Archive for the ‘日記’ Category

今朝書いたように、切れたブレーキランプは、週末にディーラーに交換を頼もうと思っていたのだが、出勤の時に思わぬことがあって、急遽今日の昼に交換した。

思わぬこととは、中型トラックの田中小実昌風のおじさんが、親切にも教えてくれたのだ。信号で左隣に来た時に、軽くクラクションを鳴らして窓を開けて、丁寧な口調で教えてくれた。僕は、クラクションが鳴って左を見た時に既に勘付いていたので、すぐにお礼を言った。

ありがたかったのだが、さすがに、数日といえどもこのまま放置するのはマズい気がしたので、会社の工具を借りて昼休みに交換することにした。さすがはソケットレンチだ。朝、ドライバーではピクリとも動かなかったネジが、魔法のように軽く回った(朝は眠くて力が出なかったせいもあるのか)。それからテールライトユニットを外すのだが、そこで躓いた。全然動かない。Webで、ネジ以外にピンでも固定されていて、外側に引っ張ると外れると読んでいたので、そのようにしたら2個のピンのうち1個(前方のもの)は外れた。しかし、もう1個(後方下部)が駄目だった。根気よく、しかし、力を込めて引っ張ったら、

ボッ

という音と共に、急に外れた。「あ゛ー、やっちゃった・・・」と思い、見たら、やっぱりピンが折れ(ちぎれ)ていた。ショックではあったが、まあ良くあることだし、折れたものは仕方ないので、とりあえず、ランプを交換し、点くのを確認した(傘でブレーキペダルを押したままにした)。切れていなかった方も同様に交換した。経験値が上がったので、こっちのピンは無事だった。作業は30分くらいで終わった。曇ってはいたが蒸し暑かったし、手こずったので、終わったら汗だくになった。

帰宅して再度確認したが、無事、両方とも点灯していた。ピンの折れたユニットのずれは大丈夫そうだ。交換したランプを見たら、両方ともガラスが黒ずんでいた(不思議なことに、切れなかった方が黒かった)。そして、片方のフィラメントは切れていたから、(ネットで言われている)ソケットの接触不良ではなく、確かにランプの寿命だったので、それについては安心した。スイフトは海外向けでもあるので、軽と違って、それなりにしっかりした造りにしているのかも知れない。なお、もう片方も切れそうだったので、早目に交換して良かった。

ただ、今までの車(どれも十年は乗っていた)でブレーキランプが切れた覚えはないので、価格.comの口コミで読んだように、近頃のランプは寿命が短いのかも知れない(それとも、単に切れたのを忘れているだけか)。なお、切れたランプはGE製で、ハンガリー産だった。新しいのは小糸製で、生産国は確認しなかった。

さて、折れたピンをどうするかだが、まずはディーラーに聞いてみて、自分で交換できるなら部品を注文し、できないなら、ディーラーに交換を頼むことにした。後者の場合、結局工賃を払うことになる訳で、無駄骨を折ったことになり、ちょっと悲しい。

PS. フィラメントの抵抗はすごく小さく、1Ω未満だったのが意外だった。ただ、計算すると約7Ω(21W/12V= 1.75A; 12V/1.75A= 6.9Ω)のはずなので、何かがおかしい。劣化して抵抗が減ったのか、測り方が違っていたのか、テスターの見方を間違えたか。

分かった(思い出した)。電球などは熱で抵抗値が変わるので、実際の電圧・電流を掛け・流さないと、正しい抵抗値は得られないのだ。そして、テスターの電圧は3Vで低過ぎるのだ。(22:09)

  •   0
  •   0

車はいつもながら絶好調、だったのだが、近頃、少し気になることが出て来た。まず、燃費が悪化した。車検の前頃までは12km/L程度だったのに、その直後から10km/L程度に悪化してしまった。最初は、車検でアイドリングしていたせいかと思ったが、直らないので、何かが変わったようだ。もちろん、走り方は変わっていない。却って穏やかになったくらいだ。エンジンの劣化だろうか。暑くて冷房を掛けているせいだろうと思うのだが、去年はそうでもなかったので、違う気がする。あるいは、近頃遠出をしていないせいか。そこら辺を希望したいが・・・

不思議なのは、メーターの燃費計の平均値は全然変わらず、16km/L程度であることだ(この値は買った時から変わってないので、バグで固定値になっているのかと疑うくらいだw)

