Archive for the ‘音楽’ Category

先日、「春の祭典」で検索していた時だったかに見つけたウルバンスキという人の新作の広告に次のような見出しがあったので、結構期待して、是非聴きたくなった。

最も騒がしいヘビメタの曲でも、この作品に較べれば可愛らしい小さな歌みたいなものだ! - クシシュトフ・ウルバンスキ

「ほう、この人の演奏はヘビメタ以上にすごいのか。それは楽しみだ!」と思った。確かに、この曲は並のロックなんかよりずっとロックで、そこが好きだ。それで、GPMに入っていたので、昨日の昼に聴いてみた。が、出だしからがっかりした。(オーボエじゃなくて)ファゴットが余りにも遅過ぎて、(後ろから膝を押されたように)ガクっと来た。今思い付くのは「気の抜けたビール」だ。

あそこは確かに速いところではないが、以降を予感・期待させる表現をして欲しい。あれじゃ、「一体何時間やるつもりだ??」と思ってしまうよ。テンポだけの話ではないのかも知れない。とにかく、あのイントロはゆるゆるで緊張感も色気もなくて台無しだった。

が、録音は良かった。今まで気付かなかった音やパートが聴こえ、変なリズムに気付けた(ヘッドフォンのせいかも知れない)。イントロ以外は悪くなくて、聴き続けたら乗れた。何曲かはThumbs upを付け、ライブラリ(「お気に入り」のようなもの)にも追加した。

ところが、終盤で再度がっかりさせられた。最後の前と最後の曲が遅かった。せっかく乗っていたのに、ちゃぶ台返しされてイライラしたので、ライブラリから削除し、最後の曲をThumbs downにした。そもそも、いいと思ったところだって「普通にいい」程度で、全然ヘビメタを超えていなかった。

その時は「まったく口程にもない奴だ」と思ったのだが、夜になって、彼の言っていたことは間違っていなくて(彼は「この演奏」とは言っていない)、僕が勝手に期待しただけだったことに気付いた。要は、

彼が曲に負けたってことだ

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(ちゃんとした文章にするのが面倒なので、骨格+αを。おいおい、気が向いたら加筆します) ← 完成 (9:34)

昨日、Sa Chenのラフマニノフやショパンのピアノ協奏曲に感心した。

Chen: ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番 (2011)

昨日、この曲(演奏者は不定)が脳内でリピートして、どうしても聴きたくなって、昼休みに探したら(好きな演奏は多いが、知らない人のを聴きたくなることが多い)、彼女のが目に入ったので(ただし、最初は、演奏者の国やジャケットの柄から敬遠しようとした)聴いた。意外にいい。すごくうまい訳でははないが、乗れる。ただ、第1楽章の行進曲風のところ(以前、ここがダサいとか書いているページを見たが、うまく弾くと結構いい感じになる)はいまいちで、腕が追いついていない感じだ。その楽章の最後は何となく音が乱れた感じなので、Thumbs upしたのを取り下げた。

第2楽章は結構いいところがあるが、終わりはわざとらしかった。第3楽章はまあまあで、中盤のオケがいまいちだったが、(この楽章は)全体的には良かった。

Chen: ショパン ピアノ協奏曲 第1, 2番 (2008)

昼に聴いたラフマニノフが結構良かったので、昨夜探して聴いた。

第1番のピアノは音が澄んでいて綺麗で、聴いていて心地良い。誰も出さなかった(目立たせなかった)ような音(・弾き方)が(いい意味で)妙なのだが、決して嫌ではない。彼女の解釈なのだろう。第2楽章の音の出し方(ちょっとした盛り上げ方)もいい感じ。オケ(指揮: Lawrence Foster, Gulbenkian Orch.)は普通に良かった。ラフマニノフも同じオケだった。

第2番は、なぜか低音(弦)がすごかった。ピアノは少しわざとらしかった気がする。第1番の方がいいのか、僕が慣れてしまったのか、疲れてしまったのか。

以前にも書いたが、昔はこの2曲は気に入る演奏がほとんどなかったのに、近頃は、いいと思える(許せる)演奏が多くなった。そのおかげで曲の良さも分かってきた(だから、少し前は「ショパンコンクールなんて、最後がショパンの協奏曲じゃちょっとねえ・・・」とか不遜なことを思っていたが、今はそうでもない)。自分が変わったのか、世の中にはさまざまな演奏・解釈があるということか。

