Archive for the ‘アルバム’ Category

先日、業者に取り込んでもらった古い写真から何枚か紹介したい。最後に残った写真なので、飛び飛びになっていて連続性はないが、それなりにおもしろいかも知れない。(まあ、ビートルズとかの「秘蔵写真」なんて、こんなものではないだろうか?)

最初の蔵の写真を見ると、女性が着物や割烹着を着ていたりして、当時の雰囲気が感じられる。なんか、明治時代と言っても分からない気もする。

はクリという名で、白と茶だった。良く子どもを産んだ。何匹も飼っていた(僕は世話はしていなかった)のだが、子どもだったので随分ひどいことをしていたので、いつも申し訳なく思う。外も中も自由に出歩いていたせいか、ノミがすごかった。トイレも全然覚えず、いつも母が困っていた。

エレキットの写真は小学生時代だが、そんな昔から半田ごてを握っていたとは、信じられない。中学からだと思っていた。電子工作のきっかけは、本宅の親戚からゲルマラジオをもらったことだった。それについては、後でまた書きたい。

(2/11 5:55 追記) そういえば、小学3年か4年の頃、ハンダ付けこそしなかったが、既に学研のマイキット(こんな感じの)を買ってもらって、(訳も分からず)ラジオとかブザーとか、いろいろな回路を配線して動かして遊んでいたのを思い出した。

アマチュア無線機器は、親にせがんでいろいろ揃えていたし、アンテナは簡単な物だけど自作した。FMアンテナは、FM東京をきれいに聴きたくて作った。木の廃材にアルミ箔を巻いたものとか、竹に電線を張ったものだったが、果たして本当に効果があったのだろうか?

機器などの一覧(写真左から):

  • BCLラジオ: 東芝 TRYX-2000
  • QSLカード(交信相手に送る)
  • アンテナチューナー: ダイワ CNW418
  • 短波帯トランシーバー: トリオ(現ケンウッド) TS-130V
  • マイク、電源: トリオ製

高校時代の芸術は、本当は工芸をやりたかったのに、父親に強制されて書道だった。字は下手だし、書道に興味などなかったが、篆刻のような工芸的なのはおもしろかった。印譜は、古い机の引き出しに仕舞っておいたら、鼠か虫に表紙をかじられてしまった。見ると、名前のたった一文字、2.5cm角程度の印、そして、印の押し方から、それぞれの人の個性が一目瞭然で、おもしろい。音楽や文学だと、こうは行かない気がする。今見ると、高校生なのに随分字が綺麗な人がいて、うらやましい。本当は、何人かの作品を大きく載せたいのだが、名前が彫ってあるので、残念ながらできない。僕のもあるので、どれか想像してみて下さい。

(2/11 16:59 追記) 印譜を見ると、かじられたのは表紙だけで、本体や自分で付けたカバーはほとんど無傷なことに気付いた。表紙は色が違うから、いい和紙でおいしかったのかも知れない。

伏見大社の写真は、修学旅行のグループ行動の時に撮った。「カッコいいだろ!」と本気で思っていたのか、受け狙いだったのか、今となっては分からない。その場に居た人に撮影を頼んだのだが、なかなかいい構図だ。そういう風に撮ってくれるように頼んだのかも知れない。グループ行動では班長だったのだが、楽しかったのか余裕がなかったのか、途中の連絡をすっかり忘れていて、帰ったら先生に怒られてムカついたのを思い出した。今だったら、スマフォのスケジュールに入れておけば、絶対に忘れないのに・・・

車の免許を取ってすぐに買った、最初のバイク(スズキ RG50E)の写真は、大学に入った年の年末に、翌年の年賀状用に、写真の好きなN君に頼んで撮ってもらった。でも、注文するのが遅くなって間に合わなそうだったのでキャンセルして、結局ボツになってしまった。

伊豆は、h.takくんと1泊2日で行った。河津のループ橋は、360°以上のカーブということで、すごく期待して行ったのだが、車の流れが遅くておもしろくなかった気がした。

最初の日の夕方、雨になり、疲れもあって、縁石にタイヤをぶつけて転倒してしまった。幸い、スピードは出てなくて、歩道側に倒れたので、怪我も何もなくて済んだ。当時のh.takくんの話では、目撃した軽トラの人が彼に教えてくれたそうだ。ありがたかった。当時は、随分髪を長くしていたようだ。良く、鬱陶しくなかったと思う。前の年に買った2台目のバイク、スズキ GS250FWで行った。

幼い頃に住んでいた勝山には、何度か行っている。この時の手帳を見ると、"sentimental journey"とか、「Boys of summerがぴったりだ」などと書いてあって、何があったのかは分からないし、もうどうでもいいがw、そういう気分だったようだ。フィルムが劣化していて、画質が悪い。海岸の写真は、別に保管していたプリントの方が綺麗なのだが、あえて、今回取り込んだフィルムのを載せた。

学生の頃のAV機器は、それなりにすごい。レコード、カセット、ビデオの他に、当時最先端のCDまで再生できていた。今とは偉い違いで、てんこ盛りだ。スピーカーの上にレンガを載せて、振動を防ごうとしていたようだ。壁の左側のポスターは、小泉今日子のようだ。

機器一覧(写真左から):

  • スピーカー: ダイアトーン DS-201
  • レコードプレーヤー: テクニクス SL-10
  • CDプレーヤー: ケンウッド DP-1000
  • VHS Hi-Fiビデオデッキ: ビクター HR-D725
  • アンプ: ビクター A-X5
  • カセットデッキ: 不明 (Lo-D製? D-7辺りに似ているが、違う)
  • TV: NEC製 14型 (パソコン兼用)

