(昔読んだ本または雑誌の記事(著者、タイトルなど不明)と先日のフォルテピアノにインスパイアされて)

現代で最もグロテスクな楽器は何だと思いますか? 僕はピアノだと思います。検索しても出て来ないので、あまり一般的な考えではないようですが。。。

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確かに外観は優美(セクシーとすら思える)で音は美しいし、ロマンティックな演奏ができる。でも、その構造に目を向けてみよう。外装は数cmにもなる厚い木板を無理に曲げて形成されており、中には金属のフレームが入っている。フレームは、二百本以上の金属製の弦の強大な張力に耐えるために必要なのだ。そのため、重さは数百kgにも及ぶ。

発音機構にしたって、ハンマーで単純に弦を叩くだけでなく、叩いた後(指を離した後)、弦の振動はダンパーで強制的に停められる。出た音は、薄い木の響板を響かせるだけでなく、反射板で遠くに届かさせられる。フレームすら振動して音作りに関与しているそうだ。ハンマーだって、弦を叩いて戻るだけでなく、高速な連打ができるように複雑な機構が付いている。更に、ダンパーを開放して音を伸ばすことができるし、ハンマーを横にずらして(叩く弦の数を減らして)弱音にすることもできる。それが、電気・電子やコンピュータなどでなく、すべて機械で実現されている。

全く、強引の塊ではないか。まるで、さまざまな補助機構満載の現代の車とか、ドーピング漬けの運動選手のようだ。

ちなみに、先日見たフォルテピアノにはそういう強引さはなく、とてもシンプルだった(板は薄く、弦は短く張力が弱いので、金属フレームは使われていないが、出せる音量は小さい)。だから、現代のピアノに進化する過程で大きく変化してしまったのだ。

更に、女性ピアニストが協奏曲でオケと演奏する姿も、格闘技のようなグロテスクさがある。もちろん、腕力たくましい女性だって居るけど、やっぱり、普通の女性は男に比べたらパワーは少ない。それなのに、オケの大音量のトゥッティに負けない音を出すのは、かなり無理がある。しかも、ピアノは巨大だから、ピアノに対しても格闘しているようだ。そういうのを見て・聴いて、「今日は負けたな/勝ったな」とか思って楽しむ僕らは、S気質なのかも知れない。

とはいえ、そういう恐ろしいところがあったとしても/あるからこそ、やっぱり、楽器の中ではピアノが一番好きだ。猛獣を手なずける時の、食うか食われるかのおもしろさ(やったことはないので、本当にそうなのか分からないが)に通じるものがあるのかも知れない。

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ここ2回のことだが、コンサートの翌日はほとんど何もできない。ポップスのように身体を動かし過ぎる訳じゃなく、演奏に集中し過ぎるせいだと思う。他に、遠方の場合には移動の疲れもあるが、それは微々たるものだろう。

日頃の120%、いや、3倍くらいの集中度で、一音も漏らさぬ勢いで聴いている(まあ、実際にはそこまで聴き分けられないが)。聴きながら、すごいとか好きとか嫌いとか、そこはこう来たかとか、ミスしたなとか、いろいろ考えつつ、乗れる演奏なら全力で乗る。休めるのは、分かり切った部分や協奏曲のソロが無い部分や曲間だ。

あと、生演奏は音が良過ぎるからどんな音も聞き漏らしたくないし、演奏者が近ければ直接音が刺激的だし、オケなら音に身体が包まれるので、かなり興奮する。

いずれにしても、「(クラシックの)コンサートに行くと癒される」という人が多そうだが、それとは真逆で、ヘビーな真剣勝負に燃え尽きて帰って来る。

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モーツァルトは天才だよなあ。彼のピアノソナタ・ピアノ協奏曲を聴いていると、ご飯が進む全然飽きないし、感心するばかりだ。何であんなにシンプルで綺麗な曲ができたのだろうか? そして、ピアノにしてもオケにしても、演奏するのが楽しそうだなあ。。。

