Archive for the ‘日記’ Category

さっき、"Something"が掛かった。「やっぱり いい曲だよなあ」と思って聞いていたら、なぜか、数回「プチッ」と雑音が出た。その前にボリュームをいじったので、一瞬、アンプの故障を疑い、「えぇ? もう壊れた?」と思ったが、ふとPCの画面を見たら(その前はどこを見ていたのか、記憶にない)、レコードから取り込んだ版だったので安心した。

まあ、アナログ(レコード)なんて、そんなものだ。テープだって似たようなものだ。近年は人気が復活しているというが、そんなのをありがたがる連中の気が知れない。よく、ハイレゾと共存できるものだ。

ただ、スクラッチノイズさえなければ、(ちゃんと再生すれば、)レコードの音はデジタルと遜色ない(「レコードらしい音」なんて的外れだ)ことを実感した。だからといって、デジタルよりいいとは言えない。雑音やひどい特性や取り扱いに散々苦労して来た者にとっては、全く戻りたくないものの一つだ。

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Googleニュースのレイアウトが改悪されて、(元々悪かった)使い勝手が最悪になってしまった。スペースが無駄遣いされていて一覧性がなく、各記事を囲む枠が煩雑だ。その領域全部がリンクになっているせいか、マウスを入れだけで文字色が変わるのは見難いし、趣味が悪い。

しかも、最初にリロードしたら英語になって、「はぁ??」となった(地域は勝手に割り出しているんだから、言語の自動選択だってできるだろうに・・・)。あれではとても見る気にならない。内部の技術的には何か新しいところがあるのだろうが、正直言ってセンスが悪い。新人が作ったのだろうか? それとも最新テクノロジーを愛する意識高い人?w

どうせ無料なのだから、提供する側が勝手に何をしても文句は言えないが、あれはない。仕方ないので、直らないのなら、今まで暇つぶしに見ていた他のサイト(例: Infoseekやライブドア)に移ることにした。

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数年前の嫌な予感のとおり、NHKはネット視聴なるものの料金を取るとか言い出した。

まとめサイトを読むと、ニュースの記載範囲を超えて、「PCやスマフォを持っているだけで契約の義務が生じる」と理解(想像)している人が多かった。僕もその不安は持っているが、普通に考えれば無理筋ではないかと思う。が、阿漕なNHKはそれくらい平気でしそうだ。

そこで、考えられる彼らの論理とそれへの対抗策を考えてみる(別に、今想像で書かなくてもいいが、暇なので書く)。

重要なことだが、僕は本当に観ないので、契約する意味が全くないのだ。ただ、彼らの邪悪な論理(罠)に引っ掛かると無駄に契約せざるを得なくなってしまうので、それを回避したいのだ。

1. PCやスマフォに視聴アプリをダウンロードしたら、契約の義務が生じる。 → アプリをダウンロードしなければいい。

2. PCやスマフォを持っているだけで、(ダウンロード可能= 「放送が視聴できる機器」だから、)契約の義務が生じる(アンテナを繋いでいないTVでも放送を受信する機能があるという理論で、徴収した事例があったような気がする)。 → 視聴アプリが動かない環境なら良い。

  • 僕のPCのOSはLinuxで、アプリはまず対応しないだろうから、問題なし。 (仮想環境でWindowsは動くが、そこまでは指摘されないだろうし、Windowsは買ってないと言えばいい)
  • スマフォはiPhoneなので、危ない。 → 「持ってない」と言い張るか、アプリの動かないOSの物に買い換える。 → 今はまだ、めぼしい物はないのと、そういう物では自分が使いたいアプリも動かないだろうから、本末転倒。。。

スマフォが問題だが、こんなことのために裁判は起こしたくないし、困ったものだ。まあ、彼らも家探しだの身体検査はしない(できない)ので、「持ってない」と言うのが妥当か。あるいは、「PCのOSはLinux」と言ってから、「スマフォのOSも***で、アプリが動かない」と言えば、奴らも諦めるかも知れない。

ああ、iPhoneを見せながら、「これはiPhoneだけど、脱獄してiOSじゃないOSを動かしている」というのはいいかも知れないなw

PS. そのうち、道端でスマフォをいじってると、NHKの奴らが寄ってきて、「契約してますか?」とかいう悪夢になるのか?

