Archive for the ‘ノスタルジー’ Category

住民税の自動引き落としの手続きで市役所に行った帰りに、昼ご飯を食べようと、久し振りに大きなショッピングモールに寄った。モールまでの道も店内も、全然方向感覚がなかった。走って・歩いていて、そこがどこか分からず、どっちに向かっているのかすら分からなかった。疲れていたのか、ナビに頼りすぎているせいか、方向音痴が悪化したかボケたか。

店内は、なぜか、別世界とか異次元のように感じた。そのせいなのか、お腹はまあまあ空いていたのだが、いろいろな店を見ても特に食べたい気分にならず、いつもの大戸屋にした(いつもここなので他を探したのだが・・・)。いつもおいしそうな物が多いのだが、今日は、麦みそ汁定食とかぼちゃコロッケにした。麦みそ汁も野菜の蒸し物も野菜たっぷりでおいしかった。コロッケは悪くはなかったが、かぼちゃじゃなくて普通のが食べたかった。でも、伝票の金額を見て驚いた。とても満足したのに、たったの1050円とは安すぎだ。

それから随分長く店内をぶらついた。平日のせいもあって、店内はのどかだった。やはり、赤ちゃんを連れたお母さん(帰る頃には、ずらっと並んでいたベビーカーが払底していたので、驚いた)と老人(特に、おじいさんが至るところで座って休んでいた)が多かった。

HMVに入っても、特別おもしろそうな曲やアーティストは見当たらず(せいぜい、昔のドラマの主題歌(ELTなど)のCDの宣伝にひかれた程度。それに、何かあっても「Spotifyで聴けばいい」と思ってしまう。あと、今の日本のグループの名前は、どれもセンスない気がするなぁ・・・)、店員のお姉さんと仲良くなりたい程度だった(なんてことを書くと、「結局そこかよ!」と台無しになってしまうので、書かなかったことにするw)。スタバもタリーズも閑散としていて、Macを広げてドヤっている人などいなかったw (それはもう終わった?)

いつも思うのだが、化粧品店の店員さんは大抵色っぽくて、いつも目をひかれる。それくらい綺麗にしていないと、女性も買いたくならないのかなと思った。前にも書いたが、女性の服を見るのは結構楽しい。断然カラフルだし、形やデザインにも目をひかれる(だから、オバさん用の鼠のような服は論外だ)。それにしても、今の人は体型がすごくて(例: 背が高く、脚も長く、スリム)、まさに新人類とか異国の人とか宇宙人のように思えてしまう。バブルの頃(例: ジュリアナ)の写真を見ると、全然違うのを実感する(まるで他人事のように、「昔の人は頑張ってたよなぁ」なんて思ってしまう・・・)。まあ、本当に何十年も経っているのだから、タイムマシンみたいなもので、新人類と思うのは当然のことなのかも知れない。

意外にこの辺りにもイスラムの人が居るのか、フード(簡易なチャドル?)を被った女性の二人連れが歩いていた。その後、フードコートで何か食べていた。

ぶらついていておもしろかったのは、何も欲しいものがないということだ。上にも書いたように、特別食べたいものすらないほどだ。いろいろな物を見るのは刺激になって楽しいのだが、(題にしたように、)それを買わなくて済むことが更に楽しい。(強がりのように聞こえるだろうが、)欲しいけどお金がないから買えないんじゃなくて、全然欲しくないのだ。おもしろいと思ったものを買わないことで楽しくなり、満足する(買ったことを想像して楽しくなることすらない)逆に、買ってしまって物が増えることが嫌なのだ。このままずっと、欲しいものができなければいいとすら思うし、不自由・不快にならなければ、いくらでも物を減らしたいとも思う。もちろん欲しいものはあるが、お金では買えないもの・形のないものがほとんどだ。

例えば、いくら掛ければ、K. 488を最高に弾けますか??

それに比べれば、「月旅行」だの、有名な楽器や名画を持つ(だけ)なんて、全くちょろいものだ。実際にはできないけどw

その後1時間くらい軽く走って帰宅した。どうにも眠かったので、事故などに注意した。途中で危うく前の会社の前を通りそうになって(方向音痴なのでこうなるw)、横に逸れた。なんだかんだで5時間くらい出て居たので、結構疲れた。身体が痛い。

 

PS. 住民税は意外に高い。国保も高い。どちらも想定外だったw 「ボディブローのように効く」という言葉が合いそうだが、それはそれほど痛くないというイメージがあるが、そんなものではなく、本当に痛い。どうしてそうなったかというと、辞める前には無収入の場合の額を調べたから、どちらも最低額で、「ほう、安い」と思っていたのだが、今年度(と来年度)は、前年度の給与収入の分が数十万円(!)にもなって、それが効いているのだ。

まあ、元々天引きで意識せずに払っていたものだから、突然増えた訳ではない。怪我しても、血が出ているを見るまで痛く感じないのと似たようなものか。あと、良く聞く、一時的に儲かった人が全部使ってしまって、税金が払えなくて困るってのはこういうことなのだと実感した。それに、こんなに高いのは、(今考えている仕事が大成功でもしない限りw、)あと少しの辛抱だろう。

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ある球技(でも、羽根は球なのか?)の選手が国の宿舎かなんかの自室に女性選手を連れ込んだとかいうニュースを読んで、うらやましくなっさすが強い選手は元気だなあと思ったがw、昔賭博だかで捕まったのに懲りない人だ。でも、なぜか憎めず、つい笑ってしまうのは、昔の知人に似ているからかも知れない。たまたま、最初の会社の知り合いが、同じ競技の部に入っていたのだが、なかなかの遊び人で、たまに遊ぶと僕の知らない世界を垣間見せてもらってw楽しかったので、その種目にはそういう人が集まるのかと思ってしまったが、まあ、単なる偶然だろうw

それにしても、犯罪や薬物をした訳でもなし、そういうことをしたために負け続きだとか怪我したとかじゃないのなら、どうだっていいと思う。そもそも、国の施設でそんなことするとはけしからんと責めるが、抜けだしてホテルに行っても自宅で会っても、どうせ叩くじゃないか。一体、何ができるのだろうか? 大人しく文通チャットでもしてろってことかw さすが日本には聖人君子が多いようで、まったくありがたくない今日この頃。

