飲酒運転とひき逃げで捕まった芸能人が保釈されたそうだが、その写真を大きくして3回くらい見てしまった。

言うことないじゃん!

白いシャツと黒いタイトなスカートのシンプルな服装は僕好みでほとんど言うことないし、色白で神妙な顔もいいじゃないか。今まで名前程度しか知らなくて、逮捕の時の(とっ捕まった猫のような、)うなだれた顔の写真を見た程度だが、随分雰囲気が違うものだ。

そうやって多くの人に好印象を与えて、なるべく早くほとぼりを冷まそうとしているだけなのかも知れないが、こっちは見て楽しむだけなので、(その人の今後がどうなろうと)どうでもいいことだw

  •   0
  •   0

僕は、クラシック音楽が「古臭い」とか「難しい」とか「ベートーヴェンの顔が怖い」wなどの理由で毛嫌いされ続ける現状がもったいないと思い、(クラシック業界の回し者ではないのだがw、)常々、これを読んだ方が「ちょっと聴いてみるか」と思ってくれたり、「気付いたら聴いちゃってたよ」などになるといいと思うのだが、実際には、題に「クラシック」とあるだけでパスされそうだから難しそうだ。それ以前に、ここの読者は少ないw

まあ、それはいいとして、クラシック音楽は古いだけではないと、近頃改めて思った。確かに作曲・公開(初演)はすごく古いのだが、僕は、曲の解釈や演奏の仕方は時代とともに変わっているように思う。どうしてかというと、前に書いたように、昔の演奏が余り好きでない(好きになれない)からだ。

僕にしてみれば、近頃の演奏は新しく(例: ノリがいい、滑らか・鋭い・キレがある、驚きがある)、昔のは古臭く(例: 堅苦しい、音がガチガチしている・小間切れ的、単調)感じるが、実際には、「新しい」・「古い」という表現は正しくなく、僕の好みに近いか遠いかの方が適切そうだ。好みという点では、基本的には(何でもいい訳ではないが)ちょっと昔のポップ音楽が好きなので、クラシックでもそういう演奏(例: 乗れる)や解釈が好きで、結果的に、近頃の演奏が好きなのではないだろうか。そこに関しては、昔のポップ音楽が近頃のクラシック演奏者に影響を与えている可能性もありそうだと思うが、どうなのだろう。

もちろん、演奏や解釈の時代的変化には、まずは音楽(研究?)自体の発展・変化の影響はある(誤解されがちだが、クラシックの人は、何の変化も起こさず、昔ながらに当たり障りなく演奏していればいいと思っているばかりではないのだと思う)。それが作曲者の意図や初演当時と同じかどうかは不明だが、同じである必要はないと思う。逆に、今の人が楽しめるように変化・発展・拡張させる方がいいと思っている。

レコードなどの、録音された演奏の古い・新しいに関しては、録音の年代・技術による影響もある。当然、古い録音の音は古い(音質が悪い)。でも、それが聴いた時の印象に与える影響は余り大きくないと思う。せいぜい、ダイナミックレンジが狭いせいで強弱の変化が乏しく聞こえる程度だろう。この点は、当時生演奏を聴かれた方に、実際の演奏はどうだったのか教えて頂きたいと、今思った。

でも、例えば、SPレコードを愛聴される方は特にそういった点で文句を言っていない(例: 「レコードだと全然違う演奏になってしまう」とは言われない)から、やはり、古い技術で録音されていても印象は大きく変わらないのだろう。

ただ、ものすごくたまに、昔の演奏でも(古臭くなくて)自然に聴けるものがあることが分かった。というのは、先日書いたカサドシュのモーツァルト ピアノ協奏曲 第26番(1963または1959)のピアノが実に滑らかで良かったのだ。聴くまでは全然期待していなかったのだが、(名前だけは聞いたことがある)有名な人なので聴いてみたら、現代の演奏と言っても分からないくらいだったので驚いた。同じアルバムの第27番(1963)も良かった。この曲ではオーボエが実に良かった。オケも良かった。ただ、やはり例外だったようで、別のアルバムの第20番(1960?, 録音: 1956)はすごく古い感じがし、いかにも「昔の演奏」という感じだったので、がっかりしてしまった。

なぜそうなったのかは不明だが、おもしろいと思う。演奏や解釈の時代的変化以外に、演奏者(と演奏のタイミング)への依存が大きいのだろうか。あとは、聞くタイミング(聞き手の心理的状態や体調)も関係しているのかも知れない。

 

