Archive for the ‘PC・技術’ Category

このところ、仕事や会社でストレスや疲れが溜まったので、DAC(正確にはサウンドカード)を注文した。別に、今の音に何も不満はなく、DACを換えたところで音が変わるとは思っていないのだが、新しい遊びをしたくなったのだ。つい先日まではスマフォで遊んでいたのに、我ながら、賞味期限が短いようだw まあ、スマフォに飽きた訳ではないが、あれは生活の道具なので、一旦落ち着いたら、それ以上することはないのだ。

DACを買うのは、元はといえば、先日整理した本棚にぽつんと載っているグライコを何とかしたいと思ったところから始まった。もし、PCのソフトで音質の補正処理をするなら、DACを追加すればグライコが不要になるのだ。

それで、何を買うか考えた。基本は遊びだし、DACで音は変わらない(と信じている)ので、余り高いのを買ってもしょうもないので、概ね2万円以下で探した。条件は、電源on/off時の雑音がないこと、音質がいい(特に、雑音が少ない(=SN比が大きい))こと、外付けDACの場合は光接続ができるもの、PC内蔵DACの場合はLinuxで動くものだ。

最初は、どうしても光接続にしたかったので外付けDACだけを探したのだが、どうも、目ぼしいものが少なかったので、PC内蔵(サウンドカード)も含めて探した。いろいろな製品があったのだが、最終的な候補は以下の4つになった。

  • ASUS ESSENCE STX II (サウンドカード)
  • Yudios YD-19232K
  • オーディオテクニカ AT-HA26D
  • Topping D3

それらを以下の観点で評価した(太字は重視した点)。

  • DACチップの素性
  • 電源on/off時のノイズ
  • コンパクトさ
  • 特性(スペック)
  • 使い勝手
  • 欠点の少なさ
  • その他 (その製品の特色など)

最初の「DACチップの素性」というのは、(DACチップ自体で音は大きく変わらないと思うので、)音やスペックではなくて、メーカーや製品の思想とかスタンスをチェックした。そういうもので音は変わらないだろうが、趣味で使うので、自分で嫌なものは使いたくないのだ。

上は、正確には、今使っているアンプのメーカー、SAYAのサイトのコラムにDACの比較が載っていて、候補が使っているDACの評価を読んで、ある問題(下記のオートミュート)に気付いてチェックしようと思った。

すると、あくまでも個人的な感想だが、ESS社とそのチップ(ここではES9018)は、どうもいい加減で誠実でないという結論になった。何が問題かというと、以下の2点である。

1. ビット数の表記

ESS社がES9018のことを"Reference 32-bit Audio DAC"と、32ビットをうたっているのは明らかに誇張である。実際には、(資料に書いてあるように、)ダイナミックレンジが135dBだから22ビット程度である。仮にビット数がダイナミックレンジだけで測れないと仮定しても、25ビットすらないことは確実だろう。

一方、比較した他社(TI, Cirrus Logic)はそんなことはしていない。例えば、TIのPCM1792Aは、ちゃんと、"24 ビット 192kHz サンプリング アドバンスト・セグメント・オーディオ・ステレオ DAC"と書いている(実は、PCM1792Aのダイナミックレンジも132dB(22ビット程度)なので、それだって実現できていないが、差は2ビット程度なので、ESSの10ビットの差に比べればまだ誠実だ)。

実際には、22ビット(135dB)ものダイナミックレンジなんて家庭では無駄なので、全く実害はないのだが、企業の姿勢としては良くないし、嫌いだ。そして、そういうDACを採用して、高々と、32ビットの高音質などとでっち上げる多くの機器メーカーも嫌いだ。

社名は書かないが、「32Bit幅のダイナミックレンジを持つことで、原音に忠実に明瞭な音楽を再現します。」と書いてあるDACがある。その文章の前半は、僕から見れば、全くの嘘だと思う。確かに、32ビットのデータは入力できるけど、DACチップ単体ですら再生できない(=それを使った製品だって無理)のだから、「32ビットのダイナミックレンジ」は持っていない。実際、その製品のダイナミックレンジは32ビットの192または186dBなんて全然ない。ひょっとして「幅」にそういう意味を持たせているのか? 例えば、「32ビット幅の(データ入力ができるので、実際には32ビットではないが、それなりに広大な)ダイナミックレンジを持つ」とかかな。良く分からんが、正確な技術用語で書いて欲しいねw

