Archive for the ‘音楽’ Category

いつものディーラーでオイル交換(走行距離は約48000km)。GPM-GMB連携のプログラムを作ったり入院をしていたせいか、前回から距離が延びておらず、交換には数百km余裕があった(実際、ディーラーの方にも、本当に交換するか聞かれた)。でも、交換の推奨期間(約3か月)は超えていたし、今日は、「例の新型」の試乗が主な目的だったで、とりあえず行って頼んだ。そして、事前に調べ上げていた通り、その黄色い奴は店の前に居た。オイル交換をお願いした後、すぐに、担当のおじさんに試乗をお願いした。

今回は、今のを買う時と違って、おじさんが同乗することになった。そういう指導があったとのこと(スズキから? 警察から?)。でも、走りながらいろいろ話せたので、楽しかった。

第一印象は、乗っているだけで楽しかった。すごく自然に乗れて、「普通に」良かった。エンジンもハンドリングもサスも違和感がなかった。気付かないうちに結構なスピードが出ていた(といっても常識の範囲内)のだが、走行音は静かで良かった(そう言ったら、おじさんは意外だったようで、無言だった。実際、比べると今のの方が静かな気がする)。

スピードが出すぎた件は、メーターにも原因があったように思う。最大が260km/hで、今のの240km/hより広いため、同じつもりで(注視せずに)見ていると誤解するのではないだろうか。それにしても、240km/hだって馬鹿らしい(ヨーロッパですらここまで出さないだろうし、そもそも出ない)と思うのに、260km/hなんて飾り以下だ。それだけならいいけど、こんなに広いと常用域が狭まってしまって(60km/hが8時の位置)、読み取り誤差が増えて不便だ。こういうところは改めて欲しい。この点はディスりたい。(10/5 5:36)

ただ、クラッチとギアは(僕の)慣れか(車の)慣らしが要るようで、1-3速が入りにくいことが多かった。もしかすると、クラッチの切れる場所が今のより深くて、僕の踏みが浅かったからかも知れない。あと、ギアの入り方も余り気持ち良くなく、「ぐにゃっ」とした感じで、力を入れないと入らなかった(この点は今のも近頃までそうだったから、数年間乗れば良くなるだろう)。なお、クラッチペダルは今の(かなり左寄りで、幅広の靴が挟まることがあったので、右寄りのに交換した)と違ってちゃんとした位置にあったので、そのままで問題なく使えそうだ。

それから、普通に乗っているだけだと、ターボは効かなかった(ブースト計がぴくりともしなかった)が、それでも充分楽しかった(おじさんに「もっと引っ張っていいですよ」と言われたくらいだ。同乗されていたので遠慮していたのもあったが、慣れない他人の車なので、「思う存分」やる気はなかったし、昔と違って、別に頑張らなくても楽しければいいのだ)。

が、、、期待していた太いトルク(今のの1.5倍くらい)が、意外に全然すごくなかったのが残念だった。今のと変わりない印象だった(ただ、ギアがなかなか入らない時に不意に入ってもエンストしなかったのは、トルクのおかげかも知れない)。慣れていないからだろうか? あるいは、ターボは出だしより加速時(中回転域)に効くのかも知れない(特性曲線を見ないと分からないが、今は公開されていないようだから比較はできない。仕様では最大トルクは2500-3500rpmで出るので、2000rpm前後では余り効かないのかも知れない)。それから、今のより80kgくらい軽くなっているのに、それが感じられなかったのも意外だった。まあ、街中を気軽に流すだけならそんなものかも知れないし、おじさんと一緒だったので相殺されたのかも知れない。あるいは、気付かないうちにスピードが出ていたのが、トルクの向上や軽量化の効果なのかも知れない。

検索したら、新旧両方のエンジンの特性曲線の比較図が見つかった(非公式なので真偽不明)。それを見ると、新型は1700rpmくらいどかっとトルクが出るようで、2000rpmなら今のの1.7倍くらいだ。だから、低回転からターボは効いているのだろう。トルク向上を感じなかったのは、僕が操作に慣れてなかったせいだと思う。実際、今の車も、最初は低回転がスカスカだと思っていたが、今は、発進時に全然その気がなくても軽くホイールスピン(「ガガガ」となる)できるようになったくらいだ。(19:37, 11/5 9:18)

それにしても、帰る時に自分の車に乗ったら、やっぱり「最高!」だった。出だしは(長く乗っているおかげで)ATのように超低速からスムーズに行けるし(ただし、疲れてない時に限るw)、ギアはスコッと入るし、加速だって滑らかだから、まだまだ替えたくない気分だ。

という訳で、新型スイフトスポーツは悪くない車だとは思うが、僕には、あくまでも今のが駄目になった時の代替や後継であって、すぐに乗り換えることはないという結論になった。(それがに繋がるw)

余談だが、現時点で、候補になるメーカーは他にない(僕には、トヨタも本田もスバルもマツダも好きになれないし、三菱や日産は論外だし、外国車は懲り懲りだ)ので、次もやっぱりスズキになりそうだ。だから、次もあの車になる可能性は高い。その頃には、派手過ぎて気に入らない内装が改善されているかも知れないし、エンジンの特性やクラッチやギアの感触も改善されているかも知れないし、例のダサいホイールも変わっているかも知れない。

それに、乗り換えたら、また何年も(車も自分も)慣らさなくてはならないのは、かなり面倒だ。 (11/5 4:21追記)

それにしても、あのお店はいつ行ってもいい雰囲気(なごみ系)なので感心する。

 