という訳で、ないとは思いますが、是非、気付いたら聴いちゃってて下さいw でもまあ、楽しければいいので、実際には何を聴いたっていいんです。

  •   0
  •   0

今は使っていない古いアドレスにフィッシングメールが来た。差出人も宛先も自分(そのアドレス)で、「すぐにお読みください!」という件名だ。僕のアカウントをハッキングして僕のデバイスに完全にアクセスできるそうで、

それは私にあなたのスクリーンとウェブカメラへのアクセスを提供するキーロガーを持っています。

(略)

私は二重スクリーンビデオを作った。 最初の部分はあなたが見ていたビデオを表示しています(あなたは良いと奇妙な味を持っている)、2番目の部分はあなたのウェブカメラの記録を示しています。

というところで感心した。僕のPCにはカメラは付いてないが、どうやってビデオを録画したのだろう? 少し考えて、「まさかスマフォを使った?」と、わずかに心配になったのだが、以下のように、

あなたのメッセンジャー、ソーシャルネットワーク、そして電子メールから連絡先全体を集めました。

という割には僕の名前が分かってない(書いてない)のでw、単なるアホメールだと分かった。実際、メールに書かれていた送金先のBitcoinのアドレスで検索したら、同様なものが数件出て来た。

少し考えたら、僕のPCに完全にアクセスできるのなら、わざわざ外国からメールを送らなくてもローカルに送れるし、文章をブラウザの画面に出して、僕を恐怖のるつぼに陥れることすらできるのに、なぜそうしない??

僕も昔は無知だったので、何かの詐欺サイトにそのアドレス(馬鹿なことに、当時メインで使っていたもの)を入力してしまったようで、それが「馬鹿者リスト」に記録されてしまっているようで、良くスパムが来る。以前書いたようなおもしろいものなら楽しめるのだが、こういう詰めの甘い、詰まらないメールにはうんざりしているので、近々そのアドレスを捨てようと思っている。

ただ、念のため、スマフォは机の上に置かない方がいいかも知れないと思っている。裏返しにしておけばいいかと思ったら、両面にカメラが付いているから意味がないことに気付いたw まあ、前面のカメラは普段使わないので、シールでも貼っておくのがいいかも知れない。

ちなみに、そのメールに書かれているBitcoinのアドレスから犯人を調べて、(同じような内容のw)反撃メールを送ることができるのだろうか? ちょっと興味あるところだ。

(2018/9/26 11:18追記) ニュースで、Firefox Monitorという、メールアドレスとパスワードが流出していないか調べるサービス※を見たので試してみたら、上のアドレスの他に2個が流出していることが分かった。どれも古いし、もう使っていないものなので仕方ないが、意外に多かった。流出元はいくつかあったが、Last.fmが一番多かった。他に、Adobe(流出数は最多)とDropboxからも流出していた。「どこも何やってんだかなあ・・・」と思ったが、自分でもそこらからの流出は覚えていないので、もっと気を付けないといけない。Dropboxは今も使っているので心配になったが、数年前にちゃんと使うことにした時にアドレスなどを変えて2段階認証にもしているので、大丈夫そうだ。あと、10年以上前からパスワードの使い回しはしていないので、流出したアドレスをIDに使っている他のサービスへの影響はない。

※そもそも、このFirefox Monitor自体が偽じゃないのかとか、ここがハッキングされることはないのかとかいう心配もあるが、ここに登録するとしてもメールアドレスだけしか入れないので、大きな問題はなさそうだ。まあ、スパムが来るのは結構大きいが・・・

そして、丁度いいことにw、さっき別のフィッシングメールが来た。naokiさんがコメントに書かれていた、本文にパスワードが書かれているものだ(興味があったので、僕にも来ないかと思っていたw)。調べたが、そのパスワードは正しくないものだった。ずっと昔にどこか(上記の流出元?)で使っていたのかも知れないが、既に変更していたのではないか。それに、流出したサイトのログイン履歴にも記録がないから、「あなたのアカウント*をハッキングし、そこからメールを送りました。 」というのは出まかせなのだろう。詐欺にしても、嘘は良くないね(ぇ?)w

上に書いたように、流出したアドレスは廃止したいが、その前に、Thunderbirdのフィルタを使って、そこに間違って送ってくる可能性のある人(家族)以外からのものは全部スパム扱いするようにした。また、間違って送って来たものには色を付けて目立つようにした。しばらく誰も送って来ないようだったら廃止しても良さそうだし、廃止しなくても、受信したら(スパム扱いでなく、)いきなり削除するようにすれば、全く目に触れないので良さそうだ。

 