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今日は大失敗してしまった。思い出の品の整理対象で残っていた、シルビアのカタログを取り込んだのだが、想定外のことばかりで台無しになってしまった。

3.11以来いつもいつも言われているが、「想定外」ってのは、本当にやる前には気付いていなかったことだからどうしようもなくて、担当者を責めて欲しくはないが、それでも、本人の不注意(実際には、「注意したくてもできなかった」が近い)が原因のことは多い。そして、組織だったら、他の人が充分にそれを検出すべきものではある。が、それでもなかなか難しい。

一方で、当時は気付いていたけど、面倒だから「まあ大丈夫だろう」ということにして、問題が起こったら「想定外」と言うことも多いから、それはガンガン責めて欲しい(ただ、それを外部から区別するのは難しい)。

その失敗について書く前に、経緯を書こうと思う(面倒な人は、下の画像の辺りまで飛ばして下さい)。

まず、前の投稿へのnaokiさんのコメントに返信する頃に、「大きいスキャナがあれば」と思った。ただ、これだけのために買うのももったいないから、レンタルを探したら、安いのは富士通のカメラ式のしかなかった。ScanSnapのようなので大きいのに対応するものは、ないかかなり高かった。

次に、以前のPhedreさんのコメントを思い出して、コンビニのマルチコピー機でスキャンできるか調べたら、できることが分かった。それでもう、終わった気分になってしまったw で、近くのスーパーのを見たら、それもスキャンできるので、試してみたらUSBメモリを認識せず、駄目だった。仕方ないので、家に戻り、手持ちのもう一個を持って行って試したら認識したので、スキャンしてみた。

が、どうも画面の取り込み画像の雰囲気がおかしかったので良く見たら、どうやら用紙サイズ(方向)を自動認識していないようだった。それで、向きを変えてみたら、うまく取り込めた感じだった。ただ、失敗の可能性があるので、少しだけにした。4枚で80円だった。

家で確認したら、案の定、無事死亡していたw カタログの用紙は定形サイズでない(A4より少し幅が広い)のだが、そのマルチコピー機はサポートしておらず、A4の幅で切ってしまっていた。そもそも、開いて2ページを一度にスキャンできると思っていたのに、1ページずつしかできなかったのも想定外だった(定形でなく、最大サイズのA3より大きいから仕方ないのだが)。

まったくがっかりだった。そのマルチコピー機には、他にも以下のような想定外の問題などがあった。

  • 傾き補正がない。
  • 処理が遅い。1枚の取り込みに30秒くらい掛かる。
  • なぜか、保存先はUSBのみ。SDカードなどは不可。
  • 時刻が半日ずれているw

メーカーはコニカミノルタだったと思うが、笑えるほどお粗末だ。メジャーなコンビニの(例: 富士ゼロックス)はもっとマシなのかと思ったのだが、何となく、非定形サイズや傾き補正には対応していないような気がしたので、そっちで試すのは止めた。

それで、仕方なく、切ることにした。端の方の目立たない場所で切ればいいと思ったので、スキャナ(ScanSnap)が取り込めそうな最小の幅を残して縦に切ることにした。用紙の幅はA4より3cmくらい広かったので、余裕を持って3.5cmで切った。

早速、取り込んだ。大きい方は問題なかった。小さい方は、、、「用紙がない」というエラーになった。「え??」と思って調べたら、どうやら、取り込める最小の幅は5cmくらいのようだ。実際には、もう少し狭くても大丈夫なようだが、とにかく、3.5cmは駄目だった。ガイドの最小幅(5cmくらい= 名刺などの短辺)には意味があったのだ。。。

それで、仕方なく、切った細い紙片をテープで繋げて取り込み、ソフトで切り出して分割し、地図の時と同様に、大きい方と繋げることにした。なかなかの手間だったが、分割まではできた。が、(初めて知ったのだが、)ScanSnap organizerは、ほぼ同じ大きさのページでないと、エラーになって繋げられなかった(何とも制約の多いソフトだ)。。。それで、pdfshufflerで並べ替えてpdfnupで繋げてみると、これも各ページが同じサイズであることを想定しているのか、細い方の余白が大き過ぎて全然繋がっていない。。。 (今気付いたが、大きな地図を繋げた時に隙間が空くことがあったのは、これと同様に、切った各ページのサイズが微妙に違っていたせいかも知れない。)

それからさまざまな試行錯誤をして、ようやく何となかった。pdfnupのパラメタを変えて2種類のファイル(要は、奇数・偶数ページ用)を作り、pdfshufflerを使い、それらの中でうまく繋がっているページを選んで余白を削り、まとめて1つのファイルにした。

すごく苦労したのに、「これじゃない感」が漂ってしまった(最初の版では、表紙にテープが写っていて更にひどかったので、やり直した)。

更に良くないのは、切る前にカメラで写しておこうと思っていたのに忘れてしまって、元の状態の記録がないことだ。このカタログは(実家でなく、)ずっと手元に置いておいて、(そのままでは取り込めないし、切るのは嫌だし、)どうせカメラで撮っても綺麗には写らないと思っていたせいか、過去の写真を探してもどこにもなかった。。。

まったく、いくつもの想定外や不注意が重なった。

でも、安心して下さい。実は、もう一部ありまーす!w 当時、カタログを2種類もらっていたのだ。一つは簡単な方(通常版?)で、今回切ったもの。もう一つは豪華版とか完全版とでも言うのだろうか、ページ数が多いもので、そっちは無傷だ。今となっては、それはどうしても切りたくない気分だ。何とかして非破壊で取り込むかそのままずっと持っているかだが、もう少し考えよう。

バックアップのために、その豪華版カタログをとりあえずデジカメで撮影したので、ちょっとお見せしたい。

スキャナじゃないので、歪んでいたり画質が悪いのが残念なのだが、バブルの息吹が伝わるだろうか? 若かった僕は これにコロッと騙されて、「これは買うしかない!」と思ってしまっただ・・・ (この、かっこいいお姉さんみたいな人と親しくなれそうな気がしたかどうかは、定かでないw) それにしても、今、こんなかっこいいカタログはあるのだろうか? BMWとかの高級車ならあるのかな。

