Archive for the ‘意見’ Category

近頃急に、"Mastodon"なるtwitterモドキ(らしい)が台頭してきた。できることは陳腐で、名前は"SUBARU"みたいにダサく、ロゴもダサいのに、妙に人気がある(ように書かれている)。そして、「意識高い」人たちにも絶賛されるのだろうか?w そのうち、TVでも「ただ今人気沸騰中!!」とか出るのか? うんざりだ。持ってないから関係ないけどw

twitterを駄目にする陰謀かとも思ったが、そんなことをしてもメディアには何も得がないので、違うのだろう(政府もからんでいるってのは、もっとあり得ないだろう)。単に、記事を書くための新しいネタ(例: ハイレゾ、4K・8K、VR、Windows 10)が要るからなのだろう。まったく下らない。

それに関連して、オープンソースで入手できるこれのサーバを立ち上げて、初期の狭い世界のユーザー数争いで上位に居るというだけの人を、すごい人扱いするってのは、馬鹿げていて笑う気にもならない。しかも、数万のユーザ情報を「間違って」消したという無能だ(本当に間違ったにしても、移行が面倒だからの故意にしても、どっちでも論外だ)。そんなのを人寄せパンダだか広告塔だかで採用する会社(ここも、名前のセンスがひどいと昔書いた覚えがある)ってのも、まあ、すごく低レベルなアフォ会社としか言えない。

PS. ちょっと検索したら、さくらインターネットが、その有名人を支援したとかいう文章が出て来て、(ちゃんと調べてないから本当かどうかは分からないが、)結構がっかりした。たしかに、個人でそういう大規模な(通信量や負荷が重い)サービスをするのにクラウドを借りたら、出費がすごいだろうと思っていたから、さくらは支援したのかも知れない。実際、これのインストール用ファイルだかを公開すらしているし。宣伝としてはいいのだろうけど、質実剛健な会社と思って評価していたのに、予想外に低俗な行動にがっかりだ!

PS2. 嫌なのは、これを持ち上げている糞メディアは読まないようにしたいのだが、そうすると、日常的に技術系の情報を入手するサイトがなくなってしまうので、止められないことだ。

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例の係では、お金を集めるのだが、その集計には、昔ながらの帳簿用紙に手で計算している。一目見た時から「今時紙??」と思っていたのだが、まあ、僕が集計する訳ではないし、前からの引き継ぎということもあるから、黙っていた。

その後、全くの別件で、会社からある申請書の書式が配布された。これが見事な(、という訳でもなく、ごく普通のしょうもない)「エクセル方眼紙」で、見た瞬間に溜息と薄笑いが同時に出た。作った人の顔なんて見たくもなかったが、きっと、アホ面下げたオジさんで、お偉いさんの顔色を伺いつつ、(中途入社だったら)きっと、前職での経験を生かして、苦心して作ったんだろうなと思った。ここでいつものセリフが出る。

あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。

一方、例の係の嫌な仕事を何とかする件は少し進展し、お金は一旦リセットして、新た集計することになった。そこで、再び紙の帳簿に集計する話が出て来たので、一応、「Excelとかにしては?」と言ってみたが、「データだとなくなることがあるから」という、良くある返事が来たので引き下がった。

もちろん、データが消失する可能性があるのは事実だが、手計算のさまざまな手間や誤りと、どちらが得だろうか。それに、慎重にバックアップをすれば、まずなくなることはないと思う。そもそも、こんな係のお金程度でExcelが使えないなら、会社の経理なんて、全部紙ベースにしろってことになるw

が、まあ、そんなことを言っても、実際にやる人が乗り気でないのなら意味がないので、素直に引き下がった。

それに、紙に手書きの方が、エクセル方眼紙よりずっとまともだと思うし!