以前はYeol Eum Sonにも感心した。どちらも、僕の嫌いな中韓の人だ。そういう事実を目の当たりにすると、音楽に限らず、もう中韓は馬鹿にできないと思う。そして、どういう訳か、中国には以前より抵抗が少なくなった。

その原因としてまず頭に浮かぶのは、ロケットニュース24の沢井メグの紹介がうまいことだ。彼女の記事は、体当たりで書いているせいなのか、結構おもしろく、気付くと「中韓も意外にいいじゃん」とか思っていて慌てるw 上手なステマなのかも知れないが、押し付けでなく、自分から読んでしまってそう思うのだから、仕方ない。

余談だが、彼女のは、好みではないのに妙に惹かれる。なぜ好みでないかというと、眼鏡が気に入らない。(女性全般に思うことだが、)眼鏡をするとキツく・冷たく見えるからだ。でも、たまに眼鏡なしの顔を見ると、全然キツさがなく、変化が大きくて驚かされる。すっぴんの顔もなかなか味わい深い。可愛いのではなく、大人の美人系なのだろう。それはそれでいいと思うw

それから、歳を取ったせいか、日本の劣化・自滅を実感しているのも大きい。

正しくは、実際には前から今の状態だったので、絶対的には劣化していない。相対的に劣化したのだ。真実から目をそむけ、昔からの成功体験(これは多くの人の犠牲(=偉い人たちのズル)の上に成り立っていた)にすがるだけで本質的に変わろうとせず、外面・体裁はともかく、(本心では)世界標準を無視してガラパゴス(=引きこもり)をやり続けて、「クール」とか「すごい」とか言ってたら、そりゃあ終わるよ・・・

気に入らないものや嫌なものがあるのは当たり前だと思うが、そういうのを馬鹿にして無視するだけでは、いつかは負ける。「兎と亀」や「蟻とキリギリス」、あるいは「裸の王様」に似たようなものか。

 

参考: いいものもある、悪いものもある

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先日聴いてちょっと興味を持った小菅優のページで、彼女のラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のライブをNHK-FMでやるというのを知って、NHKはおもてなし(あるいは忖度)の国の政治家や北朝鮮並みの悪の枢軸で、最大の宿敵の一つではあるのだが、彼女のその曲はGPMでは聴けないし、ラジオは受信料を払わなくても聴ける決まりのようだから、ちょっと聴いてみることにした。

非常用のポータブルラジオで聴こうと思っていたのだが、今朝、ラジカセを持っていることに気付いて、そっちの方が音がいいだろうと思って試した。が、PCの雑音(妨害電波)のせいなのか、いくら調整してもほとんど聴こえなかった。ラジオは少しましだったが、やっぱり雑音が入って耳障りだった。それで、最後の手段、「らじるらじる」とかいうネット同時送信サービスを試したら、さすがに雑音は皆無で、音がとてもいいので感心した。

なぜ、らじるらじるが「最後の手段」かというと、それにアクセスしてラジオを聴くということは、最後にも書いたのだが、NHK TVのネット同時配信の「お墨付き」に手を貸すような気がするし、アクセスした記録が保存されて、将来、受信料請求の証拠に使われかねないという危惧があるからだ。僕は、それくらい、彼らを「金のためならなんでもする邪悪な連中」とみなして、嫌悪している。(3/21 7:26)

時間になって番組が始まったのだが、曲の前に長々とした説明があることをすっかり忘れていた。今日も、(第3楽章しか流さないので)たった12分くらいの曲に5分も費やしていたので、結構イライラした。内容はありきたりの話(作曲者や演奏者や曲の話)で、得るものはなかった(そもそも、そういうのは無関係と思っているので)。だったら、本題をもっと長く流して欲しい。例えば、全部で4曲流すとしたら、単純計算して20分も余るではないか。20分追加すれば、この曲は全曲流せそうだ。それにしても、番組の時間は長いのに、この曲も他の曲も小間切れで流しているが、ポップ音楽じゃないんだがな・・・ まがりなりにも"FM"なのに、どうしてこういう馬鹿なことをするようになってしまったのだろうか? あとでTVで流すからその宣伝のつもりなのだろうか。全くの劣化だし、FMの名折れだ。