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今日は、(もちろん予定などない)次の車のナンバーの新機軸が浮かんだ。バッハやモーツァルトの目録番号だ。ちょっと思いついたのは、以下のとおり。

  • バッハ(BWV): 988, 846
  • モーツァルト(K): 545, 488, 491, 626

今まで見たことないから、インパクトが強そうでいいなあ。そして、数回死ぬまでナンバーには困らないようだw

以下、説明とサンプル:

PS. やっぱり、988と488が最高。甲乙付け難い。(14:27)

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ここ数日でツボにハマったのを列挙。

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僕の「コンサート三昧シリーズ <復活>」 No. 3

フォルテピアノ(モーツァルトが使っていたという、ワルターモデルのレプリカ)の音がとても良かった。見た目は「あれ、もしかしてチェンバロ? な訳ないよな」と疑ってしまったのだが(ピアノ全体を写しておけば良かった)、音が出たらちゃんとフォルテピアノで、想像以上に豊かな音だった。低音も高音も好きな音だったし、音量も充分だった。前もって聞いたYouTubeのビデオで気になった雑音は、ほとんどなかった。あの楽器固有の問題だったのか。

演奏曲は以下のとおり。

  1. バッハ 平均律第1巻 最初のプレリュード
  2. KV279 (ピアノソナタ1番)
  3. KV309 (ピアノソナタ7番)
  4. KV265 (きらきら星変奏曲)
  5. KV330 (ピアノソナタ10番)
  6. KV545 (ピアノソナタ15番)
  7. KV397 幻想曲 ニ短調
  8. トルコ行進曲 (KV331 第3楽章)

最初のバッハ(楽器の持ち主だった故小島芳子さんに捧げられた)と、アンコールの幻想曲とトルコ行進曲が良かった。バッハはものすごく良くて、あやうく涙が出そうになって危なかった。あの調子で全部行けばすごかったし、それを期待したのだが…(後述) 幻想曲は、まず、モーツァルトが断筆した箇所までで一旦止め、それから、後年に他者によって補筆されたエンディングを追加で弾いてくれた。トルコ行進曲は数年前に発見された版だったのだが、違いが分からなかった… それはともかく、乗りは良かったし、オクターブ奏法に見入ってしまった。

クラシックコンサートでは珍しく、演奏者による曲の説明があって良かった(あれはポップスのMCみたいなものか?) 今日はハ長調で揃えたとのことで、教えてもらうまで全然気付かなかったのは、迂闊だった。行く前に予習した時は、今日のメインはK.330と思っていて、実際、良かった。だが、全体的に残念なことはあった(後述)。彼女は、メインの曲(2,3,5,6)では譜面を使っていた。僕と同じ性格なのかも知れない。自分でめくっていたのだが、「めくる時に音が途切れていたよね」と話す奥さんたちが居た。まあ、確かに切れてはいたが、そんなものだと思う。

残念だったのは、彼女の弾き方は余り好みでないことだ。発音のタイミングは全く問題ないのだが、音の切り方・つなげ方が好みではなかった。全体的にレガートでなく切っていて、「バッハ的なモーツァルト」だったのだ(→ 参考: YouTubeの中では最も今回のに近いが、もっと切れていた)。長くモーツァルトを研究されている方の演奏なのだから、それが正しいのかも知れないが、僕は滑らかなのが好きだ。昔、ピアノの先生に教わった気がするが、すっかり忘れてしまった。もし、再び先生に会うことがあったら、どちらが正しいのか聞いてみたいと思う。

だから、申し訳ないが、気に入ったら買おうと思ってウィッシュリストに入れていた彼女のアルバムは、全部削除した。もしかしたら、フォルテピアノのせいもあったのだろうか。でも、バッハは滑らかだった気がするので、楽器のせいではないようだ。それとも、「バッハにしては」滑らかだったのか?