例えば、エクセル方眼紙は、大抵、印刷して偉い人に持参して、偉そうな一言を言われながらハンコを押してもらう必要がある。しかも、レベルによっては偉い人行脚をしなければならない。まさに19世紀だw そんなことだけで何もかもが台無しになり、無駄で馬鹿らしい。

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久し振りのCurazyネタ。「全部○○のせいだ! 10選」の最初の題で唸ってしまった。

子どもがテストで、パイナップルの名前を「パイナッポー」と書いたら、×だったようだ。

確かに「日本語」では「パイナップル」だけど、ネイティブの人はそんな発音はしていないだろう。「オレンジ」だって「レッド」だってそうだ。確かに、それは英語じゃなく国語の授業だが、今時、そういうガラパゴス的、鎖国時代的な「言語」を平然と教えていていいのだろうか? 原語の発音に合わせて、どんどん修正して行くべきでないかと思う。じゃないと、今は小学校ですら英語を教えるのに、英語の時間は"pineapple"(の音)だけど、国語の時は「パイナップル」?と混乱するのではないだろうか。まあ、子どもは、そんな大人の事情には慣れっこだと思うが。

実は、僕も似たような経験がある。高校の英語のテストの長文問題に"Yale university"という単語が出ていて、「エール」か「イェール」かと迷った挙句、発音が近い「イェール大学」と書いたら、減点されてしまった(当時、僕はその有名な大学のことを知らなかったのだと思う。その問題で初めて見て、日本語で何と言うのか分からなかったのだ)。納得行かなかったので先生に聞いたら、「エール大学」が正しいと言われた。が、今調べたら、「イェール大学」でも正しいではないか!

まあ、そんな大昔の数点のことなんてどうだっていいんだけど、その英語の先生は、大学を出たてのとても若い方だったのに、それでもそんな旧態依然としたことをしたので、「やっぱり日本の教育はおかしい!」と憤り、(僕らの仲間みたいに感じていた)その先生にも「先生もかっ!」と、がっかりした。(でも、少し深く考えれば、大学入試では「エール大学」でないと×になる可能性もあるから、先生は結果的に正しかった、あるいは、親心からの減点だったのかも知れない。)

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Impress Watchの「ユーザーの声が届いた? 「ひどいCSV」の象徴、内閣府の「国民の祝日」CSVデータが劇的に改善」を読んで、何がそんなにひどかったのか、リンク先のtwitterを見た。

「プログラマが一斉に罵声を上げる」とあるが、何が悪いのか分からなかった。全く普通の、「良くあるCSV」じゃないかと思った。よくよく見てみると、2016年から2018年の3年分が横に並んでいるのが気に入らないらしい。あと、日付の書式とかそもそもCSVがどうのこうの。そんなことで「ゴミ」かい。

アホかバカかと。プログラマを馬鹿にするなって言いたい。自分たちのレベルの低さ(=意識高さ?)を棚に上げて、何をほざいているという感じだ。

そんなにいろいろ意見があるなら、自分ですごいサービスでも立ち上げればいいじゃないか! 例えば、政府広報やニュースなどを読んで、自動で祝日一覧を更新するとか。今の技術なら全く簡単だろう。でも、祝日が変わることなんて滅多にないので、やる(経済的な)価値は全くないだろう。けど、そういうのを「ちょっと作ってみた」という人が居たら、感心する。そういう人が、「あのCSVはちょっと使いづらいから作った」と書くのなら、納得する。

だいたい、政府にマトモなことを期待しているところからして、最初から寝ぼけているんじゃないか? 口を開けてれば、おいしいものが入ってくるとでも??

PS. 彼らのtweetは、さぞかし、ものすごく有益なものばかりで、目から鱗が落ちまくるのだろうと興味津々だが、まあ、面倒だから見るのは止めておこうw

PS2. ひどいと言えば、元記事の題はひどい。全角スペースに全角の"?"か。インプレスも意識低いな。僕はそっちに罵声を浴びせたい。

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覚えている方はまず居ないと思うが、数年前から続いている、右奥歯の治療。しばらく小康状態だったのだが、年末くらいから、噛むと痛むし、冷たいものもしみるようになった。それで歯科に行ったのだが、相変わらず原因が分からないようで、清掃をしたり、何とかの一つ覚えのように歯茎に消毒薬を塗って誤魔化していた。さすがに