PS. 検索したら、対処方法として「検索して、他人にも来てないか確認して、(来ていたら)無視する」というのがあったが、全く甘いと思う。それでいいのは、常にセキュリティ対策を怠らない人だけだ。先進的なものだったら、宛先別にメールを作ることもあるだろう。そして、今回のようなアホメールではなく、「本物」かも知れない。単に無視してのん気に構えていたら、どうなるか分かったものではない。特に、古いAndroidスマフォで気を抜いていたら危ないと思うなあ・・・

PS2. スパムメールに書かれているBitcoinのアドレスをブログやSNSなどに書いて公開するのは、余り得策でないと思う。というのは、それを公開したことで、受け取った人の情報がスパム業者に知られる可能性があるからだ。検索したところ、僕のところに来たアドレスは余り出てこなかったので、数人ごとに変えている可能性がある(Bitcoinのアドレスは自分で作れるらしいから、いくらでも増やせる)。大した情報ではないが、そういうのの積み重ねでもっと強力な攻撃ができる(例: SNSに引っ掛けのメッセージを出す、パスワードを調べる)ので、余り安易に扱わない方がいいと思う。まあ、業者はそこまで暇ではないだろうが、そういうこともあり得るってことは分かっていた方がいいかも。 (9/26 20:14)

  •   0
  •   0

なんか、マンションのポエム的キャッチフレーズのようだがw、さっき本当に思ったのだ。僕が好きな曲種(特にピアノ協奏曲)だけなのかも知れないが、モーツァルトの曲には木のぬくもりを感じる。そして、僕はそれが大好きなことに気付いた。だから、聴いていて安心するのかも知れない。

もちろん、(当時も今もヨーロッパにはないであろう)木造建築ではない感じで、では何かといってもあまり思い付かないのだが、強いて言えば、僕が使っている机のような、木製の調度品なのだろうかと思う。そういうのはヨーロッパにも多いだろう。

この感じがどこから来るのか考えると、まずは曲の雰囲気なのだが、楽器では、オケの木管(クラリネットとオーボエ)だろう。次はバイオリン(実際にはビオラかも)だろう。ピアノにも(音によっては)感じる(この点は、同じ楽器を使っているのにラフマニノフには全く感じないのがおもしろい)。当時使われていたフォルテピアノなら、もっと感じるような気がする(でも、僕はフォルテピアノは余り好きではない)。

だから、同じモーツァルトでも、ぬくもりを感じさせない演奏は好きになれないようだ。おもしろいのは、同じ人でもそれを感じる演奏とそうでないのがあることだ。例えば、(後でも書きたいが、)昨日聴いたCasadesusという昔の人の演奏(ピアノ協奏曲)は、曲によって随分印象が違っていた。

同様に、年代によっても印象が違う。どういう訳か、昔の演奏(1950-1960年代など)より、現代の方が「木質的」で好きだ。昔は工業化が著しかったせいで音も無機質だったが、今は木の良さが見直されたせいということは全くないだろうが、謎だ。

 

ついでに、その他の好きな作曲家と素材・材質の連想を以下に書く。(前にも似たようなことを書いた気もするが、自分でも忘れているので良しとする)

  • バッハは石!
  • ベートーヴェンは鉄?
  • ショパンはガラスか。
  • ラフマニノフは鋼鉄か強化ガラス?
  • ストラヴィンスキーはプラスティック??

ほとんどテキトーであるがw、バッハは当たっている気がする。あと、「布」の人が居ないか考えたが思い付かない。きっと、余り好きでないとか聴かない人なのだろう。 → ドビュッシー辺りかな?

  •   1
  •   0

今日のニュースで、宇宙探査機にそこで開発した製品が使われたという地方の小さい会社を見て興味を持ったので、webを見てみた。ソフトもハードも自社開発していて、結構魅力的だと思ったのだが、結論としては、何となく嫌な予感、あるいは、前の会社のようなニオイがしたので、「イマイチ」となった。

会社情報や業務内容を見て、最初(最後)に「ん?」と思ったのは、履歴書は手書きが必須ということだった。わざわざ明記されていた。手書きにさせる意味が全く分からない。字で性格を見るとかなのか。正式な文書は手書きということなら、偉い人に出す社内文書なども手書きにしているのか?とか思ってしまう。前の会社もそうだった気がしたのだが、今確かめたらワープロだった。紙を郵送はしたが、手書きではなかった。だから、僕にとっては前の会社より時代遅れということになる。

前の会社での経験も含めて想像すると、社内の決まりや仕組みなどが社長や偉い人のいう通りになっていて、改善や効率化などの意見が言えず・通らず・勝手にやると怒られて、古いまま・良くないまま(みんな「いつもと同じようにすればいい」とか「仕方ない」と思うままで)改善されない(要は旧態依然)、あるいは、逆に、偉い人の鶴の一声でしょうもない施策が始まるのではないかと思う。