あと、きらきら星変奏曲は、「『とりあえず、1曲でモーツァルトのフレーズの特徴を知りたい」って人(が居れば)にぴったりだなあ」と思った。

会場に行くまでにいろいろトラブルがあって、なかなか疲れてしまった。ナビに電話番号を入れても個人宅扱いで名字を聞かれるし、住所では出て来ず、名字を入れてやっと出た経路もおかしかったし、道路は混んでいた。でも、最前列のピアノの真正面(鍵盤の延長線上)に座れたのが良かった。会場はアットホームな雰囲気で良かった。コーヒーなどのサービスもあった。ちょっと手狭ではあったか。

休憩時間に調律をしていたのだが、とても懐かしい光景だった。

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(調律師さんの顔は載せていいのだろうか?: 問題がありましたら、お知らせ下さい)

ペダルはないのに、ダンパーと弱音はできていた。膝で操作していたのだろうか? それとも、足元にあった、不思議な四角い板に秘密があったのか? でも、本体には接続されていなかったが… (→ 膝で押し上げるようだ。道理で見えなかった訳だ。それでは、現代のピアノのように頻繁には使えないな。) ダンパーを開放した音はとても好きだ。弱音はちょっとこもっていた。細かいことだが、ボディが歪んでしまったのか、一番奥の脚の下に3mmくらいのスペーサーが入っていた。あと、脚が手前(演奏者から見て右側)半分に集中しているようなので、こっちから押したら倒れてしまうのかと、ちょっと心配した。

コンサート中に小声だが独り言(言葉になっていない)をいう人が居た。彼は、それ以外にも、(開演前に注意があったにも関わらず)演奏中にパンフをガサガサさせたり、最前列に席を移動したりして迷惑だった。ちょっと××な人のようだ。更に、コンサート後にピアノをいじっていたが、はっきり言って下手だった、というか弾けてなかった。そもそも、次の催し物のためにピアノを入れ替えるのでみんな準備していたのに、迷惑とは思わないのだろうか? 主宰と話していたが、知り合いなのだろうか? 残念だが、彼が居るんだったら、余り行きたくない気がする。隣に座っていた女性がカーディガンを忘れて行った。急いでいたのだろうか?

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左側奥: 会場の木漏れ陽ホール

料金は、予約扱いで3500円だった。メールで申し込めたのが良かった。

まっすぐ帰るか実家に寄るか迷ったのだが、比較的近いので実家に寄った。里心がついてしまったのだろうか?w 実家には、母と仲のいい近所の方が来ていて、初めて会ったのだが(子どもの頃を覚えているとのこと)、雑談がはずんでしまった。これで、不本意ながら僕の評判が上がってしまうのか?w 母といつもの和食チェーン店で夕食にうなぎを食べた。かなり話が弾んで、22:30ころまで居た。うなぎは柔らかくておいしかった。

(6/26 5:54 加筆・修正, 6:31 参考を追加, 7:23 少し加筆)

PS. そういえば、どの曲か忘れたが、いつも「どうやってうまく収めるのか?」という部分(ほんの数音)があるのだが、やっぱり普通に(僕にしては収まり悪く)弾いていた。→ K545の第2楽章の終わりの部分の3音だった。(6/26 14:50, 16:34)

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先日、昔は買おうかと思ったこともある「ピュア」オーディオ店の、「オーディオは生演奏を超えられる」という噴飯物のページを見つけた。それから、その一言一句を完全に否定・論破してやろうと情報や考えをまとめていたのだが、昨日、どうでもよくなった。

その店が客を騙そうとしているにせよ、本気でそう思っているにせよ、僕には全く被害はないし、何らかの音が出て、買った客が満足するなら、例えそれが高価な壺と同じような代物でも何も問題ないからだ。"None of my business"だ。

それよりも、日本にはもっとひどい奴、息を吐くように嘘を吐く奴、昔言ったことと逆のことをする奴、が居て、そいつが少し前に吐いたデマカセが昨日まぐれ当たりしてしまった方が大変だ。選挙の結果が想像でき、その後は改憲まっしぐらなど、更にやりたい放題されるのではないかと思うと、とても気が重くなった。