だめだこりゃ

になって(論理的に考えれば、仮に歯茎だったら、噛まなくたって痛むはずじゃないか? それに、歯茎はほぼ垂直で、噛むのも垂直方向だから、噛んだって力は加わらないはずで、痛む契機にならない。だから全く信用できない)、CTのある歯科を探した。近くに何軒かあるのだが、大抵は「インプラント」を標榜している(僕はする気はないし、そういうのは金目当てだと思う)ところで、全然行く気がしない。ただ、少し遠い(車で約30分)ところに、そうでないところがあった。

そこはwebで問い合わせもできるので、症状や経緯を書いて、CTを使うなどして原因を調べることは可能か聞いたら、若干つっけんどんな印象ではあったが、ちゃんと院長から回答が来た。原因となる可能性を列挙し、希望すればCTも可能ということだった。それで、本当に「インプラント」と書いてないか下見に行ったところ、「一般歯科」が先頭に書いてあって「イ」の字もなかったので、予約して今日行って来た。

総合的な印象は、「ちょっと気になるところはあるが、今までのところよりはずっといい」である。

一番嫌だったのは、騒がしいのと慌ただしいところだ。子どもが大声で叫びながら走り回るとかでなく、音楽が少しうるさかった。クラシック音楽で、K. 545なんてのも掛かって(でも第1楽章だけ)、それなりに乗れたのだが、音量が少し大きい。おそらく、治療や会話の音を隠すためか、院長が音楽にあまり関心がないのだろう。あと、何となく院内が慌ただしかった。患者が多くて、忙しいのだろう。

Webには「個室で診察」と書かれていて、保険診療でそれができるとは信じられなかったのだが、実際には背の高いパーティションだった。だから、それに期待しなかったのは正解だった。

でも、それ以外は、ちゃんとしている印象だ。例えば、スタッフの一覧があり、歯科医と歯科衛生士が何人も居る。更に、技工士まで居る。もちろん、CTがあるのはポイントが高い。

それで、診察もちゃんとしていた。担当の歯科医によれば、レントゲンを見る限り、歯の根の膿みや根管治療が不十分な可能性は少なく、神経が残っている可能性も低く(心配する人が多いが、それが問題になったことはまずないとのこと)、歯根膜炎(長く被せ物をしておらず、その歯が余り使われなかったため、膜が噛んだ時の刺激に弱くなっている可能性がある)か、歯の割れの可能性があるとのこと。

今までのところとは偉い違いだ。今までの所では、上のような可能性すら提示されなかった。痛みが続いていた時、一度「大学病院に行けば、根を切り開いて云々(でんでんじゃないよw)」などと言っていたが、その後はひたすら、根管の薬の入れ替えや歯茎への薬の塗布に徹していた。そういうことを言われたら、こっちも大学病院でとは言い出しにくい。

今度のところだって、まだレントゲンしか見ていないので確定はできないが、こっちは、まずは痛みの原因を知りたいので、いろいろな可能性の説明を受ければ、少しは納得できる。

それで、CTを撮れば原因はすぐに分かるとのことで、撮ってもらった。意外だったのは、すぐに撮影はされずに結構待ったことと、その日には結果が分からないことで、来週、説明を聞きに行く。それを見てから治療方針を考えましょうとのことで、とても安心できて、納得いく対応だった。

あと、CTは保険が効かないだろうから、今日は2万円くらい掛かるのかと思って身構えていたのだが、全部で3千円程度だったので拍子抜けした。もしかしたら、次回に払うのかも知れないが、そんなことをしたら払わないで止めてしまう人もいるだろうし、「保険は効きません」とは言ってなかったので、まず大丈夫だろう。

ちょっとした欠点はあるが、いいところだと思う。そもそも、まともな歯科でCTがあるところは少ないのだから、贅沢は言ってられない。もっと早く調べれば良かった。昼休み後、今日行く予定だった、前の歯科をキャンセルしよう。