ようやく演奏が始まった。第一印象は悪くなく、ピアノの音が綺麗だと思いきや、段々、ピアノがちょっと引っ掛かる感じがして来た。そのうち、ちょっと「下手」な感じすらして来た。。。 さすがにオケ(指揮: オラモ、BBC交響楽団)は綺麗だった。折角なので続けて聴いていたのだが、ピアノは見せ場でもちょっと遅くて(良くない遅さ)、余り「見事」ではなかった。スローなところはしっとりしているが、アルペジオはたどたどしく感じられてイマイチだった。要は乗れなかった。

結局、曲自体はいいし、オケもいいので、それを楽しむことにして最後まで聴いたのだが、終盤の音が連射される見せ場もイマイチだった。結局のところ、ピアノ演奏が曲に負けていたのだ。

彼女の弁護をするとすれば、録音のせい(ピアノが遠い感じだった)で印象が悪かったのかも知れない。ライブだから、ちゃんとセッティングできなかった可能性はあるだろう。

結論としては、これ以上彼女の演奏を聴く必要はなさそうだということになった(あくまでも個人の感想です)。

最後に、らじるらじるは、将来のNHK TVのネット同時配信の姿を示している(彼らがこんな風にやろうと思っている)と感じた。ブラウザで、特にプラグインも要らず、ログインなしで聴けるので、TVも同様にして「PCなどを持っている人は(受信設備を持っているので)全員金払え!」という理屈だ。怒りとともにため息が出る。取り越し苦労ならいいのだが・・・

だいたい、今時ラジオとかTVとか本当に必要なのかと思う。FMなんて、今日のような番組だったら、リアルタイムに聴く必要なんてなく、YouTubeの方がずっと便利だ。放送の時刻を待つ必要はなく、検索すれば出てくる無意味な説明を聴く必要もなく、当然、全曲聴けるし、音だっていい。こういう時代遅れの無駄なことのために国民から強制的にお金をむしりとって、最新技術がどうのこうのと言って浪費する団体は早く消えて欲しい。電波だってもったいないから、FMとAM 1波、それにBSと地上波TV 1波ずつを返すべきだ。

 

PS. まあ、「折角の演奏なんだから、余計なことは考えないで楽しめばいいじゃん」とも思うのだが、大好きな曲を平気な顔でブツ切りにされたら、やっぱりムカつくよ。大体、作曲者にも演奏者にも失礼だと思う。そもそも、この曲はイントロが命というところがあるのに、それを省くなんてやっぱりおかしいし、センスがないと思う。

と書いたものの、番組の内容を調べて第3楽章だけしか流さないと知った時に、聴くのを止めれば良かった気がする。要は、八百屋に魚を求めた訳で、こっちが悪かったw

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先日とても感心した この演奏。普通に聴くならGPMで充分なのだが、曲間をブチ切られずに聴きたかったので、CDを買った。通常は、対価を演奏者に支払おうと思って、なるべく新品を買うようにしているのだが、今回はGPMで聴いて、対価は既に支払われているだろうから、中古にした。

Amazonは高目だったのでHMVを探したら、200円くらいで状態のいいものがあったので、それにした。日本盤なのがちょっと気に入らなかったが、気分の問題だ。ポイントを使って約170円になった。しかも、ローソンでの受け取りにしたので送料が無料になり、かなりお得感があった。

状態は良く、とても綺麗だった。盤質も問題なく、PCへの取り込みは10倍速前後でできた。ただ、BDドライブのトレイが全く開かず、爪を差し込んで開こうとしても駄目だったので、伸ばしたクリップで開けた。

確認のために聴いてみると、やっぱりいい。もちろん曲間は途切れない。そして、あの(プリペアド)ピアノの鋭い音が大好きだ。音が直接的で乗りが良く、ピアノの音は元々官能的なので、この曲に合っているように感じるから、オケでのオリジナル版より好きだ。例えば、冒頭の妖艶な感じ(そういう表現が正しいとして)は「ピアノしかないなあ」って感じだ。それから、2曲目の鋭い音はピアノならではだと思う。

(以前も書いた気がするが)オケは演奏者が多いので、どうしても楽器・演奏者間にズレが生じるから、音の鋭さやダイレクト感が少なくなってしまうのだろう。そもそも、オケには鋭い音が出せる楽器が少ないという問題もある。

