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例のDeccaの一件で失くなって(削除して)しまったので、「手元にあるべき」との思いで買った因縁の一枚。そして(そのせいか)、いざ聴いてみると、曲に余り思い入れがないことが分かった。嫌いではないが好きでもない。ラフマニノフやモーツァルトのピアノ協奏曲のように、何度も聴きたいとは思わなかった。これも、僕の苦手な曲だったのかも知れない(ここは、Haruさんのご判定を賜りたいところだ^^)。

だが、指揮者の違いは明確に感じられた。前に持っていたのはメータだが、かなり派手めだったようだ。今回のプレヴィン(オケはLondon Symphony Orchestra)は、逆に、落ち着いている感じだ。悪く言えば華がない(全然、「スター・ウォーズ」に聞こえなかった)。だが、聴き込めばこっちの方がいいのではないかと思う。彼のアルバムはほとんど持っていないのだが、しっとりとした、あるいは、正統的な曲づくりをするというイメージどおりだと思う。

HMVの「本日の特価」で約580円になっているのを見付けて、(Amazonではもっと高かったので、)かなり安く感じたので、買う気になった。更にポイント利用で約420円になった。それも、ローソン受け取りで送料無料になって、本当にそれだけで買えたので、随分得した気分だ。

40年以上も前の録音だが、オーディオ的な音質は良かった。まあ、ビートルズなんて、1960年代なのに全くいい音なのだから、当たり前のことなのだろう。

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今日は、新作の広告を見掛けた数人のラフマニノフのピアノ協奏曲をYouTubeで聴いた。すると、自分でも「本当に?」と思うような感想が浮かんで来た。

まず、ブニアティシヴィリ(Buniatishvili)の2番(2015)。イントロが弱々しく、重さもなく、信念が感じられなかった。3番の2楽章(2011)は、コクがなかった。

アムラン(Marc-André Hamelin)の3番(2011)は普通だった。ただ、これは本人でないという書き込みもあったから、何とも言えない。「パガニーニ」(2011)は、音はいいけど、良くあるパターンで、惹かれるものは余りなかった。

ニコラーエワの2番(1951)は、(特にイントロに)重みが感じられた。オケもいい感じだ。(オーディオ的な)音質は悪いけど、全く問題ない。

僕が疑問に思ったのは、音を聴いただけで、本当に「信念」や「重さ」が感じられるのか、感じられるとしたら、それは(物理量では)何かということと、演奏の「コク」とはなんだろうかということだ。それから、「普通」の演奏で悪いのかとも思った(個人的には、はっきりと、駄目だと思うが)。

何度か聴くと分かるのかも知れないが、今はちょっと調子が悪いし、気に入らないものは余り聴きたくないので、いつか思い出したら聴き直してみたい。

PS. ニコラーエワだけは、今聴き直しても、いい感じなのは確かだ。リンクの確認なので、ちょっとで止めるつもりが、聴き入ってしまう。

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「無人島に1個だけ持っていくなら何を」とか、「無人島に持って行きたいCDは」とかいう、良くあるアンケートのようなものがある。

午後からずっとモーツァルトを聴いていた僕としては、とりあえず、「モーツァルトのピアノ協奏曲全集(CDボックス)」になるが、1枚だけなら、K. 488(それも、ポリーニとベームの)だろうと思った。が、よく考えると、そもそも、無人島に電気はないだろうから、CDなんて持って行っても全く無意味だということに気付いた。それに、「1個だけ」持っていくのだから、仮に電気があってもCDの板だけじゃ再生すらできない。

そうなると、「K. 488の楽譜かなあ」という気分になった。もちろん弾けないけど、まず、読んで楽しめそうだし、時間はたっぷりありそうだから、何度も読むうちに、いつか脳内で演奏できるようになるのではないかと思ったのだ。

とにかく、モーツァルトは人類の宝だ。と、勝手に盛り上がっている今日この頃。

PS. もう一つの答えを思いついた。グランドピアノだw 大きさや重さの制限がなければね。(でも、その時は、年に1回は調律師さんに来てもらいたいな)

PS2. その後、K. 488の変わり種をいろいろ聴きまくってしまった。それで、印象的だった(乗れた)演奏を紹介したい。

Jun Asai (2014, 2台ピアノ版。リンク先は第1楽章。残りもあり)

  • ピアノだけなので、曲の良さがストレートに伝わって来る。
  • 演奏もかなりいい感じだが、もう少しパワーがあってもいいかも。
  • 2ndの人の方がうまい?
  • なんで移動用の台を付けたまま?
  • この人のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番 (2015)は全然駄目だった。最初の数十秒で止(と)めた。

Walter Abt (2016, ギター版, 第2楽章のみ)

  • ギターも実にいい!