更に、ブレーキランプが片方切れた。ネットには良く「スズキ車はブレーキランプが切れやすい」と書かれているが、僕のは大丈夫だと思っていただけに、「スズキ病が発病してしまった・・・」と、結構なショックだった。しかも、それを軽蔑している人から指摘されたのと、しばらく知らなかったことも、ショックを増した。帰宅して、ズボンのファスナーがずっと開いたままだったことを知ったような気分だ。走っていても、「間抜けな奴」と後ろ指をさされているようで、恥ずかしい。

それで、ネットで書かれているように、ランプ切れではなく接触不良の可能性はあるのだが、5年くらい経っているので寿命の可能性もあり、交換することにした。昨日ランプを買って来て(2個で約400円と安かった)、今朝取り替えようとした。が、外れない! ランプはランプケースの後ろから挿すのだが、昔の車と違って荷室からはアクセスできず、ネジ(2本)を外してケースごと外す必要がある。そのネジが堅くて外れなかった。Web()ではいとも簡単な感じに書いてあるが、全然そんなことはなかった。ボックスレンチは持ってないし、ドライバーで無理するとネジの頭をなめるので、頑張るのは止めた。

どうするか考えたのだが、量販店(オート○ックスなど)は混んでそうだし、何となく信用できない(前の車のコーティングがイマイチだった)ので、いつものディーラーに頼むことにした。平日だと会社を遅刻するので、週末に行くことにした。それまではずっと恥ずかしいが、仕方ない。ついでに、燃費の件も聞けるから丁度いい。

長い前置きだったが、ここからが本題である。

そういうちょっとしたトラブルと同期するかのように、昨日、次期スイフトスポーツのスペシャルサイトができた。いつものように、「全然気になんてしてないんだからねっ!」という気分で見たのだが、スズキなのに(「のび太のくせに」同様?w)、ページがかなりいい感じにできていたので、それだけで感心した。かなり気合いを入れているのが分かった。

まだ載っている情報は少ないのだが、見ているうちに、(いろいろ嫌な点はあるが、)「それ程悪くない(許せる)かもなあ・・・」という気分になって来たから、不思議なものだ。少なくとも、イグニスよりは10倍乗る気になる。特に、下の方にターボのブースト計が出ているのには参ったw 普通車で標準でブースト計なんて付けるだろうか? あ、今気付いたが、油温計まであるじゃないか! まあ、ブースト計なんて飾りだとは思うが、そもそも遊びの車だけに、そういう乗りの良さには惹かれる。

それで、一応、カタログの事前予約をした。さて、値段はいくらくらいなんだろう? (え?)

  •   0
  •   0

ある朝、毎日チェックしているHMVのwebのその日の特売に、このアルバムが出ているのを見付け、何となくおもしろそうだと思って、演奏者のサイトのデモ(→ "Bilder einer Ausstellung")を聴いてみたら、(ピアノは余りうまくないようだが、)演奏が楽しくていい(特に、パーカッションがいい)感じだった。以前から時々思っていたが、僕はパーカッションが好きなようだ。曲も「展覧会の絵」で馴染み深かったので、注文した。貯まっていた100ポイントを使って約1700円だった(特売というほどには安くはなかったが、値段はどうでも良い)。

それを今朝受け取って、早速聴いてみた。(以下、締めの手前までは、ほとんど日記からの転載である。)

全体的には、パーカッションがある分、軽い乗りでとっつきやすく、聴きやすいのだが、意外に音(低音)に迫力があっていい。最初がグロッケンシュピール(鉄琴, ビブラフォン?)なのがいい。2曲目(「小人(グノーム)」)での急変は良い(2回目に聴くと、曲間を詰めて欲しいと思う)。デモで感じたように、ピアノはすごくうまい訳ではないが、ちゃんと弾いている。やっぱり、パーカッションがあるのがいい。

「テュイルリーの庭」などでハイハットが使われているのは、ポップな感じになるが、それがなかなかいい感じ。「ビドロ(牛車)」の迫力は、軽目ではあるが、やり過ぎていない感じで、却っていい。「卵の殻をつけた雛の踊り」はもちろん可愛く、ひよこの姿が目に浮かぶ。パーカッションのお陰だ。(そういえば、HMVの広告でもここを褒めていて、それで興味が湧いた。)

