Archive for the ‘意見’ Category

極論だが、アーティストの立場で考えれば、中古CDは違法ダウンロードと変わらないような気がした。

中古CDが何枚売れてもアーティストには一銭も入らないのだから、違法ダウンロードとかコピーと同じじゃないか。違法じゃないから、買う方は心が痛まないが、結局、音楽のためにはならないような気がする。

中古CDのメリットは、資源が無駄にならないとか、「中古で売れそうだから新品を買おう」と思う人が居る可能性があるとかの、間接的なアーティストへの還元可能性程度だろう。

一方、レンタルの場合は、少しお金が行くはずだから、それらよりはマシだろう。ということは、アーティストへの還元可能性は、

中古CD=違法ダウンロード・コピー=0 < レンタル << 新品CD, 正規ダウンロード

となる。

同じだからといって、昔はいざしらず、今は違法ダウンロードなどで済ませるつもりはないので、新品のCDを買うか正規のダウンロード購入することになる。物によっては高いが、仕方ないだろう。まあ、試しに聴いてみる時は、中古で済ませようか。

結局、今の買い方とほとんど変わりがないという結論になる。

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ニュースを読んだ途端にIngressの焼き直しかと思った「ポケモンGO」(正確には"Pokémon GO")は、実際に、Ingressの会社が開発したそうだ。興味はないので、流行るのは別にどうだっていいが、そのうち大変なことになる気がしている。

仮想ポケモンの設置場所がポイントだ。あれは、ランダムに決めていると想像する(大量の地点を人が選ぶのは現実的でないし、人が選んでいるならTV局などの中に現れる訳はない)が、その場合、私有地や危険な場所だって選択されるだろう。仮にデータベースがあって、それらを避けているにしても、近くに置くことはあるだろう。

その場合、ユーザーは知らずに私有地に立ち入ったり、危険な場所と知らずに近寄って、怪我をしたり死んだりすることがあるだろう。仮にそれがなくても、アメリカなどでは危険な、夜間の出歩きも多くなりそうだ。そもそも、スマフォを見ながら歩くから、それ自体が危険だ。結果として被害者からの訴訟の嵐になるのではないだろうか。

個人的には、家の近くにレアなポイントができてしまって、知らない連中に大挙して来られたら、とても迷惑だ。騒がしくなるし、交通事故の危険は高まるし(徒歩でうろうろ以外に、自転車や車・バイクでうろうろする輩もきっと居るだろう)、犯罪も増えそうだ。

今までIngressでそのようなことがなかった(実際にはいろいろあるらしい)のは、おそらく、ユーザーが比較的少なかったのと、ユーザー層が比較的知見がある人に限られていたからではないだろうか。

今後の動向に目が離せない。ていうか、近くに来るなっ!

PS. 自衛のために、自宅周辺にポイントが出来てないかの確認がいるようになるのだろうか? それをやり出したら、心情として、一応、親や妹の所も確認したくなる。甚だ面倒だな。(10:36 加筆)

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選挙の総括、というほどの立場じゃないので、個人的な感想を書く。

ま、与党(アベ)も国民も「お見事」(映画「グラン・ブルー」で、エンゾが医師の制止を振り切って潜って、意識不明で引き揚げられた時の医師のセリフ)だ。きっと、彼らが馬鹿なのではなく、こっちが普通じゃないのだろう。知らんけど。

国民は何かしら与党に期待なり信頼があるのだと思うが、僕には理解できないし、悪い未来しか予想できない。

以前、MFくんと飲んだ時、彼は、「(多くの人は)今の政治に特に不満を感じていないから文句を言わないし、行動しないのでは」というようなことを言っていた。確かにそのようだ。

個人的には、日本人は

「長いものには巻かれろ」+ 情弱 → 茹で蛙

だと思うのだが、それが正しいのか間違っているのか。今後5-10年間で分かるだろう。そして、相手は誰になるか分からないが、二度目の「お見事」と言うことになるだろう。

ただ、少しだけ希望があるのは、沖縄や福島など一部の地域で与党が負けたことで、気付いている・行動する人は皆無ではないということだ。

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今まで、プログラミング教育について散々反対して来たが、ここでは、その理由などの追加と対案を書く。

理由など:

僕は、仕事にはしているが、プログラミングなんてしない方がいいに決まっていると思っている。僕的には、「(プログラムを)書いたら負け」だ。もちろん、全く何もない時は書く必要があるが(それはとても大変だ)、可能な限り、今ある物を再利用したり、組み合わせて実現した方がいい。そもそも、お客さんと話してみたら、実はその機能は要らなかったという場合すらある。

趣味的にプログラミングは楽しい場合もあるし、作った物が動いた時はとてもうれしいが、やっぱり、しないに越したことはない。人間は誤るので、ほぼ必ず不具合が生じて、その対処に苦しむし、お客さんにも迷惑を掛けるからだ。そして、今は昔とはくらべものにならないほど、いろいろな物(ライブラリやプログラム)が出回っている。そういうのを使ったり組み合わせれば事足りるのに、何で新たに作るのだろうか。

