覚えている方はまず居ないと思うが、数年前から続いている、右奥歯の治療。しばらく小康状態だったのだが、年末くらいから、噛むと痛むし、冷たいものもしみるようになった。それで歯科に行ったのだが、相変わらず原因が分からないようで、清掃をしたり、何とかの一つ覚えのように歯茎に消毒薬を塗って誤魔化していた。さすがに

だめだこりゃ

になって(論理的に考えれば、仮に歯茎だったら、噛まなくたって痛むはずじゃないか? それに、歯茎はほぼ垂直で、噛むのも垂直方向だから、噛んだって力は加わらないはずで、痛む契機にならない。だから全く信用できない)、CTのある歯科を探した。近くに何軒かあるのだが、大抵は「インプラント」を標榜している(僕はする気はないし、そういうのは金目当てだと思う)ところで、全然行く気がしない。ただ、少し遠い(車で約30分)ところに、そうでないところがあった。

そこはwebで問い合わせもできるので、症状や経緯を書いて、CTを使うなどして原因を調べることは可能か聞いたら、若干つっけんどんな印象ではあったが、ちゃんと院長から回答が来た。原因となる可能性を列挙し、希望すればCTも可能ということだった。それで、本当に「インプラント」と書いてないか下見に行ったところ、「一般歯科」が先頭に書いてあって「イ」の字もなかったので、予約して今日行って来た。

総合的な印象は、「ちょっと気になるところはあるが、今までのところよりはずっといい」である。

一番嫌だったのは、騒がしいのと慌ただしいところだ。子どもが大声で叫びながら走り回るとかでなく、音楽が少しうるさかった。クラシック音楽で、K. 545なんてのも掛かって(でも第1楽章だけ)、それなりに乗れたのだが、音量が少し大きい。おそらく、治療や会話の音を隠すためか、院長が音楽にあまり関心がないのだろう。あと、何となく院内が慌ただしかった。患者が多くて、忙しいのだろう。

Webには「個室で診察」と書かれていて、保険診療でそれができるとは信じられなかったのだが、実際には背の高いパーティションだった。だから、それに期待しなかったのは正解だった。

でも、それ以外は、ちゃんとしている印象だ。例えば、スタッフの一覧があり、歯科医と歯科衛生士が何人も居る。更に、技工士まで居る。もちろん、CTがあるのはポイントが高い。

それで、診察もちゃんとしていた。担当の歯科医によれば、レントゲンを見る限り、歯の根の膿みや根管治療が不十分な可能性は少なく、神経が残っている可能性も低く(心配する人が多いが、それが問題になったことはまずないとのこと)、歯根膜炎(長く被せ物をしておらず、その歯が余り使われなかったため、膜が噛んだ時の刺激に弱くなっている可能性がある)か、歯の割れの可能性があるとのこと。

今までのところとは偉い違いだ。今までの所では、上のような可能性すら提示されなかった。痛みが続いていた時、一度「大学病院に行けば、根を切り開いて云々(でんでんじゃないよw)」などと言っていたが、その後はひたすら、根管の薬の入れ替えや歯茎への薬の塗布に徹していた。そういうことを言われたら、こっちも大学病院でとは言い出しにくい。

今度のところだって、まだレントゲンしか見ていないので確定はできないが、こっちは、まずは痛みの原因を知りたいので、いろいろな可能性の説明を受ければ、少しは納得できる。

それで、CTを撮れば原因はすぐに分かるとのことで、撮ってもらった。意外だったのは、すぐに撮影はされずに結構待ったことと、その日には結果が分からないことで、来週、説明を聞きに行く。それを見てから治療方針を考えましょうとのことで、とても安心できて、納得いく対応だった。

あと、CTは保険が効かないだろうから、今日は2万円くらい掛かるのかと思って身構えていたのだが、全部で3千円程度だったので拍子抜けした。もしかしたら、次回に払うのかも知れないが、そんなことをしたら払わないで止めてしまう人もいるだろうし、「保険は効きません」とは言ってなかったので、まず大丈夫だろう。

