Archive for the ‘音楽’ Category

ゲーザ(Anda Géza)という人のモーツァルト ピアノ協奏曲 第20番(2008, 録音: 1969)を聴いている。イントロのオケが良かったので、記録するために発売年情報を調べていたら、いつの間にかピアノが始まっていた。あまりにも「普通に良く」て全く違和感がなかったので、気付かなかったのだ。

こういうのがいい演奏なのかも知れない。単に、聴いてなかっただけだとは思うがw

ちなみに、その前に、ゼルキンのベートーヴェンの3大ソナタ(1981?)を聴いていたのだが、音の最後を切り気味なのが気に入らなかったり、曲によってはせかせかした感じ(「月光」-3)や少し乱暴な感じ(「悲愴」-1)などがあっていまいちだったので、「悲愴」と「月光」までで止めてしまった。以前もそうだったが、ゼルキンといえども、いつも(僕にとっての)ベストではないようだ。時期や曲(作曲家)に依るのだろうか。

  •   0
  •   0

GPMでポップ音楽の"I'm feeling lucky"を掛けると、かなり好き嫌いが出て、頻繁にスキップしたりThumbs downする。そんな、「嫌い一覧」を書く。

フー、ほとんどのツェッペリン、ストーンズ、ディラン、クラプトン、ピンク・フロイドの変な曲、ヘンドリックスもドアーズも嫌い。泥臭いのは全部嫌だ。CS&N, CSN&Yも嫌いだし、ボウイも嫌い! リンゴ・スターは下手なだけだし、ヨーコ・オノ(これは掛かっていない)は気持ち悪い。近年(といっても、ここ30年くらい)のポールも、歳のせいか高尚になってしまったのか、おもしろくない。そして、ジョンの意識高い曲も嫌いだ。

不思議なのは、ストーンズは嫌いだけど、ミック・ジャガーの昔(1985年頃)のソロは結構好きなことだ。

ついでにクラシックのもちょっと。

シュトラウスやロッシーニとか、その辺り。メンデルスゾーンもワーグナーもショスタコも。シューマンもシューベルトも(この二人は作風が似ているのかそうでないのか分からないが、どっちにしても僕には区別がつかないw)。そして、ブラームスはもちろん嫌いだ。

プロコフィエフは、嫌いじゃないけど苦手だ。

  •   0
  •   0

土曜にちょっと思い付いて始めたことが結局無駄だったので、週末を潰した。まあ、雨だったし、外出しない予定だったからいいけど、ちょっと気分が悪い。

やりたかったのは、以前から気になっていた、GPMの曲に初出年が入っていない(GPMのページに表示されている年も誤っていることが多い)ので、自分で付ける仕組みを作ることだ。

これが意外に奥が深かったのと、GPMのお節介のせいもあって、意外に難しかった。基本的には、曲・演奏情報の公開DB(今回はMusicBrainzを使おうとした)で検索すればいい。が、そもそも、演奏者名、アルバム名、曲名で検索すると複数の候補が出て来て、どれが「正しい」かの判別が難しい。例えば、同じアルバムが再発された場合である。その場合は最古のものを選べば正しい可能性が高い。一方で、クラシック音楽の演奏のように、同じ人が同じ曲を何度も録音して、同じアルバム名で発売している場合、最古では正しくない。また、ライブ盤の区別もする必要がある。

更に、GPMは表示のモード(日本語/英語)によって、前記の情報をローマ字(英語モードの時の日本語の曲)や片仮名(日本語モードの時の海外の曲)にしてしまうことがあるので、演奏者名などでの比較すらままならないことがある。

かなり苦労して、年を取得する手順・方法は見つかったのだが、やっぱり最後は複数候補の判別が困難なことが分かったので、正式な実装・採用は止めた。

基本的には、音響指紋(fpcalcやffmpegなどのプログラムでAcoustIDが計算できる)を使うことで、ある演奏から、演奏者名と曲名の特定ができる! と思ったのだが、再発などによる複数の候補が出てくるうえに、意外に重複するようで、あるAcoustIDで検索すると、別の人の全く違う曲(演奏)も出て来る(処理時間やデータ量による制限なのだろうが、これで本当に「指紋」と言えるのか?)。そのため、指紋以外に、演奏者名や曲名などでの判定も要ることが分かった。

その場合、上記のGPMのローマ字・片仮名問題以外に、一般的な問題もある。例えば、同じアルバムなのに、異なる名前・表記になっていることがあるのだ。具体的には、リマスター盤のアルバム名や曲名の最後に"(2009 Remaster)"のような文字列が追加されていることが多いが、それが、GPMとDBで記載方法が異なっているのだ。元々、正式には付いていないものなので、どちらが正しいとも言えないし、正式な曲名にも付いていることがある(例: 森高の「ザ・ストレス (ストレス中近東ヴァージョン)」)ので、"("や"["以降を全部無視すればいい訳でもない。そもそも、リマスター盤の初出年をいつにするかも難しい。更に、名前の中の記号の表現が異なる場合(例: "~"と"〜")もある。演奏時間も使えると思ったが、実際には、微妙に(1秒前後)異っている場合が多いので、単純には使えない。

(10/30 21:16追記) リマスターで思い出した。更に重箱の隅をつつく話なのだが、リマスター盤の年をいつにするか(オリジナル盤の発売年か、リマスター盤の発売年か)は、まあ、オリジナル盤の発売年がいいだろう。が、良くリマスター盤のボーナストラックとして、当時未発表だった曲("Previously unreleased" tracks)が入っていることがある。それの年は、いったいいつにすればいいのか?

