Archive for the ‘ノスタルジー’ Category

Spotifyを始めてから、岡村孝子を再評価した。以前は、「あみんで売れた人だけど、なんかミーハーっぽいよな」と思っていたのだが、改めてヒット曲(「夢をあきらめないで」(1987))を聴くと、悪くない。それから、その曲が入っている"liberte"(1987)のジャケットの雰囲気(主に髪型?)が森高に似ている(森高より落ち着いて見える分、上かも知れない)せいか、妙に気になった(そんな自分こそミーハーだw)。意外に僕より年上で、今は56歳でおばさんになっているけど、近影を見る限りいい歳の取り方をしている感じで、なかなか好感が持てる。こういうお姉さんが居たら悩みを聞いてくれそうだ。

岡村とは関係ないのだが、やっぱりSpotifyで改めて好きになった(というか、昔からヒット曲が好きだったから懐かしいけど、今聴いても、やっぱり曲も歌もいいと思う)渡辺真知子には誤ったイメージを持っていた。結構前から大阪出身と思い込んでいて、今は、いかにも「大阪のおばちゃん」になっているのだろうと思っていたのだ(実際、公式ブログの写真はそう見える)。好きな曲(「迷い道」(1977)や「かもめが翔んだ日」(1978))の歌い方やTVでの言動(といっても、観たのは大昔のことなので、記憶が確かでない)が、どことなく大阪の人を思わせたのだ。でも、岡村を調べたついでに調べたら、横須賀出身だったことが分かって、ちょっと驚いた。だから、大阪出身と思い込んだのは、姉御的な雰囲気を感じたせいかと、今思っている。こういうお姉さんが居たら、乗りが良さそうで楽しくて、頼りにできそうでいいと思う。

結局、「いいお姉さんが欲しかった」ってことに帰着しそうだ

と思いきや、ついで(記述内容の検証のため)にもう一人調べたら、大どんでん返しがあった! 渡辺と同時代にヒットした庄野真代が大阪出身だったのだ。ヒット曲、「飛んでイスタンブール」(1978)はいかにも都会的で(大阪が都会でないという意味ではないです。東京人の、いかにも「私、かっこいいでしょ」とかどことなく冷たい雰囲気を感じたのです)、横須賀とか東京出身のイメージがあったのだが・・・ どこかで渡辺と記憶が逆転したのかも知れない。更に調べたら、同じ頃に東京出身の久保田早紀が「異邦人」(1979)をヒットさせており、この3人のイメージが混ざっていたような気もして来た。実際、「イスタンブール」と「異邦人」はどちらも好きだけど、頭の中では渾然一体としていて、聞かないと分からない(当然、頭を歌うこともできない)。

結局、僕のイメージや記憶は当てにならないってことに帰着しそうだw

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昨日、ふと、「なぜ日本の演劇は「大げさ」「わざとらしい」と感じるのか」という見出しが目に入った途端、本気で膝を叩きそうになった。もしかしたら、「おお」とか口に出したかも知れない。

20年以上前、僕は劇にはまっていた。特にシェークスピアが好きだったので、戸山のグローブ座なんかに良く観に行った。いろいろな劇団のを観た。劇を観るのはおもしろかった。劇は、音楽同様、生身の人がリアルタイムに目の前で演じるところが好きだ。

その頃意外だったのは、日本の老舗の劇団(「**座」のような名前のところ)の演技が、どうもわざとらしくて滑稽にすら思えたことだ。一方、RSCなんて、英語でまくしたてるから、言ってることはほとんど分からないのだが(状況や雰囲気とか記憶の中の原作から推測していたw)、全く不自然さは感じず、引きこまれた。

ただ、今気付いたことだが、書かれたままの原語をネイティブが演じているのだから自然なのが当然というのの他に、言ってることが分からないから、不自然さを感じるまで達していなかったのかも知れない。

当時は、まあ、(日本のは)古い劇団だからそういう作風なのかとか、(有名な)その人がそういう演技(で固まってしまっているせい)なのかとか思って、「いくら有名でもいい訳ではない」と自分の中では思っていたが、観客はいかにも良かったかのように拍手していたし、周りにそういう話をする相手が居なかったので、僕の好みの問題だと思っていた。

が、昨日、上の記事を目にして、僕だけの問題でなく、日本の演劇の本質的な問題だった(少なくとも、プロでも「わざとらしい」と感じる人が居た)ことが分かり、安心した。要点は、台本のセリフの書き方の問題と、「日本には「対話」という概念がない、あるいは薄い」ということらしい。

後者は初めて知ったのだが、それが本当なら、僕がいつも感じているストレスの一因はそこにあったのだと思った。対話の概念が薄い社会なら、いくらこっちが問いかけてたって、応答なんてなくて当たり前だ。「じゃあ仕方ないな」と思える。

そういうストレスは、実は、シェークスピアが原因だったように思う。シェークスピアを読んで・観て、あの世界にかぶれてしまい、「とにかくやってみる」とか「(黙っているより)意見を言ってみる方がいい」などと思うようになった。これに関して一番影響が大きかった作品は、「ハムレット」だったと思う。