2. オートミュート機能

ES9018のデータシート(入手にはNDAが要るが、流出している)を読むと(正確には、最初は上記SAYAのコラムで知った)、オートミュート機能というものがある。データシートの記述が詳細でないので正確には理解できていないが、概ね、「すごく小さな信号が連続して入力された場合、出力の音量を0にする」機能だ。もう、これだけで「結構です! じゃあまた」って感じだ。

そもそも、携帯機器やテレビとかじゃないので、もともと雑音は少ないはずだから、小さな信号を無音にする必要はないし、オーディオの思想(理想)から言って、そんなことをしてはいけない。僕に言わせればごまかしだ。もちろん、デフォルト設定はものすごく小さいレベル(-104dB:データシートの表記が分かりにくいので間違っているかも)なので、聴いても何も違いは分からないだろう(が、出力のアナログ回路の出来が悪いと、ミュート時とそうでない時の雑音量が大きく違って分かるかも知れない)。

が、この機能は自分でダイナミックレンジを狭めている訳で、104dBだと、(ビット数にすれば)17ビット程度になってしまう。20ビットもないが、それで本当にいいのだろうか?? 自己矛盾や欺瞞ではないか? 小さい音を無音にし、ミュート状態の信号で制御することで出力のアナログ回路の雑音が減らせるだろうから、SNの数値は上がるのだろうが、実際にはズルをしているのだ(以前問題になった、ヨーロッパ車の排ガスのチートと似たようなものだ)。

なお、PCM1792Aにも同様の機能はあるのだが、無音にするのは最下位ビット(正確には、値が0か-1の場合)だけだし、デフォルトでoffだから、ずっとまともだ。

長くなったが、そんな訳で、ESS社とそのチップとそれを使うメーカーは、僕は信用できなくなった(あくまでも私の考え・意見です。昔、YouTubeのピアノ演奏に対するコメントを書いたら、エゴサーチしたのか、公開している演奏なのに営業妨害のように言われたことがあるので(この件への意見は、いつか書きたい)、今回も、この件で却下した機器メーカーの社名は出しません)。

2番目の「電源on/off時のノイズ」は、今のグライコの欠点で、PCの電源のon/off前にアンプの電源を切る(切らないとスピーカーから雑音が出るので)のが面倒なので、できればそれが不要なものを選びたいということだ。

選考過程のさまざまな紆余曲折は省略して結論を書くと、注文したのは、ESSENCE STX IIである。ヨドバシで約2万円だった。もっと安いところもあるが、初期不良期間が長い方が安心なので、ヨドバシにした。それにポイント還元があるので、実質的には2千円未満の差しかない。

PC内蔵型は雑音が多い可能性があるし、いつかOSの対応がなくなって使えなくなる可能性があって心配はあるのだが、次点のAT-HA26DのDACチップはAKMのAK4396(グライコに載っているAK4393の次品種)で今と代わり映えがしないので、素性の良いPCM1792Aを使うASUSのにした。DACチップ以外に、PC内蔵ならとてもコンパクトになるのは、大きなポイントだった。

なお、雑音については、光接続に比べれば確かに多いだろうが、普通は聴こえるほどすごくはならないと予想(期待)している。実際、昔使っていたMAYA 44XTeもSE-150PCIも、雑音は聴こえなかった。それはそうで、雑音が聴こえるほどひどいカードは売れないだろうし、口コミで分かる。

DACについては、僕はずっと試行錯誤というか右往左往している(PS3を参照)。どういう訳か何台も買っては手放しているが、今は、大昔にデスクトップPC(Pentium 4)を買った時の形態(内蔵サウンドカード)に戻ってしまった。次はどう変わるのだろうか?

という訳で、実物が手に入る前から存分に遊べた感じだw

 

PS. 誠実さという点では、SAYAはかなりまともだと思う。(考えに誤りがある場合もあるかも知れないが、)印象や流行の単語や名ばかりの高性能でごまかすことなく、実質(実際の性能や使い勝手)を重視して製品作りをしている。実は、今回も、そこのUIA5100というDAC内蔵アンプがとても欲しかったのだが、遊びで買うには余りにも高い(約14万円)ので、見送った。次の製品に期待したい。