竜神ダム数年前にも行ったが、この頃に行ったことはすっかり忘れていた。もちろん、当時は、あの大吊橋はなかった。この年に、この3台目のバイク、ヤマハ RZ250Rを買った。

大林監督は今は何をしているのだろうか。「転校生」や「さびしんぼう」などには随分感化された気がする。ピアノがこんなに好きになってしまった発端の一つは、「さびしんぼう」だった。

(2/11 17:24 追記) 彼の有名な作品には、他に「時をかける少女」がある。もちろん好きだったが、尾道に行く動機にはならなかった気がする。

この時は、広島で学会があるので、「ついでに」その辺をツーリングしようと、バイクで行って、広島から尾道に行った後、四国をほぼ一周して来た。今となっては「一体、何しに行ったんだー?」という気がするw

四国は雨が多かった気がする。友人N(上の、写真好きの人とは別)にテント一式を借りたのだが、2回とも降られた。濡れたテントを干せなくて困った。それ以来、野宿は止めた。1回目の野宿は、いい場所が見つからなくて(今となっては、下調べもせずにナビもなしに行ったのだから、当たり前という気がする)、自衛隊の演習地の入り口のような細い道路でだった。食べ物はスナックしかなく、雨だったし、寝ているうちに演習が始まったら大変だとか心配で、寝付けなかった。

かずら橋に行く前に泊まったユースで、同室の人に、大雨でかずら橋が流されたと聞いたのだが、実際には残っていた。

若い頃は、無茶ばかりしていた感じだ。

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マウスが寿命になったので買い替え候補を探しているのだが、意外にというか予想どおり、僕の条件に合うものがない。以下のように、決して高望みはしていないのに、ない。

  • 有線のもの(電池交換は面倒)。
  • 大き目(今使っているMicrosoft Comfort Mouse 6000は13cmくらい)で、手に馴染むもの。
  • (レビューを読んで気付いた点) ホイールにステップがある(ぐにゃっと無断階でない)こと。
  • (レビューを読んで気付いた点) すぐに壊れないこと。

今のと同じ物があればいいのだが、生産終了で馬鹿高くなっている。他のは、どれも11cmくらいの小さい物か、評判が悪いものしかない。

手近な電気店にも行ったが、品揃えが悪かったので、週末に駅近くのヨドバシに行ってみたい。まあ、気に入る物はないだろうが・・・

通販でいくら探しても良さそうな物がないので、いいことを思いついた。修理するのだ。駄目になったスイッチを交換する。そのスイッチは入手難なようなのだが、買わなくても済む方法を考え付いた。

全く使っていない、横のボタンのを外して使うのだ。調べたら、同じスイッチが使われていた。それで、昨夜、いくつかのページを参考に、やってみようとしたのだが、ネジがトルクス(頭が星形)で、手持ちにそのサイズがないので開けられなかった。今日、ドライバーを買って来ようと思っている。正確なサイズが分からないので何本か買うことになるが、そっちの方が高く付きそうな気はする。でも、いくら安くても、使いにくいマウスは使いたくない。

ところで、ちょっと不思議だったのは、そのスイッチの仕様を見ていて、機械的寿命は「特定条件下にて1000万回」とあったが、どう考えてもそんなに使っていないことだ※。そのページには、中国製は製造精度の面で若干劣るとあったので、そういうことなのかも知れない。

※「1000万回」は無限に感じるが、実際には、押す頻度を10回/分、使用時間を10時間/日とすると、10,000,000/(10*60*10)= 1667日= 約5年しか持たない計算だ。機械精度が悪かったり、使い方が想定に合ってなかったりすると、もっと短くなるのだろう。例えば、ドラッグ動作はスイッチには悪そうな気がする。

これだと、ホイールなんてすぐ壊れそうだが、光学的に回転を検出しているから大丈夫なのだろう。

更に考えると、安物のスイッチで、寿命が1桁短い(100万回)ものを使っていたら、半年持たない計算になる。それを考えると、車なんて、ものすごく長寿命だと思う。機械は奥が深い。。。(2/10 6:07)

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近頃は、彼女の名前の日本語表記は、「マリア・ジョアン・ピレシュ」が正しいことになったようだ。決まったのなら、なるべく正しい名前で呼びたいが、慣れもあって、なかなか難しい。年配の方が、周波数を"Hz"でなく、「サイクル」と呼ぶ気持ちが分かった。

それはともかく、正月にYouTubeで彼女のピアノ協奏曲を聴いてから、結構好きになってしまったようで、気付いたらCDボックスを3種も買っていた。初めてモーツァルトのピアノソナタ全集を聴いた時は好きじゃなかったのに、偉い変わりようだ。そして、昨夜、それら(ジルベルシュテインと菓子折り、いや、カシオーリも含めて)が一気に届いた。

今回買ったのは以下である。3組目(HMVでキャンセルされたもの)は、通常のアルバムが5組、セットになっていた。

  1. モーツァルト: ピアノ協奏曲集 (1978, エラート)
  2. モーツァルト: ピアノソナタ集 (1989-1991, DG)
  3. DGでの協奏曲全集 (1993-2012, DG)
    • ショパン: ピアノ協奏曲 第1, 2番 (1998, 1994)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第14番, 第26番 「戴冠式」 (1993)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第17, 21番 (1995)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第23番、シューマン:ピアノ協奏曲 (2007, 2000)
    • モーツァルト: ピアノ協奏曲 第27, 20番 (2012)

