昨日、ピロリ菌の検査のために、初めての胃カメラをした。予約をしてから約3か月経っていて、本当にやるのか半信半疑だったのだが、親切なことに、前の日に確認の電話が来て、「本当にやるんだ」と実感した。と書くのは盛り過ぎだw

その医院は随分のんびりしているし、少し間抜けなところがあるのだが、かなり親切な感じがした。確認の電話はくれるし、検査の時の対応も、とても親切だった。だから混んでいるのかも知れない。

そして、昨日、予定の時間に充分間に合うように行ったのだが、同様な検査の人が多いせいか、40分くらい待った。その間、下らないテレビ番組が目に入って、世の中には甘過ぎる連中が居ると思った。参考のため、概要と思ったことを書く。

転勤が多かった家族の母が、(当時高校生の)娘から「私のふるさとはどこ?」と聞かれて、なぜか答えられなかった。そして現在、その娘の結婚式でその話をして謝りたいのだが、両親は自分たちからは言い出せないので、アイドルの番組に頼んだとのこと。

その程度でお涙頂戴かっ! その子が養子だったとか親が再婚したとか(個人的には、それだって問題ではないと思うが、一般には問題になることもあるだろうという意味)じゃなく、ただ引越しが多かっただけで「ふるさと」がなくて、それを言い出せないほど可哀想なのか? 全く頭に来る。引越しが問題でなく親が問題だ。百歩譲ってそれが真当だったとして、そんなに大切なことなら、テレビなんて頼らずに自分たちで話せばいいのに、余程の馬鹿なんだろうか。今はそういう親が多いのか。

テレビも、そんな下らないこと(そもそも、やらせとか作り話かも知れない)を取り上げるほどレベルが低下し、ネタがなくなっている(考えられない)のだろう。アイドルを出して視聴率が取れれば、何でもいいのかも知れないな。

そうこうしているうちに、検査の順番が来た。意外に準備がしっかりしていた。脈拍センサを付け、鼻に酸素を通した。検査中、みんなでずっと呼吸法(「すってー、はいてー」)を声掛けしてくれたり、背中をさすったりしてくれて(したことはないけど、出産の時のようだった)、すごく安心だった。医師も説明などが丁寧で、信頼出来そうな感じだった。

すっかり安心したのか麻酔が効いたのか、気付いたら終わっていた。鼻からでなく口からだったのだが、喉に管を通す痛みどころか、「唾液だらだら」も、むせその他嫌なことは全然なしで、すごく楽だった。せいぜい、最初に飲んだ、胃液の泡を抑える薬がまずかった程度だ。「いつの間にか終わっちゃったという人が多いんですよ」という、看護師さんの説明どおりだった。

何だかんだいっても、医療は進歩しているのだろう。そして、(僕の知っている)定説と違って、鼻を通した方が楽という訳じゃないのかもしれない。両方やっていないので分からないが。でも、もし同じ条件だったら、次回も口を選択すると思う。

ただ、最初に準備と説明をしてくれた、若くて親切な看護師さんは若干注射の経験が浅かったようで、最初に刺した針が駄目になって、もう片方の腕に刺し直す羽目になった(二回目は、おそらく、別の年長の方がしたと思う)。僕は腕の血管が分かりにくいので、良くあることだから、全然気にならなかった。

ここでも、(外部から判断する)性格と仕事の結果は無関係という、厳然たる事実が再確認できた。だからといって、その看護師さんが駄目だとかいうつもりはない。むしろ、明るくて、(今は縁を切ってしまったが)前の会社での友人に似て親しみやすそうで、気安く接せる感じの、その看護師さんには好感が持てた。それは仕事とは全く関係ないがw それはともかく、多少経験不足だって、僕を安心させてくれたのは、充分に評価できることだと思う。

ただ、自分では安心し切っていたつもりなのに、医師に「始めます」と言われたら、急に脈拍が倍くらいに上がったのが、不思議でおもしろかった。

検査中のことは何も覚えていないのだが、胃液と組織を取ったようだ。終わった直後に写真を見せられて、ピロリ菌は陽性と言われた。詳しい結果は後日とのことだが、土曜日は混んでいるせいで、一か月くらい後になった。なかなかののん気さだが、慣れてしまったw