(9/4 6:19, 7:40 少し加筆・修正、画像を追加。更にひどかった画像などへのリンクを追加)

 

PS. さて、豪華版をどうやって取り込むかだ。

  • どこかにPDFのファイルがないか、探す。
  • スーパーのマルチコピー機で1ページずつ取り込んで、修正する。: すごく面倒だが、手順は分かった。
  • コンビニのを試す。: せいぜい、高速で傾き修正がある程度?
  • スキャナをレンタルする。: 高いうえにカメラ式なので、余り意味がない。

どこかにPDFがありそうな気がする。闇の車サイト?? 日産のサイトの「ヘリテージコーナー」とかいうところにあったりすると、少し見直すのだが。まあ、今はフランスのおっさんが威張ってる会社だからないと思うがw でも、仮にPDFがあったとして、苦労せずに手に入ってしまうと、なんか少し物足りない気がするのは、単なる馬鹿者不思議だw (9/4 6:58)

(9/5 15:20追記) スーパーのマルチコピー機で取り込んでみたが、それがとんでもないシロモノで、「だめだこりゃ」レベルだった。何が駄目かというと、実は傾き補正機能があったのだが、それがダメダメで、余計に傾き補正してしまって大抵1°前後傾くうえに、背景に斜線があると騙されてしまって、以下のようになってしまう。しかも、補正のキャンセルや調整はできない。

コニカミノルタ製マルチコピー機のアホな傾き補正機能の結果・・・

この傾き補正、良く考えると全くのカスだ。というのは、いくらなんでもこんなに傾けて紙を置く人はいないし、居たってそれを無理して補正する必要はないし(この機械は、スキャン結果の小さい画像を見て、駄目なら除外できるから、失敗したってお金は掛からない)、この印刷は色が濃いから四辺が確実に分かり、そこから紙は傾いていないことが分かるはずなのに、それを全く考慮していないからだ。上に書いた、大抵1°前後傾くのも、写真中の斜線に影響されたようだ。変なところで敏感で使えない。

それから、高解像度(600dpi)で取り込んだせいかも知れないが、取り込みも保存も遅く、シルビアのカタログ(32ページ、64枚)の取り込みに1時間くらい掛かった。すごく疲れた。だから、あそこのスキャン機能はもう使いたくない。

上のページはどう頑張っても傾いてしか取り込めないので、画像を回転させて対応した。ページが特殊なサイズのため、各ページについて2枚の画像を繋げる必要があるので、傾きを修正するために回転させると画像のサイズが変わってしまうため、とんでもない手間になる。まるで、自分でカタログを制作しているかのようだw

取り込んだ画像をカタログにする・・・

随分苦労したが、ようやく画像を再構成してPDFにできた。随分綺麗になった。もちろん非破壊だ。ただ、これがものすごい価値があるかというとそうでもなくて、単なる自己満足である。まあ、思い出の品の整理の一環として、いつ原本を破棄してもいい準備ができたということと、PCで手軽に見て愉しむ程度だw あと、箸にも棒にも掛からない、ダメダメマルチコピー機があることが分かったのは、結構な収穫だ。 (9/5 16:50)

マルチコピー機で取り込んだ画像を再構成して作ったた、シルビア(PS13)のカタログ(豪華版?)

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ちょっと思い立って、思い出の物を整理していたのだが、困ったのは、地図やパンフなどの大きな紙だった。普通の大きさならスキャンできるのだが、大きいものは切らないと取り込めない。普通の書類なら適当に切ればいいが、残っていたのは、ソ連旅行(1989)で買った地図や、好きだった映画や、社会人になって初めて買った車(シルビア(PS13))のカタログで、気軽に切ることはできない。仮に切ったとしても、繋がった状態で見たかった。

それで、PDFの各ページを繋げる方法を調べてみたら、なんと、ScanSnapのアプリ(ScanSnap Organaizer)でできることが分かった。随分長く使っていたのに、思い付きもしなかった(単に、取り込んだファイルを整理するだけの「余計なアプリ」だと思っていたw)。もっと早く知っていたら、結構便利に使えたのにと思う。ちなみに、手持ちのAcrobat(ScanSnapに添付のもの)ではできないようだった。

試しにバイカル湖の地図をやってみたら、予想外にうまく行ったので、次の地図(キルギスタン)に進んだら、早くも想定外の事態になった。繋げられるページのサイズに上限(A3まで)があるので、余り大きいものは繋げられないのだ。結局、8ページ(裏表各4ページ)になってしまってがっかりしたが、でもまあ乗り掛かった船だし、あとで別のツールで繋げられるかも知れないので、ソ連の地図全部(5葉)と映画(「グラン・ブルー完全版」(1992))のパンフを取り込んだ。

地図に書かれているのはキリル文字なので、もちろん読めないうえに上下左右裏表すら良く分からずw、繋げるのに苦労した。あと、パンフの厚手の紙は取り込みの時にズレるのか、地図と違ってうまく繋がらない場合があった。

「グラン・ブルー」はすごく懐かしかった。今では誰も話題にすらしないのが寂しいが、まあ、もう20年以上(初公開からは30年)前だから、仕方ないか。そういえば、監督(ベッソン)が不祥事でMe too運動?で告発されていて、がっかりした。そして、パンフに載っていた広告の素材(ワイルドブルー ヨコハマダブルのスーツ)がいかにもバブル(実際には、その頃は末期だったか既に終わっていたのだが)なので、やっぱり懐かしくなった。どっちも今はないもんな・・・ そして、ビールの広告の根津甚八を近頃見ないと思って調べたら、2016年に亡くなっていたのを知って、(全然好きではなかったが、)やっぱり寂しくなった。

そういえば、ジョンの曲に「誰も教えてくれなかった」("Nobody told me"(1984))ってのがあったが、ちょっとそんな気分だ。

(9/3 8時追記) PDFのページを繋げて大きなサイズにする方法を調べたところ、LinuxやWindows用の売りもの(Master PDF Editor, FoxIt Phantom, PDF Element Pro)の試用版ではできなかったのだが、Linuxのフリーのプログラムpdfnupでできた。これは、印刷時の複数ページを1ページに出す機能(n-up)のPDF版のようなもので、ファイル内の各ページを指定した配列(例: 4x2)で繋げる。結局、PDFの印刷のn-upでも同様の結果は得られるが、その場合、オリジナルのファイル情報が失われてしまう気がするので、こちらの方が良さそうだ。

