Archive for the ‘意見’ Category

母の日が近いので、母と食事をした。

年々話が弾むようになり、今日の後半は僕の愚痴ぶちまけ大会になった。これは、おそらく僕が母に対する壁を崩しつつあるということだから、きっといいことなんだと思う。

愚痴は会社の偉い人への文句が多かったが、政府への文句も言った。意外に、母も同じように感じていたようだ。

(TVや新聞程度からしか情報を得ていない)母が分かるくらいだから、世の中の多くがそう思っているのかも知れない。もしそうなら、日本にも少しは未来がありそうなのだが、悲しいのは、思っていても(諦め切っていて)行動する人が少ないことなのだろうと、今思っている。

そういう僕だって、ここに書くとか選挙で与党に入れない程度のことしかできないのだが。でもまあ、そういう小さなことでも、みんなができることをすれば、何か変わるのではないかと思う。

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近い将来の機械(人工知能)化社会では、人は人工知能に命令されるようになるのではないか。

昔と違って、人工知能は考えられるようになって来ている。新しいことも学習できる。となると、頭脳労働だって人工知能がやれるのではないか。その方が、素早く正確な判断ができる。設計だって間違いは少ないだろう。ズルもしないはずだ。

一方、人型ロボットはなかなか実用化できないだろうから、一番最後の「実物」を扱うのは、しばらくは人間がやらざるを得ない。

それから、新しいことを学習できると言っても、コンセプトやアイデアを生み出すことなどは、当面は、人間の方がやる必要があるだろう。

そういうことから、世の中は段階的に人工知能化していくと思う。

中間段階

最初は、人間が考えたアイデアの詳細な設計と実現を人工知能や機械が実施し、実物を扱う(あるいは人間相手の)場合には人間が行う。こうなると、僕の仕事(プログラムの設計や実装やテストなど)は自分でする必要がなくなるから、人工知能に指示するだけになるのかも知れない。

最終段階

その次の段階は、アイデアも人工知能が出し、人間が下請けになる。もちろん、政治も人工知能が行う。人間は単純作業だけすることになる。

本当の最終段階

ロボットが完全に発達したら、すべてを機械が行えるので、人間のすることはなくなる。

各段階の支配の構造

中間段階

人間 → 人工知能 → 人間

最終段階

人工知能 → 人間

本当の最終段階

人工知能

本当の最終段階になったら、人間は機械に養われて、働かなくても済むようになるのだろうか? あるいは、人間は居なくなるのか?

(21:06 加筆、21:58 若干修正)

PS. これが正しいなら、少し前に書いた、「考えない人は危機感を持つべきだ」というのは、実は間違っていて、しばらくは単純作業する人は必要だから安泰だということになる。むしろ、危機感を持つべきなのは、僕らのように、将来、人工知能と張り合わなければならない職種の人間だろう。

PS2. 既に政府は似たような世の中を試算しているようだ。そして、2ちゃんねるでは、いろいろ議論されている。なので、このエントリはまだ詰めが足りないが、公開する。

PS3. プログラム開発の自動化について、思ったことを書く。

プログラム開発の自動化は、今までずっと研究されて来たが、今一つ実用レベルに達していないと思う。でも、これからはもっと実用的になるのではないだろうか。

今までに作られたさまざまなプログラムを読み込んで学習し(さまざまなエミュレータがあるのだから、いろいろな機種用のプログラムを実行するのはたやすい。そして、動かしてみて、そのプログラムの「意味」を理解するのも可能になるだろう。強力な処理能力があれば、総当たり的にプログラムの操作とその結果を得ることが可能だから)、それらを組み合わすことができれば、新たなプログラムは自動で作れると思う。今までに作られたことがないほど新しくて、自動で作れないプログラムなんて、滅多にないと思う。

その場合、仕様を専用の言語で書いたりせず、コンピュータに普通の言葉で指示し(例: 「iPodみたいな感じで、音楽ファイルを再生する」)、不明な点は逐次聞いて来る、デモ版を出して来て、人間がフィードバックをする、の繰り返しでできるようになるのではないか。あと、仕様については、顧客の提示した要求のドキュメントがあるのなら、それをそのまま入れることだって可能になるはずだ。