それから別のベッドに移動し、1時間以上休憩していた。なかなか呼びに来ないので、自分から出るんだったかと思ったが、出て行って「まだいいんですよ」とか言われたら面倒だし、長居しても怒られないだろうから、ごろごろしていたら、呼びに来た。医院までは歩いて行ったのだが、まだ麻酔が抜けていなかったようで、帰路は結構ふらふらしていた。前日の21時から全然食べられず、お腹が空いていたので、途中で甘い飲み物を買って飲んだら、最初に少しむせてしまった。なお、検査費用は約7千円だった。

帰宅したら、太腿をはじめ、身体中が痛かった。これは検査のせいではなく、前日に会社のレクレーションで十年以上ぶりに軽い運動をしたせいだと思う。帰宅してから飲んだホッピーがおいしかった。やたらと疲れていたので、20時前に寝てしまった。

そして、今日。まだだるい。まだ麻酔が抜けていないのか、目の焦点がいつもより合いにくいし、タイプミスなどの細かい間違いがやたらに多い。例えば、カレーうどんを「うどんカレー」と打つとか。。。麻酔のせいで頭がボケてしまったのか? そんな訳で、予定していたドライブを明日に延期した。

でも、心配していた胃カメラの痛みが全然なくて、良かった。あの医院なら、何度やってもいいくらいだw

PS. 初めの方に間抜けと書いたのは、例えば、喉にカメラの管を通すのに、事前に喉の診察をしていなかったことだ。例えば、すごく扁桃腺が腫れていたりして、喉の径が細かったら大丈夫だったのかと思うが、彼らの経験上、今までそういう問題はなかったのだろうと想像する。

PS2. まだ死ぬつもりはないけれど、昨日のように介抱されて、すっかり安心しているうちに意識が遠のいて、「気付いたら(気付かないだろうが)死んでいた」というのなら、痛みも不安も恐怖もないから、全く許容できる気がした。なんか、いいことを知った気がする。(20:24)

(10/9 7:41 検査費用を追記)

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GPMDPとGMBの連携動作も大分煮詰まって来て、近頃は不具合修正ばかりである。聴いていると不意におかしな動作になるので、なかなか安心できない。それでも、今朝ちょっと思い付いて機能を追加できたので、忘れる前に自慢するために書く。

常々、GPMの表示を英語と日本語で簡単に切り替えたかったのだが、それができた。JavaScriptでGPMのページ(HTML)を書き換えて、ウインドウの右上に言語切り替えのリンクを追加した。GPMDPの起動直後に、HTMLからidが"material-one-right"という要素(右上のボタン類を格納している場所)を探し、その領域(innerHTML)の一番左(手前)に、日本語または英語のページに行くためのリンク(アンカー)を入れるようにしただけだ。

「だけ」とは言え、やっぱりHTMLだのJavaScriptは苦手(まじめに覚える気がないw)なので、それなりに苦労した。最初は、リンクを左上のGPMロゴの右に置いたのだが、なかなか縦の配置(上下の中央に置きたかった)がうまく行かなかった。力技(文字の上に、高さを低くした改行を入れた)で配置したのだが、狭くて矢印が入らないので、右に移した。

力技は好きじゃないが、実際には良くやる。それにしても、ページにリンクを突っ込むことに比べれば、テキストの縦配置を適当に調整するなんて、「赤ん坊のように」可愛いものだ。そして、JavaScriptでブラウザ中のHTMLを書き換えるなんて、全くの掟破り、チートだと思う。が、それがごく普通にまかり通っているのだから、世の中は不思議だ。

動的なページを作るなら、僕だったら、絶対にサーバ側で生成したいのだが、クライアント側でやりたい人は多いようだ。それでしかできないことは多いが、やる前に良く考えた方がいいと思う。こんな機能があるために、さまざまなセキュリティ上の問題が起こっているのではないだろうか?