それで、ようやく言いたかったことになる。前の歯科医は、きっと、原因が分からず、どうしたものかと思って困っていたのだろう。それならば、さっさと別の所を紹介して自分の手から離して楽になれば、お互いに気分がいいのに、人がいいからできなかったのではないか。まあ、人がいいと言うよりは、優柔不断というのが適切だ。こういう時って、いくら人が良くたって全然意味がないと思う。しかも、長期間漫然と意味のない治療を続けるのでは、ヤブ医者としか言いようがない。技術(腕)は悪くないのに、もったいないと思う。診断に必要な機器がないのは仕方ないのだから、あるところを紹介して欲しかった。

もう少し書くと、21世紀の日本でも、まだ竹槍戦法なんだなということだ。精神力や勘では何も解決しないのが分かっていても、なぜか、少しでもいい(確実な)方法を試そうとせず、なかったことにして安穏としている。全く理解不能でイライラする。

最後に、前のところに幻滅したことがもう一個ある。医者や衛生士(、おそらく助手も)は、感染防止にゴム手袋をしているのだが、患者ごとに替えていないのだ。前回、偶然、タオルでちょっと拭いて済ませているのを見てしまった。やっぱりお金の問題なのだろうが、単なるポーズだけの手袋なんて、論外だ。何のためにするのか、誰も考えていないのだろう。今度のところもどうかは分からないが、まあ、あれよりひどくはないだろう。

 

PS. 最初に歯の状態を診てくれた、ぶすっとした女性が医者かと思ったら、衛生士さんだった。名乗りもしなかったので、「うーむ」と思っていたら、その後に、本物の先生が来た。歯を清掃してくれた衛生士さんは、綺麗だけどちょっと冷たい感じだった。親知らずの奥は磨きにくいので、閉じ気味にした口の横から歯ブラシを入れて磨く必要があるそうだ。あと、歯垢が溜まっているので、フロスや歯間ブラシを使うようにとのこと。良く言われることで、「はい」とは言ったが、面倒だ・・・

PS2. 帰宅したら、今度越してくる家の奥さんが、駐車場で挨拶してくれた。随分丁寧でにこやかで、「小さいこどもが居るからうるさいかも」とか言っていたので、「やっぱり田舎のいいところかな」と、なんか気分が良くなった。前に住んでいたDQNぽい家族とは偉い違いだ。あと、ヨドバシで物を買ったのだが、形状(厚さ)から、本当に郵便受けに入るのかなと思いつつ、ゆうメールにしたのだが、やっぱり入らなかったようだ。まあ、今夜受け取るから問題ない。

(20:46 若干加筆)

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僕は自分は優秀だとは思っていないが、先日、題に書いたことを実感した。

仕事で、昔作ったシステムを使う案件で、例によって、あの上司がひどいポカをしていた。その案件では、ある仕様が追加になっていて、そのシステムはそれに対応していないので、「何とか」する必要が出た。締め切り前なので超短期間に・・・ 何か月も前に受注していたのに、上司はずっと連絡して来なくて、納期直前になってようやく依頼してきたのだ。悪気などではなく、いつものようにキューの底で腐敗させていて忘れたのだろうが、さすがに殺したくなった。

でも、その時はなぜかブチ切れず、「そうですか。じゃあ、まあ、とりあえず工数を検討します(でも、納期に間に合わせるつもりは全然ないから、覚悟しておけよ!)」などと諦め気分で言って、やり過ごした。翌日、仕方なく変更内容を考えて、システムを一緒に作った同僚とやり方について話をしていたら、突然、それまでの方向とは違っていて、「ちゃぶ台返し」ではあるが、とても簡単に対応できそうな案が閃いた。

それで、とりあえず試してみようということになって、やってみたら、みごとに動いたのである。しかも、僕の部分は全く変更なしで! まあ、それだけで完結する訳ではなく、追加仕様をサポートするための、ちょっとした追加は要るのだが、核心部分は作る前にできていたのだ。だから、僕らが作ったシステムは、作る時には全く意識していなかったのだが、非常に柔軟だったということになる。その追加仕様は「逆の想定外だった」とでもいうのか。こういうことは、いつもではないが、たまにはある。優秀な人は、いつもそうなんだろうと思う。

これを上司に報告した時は、彼の鼻を明かした気分で、大変溜飲が下がった。そして、依頼された時にブチ切れなくて良かったと思った。

余談: 「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」と思ったのは、残念ながら、その時でなく今である。