それから、クラウドのWindowsデスクトップ(DAAS)もあるようだけど、それからも徴収する気か? (スマフォでも「料金は口座引き落としで」とか寝言を言ってるくらいだから、どうせ知らんだろうけど)。ん、それ以前に、企業にあるものすごい数のPCはどうするんだろう? 企業単位でTV契約しているから、いいのか。

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朝、下野新聞の「住みよさランキング、宇都宮市1位 50万超都市で5年連続」を読み、全然信じられなかった。帰宅して調べたら、大嘘(市の勝手な解釈+Y新聞的な体制べったり記事。AIだって、もっとマシな記事を書くだろう)だったので、がっかりした(というか、「やっぱり、そうだよな・・・」と思った)。

調査を実施した東洋経済のページを読むと、宇都宮市なんて50位にすら入っていなくて、「宇」の字すらない。それで、朝見た記事を良く読んだら、「人口50万人以上の全国28都市中」という勝手な条件を付ければ、(おそらく)1位だったということなのだと気付いた。全く牽強付会そのものだ。政府が良くやることだが、市にも、こういう下らないことで頭を使う小役人が多いのか。期待はしてなかったけど、がっかりだ。

(自己満足な条件で)1位なんて虚勢を張っても、現実には、人口の少ない、「お金のない街」(例: 印西市は約10万人、税収は宇都宮の約1/2.5)に負けているのだ。ということは、住民のために何をすべきか碌に考えず、お金を無駄遣いしているのではないか?

下らない解釈で自己満足してないで、もっと真面目に街作りをして欲しい!

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ストレス解消に聴いている、ベートーヴェンの3大ピアノソナタ(「悲愴」、「月光」、「熱情」)。

美しい。その音はクリスタルガラスのように透明だ。しかも、巨大な城のようにダイナミックだ。更に、細部まで手を抜かずにきっちりと作り込まれているのだから、恐ろしい。

ベートーヴェンは余り聴かないのだが、本当にすごいと思う。モーツァルトは宝だが、彼は偉大な職人だろうか。これが思いっきり(フルパワーで)弾けたら、どんなに気持ちいいことだろうか!

 

PS. このJohn O'Conorのアルバム(1990)は、以前はピアノらしい音が出なかったのだが、近頃は大丈夫になった。グライコなどの設定がうまく行っているのかも知れない。

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バタフライ効果のように、思わぬことが繋がって、おもしろかった。

近頃、PCのHDDの温度が高目になることがあり、調べてみると前面のHDD用ファンの回転数がどうも安定しない(日によって回転数が変わる)ようなので、電圧が低いのかとか負荷が高いのかとか思って、いろいろ試行錯誤していた。

実際には、その前に、早朝などにPCの音がわずかに(本当にわずかで、換気扇やエアコンを点けると隠れてしまう)聞こえるような気がしたので、前面のファンがうるさいのかと思い込んで、抵抗で回転数を落とすなどの試行錯誤をしていた。が、散々試した挙句、それはHDDの音なので解決できないことが分かった。

結局、上下2個のファン(写真の右端と左下のもの)のうち、片方(HDDの前の物)が劣化していた(もう片方の回転数は安定していた)ようだった。

ちなみに、そのファンの「期待寿命」は6万時間(40℃)で、1日10時間、300日/年使ったとして20年間の動作が期待できたのたが、そうは行かなかったようだw (そもそも、期待寿命とは何だろうか? 設計寿命とは違うのだろうが、こういう機械的なものに何を期待するのだろうか? 期待すると寿命が伸びるのか?w) まあ、ばらつきがあるんだろうな。

それで、買い替えることにしたのだが、ふと、昔捨てたと思っていたが、実はまだ不燃ごみが回収に出すほど溜まっていなくて残っていた、Intelの純正CPUクーラーのファンが使えるかと思って試してみた。意外なことにサイズが一緒で、結構うまく付けられたし、良く冷えたのだが、わずかながら回転音が聞こえるので、残念ながら諦めた。だから純正は使われないのだろう。