PS2. 別な誠実さでは、問い合わせへの対応もさまざまだった。あるイギリスの大学の名前みたいなメーカーや台湾メーカーを扱う代理店は、問い合わせへの回答がなかった。また、そのイギリスのメーカーのサイトは、見栄えはいいけど、重いし質問の経過表示ができるはずなのにできなくて、論外だった。事前購入の問い合わせ窓口のない中国メーカーもあった。逆に、夜中とか明け方に回答を送ってくる、不思議な熱心(?)さのメーカーもあった。

PS3. 私のDAC遍歴

  1. オンキョー SE-150PCI (サウンドカード, 2005-2011): 音が出なくなったり、ノイズが入ったりすることがあり、ひどいサポートにブチ切れて止めた。
  2. Styleaudio CARAT-TOPAZ Signature (外付け, 2011-2012): サンプリング周波数が切り替わる時に雑音がするのが気に入らなくなった。
  3. Luxman DA-200 (外付け, 2012-2013): 高かったのに電源ノイズが入るので止めた。
  4. TEAC UD-501-SP (外付け, 2013-2015): 特に問題はなかったが、大きな外付けDACの意味を感じなくなったので止めた。
  5. Behringer DEQ2496の内蔵DAC (外付け, 2015-2018): 特に問題はないが、遊びたくなったのと、更にコンパクトにしたくなったので、止める予定。
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不思議なことに、忙しくて疲れているけど暇もあって、そういう時には余計なこと(主に、身体を動かす作業のようなこと)をしたくなってしまう。今週は、ぼーっと本棚を眺めていたら、(PCに取り込んでいるので)絶対に掛けないCDやDVDなど(ボックスや紙ジャケなどでケースを捨てられないもの)が並んでいるのは、どうしても無駄・無意味で、放置しておくのは「負け」な気がした。それで、ちょっと考えた後、そういう類を箱に詰めてクローゼット送りにした。本棚は1段空いた。

その後、(CDはPCで聴けるけど、)DVDやBDはPCに取り込んでいないから、仕舞うと観られなくなることに気づいたが、今はビデオはほとんど観ないし(実際、前回DVDなどを観たのはいつだったか覚えてない)、長い映像作品を観ること自体が面倒(集中できないし、音楽より拘束度合いが大きくて疲れる)なので、観たくなったら出せばいいと割り切った。

それに、大抵のものはYouTubeなどで観られるし、後で気が変わっていろいろな作品が観たくなったら、(物理メディアを再生するのでなく)Amazonなどの配信サービスに入ればいいだろうとも思う。そういう点では、僕には4KどころかHDだって要らない感じだw

数日後、更に眺めていたら、絶対に掛けないであろうCDなどが詰め込まれたCDファイル(ケースを捨てたCDなどのメディアを入れている)がずらっと並んでいるのも、無意味な気がした。それで、思い切って、(クローゼットをちょっと整理して、)CDファイルもクローゼット送りにした(その時、すっかり忘れていたのだが、使っていないディスプレイ(妹から回収したナナオ S170)がクローゼットの中にあることに気付いた。これも何とかしたい)。本棚が更に1段空いて、スカスカになった。大変気持ちいい。

が、これを見ていると、この空間をどうやって埋めるか(いや、そんな必要はないのだが)とか、逆に、この本棚すら不要なのではと思い始めるし、下から2番目の棚にぽつんと置いてあるグライコだって(PCで処理するようにして)排除したい気もし出すし、クローゼットに仕舞ってある大量のCDなどやブックレットだって処分したくなって来るから、何か少しおかしい(「過整理症候群」?w)かも知れない気がするが、まあ、気分が良くておもしろければ、そんなことはどうだっていいw

「おかしい」という点では、さっき、昔の写真を追加して思ったのだが、その頃の方がずっとおかしかったのではないかと思う。。。 ちなみに、当時は、この本棚の他にCDラックがあり、それがほとんど埋まっていた

まあ、「フルの本棚」のなんてのは昭和の価値観では良かったのだと思う。が、今は時代が代わり、僕もそれに追いついていると言えるのかも知れない。

 

PS. さっき、病院に歩きながら思った。これから(次の世紀?)は、いかに物を持たないか=「物を持ったら負け」の時代ではないかと。特に、家とか車とか大きな物は所持しない。持つなら、なるべく仮想的・電子的な物にして、地球のエントロピーをなるべく増やさない(実は物理法則に反するので、逆にエネルギーを使う)生き方ではないかと。これを突き詰めると、前にも書いた、生き物(少なくとも人間)の居ない、無機的な地球になる。

そう思うのは、極論だが、だいたい、日頃さんざん便利な暮らしをしていて、「自然を大切に」とか「絶滅種を守ろう」云々はあり得ず、全くの欺瞞だと思うからだ。そう言うのであれば、原始時代の生活をしてから言って欲しい。それだって、自然を破壊しながらの生活だと思うけどね。

そもそも、多大なる労力で保護した「自然」なるものは本当に自然なのか、全く疑問だ。その代わりに別の自然は破壊されていないか?

