USでは、自分の考えを表明しただけでクビになる人がいるというのに、日本なんて、お偉い国会議員だの閣僚ですら、失言(というか、彼らの足りないお頭で精一杯考えた結果を自信を持って言ったのに、それがちゃんちゃらおかしいから叩かれるだけなのだが)なんて全く問題ない。なぜか「言葉足らずだった」とか「撤回する」とか、うまく言い訳をすれば済むし、犯罪的なことをしたって、ほとぼりが冷めるまで逃げていれば、職を失わずに平気な顔で復活できる。与党も野党も同じ穴の狢。全くのガラパゴス。いい国だw

いつまで持つのかな??

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(汚い話ではないので、ご安心を) 僕だけが気付いていることなのだろうか? トイレでの不思議な現象。

行儀が悪いのだが、紙がなくなったトイレットペーパーの芯を床に放ると、結構高い確率(感覚では1/6くらい)で立つ。最初はまぐれと思っていたが、立たせる気がなくても立つ。何度も見ているので、今では、「立たないよな」と思いながら放っているくらいだ。

使っているトイレットペーパーの芯固有の現象なのか、それとも、一般的なトイレットペーパーの芯が立ちやすい形状をしているのか。落とす高さや芯や床の材質も関係しているのか。

なかなか興味深い問題だが、あいにく、僕は力学とか構造学や材料学的な話には滅法弱いので、これ以上は考えられない。が、検索してみたら、他にも気付いた人とか考えた人が居た。

「良く立つ」という人は余り居ないようだが、最初のリンク先の回答5に確率が試算してあり、(芯を床に垂直にして)向きが変わらないように地面に降ろした時、20回に1回弱くらいとあり、無意識に落としたらもっと低いとのことだ。

ただ、立つ状況を見ていると、芯は床に横に落ちてから、跳ね返って回転して立つので、上の計算の前提は違うように思う。また、その回答のコメントには、質問者は「それこそ適当に投げてここ最近2回も立った」とあるので、やっぱり、立つ確率は高いのではないか。

そして、3番目のリンクには、長さを短くしているが、実測値と確率の計算が載っている。長さが5cmの場合、約1/5(約21/100回)のようで、実測値と理論値がほぼ一致している。実際の芯の長さは約11cmと2倍以上なので、その分確率は低くなるから、1/12くらいかも知れない。

それにしても、上のような計算ができる(考えが導ける)人っていうのは、さすがだと思う。そして、これはイグノーベル賞のネタになるかも知れないねw

PS. 上の教えて!gooの、「ベストアンサー」の人の回答はいかにももっともらしいが、政治家の発言のように思考停止していて、全然有益でない。というのは、確かに、さまざまな条件が関係しているだろうし、最後は実験で確かめる必要はあるが、その前に、理論的に法則を考えることは可能だし、意味がある。そうでなかったら、世の中の現象は、すべて「難しいね」で終わって、何も考えられない(予測できない)ことになり、技術の発展なんてなかったのではないか。例えば、天気予報なんてしようとすること自体が無意味なことになる。

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Subject(件名)を見れば、メールの差出人の知性(情強度?)が分かる。以下のようなSubjectのメールを何度でも繰り返し出す輩は、まあ、救いようのない阿呆と言って間違いない。スパム・フィッシングメールの差出人以下なので、小学校辺りでイチから習ったほうがいいw

  • ご連絡
  • お知らせ
  • **(肩書)からの連絡
  • **(名前)です。

という文を読んで、何が悪いのか分からない人も同じ。

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近頃は、自分でも不思議なほど、いろいろな小工作や修繕作業がうまく行っていたので、「もしかしたら、歳を取って器用になったのだろうか」という幻想を持っていた。が、単なるマグレだったようだ。先日、車のテールランプユニットのピンをブチ切ったのは、今日のできごとの予兆だった。

テールランプユニットは、ピン(2本のうち)1本がなくても、大きな問題はないようなのだが(ディーラーもそう言っていた)、(やはりそれなりに意味があるのだろうから、)ちゃんとしたかったので、昨日、ディーラーに聞いてみた。予想どおり、電話では分からないとのことだったので、行って写真を見せながら説明したところ、(予想どおり)ピンは回せば外せるのだが、ピン単体では販売されていない(部品番号がなかった)ことが分かった。ピンを直すにはユニット全体を交換するしかなく、約1.5万円とのことだった。

その予想もしていたが、予想どおりの値段で結構高く、「ヤフオクでピンが手に入るだろうか」、「実害はないから、我慢するか」と考えつつ、「うーん、失敗したなあ」とつぶやいて困った顔をしていたら、いつも見てくれる整備士のおじさんが、「ワゴンRのが使えるかも」と言ってくれた。丁度、廃棄処分の物があったので、それに付いていたピンを外して下さって、(僕が)試してみることになった。いつも行っているせいか、融通してもらえたので、とてもうれしかった。もう直ったも同然の気分になって、その日はとても気分が良かった。