Bach Dancing & Dynamite Society of Wisconsin (2014, バッハ時代的な小編成)

  • 楽器が少ないから、それぞれの音がクリアに聴こえて綺麗。
  • そして、乗れる!
  • ピアノパートを時々自分好みに変えているのが惜しい。あと、ピアノはそれ程うまくない。
  • なぜか、音量がとても小さい。

上記は終わりまで聴いた。それ以外にも沢山聴いたが、大体、最初の数十秒〜1分で止(と)めた。(20:45)

おまけ:

Kaori Nakamura (2014, オケとのリハ, 第1楽章のみ)

  • リハにしてはちゃんと弾けている。
  • リハなんて見る機会がないので、その場に居るみたいで楽しい。
  • このオケの音は結構良い。結構好きだ。
  • そんなにひどくないのに、thumbs up(↑)がなくてthumbs down(↓)が5ってのは、なぜ? 裏側なんて見たくないってこと?

(20:59)

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近頃は、彼女の名前の日本語表記は、「マリア・ジョアン・ピレシュ」が正しいことになったようだ。決まったのなら、なるべく正しい名前で呼びたいが、慣れもあって、なかなか難しい。年配の方が、周波数を"Hz"でなく、「サイクル」と呼ぶ気持ちが分かった。

それはともかく、正月にYouTubeで彼女のピアノ協奏曲を聴いてから、結構好きになってしまったようで、気付いたらCDボックスを3種も買っていた。初めてモーツァルトのピアノソナタ全集を聴いた時は好きじゃなかったのに、偉い変わりようだ。そして、昨夜、それら(ジルベルシュテインと菓子折り、いや、カシオーリも含めて)が一気に届いた。

今回買ったのは以下である。3組目(HMVでキャンセルされたもの)は、通常のアルバムが5組、セットになっていた。

  1. モーツァルト: ピアノ協奏曲集 (1978, エラート)
  2. モーツァルト: ピアノソナタ集 (1989-1991, DG)
  3. DGでの協奏曲全集 (1993-2012, DG)
    • ショパン: ピアノ協奏曲 第1, 2番 (1998, 1994)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第14番, 第26番 「戴冠式」 (1993)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第17, 21番 (1995)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第23番、シューマン:ピアノ協奏曲 (2007, 2000)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第27, 20番 (2012)

左から: DG盤 (協奏曲)、DG盤 (ソナタ)、エラート盤

取り込みながら何曲か聴いたので、その感想を書こうと思ったのだが、PCに取り込んだだけで疲れてしまったので、後にする。さすがに、3組16枚を取り込むのは疲れる。約6時間掛かった。途中に昼食や散歩の時間があったから正味4.5時間くらいだが、一仕事だった。

それというのも、それぞれのCDが高速に取り込めて、CD情報が正確にCDDBに入っていればいいのだが、全然そうでないからだ。取り込みに30分くらい掛かるものがあるから時間が掛かるし、情報が間違っていたり不足していることがほとんどなので、1枚・1曲ごとに修正が必要だ。

そういう手間があるし、収納もかさばるので、MP3(ダウンロード版)にしたかったのだが、例のデッカ事件があったので止めた。要は、ダウンロード版をマスタリングする人が音楽を分かってない(ことがある)からだ。今回のDGはデッカ事件の張本人のユニバーサルグループだし、エラートだって、ワーナーグループだから期待できない(実際、ここもジャズとクラシックの制作が同じ"Warner Classic & Jazz"だ。西洋でも、こういう十把一絡げ的な扱いが許されるのか!?)。

次に、今日聴いた曲を列挙する。

  1. モーツァルト ピアノ協奏曲 第20番 (1978)
  2. モーツァルト ピアノ協奏曲 第27番 (1978)
  3. モーツァルト ピアノ協奏曲 第23番 (1978)
  4. モーツァルト ピアノ協奏曲 第21番 (1978)
  5. モーツァルト ピアノ協奏曲 第26番 (1978)
  6. (ショパン ピアノ協奏曲 第2番 (1994))