まあ、祈りながら日々過ごすしかない。。。

 

PS. ちょっとディスっていいですか? 例のデマカセが「当たった」、「彼は正しかった」と喜んでいる連中って本当にオメデタイと思う。根拠が全く違っていて現象だけ同じなのを、当たったとは言わないだろう。それは、コイントスの裏表がたまたま当たったのと同じだ。●●に付ける薬はないってやつだな。(6/25 11:10)

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Webのニュースを見ていたら、(栃木の)「県民フード「モロ」でご当地バーガー」という記事が目に入ったのだが、この「モロ」というのが、子どもの頃からの謎だったのを思い出した。おそらく、読んでいる方は誰も分からないと思う。

子どもの頃、ライトバンで行商に来る魚屋さん(当時は(今も)近くにスーパーなどなく、車に乗る人も少なかったようなので、月に数回売りに来た)が、祖母に切れ身を「(これは)モロ」と言って売っていたのを覚えている。それ以来、頻繁に夕食に出るようになり、煮つけで食べていたのだが、ぽそぽそした魚の煮つけというだけで全然おいしくなく、嫌いだった(これと不味いサンマのせいで、子どものころは魚が嫌いだった)。

その後実家を出てから、そんな名前の魚なんて聞いたことも食べたこともなかったから、あれは幻とか記憶違いだったのかと思っていた。が、今日、上に挙げたように、「県民フード」と紹介されていたので、本当にモロという魚が居たことが分かった。

それで、更にモロとは何か調べてみたら、なんと、ネズミザメという鮫(の切り身)であることが分かった。よりによって鮫を食べていたなんて、ちょっとショックだった。道理で余りおいしくなかった訳だ。

Wikipediaの説明を読んでみると、鮮魚がうまく運べないから代わりに食べていたようなことが書いてある。実際、当時は東北道なんてなかったから、そうなのかも知れない。冷凍技術はあっただろうから刺身は食べられたものの、鮮魚を新鮮に運ぶのは難しかったかお金が掛かったのだろう。

それにしても、それから40年以上経った今でも、モロが県民フードの座に居据わっているとはがっかりする。現代の高校生すら(笑顔で)認めているなんて。。。餃子と一緒で、「他にもっとおいしい物はないのかっ!」と言いたい。

PS. 調べていたら、同じように「サガンボ」という魚も食べていたのも思い出した。これだって、ガガンボの間違いかと思っていたのだが、それもやっぱり鮫(アブラツノザメ)だった。栃木は鮫の県だったのか。うどん県(と言いつつ、何も言わなくても魚がおいしい)とかがうらやましいw

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今日は「音楽学」について調べていた。後でまとまったら書くが、書いた、「楽譜を見て脳内で音楽を演奏する」には、どうすれば(まずはどう勉強すれば)いいかを知りたかったのだ。予想通り、全く簡単なことでないのは分かった。しかも、可能かどうかすら不明だ。でも、仮に勉強してできるなら挑戦したいと思った。こんなに何かをやりたくなって、自分から勉強したくなったのは、生まれて初めてのような気がする。(なお、コンピューター関係は遊びに近いので、勉強のうちに入らない)

それはともかくとして、しぶとく検索していたら、県内に「西方(にしかた)音楽館」という、小さいけどまじめで音が良さそうな音楽ホールがあるのを発見した。それで、土曜に久元祐子という人(今まで演奏を聴いたことはないが、名前は何となく聞いたことがある)がフォルテピアノを弾く、モーツァルトのピアノソナタのコンサートがあるので、早速申し込んで行くことにした。県内にそんなちゃんとした(ある意味マニアック?)ホールがあったなんて意外だったし、モーツァルトは大好きだし、フォルテピアノの音には興味あるので、結構楽しみだ!