あともう一つは、ボーナスが(ただでさえ少ないと思っていた)前の会社より少ない(前の会社の通常値の半分)のも気になった。「成果に応じて支給」という書き方でなく、実績が年間*か月分という書き方なので、全員一律なのだろう(それに「ボーナス」という意味があるかは不明だが、まあ、古い体質の会社だとそういうものなのだろう)。会社としてあまり利益が出ていないから、ボーナスに出せるお金が少なく、同様に給与(あるいは昇給)も少ないのだろうと思った。そして、社員の評価基準は明確でなく、偉い人の印象で決まる(評価はボーナスには反映されないので、昇格などに効くのだろう)ような気もした。

利益についての推測: 偶然だろうが、ここは前の会社と規模(社員数)が近い。売上も同様だ。しかし、ここには前の会社にはなかった工場がある。工場があれば、操業や維持のための費用が掛かるだろうから、前の会社より利益率が低いのではないか。損益は公表していないので、実際のところは不明だが。ちなみに、前の会社は、長らく社員どころか役員にすら売上も損益も詳しく知らせていなかった。 (9/24 9:07)

今気付いたが、結局、前の会社よりひどいではないか。何もかもではないだろうが、最初に気になることは意外にずっと引きずるから、やっぱり、僕にとっては候補ではないようだ。でもまあ、地方にも自社開発する会社がないことはないことは分かった。ただ、それがマトモな会社であるかどうかは怪しいが・・・

(改めて明記しておきますが、その会社の内部事情に関することは全部私の想像です。ですので、社名は伏せました。)

 

PS. まるで自分が書いたように、ほとんど同じ意見のブログがあったw 特に同感だったところを以下に引用する。

個人的には、手書き履歴書を重視している会社には行くべきではないと思います。

そういう会社はまず間違いなく古い価値観に縛られている会社です。

例えば、

・毎朝、無意味な朝礼をやっている
・来客時に女子社員がお茶出しをしなければならない空気が漂っている
・営業職でも無いのにスーツ着用
・残業を多くやっている人間が偉い
・有給が消化出来なくて切り捨てられるのが武勇伝
・仕事の教え方が未だに「見て覚えろ!」といった師弟制度(効率的でない)

多くの項は前の会社でもあった。最後だけは僕と少し違うかな。 (9/24 6:20)

  •   0
  •   0

国保になって初めて知ったのだが、保険証(カード)がしょぼい。社保だと(団体にもよるのだろうか)、クレジットカードのようなちゃんとしたものなのだが、国保は紙だ。表はコーティングしてあるがペラペラで、田舎のレンタルビデオ屋(今はもうないのか・・・)の会員証のような感じだ。一応、ビニルのケースもくれたのだが、微妙に大きくて財布のカードポケットに入らない。

それで、きっと丁度いいケースがあるはずだと思ってAmazonなどで探したのだが、どのケースも大き過ぎた。市からもらったケースですらかなり小さいようで、その程度のものすらなかった。仕方ないので、フィルムでできたカード入れ(以下、フィルム袋)を買った。100枚で250円程度(送料込み、Amazon)だったか。サイズが絶妙で良かったのだが、「超厚口」というわりには薄くて(広告をまとめて入れるようなセロハン袋みたいな薄さ)、すぐに破れそうな感じなのが残念だった。まあ、確かに他の製品はもっと薄かったし、厚さは50μmと書いてあったので、それがどの程度かを確認せずに買ったのが悪い。

まあ、100枚もあるから何回破れても交換できると思って我慢していたのだが、今日昼食の後に散歩していて、(暑いので)ふらっと100円ショップ(いつも思わぬものを見つけているところ)に入ってブラついていたら、なんとなく国保のケースになりそうなものがある気がしてきた。そして、いろいろなイメージが湧き、存在すら知らなかったものがあった。

まずは、ラミネート用(いわゆる「パウチ」)のフィルムがあった。これはどこにでもあるが、これを自分で何か(あとでドライヤーが使えそうだと気付いた)で熱すれば機械がなくても密封できそうな気がした。ただ、厚さが薄そうだったので止めた。

次に、オーブントースターで熱すると縮むフィルムがあった。「これだ!」と思って買おうした。が、更に店内をブラつくうちに気付いた。これは、挟んで熱してもシート同士はくっつかないで縮むだけなので、ケースにはならないということに。では何に使うのか見たら、(子どもが)絵を描いて、熱して縮めてキーホルダーにするようだ。縮める意味が分からないが、深くは考えないことにした。

