Archive for the ‘音楽’ Category

ちょっと前のニュースで、会社の飲み会で年上の人からされる嫌な話のランキングがあったのだが、それがみごとに全部、昔の話だった。

話す人が若かった頃に流行った歌、アイドル、ドラマ、アニメ、プロレス、野球(試合)などなど・・・

まあ、そうだろう。僕だって、興味のない昔話を偉そうに半強制的に聞かされるのは嫌だし、そもそも、何が楽しいのか全く分からない。だから、僕は、そういう話は相手から聞かれるか、相手が好きだと分からない限り、しない。こっちだって、話したってつまらないから。

で、ふと思ったのは、クラシック音楽はどうなんだろうということだ(そのランキングにはなかった)。単に興味がないだけで、「昔の話」とは思われない(もちろん、昔来日した演奏者のライブの話とか、昔の偉大な演奏者(カラヤンだのベームだの)の話などは論外で、せいぜい、「*の曲はいいんだよ」程度)ような気がするのがおもしろい。突き抜けて古いと、古いとは感じないのだろうか?

要は、クラシック音楽はいつも新しいのだ。と書くのは、愛好家の手前味噌だろうw

そして、ビートルズだってクラシック音楽級だと思うが、残念ながら微妙にアウトな気がする。

客観的に書けば、確かに50年くらい前はすごく斬新な音楽だっただろうけど、今の人からしたら、やっぱり古いと感じてしまうだろう。曲や音作りはもちろん(おそらく、現代の曲の当たり前になっているからではないか)、ラブソングの詞は黒歴史レベルに痛いだろう。

今、更に思ったのだが、こっち(若くない人)だって、若い人から今の流行(ドラマだのお笑いだのJ-POPだの映画だの)の話をされても、やっぱり嫌な気がする。だから、結局はお互い様で、適当に話して適当に相槌を打てばいいのか?w

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ニュースを読んでいたら、「「独学」が重要である4つの理由 情報社会での「知る」の意味を再考」という記事があった。僕は子どもの頃から、(勉強したり何かを身に付けるには)「独学しかない」と思ってきた(例: 塾・予備校や、人に教わったり「みんなで勉強」して身に付く訳がないと思っていた)ので読んでみたら、頷いてばかりいた。

記事には細かいことがごちゃごちゃ書いてあったので、余り読まずに忘れてしまったが、「独学」以外に、「覚えようとしない」ということもあった。まさに僕だ! (このブログの副題をご覧あれ)

でも、実際には、やり方なんて人それぞれだし、上の記事を真に受けて、「いいことだから、是非忘れずに実践しよう!」なんて思った人は、記事を何も理解していないということで、全くの無駄なので、諦めましょうw

ところが、偉そうに書いた直後になんですが、学術的なことはともかく、芸術を独学でできるのかについては疑問があります。例えば、個人的な話ですが、ピアノの演奏なんて、独りでは無理でした。いや、実際には習ってもものにならなかったので、才能がなかったというのが正しいです。ただ、天才は習わなくてもものになるでしょうから、やっぱり、独学でも可能なのかも知れません(才能があることが前提です)。

と書いて気付いたのは、「何かのやり方は、独学にしろ、習うにしろ、やらないにしろ、自分で見つける必要がある」というのは正しそうです。そういう広い意味では、独学というか、自分で考えることが大切なのでしょう。

そして、最後にちゃぶ台返しになるが、前にも書いたけど、上の結論を「なるほど」などと思って鵜呑みにするのは、何も分かっていない証拠である。

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人それぞれだとは思うが、僕は、何度も(例: 毎日)決まりきったことをするのが大嫌いだ。そんなのは全部機械にやらせたい。例えば、歯磨きだの洗濯だの普通の食事だの通勤の運転だのだ。

ただ、そうは言っても、そういう雑事を「決まりきったこと」にすることで労力を減らせて、日常生活が楽になるという利点はある。例えば、毎日通勤経路を変えていたら、神経を遣ってしまって、とてもじゃないが、好きな車に乗るのすら疲れて嫌になるだろう。

ここでいきなり話が飛ぶのだが、芸術は「変化」によって進歩するのではないかと思った。僕の好きな音楽なんて、そうだろう。時々、流れが断絶する時期がある(クラシックだと*派の区切り)のは、それまでの音楽に飽きた人が、新しい音楽を生み出して、それが世の中に受け入れられた(いわゆる流行か)ということなのかなと思う。