ちょっとした欠点はあるが、いいところだと思う。そもそも、まともな歯科でCTがあるところは少ないのだから、贅沢は言ってられない。もっと早く調べれば良かった。昼休み後、今日行く予定だった、前の歯科をキャンセルしよう。

それで、ようやく言いたかったことになる。前の歯科医は、きっと、原因が分からず、どうしたものかと思って困っていたのだろう。それならば、さっさと別の所を紹介して自分の手から離して楽になれば、お互いに気分がいいのに、人がいいからできなかったのではないか。まあ、人がいいと言うよりは、優柔不断というのが適切だ。こういう時って、いくら人が良くたって全然意味がないと思う。しかも、長期間漫然と意味のない治療を続けるのでは、ヤブ医者としか言いようがない。技術(腕)は悪くないのに、もったいないと思う。診断に必要な機器がないのは仕方ないのだから、あるところを紹介して欲しかった。

もう少し書くと、21世紀の日本でも、まだ竹槍戦法なんだなということだ。精神力や勘では何も解決しないのが分かっていても、なぜか、少しでもいい(確実な)方法を試そうとせず、なかったことにして安穏としている。全く理解不能でイライラする。

最後に、前のところに幻滅したことがもう一個ある。医者や衛生士(、おそらく助手も)は、感染防止にゴム手袋をしているのだが、患者ごとに替えていないのだ。前回、偶然、タオルでちょっと拭いて済ませているのを見てしまった。やっぱりお金の問題なのだろうが、単なるポーズだけの手袋なんて、論外だ。何のためにするのか、誰も考えていないのだろう。今度のところもどうかは分からないが、まあ、あれよりひどくはないだろう。

 

PS. 最初に歯の状態を診てくれた、ぶすっとした女性が医者かと思ったら、衛生士さんだった。名乗りもしなかったので、「うーむ」と思っていたら、その後に、本物の先生が来た。歯を清掃してくれた衛生士さんは、綺麗だけどちょっと冷たい感じだった。親知らずの奥は磨きにくいので、閉じ気味にした口の横から歯ブラシを入れて磨く必要があるそうだ。あと、歯垢が溜まっているので、フロスや歯間ブラシを使うようにとのこと。良く言われることで、「はい」とは言ったが、面倒だ・・・

PS2. 帰宅したら、今度越してくる家の奥さんが、駐車場で挨拶してくれた。随分丁寧でにこやかで、「小さいこどもが居るからうるさいかも」とか言っていたので、「やっぱり田舎のいいところかな」と、なんか気分が良くなった。前に住んでいたDQNぽい家族とは偉い違いだ。あと、ヨドバシで物を買ったのだが、形状(厚さ)から、本当に郵便受けに入るのかなと思いつつ、ゆうメールにしたのだが、やっぱり入らなかったようだ。まあ、今夜受け取るから問題ない。

(20:46 若干加筆)

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先日、長年使ってきた無印良品のカップにひびが入ってしまった。まだ中身は漏れないようではあるが、幅が結構広いし、上から下までなので、もう使えない感じだ。

どうしてなのか心当たりがないのだが、洗ってカゴに入れた時に、別の物に載せたのが落ちたか(といっても5cmくらい)、寒い朝に熱湯を注いだせいか。

シンプルなデザインが気に入っていた(その割には乱雑に扱っていたが)のだが、もう20年前後も使ってきたので、寿命は全うしただろう。ちなみに、一緒に買ったティーポットは、渋がすごいながらも健在である。でも、近頃は紅茶もお茶も淹れることがない。関係ないけど、コーヒーも淹れない。

いつ買ったかが定かでないのだが、横浜に住んでいた時に、たまたま遊びに来ていた妹と街に遊びに行った時に買ったか、市川に越した時に近くの西友で買ったかだ。市川の頃は、その西友に入っていた無印のお店で、ベッドや本棚など、いろいろ揃えたものだ。そのベッドも本棚も、まだ健在だ。ベッドは、寝る板が折れないかちょっと怖いけど。