そのファンを探した時、ゴミ袋の中からある物が出て来た。それは、昔壊れたWi-Fiルーター(WHR-G301N)だ。実はその後、Amazonの何かの製品(確か、DACの電源アダプタだったか)のレビューで、このルーターは電源アダプタが壊れただけで本体は壊れていないケースが多いと読んだので、(今のルーター(WSR-300HP)は今一つLinuxとの相性が悪い感じなので)アダプタを換えて試してみたいと思った。が、既に捨てたと思ったので、その時は諦めた。それが出て来たのだ。更に、壊れたらしき電源アダプタも一緒に出て来た。

電源アダプタの出力を測ってみたところ、規定の電圧(12V)は出ているのだが、微妙に振動していて、壊れているような感じだった。それで、今のルーターの電源アダプタで試そうとしたら、プラグの仕様が違っていて挿さらなかった。同じメーカーでも変えるものかと思ったが、まあ、前のは中央のピンが曲がりやすいので(電圧を測る時に曲げてしまった)、改良したのかも知れない。あるいは、単にOEMの事情かも知れない。

それで、新しく電源アダプタを買うのも面倒なので、手持ちのアダプタで電圧が12Vのものを探したが、なかった。しかし、時代遅れになってほとんど使いみちのなくなったUSB-HDDアダプタのものが使えそうだった。ただ、コネクタの形状がPCの4ピンだったので、変換する必要があった。更に、2本のGNDピンのうち1本にしか接続されていないので、もう1本と繋げる必要があった。

今となっては、4ピンコネクタで却って良かったと思う。というのは、もし普通の丸いコネクタだったら、まずそのまま繋がらないから、ケーブルを切断して繋ぐしかなくなるので、使いみちがないとはいえ、壊れてもいないUSB-HDDアダプタが使えなくなってしまうからだ。一方、4ピンコネクタなら、電源アダプタ側は無改造で着脱可能なので、いざという時にはUSB-HDDアダプタが使える。(6/26 7:06)

試しにワニ口クリップでつないで動作確認してみたら、無事起動したので、コネクタのアダプタを作った。PCのファン用のケーブルに、4ピンコネクタ同士を中継するものがあったので、それを使った。中継4ピンコネクタからファン用に出ているケーブル(12V)のファン側コネクタを切り、壊れた電源アダプタのプラグを切って繫いだ。仕上げはいろいろと手抜きだが、まあ、大丈夫だと思う。

その電源のアダプタでも無事起動したので、設置し、設定を修正して、ちゃんとPCからもiPhoneからも使えている。Linuxとの相性の問題(スリーブからの復帰後に、うまく繋がらないことがある)は、10分程度なら大丈夫だったが、しばらく様子を見よう。

時間と手間は掛かるけど、実験はおもしろいし、たまには実益も得られるからいい。そして、いろいろ調べるのも、時間の無駄なようだが、そういうのが貯まると、後で思わぬ収穫に繋がることがあって、おもしろいものだ。

今回の流れ:

  1. HDDファンの不調
  2. Intelファンを試す。
  3. 捨てていたと思っていたルーターを発見
  4. DAC買い替えの模索時に見つけた情報が、頭の中にあった。
  5. ルーター復活!

(20:55 少し加筆・修正、6/26 5:50 画像のキャプションと本文を追記)

 

PS. 暫定的に、劣化していない方のファンをHDDの前に付けた後、しばらくして温度を見たら、なぜかかなり上昇していた。片方を付けていないからかと思って調べたら、前後逆に付けていて、風がHDDに当たっていないためだった。ルーターを試すことにすっかり気を取られていたようだw

この時、いつもは温度が上がらないSSDすら上がっていたから、SSDも冷却は必要なようだ。そして、HDDの冷却は必須だと感じた。普通のケースにはそういうファンがないことが多いから、寿命を短くしているのではないか。

PS2. 接続部の絶縁をマスキングテープに頼っていたのがどうしても気に入らなかったのだが、少し考えたら抜本的に改善できた。最初の版では4ピンコネクタから伸びたファン用ケーブルを使うことが頭にあったので、ケーブル同士をハンダ付けしていた。それで、接続部にマスキングテープ(セロハンテープよりは劣化しない気がしたので)を巻いて絶縁していたのだが、別にそんな必要はなく、ファン用ケーブルを使わず、4ピンコネクタの反対側にACアダプタのプラグの先を直接接続すればよかったのだ。

もちろん、マスキングテープだってそうそう劣化したり剥がれたりしないし、仮にショートしても火事になるおそれはほとんどないが、0%ではないから、そういうところで手を抜いてリスクを放置したくなかったのだ。