このアルバムに限らず、「春の祭典」のことをしつこく書くのは、僕がこの曲を妙に好き(ただし、作曲者の意図を理解してる訳ではないし、モーツァルトとは全然扱いが違う。ロックのように聴いている)だからだ。だから、もし気が向いたら、YouTubeで聴いてみて欲しい(冒頭しか確認していないが、リンク先ではこのアルバムが全部聴けるはずである)。

 

PS. この編曲は「4手」(for four hands)とあるが、「2台ピアノ」でなくていいのだろうか? 1台で連弾できるとは全然思えないが(怖いもの見たさで、やっているところを見てみたいが)w 単に省略されているだけか。→ 本当に1台でいいようだ。連弾 (ツィンマーマン&中越, 2014)のがあった。すごい。→ 演奏光景は血沸き肉踊るものがあって、つい見入ってしまう。互いの腕を交差させ、髪を振り乱しながらガンガン弾く有様や楽譜をスパっとめくる有様は、一瞬のミスが死に至る戦闘のようで恐ろしいw 気持ちいい音を出していて、いい感じだ。あのお兄さん(名前を聞いたことがある気がする)、頑張ったな。

アルゲリッチとSakaiのもあるようで、興味はあるが、あとにする。 → やっぱりイマイチだった。頭しか聴いてないが、相方が完全に負けていて、迫力がない感じだ。2台なので熱気が少ない気もした。

PS2. 完全な余談(空想・妄想)だが、2人くらいの天才小学生が笛(リコーダー)で、学校からの帰り道に、歩きながらこの曲をさらっと完璧に演奏していたら、ものすごく驚くだろうし楽しいだろうなーw 全部じゃなくてもいいから、とりあえず、イントロだけでもいい。ピアニカでもいい。そういう光景を想像するだけで楽しい。って、僕は異常なのだろうか?w

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一週間くらい前の昼に、GPMでK. 488を探して、サイ(Fazil Say)という人の(2004)にしてみた。少し速かったが、辛うじて許せた。止めるほどでもなかったので聴いていたら、キビキビしていて乗れた。ビアノは悪くなく、それはそれでいい感じだった。

それで、彼に興味を持って他のアルバムを見たら、4手ピアノ版「春の祭典」  (2000)があったので聴いてみたら、なかなかすごかった。

最初の曲はそれほどでもなかったのだが、2曲目の音の鋭さにかなり惹かれた。この曲のピアノ版の演奏は今ひとつ軟弱なのばかりで、期待して聴くとがっかりすることが多いのだが、この演奏は満足できた。

昼休みでは終わらなかったので、帰宅してから続きを聴いたのだが、やっぱり見事だった。あの鋭い音が大好きだ。最後も音が綺麗で素晴らしい。この曲は聴いているうちに飽きることがあるのだが、これは全然そんなことがなく、あっという間に終わった。

ところで、その時はこの人について全く知らなかったので、聴いているうちにいくつかの疑問が出て来た。

  • ピアノ以外の楽器も使っているようだが? (それも曲に合っていていいけど)
  • そもそも、これは何人で弾いているのだろうか? 2人? 1人?

どちらも、GPMで見られる範囲では分からなかった。ジャケットには彼がピアノを弾いている姿しかなく、4手版なのに他の演奏者の名前はなかった。それで調べたら、彼が一人で多重録音したとのことだ。楽器は、「ひょっとして?」という想像が当たって、プリペアドピアノだった。彼はそういうアルバムを他にも出しているようだ。

なるほど。おもしろいと思う。「クラシック音楽」の曲だからといって、伝統的な方法・楽器で演奏する必要はない(そもそも、現代のピアノやオーケストラなんて、作曲当時と違うことが多いはずだ)と思うので、邪道という意見もあるようだが、僕は賛成だ。

もちろん、普通のピアノが大好きだけど、「プリペアドピアノ」という、新しい別の楽器での演奏として捉えれば全く違和感はない。それで曲のうまみを完全に引き出せているのだから、全く問題ない(悔しいことだが、普通のピアノではここまでは無理だと思う)。