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たまに、ウォズ(アップルの創業者の片割れ)が何か話したとか記事に出ることがある。でも、僕はほとんど興味を持たず、中身を読むことは少ない。「また何か言ってるな」程度だ。でも、もし、ドク(「バック・トゥー・ザ・フューチャー」でタイムマシンを作った人)が何か話したという記事が出たら(出ることはないのだが)、それはもう、じっくり読むだろう。

客観的に見れば、どちらも優れた技術者・科学者なのだが、僕からすると、ドクは尊敬の対象だが、ウォズは「なんか面倒な人」とか「胡散臭い人」という印象で、尊敬できない。

その違いを考えてみると、まずは一貫性の有無のように思える。ドクの言動は必ず一本筋が通っていて、滅多に外すことはない。ウォズも一般的にはそういうイメージだろうが、実際は違うと思う。近頃の発言だけでも右往左往している気がする。「じゃあ、結局なんなんですか?」と聞きたいことが多い。昔だって特にポリシーがあった訳ではなく、「おもしろいから・思い付いたからAppleコンピュータを作った(それが意外にうまく行っちゃった)」という印象だ。まあ、それは言い過ぎで、彼の功績は大いなるものではあるが、やっぱり、余り好きではない。

もう一つ、細かいことだが、ウォズは自分を「僕」と呼ぶが、ドクはそうではない(確か、「私」だったか。ただ、僕は文章や字幕を読んだだけなので、「僕」と「私」の違いがあるのかは不明だ。でも、二人の雰囲気はかなり違っていて、ウォズはいかにも「僕」と言いそうだし、ドクはそうでない)。そして、実際には僕も自分を「僕」と呼ぶので、ウォズのことをとやかく言えないのだが、同属嫌悪のようなものがあるのかもしれないw

そしてone more thing.: 今思い付いたのだが、これは大きい。ウォズが昔稼いだお金で隠居みたいに安穏と何もせずに暮らしているのが、一番気に入らない。だから、「口だけじゃなくて、何かおもしろい物でも作れば?」と言いたくなる。ドクだったら、常に何かを考え、作っていることだろう。僕もそうありたい。

今回の結論は、「太った豚より、痩せたソクラテス」のようだ。

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今朝から、ヘッドフォンのボリュームを大きくすると、右から少し雑音(ラジオのような「ザー」っという音)がするようになった。ヘッドフォンを繋いでいる、グライコ(DEQ2496)のAUX出力(のコンデンサ?)が劣化したのか、壊れ掛けているようだ。

早速、対処策を考えた。いろいろな案が出たのだが、PCのオーディオ出力のサラウンド用リアスピーカー端子につないだら音が出たので、とりあえず、そこにボリュームを介して繋ぐことにした。グライコに繋いだ時より少し音が小さい気がするので、もし駄目なら、別の手(例: 外部にヘッドフォンアンプを繋ぐ)を考えよう。

ヘッドフォンを繋ぐのは、(サラウンド用でなく、)通常の出力(ライン端子)でもヘッドフォン出力でも良かった(全部、同じ音量だった)のだが、ヘッドフォン出力だと、PCの前面にいつもケーブルが繋がっていて見苦しいし、足をぶつけてプラグを折る可能性が高いので止めた。一方、サラウンド用端子なら、ヘッドフォンを繋いだまま、ライン出力を別の用途(例: 特性測定用信号出力)にも使えるので、採用した。

このPCを組み立てる時は、ヘッドフォン出力なんて使わないと思って配線してなかったので、音量を確認する時に接続したのだが、基板に繋ぐケーブルがストレージベイの奥(背面)でとぐろになって固定されていて伸ばせなかったのだが、そんなことは忘れているから結構苦労した。しかも、お約束で、いつの間にか左手の甲を切っていたw