ここからが本題で、もし、システムが(良くある話だが)「ガチガチ」で全く柔軟でないものだったら、上のように一瞬では対応できず、1か月とかの工数になっただろう。僕らはフリーじゃないから、工数(工期)が長くても短くても、直接の損得はない(会社や偉い人としては別だし、残業する人にとっては手取りは減るし、評価には関係するだろうが)。でも、フリーのプログラマーだったら、大変な損になってしまう。1か月分のお金が数日分になってしまい、下手したら、「あ、そのまま動くんですか。じゃあいいです」とか「じゃあ、ちょっと直してもらえます?」のようになって、タダ働きになるだろう。

僕らにしたって、こういう「おいしい話」が多いと、上司は更に油断して、もっとひどいことになりそうだから、やっぱり損する気がする。

おかしい。いい物を作ったのに損をするなんて、全くおかしい。

だから、Micros*ftだのAppl*など(いや、日本の有名大手ソフト会社、例えば、あの素晴らしいマイナンバーシステムを構築して大好評の所の方がひどいが)、あるいはそこで働いているフリーの人は、わざわざしょうもないものを作って、仕事を減らさないようにしているのかも知れない。というのは、だいたい半分くらい冗談である。

後日談:

核心部分自体は問題なかったのだが、最終的には、追加仕様をサポートするために、核心部分もわずかに直す必要があった。調査した時は無変更でいいと思っていたのに、念のために最終的な動作確認を進めるうちに気付いたので、ちょっとがっかりした。そして、急いでその対応をする羽目になって疲れた。やっぱり、まだまだ詰めが甘いと思った。でも、確認しておいて良かった。自分で作ったプログラムだけど、何が起こるか分からないものだ。

きっと、すごいプログラマーは、こんな修正すら不要なのを作るんだろうな・・・ (1/28 5:11)

 

PS. こういうのって、プログラミングのセンスとか常識とか経験の問題だと思う。それらを持った人は、無意識のうちに柔軟性のある方式で設計したり作ったりするから、こういうことが起こるのだろう。だが、子どもの頃からプログラミングを教えることが、これに寄与するかと聞かれると、僕は「余り期待できない」と答えるだろう。

理由はいろいろあるけど、まず、先生はそんなの持ってないし、意識もないだろうから、まず教えられないし。。。

PS2. もし学校でプログラミングを教えるとして、その「採点」はどうなるのだろう? 漢字や算数みたいに、ガチガチに正答どおりでないと×になるのだろうか? 例えば、インデントがタブでないとか、空白の数が多いとか足りないとかは減点なのだろうか? あるいは、処理の順序が(動作に全く問題はないけど)「正答」の逆な箇所があったら駄目とか。それから、1ドットでもウインドウの位置がずれていたら駄目とか。。。結構悪夢の予感。(1/28 5:09)

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先週末に、gmusicbrowser (GMB)に、デスクトップウィジェットのアルバムアートを押すと、メインウインドウをアイコンにしたり戻したりする機能を付けた。GMBは、メインウインドウを閉じた時に、タスクトレイに最小化(アイコンにする)できるのだが、タスクトレイアイコンが小さくて押しにくいので、もっと楽に操作したかったのだ。

実装は意外に難航した。普通に最小化したのでなく、タスクトレイに最小化したのを復帰させると、その前より幅が広くなるという問題が解決できなかった。それで、普通に最小化した時にしか復帰できないようにした。

そして、今朝気付いた。実際には、GMBをタスクトレイに最小化しない設定にして(その時は間違って閉じないように注意する必要がある)、普通のアイコン(小さくない)で操作すれば充分だし、その方が操作が一貫している。あるいは、メインウインドウを閉じた時に、タスクトレイでなく普通に最小化するように変更するほうが、ずっと簡単だったような気がする。それに、今気付いたが、この機能では、アルバムアートがない場合は操作できないという欠点がある。

本当の問題は、「タスクトレイアイコンが小さくて押しにくい」というだけのことだったのだから、何か押しやすいものがあれば良かった訳で、それは(既にある)普通のアイコンそのものなので、苦労して新しい機能を作らなくても良かったのだ。