僕は、モーツァルトは、選べるのなら、短調のピアノ協奏曲から聴く。その次は27番だ。そこらへんを聴けば、その人が分かるような気がするのだ。それで気に入ったら、23番を聴く。だから、今日もまず、20, 24番を聴きたかった。が、なぜか、彼女は24番のアルバムを出していない。苦手なのか嫌いなのか。

実は、モーツァルトの21番辺りで感覚が麻痺してしまったので、ショパンで気分を変えようと思ったのだが、疲れ果てていたようで、前奏部でピアノが出る前に止(や)めてしまった。

一言感想を書けば、今日聴いた、彼女が若い頃のモーツァルトは素晴らしい。「最高に好き」とは言えないけど、かなりいい。「馴染み」と言える。ゼルキンや内田と比較し得ると思う。ただ、23番だけは、やっぱりポリーニとベームのが最高だ。

あと一つ。彼女の音はパラパラしているようだ。あえて滑らかにし過ぎず、すごく短い無音を入れているようだ。基本的には小気味良いし、切り過ぎてブチブチしている訳ではないから、大抵はいいと思うのだが、モーツァルトの23番(特に第3楽章)には(僕のイメージ的には)ちょっと合わない気がした。ただ、今考えると、意識的にそうして切っているのだから、かなり技術力が高いのだろうと思う。

最後になるが、モーツァルトの20番の第2楽章の冒頭は、凄過ぎて寒気がした。そして、中盤でなぜか涙が出た。単なる疲れのせいかも知れないが、今までそんなことはなかったので、全く不思議だった。ただ、次以降はもうない気がする。

(21:07 わずかに修正)

 

PS. そんなわけで、本来今日やろうとしていたことは何一つできず、すべて延期した。。。(18:35)

PS2. ピアノ協奏曲の印象についてであるが、外れることは多いものの、前奏を聴くと、ピアノの演奏も大体その方向になっていて、全体の印象を想像できることがある。だから、最初の1-2分で、ピアノが出る前でも、「これはすごい!」とか思うことがある。でも、聴き進めると、段々アラみたいなのが出てくることがある。そのアラが少ないのが、本当に凄い演奏なのだろう。

そういう意味では、全体の進め方を決める指揮者は重要なのだろうし、ソリストもその指揮者の意見とぶつかり合いながら、自分の表現をしようとしているのだろう。アラは、それがうまく行かなかった時なのかも知れない。(21:24)

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「展覧会の絵」

ジルベルシュテイン(ジルベルシュタイン)はこの曲を2回録音しているようで、これは新しい方だ。最初のはDGで1990年代だったが、これはマイナーなレーベルである。

昨日届いたのを、その夜に聴いた。今は2回目である。最初はラフマニノフのピアノソロ曲(「6つの楽興の時」)なのだが、やっぱり苦手だ。でも、演奏としては悪くない感じだ。この曲、確か他の演奏者でも持っていた気がしたが、調べたらポンティの演奏で別の曲だった。

最初は、正統派でいい感じだと思った。感情を抑えた感じで、激し過ぎないようだ。熱くなり過ぎるよりはいいとは思うのだが、そのために、最初の「プロムナード」から「小人」に移る時に、期待するもの(劇的な変化)がなくて、ちょっと拍子抜けした。でも、ピアノの音はいい。

2回目に聴くと、リヒテルのような緊迫感を感じさせないのが、物足りない原因だと感じた。「迫力に欠ける」というのか。それは、音に重みがないからではないか。迫力は、最後の曲辺りでようやく感じられる程度だ。音は綺麗なのだが・・・ 残念だ。

彼女は、ライブ(ラフマニノフのピアノ協奏曲。1994年頃のNHK TV)はとても良かったのだが、CDはそうでもなかった(やっぱり何か物足りなくて、大好きな演奏にはなっていない)から、録音は苦手なのかも知れない。

カシオーリ

このアルバムを買った目的の「トッカータとフーガ」は、原曲がパイプオルガンなので、それをピアノでどう弾くのか、興味があった。聴くと、やっぱり、ピアノだと音がシンプルになるので、最初はちょっと(あの印象的な出だしは特に)物足りない感じだったが、聴き進めるにつれて馴染んで来て、スケールを感じさせて、なかなかいい感じだった。

断然ピアノ好きの僕としては、ピアノはオルガンと違い、音ごとに強弱が付けられて、ダンパーペダルで音を減衰させながら伸ばしたり、響かせたりすることができるので、この曲でもそれが好ましく聞こえる。