ただし、均等に切れずに各ページのサイズが微妙に異なる場合、取り込み時のページサイズの自動認識の問題か、各ページの間に隙間が開いたり、上下幅が微妙に異なる場合があった。ページサイズを手動で指定したり、上下の隙間を埋めてサイズを合わせればいいのかも知れないが、なかなか難しい。

pdfnupは、Linux Mint(Ubuntu系)では、パッケージpdfjamの実体、texlive-extra-utilsとtexlive-latex-recommendedをインストールしたら使えるようになった。なお、pdfnupは連続したページを繋げるので、あらかじめ、繋げたいページの順序を調整しておく必要があるが、LinuxではpdfshufflerがGUIで便利だった。これはページの回転もできる。

 

PS. 残りはシルビアのカタログだが、あれはまさに古き良きバブルを体現していて、本当は切りたくないのだが、まあ、残しておいてもしょうがないもんね。。。

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先日、SpotifyでTRF(trf)の「寒い夜だから・・・」が掛かって懐かしかったのだが、どうも何かが違う気がした。その時はミックスが違うのかと思った。曲名に"1994 Version Original Mix"と付いていたのが、違う原因かと思っていた。調べると、初出は1993年なので、1年後に再ミックスして出したのかと思ったが、それにしては短期間なのでおかしい気はした。

そして今日、オリジナル(1993)が掛かった。「これが本物だ」と思った。が、歌い出しのフレーズなんて、当時はもっとスピード感や突き抜け感がある歌い方だった(それが印象的だった)と思っていたが、今聴くと、なんかじれったいくらい遅く感じる。あと、声が細いのもイメージと違う。

が、掛かったのは紛れもなく本物なので、僕の記憶が違うのだろう。当時は若かったし、自分の気分や状況や流行りの音楽や世の中が今とは違っていたから、上のような強烈な印象を受け、それを覚えていたのだろう。

そして、実際には、最初に書いた"1994 Version Original Mix"も今日の1993年のと同じもののような気がする(上に挙げたYouTube(1994年のが僕が最初に聴いたのと同じと仮定して)で比べたら、違わない気がした)。しかも、YouTubeだと声が太く聞こえたし、スピード感もあった。(今回の)最初は随分久し振りに聴いたので、頭が混乱したのかも知れない。何回か聴くとイメージが復活するのだろうか。

こういうことは結構ある。クラシック音楽でもあるが、ポップ音楽の方が多いように思う。ちょっと気に入った曲を時間が経ってから聴くと、「あれ、違う曲?」とか「あの(気に入った)フレーズが出てこない?」とか思うことがある。脳内で、自分の曲・アレンジを作ってしまうのだろう。そういえば、時間が経ってなくても、ピアノを自分の勝手な思い込みや解釈や乗りで弾いて、先生に「違う」と言われたこともあったなw

 

PS. 最初に聴いた時に調べて思った余計なこと: 今は、メンバーは全員50代なので、笑ってしまった(当時から続いているから当たり前なのだが、"trf"って言ったら若いイメージなので)。しかも、ダンスとかDJとかの人が多くて、ボーカルの人以外はレコーディングに参加しているのか謎だ。

PS2. (1995年頃に)最初に聴いて十年くらい経ってから、たまに行っていた近所の中古CD屋でtrfのベスト(1998)を見て、当時を思い出して懐かしくなって、思わず買いたくなった。が、冷静に曲目を見たら、この曲しか知っているのがなかったので、長考の末、止めた。当時はYouTubeはなかったか今ほどのレパートリーではなかったから、こういう曲を手軽に聴くことができなかったのが懐かしい。

全くの昔話だが、当時はfinetuneやimeemという無料音楽配信サービスがあった。今のSpotifyの無料版に似ていたと思う。僕は、それを苦労して「ダビング」(ダウンロード)して、好きな曲を集めていたものだ。そんなことをブログに書いたら、「良くない」とか言ってご指導下さった友人が居たw 聖人君子でもあるまいし、昔から、つまらないことで人の揚げ足を取って得意になる人は居たものだ。 (どうも、いつものように、最後に余計なことを思い出してしまったなw)

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Spotifyを始めてから、岡村孝子を再評価した。以前は、「あみんで売れた人だけど、なんかミーハーっぽいよな」と思っていたのだが、改めてヒット曲(「夢をあきらめないで」(1987))を聴くと、悪くない。それから、その曲が入っている"liberte"(1987)のジャケットの雰囲気(主に髪型?)が森高に似ている(森高より落ち着いて見える分、上かも知れない)せいか、妙に気になった(そんな自分こそミーハーだw)。意外に僕より年上で、今は56歳でおばさんになっているけど、近影を見る限りいい歳の取り方をしている感じで、なかなか好感が持てる。こういうお姉さんが居たら悩みを聞いてくれそうだ。

岡村とは関係ないのだが、やっぱりSpotifyで改めて好きになった(というか、昔からヒット曲が好きだったから懐かしいけど、今聴いても、やっぱり曲も歌もいいと思う)渡辺真知子には誤ったイメージを持っていた。結構前から大阪出身と思い込んでいて、今は、いかにも「大阪のおばちゃん」になっているのだろうと思っていたのだ(実際、公式ブログの写真はそう見える)。好きな曲(「迷い道」(1977)や「かもめが翔んだ日」(1978))の歌い方やTVでの言動(といっても、観たのは大昔のことなので、記憶が確かでない)が、どことなく大阪の人を思わせたのだ。でも、岡村を調べたついでに調べたら、横須賀出身だったことが分かって、ちょっと驚いた。だから、大阪出身と思い込んだのは、姉御的な雰囲気を感じたせいかと、今思っている。こういうお姉さんが居たら、乗りが良さそうで楽しくて、頼りにできそうでいいと思う。