左から: DG盤 (協奏曲)、DG盤 (ソナタ)、エラート盤

取り込みながら何曲か聴いたので、その感想を書こうと思ったのだが、PCに取り込んだだけで疲れてしまったので、後にする。さすがに、3組16枚を取り込むのは疲れる。約6時間掛かった。途中に昼食や散歩の時間があったから正味4.5時間くらいだが、一仕事だった。

それというのも、それぞれのCDが高速に取り込めて、CD情報が正確にCDDBに入っていればいいのだが、全然そうでないからだ。取り込みに30分くらい掛かるものがあるから時間が掛かるし、情報が間違っていたり不足していることがほとんどなので、1枚・1曲ごとに修正が必要だ。

そういう手間があるし、収納もかさばるので、MP3(ダウンロード版)にしたかったのだが、例のデッカ事件があったので止めた。要は、ダウンロード版をマスタリングする人が音楽を分かってない(ことがある)からだ。今回のDGはデッカ事件の張本人のユニバーサルグループだし、エラートだって、ワーナーグループだから期待できない(実際、ここもジャズとクラシックの制作が同じ"Warner Classic & Jazz"だ。西洋でも、こういう十把一絡げ的な扱いが許されるのか!?)。

次に、今日聴いた曲を列挙する。

  1. モーツァルト ピアノ協奏曲 第20番 (1978)
  2. モーツァルト ピアノ協奏曲 第27番 (1978)
  3. モーツァルト ピアノ協奏曲 第23番 (1978)
  4. モーツァルト ピアノ協奏曲 第21番 (1978)
  5. モーツァルト ピアノ協奏曲 第26番 (1978)
  6. (ショパン ピアノ協奏曲 第2番 (1994))

僕は、モーツァルトは、選べるのなら、短調のピアノ協奏曲から聴く。その次は27番だ。そこらへんを聴けば、その人が分かるような気がするのだ。それで気に入ったら、23番を聴く。だから、今日もまず、20, 24番を聴きたかった。が、なぜか、彼女は24番のアルバムを出していない。苦手なのか嫌いなのか。

実は、モーツァルトの21番辺りで感覚が麻痺してしまったので、ショパンで気分を変えようと思ったのだが、疲れ果てていたようで、前奏部でピアノが出る前に止(や)めてしまった。

一言感想を書けば、今日聴いた、彼女が若い頃のモーツァルトは素晴らしい。「最高に好き」とは言えないけど、かなりいい。「馴染み」と言える。ゼルキンや内田と比較し得ると思う。ただ、23番だけは、やっぱりポリーニとベームのが最高だ。

あと一つ。彼女の音はパラパラしているようだ。あえて滑らかにし過ぎず、すごく短い無音を入れているようだ。基本的には小気味良いし、切り過ぎてブチブチしている訳ではないから、大抵はいいと思うのだが、モーツァルトの23番(特に第3楽章)には(僕のイメージ的には)ちょっと合わない気がした。ただ、今考えると、意識的にそうして切っているのだから、かなり技術力が高いのだろうと思う。

最後になるが、モーツァルトの20番の第2楽章の冒頭は、凄過ぎて寒気がした。そして、中盤でなぜか涙が出た。単なる疲れのせいかも知れないが、今までそんなことはなかったので、全く不思議だった。ただ、次以降はもうない気がする。

(21:07 わずかに修正)

 

PS. そんなわけで、本来今日やろうとしていたことは何一つできず、すべて延期した。。。(18:35)

PS2. ピアノ協奏曲の印象についてであるが、外れることは多いものの、前奏を聴くと、ピアノの演奏も大体その方向になっていて、全体の印象を想像できることがある。だから、最初の1-2分で、ピアノが出る前でも、「これはすごい!」とか思うことがある。でも、聴き進めると、段々アラみたいなのが出てくることがある。そのアラが少ないのが、本当に凄い演奏なのだろう。

そういう意味では、全体の進め方を決める指揮者は重要なのだろうし、ソリストもその指揮者の意見とぶつかり合いながら、自分の表現をしようとしているのだろう。アラは、それがうまく行かなかった時なのかも知れない。(21:24)

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先日、長年使ってきた無印良品のカップにひびが入ってしまった。まだ中身は漏れないようではあるが、幅が結構広いし、上から下までなので、もう使えない感じだ。

どうしてなのか心当たりがないのだが、洗ってカゴに入れた時に、別の物に載せたのが落ちたか(といっても5cmくらい)、寒い朝に熱湯を注いだせいか。

シンプルなデザインが気に入っていた(その割には乱雑に扱っていたが)のだが、もう20年前後も使ってきたので、寿命は全うしただろう。ちなみに、一緒に買ったティーポットは、渋がすごいながらも健在である。でも、近頃は紅茶もお茶も淹れることがない。関係ないけど、コーヒーも淹れない。

いつ買ったかが定かでないのだが、横浜に住んでいた時に、たまたま遊びに来ていた妹と街に遊びに行った時に買ったか、市川に越した時に近くの西友で買ったかだ。市川の頃は、その西友に入っていた無印のお店で、ベッドや本棚など、いろいろ揃えたものだ。そのベッドも本棚も、まだ健在だ。ベッドは、寝る板が折れないかちょっと怖いけど。