ディーラーの帰りに実家に寄って、大学の時に買ったソケットレンチセットを持って来た。結構汚れていたので、清掃した(実際には、母が気を利かせてCRC(クレ556)を掛けてくれてベタベタになってしまったので、それを拭くのがメインだった)。ケースが錆びている程度で、買ってから30年以上経つのに、本体はピカピカだった。そんなに高い物を買った訳ではないが、まともな物だったようだ。「クロームバナジウム」と書いてあるのは嘘ではなかったようだ。さすがに、「これから車をいじりまくれる!」とは思わなかったが、これからも何かの役に立つだろう。

そして今朝、「(30分くらいで)さくっとピンを交換してドライブに行こう」と、気軽に作業を始めた。が、死ぬほど甘かった。車体側に残ったピンすらなかなか抜けず、予想外に手こずった。ラジオペンチを使ったのだが、股の部分に指を挟んで出血してしまった。

更に、ユニット側のピンが堅く、ソケットレンチを使っても回らなかった。それで、今となってはアホ過ぎるのだが、どうしてか、「逆回転のネジになっているのかも」と思って、逆(普通は締まる方向)に回してみた。少し回った気がしたが、すぐに、

ポロッ

という感触でレンチが軽くなった。見ると、ピンの頭(写真右側)がちぎれてしまっていた。。。 「これあかんやつや」という気分で、泣きたくなった。が、ディーラーに泣きつくこともできない気分だった。既に汗びっしょりになっていたので、一旦、部屋に戻って、どうするかを考えることにした。そして、いくつかの案を考えた。

  1. ライターで細いドライバーを熱してピンに刺し、回して外す。
  2. ライターの代わりに半田コテを使う。
  3. キリなどで穴を開け、細いドライバーを刺す。
  4. ヤスリなどで、残ったピンを削る。

残念ながら、どれもうまく行かなかった。

ライターはガス漏れ警報器のテスト用なので、着火用の石が付いておらず(全く気付いてなかった)、火を付けようとしても、ホイールが虚しく空回りするだけだった。

半田コテは電子用なのでなかなか熱くならず、細いドライバーは冷えやすいようで全然刺さらないので、熱しながら押し込んだら刺さったが、全然回る気配がなかった。それでも回したら、柄が回転した。。。半田コテが弱いせいか、大き目のドライバーは刺さらなかった。

ピンは結構硬く、キリもヤスリも無理だった。不可能ではなかっただろうが、やったら本当に日が暮れそうだった。

ここまでの約2時間、部屋での検討を除いて外で立ったまま作業していたのだが、ユニットは置き場所がなくて不安定だし、蚊に刺されて痒いし、さすがに疲れた。それで、よく考えたら、ユニットに取り付いているブレーキランプなどを外せば、ユニットだけを取り外せるので(最初から気付いていれば、うまく行ったかも知れない・・・)、部屋に持って行って続きをすることにした。が、それでもどうにもならず、最後の手段を採ることにした。

半田コテで残ったピンを溶かして穴を開け、そこに新しいピンを挿して接着剤で固定するのだ。半田コテでの荒業は中高生の時に良くやっていたのだが、それを今、愛車に対してやるなんて、おぞましい限りだ。

老眼だし手が震えるので、苦労して穴を開け、それなりにピンが挿さるようになった。実際に仮付けしてみたところ、位置ズレはなさそうだったので(実際には、反対側と比較すると、そのピンの場所が0.5-1mmくらい高目になっていた(反対側はユニットが沈み気味)が、比べれば分かる程度なので、良しとした)、スーパーで接着剤(ピンと取り付け部に隙間があるので、エポキシ系のが欲しかったがなかったので、隙間を埋められそうで硬くなりそうな(全部希望)、プラス(Pritt)のハイパー多用途というのにした)を買って来て接着した。

接着剤は、最初はゆるくて不安だったのだが、4時間くらい後に調べたら硬くなっていたので、車体に取り付けた。完全に硬化するには24時間くらい掛かるそうなので、明日の夜に再度ユニットを外してみて、ピンが抜けなければ成功(というか、「なんとかリカバリできた」程度)だ。

今後、ユニットを外す時に、もしまたピンを破断してしまったら、ユニットを交換するかそのまま我慢するしかない。部屋で作業しなかったことと「逆回転」が何とも悔やまれるが、仕方ない。あの硬さは、もしかしたら、ピンが接着されていた可能性だってあるからだ(だから、単体部品になっていないのかも)。