「カタコンベ - ローマ時代の墓」などのシリアスな部分はピアノが担当している。「キエフの大門」の端正さとか「カチっ」とした感じもピアノ。最後の方の迫力も、パーカッションのお陰で、それなりに※出ている。

※ラヴェル編曲のオケ版に比べれば、さらっとした感じで物足りなく、大迫力ではない。迫力の点では「ビドロ」の方が上だ。ただ、元々はピアノ曲なので、ラヴェルのは気持ちいいんだけど、やり過ぎなのだと思う。

ピアノとパーカッション、なかなかいいコンビネーションだと思う。大き過ぎず小さ過ぎず、軽過ぎず重過ぎず、この曲では一番好きなアレンジ・演奏だ。

ただ、このグループのコンサートはどうかなと思った。小さいホールならいいと思うが、大ホールでは、期待する迫力は得られなさそうだ。が、そもそも、このグループは楽しさや気軽さが売りなのだろうから、迫力を期待するグループではないのだ。が、CDの演奏の迫力が心地良かったので、なぜか期待してしまうのだ。

2曲目のラヴェルの「ラ・ヴァルス」は、やっぱりおもしろくない。。。 最後の「ボレロ」はイマイチ。頭の木琴か鉄琴かピアノがくすんだ音で余り綺麗でなく、乗れない。中盤も何となく物足りない・・・ メロディの演奏に「かっちり感」がなく、音がくすんでいるからか。バックグラウンドの小太鼓(スネア?)の音がもう少し大きければ良かったのかも知れないし、ピアノの技術が不足しているのも、関係あるかも知れない。この曲ではピアノ2台の意味(価値)を感じない。逆に、微妙なズレを感じて逆効果だ。終盤はようやく迫力が出てきたが、元々単調な曲なので、長く感じてしまった。。。

後の2曲は入れない方が良かった。

と、散々持ち上げておいて最後は奈落に突き落とすような感想になってしまったが、聴きながらリアルタイムに書いたので仕方ない。似たようなグループは多そうだから、ここに限らず、こんなコンサートがあったら行ってみたい気はした。そういえば、昔、ピアノの先生の関係するコンサートで、ピアノの他にパーカッションも入っている曲(「ウエスト・サイド・ストーリー」)で、(ピアノを溺愛し、最高の楽器だと思い込んでいるにも関わらず、)パーカッションを気に入ってしまっ(て、微妙な敗北感を持っ)たことを思い出した。

 

注: 曲の題などは、アルバムにはドイツ語と英語で書かれていたが、Wikipediaに掲載されていた日本語訳を使用した。なお、「展覧会の絵」の副題は、曲の区別のために記号的に使用しているもので、僕は、ほとんどの曲で、副題の意味と曲の内容を関連付けて聴いていない。

  •   0
  •   0

(昨日の続き) PCに取り込んだ曲に購入日を記録したら、取り込んでいないアルバムが見つかったので、取り込んで聴いてみた。取り込んでいない曲は、ショパンが多かった。それから、ラヴェルやストラヴィンスキーだった。他に、シェーンベルクやバルトークなどもあったが、そこら辺は聴く気がしなさそうなので、取り込まなかった。

まずは、20年以上前に新潟で買って、持っていることを忘れていた、アラウのショパンのピアノ協奏曲 第1番(1972)。掛けてすぐに、ピアノもオケも少しわざとらしく(「とてもロマンチック」とか「分かりやすい」とか「癖がある」とも言える)感じた。聴き続けたら慣れたが、わざとらしさは消えなかった。前にもわざとらしいと思った人が居て、それがアラウかと思ったが、別人のようだった。ピアノもオケも技術はすごいと思うのだが、好みではない。といっても、途中で止める気にもならないので、全く気に入らないのではなく、それなりにいいとは思った。

慣れたせいか、同じアルバムの第2番は、第1番よりは良さそうに感じた。

次は、ピレシュのショパンの前奏曲(1994)を聴いた。大胆・ダイナミックで、いかにも平凡ではなく、いろいとなところで「ハッ」とした。それがいいと思った。ただ、当時(アシュケナージを好んでいた)は、この普通でないところが気に入らなくて聴かなくなったのかも知れない。

その後、アルゲリッチのショパンのピアノ協奏曲 第1番(1968)を聴いてみた。聴く前から(彼女の凄さに)身構え、かつ、僕のこの曲のイメージとは違うので期待もしていなかったのだが、とても意外なことに、素直で良かった。そして、さすがに、アルゲリッチの演奏は見事だった。ショパンコンクールのすぐ後なのに(だから?)、技術はもちろん、音がすごく綺麗だった。