なぜ雑音が出るようになったかだが、AUX出力はヘッドフォンのような低インピーダンスの負荷は想定していないから常に過負荷(AUXが繋がる機器の入力インピーダンスは50kΩ程度なのに対してヘッドフォンは数十Ωなので、計算上は約千倍)になっていたせいなのか、単に寿命が来た(今年で4年目)のではないかと思う。

過負荷について考えてみた: 使われているオペアンプ、4580の仕様書(TIと日本無線のもの)にはヘッドフォンアンプにも使えるように書いてあるので、実際には問題ないのかも知れないし、回路構成をヘッドフォン向けにしてないから駄目なのかも知れない。

いずれにしても、オペアンプではなく、コンデンサが駄目になったのではないかと思う。電源のコンデンサかと思ったが、いくつかのオペアンプに共通になっている(もちろん左右共通でもある)のでそうではなく、信号線に並列に繋がっているものやオペアンプのフィードバックに並列になっているものが怪しい。ただ、容量は数十〜百pFなので、そういう小さいの(セラミックかマイラ?)が壊れるものだろうか?

良く考えると、コンデンサの故障は耐圧を超えた場合に起こることが多いのだが、回路を設計する時点で、そこに掛かる可能性のある電圧(=電源電圧)以上のものを使っているはずだから、いくら大音量で再生しても超えることはないはずだ。また、高負荷の場合には電流が増大するのだが、電流とコンデンサの故障は無関係なはずだ(直列接続なら関係ありそうだが、それにしても、電源電圧は大幅に超えない)。とすると、たまたまその部品の質が悪くて早く劣化しただけなのかも知れない。

もし前者(過負荷)なら、PCのライン用出力にヘッドフォンを繋いでいたら、いつか壊れるだろう。その点、サラウンド用出力はまず本来の目的に使うあてがないから、壊れても大丈夫だ。

もし後者(寿命)なら、グライコ自体の寿命が近いということなので、そのうちにスピーカーの音にも雑音が入ったり出なくなったりする可能性がある(補正処理自体はプロセッサ(DSP)で行っているのでまだ大丈夫だろうが、音にするのにグライコの内蔵DACを使っているので、そのアナログ回路が壊れる可能性がある)。その時は、以下のように、外部のグライコを使わないようにすることを考えている。

  • (以前試した、)JACKのグライコソフト(実際にはPEQ)を使って、PCで音質を補正する。
  • 補正した音は、PCの光出力から外部のDAC(新規購入)に繋ぎ、出力をアンプに入れてスピーカーから出す。
  • ヘッドフォンは、とりあえずは(今と同様に)PCに繋ぐ。音量が不足するなら、ヘッドフォンアンプやヘッドフォンアンプ付きDACを買う。

※スピーカーは補正するけど、ヘッドフォンは補正しないので、1つの筐体に2系統の独立したDACが入ったもの(例: 「ヘッドフォン専用DAC内蔵DAC」)があると丁度いいのだが、そんな都合がいいのはあるのだろうか?

まあ、あと数年は大丈夫と思っているが、早く壊れても、それはそれでおもしろいのでいいかもw (なんて書くと本当に壊れたりするので危ない・・・)

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さっきから、Arie Vardiという人のK. 488 (1988?)を聴いている。最初は素直な感じで悪くなかったのだが、段々、気に入らなくなってきた。1楽章のイントロは良かったのだが、その後はちょっと慌ただしい感じでもったいない。深みも少ない。実は、忘れていたのだが、この演奏は以前聴いていたようで、thumbs upしていたのだが、取り消した。逆に、downにしたいくらいだ。

僕は、この曲の2楽章終盤の寂しいピアノが好きなのだが、この人のはちょっとおかしく、サーカスみたいに(ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番 第2楽章後半にそんな箇所がある)なって、場違いで台無しになっていた。。。 3楽章だって、もう少し流麗に弾いてほしい。曲に負けているよ。(今気付いたが、この人、弾き振りしている。ピアニストの弾き振りは大抵失敗するんだよね。止めときゃいいのに・・・)

と、がっかりすることも多いのだから、K. 488だったら愛聴のポリーニのにしておけばいいのに、僕はなぜ、新しい演奏を探すのだろうか。良くは分からないが、変化とか「もっといいもの」を求めているのだろう。まったく、自分で弾け(き)もしないのに贅沢(高望み)もいいところだ!w