何にしても、固定観念にとらわれないことは重要そうだ。最初に出た「名案」に「これだ!」と思い込むことが多いけど、それにこだわらず、もっといい解を探すといいことがあるようだ。ただ、それで名案が台無しになってしまうことも多々あるので、その加減は難しい。(20:12)

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食事のBGMに掛かっている、モーツァルトのピアノ協奏曲(第21番、ピアノ: 内田)がすごく美しい! やっぱり、人類の宝だ。

聴くこと自体もそうだが、聴いてそう感じられることがすごく幸せだ。

別の曲だが、今掛かっている第24番(第1楽章)の美しさを例えて言うならば、「宝石箱のような」という形容が当てはまるかも知れない。でも、実際には、宝石と違って全く華美でないからいいのである。

(余談だが、だから、近頃は外食を余りしないのかも知れない。僕には、どんなおいしい料理より、聴きたい音楽を聴きながら食べる方が百倍いいから。そして、ご飯と彼の音楽と、どっちにするかと言われたら、音楽を取るカモw)

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会社の創業者とその仲間の勝手気ままな行動には随分イライラして来たのだが、なぜそうなのかが少し分かった気がした。

元々おかしい人たちが老化して更におかしくなったのは確かなのだが、その「元々」は以下のようなことなのではないだろうか。

  • 隗より始めない。やるのは常に自分たち以外(=社員)。自分たちは命令専門だと思っているし、言っただけでやったと思い込める
  • 決まりは、随時自分たちが思い付いたこと(必ず正しいと思っている)を決め(て忘れ)る。そして、自分たちは偉いからいつも正しいから、自動的に守っているし、守る必要もない(規則を破っても誰にも指摘されることはないが、仮に誰かに指摘されても、その瞬間に例外ができるので問題ない)。
  • 自分たちを客観的に見ない・見られない。いつも自己満足・自己完結している。
  • 会社の金は自分たちの金。自分たちがいなければ生まれなかった金だと思っているので、自由に使って当たり前。社員も自分の都合で自由に使って当然。

だから、常日頃彼らが念仏のように重要だと言っていることを、彼ら自身が守って・守れていなくても平気でいられるのだろう(「自分は守って・守れている」と思い込んでいるのだから)。全くオメデタイ人たちだ。元々そういう素質があったのだろうが、会社を作って何十年も取り巻きにおだてられて過ごしていると、そういうクズになってしまうのだろう。。。

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昨日だったか、プロセスモデル化されたFirefox 54が出て、そのやり方が意外に現実的(タブごとにプロセスを作るのでなく、複数のタブを一つのプロセスで管理する)で良さそうだったので、試してみることにした。

最も重要な、ウインドウの左端にタブ一覧を出すのとマウスジェスチャと、その他のカスタマイズがアドオンでできたので、Vivaldiから切り替えてもほとんど違和感はない。一つだけ嫌なのは、更新ボタンがアドレスバーの右にあることだけだったが、これもアドオンでアドレスバーの左に置けた(← 修正するアドオンの動作が今一つ不安定なので止めた → 設定を修正したら大丈夫そうなので、再度試している)。

メモリ使用量を調べてみたら、以下のように、FirefoxはVivaldiの1/4以下で、プロセス数はVivaldiの1/10以下、タブ当たりのメモリ使用量も1/4以下だった。

VivaldiとFirefoxのメモリ使用量(psコマンドのRSSの合計)の比較(2ウインドウ、約30タブ):

  • Vivaldi: 約5.4GB (37プロセス) → 約146MB/プロセス, 約180MB/タブ
  • Firefox: 約1.2GB (3プロセス) → 約400MB/プロセス, 約40MB/タブ

僕のPCはメモリはふんだんにあるので、Vivaldiでも実害はないのだが、そもそも(もちろん、閣議決定された意味ではないw)、(Vivaldiが使っている)Chromeの「タブごとにプロセスを作る」(= 1つのタブがヘマして落ちても、全体は落ちないから、怒られないよね)だけでなく、各プロセス(=タブ)が数百MBも使うという浪費思想(腐った設計)には全く賛成できなかったので、Firefoxが使えるに越したことはない。普通のWindows PCで、メモリが4GBしかないというような人は、一体どうしているのだろうか?