だから、劇なんて好きにならなければ、そんなストレスはなかった訳だ。が、自分の意識を変えたことで減った、それまであった別のストレスは依然としてあっただろうし、そっちの方が重かったような気はする。

書いた後でちょっと気になったのは、彼は「日本には対話の概念がない」とは書いているが、日本だってしゃべり好きな人は沢山居るから、彼が言っているのは僕の思ったこととは違うのかも知れない。「対話」(dialogue)と「会話」(conversation)の違いなのだろうか。あるいは、西洋の劇(戯曲)の主な構成要素である対話のことを指している(つまり、本当に劇だけの話だった)のか。これを確かめるには、彼の本を読むしかない。まあ、いずれにしても、僕がかぶれたのは西洋の劇の「対話」的なものだったように思うので、その点は合っていそうだ。少なくとも、日本の劇はわざとらしかったことは確かなので、それだけでも充分だ。

それならどうしたらいいのかを知るには、その記事の筆者(平田オリザ)の本を読めということだろうが、まあ、そこまではしない。そもそも読むのが面倒だしw、おそらく、彼の本を読んだところで、書いてあるのは劇の話が中心かも知れないし、そうでなくても、周囲の人や社会が(自然に)変わる訳じゃないので、逆に更にストレスが溜まりそうじゃないか。

今は、「じゃあ仕方ないな」で良しとするし、ごくまれに対話に応じて下さる方が居るだけで幸いだと思う。

PS. ちなみに、今は劇は全然観に行っていない。劇よりは音楽に行きたいが、そっちにすら行けていない。でも、RSCとかが来て手軽に行けるなら、行ってみたい。

PS2. 「わざとらしい」劇の話では、先日、ある大学に出張に行った時、その庭で、演劇部であろう学生数人が劇の練習をしていた。いかにも青春という感じで、楽しそうでうらやましかった。が、やっぱり、セリフの言い方などが「いかにも劇」で今一つだったので、一緒に行った人に思わずそう言ってしまったのだが、本人たちに聞こえて彼らをスポイルしてしまわかったか心配になったw

PS3. 今頃、冒頭に、

またやっちゃったよ! 家の階段で。いや、それは「膝を折った」だ。

とか軽くボケればおもしろかったが、僕はいつも気付くのが遅いw それに、これは真面目な稿だ。 (13:52)

PS4. 日本には「対話」の意識がないということで、(平田の言う「対話」と同じかは不明だが、)ちょっと思い出したことがある。昔、ある人が演劇を目指していると書いて来たので、僕がシェークスピアが好きだとか、昔は良く観に行ったので、演劇にはうるさいとか、どういう方向を目指しているのかとか聞いたら、返事がなかったことがある。

その時は大変ムカついたのだが、数年経った今だってそうだ。自分の目指す道について聞かれて何も答えないというのは、僕の質問が余りにも低レベルで答える気を失ったか、そいつの考えが全くいい加減で、単に「役者を目指している」と言いたいだけのような場合だろうが、当時は後者と考えた。その証拠に、その人は、役者でなく「女優」になりたいと言っていた。全く笑う気にもならない。

そして今、日本人には「対話が重要だ」という意識がなさそうなことが分かり、その人は、僕の質問なんて大した意味はないから、無視してもさしたる問題はないと思ったのかも知れないと思った。まあ、それにしたって、役者(、それだけでなく、performing arts)を目指す人には他人との対話が重要だという、余りにも基本的なことを分かっていないという点で、どう逆立ちしたってまともな役者になんて絶対になれないと、今、無慈悲な怒りを込めて再びディスる。 (17:41)

 

(カテゴリは「映画・TV」だが、それに「演劇」も含まれることにした)

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SpotifyのDaily mixを聴いていると、いろいろな発見がある。ほとんどは、昔、TV(多くはCM)やラジオなどで聞いたけど、名前も演奏者も分からない曲が何か分かることだ。今日だけで、以下のように、何曲も分かった。

  • "Born To Be Wild"はSteppenwolfの1968年の歌のようで、意外に古い。カバーした人が居たのだろうか?
  • "Mellow Yellow"という歌があったようだ(これは聞いたことはない)。Donovanで1967年。昔のとても甘い飲み物(Mello Yello)はこれに由来するのか?
  • Billy Idolの"White Wedding - Pt. 1" (1982)という曲(彼の名前も)が「いかにも」で、普通は反感を持つのだが、なぜかかっこ良く思えるw
  • "Always Something There to Remind Me"という、懐かしい曲。Naked Eyesの1983年の歌だそうだ。
  • スローな"Right Here Waiting"はRichard Marxの1989年の歌だそうで、すごく懐かしい! サビしか知らなかった。雰囲気がTOTOやForeigner風なので、そこらかと思っていた。
    • この頃、大学の友人のWくんと、新横浜であったキリンのコンサートに行った。確か、誰かを誘うつもりで券を買ったが駄目だったので、代わりに彼を誘ったのだ。Richard MarxとBilly Idolも出てた気がする。メインはジェフ・ベックかスティーブ・ルカサーだった。 ← リンク先によれば、ベックもルカサーも出ていたが、Billy Idolは出ていなかった。すっかり忘れていたが、チャック・ベリーも出ていたようだ。何か弾いてた気がする。そういえば、全部の演奏の音がとにかくうるさかったのに閉口した。あと、終わった後で駅まで延々と続く行列にも閉口した。
  • "YES MY LOVE" (1982): 矢沢永吉は好きではないが、いい歌はあるし、歌も演奏もちゃんとしている。良く居るテキトーな歌手よりずっといい。(これは単なる感想。彼の歌は、知らなくてもすぐに分かる。)