2個一緒に買ったので、片割れが実家にないか母にメールで聞いたのだが、まだ返事がない。でも、それも前に割ってしまった気がするが、定かでない・・・ それで、まだ代わりを買っていないので、たまに暖かい飲み物を飲もうとしても、飲めない。

実家にあったそうなので、今日、引き取りに。まあ、スーパーで安いのを買う方が安上がりなのだろうが、やっぱり、少しでも気に入ったものを使いたいので。(13:11)

さっき持って来た。他にも、ちょっと気に入っていたのをいくつか持って来た。

片割れは母が洗ってくれていたのか、綺麗だった。また十年くらいは、お世話になりたい。

写真マグは、最初の会社の時に、取引先のキャンペーンで、実家の猫の写真を焼いてもらった。写真を送ってから随分経っても届かなかったので、文句を言ったのを覚えている。色が悪いのは、元々である。当時はデジカメなどなくて、手元にあって焼いて欲しかった写真は、このように写りの悪いものだった。

東大寺のと奈良のは、2005年11月に奈良・京都にドライブに行った時に買った。(19:52)

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新年に、県内に住む下の妹から、「PCを処分するけど、返す物(欲しい物)はある?」と聞かれた。その時は「特にない」と答えたのだが、「スピーカーも?」と聞かれて思い出した。そのスピーカーは、そのPCを妹にあげる時に新しく買ったので、使うあてはないけど、もったいないから引き取ることにした。更に、ディスプレイ(これもその時まで僕が使っていた物)も予備になりそうなので、引き取ることにした。本体もちょっと迷ったが、去年友人Nにもらったのが余るほどあるし、CPUはPentium 4 (Prescott)とかなり古いので、止めておいた。

という訳で、今日、それらを引き取リに行った。ついでに、家の光回線にWi-Fiルーターを繋げたいと言っていたので、その設定もしようと思っていた。

まず、Wi-Fiルーターは、僕が使っているバッファローの同じ物を買ったので、設定方法は分かっているし、Linuxじゃないから全く問題はないと思っていた。ところが、思わぬ落とし穴があった。妹の家はひかり電話を使っていたので、光回線アダプタが単なるアダプタ(ブリッジ?)でなくてルーターになっていたのだ。

ところが、Wi-Fiルーター(の基本設定画面やマニュアル)はそんなことは想定していないので、なかなか設定できなかった。PCは片付けてしまっていたので、スマフォしか使えないのも辛かった。Wi-Fiルーターをブリッジモードにすればできると思ったのだが、なぜかインターネットのサイトには繋がらなかった。そして、思わぬ事態が発覚した。どうやら、彼女は光のプロバイダを変更してから、その接続アカウントを光ルーターに設定していなかったようで、光ルーターから先に通信できなかったようだ(ただ、ひかり電話は使えていたのが腑に落ちない)。

それで、まずは光ルーターを設定しようと思ってログインしようとしたのだが、パスワードは、マニュアルに初期値が書いてなく、最初のログイン時に設定するようになっているのに、妹もそのパスワードが分からなくなっていて、設定できない状態だった。初期化すると電話も使えなくなりそうなので、躊躇した。

などという複雑な状況を話したら、妹は弱気(というか、単に面倒?)になってしまい、「(光回線を)止める。固定電話も。」と言い出した。もったいないとは思ったが、確かに、ネットは契約しただけで1-2年間使ってなかった(全部、携帯回線のスマフォで済んでいた)そうで、解約しようとしたら、プロバイダの人に「Wi-Fiルーターを買えば便利に使える」と言われただけだし、固定電話だって、今はなくても何の問題もないのだから、それでいいと思った。

結果として、おみやげにWi-Fiルーターが増えた。同じ物を持ってはいるのだが、壊れた時に使えると思ったのだ。が、「次は別機種」と思っていたのが、しばらく(10年くらい?)は替えられないことになった。

妹から引き取ったディスプレイ、PC用スピーカー、Wi-Fiルーター

引き取ったディスプレイ(FlexScan S170)は枠が小さいから、机がすっきりしそうなので、サブディスプレイ(FlexScan M170)と交換してみた。

サブディスプレイをM170からS170に入れ替えて。

見た感じは、メインと若干色味が違う(でも、印象としては、こちらの方がシャープな感じで好ましい。パネルの質は上なのかも知れない)。sRGBにすれば合うのかも知れないが、明る過ぎる(”0%”にしてもまだ明るい)ので、カスタムモードで暗くしている。あと、今までのと違って、周囲の明るさでの画面輝度の自動調整機能がないから、夜は不便かも知れない。ちょっと使ってみて、どちらにするか決めようと思う。

部屋が明るいと、輝度の自動調整ができないS170は暗く感じるので、元のM170に戻した。(1/15 8:22)

なお、使用時間はかなり少なく、今までのは約3万時間なのに対し、引き取ったのは約4600時間だから、故障する確率は低そうだ。

 

PS. 帰りに、いつものデニーズに寄った。小泉さん(仮)と翔子ちゃん(仮)は健在だった。なぜか、翔子ちゃんは以前より大人っぽく見えた。化粧のせいなのか、室内が暑くて顔が赤っぽかったせいか。小泉さんは接客がにこやかかつ丁寧でいい。ビーフシチューは肉が柔らかくておいしかった。全部で2300円くらいだった。