PS. おじさんに聞いた話としては、以下のようなものがあった。

  • 試乗した人で、ものすごい運転をして、おじさんを冷や冷やさせた人が居たとのこと。VITAを買った頃の僕のようで、ちょっと恥ずかしかったw 「若い人はそうですよね」と言ったら無言だったので、結構なオジさんだったのかも知れないw
  • 色は、黄色が一番出ていて、次は白とのこと。意外に黒が一番出ていないとのこと。確かに、普通のスイフトの黒は見るが、スイフトスポーツの黒は余り見ない気がする。あと、当然ながら、ミッションはMTが一番多いとのこと。
  • スイフトスポーツは人気があるので、下取りは高くできると言っていたが、若い頃のように、余り期待はしない。「高い」の定義がお互いに違うのが確実だからだ。
  • アルトワークスのサスはすごく硬い(スイフトスポーツよりも!)そうだ。スズキは頑張っているようだ。おじさんは、どうしてか、「これ(試乗したスイフトスポーツ)くらいの硬さが丁度いいですよね」と何度も言っていた。僕は全く同感だった。
  • 車種は書かないが、全く別のスズキ車(大きい物)を新車で買った人が、数十万円掛けてあの黄色に全塗装したという話を聞いた。全然似合わないと思うのだが、本当に(物)好きな人が居るものだw
  • あと、今まで何度か、今の車がすごく調子いいとか、まだまだ行けるみたいなことを言っても、どうしてか、おじさんが無反応なのがちょっと寂しいし不思議だ。内心はうれしいけど、抑えているのだろうか。それで当然だと思うくらい、製品に自信があるのかな。単に、それでは売れないからがっかりしている??

PS2. 古くなっていたナビの地図は有料で更新できるとのことで、今月データが新しくなるので、その後で連絡を頂けることになった。ただ、前回は、その後連絡がなかったので、今回も忘れているようだったら催促しよう。費用は約2.7万円と、安くはない。

PS3. 帰りにいつものデニーズに寄ったら、いつもの小泉さん(仮)が居た。名札を見て、本当の名字も分かった。いつものようにショートボブで、明るい接客が楽しかったが、やっぱり少し間抜けだった。それがポイントなのでもあるがw

PS4. 本題からは ずれるが、「また逢う日まで」はいい歌だと思うのに、どうしてか、アレンジ(特にイントロ)が軽薄な感じ(当時のTVの娯楽番組を思わせる)で、(少なくとも僕には)損しているように思う。当時の流行だったのか、何か考えがあったのか分からないが、もっとしっとりさせた方がいいように思う。が、そうすると、余りにもシリアスになって、暗くなってしまうのだろうか。何とも難しい。(18:41)

→ 真偽は確かめようがないが、このブログを読むと、どうも、作曲家と作詞家が協調していなかったようだ。最初にあの明るい曲があったのだが、暗い詞を付けられてしまったので、ミスマッチになってしまったらしい。

なるほどと思うが、全くしょうもない話だ。「(仕事なんだから、)お互いにもっと歩み寄れよ」といいたい。でも、これが「まとも」に進んでいたら、果たしてこの歌(曲)がヒットしたかは疑問だから、一概に切り捨てる訳にも行かないだろう。 (19時)

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音符が読めなくたって、音痴だって、音楽は作れる! そう、パソコンならね。」という記事があったので、良くあるパターン(「鼻歌でいい」とか「身近にある楽器を、思ったままに演奏してみよう」や「GarageBandを使ってみよう」など)と思って冷やかしで読んだら、はるか斜め上のことが書いてあって、笑えもしなかった。

記事は、単にDAW(波形編集ツール)の使い方紹介でしかなく、最後は

食わず嫌いせず、たまには音楽を作ってみてはいかがでしょうか。

であった。。。

あのぉ、「食わず嫌い」、「たまに」って・・・(僕に「たまに」作れる能力があったら、ずっと作り続けるよ!) どうやって音楽を作るかが本題じゃないの? まずは機器を揃えて、あとは(どうにかして)楽器を演奏して録音しろってこと? 楽譜が読めない人が演奏できる? できないとしたら、演奏するにはどうしたらいい? 歌うとか鼻歌とか口笛? (でも、音痴じゃ無理だね・・・) 「とにかく頑張れ」?? 音楽の才能はあるけど、今まで楽譜を読み書きしたことも演奏したこともない天才向け?w 逆に、楽器を演奏できる人がDAWを知らない? 実は音楽の「ファイル」の作り方を書いているのか?

(「道具を揃えればできる!」という幻想に取り憑かれる)中高大生ならともかく、大の大人、しかも(何かの)プロがこれはないだろう。メーカーの提灯記事なのだろうか。この藤本という人、時々まともなことを書くと思っていたけど、やっぱり信用できないようだ。

いずれにしても、普通の人が音楽を始めるのであれば、ラジカセとかスマフォやPCの普通の(OS添付とかフリーの)録音ソフトで録音するので充分だ。まずは、何か演奏することだ(ここがすごくハードル高いのだが)。それから曲を作ろう(ここも更に高い)。どっちが先でもいいけど、編集だのミキシングなんて100年早いw

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ゲーザ(Anda Géza)という人のモーツァルト ピアノ協奏曲 第20番(2008, 録音: 1969)を聴いている。イントロのオケが良かったので、記録するために発売年情報を調べていたら、いつの間にかピアノが始まっていた。あまりにも「普通に良く」て全く違和感がなかったので、気付かなかったのだ。