(8/9 6:24追記) ピンの接着状況の確認のため、ユニットを外してみたところ、ピンは無事固着していて、抜けなかった。接着剤がスティック糊と同じ、Prittという名前だったので、ちょっと不安だったのだが、これで一安心だ。次に外す時は充分慎重にしよう。

 

PS. ディーラーで電話を受けて下さった方は、以前は工場長(整備士のトップ)だったのだが、いつの間にか、いつもの整備士のおじさんが工場長になっていた(昨日、「工場長に電話した」と言ったら、担当の専務さんがおじさんに聞いていたので分かった)。確かに、ちょっと前から前の工場長は営業をしていた。僕だったら、絶対に営業なんてできないが。何があったのか結構気になるが、さすがに聞くことはできない。大きなヘマをしちゃったのか、自分の限界に気付いたのか、新しい世界に挑戦したくなったのか。もしかして、二人とも名字が同じで、僕が思い込んでいただけ?? (19:04)

PS2. この問題の発端は、そもそも、「ソケットレンチがないから、会社で借りて」、急いで作業してヘマしたことにあるのだが、実は、そのサイズのメガネレンチが僕の工具箱の中にあった。試してはいないが、おそらく使えただろう。自分に、「何見ててたんだ、寝ぼけんな、ボケ!!!」と言いたい。なんでそうなったかは良く分からないけど、本来の性格とか疲れなのかな。。。

とはいえ、今頃分かったってどうしようもないので、反省なんてしないw 反省したって、どうせ自己満足なだけなので無駄だ(良く居る政治家のように、「反省している」とか「自分に責任がある」とか言って何もしないのと一緒だ)。すべきなのは、どうしたら失敗をしないようにするかの(実践可能な)方法を考えて、実践することだ。 (19:13)

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今日、強制的に、あるヒット作らしいアニメ(3年くらい前のもの)を観させられた(実際には、観たくなかったので、画面は見ず、聞こえて来る騒音(爆音)に耐えていた)。約2時間の苦行あるいは拷問に耐えたが、今の子どもが可哀想になった。そして、(いつも思うことだが、)大人のレベルが随分低下したと思った。

なんだいあれは?! CGの深みのない画、音は合成の効果音ばかりでうるさいだけ、「いかにもアメリカ」なセリフの吹き替えは日本語になってない・・・。あれでディズニー? 随分レベルが落ちたものだ。これじゃ子どもがバカになるのも無理はない。

今のアニメはあんな安物になってしまったのか。アニメだけじゃなくて、実写映画だってCGばかりだし、音楽だってシンセの打ち込みだの口パクだのが多いし(そもそも、曲以外で儲けようとしている輩も居るし)、偽物ばかりのようだ。

つまらない世の中だねぇ・・・

独り言: いやあ、バス旅行はもう懲り懲りだ! 二度としたくない!!

 

PS. ここで、ずっと書こうと思っていたことの一部を書く。

「合成・人工だから良くない(芸術じゃない)」というのは、実は正しくない。というのは、「芸術」は英語では"art"であり、「人工」は"artificial"である。語源には詳しくないが、辞書(上記リンク先)にはどちらも、ラテン語の"ars"(わざ)に由来するように書いてある。つまり、芸術は、本質的に人工的、不自然、わざとらしいものなのだろう。そして、信じられないことに、自然は芸術ではないのだ(芸術学など学んでないので、間違っているかも知れないけれど)。

それで、僕が嫌なもの、芸術じゃないと思うものを突き詰めて考えると、人間の知力に依らないものとか機械的なものなのだろうと思う。(10:56)

ちょっとおかしな方向に進むと、仮に、猫が、芸でなく自発的にスマフォをいじって、すごくいい写真を撮ったり、綺麗な絵を描いたりしたら、それは芸術なのか自然なのか。人間でなくても、本人(猫)が何か工夫したことが明らかであれば、芸術になるのか。なかなか難しい気がする。(21:17)

PS2. ちなみに、"idol"と"idiot"は関係がないようだw (11時)

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今朝書いたように、切れたブレーキランプは、週末にディーラーに交換を頼もうと思っていたのだが、出勤の時に思わぬことがあって、急遽今日の昼に交換した。

思わぬこととは、中型トラックの田中小実昌風のおじさんが、親切にも教えてくれたのだ。信号で左隣に来た時に、軽くクラクションを鳴らして窓を開けて、丁寧な口調で教えてくれた。僕は、クラクションが鳴って左を見た時に既に勘付いていたので、すぐにお礼を言った。