彼は普通の(伝統的な)演奏もしていて、それが上に書いたK. 488だった。他に、「春の祭典」のあとに「月光」 (2014)を聴いてみたが、今一つだった。第1楽章は滑らかさや音の微弱さが足りなかった(「微弱さが足りない」というのはおかしな表現だが、他に適切な言葉が浮かばない)。もっと、聴こえるか聴こえないかギリギリの、かすかな音でないと、月の光ではない・・・

そういう訳で、彼は何でもすごい訳ではないが、「春の祭典」はすごい。それで、GPMだと曲間が切れて興ざめになってしまうので、久しぶりにCDを買いたくなった(MP3のようなダウンロード販売の方が場所を取らなくていいのだが、以前、曲間が駄目だった場合があって、GPMで切れるならMP3でも切れるはずだから、期待できない)。

 

それから、ここ数日は、もう数人のいい演奏に出会った。とりあえずここでは、ヨルム(Yeol Eum Son)を挙げたい。昨夜、JACKのテストでYouTubeを開いたら、たまたま彼女のモーツァルトのピアノ協奏曲第21番(2011)が出ていたので掛けたら、予想外に良かった。その時はテストだったので、音がちゃんと出るのを確認したらすぐ止めるつもりだったのだが、全部聴く羽目になった。チャイコフスキー国際コンクールでの演奏だった。

出だしはテンポがわずかに速くて気に入らなかったのだが、ピアノが歌っていたので、思わず聴き入ってしまった。そのうちに、彼女の解釈とか思いが伝わって来た気がした。だが、第2楽章の音の繋げ方(切り気味)は気に入らなかった(僕としては、もう少し滑らかに繋げて弾いて欲しい)。でも、それ以外は良かった。美しい音だった。そして、第3楽章は見事だった。音の出し方が良かった。

僕の好みでない弾き方があったり、好みでないカデンツァだったにも関わらず、なぜか許せた。当たり前のことだが、演奏技術は高い(いかにもさらっと弾いていて、全く危なげないし、聴いていて分かりやすかった: 楽譜なんて見たことないが、「ここはやっぱりこうだよな」って思った)。その上で、表現力がすごいと思った。しかも、場慣れしていて、演奏がとても滑らかというか自然体(自宅で弾いているような感じ)だった。そんな訳で、とても乗れる。

彼女は、一見、ワン(Yuja Wang)のようにパワフルで体育会系の雰囲気なのだが、(良く居る演奏者のように)ラフマニノフを豪快に弾くタイプでなく、モーツァルトを綺麗に弾く感じなので、かなり新鮮だ。そして、「内田に匹敵する・超える(かも)」という表現も浮かんだのだが、それはどうもしっくり来ない。どうとは書けないが、内田とはタイプが違うように思う。「モーツァルト一筋」ではないような感じなのかも知れない。

だから、そのYouTubeで多くのコメントが好意的なのも、納得できた。GPMには彼女のモーツァルトのアルバムがまだないのが残念だ。

最後に、そのオケもなかなか良かった。指揮者は不明だが、時々、他にはない演奏のし方(例:第2楽章の出だし)をしていた。あと、小編成(だけど決して室内楽ではない)なのも好きだ。

 

(3/14 21:50追記) 今日の昼に、演奏自体ではなく、経歴がすごい人を見つけた。なぜか昼前からすごく聴きたかったので、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番を探した。最初に試したスー・へイキョンという人の(2016)は、全然悪くなく、ちゃんと乗れるのだが、何か物足りなかった。コクとか「あく」(今考えれば、この曲のどろどろとした重苦しさなのかも知れない)がないような気がした。その次は、Ingrid Jacobyという人の(2016)だったが、やっぱり物足りなかった。その次に、小菅優という人の(2012)を見つけ、ダメ元で聴いてみた。テンポは速い(それは僕には良くない)のだが結構良く、速いせいでキレがあった。

それで興味を持って調べてみたら、小さい頃からピアノが好きで、10歳でドイツでピアノをやりたくて自分から行ったそうだ。これはかなりすごい。10歳っていったら、僕なんて普通のガキだった。それなのに、彼女はドイツ語を勉強してまで行ったのだ。それからずっとドイツに居るようだ。彼女は、コンクールでの入賞なしで演奏活動をしているとのことで、それもなかなかすごいことだ。