でも、今は、GPMのおかげで、この程度ならいくらでも贅沢できるのだから、本当にありがたいことだ。

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何かのついで(何だったか忘れたw)にクローゼットの中の貴重品箱の中を見たら、もうずっと使っていない、昔の通帳やキャッシュカードが沢山あったので、整理することにした。すると、雑多な「思い出の品々」に混じって、思わぬ物が出て来た。 トラベラーズチェック(TC)だ。

発掘したTCとドル紙幣など (右上はUSの切手、右下はTCの控え)

20年以上前(1994年)にUSに遊びに行った時に買ったものの残りだ。意外に多くて、200ドル分もある。他に、現金も10ドルちょっとあった。

そういえば、どうしてか、以前にも調べた(今日のように見つけたが、「あとで整理しよう」と思ったまま忘却したのだろうw)気がするが、TCを換金できる場所はほとんどないようだ。そもそも販売が終わっているし、海外でも使えるところは少ないようだ。まあ、今は仮想通貨の時代だしw、TCなんてクレジットカードに比べて使い勝手が悪く※、時代遅れもいいところだが、もうほとんど使えないということを知った時はちょっと驚いた。当時は、「AMEXのTCなら(絶対)大丈夫だ」という定説だったのだが・・・

※当時でもクレジットカードで充分だったのだが、なぜか、TCも持って行った。理由は忘れたが、カードをなくした時の予備だったのか? あるいは、ちょっとした現金を持つよりは安全ということだったか。

TCは現金(通貨)ではなく、商品券のようなものなので、発行者や取り扱い者が「やーめた」と言えば終わりなのだ。記載された額に変化はないけど(意外にも、今でも価値は下がってない)、消費期限はあった。「じゃあ、仮想通貨もそうかもね」、と、今ふと思った。

なお、検索したところ、わずかながら、今でもTCを換金できそうな店(トラベレックスなど)があるようなので、都内や大宮辺りに行ったついでにさっさと換金したい。お金には思い出はないので。

ちなみに、その貴重品箱はすっかり片付いてしまい、今は実印などハンコ3本だけがぽつんと入っているだけだ(実際には、ほとんどを「あとで整理」という箱に移しただけだがw)。ハンコも、いつか不要になって欲しいが、いつになるかなあ・・・

 

PS. 海外のお金といえば、ソ連に行った時(1989年)のルーブル紙幣や硬貨もあった。TCじゃなくて本物の通貨だけど、消費(賞味)期限が過ぎてしまったのだろうか?? (2/5 21:09 写真を追加)

PS2. あ、ドクのアタッシュケースに入れてもらおうか?w

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少し調子が良くなったので、去年は入院や歯の治療やピロリ菌の除菌で医療費が多く掛かったので、確定申告書を作った。結構久し振りだ。いろいろ文句(後述)はあるが、かなり前からwebで作れるようになっているのは便利だ。それだけでやる気が出る。

まずは、領収書など必要な資料を集めて(これが一番面倒だった)、webに打ち込んで、1時間くらいで終わった。

医療費は予想以上に嵩んでいて、約23万円にもなった(これの明細を打ち込むのも手間だった)。「相当戻って来そうだな」と思って結果(還付金額)を見たら、がっかりした。詳しくは書かないが、スマフォすら買えない額だった。。。 給料が安くて税額も少ないから、戻りも少ないのだろう。まあ、この作業に何時間も掛かった訳ではないから良しとするか・・・

このあと、PDFを印刷してマイナンバーカードの写し(その他あれば)を添付して送るのだが、それも面倒だし、アナクロでバカバカしいし、添付忘れとかの間違いが起こりやすいから神経を遣う。 → そうだ! ハンコが要るはずだ。忘れないようにしないと・・・ いったいいつの時代かと、まったく溜息だ。

 

その他の文句は以下のとおり:

  • Webなのに、なんでOSやブラウザを限定している? (Linux+Vivaldiで何も問題なかったよ。: 全部は確認できないのは分かるが・・・ まあ、「不明なOSなので作成できません」と言われないのは良いw)
  • e-Taxなるものをもっと簡単に使えるようにして、印刷・郵送を不要にして欲しい。
  • e-Taxは対応のカードリーダーが要る(印刷の場合はマイナンバーの打ち込みとかカードなどの写しを添付)とか言わずに、スマフォのNFC/Felica機能(あるいはカメラ)でマイナンバーカードを読み込んで認証できればいいのに。そうすれば、「マイナンバーカードなんて役に立たない」と文句を言う人も減るだろうに・・・ それに、マイナンバーを書くのだから、(普通の人は)源泉徴収票だって添付しなくていいはずだ。マイナンバーには高いお金を掛けているんだから、もっと頭を使って欲しいね。
  • 医療費にしたって、健康保険適用分は保険の番号で自動で集計できるとか(これは、そのうちマイナンバーで強制的にできるようだ)、レシート(QRコードを印刷しておくとか)をスキャンすれば自動で入力できるとかして欲しいが、そんなに難しいのかなあ。。。
  • PDFを印刷して送るなんて、もう20年近く変わっていない気がする。せめてメール(あるいはwebから送信)で送れればいいのに、全く遅れてる。マイナンバーが書いてあって、写し(画像)があれば本人と証明される(している)のだから、それで充分なはずだ。そもそも、自分から国に申告して、マイナンバーも書く人が、わざわざ不正をする確率はそれほど高くないはずだし、他人がなりすますにしても、他人の分を納税する奇特な人が居るのか(代理納税で実質的に贈与する?)という疑問はあるし、還付金は自分の口座でしか受け取れないのだから、本人証明なんて要るのかと思う。
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Linuxのエディタは、まだふらついている。先日、Geanyにしたのだが、やっぱり細かい(けど重要な)ところが気に入らず、イライラする。それで、Atomのハングアップ(フリーズ)を解決するという設定を調べて試したのだが、やっぱり効果がなかった。結局、今は、jEditに戻るしかないという結論だ。

そんなことを考えていたら、ふと、懐かしい、「いい子、悪い子、普通の子」を思い付いた。上に挙げたそれぞれのエディタの特徴が当てはまりそうだと思った。が、「天才、秀才、凡人」の方が適切かとも思った。あと、「凡人、軍人、変人」てものあったが、それはどうだか・・・ (他には、「ガンダム、シャア専用、ザク」ってのもあるかも知れないが、詳しくないw)

  • 天才
    • ワルオ?: 勉強なんてしなくても、100点取れる。でも、0点のこともある。
    • Atom: まさに僕好みの動作で使えてセンスも抜群だが、気分次第でばっくれる(ハングする)ので、付き合ってられない。
  • 秀才
    • ヨシオ: 徹夜して頑張れば100点取れる。
    • jEdit: 頑張って設定すれば好みの動作で使えるが、どうしても無理している感じがあるうえに、センスが悪い(古臭い)。
  • 凡人
    • フツオ: 徹夜なんてしないし、頑張っても70点でも喜ぶ。
    • Geany: 頑張って設定してもできないことは多いし、逆に、余計なこともする。全く平凡で、センスなどというものはない。

Atomには惹かれるのだが、実用にはならないので、jEditで我慢するしかないようだ。

PS. こういう、本当に基本的なツールについては、「何だっていいんだよ」主義の例外である。「何だっていいんだよ」は、「やりたいこと(=本質)が達成できれば」が前提だが、クソ駄目なエディタなんて使っていたら、邪魔されて、やりたいことができないからだ。

PS2. 以前書いた、"Geany"から老人を思い浮かべたわけは、どうしてか"granny"が頭の中にあって、無意識のうちに連想したためのようだ。ネイティブの連想は違うのかも知れないが、そういう名前を付けるのはやっぱりセンスがないと思う。 (22:25)

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入試問題のミスが発覚して、謝罪とか追加合格になっている。受験生にとっては大きな迷惑で、可哀想としか言いようがないが、僕らの時は、「問題にも間違いがあることがあるから、おかしいと思った時は関わり過ぎないで飛ばせ」と教えられた。

もちろん、誤りがないのが当たり前なんだろうけど、人間が作るものだから、それは無理ではないか。そもそも、大学の先生なんて学者も居るのだから、「入試問題を作れ」と言われても、全く筋違いで迷惑な話だと思う。

ここで余談が入ります: 大学の先生に(なったことはないが)入試問題を作らせるのは、F1の人に運転免許の学科を教えさせるようなもので、全く意味がないことで、労力や時間の無駄だと思う。逆説的だが、予備校の先生に作らせた方が、まだマシだ。

(合理的な工数・費用・時間で)「誤りなし」を目指すなら、やっぱり、AIに任せたほうがいいだろう。おそらく、入試問題なんて創造性は不要で、さまざまな条件(例: 高校の学習範囲、高校での教え方)をクリアするように、さまざまな情報から問題を作ればいいのだから、本当にいい仕事をしそうだ。