ありがたかったのだが、さすがに、数日といえどもこのまま放置するのはマズい気がしたので、会社の工具を借りて昼休みに交換することにした。さすがはソケットレンチだ。朝、ドライバーではピクリとも動かなかったネジが、魔法のように軽く回った(朝は眠くて力が出なかったせいもあるのか)。それからテールライトユニットを外すのだが、そこで躓いた。全然動かない。Webで、ネジ以外にピンでも固定されていて、外側に引っ張ると外れると読んでいたので、そのようにしたら2個のピンのうち1個(前方のもの)は外れた。しかし、もう1個(後方下部)が駄目だった。根気よく、しかし、力を込めて引っ張ったら、

ボッ

という音と共に、急に外れた。「あ゛ー、やっちゃった・・・」と思い、見たら、やっぱりピンが折れ(ちぎれ)ていた。ショックではあったが、まあ良くあることだし、折れたものは仕方ないので、とりあえず、ランプを交換し、点くのを確認した(傘でブレーキペダルを押したままにした)。切れていなかった方も同様に交換した。経験値が上がったので、こっちのピンは無事だった。作業は30分くらいで終わった。曇ってはいたが蒸し暑かったし、手こずったので、終わったら汗だくになった。

帰宅して再度確認したが、無事、両方とも点灯していた。ピンの折れたユニットのずれは大丈夫そうだ。交換したランプを見たら、両方ともガラスが黒ずんでいた(不思議なことに、切れなかった方が黒かった)。そして、片方のフィラメントは切れていたから、(ネットで言われている)ソケットの接触不良ではなく、確かにランプの寿命だったので、それについては安心した。スイフトは海外向けでもあるので、軽と違って、それなりにしっかりした造りにしているのかも知れない。なお、もう片方も切れそうだったので、早目に交換して良かった。

ただ、今までの車(どれも十年は乗っていた)でブレーキランプが切れた覚えはないので、価格.comの口コミで読んだように、近頃のランプは寿命が短いのかも知れない(それとも、単に切れたのを忘れているだけか)。なお、切れたランプはGE製で、ハンガリー産だった。新しいのは小糸製で、生産国は確認しなかった。

さて、折れたピンをどうするかだが、まずはディーラーに聞いてみて、自分で交換できるなら部品を注文し、できないなら、ディーラーに交換を頼むことにした。後者の場合、結局工賃を払うことになる訳で、無駄骨を折ったことになり、ちょっと悲しい。

PS. フィラメントの抵抗はすごく小さく、1Ω未満だったのが意外だった。ただ、計算すると約7Ω(21W/12V= 1.75A; 12V/1.75A= 6.9Ω)のはずなので、何かがおかしい。劣化して抵抗が減ったのか、測り方が違っていたのか、テスターの見方を間違えたか。

分かった(思い出した)。電球などは熱で抵抗値が変わるので、実際の電圧・電流を掛け・流さないと、正しい抵抗値は得られないのだ。そして、テスターの電圧は3Vで低過ぎるのだ。(22:09)

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車はいつもながら絶好調、だったのだが、近頃、少し気になることが出て来た。まず、燃費が悪化した。車検の前頃までは12km/L程度だったのに、その直後から10km/L程度に悪化してしまった。最初は、車検でアイドリングしていたせいかと思ったが、直らないので、何かが変わったようだ。もちろん、走り方は変わっていない。却って穏やかになったくらいだ。エンジンの劣化だろうか。暑くて冷房を掛けているせいだろうと思うのだが、去年はそうでもなかったので、違う気がする。あるいは、近頃遠出をしていないせいか。そこら辺を希望したいが・・・

不思議なのは、メーターの燃費計の平均値は全然変わらず、16km/L程度であることだ(この値は買った時から変わってないので、バグで固定値になっているのかと疑うくらいだw)

更に、ブレーキランプが片方切れた。ネットには良く「スズキ車はブレーキランプが切れやすい」と書かれているが、僕のは大丈夫だと思っていただけに、「スズキ病が発病してしまった・・・」と、結構なショックだった。しかも、それを軽蔑している人から指摘されたのと、しばらく知らなかったことも、ショックを増した。帰宅して、ズボンのファスナーがずっと開いたままだったことを知ったような気分だ。走っていても、「間抜けな奴」と後ろ指をさされているようで、恥ずかしい。

それで、ネットで書かれているように、ランプ切れではなく接触不良の可能性はあるのだが、5年くらい経っているので寿命の可能性もあり、交換することにした。昨日ランプを買って来て(2個で約400円と安かった)、今朝取り替えようとした。が、外れない! ランプはランプケースの後ろから挿すのだが、昔の車と違って荷室からはアクセスできず、ネジ(2本)を外してケースごと外す必要がある。そのネジが堅くて外れなかった。Web()ではいとも簡単な感じに書いてあるが、全然そんなことはなかった。ボックスレンチは持ってないし、ドライバーで無理するとネジの頭をなめるので、頑張るのは止めた。