音楽史は全然勉強してないので見当外れのことかも知れないが、バッハとモーツァルトの違いなんて、ものすごいものがある(言ってみれば、退化ですらある)。勝手な想像だが、「あんな堅苦しくて古臭くて重箱の隅をつつく音楽なんてつまらん! 書くのも面倒だw」とか思って、モーツァルトは自分の音楽を作ったのかも知れないし、聴く人にもそれが丁度良かったのかも知れない(その彼も、後年は自分の世界にはまり過ぎて落ちぶれてしまったようだが・・・)。

それで、変化は、基本的には自分で起こさなければ、望むものは起こらないと思っているのだが、どういう訳か、熱望していると、その変化が勝手に起こる場合がある。昨夜、そんな変化の兆しが突然「降って湧い」た。自分ではどうにもならない(いい方向には進めない)と思っていただけに、狐につままれた気分だった。まあ、人生はそういうことも結構あるのだろう(今回は、他の人がその変化を起こす気になったので、それがこっちに波及して来た)。

ちなみに、その兆しは、今のところ、本当に実現するか半々というところだが、それでも、自分でも協力してその変化を実現することで、今の嫌な状況を打破できそうで、随分気分が楽になったから、それだけでも良かったと思う。全く不思議なことだ。

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「分からないけど乗れる」曲がある。例えば、(今ラトルの1989年のを聴いている)「春の祭典」だ。この手の曲だと、モーツァルトやラフマニノフのピアノ協奏曲と違って、(僕にとって)演奏がいいか悪いか、全く分からない。ただ、どういう訳か曲自体は好きだから、大抵の演奏で乗れて、ある意味安上がりだ。例えれば、ワインは好きだけど、高い物も安い物も区別つかないってことかw

そうか、マニアでない方がクラシックの名曲を(演奏者など関係なく)「いい」と思う感覚が、これなのだろう。しばらく忘れていた・・・

一方、分からないし好きでもない曲も多い。ブラームスなど、以前書いた作曲家の曲だ。交響曲は大抵駄目だw

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きっと、読まれる方の99.5%は理解できないと思うが(僕も、さっき実感したくらいだし)、「鋭い音」と「鋭い演奏」は違う。

(まあ、そもそも、背景が書いてないから、理解も何もないでしょう。。。)

経緯を書くと、さっき、昨夜ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を(2015?)を聴いてから急に好みになった、Stewart Goodyearという人の「くるみ割人形」(2015?, ピアノ一台版)を聴いたら、音が尖っていて、すごく良かったのだ(まだ続いている)。お酒を飲んでいるせいかも知れないが、この尖り具合はすごく好感が持てる。この編曲がオリジナルではないかと思うくらいだ。

余談: この人は可哀想で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を選ぶ時にはいつも候補に上がっているのだが、どうしても、その後に並んでいる他の人のに目移りしてしまって、聴くのは昨日が初めてだった。

その理由は自分でも良く分からないのだが、彼がスキンヘッドで、しかも、ジャケットで偉そうな顔をしているということが、全くないとは言い切れない。

(これは、スキンヘッドの方を侮辱するとか笑いものにしたくて書いたのではなく、僕のその時の気持ちを想像して書いているだけです)

そこで思ったのは、「鋭い音」と「鋭い演奏(解釈)」の違いだ。僕は、前者、正確には、「出して欲しい時に鋭い音を出す人・演奏」は好きだが、後者は場合による(大抵は好きでない)。ポゴレリッチは典型的な後者だが、僕は嫌いだ。何度か試したが、まだ、聴き通せていない。ただ、どちらが「いい演奏」(これの定義も難しいが)かというのは別の話で、単に僕の好みの問題である。

蛇足だが、本当に鋭い音はオケでは無理で、ピアノならではでないかと思う(オケは複数の人が同時に演奏するから、発音に時間差が生じるので、物理的に無理だ)。もちろん、チェンバロでも無理(元々鋭いけど、いつも同じだから、「鋭い音が出せる」とは言えない)だし、オルガンはもちろん、管楽器や弦楽器のソロでも無理だろう。あ! 打楽器だけは別だ。それはピアノを超える。