結局、「いいお姉さんが欲しかった」ってことに帰着しそうだ

と思いきや、ついで(記述内容の検証のため)にもう一人調べたら、大どんでん返しがあった! 渡辺と同時代にヒットした庄野真代が大阪出身だったのだ。ヒット曲、「飛んでイスタンブール」(1978)はいかにも都会的で(大阪が都会でないという意味ではないです。東京人の、いかにも「私、かっこいいでしょ」とかどことなく冷たい雰囲気を感じたのです)、横須賀とか東京出身のイメージがあったのだが・・・ どこかで渡辺と記憶が逆転したのかも知れない。更に調べたら、同じ頃に東京出身の久保田早紀が「異邦人」(1979)をヒットさせており、この3人のイメージが混ざっていたような気もして来た。実際、「イスタンブール」と「異邦人」はどちらも好きだけど、頭の中では渾然一体としていて、聞かないと分からない(当然、頭を歌うこともできない)。

結局、僕のイメージや記憶は当てにならないってことに帰着しそうだw

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昨日、ふと、「なぜ日本の演劇は「大げさ」「わざとらしい」と感じるのか」という見出しが目に入った途端、本気で膝を叩きそうになった。もしかしたら、「おお」とか口に出したかも知れない。

20年以上前、僕は劇にはまっていた。特にシェークスピアが好きだったので、戸山のグローブ座なんかに良く観に行った。いろいろな劇団のを観た。劇を観るのはおもしろかった。劇は、音楽同様、生身の人がリアルタイムに目の前で演じるところが好きだ。

その頃意外だったのは、日本の老舗の劇団(「**座」のような名前のところ)の演技が、どうもわざとらしくて滑稽にすら思えたことだ。一方、RSCなんて、英語でまくしたてるから、言ってることはほとんど分からないのだが(状況や雰囲気とか記憶の中の原作から推測していたw)、全く不自然さは感じず、引きこまれた。

ただ、今気付いたことだが、書かれたままの原語をネイティブが演じているのだから自然なのが当然というのの他に、言ってることが分からないから、不自然さを感じるまで達していなかったのかも知れない。

当時は、まあ、(日本のは)古い劇団だからそういう作風なのかとか、(有名な)その人がそういう演技(で固まってしまっているせい)なのかとか思って、「いくら有名でもいい訳ではない」と自分の中では思っていたが、観客はいかにも良かったかのように拍手していたし、周りにそういう話をする相手が居なかったので、僕の好みの問題だと思っていた。

が、昨日、上の記事を目にして、僕だけの問題でなく、日本の演劇の本質的な問題だった(少なくとも、プロでも「わざとらしい」と感じる人が居た)ことが分かり、安心した。要点は、台本のセリフの書き方の問題と、「日本には「対話」という概念がない、あるいは薄い」ということらしい。

後者は初めて知ったのだが、それが本当なら、僕がいつも感じているストレスの一因はそこにあったのだと思った。対話の概念が薄い社会なら、いくらこっちが問いかけてたって、応答なんてなくて当たり前だ。「じゃあ仕方ないな」と思える。

そういうストレスは、実は、シェークスピアが原因だったように思う。シェークスピアを読んで・観て、あの世界にかぶれてしまい、「とにかくやってみる」とか「(黙っているより)意見を言ってみる方がいい」などと思うようになった。これに関して一番影響が大きかった作品は、「ハムレット」だったと思う。

だから、劇なんて好きにならなければ、そんなストレスはなかった訳だ。が、自分の意識を変えたことで減った、それまであった別のストレスは依然としてあっただろうし、そっちの方が重かったような気はする。

書いた後でちょっと気になったのは、彼は「日本には対話の概念がない」とは書いているが、日本だってしゃべり好きな人は沢山居るから、彼が言っているのは僕の思ったこととは違うのかも知れない。「対話」(dialogue)と「会話」(conversation)の違いなのだろうか。あるいは、西洋の劇(戯曲)の主な構成要素である対話のことを指している(つまり、本当に劇だけの話だった)のか。これを確かめるには、彼の本を読むしかない。まあ、いずれにしても、僕がかぶれたのは西洋の劇の「対話」的なものだったように思うので、その点は合っていそうだ。少なくとも、日本の劇はわざとらしかったことは確かなので、それだけでも充分だ。

それならどうしたらいいのかを知るには、その記事の筆者(平田オリザ)の本を読めということだろうが、まあ、そこまではしない。そもそも読むのが面倒だしw、おそらく、彼の本を読んだところで、書いてあるのは劇の話が中心かも知れないし、そうでなくても、周囲の人や社会が(自然に)変わる訳じゃないので、逆に更にストレスが溜まりそうじゃないか。

今は、「じゃあ仕方ないな」で良しとするし、ごくまれに対話に応じて下さる方が居るだけで幸いだと思う。

PS. ちなみに、今は劇は全然観に行っていない。劇よりは音楽に行きたいが、そっちにすら行けていない。でも、RSCとかが来て手軽に行けるなら、行ってみたい。

PS2. 「わざとらしい」劇の話では、先日、ある大学に出張に行った時、その庭で、演劇部であろう学生数人が劇の練習をしていた。いかにも青春という感じで、楽しそうでうらやましかった。が、やっぱり、セリフの言い方などが「いかにも劇」で今一つだったので、一緒に行った人に思わずそう言ってしまったのだが、本人たちに聞こえて彼らをスポイルしてしまわかったか心配になったw

PS3. 今頃、冒頭に、

またやっちゃったよ! 家の階段で。いや、それは「膝を折った」だ。

とか軽くボケればおもしろかったが、僕はいつも気付くのが遅いw それに、これは真面目な稿だ。 (13:52)

PS4. 日本には「対話」の意識がないということで、(平田の言う「対話」と同じかは不明だが、)ちょっと思い出したことがある。昔、ある人が演劇を目指していると書いて来たので、僕がシェークスピアが好きだとか、昔は良く観に行ったので、演劇にはうるさいとか、どういう方向を目指しているのかとか聞いたら、返事がなかったことがある。

その時は大変ムカついたのだが、数年経った今だってそうだ。自分の目指す道について聞かれて何も答えないというのは、僕の質問が余りにも低レベルで答える気を失ったか、そいつの考えが全くいい加減で、単に「役者を目指している」と言いたいだけのような場合だろうが、当時は後者と考えた。その証拠に、その人は、役者でなく「女優」になりたいと言っていた。全く笑う気にもならない。