どうするか考えたのだが、量販店(オート○ックスなど)は混んでそうだし、何となく信用できない(前の車のコーティングがイマイチだった)ので、いつものディーラーに頼むことにした。平日だと会社を遅刻するので、週末に行くことにした。それまではずっと恥ずかしいが、仕方ない。ついでに、燃費の件も聞けるから丁度いい。

長い前置きだったが、ここからが本題である。

そういうちょっとしたトラブルと同期するかのように、昨日、次期スイフトスポーツのスペシャルサイトができた。いつものように、「全然気になんてしてないんだからねっ!」という気分で見たのだが、スズキなのに(「のび太のくせに」同様?w)、ページがかなりいい感じにできていたので、それだけで感心した。かなり気合いを入れているのが分かった。

まだ載っている情報は少ないのだが、見ているうちに、(いろいろ嫌な点はあるが、)「それ程悪くない(許せる)かもなあ・・・」という気分になって来たから、不思議なものだ。少なくとも、イグニスよりは10倍乗る気になる。特に、下の方にターボのブースト計が出ているのには参ったw 普通車で標準でブースト計なんて付けるだろうか? あ、今気付いたが、油温計まであるじゃないか! まあ、ブースト計なんて飾りだとは思うが、そもそも遊びの車だけに、そういう乗りの良さには惹かれる。

それで、一応、カタログの事前予約をした。さて、値段はいくらくらいなんだろう? (え?)

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ある朝、毎日チェックしているHMVのwebのその日の特売に、このアルバムが出ているのを見付け、何となくおもしろそうだと思って、演奏者のサイトのデモ(→ "Bilder einer Ausstellung")を聴いてみたら、(ピアノは余りうまくないようだが、)演奏が楽しくていい(特に、パーカッションがいい)感じだった。以前から時々思っていたが、僕はパーカッションが好きなようだ。曲も「展覧会の絵」で馴染み深かったので、注文した。貯まっていた100ポイントを使って約1700円だった(特売というほどには安くはなかったが、値段はどうでも良い)。

それを今朝受け取って、早速聴いてみた。(以下、締めの手前までは、ほとんど日記からの転載である。)

全体的には、パーカッションがある分、軽い乗りでとっつきやすく、聴きやすいのだが、意外に音(低音)に迫力があっていい。最初がグロッケンシュピール(鉄琴, ビブラフォン?)なのがいい。2曲目(「小人(グノーム)」)での急変は良い(2回目に聴くと、曲間を詰めて欲しいと思う)。デモで感じたように、ピアノはすごくうまい訳ではないが、ちゃんと弾いている。やっぱり、パーカッションがあるのがいい。

「テュイルリーの庭」などでハイハットが使われているのは、ポップな感じになるが、それがなかなかいい感じ。「ビドロ(牛車)」の迫力は、軽目ではあるが、やり過ぎていない感じで、却っていい。「卵の殻をつけた雛の踊り」はもちろん可愛く、ひよこの姿が目に浮かぶ。パーカッションのお陰だ。(そういえば、HMVの広告でもここを褒めていて、それで興味が湧いた。)

「カタコンベ - ローマ時代の墓」などのシリアスな部分はピアノが担当している。「キエフの大門」の端正さとか「カチっ」とした感じもピアノ。最後の方の迫力も、パーカッションのお陰で、それなりに※出ている。

※ラヴェル編曲のオケ版に比べれば、さらっとした感じで物足りなく、大迫力ではない。迫力の点では「ビドロ」の方が上だ。ただ、元々はピアノ曲なので、ラヴェルのは気持ちいいんだけど、やり過ぎなのだと思う。

ピアノとパーカッション、なかなかいいコンビネーションだと思う。大き過ぎず小さ過ぎず、軽過ぎず重過ぎず、この曲では一番好きなアレンジ・演奏だ。

ただ、このグループのコンサートはどうかなと思った。小さいホールならいいと思うが、大ホールでは、期待する迫力は得られなさそうだ。が、そもそも、このグループは楽しさや気軽さが売りなのだろうから、迫力を期待するグループではないのだ。が、CDの演奏の迫力が心地良かったので、なぜか期待してしまうのだ。

2曲目のラヴェルの「ラ・ヴァルス」は、やっぱりおもしろくない。。。 最後の「ボレロ」はイマイチ。頭の木琴か鉄琴かピアノがくすんだ音で余り綺麗でなく、乗れない。中盤も何となく物足りない・・・ メロディの演奏に「かっちり感」がなく、音がくすんでいるからか。バックグラウンドの小太鼓(スネア?)の音がもう少し大きければ良かったのかも知れないし、ピアノの技術が不足しているのも、関係あるかも知れない。この曲ではピアノ2台の意味(価値)を感じない。逆に、微妙なズレを感じて逆効果だ。終盤はようやく迫力が出てきたが、元々単調な曲なので、長く感じてしまった。。。