こういう(再)発見はGPMでもなくはなかったが、ここまで頻繁かつ感動的ではなかった。やっぱり、その人が聴いたとかThumbs up/Likeした曲などで好みを認識する能力がすごいようだ。

さっき、ダウンタウン・ブギウギ・バンドの懐かしい「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」 (1975)を聴いて思った:

今は、「ちょっと前なら憶えちゃいるが、*年前だと分からねぇなあ。あんた、一体なんなのさ」って偉い人が沢山いるねぇ

と。そして、僕ですら、上のように何十年も前のことを思い出せるのに、そういう方たちは一体、どんな都合のいいオツムをしているのだろうかとw

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Spotifyの使い勝手を改良するプログラム(暫定版)を作った。仮に「Spotify制御ツール」(spotify-ctl)と呼んでいる。(作るのに結構苦労した割には、)見た目はしょぼいが、僕には欠かせないものだ。以下のような機能がある。

  • リモコンでSpotifyを操作できる。GMB(gmusicbrowser)と切り替えて使える。
  • 音量正規化のon/offをボタンで切り替えられ、その状態を表示できる。
  • リモコンで、「この曲の再生後に停止」を指示することができ、その状態を表示できる。

意外なことに、ほとんど誰も「この曲の再生後に停止」機能を欲していないようだが、几帳面な僕には必要だ。今の曲で聴くのを一旦止めようと思った時、一瞬でも曲のお尻が欠けたり次の曲の頭が出るのが許せないのだ(これ、本気です)。常に「ぴったり」で停めたいのだ。それをやるのにこの機能がないと、(車の信号待ちの時のように)曲の終わり辺りで再生位置のメーターに神経を集中させる必要があるので、疲れるw

少し内部的なことを書くと、システムは、以下のように、リモコン対応部(GMB用のプログラムに機能を追加)と制御・表示部(本体)からなる。

リモコンサービスプログラム

  • リモコンのキー(再生、停止など) → SpotifyまたはGMBに指示を送信する(DBus)。送信先(操作対象)は下のように切り替える。
  • 対象切り替えキーまたはその時の状況(例: 片方のアプリしか起動してなかったら、そっちに送る。片方が再生中だったら、そっちに送る。)で、制御対象(SpotifyとGMB)を切り替える。
  • 対象の切り替え時には通知を表示する。
  • 「この曲の再生後に停止」のキー → 制御・表示プログラムに指示する。

制御・表示プログラム

  • Spotifyアプリ (DBus) → 曲情報 → ウインドウに曲名、演奏者、アルバム名を表示する。
  • Spotifyアプリ (DBus) → 再生状態 → ウインドウに表示する("Playng status": "▶"/"⎟⎟")。
  • 音量正規化変更ボタンのクリック → Spotifyに設定し、ウインドウ下部のボタンに状態("RG is ON"/"RG is OFF")を表示する。
  • リモコンからの「この曲の再生後に停止」の要求 → 要求の有無をウインドウに表示("Playng status": "▶"/"▶⎟⎟")し、要求がある場合、曲の切り替わり直後に停止する。その後、要求をクリアする。

なお、本当は、GMBのミニプレーヤー(下図左側)のようにテキストを綺麗に表示してジャケット画像も出したかったのだが、表示に使ったツール(yad)の機能の限界のために見送った。余裕があれば、別のツール(uzblブラウザが有望)で実現したい。が、簡単に操作できることが重要で、見栄えは本質でないので、優先度は高くない。あくまでもお遊びだ。

やりたかったイメージ (左(GMB)が理想)

「なんだ、偉そうなこと言っておきながら、結局(GPMでやっていたことと)同じことを繰り返してるじゃん」と言われそうだが、結構違う。GPMの時は、第三者の作ったライブラリやアプリなどを改造して使っていたが、こっちは、純正のアプリを何も変えずにそのまま使い、一部(音量正規化の設定変更の仕方)を除いて、公開されている仕様(DBus/MPRIS)に基づいて作っているので、Spotifyの勝手な変更(仮にあったとしても)に右往左往させられる心配は少ない。だから、将来的な手間はずっと少ないはずなので、音楽(=本質)に集中できる。

遊んでしまったw テキストを見やすくし、ジャケット画像をSpotifyから取得して表示するようにし、再生状態はアイコンにした。これならまあまあ許せるかな? 表示には前と同じプログラム、yadを使ったが、前(form)とは別のモード(list)を使った。 (6/3 3:33, 13:12)

外観を大幅に改良したSpotify制御ツール

 