今考えたら、説明書きでは中に物が入るようだったので(要は熱収縮チューブのようなものだろう)、やはり包めば良かったのだろうか? でも、カードを挟んだ場合は(表裏)1枚ずつ縮んで終わる気がする。やっぱり謎だw

それで戻しに行ったら、別の物を見つけた。手で貼るラミネートシート(以下、シート)である。2枚のシートの片方がシール(透明な粘着テープ)になっていて、挟んだカードごとくっつけて密封するのだ。ただ、「剥がしたあとは知りませーん」というスタンスで、中身が再利用できない欠点がある。上に書いたように国保の保険証は紙なので、それはマズい。が、先に買ったフィルム袋に保険証を入れて挟めば、剥がしても保険証は無傷だと考えて、買ってみた。

さっそくやってみたら、フィルム袋に入れた保険証は意外にきれいに挟めたのだが、シートが意外に大きく、そのままでは全然財布のポケットに入らなかった。仕方ないので周囲を切り詰めたのだが、フィルム袋も大きいので、ギリギリまで切るとくっつく領域がなくなって剥がれてしまった。

それで、フィルム袋のフィルムだけを使うことにし、保険証のサイズギリギリの大きさに切り、シール面(保険証の裏面)だけに重ねて挟んで密封して周囲を切り詰めたら、なんとか入るようになった。ただ、左右の余裕が少なくて耐久性に不安がある。あと、角の丸めはハサミでフリーハンドでやったのでイマイチだが、僕の工作精度の限界なのでw、どうしようもない。

今にして思えば、フィルムは袋のを切って作らなくても、料理用ラップで良かった気がする。それに、ラップのほうが薄くて挟むには良さそうだ。もし次回作る時はそうしよう。

裏面は保険証にフィルムを重ねたうえに、面倒になってテキトーにやったので気泡が入ってしまったが、表面は結構厚みのあるビニルシートなので、光沢があって美しい。一見しただけでは普通のパウチのようだが、耐久性が心配だ。パウチと違って糊だし、くっついている面積も狭い(左右は1mm以下)ので、経年劣化や温度変化のせいで剥がれそうだ。次はラミネート用フィルムを試してようか(あるいは子ども用の熱収縮フィルム?)。

今、Amazonで「熱収縮袋」で調べたら、シュリンクフィルム袋というのが出て来た。よく輸入盤のCDを包んでいるやつか。丁度いいサイズがあるかや、厚さが充分かとか仕上がりがシワにならないか気になるが、なんか良さそうだ。そして、子ども用の熱収縮フィルムも同じことなら使えそうだ。

(9/24 9:33) 粘着の強さを調べるために、カードを財布から出しておいたら、一日も経たないうちに左端が剥がれて来た。この狭さでは粘着では無理があり、パウチのように熱で溶着するなどしないと駄目なようだ(パウチにしても弱そうだ)。が、naokiさんがコメントで教えて下さったように、保険証は毎年交換のうえに破損したらすぐ交換できるようだし、フィルム袋は大量にあるので、これ以上は頑張らずに袋に戻すことにした。短い命だった・・・

 

PS. 他にスマフォのディスプレイ保護シートも使えそうだったが、意外に小さくて、1枚で1回分しか取れなさそうなので止めた。それに、今となっては、周囲をうまく切れないような気もする。

  •   0
  •   0

iPhoneのカメラの性能が上がって、誰でもいい写真が撮れる?

えぇ?

(今は酔っているので、詳細は追って書きますが、分かる人は分かるでしょうし、そうでない人はそれなりにw)

キーワード?

  • ベルリン・フィル
  • スタインウェイ
  • アビーロードスタジオ

 

まあ、題と一行目だけで充分かもね。たまには短く終わりにしようか。だって、分かる人はそれだけで分かるし、そうでない人は数千文字書いても分からない気がするから・・・

  •   0
  •   0

復興に水を差したくはないが、そして、確かに大地震で全く問題なかったところは多いんだろうが、でも、次にどこがどうなるか(本当にもう安全なのか)、分かる人は居るのだろうか? 地震(火山の噴火なども同様。以下、そういう自然災害(= 天災)を意図している)は予知できないので、大きいのが起こったら、また起こるかも知れないと思うのは当たり前ではないか。そもそも、気象庁だって、まだ余震に気を付けろと言っている(あるいは、「もう安全です」とは言っていない)はずだ。それなのに、「(もう大丈夫だから、)どんどん来てくれ(行こう)」ってのは、ちょっと無責任ではないかと思う。