後の2曲は入れない方が良かった。

と、散々持ち上げておいて最後は奈落に突き落とすような感想になってしまったが、聴きながらリアルタイムに書いたので仕方ない。似たようなグループは多そうだから、ここに限らず、こんなコンサートがあったら行ってみたい気はした。そういえば、昔、ピアノの先生の関係するコンサートで、ピアノの他にパーカッションも入っている曲(「ウエスト・サイド・ストーリー」)で、(ピアノを溺愛し、最高の楽器だと思い込んでいるにも関わらず、)パーカッションを気に入ってしまっ(て、微妙な敗北感を持っ)たことを思い出した。

 

注: 曲の題などは、アルバムにはドイツ語と英語で書かれていたが、Wikipediaに掲載されていた日本語訳を使用した。なお、「展覧会の絵」の副題は、曲の区別のために記号的に使用しているもので、僕は、ほとんどの曲で、副題の意味と曲の内容を関連付けて聴いていない。

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(昨日の続き) PCに取り込んだ曲に購入日を記録したら、取り込んでいないアルバムが見つかったので、取り込んで聴いてみた。取り込んでいない曲は、ショパンが多かった。それから、ラヴェルやストラヴィンスキーだった。他に、シェーンベルクやバルトークなどもあったが、そこら辺は聴く気がしなさそうなので、取り込まなかった。

まずは、20年以上前に新潟で買って、持っていることを忘れていた、アラウのショパンのピアノ協奏曲 第1番(1972)。掛けてすぐに、ピアノもオケも少しわざとらしく(「とてもロマンチック」とか「分かりやすい」とか「癖がある」とも言える)感じた。聴き続けたら慣れたが、わざとらしさは消えなかった。前にもわざとらしいと思った人が居て、それがアラウかと思ったが、別人のようだった。ピアノもオケも技術はすごいと思うのだが、好みではない。といっても、途中で止める気にもならないので、全く気に入らないのではなく、それなりにいいとは思った。

慣れたせいか、同じアルバムの第2番は、第1番よりは良さそうに感じた。

次は、ピレシュのショパンの前奏曲(1994)を聴いた。大胆・ダイナミックで、いかにも平凡ではなく、いろいとなところで「ハッ」とした。それがいいと思った。ただ、当時(アシュケナージを好んでいた)は、この普通でないところが気に入らなくて聴かなくなったのかも知れない。

その後、アルゲリッチのショパンのピアノ協奏曲 第1番(1968)を聴いてみた。聴く前から(彼女の凄さに)身構え、かつ、僕のこの曲のイメージとは違うので期待もしていなかったのだが、とても意外なことに、素直で良かった。そして、さすがに、アルゲリッチの演奏は見事だった。ショパンコンクールのすぐ後なのに(だから?)、技術はもちろん、音がすごく綺麗だった。

ちなみに、このCDは、確か、別の同じ曲のCD(ラローチャ他のもの(1972, 1974))が、当時使っていたDVDプレーヤーで再生エラー(音飛びだったか)が起こるので、メーカーに問い合わせたら、いろいろ調査してもらい、最終的にそのCDに問題(記録エラーだったか)があるせいだということが分かり、親切なことに、調査結果と一緒に「代わりに」送ってもらったものだ(もちろん、問題のCDをその会社から買っていた訳ではない)。

ちゃんと調査してくれただけでも充分なうえに、その気持ちはとてもありがたかったのだが、クラシックでは、同じ曲でも演奏者が違ったら「同じ」とは言えず(実際はそうでもないことも多いか)、特に、アルゲリッチはこの曲とはイメージが違っていたので、ずっと聴かずに居た。それが20年くらい経って日の目を見たのだ。なお、問題のCDは、しばらくは我慢し、その後PCで聴くようにした時に取り込めたので実害はなかったのだが、十年くらい後に同じアルバム(ただし、品番やジャケットは変わっていた)を買い直した。

ちなみに、その親切な会社は、先日オーディオについて貶した、パナソニックである。製品の方向性の良し悪しや技術力はともかく、パナの製品を使っていると、ユーザーの立場に立とうとしていることは分かるので、日本の家電メーカーが次々と没落している中で、最後の砦になって欲しい。とはいえ、もちろん、いい製品・メーカーがあれば使うだけで、パナに執着することはないが。

第2番(1978)も同様に良かった。僕のアルゲリッチのイメージは「普通でない」で、そこがいいのだが、そのせいで長らく敬遠していた。また試すのもいいと思った。あと、前奏曲(1977)も聴いたはずだが、いろいろ聴いたせいか、余り記憶にない。