2個一緒に買ったので、片割れが実家にないか母にメールで聞いたのだが、まだ返事がない。でも、それも前に割ってしまった気がするが、定かでない・・・ それで、まだ代わりを買っていないので、たまに暖かい飲み物を飲もうとしても、飲めない。

実家にあったそうなので、今日、引き取りに。まあ、スーパーで安いのを買う方が安上がりなのだろうが、やっぱり、少しでも気に入ったものを使いたいので。(13:11)

さっき持って来た。他にも、ちょっと気に入っていたのをいくつか持って来た。

片割れは母が洗ってくれていたのか、綺麗だった。また十年くらいは、お世話になりたい。

写真マグは、最初の会社の時に、取引先のキャンペーンで、実家の猫の写真を焼いてもらった。写真を送ってから随分経っても届かなかったので、文句を言ったのを覚えている。色が悪いのは、元々である。当時はデジカメなどなくて、手元にあって焼いて欲しかった写真は、このように写りの悪いものだった。

東大寺のと奈良のは、2005年11月に奈良・京都にドライブに行った時に買った。(19:52)

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僕は自分は優秀だとは思っていないが、先日、題に書いたことを実感した。

仕事で、昔作ったシステムを使う案件で、例によって、あの上司がひどいポカをしていた。その案件では、ある仕様が追加になっていて、そのシステムはそれに対応していないので、「何とか」する必要が出た。締め切り前なので超短期間に・・・ 何か月も前に受注していたのに、上司はずっと連絡して来なくて、納期直前になってようやく依頼してきたのだ。悪気などではなく、いつものようにキューの底で腐敗させていて忘れたのだろうが、さすがに殺したくなった。

でも、その時はなぜかブチ切れず、「そうですか。じゃあ、まあ、とりあえず工数を検討します(でも、納期に間に合わせるつもりは全然ないから、覚悟しておけよ!)」などと諦め気分で言って、やり過ごした。翌日、仕方なく変更内容を考えて、システムを一緒に作った同僚とやり方について話をしていたら、突然、それまでの方向とは違っていて、「ちゃぶ台返し」ではあるが、とても簡単に対応できそうな案が閃いた。

それで、とりあえず試してみようということになって、やってみたら、みごとに動いたのである。しかも、僕の部分は全く変更なしで! まあ、それだけで完結する訳ではなく、追加仕様をサポートするための、ちょっとした追加は要るのだが、核心部分は作る前にできていたのだ。だから、僕らが作ったシステムは、作る時には全く意識していなかったのだが、非常に柔軟だったということになる。その追加仕様は「逆の想定外だった」とでもいうのか。こういうことは、いつもではないが、たまにはある。優秀な人は、いつもそうなんだろうと思う。

これを上司に報告した時は、彼の鼻を明かした気分で、大変溜飲が下がった。そして、依頼された時にブチ切れなくて良かったと思った。

余談: 「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」と思ったのは、残念ながら、その時でなく今である。

ここからが本題で、もし、システムが(良くある話だが)「ガチガチ」で全く柔軟でないものだったら、上のように一瞬では対応できず、1か月とかの工数になっただろう。僕らはフリーじゃないから、工数(工期)が長くても短くても、直接の損得はない(会社や偉い人としては別だし、残業する人にとっては手取りは減るし、評価には関係するだろうが)。でも、フリーのプログラマーだったら、大変な損になってしまう。1か月分のお金が数日分になってしまい、下手したら、「あ、そのまま動くんですか。じゃあいいです」とか「じゃあ、ちょっと直してもらえます?」のようになって、タダ働きになるだろう。