が、以降は、知らない曲が多いせいか、段々飽きてくる。それでも、バッハのコラールは美しいし(平均律などに、似たような雰囲気の曲があるようだ)、時々おもしろい曲が入っているのがいい。ベートーヴェンの「トルコ行進曲」や、ファリャの「火祭の踊り」とか。初めてのような、聴いたことあるような。

最後のプロコフィエフの「悪魔的暗示」は、すごいような、あっさりしているような、妙な感じだった。何となく物足りない。。。でも、音は綺麗だった。

「トッカータとフーガ」を試聴したくてYouTubeを探したがなかったので、このアルバムの曲ではないが、彼のモーツァルトの曲(K. 333と466)を聴いたのだが、音が柔らか過ぎたり、演奏の細かいところ(演奏者が変えるフレーズ)が好みと違っていた。特に、K. 333は冒頭から駄目だった。

購入の経緯

先日、ジルベルシュテインのことを思い出して、「くるみ割り人形」のアルバムを探していたら、「展覧会の絵」も見つかったので、欲しい物リストに入れておき、他のアルバムと一緒に注文したのだが、海外からの発送のため、他より遅れて昨日届いた。それでも、予定より数日早く届いたので良かった。

そして、近頃、Haruさんにカシオーリのこのアルバムをご紹介頂いた。その中の、ピアノ版の「トッカータとフーガ」がおもしろそうだったので、欲しい物リストに入れておいた。それから、彼の顔は僕にちょっと似ているので(自分ではそれほどでもないと思うのだが、10年(20年?)くらい前に、おじが、ハリーポッターの少年と僕が良く似ていると言っていて、その少年とカシオーリが似ているので、きっと似ているのだと思う)、ちょっと親近感が湧いていた。その後、結構前にHMVに注文していた、ピリスのボックス数組のうち1組が「廃盤」(そのボックスはHMVの方が随分安かったのだが、数量限定だったのか?)のためにキャンセルとなったので、Amazonに注文し直すのと一緒に注文したのが、昨夜届いた。

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近頃、妹と音楽に関係してメールをやり取りしていたのだが、今日、ひょんなことからとんでもないことを知ってしまった。彼女とは、音楽に向かう姿勢(あるいは指向というのか)が、全く・根本的に違うのである。

彼女のメールに書かれていたことを読んで、かなり困惑した。「こういう風に音楽を捉える人も居るのか。しかも(妹)が・・・」という感じだった。それへの返事をどう書くか、あるいは、書かないで済ませるか、迷っている。

僕の意見をそのまま返信したら、とんでもないことになりそうだ。一方、彼女はここは読んでいないだろうから、ここに考えをまとめるのはいい考えだと思うのだが、彼女の考えには宗教が絡んでいるので、いつものように貶すことは適切でない。ならば、非公開の日記に書いておけばいいのではあるが、どうしても自分の考えを述べたいので、可能な範囲でここに書いてみる。

僕と妹の、音楽に関する相違:

  • 妹: 信仰のない音楽は無価値
  • 僕: 音楽は信仰(宗教)とは独立。美しい音楽はそれだけで尊い。

音楽史は全く詳しくないが、かなり昔は、音楽(ここでは西洋音楽)と宗教(ここではキリスト教)は密接に関係していたのだろう。発端は宗教だったのかも知れない。だから、その頃の音楽や教会用の音楽については、宗教的な背景を理解して演奏する必要があることは分かる。が、信仰心がない演奏に「価値がない」と言い切られたら、かなり頭に来る。

例えば、(想像だが)モーツァルトのレクイエムなんて、彼女にとっては全くの無価値・無意味な曲・演奏に聞こえるのだろう。あるいは、無宗教の人や他の宗教の人が演奏するその頃の曲は、価値がないのか。

断じて違う。

確かに、その宗教を信仰していない人の演奏は、信仰している人に比べて良くない可能性はある。それは、「日本人は西洋音楽を理解していない」と言われるのと同じことではある。が、決して価値がないとは言えない。それは音楽や演奏者を侮辱することだと思う。「下手」や「嫌い」は許されるが、「無価値」は許せない。

そもそも、演奏者の信仰心は演奏を聴いて分かるのだろうか? そうじゃないと思う。「いい演奏がいい」のであって、信仰心は関係ないと思う。この考えを進めたら、CDに演奏者の宗教歴などを書かなくちゃいけないくなるのではないか。結構恐ろしい。

今気付いたが、僕と彼女の「音楽」に求めるものとか定義が異なるのだろう。彼女は芸術としての音楽を求めているのではなく、教会で使う「道具」を求めているのだろう。だから、相容れなくて当たり前なのだ。