PS2. 帰りにディーラーでノーマルタイヤの交換の相談をしようとも思っていたのだが、眠くてだるかったので、オイル交換の時に延期した。相談しようと思ったのは、交換用タイヤに新しい候補が出たからだ。オールシーズンタイヤ(グッドイヤー Vector 4Seasons Hybrid)にしようと思っている。これなら、ノーマルとスタッドレスを交換する手間も保管料も要らないし、純正タイヤ(ポテンザ)より安上がりなので、かなり経済的だと思うのだ。それで、ディーラーにその評判や値段を聞こうと思っていたのだ。が、まだ春までは長いので、余裕だろう。(→ 次の稿に転載、修正・加筆: 1/15 7:20)

PS3. 帰り道、猫が駐車場の塀の横で、じっと動かずにうずくまっていた。別の猫も、近所の家の窓の下でうずくまっていた。寒いのだろうか。何とも可哀想な気がしたが、どうにもならない・・・

近所の家に居た猫は同じ場所に居着いたようで、さっき見たら、芝生で暖かそうにくつろいでいた(芝生が丸く凹んですらいた)ので、ちょっと安心したが、そのまま暮らせるだろうか? 是非、お願いしたい。(1/15 9:40)

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以前も書いたのだが、ビートルズは、いとこにもらったテープ(NHK FMで掛かった、ベスト盤"1962-1966"と"1967-1970"の抜粋)が初めてだった。そして、自分で初めて買った彼らのレコードは、"Love songs"だと記憶していたのだが、先日実家から持って来た発掘物から、その証拠が出て来た。

中高生の頃に記録していた、レコード一覧である。買った時に書いたものもあるが、それ以前に買った物も、買った時期を思い出して書いていた。当時、どういう理屈にしたのか、親にタイプライターを買ってもらって、それで打ち込んでいた(タイプを使いたくなった最初の理由は、年賀状作りだったと思う。今でいう、アスキーアートだったと思う。もちろん絵は苦手なので、柄は絵じゃなくて、文字(タイプの文字を何個も打って、大きな文字にした)だった。手作りのバナーだ(でも、今はバナーの意味がすっかり変わっているな)。今思えばとんでもない無駄遣いだw)。

僕のレコード一覧(c. 1980-1985)より

最初は考えていなかったのか、タイプミスするのが嫌だったのか、行がズレるのが嫌だったのか、ビートルズのの買った時期や追加のコメントは手書きになっている(今だったら、いくらでも挿入・修正できるのに!)。今気付いたが、一覧の中で、2つのアルバムが手書きの"]"でくくってあるのは、同じカセットのA/B面に収める案だったのだろう。そして、一通りビートルズを揃えた後は、ウイングスを揃え出したようだ。他に、その頃買ったレコードで、The carsやYMOのも載っている。でも、それ以前に持っていた桜田淳子などの歌謡曲のレコードは「なかったこと」になっていて、記載されていない。

おもしろいことに、アルバム名の表記が、当時から今と同じでブレていないことが分かる。僕はアルバム名や曲名の各単語の頭を大文字にせず、普通の文章のように先頭だけ大文字にして書くのが好きなのだ。(例: "Please Please Me"でなく"Please please me") あ、"Hey jude"は駄目だ。。。

限られた小遣いの中で、買うアルバムは厳選(聴きたい曲を揃えるのに最適化)していた。オリジナルのUK盤だけにせず、UK盤に入ってない、シングルの曲(例: "I want to hold your hand")が入っているUS盤も混ぜていた(日本盤は、オリジナリティーがないと思って買わなかった。今となっては、US盤なんて極悪非道の「売らんかな」精神そのものだったが、当時は知らなかった)。ただ、"Rubber soul"だけは、たまたま輸入盤のワゴン(当時良く行っていたジャスコでは、どういうタイミングか、たまに、今のホームセンターなどでの懐かしいCDやDVDのような感じで、輸入盤が売られていた。)で見つけたUS盤を、UK盤とは曲目に違いがあることに気付かないで買ってしまい、そのせいでずっと(長いものではCDを買うまで)聴けなかった曲もあったから、かなり後悔していた。

その一覧には、確かに、"Love songs"が最初だと記録してある。1977年の10-11月に買ったようだ。そして、それを買った時にもらったペンダントも出て来た。何のメッキだろうか、未だに光っているのがすごい。更に、そのアルバムを買うきっかけになった広告も出て来た。余談だが、今の自分がこの広告を見たら、全く買う気にはならないだろう。「日本が2/3、アメリカが1/3って、単に妥協の産物じゃないか」って感じで。

そして、今朝、このことを思い出していて気付いたことがある。ビートルズに出会う前に、ロックが好きになるきっかけになったバンドがあった。あの「キャロル」だ。いとこは二人(TさんとHさん)居て、どちらも結構年上だったのだが、どちらの方からキャロルを聴かせてもらったのかは覚えていない。ビートルズは二人とも好きだったが、テープはTさんから、カセットレコーダー(とマイク)はHさんからもらった気がする。

キャロルを初めて聴いた時、何と思ったかは忘れたが、とても新鮮で、衝撃を受け、興奮した。今も覚えている曲は「ファンキーモンキーベイビー」だ。「これが音楽!?」という感じだったかも知れない。それは、「音楽的でない」という意味ではなく、それまで聴いていた、当たり障りのない歌謡曲や、学校の音楽とは全然違っていたので、「こういう音楽もあるのか!」という驚きだったと思う。そして、すごく乗りが良かった(僕が乗りのいい音楽が好きなのは、これが原点なのかも知れない)。とても気に入ったので、その時にバンドの名前を教えてもらった。後でレコードを買おうと思ったのだろう。