例えば、ブラウザを乗っ取られたら、上に書いたような手法でショップや銀行のページを自由に(でも、見ても分からないように)書き換えられて、全く気付かないうちに注文されたり、他人に送金されたりするのだろう。。。

まあ、細かい話はおいといて、やっぱり歌謡曲は日本語表示がいいねw

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今朝、飽きもせずに、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番をGPMで探した。ブロンフマンやルガンスキーなどの大好きな人や、作曲者本人やクライバーンなどの有名な人のは多いが意図的に避けて、初めて目にするJenö Jandó(イェネー・ヤンドー)という人の(1988-1998: 正確な年は不明)を試してみた。

すると、意外なほど悪くなかった。オケがわずかに聞き慣れない感じのところがあったが、全く許せた。この人はモーツァルトも弾いているようだ。更に、バッハもベートーヴェンも弾いている。なんと幅広い人だと思い、興味が湧いた。

聴いているうちに出勤の時間が来たので、続きを昼休みに聴いた。少しだけ癖があるが、問題なかった。ゆったりしていて、ピアノの音が良かった。

第2楽章後半の、サーカスのような雰囲気のところが見事だった。この見事さは、他の人にはないように思った。

第3楽章は少し遅目だが、悪くなかった。綺麗だ。ただ、音が少し軽めなのと、前半の和音連打がもう少し滑らかだといいと思った。終盤は少しだけ遅いのが惜しいが、全体的には良かった。気持ち良く乗れた。

それから、是非聴きたくなって、時間がわずかしかないのに、彼のモーツァルトのピアノ協奏曲 第24番(1990; → サンプル: 第23,24番)を途中まで聴いてみた。イントロのオケはいい。もちろんピアノも良かった。が、ラフマニノフと違って少し速めだった(この辺りは僕の好みと反対だが、そういう解釈なのだろう)。カデンツァは聴いたことがない感じだった。第1楽章があと数十秒というところで、昼休みが終わった。イタリアの会社なら、フルに聴けるだろうか?w

今まで、NAXOSはグラモフォンなどのメジャーレーベルに比べて知らない演奏家が多いので(、それと、駅とかの通路で売っている得体の知れない安物と似たような物だろうという先入観があって)、余り買わなかったのだが、馬鹿にできないと思った。そして、このヤンドーという人はすごいと思った。ゼルキンや内田にひけをとらないかも知れない?! → それもそのはずで、さっきNAXOSをWikipediaで調べたら、彼はNAXOSが発掘したとのことで、僕の耳も捨てたものではないと、満更でもない気分になったw

PS. 彼のゴルトベルク変奏曲(2005)もいい感じだ。もちろんグールドとは違うけど、系統が近いようで、違和感がない。僕好みの解釈なのだと思う。まったくすごい人だと思う。(22:41)

PS2. 昼休みに、ベートーヴェンの3大ソナタのうち、「悲愴」と「月光」(1987)も聴いてみた。どちらも、すごく音が硬かったのだが、演奏は悪くなくて、やっぱり乗れた。

それにしても、「悲愴」の第1楽章はハードだった。第2楽章も第3楽章も気持ち良かった。第3楽章は、流れる感じかつ音量変化がダイナミックで、良かった。

「月光」は、普通に良かった。やっぱりハードな音で(「月光」という題に合うのかは別として)好みだ。第3楽章もハードかつパワフルで気持ち良かった!

3大ソナタでは、僕のお気に入りのオコナー(John O'Connor)のよりいいかも知れない。それにしても、恐ろしくレパートリーの広い人だ。怪物なのだろうか? あるいは、僕と異常に好みの合う奇人?w (10/3 19:45)

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プログラムの「詰め」というのは、とにかく手間と時間が掛かる。大体、中心となる部分を作るのの10倍以上の時間が掛かるのではないだろうか。プログラムを使い物にするにはどうしても必要な作業のだが、退屈だし疲れるので、余り好きではない。それでも、なかなかうまく行かなかったことを打開するような、ちょっとしたアイデアがひらめくことがあって、それが本当にうまく行った時は楽しい。だから、いじりだすとなかなか止められない。仕事と違って、納期も予算もないのが困るw

一方、世の中には、すごいアイデアを思い付いたら、素早く目を引くデモ的な物(ポップ音楽だったら、サビとかデモ版)を作って、有名になったりお金をせしめたりしたら手放して(どこかに売って)、トンズラする(あるいは、別の物を作り出す)、スマートな人が結構居るようだが、無責任で嫌いだ。確かに、いいアイデアを出せるのはすごいと思うが、「最初にちょろっと書くのは誰だって楽しいんだよ!」とか「もう少し面倒見ろよ」と言いたくなる。