なるほど。僕が(うまい)パーカッションを好きなのは、そういうせいかも知れない。

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クラシックの曲で、愛好家や演奏者の間で使う略称があるものがある。例えば「春の祭典」は「ハルサイ」、モーツァルトのレクイエムは「モツレク」などだ。でも、僕はそういうのは好きでない。曲のイメージが変わってしまうからだ。

「モツレク」なんて、モツ煮込みの臭いが漂って来てしまって台無しだし、「ドボ8」(ドヴォルザークの交響曲第8番)なんて、八っつぁんがドブにはまったみたいだし、「タコ5」(ショスタコーヴィチの交響曲第5番)はタコハイ(懐かしい!)を思い出すではないか。

まあ、現実問題として、仲間内の会話の時に正式な曲名を言っていると、まどろっこしいから仕方ないけど、正式な文字媒体には止めて欲しい。が、HMVの人はそういう感覚がないらしく、良く使う。以前は「ハルサイ」を見たし、先日は「モツレク」を見てがっかりした。

ちょっと考えて欲しい。「ハルサイ」だって「春の祭典」だって、文字数は同じだ。だから、広告のスペース的には正式な曲名を書いても問題がない。違うのは、文章を打ち込む人の手間だけだ。そんなに手抜きをしたいのか、通ぶりたいのか、気軽さを出したいのか知らないが、止めて欲しい。

でも、そういう僕も、オーケストラを「オケ」と書いて、素晴らしい演奏システムの威厳を台無しにして平気な顔をしているので、お互いさまかw でも、「モツレク」だけは止めて欲しい!

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HMVの広告に、「これぞロシア! 考えられる最高の組み合わせ」などと出ていたので、(いつも余りいい印象はないのだが、)結構聴きたくなってGPMを探したら、発売日は結構先なのに既にあったので、マツーエフのラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番(2017)を聴いてみた。指揮はゲルギエフなので、その点でも期待させられた。

が、なんかあっさりし過ぎていてコクがなく、やっぱり好みではない。確かに、腕はあるのかも知れないけれど、グッと来るものはない。逆に、うま過ぎるのかも知れない。まあ、「最高の演奏」とは書いていないので、広告に嘘はない。

それよりも、聴きながら広告を読んでいて、つくづくロシアがうらやましくなった。というのは、彼はソチオリンピックの閉会式でこの曲を弾いたというではないか。僕はスポーツには興味がないので知らなかったのだが、それを観たら(居合わせたら)、(スポーツは関係なく)感動したかも知れないと思った。やっぱり、(腐っても)歴史ある大国だけのことはあるし、さすがはラフマニノフの祖国だ。本当に、「これぞロシア!」だ。関係ないけど、同じく歴史あるイギリスのロンドン(2012)ではポールやクイーンが出たそうだし。

一方、日本だったら、何の才能もない連中の学芸会、あるいは、紅白歌合戦のようなどんちゃん騒ぎになってしまうのだろう。そういうのを「8Kの高精細な映像」で世界中に垂れ流して、平気な顔どころか自画自賛するのだから、さすが日本だw (と、今から書いておく)

余計な説明: これが国内のイベントなら全然問題はない。西洋が絶対ということはないのだから、いくらでも好きにすればいい。でも、オリンピックは、西洋が発祥なのだから、少なくとも西洋(、本当は世界)に通用する出し物をする必要がある。そうでなかったら、お金や手間を掛けてやっても、単なる笑い物、いや、それ以下(無視されるだけのゴミ)になるのがオチだ。ただ、そういう扱いになっても、国内の人は誰も気付かずに、あるいは気にせずに、胸を張り続けるから、島国根性の病巣は深いと思う。 (11/12 19:18)

PS. まったくあり得ないけど、もし、(好きじゃないけど)小澤と内田光子(こっちは好き)とかが日本の曲(何かあるのかなあ?)を演奏したら、納得するだろう。

PS2. 昨日、その後、マツーエフのラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番(2009)も聴いてみたら、なんか違和感があったものの、第3楽章の後半で盛り上がって来た(乗りが、第2番とは明らかに違う)ので、いいと思ったのだが、結局、最後が少し乱れた(ように聴こえた)のが残念だった。でも、あれはライブ盤ではないだろうから、乱れたまま発売することはないだろうから、僕の耳がおかしいのだろうか。 (11/12 10:29)