(お盆か正月に行った)いとこの家から戻ってしばらくしてから、レコード店に行った。店内を歩き回って、キャロルのコーナーは見つけた。が、結局買わなかった。最も大きな理由は、「恥ずかしい・・・」だった。まじめで小心者の中学生が気軽に買えるジャケットではなかったのだ。今調べたら、どれも、リーゼントで煙草を吸っていたり、暴走族みたいに不良っぽかったし(実際、そういう人たちのシンボルだったのだが)、(その日に見た別のバンドのだったのかも知れないが、)「大人じゃないと買えない絵柄」のジャケットもあった気がする。音楽とジャケットの印象の違いに、戸惑ったような気もする。今思えば、詞を余り聴かず、曲だけでイメージを作っていたからかも知れない(どうしてか、詞を余り聴かないのは今も同じだ)。あと、気に入った曲(「ファンキー―」の曲名が分からず、どのアルバムを買っていいか分からなかった気もする。

結局、散々逡巡した挙句、何も買わずに帰ったのか別のを買ったのかは、記憶にない。それから数十年経つが、今でも彼らのアルバムどころか、一曲も持っていない。今だったらジャケットは全く問題ないが、好みとは少し違うとか、その後に聴いたビートルズやその他のバンドの方が断然好みになったからだと思う。

そうこうしているうちに、あの広告をFM雑誌("FM fan"を購読していた)で見たのだろう。それが本当の始まり(かつ終わり?)だった。ビートルズのレコードを買うのは、全く恥ずかしくなかった。やっぱり、彼らは優等生だったのだろうと思う(実際、"I want to hold your hand"なんて、英語の教科書みたいで、逆に恥ずかしいくらいじゃないか)。詞や曲はそこそこ・結構先進的なものがあったけれど、ジャケットには全く問題がなく、どれだって堂々と買えた。

単なる思い付きだけど、そういうことも、デビュー直後から彼らが世界中で(特にUSで)売れた理由の一つかも知れない。そういえば、マネージャーのエプスタインは、彼らを売り出すに当たって、(キャロルのような感じで)荒くれていた彼らの格好を、例のおかっぱみたいな髪型と襟なしスーツ姿にさせたというから、あながち間違ってもいなさそうだ。

優等生とはいえ、彼らの音楽や行動(本などで昔のことを読んだだけだが)は、当時の僕にはものすごく革新的、エキセントリックだった。それに感化されてしまった僕は、中二病や高二病を経て、今に至っているのだろう。。。

PS. 実は、レコード一覧には続きがある。CD一覧である。大学生の時に、パソコン(FM-7)のテキストエディタで作り、その後、FM-7で動くワープロに移した。

僕のCD一覧(1986-1988)より (個人名を隠した)

PCベースなので、手書き文字がないのが少し味気ない気がする。文字もタイプの方が味がある。そもそも、この頃はフォントなんて選べなかったが。。。残念なことに、全角文字を使っている感じだし、アルバム名などの記法が揺らいでいる。アルバム名はジャケットの記述に合わせたのかも知れない。ただ、タイプの時とは違って、CSVのようにデータに構造を持たせようとしていたことが分かる。その考えは今も同じだ。

僕の最初のCDは、記憶どおり、友人Wから買ったRushの"Power windows"だった。最後のページを見ると、ビートルズのCDを揃えたのは1988年4月だったことが分かる。彼らのレコードを初めて買ってから約10年か。今思えば、意外に短い。秋葉原のいろいろな店を歩き回って、1日で全部(15組)揃えたことを覚えている。大学が忙しくなったのか、1988年4月で記録が終わっている。その時点でのCDの総数は57組だった。

その後就職して、CDの増加速度は加速した。今では何枚あるか分からない。プレイヤー(GMB)では1000組程度と出るが、レンタルしたものや重複などが含まれているので、正確な数は分からない。→ 調べたら、レンタルなどは約230組だったので、重複を考慮すると、大体750組程度か。(1/15 13:15)

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驚かせてごめんなさい。37年前の話です。(実家からの発掘品シリーズ)

確か、中3の冬だったと思う。ポールがウイングスで来日するというので、ウイングスは好きだったが、(当時は、一応「まじめな」生徒だったし、お金もなかったし、遠くて面倒だったので)コンサートに行きはしなかったけど、(TV放映を期待して、)結構楽しみにしていた。それが、来たらすぐに捕まってしまったので、何ともがっかりした。そのことは、中学校のノート(毎日のことを書いて学校に出す物)に書いた。(今で言う中二病のまっただ中だったので、)「警察は何で大麻くらいで捕まえたのだ」という主旨だったが、担任の先生に「大人の論理」で諌められた覚えがある。

まあ、今となっては、日々さまざまな有名人がいろいろな薬物で捕まっていて、感覚が麻痺してはいるが、それにしても、仕事なのに大麻を持って来るなんてのは、日本を舐めている(少なくとも、日本の規則を調べもしないというところが、アホとしかいいようがない)としか言いようがない。

この件は後日、スネークマンショーのネタにもなり、みんなの笑い物に成り下がった。ポールはポールで、"Frozen Jap"という、タイトルからして嫌な歌(曲調も「西洋からみた日本」的)を作り、(ウイングスは解散しちゃったのか、)ソロアルバム"McCartney II"に入れた。やっぱり、彼は(今は知らないが)日本を見下していたのだと思う。僕は、それでも、とりあえず、そのレコードを予約して買った。そうしたら、幻の来日コンサートのパンフが特典として付いていた(それは今も捨てていないはずだが、出すのが面倒だから、他人のリンクにした)。