こういうのがいい演奏なのかも知れない。単に、聴いてなかっただけだとは思うがw

ちなみに、その前に、ゼルキンのベートーヴェンの3大ソナタ(1981?)を聴いていたのだが、音の最後を切り気味なのが気に入らなかったり、曲によってはせかせかした感じ(「月光」-3)や少し乱暴な感じ(「悲愴」-1)などがあっていまいちだったので、「悲愴」と「月光」までで止めてしまった。以前もそうだったが、ゼルキンといえども、いつも(僕にとっての)ベストではないようだ。時期や曲(作曲家)に依るのだろうか。

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GPMでポップ音楽の"I'm feeling lucky"を掛けると、かなり好き嫌いが出て、頻繁にスキップしたりThumbs downする。そんな、「嫌い一覧」を書く。

フー、ほとんどのツェッペリン、ストーンズ、ディラン、クラプトン、ピンク・フロイドの変な曲、ヘンドリックスもドアーズも嫌い。泥臭いのは全部嫌だ。CS&N, CSN&Yも嫌いだし、ボウイも嫌い! リンゴ・スターは下手なだけだし、ヨーコ・オノ(これは掛かっていない)は気持ち悪い。近年(といっても、ここ30年くらい)のポールも、歳のせいか高尚になってしまったのか、おもしろくない。そして、ジョンの意識高い曲も嫌いだ。

不思議なのは、ストーンズは嫌いだけど、ミック・ジャガーの昔(1985年頃)のソロは結構好きなことだ。

ついでにクラシックのもちょっと。

シュトラウスやロッシーニとか、その辺り。メンデルスゾーンもワーグナーもショスタコも。シューマンもシューベルトも(この二人は作風が似ているのかそうでないのか分からないが、どっちにしても僕には区別がつかないw)。そして、ブラームスはもちろん嫌いだ。

プロコフィエフは、嫌いじゃないけど苦手だ。

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土曜にちょっと思い付いて始めたことが結局無駄だったので、週末を潰した。まあ、雨だったし、外出しない予定だったからいいけど、ちょっと気分が悪い。

やりたかったのは、以前から気になっていた、GPMの曲に初出年が入っていない(GPMのページに表示されている年も誤っていることが多い)ので、自分で付ける仕組みを作ることだ。

これが意外に奥が深かったのと、GPMのお節介のせいもあって、意外に難しかった。基本的には、曲・演奏情報の公開DB(今回はMusicBrainzを使おうとした)で検索すればいい。が、そもそも、演奏者名、アルバム名、曲名で検索すると複数の候補が出て来て、どれが「正しい」かの判別が難しい。例えば、同じアルバムが再発された場合である。その場合は最古のものを選べば正しい可能性が高い。一方で、クラシック音楽の演奏のように、同じ人が同じ曲を何度も録音して、同じアルバム名で発売している場合、最古では正しくない。また、ライブ盤の区別もする必要がある。

更に、GPMは表示のモード(日本語/英語)によって、前記の情報をローマ字(英語モードの時の日本語の曲)や片仮名(日本語モードの時の海外の曲)にしてしまうことがあるので、演奏者名などでの比較すらままならないことがある。

かなり苦労して、年を取得する手順・方法は見つかったのだが、やっぱり最後は複数候補の判別が困難なことが分かったので、正式な実装・採用は止めた。

基本的には、音響指紋(fpcalcやffmpegなどのプログラムでAcoustIDが計算できる)を使うことで、ある演奏から、演奏者名と曲名の特定ができる! と思ったのだが、再発などによる複数の候補が出てくるうえに、意外に重複するようで、あるAcoustIDで検索すると、別の人の全く違う曲(演奏)も出て来る(処理時間やデータ量による制限なのだろうが、これで本当に「指紋」と言えるのか?)。そのため、指紋以外に、演奏者名や曲名などでの判定も要ることが分かった。

その場合、上記のGPMのローマ字・片仮名問題以外に、一般的な問題もある。例えば、同じアルバムなのに、異なる名前・表記になっていることがあるのだ。具体的には、リマスター盤のアルバム名や曲名の最後に"(2009 Remaster)"のような文字列が追加されていることが多いが、それが、GPMとDBで記載方法が異なっているのだ。元々、正式には付いていないものなので、どちらが正しいとも言えないし、正式な曲名にも付いていることがある(例: 森高の「ザ・ストレス (ストレス中近東ヴァージョン)」)ので、"("や"["以降を全部無視すればいい訳でもない。そもそも、リマスター盤の初出年をいつにするかも難しい。更に、名前の中の記号の表現が異なる場合(例: "~"と"〜")もある。演奏時間も使えると思ったが、実際には、微妙に(1秒前後)異っている場合が多いので、単純には使えない。

(10/30 21:16追記) リマスターで思い出した。更に重箱の隅をつつく話なのだが、リマスター盤の年をいつにするか(オリジナル盤の発売年か、リマスター盤の発売年か)は、まあ、オリジナル盤の発売年がいいだろう。が、良くリマスター盤のボーナストラックとして、当時未発表だった曲("Previously unreleased" tracks)が入っていることがある。それの年は、いったいいつにすればいいのか?