ちなみに、このCDは、確か、別の同じ曲のCD(ラローチャ他のもの(1972, 1974))が、当時使っていたDVDプレーヤーで再生エラー(音飛びだったか)が起こるので、メーカーに問い合わせたら、いろいろ調査してもらい、最終的にそのCDに問題(記録エラーだったか)があるせいだということが分かり、親切なことに、調査結果と一緒に「代わりに」送ってもらったものだ(もちろん、問題のCDをその会社から買っていた訳ではない)。

ちゃんと調査してくれただけでも充分なうえに、その気持ちはとてもありがたかったのだが、クラシックでは、同じ曲でも演奏者が違ったら「同じ」とは言えず(実際はそうでもないことも多いか)、特に、アルゲリッチはこの曲とはイメージが違っていたので、ずっと聴かずに居た。それが20年くらい経って日の目を見たのだ。なお、問題のCDは、しばらくは我慢し、その後PCで聴くようにした時に取り込めたので実害はなかったのだが、十年くらい後に同じアルバム(ただし、品番やジャケットは変わっていた)を買い直した。

ちなみに、その親切な会社は、先日オーディオについて貶した、パナソニックである。製品の方向性の良し悪しや技術力はともかく、パナの製品を使っていると、ユーザーの立場に立とうとしていることは分かるので、日本の家電メーカーが次々と没落している中で、最後の砦になって欲しい。とはいえ、もちろん、いい製品・メーカーがあれば使うだけで、パナに執着することはないが。

第2番(1978)も同様に良かった。僕のアルゲリッチのイメージは「普通でない」で、そこがいいのだが、そのせいで長らく敬遠していた。また試すのもいいと思った。あと、前奏曲(1977)も聴いたはずだが、いろいろ聴いたせいか、余り記憶にない。

ラヴェルは何枚か聴いた。まず、スラットキンの(1980)とマゼールの(1984)のボレロを聴いた。スラットキンのは普通だったが、マゼールのはなかなか音が聞こえず、ボリュームを少し上げても聞こえず、4分経っても音が聞こえなかったので、「随分すごいクレッシェンドだなあ」と思っていたら、アンプがOffだった。。。 Onにしたら、最初からちゃんと聞こえた。マゼールは分かりやすい系なので、ものすごいクレッシェンドなんてする訳がないのだ。

同じマゼールのアルバム中のラヴェルの管弦楽曲(1984)は、(僕には)やっぱり退屈だったので、途中で止めた。やっぱり、ラヴェルなどは苦手だ。。。

更に、アシュケナージのショパンの前奏曲(1961-1997)まで聴き出したら、さすがに飽きたので、途中で"Get The Knack"(1979)に切り替えたら、とてもしっくり来て、「これだよ!」となったw

  •   0
  •   0

少し前にふと思い付いて、前の日曜辺りから始めた作業が、今朝終わった。それは、CDなどからPCに取り込んだ曲のファイルの中(タグ)に購入日を記録するものだ。

PCに取り込んでいるアルバムは全部で800組くらいあるので、かなり大変だとは思ったのだが、気分転換になるのか現実逃避なのか、こういうチマチマした作業が好きなようで、他のもっと重要なこと(例: 掃除)を差し置いて始めてしまった。

なんでそんな物好きなことをしようとしたかといえば、以前、曲を聴きながら、そのアルバムを買ったのはいつか知りたくなったことがあった。僕は、購入日はブックレットの隅(昔は一覧表、その後は帯の裏)に書いているのだが、収納場所を節約するため、CDのプラケースを捨てて、本体(円盤)とブックレットなどを分離し、本体はCDファイルに、ブックレットなどは押入れケースに積み重ねて収納しているため、簡単には調べられずに残念だったことがあった。一方、ダウンロード購入したファイルには記録するようにしていたので、CDから取り込んだファイルもそうすれば便利そうだと思ったのだ。まあ、実際には、いつ買ったかなんてそんなに頻繁に見るわけではないが、趣味なので自己満足のためにやろうとした。

購入日は、新たなタグを定義しないで、コメントタグに記録することにした。記録する書式を一定にしておいて、コメントタグに他の文字列が記録されていても機械的に(パターンマッチで)抽出できるようにした。実際の書式は以下のようにした。これに合わせて、ダウンロード購入したファイルの書式も変更した(数が少ないので容易だった。)。