初出年=初めて発売(リリース・公開)された年という原則では、リマスター盤の発売年が正当だが、それではどうも納得できない。下に書いたように、「これが出た(出てないけど)頃は*してたなあ」や「世の中は*だったなあ」とか思えなくなってしまうのだ。逆に、その曲を録音した年にすると、公開されてもいない年を「初出年」にするから、捏造のようになって、記録の信頼性が下がってしまう。なので、今は、原則として、初公開のボーナストラックはリマスター盤の発売年にしている。なお、ライブ盤は、録音された時に演奏が公開されたのは確かなので、かなり後年に発売された場合には録音=演奏された年にしている。

まあ、記録というのは、本来、情緒とは正反対のものなのだろうから、割り切って、全部、その盤の発売年に統一すればいいのだろうが、趣味のものなので、何とも割り切れない状況が続いている。そして、この問題は、GPMに限らず、CDを買った場合に常に起こ得るので厄介だ。

この問題の原因は、初出年は単なる記録なのに、情緒を絡めていることなのだと思う。更に、「初出」としているからややこしくなる訳で、純粋に「リリース(発売)年」にすればいいのだろう。そうすれば、再発盤だってそれが発売された年にすればいいので、何も悩む必要はない。だから、単純に発売年にしているGPMのやり方は、規則が統一されているという点で、実は正当なのかも知れない(そして、これは、西洋人にはごく自然な論理的な思考から来ているのかも知れないと考えるのは、買いかぶり過ぎか)。ということは、僕は何も悩む必要がなかったのか? (そうではないと思うが) 全く奥が深い・・・

ローマ字や片仮名での表記は、ある程度は「別名」としてDBに入っているのだが、やはり、GPMとDBで異なる場合(例: The Beatlesの片仮名表記は、MusicBrainzでは「ザ・ビートルズ」、GPMでは「ビートルズ」)があって、判定は容易ではない。

そもそも、GPMがちゃんと年を入れてくれればこんな苦労はしないのだが、彼らも多くの人も、こんな些細なことには無頓着なのだろう。確かに、演奏が聴けることが一番重要だ。

では、なぜ演奏の初出年が欲しいかであるが、僕の物好きとしか言いようがない。もちろん、曲や演奏の良し悪しに背景は無関係と思っているのだが、聴きながら、その曲がいつ頃演奏・発売されたのかが分かると、同じ人が同じ曲を複数回録音している場合の違いから、「この人は、*年間でこんな風に成長(退化)したのか」とか思うことがあるし、「これが出た頃は*してたなあ」、「世の中は*だったなあ」とか思えば親近感が湧くような気がするし、郷愁にふけることもできるではないか。物好き以外に、特にクラシック音楽では、(このブログで書いているように)他の人に伝える場合に、「※の*年の版」と指定しなければ正しく伝わらないこともある。

そんな訳で、今はやりのAIを活用して、曲(演奏)を入れたら、音だけでなく、歴史的な情報(webはもちろん、過去の出版物など)を使って考証して、一発で正しい曲・演奏情報(メタデータ)を出してくれるシステムが欲しくなった。誰がいつ何を演奏・発売したという「事実」は、それほど多くのバリエーションは生じないだろうから、文章を理解できるAIに演奏家の経歴などの資料を片っ端から読ませればできそうではないか。Googleなら、やる気を出せばすぐにできるだろうが、こんな情緒的・ニッチなことに価値を見出さないだろうから、まずやらないだろうw

書いていて、「これはドクが西部劇の時代に作った製氷機(大山鳴動して氷一個)だ」と思ったw

更に、現実のことを考えると、GPMの曲(演奏)は一過性のもので、その時聴いたら終わりで、長く残る訳ではないのだから、こんなに手間を掛けて年を自動で付ける(しかも正しいとは限らない)なんてペイしない(元々曲名や演奏者名などは付いているのだから、それで充分だろう)。気になったら自分で調べれば良く、買ったものだけは詳しく調べて付ければいいのだ。が、そこは技術者の性で、理論的にできそうなことや、自分でやると手間が掛かるけど自動でできそうだったら、その仕組みを作りたくなってしまうのだろう・・・

  •   0
  •   1

入院中は、暇に飽かせてGPMで音楽を聴いていた。ただ、ヘッドフォンは耳が疲れるので、延々と聴きまくれた訳ではない。それでも、いろいろな発見があった。果たして、他の方の「何か」になるのか不明だが、入院時から今日までの日記から抜き出して、だらだらと書く。少しでも、読んだ方への曲(演奏)の紹介になれば、幸いである。