ラヴェルは何枚か聴いた。まず、スラットキンの(1980)とマゼールの(1984)のボレロを聴いた。スラットキンのは普通だったが、マゼールのはなかなか音が聞こえず、ボリュームを少し上げても聞こえず、4分経っても音が聞こえなかったので、「随分すごいクレッシェンドだなあ」と思っていたら、アンプがOffだった。。。 Onにしたら、最初からちゃんと聞こえた。マゼールは分かりやすい系なので、ものすごいクレッシェンドなんてする訳がないのだ。

同じマゼールのアルバム中のラヴェルの管弦楽曲(1984)は、(僕には)やっぱり退屈だったので、途中で止めた。やっぱり、ラヴェルなどは苦手だ。。。

更に、アシュケナージのショパンの前奏曲(1961-1997)まで聴き出したら、さすがに飽きたので、途中で"Get The Knack"(1979)に切り替えたら、とてもしっくり来て、「これだよ!」となったw

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少し前にふと思い付いて、前の日曜辺りから始めた作業が、今朝終わった。それは、CDなどからPCに取り込んだ曲のファイルの中(タグ)に購入日を記録するものだ。

PCに取り込んでいるアルバムは全部で800組くらいあるので、かなり大変だとは思ったのだが、気分転換になるのか現実逃避なのか、こういうチマチマした作業が好きなようで、他のもっと重要なこと(例: 掃除)を差し置いて始めてしまった。

なんでそんな物好きなことをしようとしたかといえば、以前、曲を聴きながら、そのアルバムを買ったのはいつか知りたくなったことがあった。僕は、購入日はブックレットの隅(昔は一覧表、その後は帯の裏)に書いているのだが、収納場所を節約するため、CDのプラケースを捨てて、本体(円盤)とブックレットなどを分離し、本体はCDファイルに、ブックレットなどは押入れケースに積み重ねて収納しているため、簡単には調べられずに残念だったことがあった。一方、ダウンロード購入したファイルには記録するようにしていたので、CDから取り込んだファイルもそうすれば便利そうだと思ったのだ。まあ、実際には、いつ買ったかなんてそんなに頻繁に見るわけではないが、趣味なので自己満足のためにやろうとした。

購入日は、新たなタグを定義しないで、コメントタグに記録することにした。記録する書式を一定にしておいて、コメントタグに他の文字列が記録されていても機械的に(パターンマッチで)抽出できるようにした。実際の書式は以下のようにした。これに合わせて、ダウンロード購入したファイルの書式も変更した(数が少ないので容易だった。)。

"Purchased:" 年"/"月"/"日 "("メディアの種類")"
例: Purchased: 2013/7/7 (CD)

購入日を記録する手順は、以下のとおりである。

  1. ファイルに購入日が記録されていないアルバム(購入したもの≒レンタル以外)を探す。
  2. その購入日を調べる(ブックレット、帯または一覧表)。
  3. 曲のファイルのコメントタグに、上記の書式で購入日を記録する。
  4. 1に戻る。

なお、購入日を調べるのに、いちいちブックレットを探して見ていたのでは大変効率が悪いので、まずは以下の情報を使って、なるべくブックレットを参照しなくて済むようにした。

  • AmazonとHMVの購入記録
  • ブログの記述
  • 購入した時に撮った写真の日付

写真は、全部を最初から調べるのは大変なので、購入記録やブログや曲のファイルやアルバム画像の作成日で見当を付けた。

購入日を再生ソフト(gmusicbrowser、以下GMB)で簡単に表示できなければ、記録の有無の確認すら面倒だし、記録した意味がないので、ブックレットからの調査を始める前に、表示する機能を追加した。コメント中に記録されている購入日を抽出する仮想タグ、"Purchased"を追加した。抽出は正規表現という機能を使うのだが、Perlの正規表現はPHPのとは少し違うようで、なかなか手間取ったし、GMBの内部の資料などなくて難解なので手こずった。

その仮想タグを使うことで、GMBのファイル(曲)一覧ファイル(曲)情報に購入日が表示できるようになり、記録の有無を調べる時に、アルバムのタイトルや演奏者名の一部で検索すれば分かるようになって、効率が上がった。

約1週間掛かって作業が終わった。懐かしいアルバムがあったりしておもしろかったけど、大変で結構疲れた。そして、購入日の記録のないアルバムが約30組残った。思い出深かったり、好きなアルバムがあるので(例: ビルスマのバッハの無伴奏チェロ(1992)、森高の"Do the best"(1995))、分からないのは残念だ。買った時に記録するのを忘れたのだろう。大体の年は分かる(デジカメを買う前、1990年代に多そうだ)のだが、それ以上はどうにもならない。ただ、昔の日記に書いてあるかも知れないので、気が向いたら調べてみたい(とはいえ、手書きだから検索なんてできないし、真っ黒な「黒歴史」の塊なので、正直なところ、あまり見たくはない・・・)。