PS. まったくの余談だが、デバッグ中に「さらば涙と言おう」(1971)が掛かった時(→ )、ものすごく懐かしかった。というのは、僕の通っていた小学校では、下校時間にこの曲が流されていたのだ。どうしてこの曲なのかは今となっては知る由もないが、毎日掛かっていたのだ。たまたま帰るのが遅くなって、夕方の薄暗い時に、ちょっと悲しい気分で聞いた記憶がある。なお、この曲がいつまで使われていたのかは記憶にない。

何十年振りに聴いた気がするが、清潔とかシンプルな曲だと思い込んでいたのに、(基本はそうだけど)意外な雰囲気だったことが分かった。例えば、ハワイアンな音(ギター)があるのだ。尾崎の「また逢う日まで」(1971)もそうだが、当時は結構妙なアレンジが多かったのかも知れない。まあ、今の歌(全然知らないがw)でも後でそう思われる気もする。

あと、彼がのちに県知事になるなんてのは、まったくおかしなことだw でも、USだって似たようなものだ(爆)

PS2. GPMを退会するに当たり、ライブラリ(お気に入りのようなもの)の一覧を保存しようと思っていたのだが、面倒だ。ツールはあるはずだが、それを引っ張りだして実行するのすら面倒だ。そして、意外なことに、近頃は、「そんな一覧なんてなくてもいんじゃない?」とすら思って来た。

というのは、確かに、気に入った曲の一覧があればいいが、今まで、それを見て聴くことがほとんどなかったからだ。逆に、重複のチェックに使った程度だ。あとで一覧を見て振り返ればおもしろいだろうが、その程度だし、それなら日記やこのブログに書いてあるからいい。(クラシック音楽については)僕は、常に、新しい(自分の知らない)、自分好みの演奏を聴きたいと思っているからだろう。あと、演奏者やジャケットを見れば思い出せることが多いし、気づかずに再度聴けば気に入る可能性もあるのだ(実際、最初は気に入らなかった演奏をあとで気に入ったことがあったし、その逆もあった)。

要は、昔の人のように、何かの曲の話になったら、「ああ、あれ(あの人の演奏)は良かったよ」みたいなものだと思っている。曲名と演奏者名が分かれば、世の中のどこかにあるはずだから、聴こうと思えば聴けるので、音楽を聴くのに(個人の)ストレージは不要になった。すごい時代だ。というか、昔に戻っただけ?w

重い腰を上げて、ライブラリの曲一覧をダウンロードした。GPMでは190アルバムと表示されていたが、ダウンロードしたら184個だった。まあ、6アルバム程度は「誤差」として良しとするw

なお、Googleのサービスはもちろん、既成の(第三者の)プログラムでもできないようだったので(検索したら、ブラウザでGPMを開いて、開発者ツールにJavaScriptのプログラムを入れてなどという前時代的なことが書いてあって、げんなりした)、gmusicapiのMobileClientインタフェースのget_all_songs()を使って適当に作った。いつもながらPythonは嫌いだ。Perlよりはまともだが、なんで人気があるのか分からない。 (6/3 22:01)

PS3. 今気付いたが、このツールのおかげで、(Spotifyのアプリではできなかった)曲名や演奏者名などのコピーが容易になった。自分では気付かずに作ったが、これはうれしい!

PS4. それなりに動いていて便利なのだが、(いろいろ工夫はしたものの、)曲情報が改行されていないのはやっぱり見難いので、いろいろ試した結果、表示部に全世紀の遺物的なプログラム、Tcl/Tkがすごく良く使えそうな感じだ。今日、外側を作ってみたら、かなり理想に近くなった。あとは中身を作るだけだ。 (6/5 22:27)

新しいUIの案

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前回、Googleのいつもの勝手気ままな行動のために休日を潰したことを書いた。その時は暫定的な対処でしのいだのだが、正式な対処をする必要があり、結構大変(しかも、Googleの気まぐれでこの先がどうなるか不明なので、すぐには手を付けられない)なことを実感した。それで、どうするか考えた。いくつかの案があったのだが、その一つに、以前は却下したSpotifyに移ることがあった。

Spotifyを却下した理由は、Linuxのクライアントで音量正規化ができなかった(設定はあったが、効いていなかった)ことと、僕の聴きたい曲のレパートリーがGPMに負けていたことが大きかった。ただ、そもそも、GPMでの多大な苦しみは音量正規化をするためだったので、もし新しいSpotifyクライアントで音量正規化ができれば、そんな苦労が不要なので、充分に再考の余地があると考えた。

調べてみたら、近頃Linuxのアプリが更新されたようなので、インストールして試してみた。すると、音量正規化がかなりうまく働くことが分かった。普通のポップ音楽ではボリュームを調整する必要がないほどで、僕が苦労して作ったGPM+GMBのシステムを軽く超えていた。ただ、動的に正規化しているためか、ピンク・フロイドの「狂気」の最初の曲のように小さい音が長く続く場合には、音量の変化が激しくなって不自然になる。それにしたって、わざわざその曲を試したから気付いただけで、今まで数日間、普通にポップ音楽のラジオ(プレイリスト)を聴いていた限りでは、全然おかしくなった。あと、無料プランなのでビットレートは低いはずだが、(ポップ音楽では)音質も悪くなかった。