なお、ピアノ協奏曲は"PC"、ピアノソナタは"PS"と略記し、楽章は"-1"(第1楽章)のように書く場合がある。また、各曲の初出年を正確に調べていない(GPMの表示のまま)場合は、(2000?)のように書く。

10/18

Howard ShelleyのモーツァルトPC20,23(1991?)を再度試す。彼は以前(確か、会社で)聴いた時の印象が悪く、「悪いね!」(Thumbs down)を付けていた。

PC20のオケは悪くない。ピアノも。一体、何が悪かったんだろう? その時の気分? わずかに速目なことかも。→ Thumbs downは解除。 → たまにわざとらしいことかも。それでも、Thumbs downほどではない。音はいい。が、やっぱり、少し速目で、時に乱暴に聞こえるのが玉に瑕。

続いてPC23。イントロは普通にいい。オケはいい感じ。弦が美しい。ピアノも普通にいい。 → Thumbs downは解除。一体、何がそんなに悪かったのか??

第3楽章中盤の、弦の軽いピチカート(?)が綺麗でいい。中盤の、ピアノが溜めてから和音を弾くところは、もう少し強くして欲しい。音は流麗で綺麗だ。

グールドのゴルトベルクは、やっぱり最高だ。

Akiko Iijimaという人(シンガポール在住?)のK.332(1995?)、音をすぱっと切るのが嫌。

Klara Wurtzいう人のモーツァルトPS9は悪くない。安心して聴けるし、乗れる。

ブロンフマンのラフマニノフPC3(2004。NHKのライブ。入院前に、気に入った曲でGPMにないものをアップロードしておいた)は見事だ。

10/19

手術の日の朝、定番のポリーニのモーツァルトPC23。

10/20

ファジル・サイ(Fazil Say)という人のK.488(2004?)。イントロはいい。ピアノはちょっと落ち着かない感じ。だが、小気味いいとも言える。

やっぱり気に入らなかったので、イヴァン・モラヴェッツ(Ivan Moravec)という人の(1975)に替えた。イントロのテンポはいい感じ。ピアノも悪くない。チェコの人らしい。オケが、いつもは聞こえない音を出していていい。

第2楽章もいいが、もう少し滑らかに弾いた方がいい(好みの)所はある。

彼のモーツァルトPC25(1974)は、普通にいい。

続いてモラヴェッツのモーツァルトPC20(1997)、イントロはいい。

つくづく、世の中には上には上が(すごい演奏者が)いると思った。

10/21

ラフマニノフPC3を探していて見つけた、Henri Sigfridssonという人のラフPC2(2007?)。普通に良い。全く安心して聴ける。

彼の演奏は余りにさらっと流れて、これでいいのかとすら思える(今のような時(朝4時頃に目が覚めて)にはいいのだろう)。

彼のラフマニノフPC3は少し遅めだが、遅過ぎない。ただ、ちょっと弱い? 第3楽章、終盤のいいところでちょっと焦ったか? 間が少し短かった。

久しぶりにRush "Power windows"。ヘッドフォンだと、今まで気付かなかった音が聴こえる。

更に、久しぶりにビートルズ "Abbey road"。ヘッドフォンだと雰囲気がちょっと違う。音が近い。音量が大きいせいか? メドレーの曲間で切れることあり。切れないことが多いので、結構惜しい。

次はELO "Discovery"。

Queen "Greatest hits"(リマスター)の最後は"God save the Queen"でなく、「手を取り合って」なのがすごく残念。日本向けなのかも知れないが、あのアルバム(ベスト盤)の良さが台無しだ・・・

いつものように隣のベッドのジジイのTVの音が鬱陶しいので、"Get the Knack"を聴いて、ストレスを解消する。

10/22

気分転換にK.488。レオン・フライシャー(Leon Fleisher)という人の(2009)を試す。オケは滑らかでいい。ピアノも滑らかでいい。ただ、ちょっと弱目(音が平板的)かも。

彼は悪くないけど、あっさりしていて物足りないきらいがある。でも、朝には丁度いい感じ。ポリーニの系統かも。

彼は病気で長く右手が使えなかったそうだ。それが、近年、治療で回復したとのこと。すごい。(上は回復後の演奏) そのせいで、弱目なのか? 関係ないとは思うが。

10/23

リヒテルの平均律(第1巻 第1曲)はイマイチ。音がはっきりしない。パワーがない。

10/24

起きたらK.488が頭に流れて来たので、ペライアの(2013?)を聴く。オケはいい。

悪くない。普通に良かった。順番は違うが、ポリーニのアルバムと同じく、第19番と一緒になっている。

K.488で見て、Lars Vogtという人のゴルトベルク(2015?)を聴く。 → 悪くはないが、まあまあ。エコーが多いのは嫌だ。そのせいか、雰囲気が伊藤栄麻のに似ている。