"Purchased:" 年"/"月"/"日 "("メディアの種類")"
例: Purchased: 2013/7/7 (CD)

購入日を記録する手順は、以下のとおりである。

  1. ファイルに購入日が記録されていないアルバム(購入したもの≒レンタル以外)を探す。
  2. その購入日を調べる(ブックレット、帯または一覧表)。
  3. 曲のファイルのコメントタグに、上記の書式で購入日を記録する。
  4. 1に戻る。

なお、購入日を調べるのに、いちいちブックレットを探して見ていたのでは大変効率が悪いので、まずは以下の情報を使って、なるべくブックレットを参照しなくて済むようにした。

  • AmazonとHMVの購入記録
  • ブログの記述
  • 購入した時に撮った写真の日付

写真は、全部を最初から調べるのは大変なので、購入記録やブログや曲のファイルやアルバム画像の作成日で見当を付けた。

購入日を再生ソフト(gmusicbrowser、以下GMB)で簡単に表示できなければ、記録の有無の確認すら面倒だし、記録した意味がないので、ブックレットからの調査を始める前に、表示する機能を追加した。コメント中に記録されている購入日を抽出する仮想タグ、"Purchased"を追加した。抽出は正規表現という機能を使うのだが、Perlの正規表現はPHPのとは少し違うようで、なかなか手間取ったし、GMBの内部の資料などなくて難解なので手こずった。

その仮想タグを使うことで、GMBのファイル(曲)一覧ファイル(曲)情報に購入日が表示できるようになり、記録の有無を調べる時に、アルバムのタイトルや演奏者名の一部で検索すれば分かるようになって、効率が上がった。

約1週間掛かって作業が終わった。懐かしいアルバムがあったりしておもしろかったけど、大変で結構疲れた。そして、購入日の記録のないアルバムが約30組残った。思い出深かったり、好きなアルバムがあるので(例: ビルスマのバッハの無伴奏チェロ(1992)、森高の"Do the best"(1995))、分からないのは残念だ。買った時に記録するのを忘れたのだろう。大体の年は分かる(デジカメを買う前、1990年代に多そうだ)のだが、それ以上はどうにもならない。ただ、昔の日記に書いてあるかも知れないので、気が向いたら調べてみたい(とはいえ、手書きだから検索なんてできないし、真っ黒な「黒歴史」の塊なので、正直なところ、あまり見たくはない・・・)。

それから、PCに取り込んでないCDが結構あった。CDプレーヤーを止め、本格的にPCとiPodで音楽を聴くことにして、プレーヤーソフト(当時はWinampを使っていた)でCDを一気に取り込んだ時(2008年頃)の好みで選択したからだ。それまで「変な」(≒奇をてらった)曲を訳も分からず聴いていたのの反動でモーツァルト系・正統派に移行しつつあったのだろう、近代の曲を避けていたようで(今もそうだが)、特にストラヴィンスキーやショパンやラテン系、演奏者ではブーレーズやアルゲリッチを冷遇していた。変な曲は、例えばストラヴィンスキーのバレエ音楽が好きだったので、「春の祭典」などの有名な3曲は何種類も持っていたが、その時は「1種類で充分だ」と思って取り込んでいなかったのだ。更に、「ボレロ」なんて2種類も持っていたのに、1枚も取り込んでいない有様だ。

持っているのを忘れたアルバムもある。アラウのショパンのピアノ協奏曲 1,2番(1972)やピレシュ(ピリス)のショパンのピアノ協奏曲2番と前奏曲(1994)などだ。結構意外なので、聴きたくなって取り込んだ。アラウは、ブックレットには新潟で買ったと書いてあった。1990年代に妹の用事で行った時の空き時間に買ったようで、懐かしかった(取り込んで早速聴いたのだが、この稿は長くなったので、感想は別に書くことにする)。それにしても、なぜアラウのショパンを選んだのか、当時の自分に聞いてみたい気がする。