レパートリーに関しては、確かにGPMの方がいいことがある。が、試して実感したことがある。それは、(以前も書いたが)Spotifyの方がGPMよりずっと「音楽的」だということだ。言い方を変えれば、音楽好きな人たちが運営している雰囲気が感じられるのだ。一方、GPMからはそんなことは全然感じられない。他の事業と一緒で、持ち前の技術やお金やパワーでささっとシステムを作って出している感じだ。基本はお金や彼らの興味(先進性の誇示?)のためにやっているので、儲からなくなったら、あるいは、飽きたらあっさり止めるだろうし、(彼らにとって)つまらないことはしないのが見え見えだ。その証拠の一つが、上の音量正規化だ。ずっと要望されているにも関わらず、なーんにもしていない。GPMのラジオを聴くと分かるが、曲ごとに音量がバラバラなので、全く楽しめない。彼らはシステムを作るだけで、そのシステムでロクに音楽を聴いたことがないのだろうし、興味もないのだろう。きっと、良く居る技術○鹿集団なのだろうと思う。

ラジオ(プレイリスト)の曲目にしても同じだ。GPMにもそれなりのラジオがいくつもあるのだが、いつも何となく不満だったり物足りなかった。ところが、Spotifyのは全然違っていて、「これだ!」と感じられるのだ。

例えば、今朝からSpotifyの"My Generation: '80s"(無料会員登録すれば見られます)を聴いているのだが、最初の2曲を掛けただけでうれしくなった。「青い珊瑚礁」の次は「異邦人」なのだ! しかも、洋楽(例: ノーランズ "I'm in the mood for dancing")も混ざっていて、まるで僕のために作ってくれたようなリストなのだ。そういうのが全部で100曲、たっぷり聴ける。GPMのラジオは機械で作ったような感じだったが、これは違う。音楽好きのスタッフが作っているように思う。(6/4 20:54追記: 実際のところ、スタッフがどうなのかは分からないが、今日読んだ記事によれば、Spotifyの創設者ダニエル・エクは音楽好きらしい。顔はちょっと怖くて(眉毛がないところは、映画"The Wall"のピンク(ボブ・ゲルドフ)みたいだ)、いかにもロック好きの熱血漢という感じだw それはともかく、やっぱり、大きい会社のように、「儲かりそうだから、ちょっと真似してみるか」程度の軽い気持ちで始めた訳ではないようだ。)

Spotifyでプレイリスト"My Generation: '80s"を再生中

今まで試して来て、いろいろな不満・欠点は見つかっているのだが、それでも乗り換えたい気分になっている。繰り返しになるが、音楽的だということ以外に、純正アプリに音量正規化機能があってまともに使えるから、GPMでのような散々な苦労をする必要がないのは大きい。

とはいえ、やっぱり欠点はあるので、可能な範囲でカバーしようと思っている。以下に、現状での不足・不満な点を列挙する。いくつかは既に対処している。

  • サービス
    • レパートリーが若干狭い(アルバム数が少な目)。 → 入ってなくて聴きたいものは、CDを買うかダウンロード購入すればいい。
    • GPMの"I'm feeling lucky"に相当するラジオ(プレイリスト)がない。そのうちリコメンドされる?
    • 手持ちの曲(レパートリーにないものなど)をアップロードできない(デバイスごとに入れるしかない)。 → 割り切りの問題?: 自宅ではもちろん聴けるから、外で我慢すればいい?
  • Linuxアプリ
    • 音量正規化のon/offが面倒(拡張設定を開く必要がある) → 検討中
    • 曲名などのテキストが選択できず、コピーもできない。 → "Suggst an Edit"を選択するとブラウザで表示されるので、できる。
    • 「この曲で停める」がない。(GPMも同様) → 検討中
    • 検索に日本語が入らない。(ペーストは可。Webは可) → 何とかして欲しいw
    • リモコンをGMBとうまく共有する必要がある。 → 概ね対処済み。
    • Thumbs up/downできない(アイコンが出ない)ことが多い。謎仕様。(Thumbs up/downはリコメンドに関係ないのなら問題ないが)
    • UIが暗い。 → 改造できるようだ。

逆に、Spotifyのメリットもある。上に書いたこと以外に、以下のようなことがある。

  • サービス
    • 初出年が概ね正しい。(GPMよりずっと正しい)
  • Linuxアプリ
    • 検索結果の最大表示数が多い。
    • アタッカ(メドレーのように、2曲が切れずに繋がっていること)がちゃんと繋がる(今まで試した曲では、GPMで切れていたものも切れなかった)。
    • 演奏者などの情報も見られる。

数は少ないが、欠点を補って余りある。それらもSpotifyが音楽的だと感じる所以だ。

と、ここまで書いたら、当時結構好きだった"Overnight success"が終わったところで、無慈悲な鉄槌を下されてしまったw いや、無料プランの上限(15時間/月とのこと)に達してしまって、次が聴けない・・・ 無料でも無制限じゃなかったのか?? 広告を出してないからか。まあいいや、あとでプレミアムに申し込もう。そして、さっさとGPMを引き払おう!