そして今、日本人には「対話が重要だ」という意識がなさそうなことが分かり、その人は、僕の質問なんて大した意味はないから、無視してもさしたる問題はないと思ったのかも知れないと思った。まあ、それにしたって、役者(、それだけでなく、performing arts)を目指す人には他人との対話が重要だという、余りにも基本的なことを分かっていないという点で、どう逆立ちしたってまともな役者になんて絶対になれないと、今、無慈悲な怒りを込めて再びディスる。 (17:41)

 

(カテゴリは「映画・TV」だが、それに「演劇」も含まれることにした)

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SpotifyのDaily mixを聴いていると、いろいろな発見がある。ほとんどは、昔、TV(多くはCM)やラジオなどで聞いたけど、名前も演奏者も分からない曲が何か分かることだ。今日だけで、以下のように、何曲も分かった。

  • "Born To Be Wild"はSteppenwolfの1968年の歌のようで、意外に古い。カバーした人が居たのだろうか?
  • "Mellow Yellow"という歌があったようだ(これは聞いたことはない)。Donovanで1967年。昔のとても甘い飲み物(Mello Yello)はこれに由来するのか?
  • Billy Idolの"White Wedding - Pt. 1" (1982)という曲(彼の名前も)が「いかにも」で、普通は反感を持つのだが、なぜかかっこ良く思えるw
  • "Always Something There to Remind Me"という、懐かしい曲。Naked Eyesの1983年の歌だそうだ。
  • スローな"Right Here Waiting"はRichard Marxの1989年の歌だそうで、すごく懐かしい! サビしか知らなかった。雰囲気がTOTOやForeigner風なので、そこらかと思っていた。
    • この頃、大学の友人のWくんと、新横浜であったキリンのコンサートに行った。確か、誰かを誘うつもりで券を買ったが駄目だったので、代わりに彼を誘ったのだ。Richard MarxとBilly Idolも出てた気がする。メインはジェフ・ベックかスティーブ・ルカサーだった。 ← リンク先によれば、ベックもルカサーも出ていたが、Billy Idolは出ていなかった。すっかり忘れていたが、チャック・ベリーも出ていたようだ。何か弾いてた気がする。そういえば、全部の演奏の音がとにかくうるさかったのに閉口した。あと、終わった後で駅まで延々と続く行列にも閉口した。
  • "YES MY LOVE" (1982): 矢沢永吉は好きではないが、いい歌はあるし、歌も演奏もちゃんとしている。良く居るテキトーな歌手よりずっといい。(これは単なる感想。彼の歌は、知らなくてもすぐに分かる。)

こういう(再)発見はGPMでもなくはなかったが、ここまで頻繁かつ感動的ではなかった。やっぱり、その人が聴いたとかThumbs up/Likeした曲などで好みを認識する能力がすごいようだ。

さっき、ダウンタウン・ブギウギ・バンドの懐かしい「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」 (1975)を聴いて思った:

今は、「ちょっと前なら憶えちゃいるが、*年前だと分からねぇなあ。あんた、一体なんなのさ」って偉い人が沢山いるねぇ

と。そして、僕ですら、上のように何十年も前のことを思い出せるのに、そういう方たちは一体、どんな都合のいいオツムをしているのだろうかとw

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Spotifyの使い勝手を改良するプログラム(暫定版)を作った。仮に「Spotify制御ツール」(spotify-ctl)と呼んでいる。(作るのに結構苦労した割には、)見た目はしょぼいが、僕には欠かせないものだ。以下のような機能がある。

  • リモコンでSpotifyを操作できる。GMB(gmusicbrowser)と切り替えて使える。
  • 音量正規化のon/offをボタンで切り替えられ、その状態を表示できる。
  • リモコンで、「この曲の再生後に停止」を指示することができ、その状態を表示できる。

意外なことに、ほとんど誰も「この曲の再生後に停止」機能を欲していないようだが、几帳面な僕には必要だ。今の曲で聴くのを一旦止めようと思った時、一瞬でも曲のお尻が欠けたり次の曲の頭が出るのが許せないのだ(これ、本気です)。常に「ぴったり」で停めたいのだ。それをやるのにこの機能がないと、(車の信号待ちの時のように)曲の終わり辺りで再生位置のメーターに神経を集中させる必要があるので、疲れるw

少し内部的なことを書くと、システムは、以下のように、リモコン対応部(GMB用のプログラムに機能を追加)と制御・表示部(本体)からなる。

リモコンサービスプログラム

  • リモコンのキー(再生、停止など) → SpotifyまたはGMBに指示を送信する(DBus)。送信先(操作対象)は下のように切り替える。
  • 対象切り替えキーまたはその時の状況(例: 片方のアプリしか起動してなかったら、そっちに送る。片方が再生中だったら、そっちに送る。)で、制御対象(SpotifyとGMB)を切り替える。
  • 対象の切り替え時には通知を表示する。
  • 「この曲の再生後に停止」のキー → 制御・表示プログラムに指示する。

制御・表示プログラム

  • Spotifyアプリ (DBus) → 曲情報 → ウインドウに曲名、演奏者、アルバム名を表示する。
  • Spotifyアプリ (DBus) → 再生状態 → ウインドウに表示する("Playng status": "▶"/"⎟⎟")。
  • 音量正規化変更ボタンのクリック → Spotifyに設定し、ウインドウ下部のボタンに状態("RG is ON"/"RG is OFF")を表示する。
  • リモコンからの「この曲の再生後に停止」の要求 → 要求の有無をウインドウに表示("Playng status": "▶"/"▶⎟⎟")し、要求がある場合、曲の切り替わり直後に停止する。その後、要求をクリアする。

なお、本当は、GMBのミニプレーヤー(下図左側)のようにテキストを綺麗に表示してジャケット画像も出したかったのだが、表示に使ったツール(yad)の機能の限界のために見送った。余裕があれば、別のツール(uzblブラウザが有望)で実現したい。が、簡単に操作できることが重要で、見栄えは本質でないので、優先度は高くない。あくまでもお遊びだ。