Firefoxを止めた最大の原因は、タブ数が多い時に不安定になるからだったが、プロセスが分かれていれば、今までよりは安定になることが期待できる。

Firefoxなら、Vivaldi(とChrome)でなぜかできなくなってしまった、SSL証明書の表示が簡単にできるのがとてもありがたい(Vivaldiの時は、わざわざFirefoxを起動して確認していた)。普通の人は使わないかも知れないが、証明書だって偽造され得るし、今は何でもSSL化する風潮なので、これからは活用されるべき機能ではないだろうか。それをなくしてしまうという考えは全く理解できない。あと、Vivaldiではセッションマネージャのアドオンがまともに動かなかったし、その他のアドオンも動かないものが多かったので、その点も普通に使えるようになって助かる。

Firefoxは随分久しぶりのように感じたが、Vivaldiに移ってからまだ1年しか経っていなかったようだ。しばらく試してみて、良ければデフォルトブラウザに戻したい。

(6/18 17:44追記) その後、思わぬ落とし穴が見つかった。Firefoxは、アイドル状態でもCPU負荷が高いのだ。Vivaldiと比較したところ、以下のように、3倍近かった。

VivaldiとFirefoxのCPU使用率(ps auxコマンドの%CPUの合計)の比較(2ウインドウ、約30タブ、約30分間放置後):

  • Firefox: 15.5
  • Vivaldi: 5.7
  • (Chrome: 40.8: ウインドウ数・タブ数が異なる)

なお、Chromeは条件が異なるし、元々論外なのだが、どうして論外なのかを示すために載せた。

メモリ使用量は重要だが、アイドル時のCPU使用率が高いのは、無駄に動いている処理があるということで、プログラムの質が低いので、メモリ量以上に気に入らない。結局、現時点では、総合的にはVivaldiが最良なので、Firefoxに戻るのは見送ることにした。

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暇だったので(歴史を調べたり、楽譜を見て脳内で演奏したくて)「モーツァルト ピアノ協奏曲」で検索してみたら、すごいブログが見つかった。吉松隆という作曲家が数年前まで書いていた「月刊クラシック音楽探偵事務所」だ(トップページは「バックナンバー一覧」になっているが、リンクはされていないので、右側の各年のリンクから見ること)。

不勉強なので彼の名前は知らなかったが、読んでいたら、結構有名な作曲家のようだ。そして、昔のTV番組の題(「題名のない音楽会」の「クラシックmeetsロック/新作! プログレ交響組曲」の回)に見覚えがあって調べたら、録画していた。ただ、おもしろそうだとは思ったのだが、ELPは全然聴いたことがないし(「『タルカス』って何?」状態)、興味もなかったので、録っただけで観ていない気がする。

もう、何から紹介していいか迷うほど、ためになるし、おもしろい。今まで自分が疑問に思っていたことの(彼による)回答が得られたり、自分の思っていたことが間違ってなかったことが分かったりして、うれしくなって読み耽ってしまった。読みながら、おもしろいところを抜粋して自分にメールで送ったのだが、最終的には3千文字を超えた。

ただ、「音楽大好き!!」な(コアな)方じゃないと、そのおもしろさは分からなそうなので、本ブログの読者のごくごく一部の方にしか受けない気がするw

そこから、ひとつの話を引用したい(「これが一番おもしろい・ためになる」ということではなく、あくまでも一例として)。

2012/03/10 「面白がる目・面白がれる耳」   「面白がれる人生」より:

世の中には「面白いこと」と「面白くないこと」があるのではない。
面白がれる目や耳を持って「いる」か「いない」か、だけなのだ。

だから、表現者たちが心がけるのは、「面白がらせる」ことではない。「面白がれる」視点を与えること、それに尽きる。「楽しませる」のは大事だけれど、単なるプリミティヴ(原始的)でストレートな「面白さ」だけでは、世界は広がらない。

なるほどと思った。表現する側の気持ちが分かって、すごくためになった。そして、僕の日々のいろいろなことの楽しみ方が間違ってなかったことが分かって、うれしくなった。そして、TVなどの、「(プリミティヴな=表現の域に達していない、)普通のおもしろいこと」が、僕にはおもしろくない理由も分かった。