ただ、地震は予知できないという観点では、日本のどこでも同じようにリスクがあるから、地震が起こったところとは全く別のところに行っても、あるいは、どこにも行かなくても災害に遭う可能性はあるだろう。ただ、上に書いたように、(経験則あるいは本能で、)直前に大きな地震があったところでは、続けて大きいのが起こる可能性は他の場所に比べて高そうだと考えられるから、やはり、直近に地震が起こっていないところに行くほうが、確率的なリスクは低そうではないか。そして、飛行機などで行くような遠い場所は、災害が起こったら帰れなくなってしまうのだから、遊びで行くのをためらう・ためらわせるのは自然だと思う。

具体的な話になるが、先日の大地震では信じられないくらい大規模な停電があった。それは、その地域の電源システムがとても脆弱だという証拠である。僕としては、それが解消されない限り、安心して遊びに行けるとは思えないが、どうだろうか? もう大規模停電は起こらないようになったのか、今度大きな災害や大規模停電があったとしても、前回のように旅行者を暗い夜に露頭に迷わせることはないと保証してくれるのだろうか?

こういうのを「風評」と言うのであれば確かにそうで、それで減収のような「被害」はあるだろうが、僕はこのように考えている。逆に、確たる証拠もなしに「安全」とうたうのも、一種の風評ではないか?

  •   0
  •   0

先日、Thunderbirdでメールアカウントを一時的に無効化する(例: 新規メールを受信しない)方法が分かった。以前検索しても見つからなかったので書く。ただ、Thunderbirdの内部設定を変更するので危険が伴うのと、自分でも充分に確認した訳ではないので、試す方は設定などのバックアップをしたり事前に調査・確認するなど、充分な準備をされたい。以下を読んで内容が理解できない方は、絶対に実行しないで下さい。トラブルの相談をされるのは困ります。

Thunderbirdで、メールアカウントの設定や既存のメールを残したまま無効化(一時停止)して、新規メールを受信しないようにする手軽な方法はない。設定で新しいメールを受信しないようにしても、思わぬ時に受信してしまう。検索して出てくるのは、そのアカウントを削除することである。削除したら設定や既存のメールがなくなってしまうので、とても不便だ。しかし、設定エディタを眺めているうちに、アカウントの種類を「ローカルフォルダ」に変更すれば無効化できることに気付いた。ローカルフォルダは1個しか作れない訳ではないようで、筆者の環境(Thunderbird 52.9.1 (64-bit), OS: Linux)では、以下のように2つできている。

Thunderbirdのローカルフォルダを2つにした。

メールアカウントの種類を「ローカルフォルダ」に変更する手順を書く前に、関連する主な設定を以下に示す。なお、以下で、NMはサーバやアカウントの番号を示す数字(例: 1)である。設定の意味や値は筆者の推測であり、ThunderbirdのバージョンやOSによって名前や意味や値が変わる可能性がある。

  • mail.server.serverN.type: アカウント(サーバ)のタイプ
    • "none": ローカルフォルダ
    • "imap": IMAP
    • "pop3: POP
  • mail.server.serverN.userName: サーバのユーザー名
    • ローカルフォルダの場合、"nobody"
  • mail.server.serverN.hostname: サーバのホスト名
    • ローカルフォルダの場合、"Local Folders"
  • mail.server.serverN.name: アカウント(サーバ)の名前(Thunderbirdの左側のアカウント・フォルダ一覧に表示される)
    • ローカルフォルダの場合、"ローカルフォルダ"
  • mail.server.serverN.directory, mail.server.serverN.directory-rel: そのサーバのメール格納ディレクトリ。前者は絶対パス、後者は(何かからの)相対パス。なぜ2つあるかは不明。
  • mail.server.serverN.check_new_mail: そのサーバから新しいメールを受信するか
    • "true": 受信する
    • "false": 受信しない
  • mail.server.serverN.storeContractID: そのサーバのメールの格納方法 (mbox または maildir)
    • "@mozilla.org/msgstore/berkeleystore;1": 全メールを1ファイルに格納 (mbox: 通常)
    • "@mozilla.org/msgstore/maildirstore;1": 各メールごとに別ファイルに格納 (maildir)
  • mail.account.accountM.server: アカウントMのサーバ名(上記の"serverN"に相当する)の指定 (例: "server7")
  • mail.accountmanager.accounts: 有効なアカウントリスト
    • 有効なアカウント名(上記"accountM"に相当)を","区切りで列挙する。

既存のIMAPなどのアカウント(実際にはサーバ)のタイプをローカルフォルダに変更して(一時的に)送受信しないようにする手順を以下に示す。例にはサーバserver7を「ローカルフォルダ2」に変更する場合を書いた。