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起きた後、ふと、パルティータの最初の曲の、とろっとした出だしが頭に浮かんで聴きたくなったので、「ジャケ買い」(にひかれてw)でIrma Issakadze(イルマ・イサカーゼ)の(2011)を掛けた。

外見から受ける印象同様、音がしなやかでいい感じだ。決して技術的にすごくはないが、聴かせる何かがある(下手じゃないけど「ヘタウマ」?)。あと、音が可愛い時がある? 第1曲の"V. Minuet I"がいいし、"VI. Gigue"は奔放な感じでいい。

ただ、彼女のwebには近頃の活動が書いてないから、やっぱり、ジルベルシュテインたちのように挫折してしまったのかも知れない。

曲が飛んだ気がしたので(第1曲→第3曲)、曲目を確認していたら、グールドのの曲名誤り(第3曲の2曲目(Allemande)と3曲目(Courante)が逆になっていた)に気付いたので、修正した(しかも、どちらも"II"になっていた。僕の打ち込み間違いか)。その後、他の曲も確認しようと、間違ってダブルクリックして掛けてしまったら、やっぱり、グールドはダイレクトとかストレートな演奏で、「カッチリ」としていて好みで、途端に彼女の、言ってみれば、「ぐにゃん」とした演奏(第3曲)がまどろっこしくなってしまった。全く残念だ。。。

ここで余談だが、グールドのカッチリとした演奏は、スイフトスポーツの運転感覚や乗り心地に通じるものがあると、さっき思った。(17:59)

それでも、彼女のゴルトベルク(2008)は結構褒められていたので、一応試してみたのだが、 最初の曲(アリア)の最初の数音で「ん? え、何?」と全く受け入れられなかった(この曲を絶賛する人も居たのだが・・・)。そういう解釈はあると思うが、僕には駄目だ。

結局、グールドのパルティータを聴き直すことにした。

「バッハはグールドだけが最高」とか、こだわっているつもりはなく、いつも彼以上の人を探している(だって、飽きるし癪じゃないですかw)のだが、なかなか現れない。やっぱり、手強い人のようだ。

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いつものディーラーでオイル交換(走行距離は約48000km)。GPM-GMB連携のプログラムを作ったり入院をしていたせいか、前回から距離が延びておらず、交換には数百km余裕があった(実際、ディーラーの方にも、本当に交換するか聞かれた)。でも、交換の推奨期間(約3か月)は超えていたし、今日は、「例の新型」の試乗が主な目的だったで、とりあえず行って頼んだ。そして、事前に調べ上げていた通り、その黄色い奴は店の前に居た。オイル交換をお願いした後、すぐに、担当のおじさんに試乗をお願いした。

今回は、今のを買う時と違って、おじさんが同乗することになった。そういう指導があったとのこと(スズキから? 警察から?)。でも、走りながらいろいろ話せたので、楽しかった。

第一印象は、乗っているだけで楽しかった。すごく自然に乗れて、「普通に」良かった。エンジンもハンドリングもサスも違和感がなかった。気付かないうちに結構なスピードが出ていた(といっても常識の範囲内)のだが、走行音は静かで良かった(そう言ったら、おじさんは意外だったようで、無言だった。実際、比べると今のの方が静かな気がする)。

スピードが出すぎた件は、メーターにも原因があったように思う。最大が260km/hで、今のの240km/hより広いため、同じつもりで(注視せずに)見ていると誤解するのではないだろうか。それにしても、240km/hだって馬鹿らしい(ヨーロッパですらここまで出さないだろうし、そもそも出ない)と思うのに、260km/hなんて飾り以下だ。それだけならいいけど、こんなに広いと常用域が狭まってしまって(60km/hが8時の位置)、読み取り誤差が増えて不便だ。こういうところは改めて欲しい。この点はディスりたい。(10/5 5:36)

ただ、クラッチとギアは(僕の)慣れか(車の)慣らしが要るようで、1-3速が入りにくいことが多かった。もしかすると、クラッチの切れる場所が今のより深くて、僕の踏みが浅かったからかも知れない。あと、ギアの入り方も余り気持ち良くなく、「ぐにゃっ」とした感じで、力を入れないと入らなかった(この点は今のも近頃までそうだったから、数年間乗れば良くなるだろう)。なお、クラッチペダルは今の(かなり左寄りで、幅広の靴が挟まることがあったので、右寄りのに交換した)と違ってちゃんとした位置にあったので、そのままで問題なく使えそうだ。