だから、よくテレビなどで見る、四六時中、電車や喫茶店などでノートPCを広げてプログラミングしている人は、能力が低いのだと思う。最高のプログラマは、(作らずに)「もう、できてます!」と言える人だ。

政府は、将来の産業振興のために、子どもにプログラミング教育をしようとしているのだと思うが、それは全く見当違いだ。製品・システム開発や開発現場を知らない役人や政治家が、馬鹿な自称「識者」に乗せられているのだろう。

対案:

目的は産業振興なのだから、プログラミングなどといった小手先の技術でなく、物作りの全体を学べばいいのではないか。製品やシステム開発の勉強だ。何か世に出したい物や機能があって、それを自分たちで用意して世に出すにはどうするかという話だ。既存の物を組み合わせたりちょっと変えて済むのならそれでいいし、駄目なら作る。コストや権利問題も考える。対象によっては、全部事務的なこととかアナログ技術で済んで、プログラミングなんて全く要らないかも知れないし、どうしても実現できないかも知れない。そういう調査・検討からする。これなら、文系の子でも理系の子でも参加できそうではないか。まあ、こういうのは高校以上のレベルなのかも知れないが、小中学校でもできることはあるだろう。

もちろん、先日書いたように、そういう話の前に、普遍的に価値あることを学んだほうがいいに決まっている。そういう頭がなければ、新しい物やいい物は生まれないと思うから。

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じゃがさんのおかげで、十年以上振りくらいで、選挙公報を見られた。僕に良くある間抜けなことで、

  • 近頃は、選挙公報がPDFでwebサイトから取れる。
  • ただし、選挙公報は、候補者が揃ってから、結構遅れてサイトに載る。

ということを知らず(常々、「Webで見られたらなあ」と思って居たが、掲載遅れのせいもあって、webには出ないとばかり思って居た)、新聞を取っていないせいもあって、選挙公報を見る機会が全然なかった。

それで、早速見てみたのだが、「みんな駄目(プレゼン下手)だなあ」というのが率直な感想だ。

言いたいことが沢山あるのだろう。ほとんどの人が、狭い空間に文字だの写真だの絵をぎっちり詰め込んで、読みにくくしている。それから、公約を実現する根拠とか方法が書いてない。大体、「***します」ばかりだ。

まあ、上に書いたことは実は矛盾していて、公約の根拠まで書いていたら、文字だらけになってしまうだろう。

でも、今はプレゼン技術なんて、どこの会社(大きいところだけかも)でも研修とかしているんだから、そういうのを少しは学んで、読む気がするような公報を作ったらいいのにと思った。

大体、公約を全部実現するなんて、こっちも思ってないんだから、絞ればいいのに。

ただ、例えそうしたって、実際に当選するかとか、いい政治家なのかは別問題なので、世の中は難しい。。。

PS. スペースが足りない問題だが、選挙公報にQRコードとかを入れておいて、外部サイトに誘導するのは違反なのだろうか? 選管にチェックされてしまうのかな。QRコードがだめなら、「『***』で検索」ってのはどうだろうか?

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以前も書いたが、すべての(興味のない)子どもにプログラミングを教える必要はないと思う。一体、何を目的にしているのか分からない。今日も、こういう馬鹿を見つけた。自分ではプログラミングしたことのない人が書いているのかと思ったら、そうでもないようだから意外だ。

自分の子どもが興味を持って楽しくやっているのはいいが、それを変に発展させて、すべての子どもにプログラミングを教える必要があるかのような論調だ。何が目的なのかは余り書いていないが、論理的思考を身に付けるとか、考え方の勉強や訓練をするということなのだろうか。

なんかずれている気がする。僕らが子どもの頃、塾でそろばんを習う子が結構居て、確かに彼らは算数は得意だったようだが、その後はどうなったか(それで日本の数学は発展したか)? あるいは、随分昔から学校で英語を教えているが、果たして日本に国際人は増えているのか? 増えているなら、なぜ、今も日本はアメリカの言いなりなのか?

それに似たようなものじゃないのか? プログラミングができたって、それはあくまでも技術であって知恵ではないから、すぐに無駄になると思う(確かに、無駄にならない部分もあるが、無駄が多いのは確かだ。特に、興味のない子に残るものはないだろう)。論理的思考が目的なのなら、もっと普遍的な方法で身に付けた方がいいと思う。

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今日の暇つぶしのテーマは、もう古くなった言葉だが、「意識高い/低い系」にした。どちらかというと、「意識低い系」をメインにしていた。

僕は、「意識高い系」の人は基本的に信用しない。眉唾物として扱う。そういう手合いは前の会社に沢山居たが、ほとんどは意識が高い(ように見える)だけで自己満足していると思うからだ。実際に、何か良い結果を生み出している人は、ほとんどいない。要は「口や表面ばっかり」なのだ。実際、そんなに多くの意識高い人が居るなら、何で今の日本はこんなに落ちぶれているのだろうか? 彼らは何に対して高い意識で頑張っているのか?