まあ、折角作ったのだから戻さないでおこう。そして、後で、幅が広くなる問題を解決したい。これは、GMBの起動時にも起こることがあるので、何かがおかしいようだ。

そして、物でもソフトでもシステムでも世の中の仕組みでも、安易にいろいろな機能や施策を追加しがちだが、その前に、本当の問題をもっと良く考えた方が、複雑にならず、コストも掛からず、新たな問題も生まれないのだろうと思う。とは言え、安易に見えるけど、実際には、多くの「頭のいい」人たちがいろいろ考えた末におかしくなってしまうことも多々あるので、なかなか難しい。

PS. 世の中の仕組みなどは、実際には、「いろいろ考える」方向が意図的に異なっていて、本当の問題は分かっているけど、根本から解決する気は毛頭なく、「頭のいい」人たちの都合のいいように「解決しようとしている振り」をするように見せて、みんなを欺いていることが多い気がする。

PS2. 本題のGMBだが、昨夜、メインウインドウの閉じるボタンを押した時に、タスクトレイでなくアイコンに最小化することができるように変更した。また、閉じた時の動作設定に、従来の動作(閉じた時にタスクトレイに最小化または終了)に加えて、アイコンに最小化する動作も追加して選択できるようにした。これで、間違って閉じるを押して終了することもないし、ウィジェットでもアイコンでも押せば復帰できるから、操作も統一できた。(1/25 4:47)

設定ウインドウの追加した部分

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近頃、妹と音楽に関係してメールをやり取りしていたのだが、今日、ひょんなことからとんでもないことを知ってしまった。彼女とは、音楽に向かう姿勢(あるいは指向というのか)が、全く・根本的に違うのである。

彼女のメールに書かれていたことを読んで、かなり困惑した。「こういう風に音楽を捉える人も居るのか。しかも(妹)が・・・」という感じだった。それへの返事をどう書くか、あるいは、書かないで済ませるか、迷っている。

僕の意見をそのまま返信したら、とんでもないことになりそうだ。一方、彼女はここは読んでいないだろうから、ここに考えをまとめるのはいい考えだと思うのだが、彼女の考えには宗教が絡んでいるので、いつものように貶すことは適切でない。ならば、非公開の日記に書いておけばいいのではあるが、どうしても自分の考えを述べたいので、可能な範囲でここに書いてみる。

僕と妹の、音楽に関する相違:

  • 妹: 信仰のない音楽は無価値
  • 僕: 音楽は信仰(宗教)とは独立。美しい音楽はそれだけで尊い。

音楽史は全く詳しくないが、かなり昔は、音楽(ここでは西洋音楽)と宗教(ここではキリスト教)は密接に関係していたのだろう。発端は宗教だったのかも知れない。だから、その頃の音楽や教会用の音楽については、宗教的な背景を理解して演奏する必要があることは分かる。が、信仰心がない演奏に「価値がない」と言い切られたら、かなり頭に来る。

例えば、(想像だが)モーツァルトのレクイエムなんて、彼女にとっては全くの無価値・無意味な曲・演奏に聞こえるのだろう。あるいは、無宗教の人や他の宗教の人が演奏するその頃の曲は、価値がないのか。

断じて違う。

確かに、その宗教を信仰していない人の演奏は、信仰している人に比べて良くない可能性はある。それは、「日本人は西洋音楽を理解していない」と言われるのと同じことではある。が、決して価値がないとは言えない。それは音楽や演奏者を侮辱することだと思う。「下手」や「嫌い」は許されるが、「無価値」は許せない。

そもそも、演奏者の信仰心は演奏を聴いて分かるのだろうか? そうじゃないと思う。「いい演奏がいい」のであって、信仰心は関係ないと思う。この考えを進めたら、CDに演奏者の宗教歴などを書かなくちゃいけないくなるのではないか。結構恐ろしい。

今気付いたが、僕と彼女の「音楽」に求めるものとか定義が異なるのだろう。彼女は芸術としての音楽を求めているのではなく、教会で使う「道具」を求めているのだろう。だから、相容れなくて当たり前なのだ。