それから、普通に乗っているだけだと、ターボは効かなかった(ブースト計がぴくりともしなかった)が、それでも充分楽しかった(おじさんに「もっと引っ張っていいですよ」と言われたくらいだ。同乗されていたので遠慮していたのもあったが、慣れない他人の車なので、「思う存分」やる気はなかったし、昔と違って、別に頑張らなくても楽しければいいのだ)。

が、、、期待していた太いトルク(今のの1.5倍くらい)が、意外に全然すごくなかったのが残念だった。今のと変わりない印象だった(ただ、ギアがなかなか入らない時に不意に入ってもエンストしなかったのは、トルクのおかげかも知れない)。慣れていないからだろうか? あるいは、ターボは出だしより加速時(中回転域)に効くのかも知れない(特性曲線を見ないと分からないが、今は公開されていないようだから比較はできない。仕様では最大トルクは2500-3500rpmで出るので、2000rpm前後では余り効かないのかも知れない)。それから、今のより80kgくらい軽くなっているのに、それが感じられなかったのも意外だった。まあ、街中を気軽に流すだけならそんなものかも知れないし、おじさんと一緒だったので相殺されたのかも知れない。あるいは、気付かないうちにスピードが出ていたのが、トルクの向上や軽量化の効果なのかも知れない。

検索したら、新旧両方のエンジンの特性曲線の比較図が見つかった(非公式なので真偽不明)。それを見ると、新型は1700rpmくらいどかっとトルクが出るようで、2000rpmなら今のの1.7倍くらいだ。だから、低回転からターボは効いているのだろう。トルク向上を感じなかったのは、僕が操作に慣れてなかったせいだと思う。実際、今の車も、最初は低回転がスカスカだと思っていたが、今は、発進時に全然その気がなくても軽くホイールスピン(「ガガガ」となる)できるようになったくらいだ。(19:37, 11/5 9:18)

それにしても、帰る時に自分の車に乗ったら、やっぱり「最高!」だった。出だしは(長く乗っているおかげで)ATのように超低速からスムーズに行けるし(ただし、疲れてない時に限るw)、ギアはスコッと入るし、加速だって滑らかだから、まだまだ替えたくない気分だ。

という訳で、新型スイフトスポーツは悪くない車だとは思うが、僕には、あくまでも今のが駄目になった時の代替や後継であって、すぐに乗り換えることはないという結論になった。(それがに繋がるw)

余談だが、現時点で、候補になるメーカーは他にない(僕には、トヨタも本田もスバルもマツダも好きになれないし、三菱や日産は論外だし、外国車は懲り懲りだ)ので、次もやっぱりスズキになりそうだ。だから、次もあの車になる可能性は高い。その頃には、派手過ぎて気に入らない内装が改善されているかも知れないし、エンジンの特性やクラッチやギアの感触も改善されているかも知れないし、例のダサいホイールも変わっているかも知れない。

それに、乗り換えたら、また何年も(車も自分も)慣らさなくてはならないのは、かなり面倒だ。 (11/5 4:21追記)

それにしても、あのお店はいつ行ってもいい雰囲気(なごみ系)なので感心する。

 

PS. おじさんに聞いた話としては、以下のようなものがあった。

  • 試乗した人で、ものすごい運転をして、おじさんを冷や冷やさせた人が居たとのこと。VITAを買った頃の僕のようで、ちょっと恥ずかしかったw 「若い人はそうですよね」と言ったら無言だったので、結構なオジさんだったのかも知れないw
  • 色は、黄色が一番出ていて、次は白とのこと。意外に黒が一番出ていないとのこと。確かに、普通のスイフトの黒は見るが、スイフトスポーツの黒は余り見ない気がする。あと、当然ながら、ミッションはMTが一番多いとのこと。
  • スイフトスポーツは人気があるので、下取りは高くできると言っていたが、若い頃のように、余り期待はしない。「高い」の定義がお互いに違うのが確実だからだ。
  • アルトワークスのサスはすごく硬い(スイフトスポーツよりも!)そうだ。スズキは頑張っているようだ。おじさんは、どうしてか、「これ(試乗したスイフトスポーツ)くらいの硬さが丁度いいですよね」と何度も言っていた。僕は全く同感だった。
  • 車種は書かないが、全く別のスズキ車(大きい物)を新車で買った人が、数十万円掛けてあの黄色に全塗装したという話を聞いた。全然似合わないと思うのだが、本当に(物)好きな人が居るものだw
  • あと、今まで何度か、今の車がすごく調子いいとか、まだまだ行けるみたいなことを言っても、どうしてか、おじさんが無反応なのがちょっと寂しいし不思議だ。内心はうれしいけど、抑えているのだろうか。それで当然だと思うくらい、製品に自信があるのかな。単に、それでは売れないからがっかりしている??