初出年=初めて発売(リリース・公開)された年という原則では、リマスター盤の発売年が正当だが、それではどうも納得できない。下に書いたように、「これが出た(出てないけど)頃は*してたなあ」や「世の中は*だったなあ」とか思えなくなってしまうのだ。逆に、その曲を録音した年にすると、公開されてもいない年を「初出年」にするから、捏造のようになって、記録の信頼性が下がってしまう。なので、今は、原則として、初公開のボーナストラックはリマスター盤の発売年にしている。なお、ライブ盤は、録音された時に演奏が公開されたのは確かなので、かなり後年に発売された場合には録音=演奏された年にしている。

まあ、記録というのは、本来、情緒とは正反対のものなのだろうから、割り切って、全部、その盤の発売年に統一すればいいのだろうが、趣味のものなので、何とも割り切れない状況が続いている。そして、この問題は、GPMに限らず、CDを買った場合に常に起こ得るので厄介だ。

この問題の原因は、初出年は単なる記録なのに、情緒を絡めていることなのだと思う。更に、「初出」としているからややこしくなる訳で、純粋に「リリース(発売)年」にすればいいのだろう。そうすれば、再発盤だってそれが発売された年にすればいいので、何も悩む必要はない。だから、単純に発売年にしているGPMのやり方は、規則が統一されているという点で、実は正当なのかも知れない(そして、これは、西洋人にはごく自然な論理的な思考から来ているのかも知れないと考えるのは、買いかぶり過ぎか)。ということは、僕は何も悩む必要がなかったのか? (そうではないと思うが) 全く奥が深い・・・

ローマ字や片仮名での表記は、ある程度は「別名」としてDBに入っているのだが、やはり、GPMとDBで異なる場合(例: The Beatlesの片仮名表記は、MusicBrainzでは「ザ・ビートルズ」、GPMでは「ビートルズ」)があって、判定は容易ではない。

そもそも、GPMがちゃんと年を入れてくれればこんな苦労はしないのだが、彼らも多くの人も、こんな些細なことには無頓着なのだろう。確かに、演奏が聴けることが一番重要だ。

では、なぜ演奏の初出年が欲しいかであるが、僕の物好きとしか言いようがない。もちろん、曲や演奏の良し悪しに背景は無関係と思っているのだが、聴きながら、その曲がいつ頃演奏・発売されたのかが分かると、同じ人が同じ曲を複数回録音している場合の違いから、「この人は、*年間でこんな風に成長(退化)したのか」とか思うことがあるし、「これが出た頃は*してたなあ」、「世の中は*だったなあ」とか思えば親近感が湧くような気がするし、郷愁にふけることもできるではないか。物好き以外に、特にクラシック音楽では、(このブログで書いているように)他の人に伝える場合に、「※の*年の版」と指定しなければ正しく伝わらないこともある。

そんな訳で、今はやりのAIを活用して、曲(演奏)を入れたら、音だけでなく、歴史的な情報(webはもちろん、過去の出版物など)を使って考証して、一発で正しい曲・演奏情報(メタデータ)を出してくれるシステムが欲しくなった。誰がいつ何を演奏・発売したという「事実」は、それほど多くのバリエーションは生じないだろうから、文章を理解できるAIに演奏家の経歴などの資料を片っ端から読ませればできそうではないか。Googleなら、やる気を出せばすぐにできるだろうが、こんな情緒的・ニッチなことに価値を見出さないだろうから、まずやらないだろうw

書いていて、「これはドクが西部劇の時代に作った製氷機(大山鳴動して氷一個)だ」と思ったw

更に、現実のことを考えると、GPMの曲(演奏)は一過性のもので、その時聴いたら終わりで、長く残る訳ではないのだから、こんなに手間を掛けて年を自動で付ける(しかも正しいとは限らない)なんてペイしない(元々曲名や演奏者名などは付いているのだから、それで充分だろう)。気になったら自分で調べれば良く、買ったものだけは詳しく調べて付ければいいのだ。が、そこは技術者の性で、理論的にできそうなことや、自分でやると手間が掛かるけど自動でできそうだったら、その仕組みを作りたくなってしまうのだろう・・・

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入院中は、暇に飽かせてGPMで音楽を聴いていた。ただ、ヘッドフォンは耳が疲れるので、延々と聴きまくれた訳ではない。それでも、いろいろな発見があった。果たして、他の方の「何か」になるのか不明だが、入院時から今日までの日記から抜き出して、だらだらと書く。少しでも、読んだ方への曲(演奏)の紹介になれば、幸いである。

なお、ピアノ協奏曲は"PC"、ピアノソナタは"PS"と略記し、楽章は"-1"(第1楽章)のように書く場合がある。また、各曲の初出年を正確に調べていない(GPMの表示のまま)場合は、(2000?)のように書く。

10/18

Howard ShelleyのモーツァルトPC20,23(1991?)を再度試す。彼は以前(確か、会社で)聴いた時の印象が悪く、「悪いね!」(Thumbs down)を付けていた。

PC20のオケは悪くない。ピアノも。一体、何が悪かったんだろう? その時の気分? わずかに速目なことかも。→ Thumbs downは解除。 → たまにわざとらしいことかも。それでも、Thumbs downほどではない。音はいい。が、やっぱり、少し速目で、時に乱暴に聞こえるのが玉に瑕。

続いてPC23。イントロは普通にいい。オケはいい感じ。弦が美しい。ピアノも普通にいい。 → Thumbs downは解除。一体、何がそんなに悪かったのか??