という訳で、日々続けているGPMDP (Google Play Music Desktop Player)の改良(もはや改造と言った方がいいだろう)は大分いい感じになってきた。まだ詰め切れていない点や不具合や抜本的な改良案もあるのだが、おおよそ7.5割くらいの出来になって、普通に(これには「変わったことはしてはいけない」という意味もあるw)音楽を聴けるレベルになった。具体的には、GMBだけで聴いている時と使い勝手での違和感がほとんどなくなった。例えば、GMBのリモコンで操作できるので本当に便利だ。実際に、昨夜からは、(実装・修正するだけじゃなくて)GPMの曲を聴くのに使っている。

問題だったユースケース(GPMDPをどういうふうにGMBと統合・機能分担して使うか)も、作業しているうちに大分詰められた。基本的には、GPMDPは曲の検索に使い、GPMDPの再生ボタンを押したら、実際の再生や再生の操作はGMBで行おうと思っている。まだ完全にシームレスになったとは言えないが、なかなかうまく統合できたと思う。

今週はさまざまな改良や修正をしたのだが、主にGPMDPとGMB (gmusicbrowser)との連携動作(例: 曲の追加や変更の同期)に関するものなので、見た目では、先週と比べて目立った違いは余りない。大きな違いは、(実際に曲を再生している)GMBで次の曲に移ったことがGPMDPにも伝わって、曲情報やジャケット画像が更新されることだ。以下にデモ動画を置くので、興味のある方はご覧頂きたい。

画面左半分はGMBの、右半分はGPMDPのウインドウである。GMBで再生中の曲が次に変わると、少ししてから(その次の曲の取得と処理の時間: これは如何ともし難い)GMBにその次の曲が追加され(画面左下、5曲目)、GPMDPの曲情報やジャケット画像(画面右中央)が更新される。

下の動画は、力技でやっているうえに、まだバグがあって、(いつ何が起こるか分からず、)ドキドキする機能なのだが、GMB(画面左下)でリスト中の前の曲をダブルクリックして移動した場合でも、GPMDP(画面右中央)も戻るようになっている(戻るのが遅いのは愛嬌w)。もちろん、取得されている範囲で、先の曲に進むこともできる。

リストの最後(7曲目)に2曲目の曲が追加されるのはバグである。難しい。。。

冷静に考えれば、再生中の曲のGPMDPへの同期なんて、音楽を聴くには不要な機能で、本当に飾りなのだが、「おもしろそうで、不可能でないならやってみたい」という、技術者の無駄なこだわりがあって実装したw

(10/1 6:38 わずかに修正)

 

PS. プレーヤーにGMBを使ったのは正解だった。最初は単純な再生だけを考えていたので、alsaplayerなどの軽いものにしようかと思っていたのだが、機能的に不十分な点があったので、最初からGMBで試した。また、GMBはコマンドラインにPerlのプログラムを指定して実行できるという、夢(麻薬)のような機能があり、それでGMBの内部データにアクセスできるので、かなり役に立っている。もう開発は停まっているようだが、セキュリティホールになるので、公開版に入れ続けるのは難しいかも知れない。

PS2. かなりハードルが高いのだが、将来的には、GPMDPじゃなくて、ブラウザのGPMのページから直接GMBと連携できないかと思っている。GPMDPが必要なのではなく、GPMのページ内の要素にアクセスするために使っているだけなので、ブラウザのアドオンか何かでできるのではないだろうか。

同時に、可能な限り機能を外部に出して、JavaScriptの部分を減らして開発効率を向上させ、GPMのページ構成になるべく依存しないようにもしたい。

とは言え、本当にやりたいのは音楽を聴くことなので、苦労してそこまでやることもないかとも思っている。

(10/1 17:44追記) と書きつつも、(だるくてドライブを止めたため、)暇だったので、ちょっとだけ試してみた。一番最初に気になった、GPMのページ中の再生ボタンを押したらGMBに曲を送れるようにする時に必要な、ボタンのイベントハンドラを変更できるかを試した。

最初は、安直に、ローカルのHTMLでiframeでGPMのトップページを読み込んで、JavaScriptで書き換えればできるだろうと思ったのだが、駄目だった。それから、いくつかのライブラリやAJAXやjQueryまで試したが、駄目だった。

どうも、セキュリティ上の制限のようで、ローカルのファイルからGPMのサイトを呼び出すのが駄目なようだ(おそらく、元がローカルファイルじゃなくても、サイトをまたがるようなことが駄目なのだろう)。それを回避したかったのだが、できなかった。この制限は「同一生成元ポリシー」というものらしく、かなり昔からあるようだ。