ピレシュのは、いつなぜ買ったのかすら記憶にないし、なぜかブックレットすらない。そもそも、彼女は近頃モーツァルトで好きになったと思っていたくらいだから、不思議だ。

もっと不思議なのは、(実体が)行方不明になった何組かのアルバムのうちに結構好きで良く聴くアルバムもなかったことだ。ドラティの「くるみ割り人形」(1976)だ。ファイルはあるのに、何度探してもブックレットが見つからないし、ディスクもない。初期の頃に買った気がするのだが、実はレンタルだったのか、人に貸してそのままになっているのか。そういえば、アルゲリッチの「子供の情景」もそうだったので、先日買い直した。何とも腑に落ちない。ちゃんと調べたい気がする。

(7/30 15:47 追記) その後、いろいろ調べたのだが、「くるみ割り人形」も「子供の情景」も、アルバム画像の日付から、音楽再生をPCに移行した時期に、他の多くのCDと一緒に取り込んでいたことが分かった。つまり、レンタルではないことが分かった(沢山取り込んでいる最中に、わざわざ借りて来るほど暇じゃないので)。確実に自分で持っていたのだ。だから、その後、この十年以内に、誰かに貸したかあげたかしたようだ。引っ越しの時になくなった可能性もゼロではないが、まあ、考えられない。という訳で、相手が思い出せない以上、「諦めたほうがいい」という結論になった。また買おうかなw

 

PS. 作業中に発見した懐かしい物:

カセットラベルは、それ自体とポリス("Don't stand so close to me '86"?)が懐かしかったのだが、ふと裏を見たらサロネン(指揮者)で、当時は全く興味の対象外で名前すら知らなかったのに、この数十年で好みが(表から裏に)移行したのがおもしろかった。CDカタログは今でもあるのだろうか。スマフォの画面でのアイコン一覧で置き換わっているのだろうか。

PS2. ちょっとした集計: アルバム購入数の遷移

  • 1970年代: 3 (27)
  • 1980年代: 105 (16)
    • 1980-84: 22
    • 1985-89: 83
  • 1990年代: 204
  • 2000年代: 217
  • 2010年代: 218

現在、PCに取り込まれていて、音源として使っているアルバムを購入した組数※を、10年ごとに集計した。()内はLP→CDなどで買い直したため、音源としては使っていないアルバムの数。

※集計は原則として組数だが、昔取り込んだ複数枚組のアルバムで、各ディスクが"Disk 1, 2, ..."のように分離したアルバムになっている場合があり、それは誤差になっている。

CD時代になってからペースが上がった感じ。やはり、手軽に聴けるのはいいのだろう。社会人になってからは、不思議と約20組/年のペースを保っているようだ(特に何も制限せず、欲しいアルバムを買っているのだが)。

ちなみに、今年は単体のアルバムを収めたボックスがあったせいか、既に23組になっている。

  •   0
  •   0

以前から憂慮していた、NHKのネット配信の「受信料」。悪い予想が当たってしまい、NHKが暴挙に出る。ネット視聴の受信料を、テレビと同じやり方で、

PCやスマフォなどを所持し、常時同時配信が視聴可能な環境を作った世帯を負担の対象とする (報道の要旨)

という「答申」を出させた。ヤクザ以上の押し売り。押し売りと違って、法を根拠にするから追い払いようがない。ものすごく嫌な気分だ。

こちらにできることと言えば、NHK関連サイトへのアクセスをブロックするようにする程度だろうが、これだって、TVにB-CASカードを挿さないとかアンテナを繋がない程度のことなので、裁判になったら勝てる確率は低い。。。 あとは、「PCもスマフォも持っていない」と言い張るかだが、ネットの契約を調べられたら負ける。

だから、前回も書いたように、「PCやスマフォは持っているけど、NHKが見られる機種・OSでない」と言うしかないだろう。が、これも、YouTubeのように、webで見られるようにされたら終わりだ。きっと、ワンセグのような位置付けでそうすると予想する(おそらく、「公共放送だから、なるべく準備不要で観られるようにして、国民の皆様に必要な情報をあまねくお伝えする必要がある」という論理で来るだろう)。さすがに、現代ではブラウザの動かないPC・スマフォはありえないので、逃げようがない。

少し横道に逸れるが、果たしてネット配信を「放送」というのだろうか? インターネットに動画のパケットをばらまく(ブロードキャストパケットを送信する。: 実際にそんなことをしてもどこにも届かないし、仮に送れたとしてもブロックされるのがオチだが)わけではないので、「通信」(例: ニコ生)ではないだろうか。電波は、視聴者が見ようと思っていなくても、常に視聴者の元に届いているが、ネット配信の場合、仮想視聴者が「見よう」と思ってNHKに接続しない限り何のデータも送られて来ないという点で、通信だと思う。