10/25

アルゲリッチとエコノムの「くるみ割り人形」の「花のワルツ」がゆったりしていていい感じ。CDを持っているが、すっかり忘れていた。

ポリーニの平均律(BWV852の前奏曲)はイメージが違う。滑らか過ぎる。エコーも多過ぎ。

ピレシュのK.545-1は、ちょっと「やっつけ仕事」っぽくて良くない。音も軽い。

ブレンデルのモーツァルトPC21-2、ゆったりしていてなかなかいい。

五嶋龍のベートーヴェンの「春」は、パンチなのか深みなのかキレなのか、何かが足りない。姉のMidoriの方が良いと思う。調べたら、彼女はもう45歳とか。ずっと子どものイメージだったが。うーん、、、

10/27

コチシュのK.488。彼らしく速いが、これは速過ぎて駄目。

HMVの広告で見た、Seldom Seneとかいうリコーダーのグループのゴルトベルク。おもしろそうだから聴いたのだが、いかにも「滑らかでござーい」。鬱陶しくて全然駄目。

10/28

ポリーニの「月光」-1の出だしがいい。全体もいい。同じく「悲愴」-1の出だしも力強くていい。

そして今。石川ひとみの「もしもピアノが弾けたなら」(2013。カバー)が意外にいい。雰囲気は全然違って、「え、ピアノ弾くの?」って感じだが、これもありだw

 

読み返すと、ほとんど毎日K.488(モーツァルト ピアノ協奏曲 第23番)を聴いていて、我ながら、いかに好きかが分かる。

  •   0
  •   0

GPM(Google Play Music)が思ったより使える。基本機能はもちろん、"I'm Feeling Lucky"ラジオ(何か分からないが、その人の好きそうな曲を掛ける?)もいいことが分かった。数日前、聴きたい曲もラジオも思い浮かばなかったので試してみた。最初の頃に試した時は、予想通り、クラシック音楽が楽章ごとに混ざっていたので、「邪道だ!」と思って使っていなかったのだが、その時は考えるのが面倒だったし、「一楽章だけでも、新しい曲や演奏を試すのもいいか」という気分になったのだ。

実際に聴いてみると、確かに全曲でないのは嫌だが、それぞれの作曲家や演奏者の特徴が分かる場合があって、意外に良かった。まあ、好きでない作曲家に関しては、今までのイメージが覆ることはほとんどない(例: パガニーニは時代がかった感じ、ベルリオーズは苦手、プロコフィエフはやっぱり変、ワーグナーはダサい)のだが、たまに、今まではほとんど聴かずに敬遠していたけど、実は結構いけると思う人(曲)があった。以下に例を挙げる。

  • フォーレ バイオリンソナタ 第1番 (第4楽章): 結構いい。
  • フォーレ 「夢のあとで」: 綺麗でいいかも。
  • ハイドン ピアノソナタ 第37番 作品30-3 (楽章不明): モーツァルトに通じるものがあって、馴染める。
  • ハイドン ピアノソナタ 第43番 作品41-4 (楽章不明): 聴き応えがある。

上を見ると、新たにフォーレやハイドンを試すのも良さそうだ。が、やっぱり、何となく面倒ではあるw それにしても、フォーレはどこから出てきたのか??

また、演奏者についても、いくつか再発見あるいは印象の変化があった。

  • ソコロフ: シューベルト 「3つのピアノ曲」 (第3曲)では、キレやパワーや広がりがあっていい感じだったが、別の曲(ゴルトベルク(ライブ))では、アクが強過ぎるのか、なんか疲れて飽きた。
  • キーシン: 基本的に遅すぎるイメージがあるのだが、「展覧会の絵」 (「バーバ・ヤーガ」)は結構良かった。

掛ける曲は、今までに「いいね!」(Thumbs up)したものやライブラリに保存(「お気に入り」のようなもの)したものや再生回数が多いものの傾向(作曲家、演奏者)から判定しているようだ。更に、どういう条件なのかは不明だが、クラシックだけでなく、ポップ音楽も掛かる(しかも、クラシックとポップ音楽が混ざらないのがありがたい。ラジオの再生を開始した時点で、どちらになるかが決まるようだ。)ので、なかなかおもしろい。

GPMには数千万曲もあるから、聴きたい曲・演奏が決まらない時や、知っている曲・演奏に飽きた時には丁度良さそうだ。旅行に例えれば、基本的には自分で全部決めて運転するドライブがいいが、たまには、行き先不明で、何も考えずにただ座っていれば(寝ていても)、「どこか」に行ける、ミステリー・バス・ツアーもおもしろいようなものだ。

PS. こういうところは、GoogleはSpotifyよりはるかにまともだと感じる。Googleは、昔(検索で始めた時)から、こういう機能をことさら宣伝せずに、淡々と(ある意味余興なのかも知れない)作って出すが、決して押し付けない。その点は当時から評価していた。ただ、「もう(飽きたから?)止めるので、別のを使ってね」が多いのは困るがw