ただ、日頃書いているように、経歴と演奏は別物だ。彼女の演奏が良くないとは言わないが、何かひきつける力が少ないように感じたから、(僕にとっては、)上に挙げたようなすごい演奏者ではない。

それでも、さっき聴いた、同じアルバムのモーツァルトのピアノ協奏曲第22番は普通に良かった。僕はこの曲は(大げさで、さらっとしていないので)余り好きでないのだが、ちゃんと聴けたという点で、いいピアニストだと思う。ピアノの音は良かったし、第1楽章終盤のカデンツァがなかなかすごくて(この曲には似合わないはずの重さや暗さだった)良かった。初めて聴くものだったが、違和感はなかった。オリジナルだろうか?

 

PS. 今も、この投稿のチェックがてら彼女のその演奏を開いてしまい、聴き出している。。。

PS2. 彼女のそのコンクールの決勝のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を見つけて聴いているのだが、もたつき気味なのと、広がりや深みやパワーが不足していて、今ひとつな感じだ。やっぱり、合ってないのかも知れない。あるいは、この曲には未熟だったのか。。。 あるいは、奇しくも、上に書いた「ラフマニノフを豪快に弾くタイプでなく」が当たっていたのかも知れない。ちなみに、調べたら、この時の1位は、あの、僕の好きでないトリフォノフだった。複雑な気分だ。

PS3. すっかり忘れていたが、13日の朝に聴いた、サイの「展覧会の絵」(2011)も良かった。これもプリペアドピアノでの演奏だったかは定かでないが、「春の祭典」と違って普通で落ち着いていた。上に書いた、「もう数人のいい演奏」というのには、この演奏も入っていた。 (3/14 21:36)

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昨日書いていて思い出した、ある、とてもレベルの低いピアノ教師についてずっと書こうと思っていたことを書く。それは実在のことかも知れないし、僕の脳内で想像しただけの架空のことかも知れない。ピアノでもギターでも絵画でも小説でも何だっていい。そういうのは関係ない。意見の内容だけが本物だ。

以前、大好きな曲をYouTubeで検索して、多くの曲の短評をずらっと書いたことがあった。直感的に感じたことを手短かに書いたので、単刀直入に「駄目」とかいうのも多かったと思う。

投稿の少し後、「駄目」と書かれたであろう一人がDNS業者に苦情を出し、そこからこちらに連絡が来た。最初はこちらの連絡先にメールを出したらしい(なぜか、それは届いていなかった)が、返事がないので(サーバ業者でなく)DNS業者に出したそうだが、こちらはとても慌てた(結構恐怖を感じた)。DNSを停められたらサーバにアクセスできなくなってしまうので、大打撃だ。

そういうことがあったので、長々とした「お知らせ」を書くようにした。

厳しいコメントや本人としては心外なコメント、それから説明が少なくて何が駄目か分からないコメントに苦情(本来は質問が真っ当だろう)を言って来るのは当たり前のことだと思うが、上記のように、最初に取った行動が非常識で、該当部分の削除を要求して来て、その理由が全く論外だったので呆れた、というより、すごく頭に来た。

簡単に書くと、その人はピアノ教室の先生で、教室を探している人が、僕がここに書いたコメントを検索して見つけて読んだら来なくなってしまい、生徒が減るということだった。

笑止。アホか馬鹿かと。

まず、お前は何のために演奏してるんだと言いたい。演奏者・芸術家であれば、赤の他人の意見や感想を聞くのも仕事ではないか? 素人の下らない的外れなコメントなんて聞きたくないし、そんなのに振り回されていたら駄目になってしまうという気持ちは良く分かるが、じゃあ、お前は誰に向けて演奏しているのだ? 的確なコメントや耳触りのいいコメントだけ聞きたいなら、プロとかお友達だけに演奏してろ。

余談だが、その人は、(仮にすごい勇気があって)プロの前で演奏して、偉い人(例: 自分の先生や大学の研究者や大家)から同じようなことを言われたら、どう反応するのだろうか? きっと、「なるほど、そうですね・・・」と全く反論しないのだろうな。ふふふ。