第3楽章中盤の、弦の軽いピチカート(?)が綺麗でいい。中盤の、ピアノが溜めてから和音を弾くところは、もう少し強くして欲しい。音は流麗で綺麗だ。

グールドのゴルトベルクは、やっぱり最高だ。

Akiko Iijimaという人(シンガポール在住?)のK.332(1995?)、音をすぱっと切るのが嫌。

Klara Wurtzいう人のモーツァルトPS9は悪くない。安心して聴けるし、乗れる。

ブロンフマンのラフマニノフPC3(2004。NHKのライブ。入院前に、気に入った曲でGPMにないものをアップロードしておいた)は見事だ。

10/19

手術の日の朝、定番のポリーニのモーツァルトPC23。

10/20

ファジル・サイ(Fazil Say)という人のK.488(2004?)。イントロはいい。ピアノはちょっと落ち着かない感じ。だが、小気味いいとも言える。

やっぱり気に入らなかったので、イヴァン・モラヴェッツ(Ivan Moravec)という人の(1975)に替えた。イントロのテンポはいい感じ。ピアノも悪くない。チェコの人らしい。オケが、いつもは聞こえない音を出していていい。

第2楽章もいいが、もう少し滑らかに弾いた方がいい(好みの)所はある。

彼のモーツァルトPC25(1974)は、普通にいい。

続いてモラヴェッツのモーツァルトPC20(1997)、イントロはいい。

つくづく、世の中には上には上が(すごい演奏者が)いると思った。

10/21

ラフマニノフPC3を探していて見つけた、Henri Sigfridssonという人のラフPC2(2007?)。普通に良い。全く安心して聴ける。

彼の演奏は余りにさらっと流れて、これでいいのかとすら思える(今のような時(朝4時頃に目が覚めて)にはいいのだろう)。

彼のラフマニノフPC3は少し遅めだが、遅過ぎない。ただ、ちょっと弱い? 第3楽章、終盤のいいところでちょっと焦ったか? 間が少し短かった。

久しぶりにRush "Power windows"。ヘッドフォンだと、今まで気付かなかった音が聴こえる。

更に、久しぶりにビートルズ "Abbey road"。ヘッドフォンだと雰囲気がちょっと違う。音が近い。音量が大きいせいか? メドレーの曲間で切れることあり。切れないことが多いので、結構惜しい。

次はELO "Discovery"。

Queen "Greatest hits"(リマスター)の最後は"God save the Queen"でなく、「手を取り合って」なのがすごく残念。日本向けなのかも知れないが、あのアルバム(ベスト盤)の良さが台無しだ・・・

いつものように隣のベッドのジジイのTVの音が鬱陶しいので、"Get the Knack"を聴いて、ストレスを解消する。

10/22

気分転換にK.488。レオン・フライシャー(Leon Fleisher)という人の(2009)を試す。オケは滑らかでいい。ピアノも滑らかでいい。ただ、ちょっと弱目(音が平板的)かも。

彼は悪くないけど、あっさりしていて物足りないきらいがある。でも、朝には丁度いい感じ。ポリーニの系統かも。

彼は病気で長く右手が使えなかったそうだ。それが、近年、治療で回復したとのこと。すごい。(上は回復後の演奏) そのせいで、弱目なのか? 関係ないとは思うが。

10/23

リヒテルの平均律(第1巻 第1曲)はイマイチ。音がはっきりしない。パワーがない。

10/24

起きたらK.488が頭に流れて来たので、ペライアの(2013?)を聴く。オケはいい。

悪くない。普通に良かった。順番は違うが、ポリーニのアルバムと同じく、第19番と一緒になっている。

K.488で見て、Lars Vogtという人のゴルトベルク(2015?)を聴く。 → 悪くはないが、まあまあ。エコーが多いのは嫌だ。そのせいか、雰囲気が伊藤栄麻のに似ている。

10/25

アルゲリッチとエコノムの「くるみ割り人形」の「花のワルツ」がゆったりしていていい感じ。CDを持っているが、すっかり忘れていた。

ポリーニの平均律(BWV852の前奏曲)はイメージが違う。滑らか過ぎる。エコーも多過ぎ。

ピレシュのK.545-1は、ちょっと「やっつけ仕事」っぽくて良くない。音も軽い。

ブレンデルのモーツァルトPC21-2、ゆったりしていてなかなかいい。

五嶋龍のベートーヴェンの「春」は、パンチなのか深みなのかキレなのか、何かが足りない。姉のMidoriの方が良いと思う。調べたら、彼女はもう45歳とか。ずっと子どものイメージだったが。うーん、、、

10/27

コチシュのK.488。彼らしく速いが、これは速過ぎて駄目。

HMVの広告で見た、Seldom Seneとかいうリコーダーのグループのゴルトベルク。おもしろそうだから聴いたのだが、いかにも「滑らかでござーい」。鬱陶しくて全然駄目。

10/28

ポリーニの「月光」-1の出だしがいい。全体もいい。同じく「悲愴」-1の出だしも力強くていい。

そして今。石川ひとみの「もしもピアノが弾けたなら」(2013。カバー)が意外にいい。雰囲気は全然違って、「え、ピアノ弾くの?」って感じだが、これもありだw

 

読み返すと、ほとんど毎日K.488(モーツァルト ピアノ協奏曲 第23番)を聴いていて、我ながら、いかに好きかが分かる。

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GPM(Google Play Music)が思ったより使える。基本機能はもちろん、"I'm Feeling Lucky"ラジオ(何か分からないが、その人の好きそうな曲を掛ける?)もいいことが分かった。数日前、聴きたい曲もラジオも思い浮かばなかったので試してみた。最初の頃に試した時は、予想通り、クラシック音楽が楽章ごとに混ざっていたので、「邪道だ!」と思って使っていなかったのだが、その時は考えるのが面倒だったし、「一楽章だけでも、新しい曲や演奏を試すのもいいか」という気分になったのだ。