AIは少し先としても、次のようなやり方もあると思った。あらかじめ、「問題には誤りがあることがある」と宣言しておくのだ。Disclaimerである。受験者は、試験を始める前に、disclaimerを読んで署名する(あるいは、チェックを入れるかマークする)のだ。そして、本当に問題が間違っていると思ったら、解答欄にそう書く(理由も書くといいだろう)。マークシートなら、最後の選択肢の「誤り」にマークする(本当は指摘する必要はないのだが、気分の問題だろう。ただ、指摘が多かった問題は学校が自主的に調査する可能性があるから、意味はあるのかも知れない。あるいは、指摘が正しかったら、倍の点がもらえるなどにすると、いいかも知れない)。誤りは滅多にないから、全部「誤り」にしても得にはならない。

もう一個余談が入ります: 少し次元の違う話になるが、ある学校を受けるのなら、問題の誤りも含めて評価する、例えば、試験が終わった帰り道、「あんないい加減な問題じゃあ、入っても無駄だな」と言えるような、学校と対等に張り合うくらいの意気込みが欲しい。あるいは、そんな誤りも全部呑んで、「それも含めてその学校が気に入っているんだ」とか。

なんてことを書くと、「こっちは真剣なんだ。ふざけたこと言うな!」と言われそうだが、「じゃあ、そもそもお前は間違わないのか?」と言いたいし、「世の中には答えが一つだけのことなんてほとんどないし、答えがないことだって多いのだから、その事実を早く知った方がずっといいし、そういうおかしなことに臨機応変に対処できる知恵とか経験を身につける方が重要だと思う」と言いたい。それに、問題の誤りを指摘できるくらい深く勉強(理解)していれば、それはそれですごいことじゃないか。折角やるんだったら、そこを目指そうよ。

それ以前に、そもそも、入る学校で人生が決まる(入れば何とかなる)とか思って(一種の信仰だろう)、日夜「受験勉強」に精を出している時点で、まあ、先は大したことないと、個人的には思う。ただ、十代の子に自分でそれを理解しろと言っても無理なので、学校や社会の問題・責任なんだろう。

 

(最後に、僕が良く書く言葉: 「何だっていいんだよ」 を書こうかと思ったが、余りにも身も蓋もないので止めておく。でも、まあ、どこでだって、自分がやりたいことをやれば、入る学校自体にそれほど大きな意味はないと思う。)

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新しいAndroidスマフォ(AQUOS sense lite)を買ってから一か月。さまざまな設定やカスタマイズをして来たが、ようやく、「普通に」使える状態になった。買う時は散々迷ったのだが、ほとんど目論見通りに普通に使えているのだから、もうそれだけで満足だw

国内のスマフォメーカーは総倒れとか言われ、某社は今日身売りの発表をしたようだが、そこのスマフォの評判は「爆熱カイロ」だの散々で(実際、そこのを使っている妹も文句を言っていたが、当時iPhoneとNexusしか使ったことのなかった僕は、それがどこまでひどいのか分からなかったし、想像もできなかった)、同じ日本メーカー(今は台湾系だが)の僕のがそうでなくて、本当に僥倖だ。

それにしても、どうしたらそんなゴミが作れるのか、どうしてそれをそのまま出す・出せるのか全く理解できない。いや、実情は良く分かるのだが、出荷後に散々な問題が出ても、その後も改善しないで同じことを続けて・続けられて来たことが理解できない。しかも、それには膨大な手間とお金(ゴミなんて、タダだって欲しくないが、「実質無料」でも、結局、ユーザーが通信料として払っているのだ)を掛けているのだ。だから今、終わったのか・・・ ゴミを作らせる方も作る方も、全くの能無しとしか言いようがない。

他社の産廃のことはともかく、一番気になっていた消費電力は、設定やアプリを厳選してカスタマイズした甲斐があって、Wi-Fiでスリープ時に約0.4-0.6%/h、LTEでスリープ時は約1.6%/hと、悪くない。Wi-Fiスリープ時に0.2-0.3%/hくらいならすごいと言えるが、まあ、高望みしても仕方ないだろう。少なくとも、iPhone 6sの最後の頃より減りは遅い(会社からの帰宅時に、「結構残ってるな」と思う)感じだし、充電は確実に速い。「もう終わったの?」って感じだ。

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