言うまでもなく、音楽は芸術なので、特定の宗教に依存せず、単体で存在し、それ自体で評価されるものだと思う。誰が聴いたって分かるものなのだ。教会用音楽だって同じだ。音楽として良いものも良くないものもあるはずだ。芸術家は、いい曲を作ろうと努力し、いい演奏をしようと努力している。その根源に宗教がある人は居るだろうし、そうでなく、音楽自体を信じている人も居るはずだ。

書いていたら、また頭に来てしまった。。。返事は出さない方が良さそうだ。

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(楽しくない話題が続くが、たまたま目が覚めて書く気になったので、ご容赦を。

以下は、僕の想像・フィクションである。ここに、ドラマの最後に出るような注意書きが来るであろう。)

日本に「ブラック企業」は多いが、その原因は、経営側だけにあるのではない場合がある気がする。従業員自身が、ひどい環境に忖度とか納得とか我慢してしまって、声を上げなかったり行動を起こさなかったりするのだろう(これは、webで読んだ、近頃有名になっているらしい、デービッド・アトキンソンの文章(「日本の労働生産性は低い」という主旨)にも書いてあったと思う)。その他に、「空気を読む」(他の人に合わせなければ駄目だと思い込んでいる)こともあるだろう。

具体的な例(といっても、想像だが)を書くと、前の投稿に書いた、ひどい経営者の会社の社員は、残業代がまともに払われなくても、トップが自分勝手な言動をしても、(表立っては)文句を言わずに働く。その意識を想像してみると、以下のようなものであろうか。

  • 偉い人に楯突くのは良くない(どうせ無駄だし、怒られたくないし、クビになりたくないし)。
  • 会社が苦しそうだから、我慢しよう。
  • (自分を卑下して)雇ってもらってありがたい。
  • みんな我慢しているから、自分も我慢しよう。
  • 何もしなかった時間があったから、それと残業代を相殺した方がいいのでは?
  • 自分は終わったけど、みんな帰らないから、悪いからもう少し残るか・・・
  • (法令を知らないので、その状況が違法だと知らない: 実はニュースで薄々勘付いてはいるが、自分には関係ないことにしている)。

それで、何も行動せずに居るのだろう。でも、鬱憤の溜まった社員は、(辞めた後に)通報するのかも知れない。日本人の悲しい習性(これは自然のものではなく、「教育」で押し付けられたことだ)だと思う。

仕事は趣味じゃないので、"No pay, no work"だ("No work, no pay"が一般的だが、それは経営者の論理だ。社員を働かせるのは経営や管理職の義務なのに、それが満足にできていないのを棚に上げて、お金を払わないというのは、おかしい)。社員は、労働や時間を会社に提供して対価を得ているのであって、給料がもらえるのは「ありがたいこと」ではない。当たり前のことだ。会社は福祉事業ではない。

会社が苦しいのは経営者の責任だ。なのに、自分たちの正当な残業代を減らして(更に、健康を損なって・損なうリスクを冒して)まで会社の収支を良くする義務なんてないし、それに依存している会社は終わっていると思う。そして、そんなことをしても、喜ぶのは経営者だけだ。どうせ、「会社が苦しい」からという論理で、給料はいつまでも上がらないし、ボーナスだって少ないだろう。その割には、経営者はやりたい放題ではないか? 苦しいという経営者の給料が一体いくらか、公表されているだろうか? 「会社が苦しいから、自分の給料を減らす」という経営者が、果たしてどのくらいいるか。

何もしなかった時間があったって、それは仕事を与えなかった管理職の責任であって、たとえ1分だって、会社に拘束されていた時間に対しては、給料が払われる必要があると思う。ただでさえ、会社の規則は経営側に有利になっているのに、なぜ、それ以上に譲歩してしまうのだろうか。

逆に、自分の仕事に、給料を堂々ともらうだけの自信や誇りを持たない社員は駄目だ。「道楽ですか?」と言いたい。

「(上に)楯突くのは良くない」、「みんな我慢しているから」、「(他の人に)悪いから」は、悪いことばかりじゃないけど、程度問題だ。そんな態度でい続けたから、日本は戦争になってひどい目に遭ったのではないか(そうなってすら、ほとんどの人は表立っては文句を言わなかったが)。