実際に聴いてみると、確かに全曲でないのは嫌だが、それぞれの作曲家や演奏者の特徴が分かる場合があって、意外に良かった。まあ、好きでない作曲家に関しては、今までのイメージが覆ることはほとんどない(例: パガニーニは時代がかった感じ、ベルリオーズは苦手、プロコフィエフはやっぱり変、ワーグナーはダサい)のだが、たまに、今まではほとんど聴かずに敬遠していたけど、実は結構いけると思う人(曲)があった。以下に例を挙げる。

  • フォーレ バイオリンソナタ 第1番 (第4楽章): 結構いい。
  • フォーレ 「夢のあとで」: 綺麗でいいかも。
  • ハイドン ピアノソナタ 第37番 作品30-3 (楽章不明): モーツァルトに通じるものがあって、馴染める。
  • ハイドン ピアノソナタ 第43番 作品41-4 (楽章不明): 聴き応えがある。

上を見ると、新たにフォーレやハイドンを試すのも良さそうだ。が、やっぱり、何となく面倒ではあるw それにしても、フォーレはどこから出てきたのか??

また、演奏者についても、いくつか再発見あるいは印象の変化があった。

  • ソコロフ: シューベルト 「3つのピアノ曲」 (第3曲)では、キレやパワーや広がりがあっていい感じだったが、別の曲(ゴルトベルク(ライブ))では、アクが強過ぎるのか、なんか疲れて飽きた。
  • キーシン: 基本的に遅すぎるイメージがあるのだが、「展覧会の絵」 (「バーバ・ヤーガ」)は結構良かった。

掛ける曲は、今までに「いいね!」(Thumbs up)したものやライブラリに保存(「お気に入り」のようなもの)したものや再生回数が多いものの傾向(作曲家、演奏者)から判定しているようだ。更に、どういう条件なのかは不明だが、クラシックだけでなく、ポップ音楽も掛かる(しかも、クラシックとポップ音楽が混ざらないのがありがたい。ラジオの再生を開始した時点で、どちらになるかが決まるようだ。)ので、なかなかおもしろい。

GPMには数千万曲もあるから、聴きたい曲・演奏が決まらない時や、知っている曲・演奏に飽きた時には丁度良さそうだ。旅行に例えれば、基本的には自分で全部決めて運転するドライブがいいが、たまには、行き先不明で、何も考えずにただ座っていれば(寝ていても)、「どこか」に行ける、ミステリー・バス・ツアーもおもしろいようなものだ。

PS. こういうところは、GoogleはSpotifyよりはるかにまともだと感じる。Googleは、昔(検索で始めた時)から、こういう機能をことさら宣伝せずに、淡々と(ある意味余興なのかも知れない)作って出すが、決して押し付けない。その点は当時から評価していた。ただ、「もう(飽きたから?)止めるので、別のを使ってね」が多いのは困るがw

一方でSpotifyは、全然使ってないのに勝手に「あなたのためのプレイリストを作りました!」などというお節介なメールを(解除しているのを無視して)押し売りのように送りつけてくる(しかも、最初の頃に見たら、そのリストの中身は全く的外れだった)。文化・センスの違いが大き過ぎる。例えれば、GoogleはUnix系、SpotifyはMicrosoft系だ。

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手術後の深夜から退院までの話、その2。いよいよ、怒りの日(夜)などについて。

お世話になった病院は、医師の腕、充実した設備(特に手術室)、スタッフが親切などの点で、かなりいい感じだったのだが、それを帳消しにする大きな問題があった。

患者のレベルが低過ぎるのだ。田舎者ばかりだったのだ。

とても不思議だったのだが、立地のせいなのか、この病院の患者は(悪い意味での)田舎者、しかも、高齢者が多かった。田舎だって、まともな人や若者は居るはずなのだが、外来でも病棟でもほとんど見なかった。別の病院に掛かっているのだろうかと思う。そして、先日、母と話していて思ったのだが、他の病院はルールに厳しい(予想)ので、自ずと田舎者を遠ざけてしまうのかも知れない。

なお、ここで言う「田舎者」は、居住地で区別しているのでなく、行動で区別している。だから、都会に住んでいたって、後述する行動をするのであれば、「田舎者」だ。別の言葉で言えば、「(30年以上前の)典型的な日本人」かも知れない。僕は80年代もバブル期も好きだけど、そういうのは大嫌いだ。