やりたかったイメージ (左(GMB)が理想)

「なんだ、偉そうなこと言っておきながら、結局(GPMでやっていたことと)同じことを繰り返してるじゃん」と言われそうだが、結構違う。GPMの時は、第三者の作ったライブラリやアプリなどを改造して使っていたが、こっちは、純正のアプリを何も変えずにそのまま使い、一部(音量正規化の設定変更の仕方)を除いて、公開されている仕様(DBus/MPRIS)に基づいて作っているので、Spotifyの勝手な変更(仮にあったとしても)に右往左往させられる心配は少ない。だから、将来的な手間はずっと少ないはずなので、音楽(=本質)に集中できる。

遊んでしまったw テキストを見やすくし、ジャケット画像をSpotifyから取得して表示するようにし、再生状態はアイコンにした。これならまあまあ許せるかな? 表示には前と同じプログラム、yadを使ったが、前(form)とは別のモード(list)を使った。 (6/3 3:33, 13:12)

外観を大幅に改良したSpotify制御ツール

 

PS. まったくの余談だが、デバッグ中に「さらば涙と言おう」(1971)が掛かった時(→ )、ものすごく懐かしかった。というのは、僕の通っていた小学校では、下校時間にこの曲が流されていたのだ。どうしてこの曲なのかは今となっては知る由もないが、毎日掛かっていたのだ。たまたま帰るのが遅くなって、夕方の薄暗い時に、ちょっと悲しい気分で聞いた記憶がある。なお、この曲がいつまで使われていたのかは記憶にない。

何十年振りに聴いた気がするが、清潔とかシンプルな曲だと思い込んでいたのに、(基本はそうだけど)意外な雰囲気だったことが分かった。例えば、ハワイアンな音(ギター)があるのだ。尾崎の「また逢う日まで」(1971)もそうだが、当時は結構妙なアレンジが多かったのかも知れない。まあ、今の歌(全然知らないがw)でも後でそう思われる気もする。

あと、彼がのちに県知事になるなんてのは、まったくおかしなことだw でも、USだって似たようなものだ(爆)

PS2. GPMを退会するに当たり、ライブラリ(お気に入りのようなもの)の一覧を保存しようと思っていたのだが、面倒だ。ツールはあるはずだが、それを引っ張りだして実行するのすら面倒だ。そして、意外なことに、近頃は、「そんな一覧なんてなくてもいんじゃない?」とすら思って来た。

というのは、確かに、気に入った曲の一覧があればいいが、今まで、それを見て聴くことがほとんどなかったからだ。逆に、重複のチェックに使った程度だ。あとで一覧を見て振り返ればおもしろいだろうが、その程度だし、それなら日記やこのブログに書いてあるからいい。(クラシック音楽については)僕は、常に、新しい(自分の知らない)、自分好みの演奏を聴きたいと思っているからだろう。あと、演奏者やジャケットを見れば思い出せることが多いし、気づかずに再度聴けば気に入る可能性もあるのだ(実際、最初は気に入らなかった演奏をあとで気に入ったことがあったし、その逆もあった)。

要は、昔の人のように、何かの曲の話になったら、「ああ、あれ(あの人の演奏)は良かったよ」みたいなものだと思っている。曲名と演奏者名が分かれば、世の中のどこかにあるはずだから、聴こうと思えば聴けるので、音楽を聴くのに(個人の)ストレージは不要になった。すごい時代だ。というか、昔に戻っただけ?w

重い腰を上げて、ライブラリの曲一覧をダウンロードした。GPMでは190アルバムと表示されていたが、ダウンロードしたら184個だった。まあ、6アルバム程度は「誤差」として良しとするw

なお、Googleのサービスはもちろん、既成の(第三者の)プログラムでもできないようだったので(検索したら、ブラウザでGPMを開いて、開発者ツールにJavaScriptのプログラムを入れてなどという前時代的なことが書いてあって、げんなりした)、gmusicapiのMobileClientインタフェースのget_all_songs()を使って適当に作った。いつもながらPythonは嫌いだ。Perlよりはまともだが、なんで人気があるのか分からない。 (6/3 22:01)

PS3. 今気付いたが、このツールのおかげで、(Spotifyのアプリではできなかった)曲名や演奏者名などのコピーが容易になった。自分では気付かずに作ったが、これはうれしい!

PS4. それなりに動いていて便利なのだが、(いろいろ工夫はしたものの、)曲情報が改行されていないのはやっぱり見難いので、いろいろ試した結果、表示部に全世紀の遺物的なプログラム、Tcl/Tkがすごく良く使えそうな感じだ。今日、外側を作ってみたら、かなり理想に近くなった。あとは中身を作るだけだ。 (6/5 22:27)

新しいUIの案

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前回、Googleのいつもの勝手気ままな行動のために休日を潰したことを書いた。その時は暫定的な対処でしのいだのだが、正式な対処をする必要があり、結構大変(しかも、Googleの気まぐれでこの先がどうなるか不明なので、すぐには手を付けられない)なことを実感した。それで、どうするか考えた。いくつかの案があったのだが、その一つに、以前は却下したSpotifyに移ることがあった。

Spotifyを却下した理由は、Linuxのクライアントで音量正規化ができなかった(設定はあったが、効いていなかった)ことと、僕の聴きたい曲のレパートリーがGPMに負けていたことが大きかった。ただ、そもそも、GPMでの多大な苦しみは音量正規化をするためだったので、もし新しいSpotifyクライアントで音量正規化ができれば、そんな苦労が不要なので、充分に再考の余地があると考えた。

調べてみたら、近頃Linuxのアプリが更新されたようなので、インストールして試してみた。すると、音量正規化がかなりうまく働くことが分かった。普通のポップ音楽ではボリュームを調整する必要がないほどで、僕が苦労して作ったGPM+GMBのシステムを軽く超えていた。ただ、動的に正規化しているためか、ピンク・フロイドの「狂気」の最初の曲のように小さい音が長く続く場合には、音量の変化が激しくなって不自然になる。それにしたって、わざわざその曲を試したから気付いただけで、今まで数日間、普通にポップ音楽のラジオ(プレイリスト)を聴いていた限りでは、全然おかしくなった。あと、無料プランなのでビットレートは低いはずだが、(ポップ音楽では)音質も悪くなかった。