一方でSpotifyは、全然使ってないのに勝手に「あなたのためのプレイリストを作りました!」などというお節介なメールを(解除しているのを無視して)押し売りのように送りつけてくる(しかも、最初の頃に見たら、そのリストの中身は全く的外れだった)。文化・センスの違いが大き過ぎる。例えれば、GoogleはUnix系、SpotifyはMicrosoft系だ。

  •   1
  •   0

手術後の深夜から退院までの話、その2。いよいよ、怒りの日(夜)などについて。

お世話になった病院は、医師の腕、充実した設備(特に手術室)、スタッフが親切などの点で、かなりいい感じだったのだが、それを帳消しにする大きな問題があった。

患者のレベルが低過ぎるのだ。田舎者ばかりだったのだ。

とても不思議だったのだが、立地のせいなのか、この病院の患者は(悪い意味での)田舎者、しかも、高齢者が多かった。田舎だって、まともな人や若者は居るはずなのだが、外来でも病棟でもほとんど見なかった。別の病院に掛かっているのだろうかと思う。そして、先日、母と話していて思ったのだが、他の病院はルールに厳しい(予想)ので、自ずと田舎者を遠ざけてしまうのかも知れない。

なお、ここで言う「田舎者」は、居住地で区別しているのでなく、行動で区別している。だから、都会に住んでいたって、後述する行動をするのであれば、「田舎者」だ。別の言葉で言えば、「(30年以上前の)典型的な日本人」かも知れない。僕は80年代もバブル期も好きだけど、そういうのは大嫌いだ。

まず、田舎者の以下のようなことが嫌だ。

  • 「自分だけは特別」:自分さえ良ければ、他人が迷惑を被っても知ったことではない。そして、どういう訳か、(どこかの有力者であるかのように)自分だけは特別扱いされて当然のように思っている輩が多い。
  • マナーがない。ルールを守らない。: 知らないのか知っていて無視するのかは不明だが、どちらしても迷惑だ。まるで、今が30年前であるかのようなことを平気でする。
    • 例: 病室で携帯電話をマナーモードにしない(例: 最大音量の着メロ)どころか、平気で通話する。
  • [特に男] 偉そうに振る舞う。: どういう判別をしているのかは分からないが(おそらく、見た目の年齢が自分より上か下か)、自分より下と見た人には、ぞんざいだったり、偉そうに振る舞う。何かしてもらっても、お礼を言うことはまずないし、悪いことをしても謝ることはない。
  • ズルい。: 例えば、後でいい訳できるようにしたいのか、自分で決めない(判断しない)。他には、角を立てたくないので、他人に対する意見もしない。
    • 例: AとBのどちらがいいか聞かれても返事をせず、相手が「じゃあ、Aにしましょうか」などと言うのを待つ。そうすれば、結果が思わしくなかった場合、他人に「なんでそんなことにしたの?」と聞かれた時に、「*がそう言ったからだよ」などと答えられ、自分には非がなかったようになるので。
  • 無駄に見栄っ張り。: 上にも通じるが、例えば、何かを選ぶ時に、安い方を選びたいとしても、まずそうは言わない。安い物を選ぶ時は、相手に言わせて、「セコい」というそしりを受けないようにする。もし相手が言ってくれない時は、言うまで曖昧な態度を取る。他には、分からないことを、素直に「分からない」と言わないし、質問することもしない。
  • 過剰な同調圧力・均質化、しきたりへの従属圧力: とにかく、「普通」(=「みんな」がしていること)やしきたりと異なることを避ける。田舎では、個性(=自分の意見)は悪である。あるいは、上にも書いたが、個性を出して失敗して、他人に影でなじられるのが嫌なこともあるのだろう。その反面、「自分だけ*したい/して欲しい」という隠れた願望が絶対にあるので、厄介この上ない。
  • 自分に規範がない。: 上にも関連するが、「みんな」がしていることが「正しい」ことになり、自分がどう思っていようが(何も考えていないのかも知れないが)、その時の周囲の大勢の行動が規範となる。昔の「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の世界だ。だから、一旦、その場の誰か(特にボス的な人)が常識的なルールを破れば、その場は無法地帯となる。今の日本でも、まだこういう人は多いようで、逮捕されても「みんなやってるからやった」とか弁解する人が居るが・・・
  • 明らかな裏表: 表面上は親しそうに振る舞ったり何かを褒めても、影では平気で悪口を言う。
    • 例: 表: 「いい色の車だねえ」 → 裏: 「あそこの息子、黄色い車なんて頭おかしいんじゃない?」
  • [特にオバさん] だらしない。: 自分だけでなく、周りを巻き込んで、ごく当たり前の常識的な行動ですら、「気取っている」などのレッテルを貼って影で攻撃するので、そこでは、「オバさん行動」が正義となってしまう。そんなに堕落したいのだろうか。