最後に題について少し説明すると、僕はGPMをいじって遊びたかった訳ではなく、普通に音楽を楽しみたいがために散々苦労していたのだ。その原点に立ち返れば、これまでの苦労をきれいさっぱりドブに捨ててでも、Spotifyに移る価値があると思っている。だから、今までの実績(だかなんだか)があってもなくても、それに固執せず、原点に立ち返って、何が本質かを再確認するのは重要だと思う。と、ちょっと意識高そうなことも書いてみたw

 

PS. 早速プレミアム会員を申し込んだ。最初は100円/3か月なので、結構お得だ。なお、このキャンペーンや通常の最初の30日間無料試用は、以前試用をしたことがあると適用されない。僕も、新規アカウントを作り直したのに、そのパターンになってがっかりしていた。が、どうやら支払い口座(例: クレジットカードの番号)で判定しているようで、別の方法で支払うことにしたら、無事100円になった。ちょっとセコいが、まあ、チートして無料で使い続けるよりはマシではないかw (5/31 4:47)

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久し振りに軽い話題を。

平成生まれが「この人は昭和生まれだな」と感じる言動ベスト15なんていう記事を見たら、チェックリストみたいなのがあって、項目にちょっと違和感はあるものの、僕は全く該当してなかったので、うれしくなった。いやいや、そういうところが年寄りだし(多分、こうやって「僕は世の中に遅れてない」と思っていること自体が、彼らの嘲笑の対象なのではないか)、そもそも僕は昭和(正確にはバブル)が嫌いじゃないしw

でも、本当に、そういう「もろ昭和」の人(しかも、直す気なし)ってまだ居るのだろうか? 以下、僕には大きな違和感のある項目とコメント。

  • 1位:あたり前田のクラッカーと言う: 「そんな人は100年前に絶滅しているから想像で書くな!w」と言いたいが、アンケートの結果らしいので、まだまだ居るらしい。信じられない。。。
  • 2位:カップルのことをアベックと言う: 同上
  • 5位:『ザギン』(銀座のこと)など業界用語を使う: これ、マジで聞いたことないけど・・・
  • 15位:親指と小指をたてて『電話』と言う: これ、今でも悪魔のマークとして生き残ってるよね。まあ、電話じゃないし、僕にとってはキャンディーズだけどw

 

PS. JSさんのコメントで出た、12位:傘ゴルフに関連して思ったことがある。これって、野球帽(主に巨人)を被ったガキがやっているエア投球と同じ趣味というか、成れの果てかも知れない・・・ 別にやってもいいけど、大抵、他人の邪魔になっていて、本人(ガキの場合は親も)は気付いてない、それどころか、自分だけで悦に入ってるのが嫌だ。

似たようなのを思い付いた。電車とかスタバでパソコン広げてのエア仕事やエアマックwもだ。本当に仕事している人も居るとは思うが、まあ、僕に言わせれば、そんなところでまで仕事しなくちゃいけないなんて、余程仕事ができない人だ。本物は脳内でする(半分本気)。

それはともかく、オチを付けるとしたら、傘ゴルフもエア投球なども年代は関係なくて、その人の悪癖なのだと思う。 (5/14 7:31)

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昨日、音楽を聴いていて、音楽(演奏)以外にいろいろと思った。今は文章を書くのが面倒なので、その思いに繋がった画像を載せる。(あとで追記する予定)

僕が何を思ったか、想像してみて下さい。

※ある意味、「間違い探し」ですw

 

(5/8 9:12) まずはゴダイゴ。この時はGPMで彼らのラジオを聴いていたのだが、このジャケットは強烈だった。だって、精悍な顔で引き締まった肉体揃いならまだしも(それらしいのは、右・左端の人程度)、これでは単なるキ○デ○集団ではないか。特に中央はひどいw そして、ちょっと妙な関係すら連想してしまう。なぜこれが「カトマンドゥー」なのか?

今はLGBTとかで許容されつつあるが、当時は(僕は覚えてないが)「キモっ!」といった扱いになったのではないかと思った。だが、当時彼らは若かった(20代後半?)し、かなりの人気があったから、これも不思議と許されたのかも知れない。今でも、後で思い出すと「何でああだった?」ってのがあるよね。

 

(5/8 20:24) 次はNordbergの「春の祭典」。GPMのキャプチャ画像にあるように、全曲にEマークが付いている。これはexplicitの略で、「露骨な表現を含む」というような意味だそうだ(恥ずかしながら、最初にSpotifyで見た時は"exclusive"と思い込んでいた)。子どもやそういうのが嫌な人が区別するためなのだろう。でも、それがなんでこの曲に? 露骨な表現って、歌詞がなくてもあり得るのだろうか? しかも、これの演奏は、楽器はシンセではあるものの、特にそれ以上のものはなく、言ってみれば「平凡な春の祭典」だ。だから、全く露骨な表現はない。もちろん、発表当時の百年前だったら、この曲にEマークが付いてもおかしくないが、現代だ。しかも歌詞も映像もない。まったく謎だ。