昔は、「放送と通信は全然違う(法から違う)」と教えられたものだが、今はその境界が曖昧になっているのか。だから、放送事業者が通信での番組配信を「放送の一環」と言い張ろうとしても通りそうなのか。

まったく嫌だ。払うお金の多寡の問題でなく(1円だって嫌だ)、契約する義務が強制的に課せられて、問答無用で財産を奪われる点が胸糞悪い。だったら税の方がいい。「日本死ね!」と言いたいくらいだ。

それにしても、「有識者」ほど有害な連中は少ない。座長の安藤英義とかいう専修大の教授をはじめとして、御用学者の集まりなんだろう。彼らの見識の低さには、まったく感心するしかない。狭い日本の「学会」という狭い世界でゴキブリのようにうじゃうじゃと棲息する、ガラパゴス学者だ。

 

PS. 題の後は少し飛ばして、「やったネ! 全然ホンキ。カネに夢中さ。オイハギみたいに 無理強いするね」と続く。 (年寄り専用w)

なんか、↑を書いてたら、こっちの方がおもしろくなって、フルに書きたくなった(書ける気がする)が、それはワルノリなので止めておくw

(19:48 題や例などを改良)

  •   0
  •   0

少し前から、車の左のサイドミラーの前に鏡が付いているのを見掛けて、何のためにあるのか不思議に思っていた。直感で、死角を減らすためだろうとは思ったのだが、鏡が前にあっても見られないだろうと思い、「いや、見えないと思うのは錯覚や思い込みで、実は見られるのではないか」、「いや、物理的に無理だ。では、ミラーを畳んだ時に役立つのか」などと、見るたびに想像していた。

その謎が、昨日読んだ車関係の記事で解けた。ホンダの「サイドビューサポートミラー」だそうで、車内にもう一個の鏡があって、ミラー前の鏡の像をそれに反射させて、左前方が見られるようだ。

なるほどと思った。仕組みが複雑(ホンダらしい?)なのは好きでないが、僕は左側が恐いので、死角が減るのはいいと思う。ただ、2段階の反射で、車内の鏡が小さいので、視野の広さなどが本当に有効なのかと、夜など暗い時に見えるのか、更に、そんなに何個も見切れるのかとか、疑問はある。

そして、近い将来はカメラ+AIで危険を感知して警告して欲しいと思い、そもそも自動運転になれば、こんな仕組みも不要になるだろうなあと思った。

 

PS. 全く関係ないが、次期スイフトスポーツの情報が出た。9月のフランクフルトのショーで発表だそうだ。マツダ車の真似のような、フロントグリルの赤い横線がないのはいいが、リーク画像と全く同じの、ホームベースみたいな穴が開いたホイールがすごくかっこ悪い。本物では変わるのか。いずれにしても、別に、買い換える気なんかなく、いかに今の車がいいかを確かめるために見たので問題ない。 (アニメだのコミックだのに良くあるセリフみたいだw)

  •   0
  •   0

昨日、珍しく部屋に入り込んできた蚊に刺されてしまって、指が痒かったこととは余り関係なく、飛蚊症の件である。

発症時より落ち着いて、数が少なくはなったが、明るいところではほんとんどいつも見えることには変わりない。嫌なのは、本当に小さい虫のように見え飛び回るので、小蝿や蚊と判別が難しいことだ。最初に書いた蚊だって、刺されるまで本物か確かでなく放置していたくらいだ。ただ、運転中は視線が激しく動くからなのか、全然見えないので助かる。(7/26 6:37 追記: 昨日確認したら、「運転中も見えるが、視線が激しく動くせいか、ほとんど気にならない」というのが正しい。)

小蝿といえば、発症する前にも、顔の周りを飛んでいると思って、手で払っていたことがあったが、既になっていたのかも知れない。

ところで、今検索して気付いたのだが、5年前(システムの設定で、近いうちに非公開になります)に左にも出ていたようだ。病名も全く同じだ。まあ、眼の寿命とか賞味期限みたいなものなのだろう。耳にだって、寿命はある。

ピロリ菌は先が長い。先週末に医院に行ったのだが、検査の予定が詰まっていて、土曜日だと10月になるとのことだった。想像以上に悠長なのでちょっと拍子抜けしたが、まあ、何も症状がないし、平日に休みを取るのももったいない感じだったので、それでお願いした。初めての胃カメラで、今からちょっとドキドキしている。その医院は鼻でなく口から入れるようだ。僕は鼻の穴が狭いようで余り通りが良くないので、口で良かったと思う。