ポイントは、強力な処理能力と膨大な量のデータ(=知識)だと思う。ただ、人間が相手をするので、短い時間で完成できるようにするのは難しいかも知れない。が、将来的には、人間が相手をしなくても済むようになるのではないか。

という訳で、僕らプログラム開発者は、しばらくはコンピュータの相手として食い繋げるかも知れない。でも、それは素人でもできるようになるから、やっぱり駄目かも知れない。(20:47)

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前にも似たようなことを書いたような気がするが、会社に、考えない人が居る。その人は技術に詳しくないので、開発の人にいろいろ聞いているのだが、横で聞いていてイライラした。

自分が主体となって作業をやろうとして、その中に分からないことがあって聞くのなら、問題ない。そうではなくて、その人の姿勢が、「資料に書かれているとおり/言われたとおりにやる」だからなのだと思う。

仕事なんだから、その作業の意味や背景や基本的な技術や用語について自分で考えたり調べたりしないのだろうかと思う。ましてや、何度かやっていることについて、書かれていることや言われたことの意味を理解せず、何も疑問を持たずにやっているのでは、機械と同じじゃないかと思う。

おそらく、その人は、「考えるのは面倒だし、考えたってお金は増えないから、やっても無駄だ」と思って考えないのではなく、実は誠実な人なんだと思う。考えないのは、その人の性格なのかも知れないし、日本人一般の特性なのかも知れない。「考えない人」で検索してみると、日本の学校・教育の問題だというページがいくつかあった。

一方、「下手な考え休むに似たり」と、研究者の発言を紹介して、先人の遺産を学ばずに自分で考えるのは無駄だと書いたページもあった。僕はそれにはあまり賛成でないものの、一理あると思う。ただ、今問題にしていることとは種類が違うので、ここでは置いておく。

では、どうしたらいいか? 解はない。そのような人に考えさせることは、まず無理だと思う。いくら「考えろ」と言っても、その人が自分でググることはないだろうし、ある作業の意味を考えることもないだろう。壁に"THINK"という額を飾っても無駄だ。いろいろな言い訳は出て来るはずだ。

  • 何を調べたらいいか分からない。(何が分からないか分からない)
  • 分からない用語が多過ぎる。(全部分からない)
  • 調べても書いてあることの意味が分からないと思う。
  • 時間がない。
  • 余計なことを考えて、作業を間違えたらいけない。

解はないのだが、考えない人たちは、近い将来、確実に機械に職を奪われるだろうと思うし、そういう人ばかりの国に将来はないだろう。だから、皆危機感を持って生きるべきなのだ。

最後に、IBMの「「THINK(考えよ)」という文化」の最後の段落より:

社員が正しい意思決定を行うのは、やるべきことを命じられたからではなく、やるべきことを知っていたからです。もしそうだとしたら、つまり、考えることに基づいて企業文化を育てることができるとしたら、何世紀にもわたる変化を通じて組織を維持し、導いていくことができます。

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よく「日本人の民度は高い」と内外から言われるが、僕は、それは全く違うと思う。

自分たちでそう言うのは置いておいて、ニュースで読む限り、外国人は、例えば以下のようなことに驚くのだろうが、

  • 災害や事故などがあっても、大きな騒動にならない。
  • 大きな催事などの後に、ゴミが放置されていない。
  • 電車に乗る時に割り込まない。

それは、実際には以下のようなことだと思う。

  • たまたま : ひどいことになる場合もある。
  • 一面しか見ていない。: 催事などの後に、ゴミを持ち帰るフリをしているが、実際にはコンビニなどのゴミ箱がひどい有様になっていることが、良くある。催事などなくても、高速のSA・PAのゴミ箱は生活ゴミで一杯だ。

その理由は、日本人の「大勢=正しい」という特性なり思い込みに依るのではないか。そのために、例えば、以下のような良くないことが起こっている。

  • 重要な問題をすぐに忘却する。
  • 誰も問題にしないことは、問題でなくなる(と思い込む)。
  • 正しくないことでも、みんなが正しいと言えば正しい(と思い込む)。
  • マスコミと一緒になった、有名人叩きの繰り返し。
  • 特定の人たちに対する排斥運動。