言うまでもなく、音楽は芸術なので、特定の宗教に依存せず、単体で存在し、それ自体で評価されるものだと思う。誰が聴いたって分かるものなのだ。教会用音楽だって同じだ。音楽として良いものも良くないものもあるはずだ。芸術家は、いい曲を作ろうと努力し、いい演奏をしようと努力している。その根源に宗教がある人は居るだろうし、そうでなく、音楽自体を信じている人も居るはずだ。

書いていたら、また頭に来てしまった。。。返事は出さない方が良さそうだ。

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CDファイルや"Dream police"と一緒に注文したアルバムが、昼に届いていた。

早速聴くが、先に入っているラフマニノフの交響的舞曲は苦手なので、「くるみ割り人形」からにした。何となく音が少ない(編曲のせい?)感じで簡素だし、期待よりパワーが弱い感じだ。音は綺麗(ちょっと硬めではある)だけど、「さらりとした梅酒」のように、余りにもサラっとしていて、アルゲリッチに期待する「アク」がない。が、チョーヤの梅酒が添加物を使用していないのと同様、純度の高い模範的演奏ではある。物足りないのは、録音が今一つのせいかも知れない。

以前気になって、それを聴くためにこのアルバムを買ったとも言える、「花のワルツ」の特徴的なフレーズは余り滑らかでないし、盛り上がりにも欠ける。それもあって、全体的には、先日YouTubeで観たジルベルシュテインとのライブ(上のリンク先参照)の方が、熱気とか汗を感じられて良かった(実際には、果たしてこの曲に汗が合っているのかという問題はある)。それでも退屈はせず、一気に聴けた。ジルベルシュテインとのに比べて短く感じたのは、そつのない演奏だからなのだろう。

編曲者と第2ピアノのエコノム(Nicolas Economou)は、若そうなのに、既に1993年に亡くなっていた。

2015年発売だが、外装はやけに古く(10年くらい前の物のように)見えた。セロハンの質のせいか。が、PCへの取り込みは速かった。原盤はDG(ドイツ・グラモフォン)だが、日本盤はデッカ事件のユニバーサルだった。そして、ジャズとクラシックを同じ部門(「ユニバーサル クラシック&ジャズ」)で制作しているのは、なんか、「和食も中華も似たようなものでしょ」と馬鹿にされたような気分だ。

あと、DGすらユニバーサルが扱っているのなら、DGのMP3も期待出来なさそうだ。ダウンロード販売サイトはあるけど、実際にはどうなのだろうか。

PS. 交響的舞曲(第1ピアノはエコノム)はなかなかパワフルで音が鋭く、聴き応えがある。CDにはこちらが先に入っているし、実際にはメインなのかも知れないな。ただ、残念ながら、長く感じる。(17:04)

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先日、どうしてだったか、ふいに懐かしくなって欲しくなり、注文したのが昨夜届いた。一緒に他のCDやCDファイルなどを注文した。本来はCDファイルが欲しかった(デッカ事件のせいで、MP3の購入を止めてCDに戻らざるを得なくなり、これからもCDファイルが必要になりそうなので、今まで使っていたバッファローの120枚入りを2個買った。あと10年はもつだろうか?)のだと思うが、Amazonの合わせ買いの対象なので、欲しかったCDをいろいろ買った。まんまと策略に引っ掛かってしまった。

昨夜は疲れ果てていたので早く寝てしまったのだが、さっき目が覚めたので、聴くことにした。ジャケットを見ると、「さすがの猿飛」のスパイナー高校の2人(リンク先画像の数字が名前)を思い出す(が、実際には全く異なっている)。このアルバムと「さすがの―」は同じ頃に出たと思っていたが、後者が少し後だったようだ。曲目を見ると、ボーナストラックが3曲も入っていた。意外に取り込みが速かった。取り込み速度は盤質と関係あるのか、気になるところだ。

全然関係ないが、BDドライブのトレイが1-2年前から開きにくい(2-3回ボタンを押さないと駄目)のは、何が悪いのだろうか。壊れる前兆だとしたら、妹の(処分する)PCから外して持って来るのがいいかも知れない。が、外すのは面倒だし、確かATA接続だったから使えない気もする(マザーボードにATA端子はあるが、調子が悪い)。