そして、その年の12月に、ジョンは殺されてしまった。全く関係ない事件だが、大麻でヘマするような軽い人と、狂信的なファンに殺されてしまう、本当に神がかりな人。中高生には大きな違いであった。。。

(でも、今は、作者の経歴や思想は音楽とは切り離して考えることにしているので、例え作者がどんなに軽かろうとアフォであろうと、曲が良ければいいので、ポールの歌は好きだ。)

余談:

  • お金がなかったとはいえ、当時のチケットの価格(コンサートの広告も一緒に保存していた)は、S席でも4500円(4万5千円じゃない)だった。随分安い気がするのは、年月の経過のせいか歳のせいか? まあ、安くても、果たしてチケットが取れたかという問題もあるが。
  • 更に、逮捕の記事を読むと、空港のロビーで待っていたファンの数はたった30人(300人じゃない)だったようで、拍子抜けする。当時のポールは、今ほどグレイトじゃなかったのだろう(確かに、僕の記憶もそうだ)。逆に、今がグレイトに扱われ過ぎている気すらする。
  • 記事を読むと、「大量の大麻」、「計219グラム」とあるので、その量がどのくらいの悪さなのかは分からないが、入れておいてうっかり出し忘れたとか、ちょっとした出来心ではなかったようだ。
  • ジョンが殺された時、僕は中学生だった記憶があるのだが、実際には高1だったようだ。どうしてだろうか。それとも、ポールの時も既に高校生だったのか。記憶が曖昧だ・・・
  • 保存していた新聞を見ると、今と比べて文字がすごく細かい(面積比で1/3くらい?)のに驚く。当時の高齢者は大変だったのではないか。虫眼鏡を使う人が多かったのは、そのせいか。(1/9 5:59)
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先日実家から持ってきた物を整理しつつスキャンしていたのだが、ネタにしたいものがいくつかあった。今日はその作業でとても疲れたので、とりあえず、手軽そうな物をひとつ。

中3と高1の時の学習雑誌(学研の中3・高1コース)に、無料適性診断のようなものがあったようで、昔からアンケートとか診断テストなどが好きだった僕は、それを受けていた。が、その結果を見ると、何とも言えない気分になる。以下に結果を載せる。

文字がカタカナだけというのが、時代を感じさせる。昔は、コンピューターといえばカタカナだったな。でも、中学後半とか高校くらいからは漢字も出るようになったと思う。

それはいいとして、内容に一貫性がなく、結論も(結果的に)全く外れているのがおかしい。

まず、中3では、興味は「自然の風物を愛し、親しむ気持ちを持っています。それを大切に育てることが、あなたの将来に大変役立つと思います。」(カタカナを漢字かな混じり文に変換。以下同)とある一方で、適性職業は「中学 高校教師」、学部は「文教育学関係学部」と出ている。理科(地学?)の先生という解釈も可能だが、興味から職業への飛躍があるように思える。

次に、高1では、興味は「物事を研究したり、考えたりすることを進んでしようとする気持ちを持っています。それをますます伸ばすことが、あなたの将来に大変役立ちます。」とあり、結構当たっているので感心するのだが、適性職業は「会社員 総務」、学部は「法学関係学部」となっていて、ものすごいギャップがある。総務の仕事に探究心は役立つのだろうか? 僕には理解できない。確か、当時、これを見た時は将来が灰色になったような気がして、結構ショックを受けたような気がする。が、これは「なかったこと」にして好きな道に進み、今に至っている。

もし、これを真に受けていたら一体どうなっていたか、想像するのも恐ろしい。そして、今はコンピューターは随分発達しているけど、やっぱり、機械の診断なんかより自分を信じた方がいいと思う。

(実際、コンピューターは人間が作っているのだから、間違いやいい加減な処理を行っている可能性はゼロとは言えない。)

でも、それは、(無駄に年月を費やさないためには、)何の知識も経験もなく、努力もせず、ただやりたいとか好きだからとかで選んでいい訳ではなく、ある程度、自分で調べたり試してみたりして決めるべきだ。

(1/8 5:27, 8:44, 9:15 追加・修正)

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帰省した時に、母が実家の勉強部屋を片付けて発掘した古い物(主に写真)をデジタル化するため、整理して引き取って来た。さまざまな懐かしい物があった。すっかり忘れていた物も多かった。中学時代の作文もいくつか出て来て、ちょっと読むと、その頃から考え方や文体が余り変わっていない感じなので、この数十年は何だったのかと、ちょっと衝撃を受けた。そこら辺は改めて書きたいが、今日は思わぬ物について書く。

発掘された物の中に、どういう訳か「育児記録」という小さい冊子があった。母が出産した病院からもらったもののようで、僕が生まれた直後から1年間くらいの記録が書いてあった(その後も書くスペースはあったが、忙しくなったのか、記入されていなかった)。これが勉強部屋にある訳はないのだが、どさくさに紛らせたのだろうか。

「育児記録」(1964年頃, ぼかしてあります)

少し読むと、最初の子だったせいもあるのか、僕の生まれる前の家庭のことや、生まれてからの経過など、いろいろなことが几帳面に書いてあった。詳細に読むと、例によって涙が出てくるので、ぱらぱら見ただけだ。