決まりを知らないのは悲しいことだ。学校は一体何を教えて来た(教えるべきだと思っている)のだろうか。。。学校の代替を考えても、労組のない会社では、労働関係の法令や常識など誰も教えてくれない。だから、自分たちの権利も義務も知る由もない。そのために、(悪どい)経営者に搾取されているのだ。

仮に僕がそういう会社に居たとして、残業代が満足に払われないことを知り、そのことで文句を言っても無駄だったとしたら、とりあえず、残業はしない。終業時刻になったら即刻帰る。仕事の予定は、全部定時ベースで組む。定時ベースで間に合わないなら、上司にそう伝える。シンプルだ。それでも我慢することはあるが、最悪ではない。

もっと世の中を良くするには、決まりや世界の常識を知る(知らせる)ことから始めるのがいいのだろうか。でも、誰が教えるのだろうか? 仮に教えても、上に書いたように、自主的に我慢してしまうのでは無駄だから、意識を変えるところから始める必要がありそうだ。それは、言ってみれば、国民性を変えるということで、かなり困難だ。

明るい展望はない。今の国の規制なり摘発(真意がどこにあるにせよ)が真の効果をあげ、今後も継続すればいいが、果たしてどうだろう。だから、本当のことに気付いた人たちは信念を持って行動して、自分の権利や健康を自分で守って行くしかないと思う。

 

(それでは、おやすみなさい)

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(以下は、僕の想像・フィクションである。ここに、ドラマの最後に出るような注意書きが来るであろう。)

 

いろいろ居るだろうが、「こういう奴は人間として終わっている」と思うケースを書く。

社員に責任やリスクを押し付けて、自分は被害者面する人。

ある会社に、今問題になっているブラック企業のように、お役所から指摘があった。きっと、辞めた社員が通報したのだろう。それが初めてでないので、厳しい内容だったようだ。

偉い人は、それでビビったようで、「(初めて指摘された時に、付け焼き刃的に、あるいは、泥縄式に決めた)規則を社員がきちんと守らなかったから、こういうことになったのだ」とかいうふうに、半ば逆ギレのようになっていた。しかも、一度でなく、何度もそんな言動をしていた。

なるほどと思った。阿呆は、こういう言動をしても、なーんにもおかしいと思わないのだなと。

まず、(怠惰で守らないのと異なり)好きで規則を守らない社員は、余り居ない。特に、好きでタダ働きする人はまず居ない。「守れない」のだ。その原因がどこにあるのか、きちんと調べて・考えて、解決すべきではないか。経営者の仕事は、ただ偉そうにしているだけじゃなくて、そういうことじゃないのか。

更に、その規則が守られていない状況をずっと看過して来て、(法を守っていないのに気付かない振りをして、)その結果、利益を得ていたのは、自分じゃなかったか。それなのに、問題が発覚したら、その利益を生み出して来た社員たちに責任を押し付けたのだ。それに気付かないのは大変オメデタイ方だから、次の言葉を無料で進呈したい。

無料の昼食なんてものはない。

その人は、「何かあったら、直接相談に来い」などとも言っていたが、そんなのは、他人の気持ちが分からない人が良く言う言葉だ。それが容易にできる(た)ことなら、通報される事態にはならなかっただろう。トップに気軽に相談できる社員が、どれくらい居るか。そして、上に書いたように、平気で被害者面するトップに、どんな相談ができるというのだろうか。

という訳で、かなりの社会経験がありそうに見える人でも、実際には、裸の王様とか井の中の蛙になっていて、箸にも棒にもかからない場合がありそうだ。でも、それでずっと通って来たのだから、幸運な人と言えるのかも知れない。ただ、果たしてそれがいつまで続くのか。

PS. 実は、この話に関連して、これより先に書こうと思っていた話がある。「自主的ブラック労働」という題だ。日本中に蔓延していそうだ。近いうちに書こうと思う。

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