レパートリーに関しては、確かにGPMの方がいいことがある。が、試して実感したことがある。それは、(以前も書いたが)Spotifyの方がGPMよりずっと「音楽的」だということだ。言い方を変えれば、音楽好きな人たちが運営している雰囲気が感じられるのだ。一方、GPMからはそんなことは全然感じられない。他の事業と一緒で、持ち前の技術やお金やパワーでささっとシステムを作って出している感じだ。基本はお金や彼らの興味(先進性の誇示?)のためにやっているので、儲からなくなったら、あるいは、飽きたらあっさり止めるだろうし、(彼らにとって)つまらないことはしないのが見え見えだ。その証拠の一つが、上の音量正規化だ。ずっと要望されているにも関わらず、なーんにもしていない。GPMのラジオを聴くと分かるが、曲ごとに音量がバラバラなので、全く楽しめない。彼らはシステムを作るだけで、そのシステムでロクに音楽を聴いたことがないのだろうし、興味もないのだろう。きっと、良く居る技術○鹿集団なのだろうと思う。

ラジオ(プレイリスト)の曲目にしても同じだ。GPMにもそれなりのラジオがいくつもあるのだが、いつも何となく不満だったり物足りなかった。ところが、Spotifyのは全然違っていて、「これだ!」と感じられるのだ。

例えば、今朝からSpotifyの"My Generation: '80s"(無料会員登録すれば見られます)を聴いているのだが、最初の2曲を掛けただけでうれしくなった。「青い珊瑚礁」の次は「異邦人」なのだ! しかも、洋楽(例: ノーランズ "I'm in the mood for dancing")も混ざっていて、まるで僕のために作ってくれたようなリストなのだ。そういうのが全部で100曲、たっぷり聴ける。GPMのラジオは機械で作ったような感じだったが、これは違う。音楽好きのスタッフが作っているように思う。(6/4 20:54追記: 実際のところ、スタッフがどうなのかは分からないが、今日読んだ記事によれば、Spotifyの創設者ダニエル・エクは音楽好きらしい。顔はちょっと怖くて(眉毛がないところは、映画"The Wall"のピンク(ボブ・ゲルドフ)みたいだ)、いかにもロック好きの熱血漢という感じだw それはともかく、やっぱり、大きい会社のように、「儲かりそうだから、ちょっと真似してみるか」程度の軽い気持ちで始めた訳ではないようだ。)

Spotifyでプレイリスト"My Generation: '80s"を再生中

今まで試して来て、いろいろな不満・欠点は見つかっているのだが、それでも乗り換えたい気分になっている。繰り返しになるが、音楽的だということ以外に、純正アプリに音量正規化機能があってまともに使えるから、GPMでのような散々な苦労をする必要がないのは大きい。

とはいえ、やっぱり欠点はあるので、可能な範囲でカバーしようと思っている。以下に、現状での不足・不満な点を列挙する。いくつかは既に対処している。

  • サービス
    • レパートリーが若干狭い(アルバム数が少な目)。 → 入ってなくて聴きたいものは、CDを買うかダウンロード購入すればいい。
    • GPMの"I'm feeling lucky"に相当するラジオ(プレイリスト)がない。そのうちリコメンドされる?
    • 手持ちの曲(レパートリーにないものなど)をアップロードできない(デバイスごとに入れるしかない)。 → 割り切りの問題?: 自宅ではもちろん聴けるから、外で我慢すればいい?
  • Linuxアプリ
    • 音量正規化のon/offが面倒(拡張設定を開く必要がある) → 検討中
    • 曲名などのテキストが選択できず、コピーもできない。 → "Suggst an Edit"を選択するとブラウザで表示されるので、できる。
    • 「この曲で停める」がない。(GPMも同様) → 検討中
    • 検索に日本語が入らない。(ペーストは可。Webは可) → 何とかして欲しいw
    • リモコンをGMBとうまく共有する必要がある。 → 概ね対処済み。
    • Thumbs up/downできない(アイコンが出ない)ことが多い。謎仕様。(Thumbs up/downはリコメンドに関係ないのなら問題ないが)
    • UIが暗い。 → 改造できるようだ。

逆に、Spotifyのメリットもある。上に書いたこと以外に、以下のようなことがある。

  • サービス
    • 初出年が概ね正しい。(GPMよりずっと正しい)
  • Linuxアプリ
    • 検索結果の最大表示数が多い。
    • アタッカ(メドレーのように、2曲が切れずに繋がっていること)がちゃんと繋がる(今まで試した曲では、GPMで切れていたものも切れなかった)。
    • 演奏者などの情報も見られる。

数は少ないが、欠点を補って余りある。それらもSpotifyが音楽的だと感じる所以だ。

と、ここまで書いたら、当時結構好きだった"Overnight success"が終わったところで、無慈悲な鉄槌を下されてしまったw いや、無料プランの上限(15時間/月とのこと)に達してしまって、次が聴けない・・・ 無料でも無制限じゃなかったのか?? 広告を出してないからか。まあいいや、あとでプレミアムに申し込もう。そして、さっさとGPMを引き払おう!

最後に題について少し説明すると、僕はGPMをいじって遊びたかった訳ではなく、普通に音楽を楽しみたいがために散々苦労していたのだ。その原点に立ち返れば、これまでの苦労をきれいさっぱりドブに捨ててでも、Spotifyに移る価値があると思っている。だから、今までの実績(だかなんだか)があってもなくても、それに固執せず、原点に立ち返って、何が本質かを再確認するのは重要だと思う。と、ちょっと意識高そうなことも書いてみたw

 

PS. 早速プレミアム会員を申し込んだ。最初は100円/3か月なので、結構お得だ。なお、このキャンペーンや通常の最初の30日間無料試用は、以前試用をしたことがあると適用されない。僕も、新規アカウントを作り直したのに、そのパターンになってがっかりしていた。が、どうやら支払い口座(例: クレジットカードの番号)で判定しているようで、別の方法で支払うことにしたら、無事100円になった。ちょっとセコいが、まあ、チートして無料で使い続けるよりはマシではないかw (5/31 4:47)

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