そして、このマークはどこが付けているのかと思ったが、レーベルだろうと思う。膨大な数の曲をGoogleやSpotifyがの人が聴いて判定するのはほとんど不可能だろう(まあ、今はAIで自動でできるのかも知れないが)。だから、これはレーベルからの情報が誤っていたと思われる。

演奏自体についてもう少し書くと、最初はまあ、シンセで珍しいと思って聴き始めたのだが、「良くあるシンセの演奏」なので段々飽きて来て、途中で止めてしまった。これだったら、オケやピアノ(例: サイ)での方がずっと刺激的でおもしろい。普通のシンセでのクラシックなら、アマチュアのような「弾いてみました」では全然意味なくて、冨田勲が数十年前に完成させた(あるいは、やり尽くした)のではないだろうか?

と、偉そうに言っても、僕は冨田をほとんど聴いたことがない。中学の頃、「バミューダ・トライアングル」(1978)というアルバムのカセットを、当時はなんか分からないけど「冨田勲はすごい」っていう評判があったので、技術的な興味本位(曲の中にコンピュータのデータが入っているとか書いてあった)で買ったのだが、全然おもしろくなくてがっかりしたので、どこかに行ってしまった。今、曲目を見ると、(今にしても)好きな曲が全然入っていない(このアルバムはプロコが多かったようだ)ことに気付く。せいぜい、「悲しきワルツ」程度だ。

そのがっかり感がトラウマになって、その後も冨田を聴く気にならなかったのかも知れない。あと、ほとんど聴いてないのに当てずっぽうなことを書くが、彼の演奏って、だいたいシンセ臭い「ピュ〜〜〜」とかいう、上下左右に動きまわる音が多そうじゃないか。僕は技術系だけど、実はそういうのは昔から好きじゃなかったようだ。

でもまあ、もし、これにモーツァルトやラフマニノフなんかが入っていたら、その後の人生(大げさか)や音楽の嗜好がどんなことになっていたか、我ながらちょっと興味がある。

 

(5/8 20:53) 最後は五郎丸じゃなくてw白神典子。彼女のショパンのピアノ協奏曲は結構好きで、その時も聴いていた。それで、興味が出て検索してみたら、ばちあたりな画像を見つけてしまった。よーく見て欲しい。この自意識過剰女、ピアノに腰掛けて、(そこまでならまだ許せるが、)ハイヒールで鍵盤を踏んでるよ! 蓋じゃなくて、本当に鍵盤を。もう、

えぇ、こいつなに!?

としか言いようがない。このポーズに必然性や意味は全くなく、単に格好いいと思ってしたのだろう。こんなのは即座に演奏者失格で、今だったら、「バカッター」になって炎上するだろう。彼女は当時は30代だったようで、若気の至りだったのかも知れないが、全く許せない。いくら若くたって、生計を立てるのに使っている道具を踏みつけるのは許せない。しかも、普通の道具じゃなくてピアノだ。

ところで、このピアノは誰のものなのだろうか。彼女のではないと思う。であれば、次の人は、こんな扱いを受けたピアノを弾かされた訳で、その点も全く許せない。スタッフや関係者は窘めなかったのだろうか? 撮影したって、公開する前に誰か止めそうなものだろうが・・・ 良く知らないけど、当時は多少売れていたからそういう雰囲気じゃなかったのだろうか? 良識も常識もないうえに誰にも注意されないなんて、ちょっと可哀想だ。近頃も中年のアイドルで居たねw

とにかく、僕の信条は「作品と本人の性格・思想・行動は無関係」ではあるが、こいつはゴミなので、生理的に受け入れられない。いくら演奏が良くても、(それは認めたとしても、)嫌いな人は聴かない。それは、ソニーの製品がいくら高機能・高性能wでも絶対に買わないし、NHKの番組がいくら公平中立客観的芸術的先進的wでも絶対に観ないのと同じことだ。

以上、強烈な印象というより、強烈な感想を書き尽くしましたw

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昨日、ミロス・フォアマンが亡くなったというニュースを読み、「炎のランナー」(1981)の監督かと思ったのだが、実際には「アマデウス」(1984)だった。それで、何となく「アマデウス」が観たくなった。随分久し振り(おそらく、公開直後にTVで観たのが最初で最後だったと思う)だし、僕がクラシック音楽を聴くようになったきっかけの一つはこの映画のような気がしているからだ。

余談1: 高校の頃、(実家で)観た覚えがあるのだが、調べると、日本での公開は1985年なので、大学の頃だ。すると、ビデオで録画して観たのかも知れない。テープもあった気もするが、こっちに戻って来た時に見たら、ほとんどカビていたので、全然残っていない。そもそも、VHSデッキもTVもない(「かける機械も見たことねえ」w)。

