになった人が居るんですよ。雰囲気なんですかね。」などと言っていた。

内心、「値段は同じなのか」と思ったが、まあ、気持良くなったからいいのだろうw

まったくのどかな昼下がりだった。

 

以下余談。

  • おばあさん(猪瀬さんと)の話では、京都の芸妓・舞子さんは笑わないとのこと(理由は不明)。あと、写真に写る時は手を隠すと(手が悪いことをするからとか)。
  • おばあさんが読んでいたスポーツ新聞の下に並んだ、熟女のDVDの広告(大体は文字だけ)の文句がすごかった。スポーツ新聞の読者は熟女好きなのか。
  • 帰りに寄ったスーパーに、すごく清楚なお嬢さんが居た。前にも見たことがある。ボブで色白で、虫も殺さないような人だ(実際は違うだろうがw)。「探偵物語」の頃の薬師丸ひろ子の雰囲気だ。あんな人がこんな田舎で何をしているのか。まったく、眺めるだけで心が洗われそうな(実際には雑念が浮かびまくったのだが)人だった。
  •   0
  •   2

(ほとんどそのまま、日記からの転載)

朝、現代ビジネス(web)の堀 有伸 「日本人の「心情」はすでに大震災前に戻ってしまったのかもしれない」に載っていた、中根千枝という人が「タテ社会の人間関係」 (1967)に書いた(リンク先より転載。太字は筆者)

とにかく、痛感することは、「権威主義」が悪の源でもなく、「民主主義」が混乱を生むものでもなく、それよりも、もっと根底にある日本人の習性である、「人」には従ったり(人を従えたり)、影響され(影響を与え)ても、「ルール」を設定したり、それに従う、という伝統がない社会であるということが、最も大きなガンになっているようである

を読んで、まさにその通りだと思った。僕が感じていたこと(例: 「田舎者」)が的確に示されていると思った。そして、日本人の行動が大昔から変わっていないことも確認できた。

  •   1
  •   0

LinuxではEvernoteアプリは動かない(頭に来ることに、対応する予定もないとのことだ)。頭には来るが、まだ他にいいものがない(Dropbox Paperは駄目だった)ので使っている。選択肢として、web版かNixNote2がある(他にWhateverやTuskもあるが、単にwebをアプリに見せているだけである)。

最初はweb版を使っていたのだが、ノート全部のバックアップができないので、ずっとNixNote2を使っていた。しかし、普通に使っているだけなのに、同期に失敗したり(ノートの内部フォーマットがおかしいと判断されるようだ)、(タイミングによっては)ノートがiPhoneアプリに上書きされたり、編集不可になったりして(ノートのフォーマットかノートのサイズの関係?)、かなり使いにくい。はっきり言って、使い物にならない。

Web版にも今ひとつな点(例: 画像はノートの最後にしか挿入できない)はあるが、純正だけあって、安定性の点ではNixNote2よりずっとマシなので移りたかったのだが、web版で書いた日本語の文字がNixNote2では化ける(画像の下半分)問題があった。一旦化けるとweb版でも化けてしまうので、たちが悪い。NixNote2を絶対に使わなければいいのだが、ノートのバックアップのために使いたいから、そうも行かない。

そのため、web版(の日本語)が文字化けしない方法を探していた。長らく見つからずに諦めていたのだが、昨日ようやく見つかった。NixNote2の設定で、"Force UTF8 Encoding"をonにすればいいのだ。設定を直したら、あっけなく解決した(ただし、設定変更前の化けは直らない)。

各図の上半分(正常)は、NixNote2の設定変更後にweb版で書いたもの。下半分(化けている)は、NixNote2の設定変更前にweb版で書いたもの。

検索してもなかなか見つからなかったということは、当たり前のことなのか、こういう使い方(Linux+iPhone+日本語)が珍しいのかだろうが、おそらく後者だろう。今後は、バックアップの時だけNixNote2を使うことにした。ただ、それだけでも、同期に失敗したりノートがおかしくなる可能性はあるので、その時は、バックアップには純正アプリを使うか、バックアップすることを諦めるしかない。

(12/8 20:26追記) あれから、Linuxではブラウザ版Evernoteを使っていたのだが、さっき、ブラウザがiPhoneを上書きしてしまって、昼に書いたはずの日記がなくなってしまった。今日は忙しかったから余り書かなかったのと、自分でも何を書いたか忘れたので、大したことはないのだが、気分が悪いので、まだ問題の少なかったNixNote2に戻ることにした。NixNote2なら、運が良ければ、「競合ノート」として残る可能性があるのがいい。

ブラウザ版は、基本的に、書いたらすぐに同期するようだが、何かのタイミング(今日はPCのスリープだろうか)で同期が遅れると、上書きしてしまうのだろう。

LinuxとiPhoneの両方でネイティブのアプリが動くサービスを探してもないので、我慢するしかないようだ・・・

  •   0
  •   2

ニュースを読んでいたら、「「独学」が重要である4つの理由 情報社会での「知る」の意味を再考」という記事があった。僕は子どもの頃から、(勉強したり何かを身に付けるには)「独学しかない」と思ってきた(例: 塾・予備校や、人に教わったり「みんなで勉強」して身に付く訳がないと思っていた)ので読んでみたら、頷いてばかりいた。

記事には細かいことがごちゃごちゃ書いてあったので、余り読まずに忘れてしまったが、「独学」以外に、「覚えようとしない」ということもあった。まさに僕だ! (このブログの副題をご覧あれ)

でも、実際には、やり方なんて人それぞれだし、上の記事を真に受けて、「いいことだから、是非忘れずに実践しよう!」なんて思った人は、記事を何も理解していないということで、全くの無駄なので、諦めましょうw

ところが、偉そうに書いた直後になんですが、学術的なことはともかく、芸術を独学でできるのかについては疑問があります。例えば、個人的な話ですが、ピアノの演奏なんて、独りでは無理でした。いや、実際には習ってもものにならなかったので、才能がなかったというのが正しいです。ただ、天才は習わなくてもものになるでしょうから、やっぱり、独学でも可能なのかも知れません(才能があることが前提です)。

と書いて気付いたのは、「何かのやり方は、独学にしろ、習うにしろ、やらないにしろ、自分で見つける必要がある」というのは正しそうです。そういう広い意味では、独学というか、自分で考えることが大切なのでしょう。

そして、最後にちゃぶ台返しになるが、前にも書いたけど、上の結論を「なるほど」などと思って鵜呑みにするのは、何も分かっていない証拠である。

  •   0
  •   1