では、どこから「大勢」が発生するのかを考えると、おそらく、少数の、声の大きい、あるいは、リーダーシップのある人たち、他には、団体での偉い人やマスコミなのではないだろうか。みんながそれに従って行動するので、そういう人たちが(普遍的な意味で)まともなら、その場は民度の高い結果となる。有名人叩きなどは、その逆のパターンだろう。今は、SNSなどで大きな声で振る舞える人が増えたので、誤った方向に走ることも起こりやすいようだ。

外国がどうなのかは、住んだことも調べたこともないので分からないのだが、以前読んだのは、その国の大多数の国民に共通した宗教がある場合、その宗教がモラルの規範になっているということだ。一方、日本人にはそういう宗教はないので、学校の授業や親などのしつけに(時には法令にも)依存しているのだろう。それらの一番の基本は、「大勢=正しい」(別な言い方をすれば、「人に迷惑を掛けない」とか「目立たない」)なのではないだろうか。少なくとも、僕はそういう経験をして来て、ずっと違和感を持っていた。

人に迷惑を掛けないのは、一見、良いことだが、じゃあ、「迷惑」というのは、何を基準にしているのだろうか? やっぱり、学校の授業や親などのしつけに依るのだろう。そして、前者は国の方針で変わるし、後者は「みんなに合わせるべきだ」などの日本の伝統的な価値観に基づいていないか? そのことで、例えば有名人叩きが起こるのだろうし、重要なことも、みんなが何も言わなくなったら、なかったことになるのだ。

要するに、「変動制のモラル」である。(外国でもそうかも知れないが)モラルに歴史的な一貫性がないのはもちろん、短期間にモラルの基準がコロコロ変わる。更に、他人が見ているかどうかでも変わる。

僕は無宗教なので、宗教教育をしっかりやれとか言うつもりは全くない。ただ、子どもの頃に親に無理矢理教会に連れて行かれたので、キリスト教に影響を受けていて、それで日本的なモラルにおかしさを感じるのは認める。だから、実際には宗教は必要なのかも知れない。が、宗教によって世界の対立が起こっているという現実はあるし、金儲けに奔走する宗教もあるから、宗教が絶対に必要とも思えない。

今回の結論は、「日本人の民度は、自慢するほど高くない」だ。

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かなりのお金を掛けて随分長く研究されて来ていると思うのだが、数年前に「地震予知はできない」と明言されている。数十秒前の「緊急地震速報」が関の山だ。そして、今回の九州のように、とりたてて危ないと思われていなかった地域ですら、あんなことになってしまった。「ハザードマップ」は役に立たないようだ。結局、日本はいつどこで大地震が起こってもおかしくないのだろう。

→ 「地震予知はムダ。いますぐやめたほうがいい」東大物理学者の警告

ということは、原発の地震に対する安全性は、何を根拠に証明なり保証なり確認されているのかという疑問が生じる。まあ、国は何か起こるまで、見て見ぬふりをするつもりなのだろうな。駝鳥が首を砂に埋めて危機から逃れているつもりの光景が目に浮かぶ。

PS. これを杞憂と笑う人は居るだろうが、まあ、杞憂なら大変ありがたいことだ。「科学的でない」と書いた池田某などには、「とりあえず原発の近所に住んで、同じことを言って下さい」と言いたい。真面目に反論すれば、以下が思い付く。

  • 気象庁や地震学者が先を読めないと言っているのに、「想定外の」地震が起こらないという、科学的な根拠は?
  • 原発の自動停止機能で何も問題が起こらないなら、何で311の時は駄目だったの?
  • 停電て、電力が足りないからじゃなくて、単に電線が切れてるからじゃないの??