それから、PCに取り込んでないCDが結構あった。CDプレーヤーを止め、本格的にPCとiPodで音楽を聴くことにして、プレーヤーソフト(当時はWinampを使っていた)でCDを一気に取り込んだ時(2008年頃)の好みで選択したからだ。それまで「変な」(≒奇をてらった)曲を訳も分からず聴いていたのの反動でモーツァルト系・正統派に移行しつつあったのだろう、近代の曲を避けていたようで(今もそうだが)、特にストラヴィンスキーやショパンやラテン系、演奏者ではブーレーズやアルゲリッチを冷遇していた。変な曲は、例えばストラヴィンスキーのバレエ音楽が好きだったので、「春の祭典」などの有名な3曲は何種類も持っていたが、その時は「1種類で充分だ」と思って取り込んでいなかったのだ。更に、「ボレロ」なんて2種類も持っていたのに、1枚も取り込んでいない有様だ。

持っているのを忘れたアルバムもある。アラウのショパンのピアノ協奏曲 1,2番(1972)やピレシュ(ピリス)のショパンのピアノ協奏曲2番と前奏曲(1994)などだ。結構意外なので、聴きたくなって取り込んだ。アラウは、ブックレットには新潟で買ったと書いてあった。1990年代に妹の用事で行った時の空き時間に買ったようで、懐かしかった(取り込んで早速聴いたのだが、この稿は長くなったので、感想は別に書くことにする)。それにしても、なぜアラウのショパンを選んだのか、当時の自分に聞いてみたい気がする。

ピレシュのは、いつなぜ買ったのかすら記憶にないし、なぜかブックレットすらない。そもそも、彼女は近頃モーツァルトで好きになったと思っていたくらいだから、不思議だ。

もっと不思議なのは、(実体が)行方不明になった何組かのアルバムのうちに結構好きで良く聴くアルバムもなかったことだ。ドラティの「くるみ割り人形」(1976)だ。ファイルはあるのに、何度探してもブックレットが見つからないし、ディスクもない。初期の頃に買った気がするのだが、実はレンタルだったのか、人に貸してそのままになっているのか。そういえば、アルゲリッチの「子供の情景」もそうだったので、先日買い直した。何とも腑に落ちない。ちゃんと調べたい気がする。

(7/30 15:47 追記) その後、いろいろ調べたのだが、「くるみ割り人形」も「子供の情景」も、アルバム画像の日付から、音楽再生をPCに移行した時期に、他の多くのCDと一緒に取り込んでいたことが分かった。つまり、レンタルではないことが分かった(沢山取り込んでいる最中に、わざわざ借りて来るほど暇じゃないので)。確実に自分で持っていたのだ。だから、その後、この十年以内に、誰かに貸したかあげたかしたようだ。引っ越しの時になくなった可能性もゼロではないが、まあ、考えられない。という訳で、相手が思い出せない以上、「諦めたほうがいい」という結論になった。また買おうかなw

 

PS. 作業中に発見した懐かしい物:

カセットラベルは、それ自体とポリス("Don't stand so close to me '86"?)が懐かしかったのだが、ふと裏を見たらサロネン(指揮者)で、当時は全く興味の対象外で名前すら知らなかったのに、この数十年で好みが(表から裏に)移行したのがおもしろかった。CDカタログは今でもあるのだろうか。スマフォの画面でのアイコン一覧で置き換わっているのだろうか。

PS2. ちょっとした集計: アルバム購入数の遷移

  • 1970年代: 3 (27)
  • 1980年代: 105 (16)
    • 1980-84: 22
    • 1985-89: 83
  • 1990年代: 204
  • 2000年代: 217
  • 2010年代: 218

現在、PCに取り込まれていて、音源として使っているアルバムを購入した組数※を、10年ごとに集計した。()内はLP→CDなどで買い直したため、音源としては使っていないアルバムの数。

※集計は原則として組数だが、昔取り込んだ複数枚組のアルバムで、各ディスクが"Disk 1, 2, ..."のように分離したアルバムになっている場合があり、それは誤差になっている。

CD時代になってからペースが上がった感じ。やはり、手軽に聴けるのはいいのだろう。社会人になってからは、不思議と約20組/年のペースを保っているようだ(特に何も制限せず、欲しいアルバムを買っているのだが)。

ちなみに、今年は単体のアルバムを収めたボックスがあったせいか、既に23組になっている。

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