ところで、診察の前に看護師さんに症状の有無を聞かれたので、「ない」と答えたら、(紹介状を持参したせいもあり)診察はなしで検査の予約だけだったのが、結構意外だった。物足りないと思う人も居るだろうが、僕は良心的な医院だと思った。というのは、受付や予約や検査の説明(看護師さんが対応)だって人件費は掛かるのだから、その分は「適当に」診察して「適当な」薬でも出しておけば収入になりそうなのに、そうしていないからだ。

僕自身も、行く前に、症状がないと答えるか、(症状がないと、検査や除菌は自費扱いになるようなので)「たまに少し痛むことがある」とか言うか迷っていたのだが、余計な薬(例: 制酸剤)を飲むのは嫌なので、正直に答えた。ただ、今考えると、時々胸焼けするので、それを言うのもありだったかも知れない。

医院はのどかでいい雰囲気だった。ただ、受付の人が新人なのか、外国の人なのか、肝心なことは奥にいる先輩に助けてもらっていて、今一つ頼りない雰囲気だった。頼りないと言えば、なぜか診察券をくれなかったのだが、診察してないせいなのか、忘れたのか。次回(事前の検査がある)行った時にすぐに分かってもらえるのか、ちょっと心配はあるが、まあ、何とかなるだろう。

  •   0
  •   0

回避はしたようだが、ビットコインが「分裂」しそうになって、一時的に、多くの取引所が、一斉に取引停止する予定を発表した。しかも、終わりは「未定」だった。なんだかなあである。以前も書いたが、仮想通貨といっても、結局、現実の取引所がなければ取り引きできなってしまうではないか。それでいいのだろうか? それで仮想なのか?

あと、今回の騒ぎの発端となった、取引量の増加に伴う処理の遅延は今後もどんどん起こるだろうし、回避しようとして、別の問題も起こるだろう。それでまた、今回のようなことが起こりそうだ。中心になる人なり団体がないので、いくらでも分裂する可能性はあるだろう。その抑止力は、当事者が通貨を持っていて、価値が下がるのを望まないことか。じゃあ、通貨を持っていない(あるいは、巧妙に売り抜ける: 特定の法に縛られないのでインサイダー規制はないのだろう)プロが参入したら、どうなるか・・・

仮想通貨は、特定の権力の支配なり後ろ盾がないのがメリットなのだろうが、それがデメリットでもあることが露呈した気がする。

あと、上と同じことではあるが、マイニングの泥臭さ、あるいは、リソース馬鹿食い問題を看過していいのかと思う。多くの人が、わずかな見返りのために、膨大な計算パワー(= エネルギー)を消費している。これも、将来問題になるのではないか。それから、みんながマイニングに疲れたり飽きてしまったらどうするのか、あるいは、ものすごい方法で独り占めする人が出ないか? それから、マルウェアのように、不正なマイニングソフトが蔓延して、通貨が成り立たなくなることはないのか?

単なるイメージだが、エントロピーの法則から、仮想通貨の取りまとめ(マイニング)に掛かる労力は、将来的には無限大になって、いつか、処理できなくなるのではないのだろうか? (それなら、独り占めは不可能だ)

PS. なぜか、日頃、仮想通貨の騰落のニュースを載せているIT関係のまとめサイトに、今回の分裂騒ぎが載っていなかったが、「察し」か。

(7/23 2:58 少し加筆)

  •   0
  •   0

はじめにお読み下さい

このサイトの筆者は記載内容の著作権を保有しています。閲覧はもちろん無料ですが、日本放送協会と日本音楽著作権協会に対しては有料です。2回目以降の1アクセス(サーバのログ1行を1アクセスとします)ごとに、閲覧料として1万円を頂きます。ログは定期的に確認しております。確認次第、請求致します。支払いたくない場合は、2度とアクセスしないようにして下さい。なお、『この文言を読まなかった・分からなかった。コンピューターが勝手にアクセスした。』という言い逃れは了承しません。

というのをトップに書くとか。マジで書きたい。

 

あ、アクセス元が徴収対象だったらダイアログを出せばいいのか。「はい」をクリックしたら、契約成立だ。いいねえ!

  •   0
  •   0