聴くと、最初の"Dream police"はやっぱり懐かしい。が、なぜか、イントロのギターが記憶と少し違う感じだ。例えば、こっちは音を切り気味にしているが、記憶では伸ばし気味だった気がする。シングルと違うテイクなのか、今まで(コンピレーション盤に入っているものを)ちゃんと聴いていなかったのか。→ 今、元々持っていたのを聴いたら、同じ感じだった。

なぜか、少し音量が小さい。再生ゲインがアルバムモードだからか。→ 聴きやすい音量で何曲か聴いたら耳が少し痛くなったので、実際には小さくはないようだ。起き抜けで耳が本調子でないのか、ヘッドフォンで聴いているせいか。あと、何となく、音が平板的な(ダイナミックレンジが狭い)感じだ。

"Voices"や"I know what I want"も懐かしい。が、他の曲は、やっぱりすっかり忘れていた。

このレコードは、中学生の頃、確か同じ剣道部のKくんに借りた。カセットにダビングする時、A面最後の"Gonna raise hell"が長くてうまく収まらず、苦労したのを思い出した。今はそんな苦労が全くないのは便利だと思うが、何となく、情緒が失われた気もする。当時のアルバムはA/B面の区切れを意識していたものが結構あったので、アーティストや制作者の「考慮」が失われてしまっていると思う(まあ、例えばA/B面を別のアルバムやプレイリストとして登録すれば、それを復活させるのも可能ではある)。

 

PS. Amazonの宅急便のラベルの文字はかなり小さいので、高齢の作業者には厳しそうだ。

(さて、また寝るか・・・)

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黒歴史シリーズ第1弾。(確か)h.takくんのご要望があったので、書きます。黒歴史って、「武勇伝」のように、余り好まれないかも知れませんが、少しでも笑って下さる方がいるかも知れないので、書きます。ただ、ここに書ける黒歴史がどれほどあるか分からないので、シリーズといっても、すぐに終わるかも知れません。

高校生の時は無線部に入っていた(余談: 正式には物理部という名前だった。中学生の時にBCLをやっていたので、アマチュア無線には興味があったし、電子工作とかマイコンもできそうなので入った。でも、もしマイコン部があれば、入っていたと思う)。確か、2年生の時は、どうしてか、部長をしていた。そして、その学年の3月頃、3年生の送別会が開かれることになった。会では、主だった人が出し物を披露することになっていた。僕は、部長だったせいか、どうしても何かやる必要があった。

(ここまで書くと、題から大体想像がつきますねw 残りは帰宅してから書きます。)

帰宅してから、何をやるかいろいろ考えた。ギターを弾きながら歌うのがベストだと思ったが、実際には、何一つとしてまともに弾けなかったので、却下となった。

他の出し物はできなかったのか(当時は今で言う高2病で、自尊心がすごく高くて、良くあるちょっとした笑いを取れる出し物なんて、自分を低く見られそうだから論外だった。そもそも、そういうネタ自体、ロクに知らなかった。)、思いつかなかったのか、歌を歌うことにした。

何を歌うかについても悩んだ。まずは自分が好きな曲だが、みんなもある程度知ってそうな曲が良さそうだと思った(この辺りは、今でも、「カラオケの順番が回ってきたらどうしよう」と考えるのと似ている)。

いろいろな曲を考えた気がするが、最後に決めたのが、"Yesterday"であった。この曲は、当時は好きだったし(なんたってビートルズだし、最初に買った"Love songs"の最初の曲だし)、有名だからみんな知ってそうなことがポイントだった。それで、歌詞を忘れないように紙に書き写したり、何度か練習もした。

当日。順番が回ってきて、歌った。手書きの歌詞を見ながら、薬師丸ひろ子のように直立不動で、無伴奏独唱した。

歌い始めて少ししてから、選曲を誤っていたのに気付いた。曲が暗くて全然送別会に似つかわしくなかった。まるでお葬式のようではないか。今更思うが、詞だって場違いだ。それでも、当然のごとく全曲を歌った。今なら、乗りが悪かったら1番だけで終わりにするとかしそうだが、純真だった当時の僕は、そんな考えも起こらなかった(実際には止めたかったが、プライドがそれを許さかなったのかも知れない)。

まあ、とりあえず、(今のカラオケと違って)音程は余り外さなかった気がするが、歌い終わってからの周りの反応は全然覚えていない。。。みんなは、即座に「なかったこと」にしてくれたのだろう。

てなわけで、それからこの曲は、僕の黒歴史となった。今でも、聴くたびにあの苦い思い出がよみがえる。イントロのギターだけで、もう。。。

 