まず、田舎者の以下のようなことが嫌だ。

  • 「自分だけは特別」:自分さえ良ければ、他人が迷惑を被っても知ったことではない。そして、どういう訳か、(どこかの有力者であるかのように)自分だけは特別扱いされて当然のように思っている輩が多い。
  • マナーがない。ルールを守らない。: 知らないのか知っていて無視するのかは不明だが、どちらしても迷惑だ。まるで、今が30年前であるかのようなことを平気でする。
    • 例: 病室で携帯電話をマナーモードにしない(例: 最大音量の着メロ)どころか、平気で通話する。
  • [特に男] 偉そうに振る舞う。: どういう判別をしているのかは分からないが(おそらく、見た目の年齢が自分より上か下か)、自分より下と見た人には、ぞんざいだったり、偉そうに振る舞う。何かしてもらっても、お礼を言うことはまずないし、悪いことをしても謝ることはない。
  • ズルい。: 例えば、後でいい訳できるようにしたいのか、自分で決めない(判断しない)。他には、角を立てたくないので、他人に対する意見もしない。
    • 例: AとBのどちらがいいか聞かれても返事をせず、相手が「じゃあ、Aにしましょうか」などと言うのを待つ。そうすれば、結果が思わしくなかった場合、他人に「なんでそんなことにしたの?」と聞かれた時に、「*がそう言ったからだよ」などと答えられ、自分には非がなかったようになるので。
  • 無駄に見栄っ張り。: 上にも通じるが、例えば、何かを選ぶ時に、安い方を選びたいとしても、まずそうは言わない。安い物を選ぶ時は、相手に言わせて、「セコい」というそしりを受けないようにする。もし相手が言ってくれない時は、言うまで曖昧な態度を取る。他には、分からないことを、素直に「分からない」と言わないし、質問することもしない。
  • 過剰な同調圧力・均質化、しきたりへの従属圧力: とにかく、「普通」(=「みんな」がしていること)やしきたりと異なることを避ける。田舎では、個性(=自分の意見)は悪である。あるいは、上にも書いたが、個性を出して失敗して、他人に影でなじられるのが嫌なこともあるのだろう。その反面、「自分だけ*したい/して欲しい」という隠れた願望が絶対にあるので、厄介この上ない。
  • 自分に規範がない。: 上にも関連するが、「みんな」がしていることが「正しい」ことになり、自分がどう思っていようが(何も考えていないのかも知れないが)、その時の周囲の大勢の行動が規範となる。昔の「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の世界だ。だから、一旦、その場の誰か(特にボス的な人)が常識的なルールを破れば、その場は無法地帯となる。今の日本でも、まだこういう人は多いようで、逮捕されても「みんなやってるからやった」とか弁解する人が居るが・・・
  • 明らかな裏表: 表面上は親しそうに振る舞ったり何かを褒めても、影では平気で悪口を言う。
    • 例: 表: 「いい色の車だねえ」 → 裏: 「あそこの息子、黄色い車なんて頭おかしいんじゃない?」
  • [特にオバさん] だらしない。: 自分だけでなく、周りを巻き込んで、ごく当たり前の常識的な行動ですら、「気取っている」などのレッテルを貼って影で攻撃するので、そこでは、「オバさん行動」が正義となってしまう。そんなに堕落したいのだろうか。

全く無意味で下らなく、全然生産的でなく、何の将来もない。それらは僕が実家の地区に住みたくない原因でもある。

次に、今回の入院で見た、田舎者の悪行を列挙する。

  • ベッドで電話。マナーモードも知らない(ふりの)ようだ。
  • TVやDVDは、イヤホンを使わずに、音を外に出して観る。
  • 病室で騒ぐ。女性の病室が朝からうるさくて、とてもイライラした。話し方も品がなくて、女を捨てたゴリラたちかと思った。一人「ボス」がいると、他の人もうるさくなって、たちが悪い。
  • 患者の家族が廊下で延々としゃべっていてうるさかった。しかも、こっちのベッドが見えるところに立っているから鬱陶しかった。
  • 看護師さんに割ったコップの掃除をさせておきながら、自分はのうのうと電話をするジジイが居た。そんなに重要人物なのかと思った。そして、どんな重要案件があったのか?w
  • あるガキ(40代)のDQN家族は、ナースコールで「(紙を貼るような)テープないですか?」と、当たり前のように聞いていた。ここはホテルだったっけ? 全く呆れ果てた。それに親切に対応する看護師さんもどうかと思うが・・・

頭に来るのは、看護師さんたちがルール違反を見ても全然注意せず、当たり前のことのように看過していたことだ。スタッフも田舎者だから、病院も「それなり」になっているのだろうか。

最後に、退院日前の「怒りの夜」のことを書く。

僕のベッドには、位置の関係で、廊下の非常口の照明の光が届くのだが、それがが眩しくて眠れなかった。更に、隣のジジイが消灯後(午前3時頃にも!)にTVを点けたので、カーテン越しだけど、画面の明かり(しかも、明るさが変わる)が眩しく、ベッドの両側が眩しい状態で、どちらを向いても寝付けなかった。助かったのは、ジジイは夜はイヤフォンを使っていたことだった(だから、ルールを知らないのでなく、故意に破っているのだろう)。更に、どうしてか、そのジジイはベッドを頻繁に上下させていて、モーター音もうるさかった。

奥のガキ(40代)は、アニメのご鑑賞をしていて、ジジイのTVが聞こえない時にはその音が聞こえてきた。更に、夜中にビニール袋をガサガサさせ、食べ物をポリポリ食べ、独り言なのか携帯なのか、「傷が痛い」だのなんだのと言っていた。そのガキは、苦痛を全部他人(医師や看護師)のせいにしてばかり居た。しかも、直接は言わずに、影で言うだけだ。あれじゃ良くならないと思う。

そして、点滴中の患者がトイレに行くたびに、点滴台のキャスターがキーキーいう(ほぼ全部の台が鳴っていたと思う)のもうるさかった。本当に手入れした方がいい。

最後は、前にも書いたが、頻繁なナースコールの呼び出し音だ。しかも、看護師さんが忙しいので、音がなかなか消えない。

本当に参った。ブチ切れたかったが、そうしても何の得にも解決にもならないし、次の日で退院できるので、ひたすら耐えた。

そして、ようやく迎えた翌朝、K. 488を聴いたらむかつきが減ったので、やっぱりモーツァルトは偉大だと思った。

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(naokiさんの投稿にコメントを追加しようと思ったのだが、独立した投稿の方が良さそうなので、書く)