 

PS. ちょっと下調べに、YouTubeで久元がフォルテピアノで演奏するモーツァルト(K.545の第2,3楽章)を聴いてみたのだが、正直言って音(YouTubeのでなく、元々の音)が良くない。現代のピアノの音に慣れきっているせいだろうが、演奏に伴う雑音が多く、強弱の幅も狭そうだ(フルパワーで弾いたら壊れそう)。でも、当時はこういう音だったのだから、こっちが正しい(=「いい音」)のだろう。その後のピアノの進化にはただただ感謝するしかない。(22:38)

PS2. コンサートの曲がK表示だったので、ピアノソナタの番号を調べた。初期の曲を中心に演奏するようだ。今、予習に10番(内田)を聴いている。(21:59)

  1. KV279 (ピアノソナタ1番)
  2. KV309 (ピアノソナタ7番)
  3. KV265 (きらきら星変奏曲)
  4. KV330 (ピアノソナタ10番)
  5. KV545 (ピアノソナタ15番)
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以前から薄々感じてはいたが、先日、コンサートに行って確信した。

ピュアオーディオとかハイレゾなんて無意味だ!

と。彼ら(マニアやハイレゾ信奉者)は聴くものを間違っている。「いい音」で聞きたい気持ちは理解できるし、僕もその気持ちを持っているが、実際には、録音された音をいくら高い機器で再生したって、生演奏の足下にも及ばない。それなのに、科学的に説明のつかない不思議な物に高いお金を払うのは馬鹿げている。方向が間違っているし、本質を全く分かってない。

そもそも、彼らの良く言う、「アーティストの息遣い・鼓動」、「熱気」とか「空気感」などは録音できないのだから、どう頑張ったって再生することはできないのだ(もし、録音できていると言うのであれば、その音を抽出して提示して欲しい)。そういう言葉は使わないというのであれば、もっと良く見る言葉、例えば「分解能の高い音」と「分解能の低い音」を物理的な値で比較提示して欲しい(もちろん、激安な製品との比較じゃなくて、まともな製品同士で)。

オーディオ機器に無駄なお金を掛けるくらいだったら、コンサートに行った方がずっといい。例えば、オーディオ機器に年間100万円を使うとして、そのお金でコンサートに何回行けるだろうか? 僕のように地方から参加する場合で考える。

  • チケット代: 約1万円
  • 交通費: 約1万円
  • 宿泊費: 約1万円
  • 合計: 約3万円

1回3万円は高いように思えるが、100万円あれば年間33回も行ける。約11日に1回で、間隔は2週間より短い。しかも、多くの場合には日帰りが可能だから、もっと頻繁に行ける。体力的にキツいくらいだ。そもそも、好きなアーティストのコンサートがそんなに頻繁にないだろう。だから、100万円あれば、自分が行きたいコンサートには全部行けると言えそうだ。

CDなどの録音された音は、あくまでも、予習とか試聴とか生演奏が聴けない場合の代替用として位置付けるべきなのだ。そういう意味では、CDなどを買わずにYouTubeなどで済ませるという方向も、あながち間違ってはいないようだ。そんなことをしたらアーティストたちが困るので、やらないけど。

最後に極論を: 究極的にいい音を聞けるメディアがある。楽譜だ。ごく一部の人ができるようだが、楽譜を見て脳内で演奏すれば、それ以上にいい音はない(これは、以前書いた、「脳との直接やりとり」に通じるものがある)。楽譜がなくたって、CDを聴いて楽譜に戻して、曲の意図を理解して、脳内で演奏すればいい。出来る人が全くうらやましい。でも、そんなことを言ったら、大衆が音楽に親しめなくなってしまって音楽が衰退してしまうので、ひとまず置いておく。

PS. もちろん、口パクとかエア演奏のコンサートは、この意見の対象外だ。そういうのはCDとかMP3で充分だ。僕はしないけど、アーティスト(というかアイドル)のために何枚でも買って下さいw

PS2. トンデモなページを見つけた。タイトルは「オーディオは生演奏を超えられる」だってさ。中身も突っ込みどころ満載なので、(個人サイトじゃなく、い○がわしい店だから、)あとで盛大にディスりたいw (6/23 6:32)

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