PS. 今これを書いていて、同じ部の友人Hくんに相談して、一緒に何かやれば良かったと思った。彼はギターを弾けた気もするし、僕よりは、軽い出し物を知ってそうだった。まあ、自分で書くのもおかしいが、当時は結構孤高な人間であった。

PS2. 今更ながら、"Hey Jude"にはしなくて良かったと思う。(スミマセン、受け狙いです。) (1/18 19:35)

(2017/1/18 7:10 後半(「帰宅してから、」以降)を記述)

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以前も書いたのだが、ビートルズは、いとこにもらったテープ(NHK FMで掛かった、ベスト盤"1962-1966"と"1967-1970"の抜粋)が初めてだった。そして、自分で初めて買った彼らのレコードは、"Love songs"だと記憶していたのだが、先日実家から持って来た発掘物から、その証拠が出て来た。

中高生の頃に記録していた、レコード一覧である。買った時に書いたものもあるが、それ以前に買った物も、買った時期を思い出して書いていた。当時、どういう理屈にしたのか、親にタイプライターを買ってもらって、それで打ち込んでいた(タイプを使いたくなった最初の理由は、年賀状作りだったと思う。今でいう、アスキーアートだったと思う。もちろん絵は苦手なので、柄は絵じゃなくて、文字(タイプの文字を何個も打って、大きな文字にした)だった。手作りのバナーだ(でも、今はバナーの意味がすっかり変わっているな)。今思えばとんでもない無駄遣いだw)。

僕のレコード一覧(c. 1980-1985)より

最初は考えていなかったのか、タイプミスするのが嫌だったのか、行がズレるのが嫌だったのか、ビートルズのの買った時期や追加のコメントは手書きになっている(今だったら、いくらでも挿入・修正できるのに!)。今気付いたが、一覧の中で、2つのアルバムが手書きの"]"でくくってあるのは、同じカセットのA/B面に収める案だったのだろう。そして、一通りビートルズを揃えた後は、ウイングスを揃え出したようだ。他に、その頃買ったレコードで、The carsやYMOのも載っている。でも、それ以前に持っていた桜田淳子などの歌謡曲のレコードは「なかったこと」になっていて、記載されていない。

おもしろいことに、アルバム名の表記が、当時から今と同じでブレていないことが分かる。僕はアルバム名や曲名の各単語の頭を大文字にせず、普通の文章のように先頭だけ大文字にして書くのが好きなのだ。(例: "Please Please Me"でなく"Please please me") あ、"Hey jude"は駄目だ。。。

限られた小遣いの中で、買うアルバムは厳選(聴きたい曲を揃えるのに最適化)していた。オリジナルのUK盤だけにせず、UK盤に入ってない、シングルの曲(例: "I want to hold your hand")が入っているUS盤も混ぜていた(日本盤は、オリジナリティーがないと思って買わなかった。今となっては、US盤なんて極悪非道の「売らんかな」精神そのものだったが、当時は知らなかった)。ただ、"Rubber soul"だけは、たまたま輸入盤のワゴン(当時良く行っていたジャスコでは、どういうタイミングか、たまに、今のホームセンターなどでの懐かしいCDやDVDのような感じで、輸入盤が売られていた。)で見つけたUS盤を、UK盤とは曲目に違いがあることに気付かないで買ってしまい、そのせいでずっと(長いものではCDを買うまで)聴けなかった曲もあったから、かなり後悔していた。

その一覧には、確かに、"Love songs"が最初だと記録してある。1977年の10-11月に買ったようだ。そして、それを買った時にもらったペンダントも出て来た。何のメッキだろうか、未だに光っているのがすごい。更に、そのアルバムを買うきっかけになった広告も出て来た。余談だが、今の自分がこの広告を見たら、全く買う気にはならないだろう。「日本が2/3、アメリカが1/3って、単に妥協の産物じゃないか」って感じで。

そして、今朝、このことを思い出していて気付いたことがある。ビートルズに出会う前に、ロックが好きになるきっかけになったバンドがあった。あの「キャロル」だ。いとこは二人(TさんとHさん)居て、どちらも結構年上だったのだが、どちらの方からキャロルを聴かせてもらったのかは覚えていない。ビートルズは二人とも好きだったが、テープはTさんから、カセットレコーダー(とマイク)はHさんからもらった気がする。