PS2. 古くなっていたナビの地図は有料で更新できるとのことで、今月データが新しくなるので、その後で連絡を頂けることになった。ただ、前回は、その後連絡がなかったので、今回も忘れているようだったら催促しよう。費用は約2.7万円と、安くはない。

PS3. 帰りにいつものデニーズに寄ったら、いつもの小泉さん(仮)が居た。名札を見て、本当の名字も分かった。いつものようにショートボブで、明るい接客が楽しかったが、やっぱり少し間抜けだった。それがポイントなのでもあるがw

PS4. 本題からは ずれるが、「また逢う日まで」はいい歌だと思うのに、どうしてか、アレンジ(特にイントロ)が軽薄な感じ(当時のTVの娯楽番組を思わせる)で、(少なくとも僕には)損しているように思う。当時の流行だったのか、何か考えがあったのか分からないが、もっとしっとりさせた方がいいように思う。が、そうすると、余りにもシリアスになって、暗くなってしまうのだろうか。何とも難しい。(18:41)

→ 真偽は確かめようがないが、このブログを読むと、どうも、作曲家と作詞家が協調していなかったようだ。最初にあの明るい曲があったのだが、暗い詞を付けられてしまったので、ミスマッチになってしまったらしい。

なるほどと思うが、全くしょうもない話だ。「(仕事なんだから、)お互いにもっと歩み寄れよ」といいたい。でも、これが「まとも」に進んでいたら、果たしてこの歌(曲)がヒットしたかは疑問だから、一概に切り捨てる訳にも行かないだろう。 (19時)

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音符が読めなくたって、音痴だって、音楽は作れる! そう、パソコンならね。」という記事があったので、良くあるパターン(「鼻歌でいい」とか「身近にある楽器を、思ったままに演奏してみよう」や「GarageBandを使ってみよう」など)と思って冷やかしで読んだら、はるか斜め上のことが書いてあって、笑えもしなかった。

記事は、単にDAW(波形編集ツール)の使い方紹介でしかなく、最後は

食わず嫌いせず、たまには音楽を作ってみてはいかがでしょうか。

であった。。。

あのぉ、「食わず嫌い」、「たまに」って・・・(僕に「たまに」作れる能力があったら、ずっと作り続けるよ!) どうやって音楽を作るかが本題じゃないの? まずは機器を揃えて、あとは(どうにかして)楽器を演奏して録音しろってこと? 楽譜が読めない人が演奏できる? できないとしたら、演奏するにはどうしたらいい? 歌うとか鼻歌とか口笛? (でも、音痴じゃ無理だね・・・) 「とにかく頑張れ」?? 音楽の才能はあるけど、今まで楽譜を読み書きしたことも演奏したこともない天才向け?w 逆に、楽器を演奏できる人がDAWを知らない? 実は音楽の「ファイル」の作り方を書いているのか?

(「道具を揃えればできる!」という幻想に取り憑かれる)中高大生ならともかく、大の大人、しかも(何かの)プロがこれはないだろう。メーカーの提灯記事なのだろうか。この藤本という人、時々まともなことを書くと思っていたけど、やっぱり信用できないようだ。

いずれにしても、普通の人が音楽を始めるのであれば、ラジカセとかスマフォやPCの普通の(OS添付とかフリーの)録音ソフトで録音するので充分だ。まずは、何か演奏することだ(ここがすごくハードル高いのだが)。それから曲を作ろう(ここも更に高い)。どっちが先でもいいけど、編集だのミキシングなんて100年早いw

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