自分の親はもちろん、世の中の親御さんには深く感心するとしかいいようがない。全部の方がこうではないのかも知れないが、多くはこうだと信じたい。そして、その多くの親が、きっかけはさまざまだろうが、いろいろな思いや期待を持って、自分のいろいろなことを犠牲にして、子どもを産んで育てる毎日が過ぎていくことが、すごいことだと思う。日々、道端やスーパーなどで見る親子は、そういう偉大な日々の瞬間なのだ。

そして、自分も含めて、親の深い思いに応えられない人がほとんどであろうが、子とはそういうものだと達観した気分でいる自分は、果たしてそれでいいのか、ちょっとだけ自問している。

うまく書けないが、子どもを生んで育てるのは、自分には出来ない、とてつもないことだという思いを新たにした。

今丁度掛かった、森高の「秋の空」がいい感じだ。(リンク先はセルフカバーなので、今ひとつ)

PS. こんなのを見ると、明日会社に行きたくなくなるのだが、まあ、それはいろいろ面倒なので、我慢して行きたい。。。

PS2. 中に、「電気に関心が強いようで、よく冷蔵庫のコンセントを抜いて喜ぶ」などど書いてあって、三つ子どころか一つ子の魂百までのようだ。

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去年もいろいろありましたが、歳とともに加速度が付いて*1、あっという間に2017年となりました*2

そろそろ新年という時に思い出すのは、ジョンの"Happy Xmas (War is over)"です。クリスマスの歌ですが、冒頭の"So this is Christmas. And what have you done?"が、何とも年越しのような気分にします。

そして、こうして(ある年のように雪国の病院ででなく*3、またある年のように脚が不自由でもなく、)のどかに新年を迎えられるというのも、ありがたいことです。今年はどうなるのか分かりませんが、できるだけ楽しく行きたいです。皆さんも、今年一年、楽しくお過ごし下さい。

去年は、一言で言えば、出会い・再会に恵まれました。旧友に数十年ぶりに会えたり、不思議なご縁から、音楽の好みが近くて楽しくお話ができる方に出会ったり、まったくの偶然(何気なくコンビニのポスターを見て)から、コンサートに行く気が復活し、好きな演奏家が見つかったりと、世の中はどこに何があるか分からないものです。ただ、何もせず内に篭っていたら、そういう機会はなかった訳で、やっぱり、失敗するかも知れないけど、いろいろやってみる価値はあるなと、今は思っています(でも、失敗すると、やっぱり落ち込みますけど)。

などと、年に一度くらいは殊勝なことを書くのも、いいですかね。。。

今年も気の向くままに書いて行きますので、ご興味のあるものをお読み頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

PiuLento / れんと
戸川純 「昭和享年」(1989)を聴きながら

 

*1 正しくは加速度は増えません。加速度は一定で、その加速度のために年々速度が増しているのです。もちろん、加速度が増えることもあり得ますが、その場合は一瞬で年老いそうです。

*2 実際には、これを書いている時点では、まだ2016年です。もし地球が疲れ果てたりして、「2017年は中止!」ってことになったら、どうしましょう?

*3 クリスマスや年末年始をも含んだ病院生活は、当時の行き詰まった状況に変化をもたらしたという点で、今となっては結構楽しかったのですが、「ま(以下略)」などと書くと、言霊となって本当に起こりそうなので、そうは書かないことにします。

 

以下、例によって余談です。

  • 以前も書きましたが、上の賀状は、実は第3候補です。すごく気に入っていた第1候補(→ ご参考まで)は、季節が合っていないことに気付いて不採用とし、本来ここに出す予定だった第2候補を葉書にしました。でも、上の絵柄も気に入っています。ちょっとくだけているので、年賀状には向かないかも知れないと思ったのです。
  • それから、イラスト(フリー素材を利用)は、猫がお酒をねだっているから正月らしいなと思っていたのですが、実はご飯でした。
  • 猫といえば、どういう訳か、世の中は猫好きが増えてきたようで、根っからの猫派としてはとても誇らしいのですが、いつものように一過性のものになってしまわないかと、ちょっと心配です。
  • そして、去年は多くのブログ仲間の猫が亡くなりました。寿命はどうにもならないことですが、何とも悲しいです。でも、みんな天国で楽しく暮らしていると思います。黒猫の優作も居ますよ。
  • 仕事は待ちぼうけばかりでした。が、年末になって、ようやくいろいろ始まり、今度は年度末に締め切りが重なって大変です。もうちょっとまともに管理して欲しいのですが、まあ、お客さんの都合もあるし、常に忙し過ぎて疲れ果てるよりはいいです。
  • 車は(縁石に擦ってしまったものの、)相変わらず調子良く、PCは(6年が経過しようとしていますが)Linuxが快調に使えています。Linuxは、どうしても無理なことがあったり、時々「補修・改良作業」が要りますが、前者は割り切ればいいし、後者は自分でできることばかりなので、問題ないです。
  • そのLinuxの改良作業は、信じられない程ペースが遅いです。でも、大きな問題がある訳ではないので、昔と違い、「まあいいか」と思えています。そのようにして、やみくもに完璧を求めないことで、昔ほど気力・体力を消費しなくて済むようになったのは、歳をとったメリットであり、良くない点でもあるように思います。
  • 一方、身の回りには嫌なことや心配事がいくつかあり、世の中、特に日本は大変雲行きが怪しく、悲観しているのですが、どうにもならないことが多いので、案じても仕方ありません。
  • 今年はゆとりがあったのか、この投稿の修正回数は、31日の朝の時点で200を超えました。「やみくもに完璧を求めない」と書きつつも、手を抜けないところはあるようです。
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