キャロルを初めて聴いた時、何と思ったかは忘れたが、とても新鮮で、衝撃を受け、興奮した。今も覚えている曲は「ファンキーモンキーベイビー」だ。「これが音楽!?」という感じだったかも知れない。それは、「音楽的でない」という意味ではなく、それまで聴いていた、当たり障りのない歌謡曲や、学校の音楽とは全然違っていたので、「こういう音楽もあるのか!」という驚きだったと思う。そして、すごく乗りが良かった(僕が乗りのいい音楽が好きなのは、これが原点なのかも知れない)。とても気に入ったので、その時にバンドの名前を教えてもらった。後でレコードを買おうと思ったのだろう。

(お盆か正月に行った)いとこの家から戻ってしばらくしてから、レコード店に行った。店内を歩き回って、キャロルのコーナーは見つけた。が、結局買わなかった。最も大きな理由は、「恥ずかしい・・・」だった。まじめで小心者の中学生が気軽に買えるジャケットではなかったのだ。今調べたら、どれも、リーゼントで煙草を吸っていたり、暴走族みたいに不良っぽかったし(実際、そういう人たちのシンボルだったのだが)、(その日に見た別のバンドのだったのかも知れないが、)「大人じゃないと買えない絵柄」のジャケットもあった気がする。音楽とジャケットの印象の違いに、戸惑ったような気もする。今思えば、詞を余り聴かず、曲だけでイメージを作っていたからかも知れない(どうしてか、詞を余り聴かないのは今も同じだ)。あと、気に入った曲(「ファンキー―」の曲名が分からず、どのアルバムを買っていいか分からなかった気もする。

結局、散々逡巡した挙句、何も買わずに帰ったのか別のを買ったのかは、記憶にない。それから数十年経つが、今でも彼らのアルバムどころか、一曲も持っていない。今だったらジャケットは全く問題ないが、好みとは少し違うとか、その後に聴いたビートルズやその他のバンドの方が断然好みになったからだと思う。

そうこうしているうちに、あの広告をFM雑誌("FM fan"を購読していた)で見たのだろう。それが本当の始まり(かつ終わり?)だった。ビートルズのレコードを買うのは、全く恥ずかしくなかった。やっぱり、彼らは優等生だったのだろうと思う(実際、"I want to hold your hand"なんて、英語の教科書みたいで、逆に恥ずかしいくらいじゃないか)。詞や曲はそこそこ・結構先進的なものがあったけれど、ジャケットには全く問題がなく、どれだって堂々と買えた。

単なる思い付きだけど、そういうことも、デビュー直後から彼らが世界中で(特にUSで)売れた理由の一つかも知れない。そういえば、マネージャーのエプスタインは、彼らを売り出すに当たって、(キャロルのような感じで)荒くれていた彼らの格好を、例のおかっぱみたいな髪型と襟なしスーツ姿にさせたというから、あながち間違ってもいなさそうだ。

優等生とはいえ、彼らの音楽や行動(本などで昔のことを読んだだけだが)は、当時の僕にはものすごく革新的、エキセントリックだった。それに感化されてしまった僕は、中二病や高二病を経て、今に至っているのだろう。。。

PS. 実は、レコード一覧には続きがある。CD一覧である。大学生の時に、パソコン(FM-7)のテキストエディタで作り、その後、FM-7で動くワープロに移した。

僕のCD一覧(1986-1988)より (個人名を隠した)

PCベースなので、手書き文字がないのが少し味気ない気がする。文字もタイプの方が味がある。そもそも、この頃はフォントなんて選べなかったが。。。残念なことに、全角文字を使っている感じだし、アルバム名などの記法が揺らいでいる。アルバム名はジャケットの記述に合わせたのかも知れない。ただ、タイプの時とは違って、CSVのようにデータに構造を持たせようとしていたことが分かる。その考えは今も同じだ。

僕の最初のCDは、記憶どおり、友人Wから買ったRushの"Power windows"だった。最後のページを見ると、ビートルズのCDを揃えたのは1988年4月だったことが分かる。彼らのレコードを初めて買ってから約10年か。今思えば、意外に短い。秋葉原のいろいろな店を歩き回って、1日で全部(15組)揃えたことを覚えている。大学が忙しくなったのか、1988年4月で記録が終わっている。その時点でのCDの総数は57組だった。

その後就職して、CDの増加速度は加速した。今では何枚あるか分からない。プレイヤー(GMB)では1000組程度と出るが、レンタルしたものや重複などが含まれているので、正確な数は分からない。→ 調べたら、レンタルなどは約230組だったので、重複を考慮すると、大体750組程度か。(1/15 13:15)

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