逆に、意識低い系の方がマシだと思う。僕自身は、昔は意識低い系だったが、今はどちらでもなく、「自分中心派」だ。外から見て意識が高そうに見えようが見えまいが構わず、自分が生きやすい方向に物事を進めたい。努力したければするし、したくなければしない。

おもしろいのは、意識高いつもりで低かったり、その逆の人が居ることだ。

例:

以下、おもしろいとおもった意識低い系関連のページ:

最後の清澄白河は、一時頻繁に通っていたので、とても懐かしかった。あの街が、今では意識高いところになったのかと思うと、隔世の感がある。

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例の、原発事故の汚染土の再利用、本当にやるようだ。いやあ、これはもう、Evernoteとかノートンとかタイムドメインとかどうでもいいくらい、怖いことだ。危ないから除染したものを道路などに使う意味が分からない。みんな正気なのだろうか。それが「環境」省のやることか。「有識」者は意識あるのか? 政権が変わったから、方針も変えたのか。

無責任国家日本。終わりの始まり(実際には、とっくに始まってたか)。。。

なんか、すごく嫌な気分になってきたよ。暗澹たる気分だ。

 

PS. 管理はおそらく非公開(特定機密)にするのだろう。「公開すると汚染土をテロなどに悪用される恐れがある」とかいう名目で。それで、しばらく経って気付いたら、(ただちに健康に有害ではないとか言う理由で)どこにでも出回る事態になるのではないだろうか。

これって、憲法違反じゃないのか?

第二十五条 2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

汚染土のばらまきは、どう考えても、公衆衛生を低下させることだと思う。

PS2. アベ大好きなネトウヨはどうか分からないが、さすがに、みんな怒ってるようだ。それにしても、よく投票前に公表したな。それが不思議だ。

(7/1 7:23 若干修正)

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以前から薄々感じてはいたが、先日、コンサートに行って確信した。

ピュアオーディオとかハイレゾなんて無意味だ!

と。彼ら(マニアやハイレゾ信奉者)は聴くものを間違っている。「いい音」で聞きたい気持ちは理解できるし、僕もその気持ちを持っているが、実際には、録音された音をいくら高い機器で再生したって、生演奏の足下にも及ばない。それなのに、科学的に説明のつかない不思議な物に高いお金を払うのは馬鹿げている。方向が間違っているし、本質を全く分かってない。

そもそも、彼らの良く言う、「アーティストの息遣い・鼓動」、「熱気」とか「空気感」などは録音できないのだから、どう頑張ったって再生することはできないのだ(もし、録音できていると言うのであれば、その音を抽出して提示して欲しい)。そういう言葉は使わないというのであれば、もっと良く見る言葉、例えば「分解能の高い音」と「分解能の低い音」を物理的な値で比較提示して欲しい(もちろん、激安な製品との比較じゃなくて、まともな製品同士で)。

オーディオ機器に無駄なお金を掛けるくらいだったら、コンサートに行った方がずっといい。例えば、オーディオ機器に年間100万円を使うとして、そのお金でコンサートに何回行けるだろうか? 僕のように地方から参加する場合で考える。

  • チケット代: 約1万円
  • 交通費: 約1万円
  • 宿泊費: 約1万円
  • 合計: 約3万円

1回3万円は高いように思えるが、100万円あれば年間33回も行ける。約11日に1回で、間隔は2週間より短い。しかも、多くの場合には日帰りが可能だから、もっと頻繁に行ける。体力的にキツいくらいだ。そもそも、好きなアーティストのコンサートがそんなに頻繁にないだろう。だから、100万円あれば、自分が行きたいコンサートには全部行けると言えそうだ。

CDなどの録音された音は、あくまでも、予習とか試聴とか生演奏が聴けない場合の代替用として位置付けるべきなのだ。そういう意味では、CDなどを買わずにYouTubeなどで済ませるという方向も、あながち間違ってはいないようだ。そんなことをしたらアーティストたちが困るので、やらないけど。

最後に極論を: 究極的にいい音を聞けるメディアがある。楽譜だ。ごく一部の人ができるようだが、楽譜を見て脳内で演奏すれば、それ以上にいい音はない(これは、以前書いた、「脳との直接やりとり」に通じるものがある)。楽譜がなくたって、CDを聴いて楽譜に戻して、曲の意図を理解して、脳内で演奏すればいい。出来る人が全くうらやましい。でも、そんなことを言ったら、大衆が音楽に親しめなくなってしまって音楽が衰退してしまうので、ひとまず置いておく。

PS. もちろん、口パクとかエア演奏のコンサートは、この意見の対象外だ。そういうのはCDとかMP3で充分だ。僕はしないけど、アーティスト(というかアイドル)のために何枚でも買って下さいw

PS2. トンデモなページを見つけた。タイトルは「オーディオは生演奏を超えられる」だってさ。中身も突っ込みどころ満載なので、(個人サイトじゃなく、い○がわしい店だから、)あとで盛大にディスりたいw (6/23 6:32)

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「神対応」だの「神バンド」だの、現代は神インフレなのか? 安直に「神」という言葉を使うやつらは馬鹿かと思う。大体、一般人の基準で神が選べるのかと。。。

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