全く無意味で下らなく、全然生産的でなく、何の将来もない。それらは僕が実家の地区に住みたくない原因でもある。

次に、今回の入院で見た、田舎者の悪行を列挙する。

  • ベッドで電話。マナーモードも知らない(ふりの)ようだ。
  • TVやDVDは、イヤホンを使わずに、音を外に出して観る。
  • 病室で騒ぐ。女性の病室が朝からうるさくて、とてもイライラした。話し方も品がなくて、女を捨てたゴリラたちかと思った。一人「ボス」がいると、他の人もうるさくなって、たちが悪い。
  • 患者の家族が廊下で延々としゃべっていてうるさかった。しかも、こっちのベッドが見えるところに立っているから鬱陶しかった。
  • 看護師さんに割ったコップの掃除をさせておきながら、自分はのうのうと電話をするジジイが居た。そんなに重要人物なのかと思った。そして、どんな重要案件があったのか?w
  • あるガキ(40代)のDQN家族は、ナースコールで「(紙を貼るような)テープないですか?」と、当たり前のように聞いていた。ここはホテルだったっけ? 全く呆れ果てた。それに親切に対応する看護師さんもどうかと思うが・・・

頭に来るのは、看護師さんたちがルール違反を見ても全然注意せず、当たり前のことのように看過していたことだ。スタッフも田舎者だから、病院も「それなり」になっているのだろうか。

最後に、退院日前の「怒りの夜」のことを書く。

僕のベッドには、位置の関係で、廊下の非常口の照明の光が届くのだが、それがが眩しくて眠れなかった。更に、隣のジジイが消灯後(午前3時頃にも!)にTVを点けたので、カーテン越しだけど、画面の明かり(しかも、明るさが変わる)が眩しく、ベッドの両側が眩しい状態で、どちらを向いても寝付けなかった。助かったのは、ジジイは夜はイヤフォンを使っていたことだった(だから、ルールを知らないのでなく、故意に破っているのだろう)。更に、どうしてか、そのジジイはベッドを頻繁に上下させていて、モーター音もうるさかった。

奥のガキ(40代)は、アニメのご鑑賞をしていて、ジジイのTVが聞こえない時にはその音が聞こえてきた。更に、夜中にビニール袋をガサガサさせ、食べ物をポリポリ食べ、独り言なのか携帯なのか、「傷が痛い」だのなんだのと言っていた。そのガキは、苦痛を全部他人(医師や看護師)のせいにしてばかり居た。しかも、直接は言わずに、影で言うだけだ。あれじゃ良くならないと思う。

そして、点滴中の患者がトイレに行くたびに、点滴台のキャスターがキーキーいう(ほぼ全部の台が鳴っていたと思う)のもうるさかった。本当に手入れした方がいい。

最後は、前にも書いたが、頻繁なナースコールの呼び出し音だ。しかも、看護師さんが忙しいので、音がなかなか消えない。

本当に参った。ブチ切れたかったが、そうしても何の得にも解決にもならないし、次の日で退院できるので、ひたすら耐えた。

そして、ようやく迎えた翌朝、K. 488を聴いたらむかつきが減ったので、やっぱりモーツァルトは偉大だと思った。

  •   1
  •   0

(naokiさんの投稿にコメントを追加しようと思ったのだが、独立した投稿の方が良さそうなので、書く)

はっきり言って、僕自身、「ヒーリング音楽」というものをほとんど聴いたことがない(耳に入ることはいくらでもあっただろうが、聴こうと思って聞いたことはない)。退屈だからだ。だから、以下は全部想像をもとにして書いたので、間違っていたら申し訳ない。

ヒーリング音楽と聞いて思い浮かべるのは、naokiさんの書かれていた、シンセを使った、安直な、耳触りはいいけど単にだらだらとした音楽である。次は、オカリナだの縦笛(リコーダー)だのの柔らかい音で滑らかに延々と演奏するもの。あとは、弦楽合奏(これも、柔らかく滑らかに延々と)、あるいは少人数での女声合唱だろうか。後の三者の大体は、バロック音楽(例: ヴィヴァルディ、パッヘルベル、バッハ)だろう。

もちろん、それらの音楽が駄目と言うつもりはないのだが、ヒーリングに使うのは安直過ぎないか。「柔らかく滑らかな音+延々 → 疲れない → ヒーリング」という思考停止に陥っていないだろうか?

「毒にも薬にもならない」という言葉があるように、そういう曲・演奏は、毒にならなければ薬にもならないのではないだろうか。例えば、ぬるいお風呂や温泉に長時間入るだけで癒やされるかという話だ。そういう人も居るだろうが、そうでない人も多いだろう(例えば、サウナが欲しいとか、熱い湯も必要だし冷水浴もしたいとか)。ただぬるい湯につかっているだけで、何がおもしろいのかということだ。

だから、僕は、音楽に癒やしを求める場合だって、ある程度過激な要素のある曲を聴くべきだと思う。そういう曲を聴くことで脳が活性化されて、(精神的)老廃物が燃焼あるいは除去され、その後で癒やしの成分が生まれるのではないかと思う。例えば、激辛カレーを食べると大量の汗が出て、気持ちまですっきりして、やる気が出るようなものだ。あるいは、ギプスをしてじっとしているだけでは骨折はなかなか治らず(更に、関節が固まってしまう)、適度に動いて患部に力を掛ける必要があるようなこと。更には、いつも可愛くにこにこしているお嬢様よりは、ツンデレで時々ど突く子の方が楽しいようなことだと思う(単なる個人の好み??w)。