それで、一旦、ローカルのHTMLを使うのは諦めて、(GPMDPを改造して使う前提で、)GPMのページ中の再生ボタンのイベントハンドラを変更できるかを試した。JavaScriptには疎いので、それすらも苦労したが、できた。getElementById()で再生ボタンの要素を探して、onclickメンバにハンドラを設定すれば良い。以下のようにすると、GPMの再生ボタンを押すと関数click_func()が呼ばれる。

var elem= document.getElementById("buttonContent");
elem.onclick= click_func;

function click_func() {...}

onclick(onClick)は属性ではないとのことで、setAttribute()で設定しても呼ばれないことに気付かず、苦労した。あと、ボタンの本来のハンドラが依然として有効(どうやっているのか不明)なのがちょっと気に入らないが、まあ、細かいことだ。

(10/2 7:08追記) その後、GPMの再生につながるボタンは山ほどあるので、それらを全部書き換えるのは現実的でないことに気付いた。それらの呼び先を修正するのも困難なので、やっぱり、低レベルなところはGPMDP(実際には、その下位のライブラリ)に依存するのがよさそうだ・・・

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先日の朝のコンビニでの話。

隣に居た車は、薄汚れた感じのしょぼい軽だった。ドライバーは、ハンズフリーのイヤフォンで、ニヤニヤ笑いながら電話をしていた。

が、エンジンを掛けたら、やけに低音の迫力がある音だった(要はうるさかった)。きっと、マフラーを改造しているのだろうと思った。

が! その車が出る時にちらっと見たら、ポルシェだった。全然オーラがなかったので、軽と思い込んでいたのだ。そういう車(それなら逆に好感が持てるが)なのか、軽薄そうなドライバー(出る時もニヤニヤ)の問題だったのか。

 

PS. 似たような話がもう一つあった。朝、どうしても汚れた白いカローラにしか見えないセルシオをたまに見る。「なんだかなあ」である。 (9/30 6:52)

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半年くらい前から、LinuxでのテキストエディタにはAtomを使っていたのだが、全然良くないことに気付いた。僕の使い方(変なプラグインを入れたせい?)が悪いのか、頻繁に遅くなる。開いているファイルが多いと、ひどい時には数分間固まるし、そうでなくても、文字を打ち込むだけでも遅いから、GPMDBの改良作業の足かせとなって、大変イライラしていた。更に、それ以外に、山ほどプラグインを入れないと普通のエディタのようには使えない(まだ普通のに劣ることがある)など、基本的な機能が劣っている。

それで、前に使っていたjEditに戻ろうかとも思ったのだが、日本語のインライン入力ができないので(いろいろやればできるとは読んだが、面倒なのでしない)却下し、いろいろ試した結果、Kateにすることにした。忘れていたのだが、インストール済みだった。

が、KateでなくjEditにした時の記事を読んだら、Kateは「ハングした」とか書いてあったので、やっぱりjEditに戻ろうと思う。ありがたい、これも消していなかったので残っていた。今度は日本語のインライン入力の設定をしてみようか。

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先日はユジャ・ワンに感心したので、今日の昼は彼女と同じ国のラン・ラン(Lang Lang)のモーツァルト ピアノ協奏曲 第24番 (2014)を聴いてみた。

イントロのオケ(指揮: アーノンクール、ウィーンフィル: ジャケットにはそのように書いてあるが、オケについては別の情報もあった)がすごく良かった。

ピアノも、意外に繊細で良かった。「意外」というのは、先入観があったということだ。何かがわずかに足りない気はするが、レベルは高い。すごく乗れて、「普通にいい」。ただ、それはオケが良過ぎたからかも知れない。

カデンツァはちょっと良くなかった。そして、段々、ピアノが、どことなく説明的な気がして来た。そのためか、滑らかさが少し不足している印象を受けた。

昼休みに聴き終わらなかったので、帰宅してから残りの第3楽章を聴いた。残念なのは、ここに来て、オケがわざとらしくなってしまったことだ。。。

この曲の後で、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番 (2005)を聴いた。イントロはすごく遅かった。オケ(指揮: ゲルギエフ)は良かったが、ピアノは、やっぱり説明的だった気がする。決して悪くはないのだが・・・