余談2: 今まで再び観ることがなかった理由の一つは、この映画は史実と全然違うというようなことを聞いたためだ(今となっては、「それがどうした」と思えるのだが、当時は結構がっかりした)。もう一つは、モーツァルトが、頭の大変軽い、脳天気な馬鹿者のように描かれていて、いけ好かなかったからだ(これは、今でなく、若い頃に思ったことなので、すごく反感(ライバル心??)を持ったようだw)。あとはサリエリ(とその音楽)が気に入らないのもあった(全く別の映画になってしまうが、彼を出さなければ良かったのにと思う)※。そしてもう一つは、確か、最後にモーツァルトの遺体が穴に放り込まれるシーンがあったと思うのだが、それがどうにも嫌だった。でも、今となっては、当時の音楽や世の中のことがいろいろ描かれているだろうから、嫌だったことも含めて、純粋に楽しめると思っている。

※書いた後に思ったのだが、当時の僕は、自分がサリエリ型であることに気付かされてムカついたのかも知れない。だから天才モーツァルトがものすごく気に入らず、普通の人だったために日陰者になって苦しんだサリエリも見たくなかったのだろう・・・

余談3: ちなみに、調べたら、音楽はマリナーがやっているらしい。Wikipediaでは、彼が「モーツァルトの第一人者」だから担当することになったとか書いてあったが、初耳だし、どうにも納得できない。彼は有名な指揮者ではあるが、モーツァルトの凄みは出せないと思っている。例えば、彼の「レクイエム」なんて、悪くはないが、なんか、ポピュラー音楽的なのだ・・・ (まあ、そういうのは個人的な感想なので、どうでもいいことだ)

観るとしたら、当然オンライン(配信サービス)でと思って調べたら、Googleはもちろん、AmazonでもNetflixでもHuluでも配信されていない(→ 便利な検索サイト)。なぜかツタヤだけはあるようで(← 再度調べたら、DVD/BDレンタルの誤りのようだ)、最初の1か月間は無料だからタダで観られるのかも知れないが、大嫌いなので、ロハでも使う気はしない。

余談4: ズルではあるが、「ちょっと観させてよ」って気持ちでYouTubeも探した。何十個も出て来たが、ことごとく削除されていた。中には、「消されました」という映像のメッセージを出して怪しいリンク先(短縮URLなので、正体が分からない)に飛ばそうとするものもあって、ちょっとした闇を見た気がした。

結局、DVDかBDを買うしかなくなって、かなり観る気が失せている。値段は千円程度なので問題ないのだが、物が増えるのが嫌なのだ。昔だったら、(CDのように)DVDをPCに取り込んで捨ててしまえばいいのだろうが、今は違法のようだから(公式には)無理だ。しかも、送られて来るのを待って受け取るのも面倒だ。要は、観たいと思った時に(後腐れなく)気軽に観られないのが嫌なのだ。

という訳で、なかなか世の中は進歩しない(進歩するのが不均一な)気がした。

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近頃(といっても、もう20年以上になるが)はポリスを全然聴かなくなった。なんか「意識高い」雰囲気が嫌なのだ(そんな言葉がないころから感じていた)。当時(中高生の頃)はそれが良かった気がするのだが。いや、初期(1970年代末の最初の2枚のアルバム)はそんな雰囲気はなく、純粋なロックとして楽しめた。

(20:12追記) 思い出した。中高生の頃はリアルタイムに聴いていたので、「これが僕らの『ビートルズ』なんだ!」と思う(思い込む)ほど好きだったのだ。

それが、段々「この意識高さが格好いいのだ」とか「頑張って理解しよう!・・・」な感じになり、"Synchronicity"(1983)以降は努力して聴こうとしても駄目だった(調べたら、それが彼らの最後のアルバムだった。このアルバムでかなりがっかりして、過去作にまで波及した感じだ。それでも、その後もStingのソロも買ったが、徒労だった)。個人的には、意識高くなってしまった(ように思える)Stingが癌だったのだろう。

そんな訳で、今は、全く意識高くないTom tom clubの最初のアルバム(1981)を聴いて脱力しているw

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いろいろ思うところがあって、もう「同窓会」には出ないことにしようと思っていた。のだが、今日、唐突に、中学校の3年の組の同窓会の案内が来た。そういえば、以前の中学校の同窓会で、「やろう」とかいう話になっていたかも知れない。それがちゃんと実現されたのだ。

その案内を見て、我ながら情けないことに、行きたくなってしまった。なぜだろうか?

やっぱり、幹事だろう。

(今でも)可愛い(けど、ツンデレで憎たらしくて大嫌いだった)Sちゃんが幹事の一人になっているのが大きい。そして、今見たら、お姉さんタイプだったIさんも幹事だから、一粒で二度おいしいw あと、地味だけど結構いい感じのSさんも幹事だ。そして、幹事の筆頭は同じ部活だったKくんで、特に会いたくはないがw、安心できる。

ちなみに、幹事4人のうち女性3人は、幼稚園から一緒だった。

素晴らしい! これはもう、行くしかないだろう。

でも、終わって帰って来たら、げんなりする(「嫌だった」という訳じゃなくて、K. 488の第2楽章のような雰囲気)んだろうな。でもまあ、いいんじゃないか。例え一時でも、楽しければいいのでは。と、今は思う。

 

PS. どうせだったら、幹事とか手伝いとかするから、言ってくれれば良かったのにと思う。いや、真面目な気持ちじゃなくて、Sちゃんの顔が見たいというだけだw

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