ひとつといいつつ、もう一個:

2011/07/10 「夏休み特集1〈音楽のもうひとつのチカラ〉」より:

書いた当の作曲家としては,自分の作品を勝手に(イメージとぜんぜん違う方向で)使われるのは、まあ、心中穏やかではないが、「音楽」というのはそもそもそういう(敢えて言えば「XXとハサミは使いよう」な)処があるのも事実。

これは、変な言い方をすれば、例えば自分の「娘」がテレビや映画に「女優」として出て、配役としてヒロインならぬ悪女をやったり宇宙人をやったりするようなもの。
知らないでテレビを見ていた父親が、ギョッとしようが「イメージが違う!」と驚こうが関係ない。それに似ている。

(もっとも、父親の中には激怒して仕事をやめさせる人もいるし、作家の中には激怒して抗議に及ぶ人もいる。作ったものの権利と言えば権利だが、世に出た作品は(娘でも音楽でも)もはや作家の所有物ではない。手元に置きたいのであるなら、公表しないことだ。)

まったく同感だ。芸術作品ではないが、ソフトウェアもそういうところがある。一旦リリース(手放)したら、どう使われようと文句は言えない。「なんで、そんな想定してなかったふうに使うかなー!!」って、グチはこぼすけどねw

更にもう一個(という具合に、おもしろい話が山ほどある):

2013/03/10 「音楽家(作曲家)になるには・なれれば・なれたら」  「一万時間の法則」より:

確かに「仕事」は休みが必要かも知れないが、「生きる営み」に属するものは…例えば「呼吸」にしろ「食事」にしろ「子育て」にしろ「農作物作り」にしろ、「休みなし」が基本。「音楽」も同じだ。空気を吸ったり食べ物を食べるのに「週2日の休み」を取る人など聞いたことがない。そもそも「休む」という意味が分からない。

(略)

「毎日毎日寸暇を惜しんで休みなく(あるいは24時間でも足りないくらい)」でようやく音楽家を目指すレベルの「好き」だと言える。

(略)

しかも、これは「一所懸命」でも「努力」でもない。

毎日食べたり飲んだり空気を吸ったりするのを「一所懸命」やるわけではない。同じように、毎日休まず音楽をやるのは「生きるのと同じ」であって、それが「自然」だからだ。

すごく納得した。やっぱり(才能・センスとか技術の問題を除いても)僕には無理だなあと思った(あ、でも、才能もセンスも技術もあったら、話は違うかもw)。でも、僕にとってのコンピューターは、そんな感じかも知れないと思った。

残念なのは、どうしてか(提供主のJapan Artsとの契約が終わったからか)、このシリーズは終わってしまっていて、今のブログは普通のブログになってしまっていて、ここまで読み応えがないことだ。あのページがいつまで残るのか、心配だ(削除するのなら、出版して欲しい)。でも、彼のホームページにはいろいろ読み物が載っているようだから、読むのには事欠かなそうだ。

 

PS. ちょっと変な・おもしろいことを書けば、僕は、おそらく、彼の音楽は好きにならないだろうと思うことだ。彼の考えにはすごく同感できるけど、作品に共感はできないと思う(実際、彼の作品の題を見ても、聴きたいと思う曲がない)。これは、「作者の性格や人生と作品は無関係」の流れかなと思う。あるいは、同じ大きな枠の中に居ることは確かなんだけど、その中で向いている方向が違うというのか。まだ聴いてないから知らんけどw

調べたら、彼の作品を持っていた。といぼっくすの「あのころ・・・ ~日本のマエストロたち」(2000)というアルバムに、「プレイアデス舞曲集」の曲が入っていた。これから聴いてみて、感想を追記したい。ただ、このアルバムは、知らずに聴いている時でも余りおもしろくなかったので、やっぱり、好きじゃないんだと思う。

(6/15 4:02記) 昨夜、「あのころ」に入っている5曲全部を聴いたが、やっぱり好きではなかった。本人は現代音楽の異端だと言っているが、やっぱり現代音楽的だし(確かに無調などではないけど、頭が現代音楽なのかも知れない)、こう言うと悪いけど、スケールが小さい気がするし、透明度が低い感じもした。そもそも、彼の曲は題が良くない。説明が過ぎている気がするし、興味をひかない分野の単語ばかりだ。

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