そして、第3楽章の頭は、特に説明的で興ざめだった。だから、最終的には、僕には彼はユジャ・ワンよりは良くない印象だ。

それから、同じアルバムの「パガニーニ狂詩曲」を聴いた。この曲は余り好きでないから聞き流したので、特に書くことはない。

ただ、GPMDPからGMBに曲を渡す処理の実用性が確認できた(正確には、そのためにこの曲を掛けた)。今朝、先日見つかった、曲が勝手に次々とGMBに追加される問題を修正し、当初の想定どおり、再生中の曲の次の1曲だけが追加されるようにした。一方、この曲はそれぞれの長さが短い(数秒の曲もある)ので、処理が遅いと、次の曲の開始に間に合わない可能性があるので、ちょっと冷や冷やしなから聴いたのだが、ほとんど問題なかった。1-2曲、頭の音量が小さく、間に合わなかったかなというのがあった程度だ。ただ、問題が起こるとすれば曲間の長さで、音量は関係ないはずなので、マスタリングの問題だったのかも知れない。

ところで、上に書いた、「説明的」という言葉は、聴きながらふと頭に浮かんだので使ったのだが、自分でも何を指すのか分からない。さっき聴きながら考えたら、くどいとか、わざとらしいとか、その結果、滑らかさに欠けているということなのかも知れない。

こういう表現は、オーディオマニアの「アーティストの息遣いが聞こえる」のようなのに似ているが、そっちほどは眉唾でない気がする。というのは、こっちは感じたままを(伝わるかどうかは別として)文字に変換して書いているのだが、向こうは、聞こえるはずのない音が聞こえたと思い込んで(そうしないと、立つ瀬がないので)書いているのだから。でも、やっぱり同じこと??w

ラン(名字はこれで正しいのか? なんかおかしい感じだ)は前の会社に居た中国の人に似ている。顔はもちろん、若いし、本人に会ったことなどないが、性格がすごく明るそうで、その点でも似てそうだ。

 

PS. ラン・ランの名前から、「留園行って幸せ食べよ」のCMを思い出した。ここの読者の方にはお馴染みとは思うが、今の若い人たちに言っても、きっと「なにそれ??」状態であろう。このお店は、今もやっているようだ。

店の名前は「龍園」だと思ったのだが、検索したら違っていた。この字は留年を連想させるのでw、イマイチの印象だ。おどろくべきことに、リンリン・ランランのアルバムがGPMにあった。もちろん聴かない。でも、中に「恋のパッコンNo.1」とかいう妙な題の歌があって、ちょっと聴きたくなった。何がパッコンなのか?w

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GPMDPの改良。音量の正規化の改良について考えていたら、確か、以下のようなことだったと思うが、GPMDPでなく、外部プレーヤーで再生した方がいいのではないかということになった。

  • GPMDPの構造上避けられない、曲の開始と同時に一時停止しても先頭が一瞬再生されることがある問題は、外部プレーヤーを使わないと解決できない。
  • 再生ゲインの計算のために曲のファイルをキャッシュしているのだから、そのファイルをVLCやgmusicbrowser (GMB)などの外部のプレーヤーで再生することができる。
  • 再生ゲイン対応のプレーヤーなら、音量(ボリューム)の設定やファイルにを再生ゲインを乗算しなくても、再生ゲインタグに設定するだけで、プレーヤーによって反映されるのも良さそう。
  • GPMDPは使い勝手がいいとは言えないし、リモコンを2個にしたり、2つのプレーヤー間の切り替えもしたくないので、操作性を改善する点でもGMBで再生したい。

いずれにしても、昨夜までに構想が練り上がった気がしたし、基本的なところは容易にできそうだったので、今朝、GPMの曲をGPMDPでなく外部プレーヤーで再生できるようにしようとする作業を初めてしまった。そして、確かに、再生できるようにすること自体は簡単だった。14時前には、GMBで再生できるようになった。

GPMの曲をGMBで再生

図の左上はGMBのミニプレーヤーで、右はGPMDPのウインドウである。GPMDPが再生しているように見えるGPMの曲は、実際にはGMBで再生されている。その証拠に、双方で同じ曲・アルバムになっているし、僕はこのアルバムは持っていないし、GPMDPの再生時間は0だが、GPMは0ではない。