(4/21 19:26)

PS2. 「池田信夫」を調べてみたら、文系(経済)出身の人のようだ。じゃあ、独学で物理学や原子力工学や地震学などを勉強されたんだな。これはすごい。というのは、「科学」という言葉を使うのであれば、その分野では一人前の知識や経験を持っていることが前提だからだ。仮に、そういうのなしで言ってるのであれば、単なる「素人の非科学的な妄言」であって、彼が貶している相手と同じレベルだ。

もう少し書くと、もしどっちも同じ素人だったら、「停めろ」という人と「動かせ」という人と、どっちがまともなのだろうか? 科学(それ以前に常識)的には「停めろ」だ。安全性の確認されてない薬を市販するとか、停まるかどうか分からない車を売るとか考えれば、ごく当たり前のことだ。そして、上に書いたように、専門家が「分からない」と言っているのだから、今の段階では停めるほうが科学的だ。

最後に、「科学的」を「(文系・理系は関係ない)論理的な考え方」と捉えることも可能だ。でも、それでも彼は科学的でない。僕が上に挙げた疑問に対する根拠を示していないからだ。(4/21 20:13)

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少し前から、Yahoo!ニュース(二度、読むのを止めていたのだが、ニュースサイトが少ないので、やっぱり読んでいる)の個人で、五味太郎という人のインタビューが載っていて、とても楽しみに読んでいる。

その人のことは今まで知らなかったのだが、なかなかユニークで、すごい。運がいいところはうらやましいが、それも彼のすごいところなのだと思うし、言っていることに納得できるのだ。

今日の回は、特に納得することが多かった。親や先生など、子どもを甘く見たり抑えつけたりする大人が多く、それでスポイルされる子どもが居るという話は、僕も経験して来たので、全く同感だ。そして、僕は彼に近いところがあるような気がする。

だから、上に書いたことに反しているようだが、気合いを入れて読んでいる訳ではないし、「彼の言うことを参考にして、自分の生き方をより良くしよう!」などは微塵も思っていないし、彼の作品(絵本)を読みたいとも思わない。面倒だからだ(笑) : この気持ちは、インタビューを読んでもらわないと、理解できないかも知れない。

言いたいのは、すごい人に倣ったって自分の身にならないってことだ。良く居るよね、ジョブス(でも、レノンでも、誰でも)が好きで、彼のようになろうと思って、崇拝したりいろいろ真似する人とか。本当にアホかバカかと思う。自分の生き方は、自分で探して決めるしかないのだ。

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恥ずかしいことだが、昔(2000年頃だったか)は産経新聞を(望んで)購読していた。今となっては、「あんな政権べったりの新聞なんて良く読んでたな」と思う(かといって、今だって朝日も読売も毎日も読む気はしないが)。

その変化は、僕の考えが変わったからかだと思っていたのだが、良く考えるとそうでもないようだ。というのは、僕は今の首相のズルいやり方とか誤魔化しとか山ほどの嘘にものすごい反感を持っているのだが、例えば、防衛のための軍備については、(今よりずっと右寄りだった)当時はもちろん、今だって必要だと思っているのだ。だから、どちらかと言えば、憲法改定もする必要があると思う。

当時は憲法改定なんて国会で議論する状況ではなかったが、今は「いつ改定されるか」という状況だ。だから、変わったのは僕でなく世の中だったようだ。でも、その変わり方が余りにもひどい。僕が考えていたことと似ているけど違う、「これじゃない」状態だ。一体、いつかまともになることはあるのだろうかと思う。。。

 

PS. 参考までに、軍備についての僕の考えを以下に書く。

  • 憲法九条は理想的な考えではあるが、現実的ではない。国外には憲法は適用されないから。
  • 戦争を起こすために軍を持つのではなく、防衛のために持つ必要がある。
  • アメリカの属国でなく、独立した国になるために、自分の国は自分で守れる必要がある。
  • だから、自分で防衛できるようになって、安保条約は破棄した方がいい。国内の米軍もさようなら。

でも、今の政府は違う。国民に嘘をついたり誤魔化しをして、アメリカの要求に応えているだけだ。だから、ますます属国化している。「戦後レジームからの脱却」なんて、実際にはしようとしていない。

一方、多くの野党は金科玉条のごとく憲法九条に固執しているが、彼らが政権を取った後で攻撃されたら、どうしようと考えているのだろうか。本気で、「憲法九条を守っていれば攻撃されない」と思っているのだろうか。それって、「原発神話」に似ているのでは? いつか質問してみたい。