はっきり言って、僕自身、「ヒーリング音楽」というものをほとんど聴いたことがない(耳に入ることはいくらでもあっただろうが、聴こうと思って聞いたことはない)。退屈だからだ。だから、以下は全部想像をもとにして書いたので、間違っていたら申し訳ない。

ヒーリング音楽と聞いて思い浮かべるのは、naokiさんの書かれていた、シンセを使った、安直な、耳触りはいいけど単にだらだらとした音楽である。次は、オカリナだの縦笛(リコーダー)だのの柔らかい音で滑らかに延々と演奏するもの。あとは、弦楽合奏(これも、柔らかく滑らかに延々と)、あるいは少人数での女声合唱だろうか。後の三者の大体は、バロック音楽(例: ヴィヴァルディ、パッヘルベル、バッハ)だろう。

もちろん、それらの音楽が駄目と言うつもりはないのだが、ヒーリングに使うのは安直過ぎないか。「柔らかく滑らかな音+延々 → 疲れない → ヒーリング」という思考停止に陥っていないだろうか?

「毒にも薬にもならない」という言葉があるように、そういう曲・演奏は、毒にならなければ薬にもならないのではないだろうか。例えば、ぬるいお風呂や温泉に長時間入るだけで癒やされるかという話だ。そういう人も居るだろうが、そうでない人も多いだろう(例えば、サウナが欲しいとか、熱い湯も必要だし冷水浴もしたいとか)。ただぬるい湯につかっているだけで、何がおもしろいのかということだ。

だから、僕は、音楽に癒やしを求める場合だって、ある程度過激な要素のある曲を聴くべきだと思う。そういう曲を聴くことで脳が活性化されて、(精神的)老廃物が燃焼あるいは除去され、その後で癒やしの成分が生まれるのではないかと思う。例えば、激辛カレーを食べると大量の汗が出て、気持ちまですっきりして、やる気が出るようなものだ。あるいは、ギプスをしてじっとしているだけでは骨折はなかなか治らず(更に、関節が固まってしまう)、適度に動いて患部に力を掛ける必要があるようなこと。更には、いつも可愛くにこにこしているお嬢様よりは、ツンデレで時々ど突く子の方が楽しいようなことだと思う(単なる個人の好み??w)。

最後に、今思い付く、具体的な曲の例は以下である(いつもいつも馬鹿の一つ覚えのように出す曲で申し訳ない)。もちろん、曲をただ演奏するだけではだめで、充分な効果を生む演奏者を選ぶ必要はあるだろう。

  • バッハ: ゴルトベルク変奏曲
  • モーツァルト: レクイエム
  • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第20,24番
  • ベートーヴェン: ピアノソナタ 「悲愴」、「月光」、「熱情」
  • ショパン: 12の練習曲 作品10
  • ラフマニノフ: ピアノ協奏曲 第3番

他に、「春の祭典」などのかなり過激な曲や、ポップ音楽だって沢山あるが、ここでは割愛する。

ここまで書いて、何となく、「癒やし」というより、脳内フィットネスとか気持ちのリフレッシュになってしまった気がするが、思い付きで書いたことなので、ご容赦頂きたい。

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入院中に暇つぶしにニュースを見ていたら、「ザ・クロマニヨンズ 「音楽で大層な事を目指している人が多い気がする。俺達は楽しければそれでいい」」という記事が目に入り、読んでみた。

インタビュー記事で、例に漏れず結構長い(だから、インタビュー記事は嫌いだ)のだが、彼らの意見には大体賛成だった。印象に残ったのを挙げると、

なんか物事を表現する人には、苦しんでて欲しいわけでしょ(笑)。 / そこで感動したいわけでしょ、みんな。感動に着地したいだけだよね。

は、僕が常々言っている、「作品と背景は無関係」に通じるし、

特に感じてるのか、思ってるのかもわからないんです。思ってないことはよく歌詞になってますけどね(笑)。

は、別に何かを思って書かなくても(聞き手に、その「何か」を押し付けなくても)、結果(曲)が良ければ(楽しければ)いいということだし、

曲を書かなきゃいけないという意識もないし

は、「努力してやる必要があるなら、才能はない(から止めた方がいい)」ということだろう。

それで、「これは是非聴いてみたい!」(でも、実際に聴いたら、好みでなくてがっかりする予感はしていた。というのは、グループ名が気に入らないので)と思い、さっそくGPMで検索してみた。

が、1曲もなかった。グループのエントリ(場所)だけしかなくて、がっかりした。

どういう事情かは知る由もないが、何となく、彼らの意向があるような気がする。それは、彼らはずっとアナログ盤も一緒に発売していることから感じた。もちろん、根拠などないが。

インタビューで、「楽しければそれでいい」、「行きあたりばったり」と言っている割には、売り方ではなにか「大層な事を目指している」感じで、その矛盾に幻滅してしまった。僕は、自分たちの主張を通すより、どんな形でもいいから(=「行きあたりばったり」に)、いろんな人に作品を聴いて楽しんでもらう方が重要だと思う。

実際には、今、PCでページを見ると、何か聴くだけなら、そこに載っている「どん底」の動画で充分なことに気付くが、彼らの(まとまった)アルバムが聴きたいし、もう聴く気を失ってしまったので、クリックはしない。

(10/23 9:55追記) 良く考えると、僕は常々「本人の性格や背景は仕事と無関係」と考えているのだから、彼らがどんなにいい考えを持っていたって、曲や演奏がいいとは(僕が気に入るとは)限らないのだから、気に入らない予感がするなら、ことさら聴く必要はなかったのだ。でもまあ、いろいろ試してみるのは無駄ではないだろう。

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