  1. 設定エディタを起動する。
  2. 変更したいアカウントのサーバを調べる。 → 例として"server7"とする。
    • "mail.server."を設定エディタの検索フィールドに入れ、列挙される設定中のホスト名(例: "mail.server.server7.hostname")などで判別する。
  3. そのサーバの種類を「ローカルフォルダ」に変更する。なお、そのサーバでの送受信を復活させる時に再設定することになるので、変更する前の値を記録しておくこと。
    • mail.server.server7.type: "none"にする。
    • mail.server.server7.userName: "nobody"にする。(おそらく設定不要)
    • mail.server.server7.hostname: "Local Folders2"にする。(おそらく設定不要)
    • mail.server.server7.name: "ローカルフォルダ2"にする。(おそらく設定不要)
    • mail.server.serverN.check_new_mail: "false"にする。(おそらく設定不要)
  4. 設定エディタと設定を閉じ、Thunderbirdを再起動する。

再起動後は、元々IMAPなどだったメールアカウントが2個目のローカルフォルダになっているはずである。もちろん、メール送受信は行われない。

なお、ローカルフォルダのディレクトリを既存のものと変えるには、新しいローカルフォルダ用のディレクトリを作成し、mail.server.serverN.directoryとmail.server.serverN.directory-relに指定すれば良い。

また、アカウントの種類(例: IMAP → POP)の変更も、今回と同様な手順でできそうだ(ただし、種類変更に伴う追加の設定が要る。筆者は試していないので、各自挑戦されたい)。

設定変更に失敗するとアカウントが見えなくなってしまうことがあるが、その場合は以下を行うと復活できる可能性がある。

  1. 設定エディタを起動する。
  2. mail.account.accountM.serverで、見えなくなったサーバのアカウントを調べる。 → 例として"account9"とする。
    • server7が見えなくなった場合、mail.account.accountM.serverの値が"server7"のものを探す。
      • "mail.account.account"を設定エディタの検索フィールドに入れ、列挙される設定のうち、mail.account.accountM.serverの値が"server7"のものを探す。
  3. mail.accountmanager.accountsに上記アカウントが含まれていないはずなので、追加する。
    • mail.accountmanager.accountsの最後に",account9"を追加する。
  4. 設定エディタと設定を閉じ、Thunderbirdを再起動する。

再起動後は、見えなくなったアカウントが見えるようになっているはずである。

上記とは直接関係ないが、メールの格納方法(例: mbox → maildir)の変更は容易ではない(筆者はそもそもそれがやりたかった)。設定エディタで格納方法(mail.server.serverN.storeContractID)を変更することは可能だが、それまでに格納されたメールの保存形式はそのままなので、見えなくなってしまう。エクスポート・インポートのアドオンを使うなどして、自分で保存形式を変換するしかない。なお、筆者の使ったアドオンImportExportToolsではうまくできなかった(階層化フォルダを一括エクスポートする場合、各メッセージを個別ファイル(eml)にすることができない)ので、過去の受信メールを変換するのは諦めた。

また、現在のThunderbirdの不具合・制限なのか、maildirの場合には検索フォルダがうまく動かない(Thunderbirdを再起動すると表示されなくなってしまう)ようなので、注意する必要がある。筆者は、そもそもローカルフォルダをmboxからmaildirに変更したかったのだが、この問題があったので、ローカルフォルダを2つにして片方をmboxにし、検索フォルダをそちらに入れている。また、上記のように過去の受信メールの変換も諦めたので、それも入れている。

そもそも、なぜ、ローカルフォルダをmboxからmaildirに変更しようとしたかを書くと、筆者は読んだメールをサーバからローカルフォルダに移動している。しかし、この状態で長く使っていると、受信メールのファイル(mbox)が肥大化するので、いろいろと都合が悪い(例: mboxが大きいと処理が重くなる。1メールの受信(移動)ごとにmboxが更新されるので、バックアップ対象のデータ量が無駄に大きくなってしまう)。そもそも、サイズが無限に大きくなるファイルを作ること自体が非常識だ(センスが悪い)。そこで、近頃追加された(前からあったのかは不明)maildirにして、各メールを個別のファイルにすることで問題を解消しようとした。

このように、Thunderbirdにはいろいろな不満があるのだが、現状では他にいいものがないので、試行錯誤しながら使っている。

(9/22 15:04 ローカルフォルダのディレクトリについて修正)

 