最後に、今思い付く、具体的な曲の例は以下である(いつもいつも馬鹿の一つ覚えのように出す曲で申し訳ない)。もちろん、曲をただ演奏するだけではだめで、充分な効果を生む演奏者を選ぶ必要はあるだろう。

  • バッハ: ゴルトベルク変奏曲
  • モーツァルト: レクイエム
  • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第20,24番
  • ベートーヴェン: ピアノソナタ 「悲愴」、「月光」、「熱情」
  • ショパン: 12の練習曲 作品10
  • ラフマニノフ: ピアノ協奏曲 第3番

他に、「春の祭典」などのかなり過激な曲や、ポップ音楽だって沢山あるが、ここでは割愛する。

ここまで書いて、何となく、「癒やし」というより、脳内フィットネスとか気持ちのリフレッシュになってしまった気がするが、思い付きで書いたことなので、ご容赦頂きたい。

  •   0
  •   0

入院中に暇つぶしにニュースを見ていたら、「ザ・クロマニヨンズ 「音楽で大層な事を目指している人が多い気がする。俺達は楽しければそれでいい」」という記事が目に入り、読んでみた。

インタビュー記事で、例に漏れず結構長い(だから、インタビュー記事は嫌いだ)のだが、彼らの意見には大体賛成だった。印象に残ったのを挙げると、

なんか物事を表現する人には、苦しんでて欲しいわけでしょ(笑)。 / そこで感動したいわけでしょ、みんな。感動に着地したいだけだよね。

は、僕が常々言っている、「作品と背景は無関係」に通じるし、

特に感じてるのか、思ってるのかもわからないんです。思ってないことはよく歌詞になってますけどね(笑)。

は、別に何かを思って書かなくても(聞き手に、その「何か」を押し付けなくても)、結果(曲)が良ければ(楽しければ)いいということだし、

曲を書かなきゃいけないという意識もないし

は、「努力してやる必要があるなら、才能はない(から止めた方がいい)」ということだろう。

それで、「これは是非聴いてみたい!」(でも、実際に聴いたら、好みでなくてがっかりする予感はしていた。というのは、グループ名が気に入らないので)と思い、さっそくGPMで検索してみた。

が、1曲もなかった。グループのエントリ(場所)だけしかなくて、がっかりした。

どういう事情かは知る由もないが、何となく、彼らの意向があるような気がする。それは、彼らはずっとアナログ盤も一緒に発売していることから感じた。もちろん、根拠などないが。

インタビューで、「楽しければそれでいい」、「行きあたりばったり」と言っている割には、売り方ではなにか「大層な事を目指している」感じで、その矛盾に幻滅してしまった。僕は、自分たちの主張を通すより、どんな形でもいいから(=「行きあたりばったり」に)、いろんな人に作品を聴いて楽しんでもらう方が重要だと思う。

実際には、今、PCでページを見ると、何か聴くだけなら、そこに載っている「どん底」の動画で充分なことに気付くが、彼らの(まとまった)アルバムが聴きたいし、もう聴く気を失ってしまったので、クリックはしない。

(10/23 9:55追記) 良く考えると、僕は常々「本人の性格や背景は仕事と無関係」と考えているのだから、彼らがどんなにいい考えを持っていたって、曲や演奏がいいとは(僕が気に入るとは)限らないのだから、気に入らない予感がするなら、ことさら聴く必要はなかったのだ。でもまあ、いろいろ試してみるのは無駄ではないだろう。

  •   1
  •   0

昨日、手術が無事に(成功かはまだ不定)終わった。いろいろ思ったり気付いたりしたことがあったので、書く。

前の夜は余り眠れなかった。手術の緊張のうえに、非常口の照明が眩しく、更に、部屋の人のいびき・寝言、頻繁なナースコールの呼び出し音、看護師さんの動く音がうるさく、そして空腹だったためだ。

隣の人が退院した直後に、別の人が入って来た。すごい回転率だが、現場の人は忙しくて大変そうだ。

大きな病院には、さまざまな種類の医師、看護師さんや他のスタッフがいる。外来、病棟、手術室(他にも居るかも)。更に、手術室の中でも同様だったので、ものすごい分業体制だと思った。これだと、確かに取り違えなどの事故は起こり得るだろう(この病院は、それらの防止に注力している)。

それなのに、患者の意識が低い場合があり、入院準備の説明に書いてあることすら守らない(例: お薬手帳や飲んでいる薬を持って来ない)人や、事前の調査(病歴など)に協力しない人(どっちも新しい隣のジジイ)が居て、苦労していそうだ。そういう輩の家族が、事故の後で訴えたりすることも多いのではないか。

斜め奥のガキはアホニートアニオタだろうか(「ガキ」と書いたが、歳は40代のようだ)? こっちの手術前に80年代のTVアニメのDVDか何かを延々と大きく掛けて、ものすごくイライラさせられた。