が、やっぱり難航し、この時間になっても終わっていない。残っている難しいことは、以下である。

  • 次に再生する曲を途切れないようにGMBに送り続ける(今は、最初の1曲の再生が終わったら停まってしまう)。また、ギャップレス再生のためには、再生中の曲が終わる前に送る必要がある。
  • GMBとGPMDPの連携 (例: GMBの再生が終わったことを検出して、次の曲を再生開始する)
  • GMBとGPMDPの操作の統合 (例:GPMDPで一時停止したら、GMBを一時停止させる)。GMBに統一すればいいのだが、曲の検索など、どうしてもGPMDPでしかできないことがある。まだ、ユースケースの検討が充分でないので、方針が固まっていないせいもある。

でも、今日のところは、目論見どおりGMBで再生できたので、良しとする。

(気が向いたら、詳細を追記します。)

(9/24 21:35追記) どうにかこうにか、次に再生する曲をGMBに送り続けられるようになった。GMBも自分で作ったGPMDPの追加プログラムも、想定外の動きをしたりして、なかなか大変だった(おもしろかったけどw)。

GPMの次の曲を自動でGMBに追加

図の左はGMBのウインドウで、右はGPMDPのウインドウである。GPMDPのプレイリストの、現在再生中の次の曲がGMBに自動的に追加され、連続再生できるようになった。

余談: 上のジャケットの工藤静香、なんかお化けみたいだ。。。

動き出したばかりで、まだまだ荒削りで、さまざまな不具合はあるが、とりあえずは音楽が聴ける状態になったので、一段落だ。それに、(GMBの)リモコンで一時停止などの操作ができるのは、すごく便利だ。

不具合の例:

再生していると、再生中の次の曲以降も勝手にGMBに追加される。まあ、悪いことではないが、想定外の動作なので複雑な心境だ。そして、それに伴ってGPMDPの下部のプレーヤー部分は、まだ再生していない曲になってしまう。しかも、それは上側のキューの再生中(と思っている)曲とも違うのが解せない。

  • 再生中の曲: "Here comes the Sun"
  • GPMDPが再生中(と思っている)曲: "Let it be"(上部)、「二人静」(下部)

細かいことが多いので、先は長そうだw

PS. 今日からか、URLに"?hl=en"を付けても無視するようになったようで、日本語で表示されるようになってしまった。やっぱり、ネットサービスはvolatileだなあ。 ← URLの書き方を間違えていたようだったので、撤回する。 (9/25 20:26)

(9/25 22:56 わずかに修正、余談を追加)

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その後、音量の正規化が不完全な感じだったので、興味もあって、試行錯誤していた。

前回書いた、ffmpegのloudnormフィルタも試してみた。最新のffmpegをインストールしたら使えるようになった。が、使ってみると、普通の曲の正規化に20秒以上も掛かるので、使うのは諦めた。また、1回で処理しているせいか、包絡線が微妙に変化(曲の始まりの頃に、なだらかに小さくなる)することがあった。確かに、本当に1回で正規化処理するなら、最大値なんて分からないから、そういうこともありそうだと思った。それでは、ちゃんと処理するとしたら、2回の処理が要り、全部で40秒以上も掛かるから、更に使い物にならない。まあ、あれは、ちゃんとした制作のような時に使うものなのだろう。

他のプログラムを探したのだが、なかなかいいものがなかった。ひとつ、ffmpeg-normalizeというのが高速で良かったのだが、曲によっては相性が悪くて結果が駄目だったり、処理できなかった(最大値が0dBを超えると言ってエラーになる)ので、却下した。

そうこうしているうちに、ちょっと思い付いた。前回採用した、RMSの最大値(長さは0.75秒にした)と正規化したい音量(例: -16dB)との差で音量を設定するのだ。ここでは、その差を擬似再生ゲインと呼ぶ。

擬似再生ゲイン(dB)= 正規化したい音量(dB) - 曲のRMSの最大値(dB)

理論的にはおかしいことだらけなのだが、聴いてみると今までで一番いい感じだった。例の、"Heartbeat city"さえも良かった。おかしいというのは、RMSの最大値は短時間の実効値の最大値なのに、それと全体的な平均値に相当する、正規化したい音量の差を使うことだ。どうしてかは分からないが、うまい具合に前者が後者に近くなるのかも知れない。