(誹謗や中傷でなく)演奏の感想であれば、例えひどいことを言われたって、そこに自分が気付いていない・知らない何かあるかも知れないし、議論したっていいじゃないか。怒ったっていいけど、都合の悪いコメントを抹殺するなんてありえない(すべてのコメントを無視する方がずっといい)。意見を聞きたくないなら、演奏を公開してはいけない。そのYouTubeはコメントできないようになっていたが、それだったら、自分の教室のページにでも載せればいい。「先生」をしているだけで演奏者ではないのか。自分の演奏の発表でなく、教室の宣伝のためのものなのなら、あらかじめ、そう書いておいて欲しかった。あるいは、個人名でなく教室名で出せばいいのに(ただ、そうであっても、痛い目に遭うことがあるのを知った今はともかく、当時は「この教室は駄目だ」と書いたかも知れないが)。

コメントについてもう少し書くと、演奏は工業製品じゃないので、口コミで良し悪しを判断するものではなく、自分で聴いて判断するものだから、評判を鵜呑みにするのは馬鹿げている。一方、世の中には自分で判断出来ない人は多いが、もし、書かれたコメント(あるいは、thumbs up/down)の多数が「駄目」だったら、それは客観的な評価で、ある意味「事実」なのだから、それを信じられても仕方ない。自分ではいいと思っていたって、そういう世の中なのだから仕方ない。その世界に入ったのは自分なのだから、自分で何とかするしかないのだ。ひどいコメントからだって、どうすればいいかのヒントが得られるかも知れない。一方、もし、その演奏が素晴らしいものだったとしても、コメントできないようにしていたら全く評価されないし、ここのようなところでひっそりと書かれた情報しかなくなってしまうから、営業的な効果は良くないだろう。いずれにしても、もったいない。

更に、気に入らないコメントが見たくないなら、エゴサーチなんてするな! 虫が良過ぎることに気付いた方がいい。

次に、本物の演奏がリンクで紹介されているのに、その演奏への自分の感想でなく他人のコメントを信じ切って来ない子(または来させない親の子、以下同)に将来はないから、(音楽の世界から見れば)全然問題ない。別の言い方をすれば、あなたの演奏を聴いて、自分で良し悪し(自分の好みかどうかでもいい)を判断できない子、コメント不可の状態を見ておかしいと思えない子に将来はないから、問題はない。逆に、僕のコメントに同感・反発して行かない・行く子には将来があるかも知れないし、ないかも知れない。だから、論理的には、コメントには何も影響力はなく(そもそも、ここは何万PV/日もあるようなところじゃない)、問題もない。問題があるのは、あなたの懐だけだ。あなたはお金が欲しいからピアノ教室をしているのであって、音楽のためにではないのだろう。生活のためにはそれだって仕方ないけど、だったら、もっと営業的に賢いことをした方がいい。「臭いものに蓋」では無理だ。

だから、あなたのところに行く生徒が減って、将来的に(演奏や指導技術の良し悪し以前に、教師の考え方の点で)低レベルなピアノ教室が減るのは、音楽のためにはいいことだと思う。(当時、DNSを停められたら困るし、馬鹿に付き合うのは割に合わないからその部分を消したが、)僕は何も悪いことはしていなかったと、今、再確認した。

最後に、芸術をするのなら(普通の仕事だってそうだ)、自分とそれ以外の評価のギャップは当たり前で、それに抗うパワーなり熱意なり崖から飛び降りるような決意が必要ではないだろうか。まさに真剣勝負だ。この人はそういうところから逃げて、ぬくぬくとした安全なところから何か(成功?)しようとしているが、それじゃあ人の心は打てないだろうし、(結果論だが)「駄目」と書かれても仕方ないと思う。

 

PS. ブログ以前から、ずーっと、口コミ(親同士の内緒の情報交換)はあったと思うが、この人はそれも封殺してるのかねえ・・・w

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(酔っているから書く)

内田のK. 488 (1986)を聴いて、先日、台無しだと思った人とは全然違って、やっぱりすごいと思う。透明で純粋で、一見普通ですごく聴こえないところが却ってすごい(なぜか、こうは弾けないようだ)。

もちろん、曲自体も恐ろしくいい。

この感覚(普通に「名曲」、「いい演奏」と表現するのとは違う気がするが、どう違うのかは説明できない。もちろん、名曲だし、いい演奏ではある)を他の方と共有できるのかできないのか、まずそこが知りたい。