PS. こういう情報を書く時にいつも思うのは、本来書くべきサイト(例: ユーザーフォーラム)に書いた方がいいだろうということだが、どうしてか、MusicBeeのフォーラム以外ではまともに反応があったことがないので(MusicBeeの翻訳をやっていたのは、そういう「張り合い」があったことも大きい)、書くだけ無駄だと思い、ここに日本語で書いている。僕の英語が良くないと思われるかも知れないが、それだけでもなくて、なんとなく、海外のサイトには排他的な雰囲気があるように思う。こっちは日本に閉じこもるつもりは毛頭ないのだが、海外には意外に許容力が低い人が多いようだから仕方ない。まあ、それで彼ら自身が損しているのだから、別にいいけど。

それから、公式サイトは、大抵の意見や不具合報告に対して「ありがとう。検討します」などで終わってがっかりするので、全く書く気がしない。

まあ、近々、Google辺りが自動翻訳を強化して、日本語で書いたって、英語(でも他の言語でも)で普通に検索できるようにしてくれそうだから、もう英語で書く必要はないのではないかとも思っている。そういう時に重要なって来るのは、(国際的に通じやすくなるように、)論理を明確に書くということだろうか。

そして、「英語が国際語」というのは、そろそろ過去の話になるのではないだろうか。どうですか、R社のミッキーさんw

PS2. 実は、メールの保存形式の変更(mbox → maildir)に失敗していて、ある日以前の受信メールがなくなっていたことに、さっき気付いたw 変換前のファイル(mbox)が残ってなくて慌てたが、バックアップがあったので無事回復できた。ここで気付いたのだが、保存形式の異なるフォルダ間でドラッグ・ドロップでメールの移動ができたので、上記のエクスポート・インポート処理は不要なのかも知れない。 (9/21 19:38)

  •   0
  •   0

(こういうマニアックな投稿には誰も反応してくれないのは分かっているが、書かないことには始まらないので書く。でもまあ、読まれた方は、騙されたと思って聴いてみて下さい。)

 

飽きずに、「春の祭典」(初出: 1913)を聴いた。今も、先日買ったアムランとアンスネスの(2018)だ。正直言って、曲を理解なんてしていないが、かなり好きだ。でも、ひとつだけ不満がある。

終わり方がそっけなくて、物足りないのだ。笛が「ヒュー」っと鳴って、打楽器で終わりなのだ。なんか余韻がなくて、「はい。もう時間だよ、帰った帰った!」って言われている気がするのだ。

別の言い方をすれば、「ペトルーシュカ」に似ていると思うのだが、取って付けたような、いかにも「もう飽きたから終わりにします」みたいな感じが嫌だ。もちろん、作者の気持ちなど知らないが。でも、もっと別の終わり方にして欲しかった。

(20:33追記) 書いたあとで気付いたのだが、聴いたのは4手ピアノ版なのに、「笛」とか「打楽器」とか原曲(オケ版)のことを書いている。それほど彼らの演奏が自然だったのだろうか。あるいは、僕の頭の中に原曲がしみついていたのか、単に酔っているからだろうか。いずれにしても、彼らの演奏はすごいことが分かった。ただ、ピアノ版の作成意図は分からないのだが、僕としては、純粋なピアノ曲として聴こえるのがいいと思うから、こういうふうにオケ版を連想させてしまうのは失敗なのかも知れない。とはいえ、普通は、ピアノ版は練習などのために作るのだろうから、これでいいのかも知れない。やっぱり本人に聞きたい。

では、どうしたらいいのだろうか? と言っても、作者は生きてないし、存命だって議論することなどできないが(もし彼が今行きていたら、twitterとかで話し掛けられるのだろうか? それはかなり魅力的だが、実際には、今の演奏者にFacebookなどでコメントしてもまず返事がないから無理か・・・)、ちょっと考えてみる。

もちろん、ラフマニノフのような派手でワンパターンなのは論外だ(でも、すごく興奮するから好きだけどw)。ベートーヴェンのオケ曲は余り好きじゃないし、良く知らない。

それでは、モーツァルト?? (といっても、彼の曲の終わり方のパターンをイメージすることはできない。あれは、どう考えても彼の才能がつくり出した終わり方(雰囲気)だ。と書いたが、実際には当時の普通の終わり方なのかも知れない。) やっぱり違う。

やっぱり、ストラビンスキーには彼なりのやり方があるはずだ。でも、悲しいかな、そんな知識はない。知っている範囲でしかないのだが、(作者は違うが)「展覧会の絵」的なのがいいかな。オケ版(ラベル編)だと、くどくてラフマニノフみたいに派手でいかにもだけど、ピアノ版はしっとりしているし、もちろんそっけなくないし、最後にオクターブのトレモロで「ダラララ〜ン」とフェードアウトするところが大好きだから、いいと思う。どなたかやって下さい!w

  •   0
  •   0