更に、音量の設定方法も変更した。今までは、GPMのwebの音量(スライダー)のスケールが直線(目盛りと音量が比例)であることを想定して設定値を計算していたが、そうでなく、対数であると想定して、上記の擬似再生ゲイン(dB)を適当にスケーリング(例: ×1.75)した値で音量を設定するのだ。具体的には、以下の式にした。

音量設定値(%)= k * 擬似再生ゲイン(dB) + 音量の基準値(%)

パラメタは、loudnormの結果と比べて調整した値を、聴きながら更に調整して、今は以下に設定している。

k= 1.75, 正規化したい音量= -12dB, 音量の基準値= 70%

これで、随分、曲ごとの音量差が解消したように感じる。音量の基準値が小さいせいか、全体的に音量が他のアプリより小さ目なのだが、これを大きくすると、曲の音量が小さい場合に充分な補正ができなくなる可能性があるので、増さないことにした。

 

PS. 再生ゲイン処理前の一時停止がうまくなくて一瞬音が出る問題も、対処方法を考えた。簡単に書くと、外部のプレーヤーを使うのだ。試したら書くことにする。

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昼休みに、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番が聴きたくなったので、GPMで探した。なかなか目新しい人が見つからないので、気分を変えて(+怖いもの見たさで)、ユジャ・ワンにしてみた。先日、見た目での判断は良くないと書いたせいもある。

正直言って、全く期待していなかった。というのは、派手な外見以外に、以前YouTubeで彼女のラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番のライブ(屋外だった記憶がある。これかも知れないが、水色の衣装だった覚えがある)を観て、ひどいと思ったからだ。

でも、その予想はいい方向に外れた。完全に。このアルバム(2013)での演奏は全然違っていた。音だけで、男性的(スポーティとか「肉食系」とかいう言葉を思い付いた。聴いたあとで検索したら、偶然、「アスリート」とか、同様な表現をしているページがあった)な演奏で好感が持てて、なかなか乗れた。どうやら、あのライブビデオが悪かったようだ。演奏風景を見たせいもあったのかも知れない(冒頭の弾き方(見た目)は好きになれなかった)。

第2楽章は、時々、音が抜けている箇所があるように聴こえた。おそらくそうではないと思うが。あと、第3楽章に行く前に余計な音の強調があった。そこら辺は好きになれなかった。でも、すごく乗れるから、かなり好きになった。終わる頃には乗りまくって、演奏後に続く拍手を聴いて余韻に浸っていたかったほどだ。が、あと少しというところで休みが終わりそうになったので、止めた。

それから、細かいが、オケの弦が少し変わった音の箇所があった。

かなり出来がいいので、てっきりスタジオ録音だと思っていたのだが、ジャケットを見ると、ライブだった。実際、最後に拍手があった。Discogsの情報では2013年のカラカスでのライブだそうだ。あとで調べたら、カラカスはものすごく危険な街らしい。そんなところで、良くコンサートをやったものだ。まあ、そういうところにだってホールはあるだろうし、やっぱり、音楽が好きな人は沢山居て、危険な毎日を送りつつも、コンサートを楽しみにしているのかも知れない。

さっきは同じ作曲者のパガニーニ狂詩曲(2011)を聴き、今は同じアルバムの同じ作曲者のピアノ協奏曲 第2番を聴いている。「パガニーニ」は、まあ普通ではあるが、悪くなかった。この曲は、僕には退屈な印象(細切れなので、乗りが分断されるのが嫌なのかも)なので余り聴かないのだが、ちゃんと聴き通せた。

第2番もいい。イントロのピアノに重さがあっていい。普通にいい。「普通に」は良くないように思えるが、好きな曲について僕がそう思うのは、安心して聴けるとか、途中で止める気にならないとかいうことで、いい演奏なのだ。ただ、ものすごくいい訳でもない。と言っても、平凡とか個性がない訳ではない。そこの区別は難しい。それにしても、例のYouTubeのライブとは偉い違いだ。もう一度観たら(聴いたら)、印象が変わるだろうか?

という訳で、やっぱり、見た目での判断は良くないようだ。

PS. ただし、彼女のトルコ行進曲(K. 331の第3楽章)は駄目だ。全然駄目だ。これにはがっかりした。(20:46)

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