ただ、強力な軍備にはお金が掛かることが問題だ。これ以上税金を取られたり福祉が削られては、たまったものではない。だから、何か工夫が要ると思う。

例えば、諜報活動とか情報戦に力を入れるのはどうだろう。ソーシャルエンジニアリングとかハッキングとかで、敵が攻撃できないようにするのだ。仮にミサイルが発射されたら、現地に紛れ込んだスパイが操作したり、外部からハッキングしたりして、日本に落ちる前に自爆させるとか進路を変えるとか。外から見ると、「失敗」に見えるだけで日本からの攻撃は全く分からないが、実はすごくレベルが高いものだったと。これなら、従来の軍備より安く済むのではないか。そして、普通の戦争より死傷者は格段に少ないのではないか。

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女の人で、子どもじゃないのに可愛い子ぶったしゃべり方をしている人。もちろん、プライベートの時はそれでもいいのだが、仕事の時は止めて欲しい。

本人は気付いてないのかも知れない。周りの人も気にしていないのかも知れない。逆に「可愛い」とか思っているのかも知れない。が、僕としては、仕事だったら落ち着いたしゃべり方をして欲しいと思う。社内の人に対してはまだいいとしても、外部の人にもそれだったら、「ちょっと」と思ってしまう。

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あえて2ちゃんねる用語で書きましたが、いよいよ日本が危ないです。

国会で首相が嘘つきまくりです。そして、それがTVや新聞では報道されていない様子。先日書いた北朝鮮拉致被害者の話以外に、TPPについてもをついたようです。

みんな知ってて、どうでもいいことだから許しているのか、全く知らないのか、野党よりはマシだから我慢しているのか、僕には分かりません。

仮にどうでもいいことだとしたって、国会で嘘をつくのは問題ないのでしょうか。そういう人に、国をいいようにされてもいいのでしょうか。みんな、彼の政策に賛成なんでしょうか。

本当に危ない。逃げ出したいけど、無理だ。

PS. TPPについては、以前書いたように騙し文句になっているので、実際には真赤な嘘ではない(彼らが否定したのは「聖域なき関税撤廃」であり、今のTPPには聖域があるから問題ない)という言い分なのかも知れない。

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今日も、2ちゃんねるの不思議な話のまとめサイトで新しい言葉を知った。

いやあ、こんな考え方もあるんだなあ。大変な極論で、ほとんどの人は賛成しないと思うが、僕の意見に近いところもあって、なるほどと思った。というのは、僕はずっと父親の「所有物」にさせられてきたからだ。今にして思えば、もし前もって彼の子になると分かっていたら、生まれたくなかったと思う。

かなりの時間が経って、今はそんな呪縛からは解放されているが、今度は、日本が劣化してしまったように感じられて、先行きが大変不安だ。果たして、死ぬまでまともに暮らせるのだろうかと思う。他にも、原発の放射能問題をはじめとする、いろいろな心配がある。

そういうことを突き詰めると、人の居ない地球がベストなのではないかと思う。人間以外の生物が生きる星。あるいは、生物の居ない、無機物だけの星(鉱物だけとか、建物や機械だけしかない)も、さっぱりしていいかも知れない。地球の断舎利だ。

ただ、それは大変消極的な気もする。例えば、「投資しなければ損しない」という考えではないか。だから、仮に親のエゴだとしても、無理やりにでも世に出され、生きて行かざるを得なくなれば、辛いことは多いが、楽しいこともあるかも知れないし、自分がやりたい何かをやれたとすれば、世に出た価値があるのだろうとも思う。そういう経験をするための機会を得るには、親を選べずに生まれて来るしかないということが問題なのだろう。ちなみに、仮に自分が親であったら、その子として生まれて来たくはない(=まともに子どもを育てることなどできる気がしない)。

 

このエントリは病んでいると、我ながら思う。でも、今は気分が憂鬱という訳ではない。逆に調子いい方だ。単に、知らなかった考え方を知って、思ったことを書いただけである。(やっぱり、病んでいるのかも知れない。。。)

まあ、4月1日だしね。

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