手術室のある棟は、すごく新しくて、いかにも最先端の感じだった。病室とは偉く違っていた。手術室は町工場とか工房の雰囲気だった。今回は今までで一番、準備が長かった。緊張のせいか、手術直前の血圧は200くらいまで上がり、手術中はずっとアラームが鳴りっぱなしだった。恐ろしいものだ。終わったら、ようやく下がって来た(今は、いつもの値に戻っている)。

手術の準備中、何をやるか、その都度教えてくれたし、頻繁に大丈夫か聞いてくれた。それはありがたかったが、手術が始まったら、「近くに居るので、気分が悪くなったら言って下さいね」と言われたのは、果たして万全と言えるのか、少し不安だった(麻酔が効きすぎて血圧が下がると、そのまま意識がなくなるので)。まあ、実際には、どこかからちゃんと見ていてくれたのだと思うが。

手術中は随分いろいろな人が出入りしていた。例えば、初めの看護師さんと最後の看護師さんが違っていたように思う(同じ人も居た)。手術も、複数の医師が分担しているようだった(監督と選手?)。ただ、大病院なのに麻酔医が居ないのが意外だった。

麻酔の痛み止めの針がかなり痛かった。本物はもっと痛いのか。前回もこんなに痛かったかと思う。

手術用ベッドの表面がレザー張りのクッションのように柔らかかったのは、意外だったけど良かった。これも進歩なのだろう。ただ、幅はすごく狭かった。お相撲さんはどうするのだろう?

手術全体は1時間ちょっとで終わった。本体より準備と後始末が長かったようだ。そういえば、どこかのページで、電気メスを使うと肉の焦げる臭いが充満すると読んだが、全然そんなことはなかった。そんなことになったら、スタッフも患者も辛いだろう。余程ひどい病院の話なのだろうか? 焼肉屋のように、設備の差か。

部屋に戻ってiPhoneをいじろうとしたら、右手人差し指に酸素濃度センサが着いていて、アンロックできなかったw それを中指に移したら、今度は画面の拡大ができなかったw iPhoneは、やっぱり身体の不自由な人を考えていない?

終わった数時間後の夜には飲み物が飲めるようになって、すごくうれしく(前夜から飲食不可だった)、500mlをすぐに飲み干した。でも、麻酔の関係で身体を起こさないように言われていたので、飲むのは大変だった。

注射の成功率は経験によるのか単なる技術なのか分からないが、僕の腕の血管は分かりにくいので、いつも歴然と差が出る。手術日の朝の夜勤の方(年長)は、採血の針を全然痛まずにすっと入れたので感心したが、今朝の人(若手)は痛いうえに途中で駄目になって、2回刺した。見た目はうまそうだったが、外れた。

今朝の朝食はとても楽しみだったので、一気に食べた。その後は、頭がぼーっとし、眼の焦点が合いにくかった。なぜか、身体が動かなかった(力が入りにくい)ので、食べる時はべッドの背を起こして上半身を起こしてもらった。

その後、順次、尿の管と点滴を外してもらい(今日は最初の日の可愛い看護師さんだったので、気まずさは3倍だったw)、今は自由の体になった。どちらも、抜くのは痛かった。尿の管を外した後は、病棟内を歩いてリハビリするように言われた。

看護師さんが見せてくれたのだが、手首近くに刺した太い点滴の針は、本体が柔らかくなっていて(透明なプラスチック: ナイロン?)、血管が動いても曲がって追従できるとのこと。時代とともに医療は進歩していると思った。

それなのに、ここの動く物(看護師さんの手押し車、点滴のスタンドなど)のキャスターは、すべてガラガラ音がする。ちょっと手入れすればいいのに、そんなに時間がないのか?

甘い物が食べたくなったので、見舞いに来てくれた母にアーモンドチョコとコーヒーを買って来てもらった。

そして、さっき、モーツァルトのピアノ協奏曲 第23番が聴きたくなって、イヴァン・モラヴェッツという人の(1975)を見つけた。気に入ったので、続けて第25 (1974)、20 (1997)、24 (1996)番を聴いた。どれも普通に良かった(=安心して聴けた)。つくづく、世の中にはすごい演奏者が(どんな分野にも、上には上が)いると思う。

夜、医師が様子を見に来てくれた。帰りがけなのだろうが、ありがたいことだ。

  •   0
  •   1

今日(20日)の「【台風21号】2015年以来の超大型台風、23日に直撃」というニュースの見出しに思わずにんまりした人、いらっしゃいますか?

20、21、23は、どれもモーツァルトの有名なピアノ協奏曲の番号ですね(15はそれほどでもないですが)。そして、僕も大好きです。もう、この数字だけで、ご飯が数杯は食べられますw

まずないでしょうが、どれかに「アマデウス」なんて名前が付いていたら、「キター!」とか言って小躍りするでしょう。

ちょっと不謹慎で失礼しました(まだ被害がないから、いいですかね?)。

  •   0
  •   0