余談: ただ、彼女のモーツァルトのピアノ協奏曲の弾き振りはどうも気に入らないので、そこまで共感して頂ける方が居るのだろうかとも思う。

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筒井康隆は中高大の頃に好きだったが、かなり前(パソ通をやり出す辺りや、断筆騒ぎの頃だろう)から、僕の中では「時流に乗ろうとしている下らないジジイ」扱いで、すっかり過去の人である。

でも、その扱いが彼には真っ当だと思う。今になって文豪扱いするとしたら、それはおかしい(経歴的には真っ当だが、その扱いは彼にふさわしくない)。僕は、ここ十年以上、全く本を読めないので、彼がどういう位置に居るのか全く知らないが。

余談: 「文豪」と言えば、名前は書かないが、デビュー当時は「ルンルン」だかなんだかの(読んだことないけど)軽薄な小説だか随筆だかなんだかを書いていた作家が、今では立派にそういう位置に居るみたいで、それを知った時は本当に片腹痛かったw 他にも、「なんとなく」軽薄な作品で出た人が政治家になって偉そうにしているのも、おかしかった。

今はともかく、彼には(彼だけじゃないが)さまざまな影響を受け、その結果、今の僕があるというのは確かな気がする。まずは反骨精神だろうか。どうしてか分からないが、偉い者や権威には楯突く(あるいは、内心馬鹿にする)気を植え付けられてしまった。あとは、常識を疑うとか、「普通」はつまらないとか・・・ まさに、中二病の感染源で、今にして思えば、とんでもなくひどい奴だったw

というのは、やっぱり、彼への最大の賛辞だと思う。

(なんか、彼が死んだような書き方だけど、そうじゃないよね)

 

PS. そして今、不思議に思うのは、今だって権威が大嫌いな僕が、特にモーツァルトのようなすごい作曲家やポリーニ、ゼルキン、内田などのスタンダード過ぎるとも言える演奏家に全くと言っていいほど反感を覚えない(本当に素直に、「いい」と思える)ことだ。なんでだろうね??

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会社が、(嫌々ながら)ストレスチェックなるものをやるとのことなので、早速やってみた。少し大げさに付けたところはあるが、概ね正直にやったのだが、結果を見て吹いた。なんと、

ストレス度がMAX (N段階の最高の値)

だったのだ。普通は自分の予想より低く出てがっかりするものだが(実際、最初にその値を見た時、一番軽いのかと思った)、今回は胸のすく思いだw

まあ、会社自体、「法で決まっているから、とりあえず形だけやるけど、何かあっても自分で解決してね」ってスタンスなので(担当のアフォが本当にみんなの前で言っていた)、まあ、ストレスは溜まるよね・・・

 

PS. そんなこんなで、今日は別件でイライラして頭が痛いので、無伴奏チェロ (ビルスマ, 1992)を聴いて落ち着こうとしている。が、書かなくていいことだが、この曲はビールのようなもので、最初の曲の出だしが一番癒やされるが、あとは惰性かな・・・ バッハ様、すみませんw

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さっきから、Arie Vardiという人のK. 488 (1988?)を聴いている。最初は素直な感じで悪くなかったのだが、段々、気に入らなくなってきた。1楽章のイントロは良かったのだが、その後はちょっと慌ただしい感じでもったいない。深みも少ない。実は、忘れていたのだが、この演奏は以前聴いていたようで、thumbs upしていたのだが、取り消した。逆に、downにしたいくらいだ。

僕は、この曲の2楽章終盤の寂しいピアノが好きなのだが、この人のはちょっとおかしく、サーカスみたいに(ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番 第2楽章後半にそんな箇所がある)なって、場違いで台無しになっていた。。。 3楽章だって、もう少し流麗に弾いてほしい。曲に負けているよ。(今気付いたが、この人、弾き振りしている。ピアニストの弾き振りは大抵失敗するんだよね。止めときゃいいのに・・・)

と、がっかりすることも多いのだから、K. 488だったら愛聴のポリーニのにしておけばいいのに、僕はなぜ、新しい演奏を探すのだろうか。良くは分からないが、変化とか「もっといいもの」を求めているのだろう。まったく、自分で弾け(き)もしないのに贅沢(高望み)もいいところだ!w

でも、今は、GPMのおかげで、この程度ならいくらでも贅沢できるのだから、本当にありがたいことだ。

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