僕らにしたって、こういう「おいしい話」が多いと、上司は更に油断して、もっとひどいことになりそうだから、やっぱり損する気がする。

おかしい。いい物を作ったのに損をするなんて、全くおかしい。

だから、Micros*ftだのAppl*など(いや、日本の有名大手ソフト会社、例えば、あの素晴らしいマイナンバーシステムを構築して大好評の所の方がひどいが)、あるいはそこで働いているフリーの人は、わざわざしょうもないものを作って、仕事を減らさないようにしているのかも知れない。というのは、だいたい半分くらい冗談である。

後日談:

核心部分自体は問題なかったのだが、最終的には、追加仕様をサポートするために、核心部分もわずかに直す必要があった。調査した時は無変更でいいと思っていたのに、念のために最終的な動作確認を進めるうちに気付いたので、ちょっとがっかりした。そして、急いでその対応をする羽目になって疲れた。やっぱり、まだまだ詰めが甘いと思った。でも、確認しておいて良かった。自分で作ったプログラムだけど、何が起こるか分からないものだ。

きっと、すごいプログラマーは、こんな修正すら不要なのを作るんだろうな・・・ (1/28 5:11)

 

PS. こういうのって、プログラミングのセンスとか常識とか経験の問題だと思う。それらを持った人は、無意識のうちに柔軟性のある方式で設計したり作ったりするから、こういうことが起こるのだろう。だが、子どもの頃からプログラミングを教えることが、これに寄与するかと聞かれると、僕は「余り期待できない」と答えるだろう。

理由はいろいろあるけど、まず、先生はそんなの持ってないし、意識もないだろうから、まず教えられないし。。。

PS2. もし学校でプログラミングを教えるとして、その「採点」はどうなるのだろう? 漢字や算数みたいに、ガチガチに正答どおりでないと×になるのだろうか? 例えば、インデントがタブでないとか、空白の数が多いとか足りないとかは減点なのだろうか? あるいは、処理の順序が(動作に全く問題はないけど)「正答」の逆な箇所があったら駄目とか。それから、1ドットでもウインドウの位置がずれていたら駄目とか。。。結構悪夢の予感。(1/28 5:09)

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先週末に、gmusicbrowser (GMB)に、デスクトップウィジェットのアルバムアートを押すと、メインウインドウをアイコンにしたり戻したりする機能を付けた。GMBは、メインウインドウを閉じた時に、タスクトレイに最小化(アイコンにする)できるのだが、タスクトレイアイコンが小さくて押しにくいので、もっと楽に操作したかったのだ。

実装は意外に難航した。普通に最小化したのでなく、タスクトレイに最小化したのを復帰させると、その前より幅が広くなるという問題が解決できなかった。それで、普通に最小化した時にしか復帰できないようにした。

そして、今朝気付いた。実際には、GMBをタスクトレイに最小化しない設定にして(その時は間違って閉じないように注意する必要がある)、普通のアイコン(小さくない)で操作すれば充分だし、その方が操作が一貫している。あるいは、メインウインドウを閉じた時に、タスクトレイでなく普通に最小化するように変更するほうが、ずっと簡単だったような気がする。それに、今気付いたが、この機能では、アルバムアートがない場合は操作できないという欠点がある。

本当の問題は、「タスクトレイアイコンが小さくて押しにくい」というだけのことだったのだから、何か押しやすいものがあれば良かった訳で、それは(既にある)普通のアイコンそのものなので、苦労して新しい機能を作らなくても良かったのだ。

まあ、折角作ったのだから戻さないでおこう。そして、後で、幅が広くなる問題を解決したい。これは、GMBの起動時にも起こることがあるので、何かがおかしいようだ。

そして、物でもソフトでもシステムでも世の中の仕組みでも、安易にいろいろな機能や施策を追加しがちだが、その前に、本当の問題をもっと良く考えた方が、複雑にならず、コストも掛からず、新たな問題も生まれないのだろうと思う。とは言え、安易に見えるけど、実際には、多くの「頭のいい」人たちがいろいろ考えた末におかしくなってしまうことも多々あるので、なかなか難しい。

PS. 世の中の仕組みなどは、実際には、「いろいろ考える」方向が意図的に異なっていて、本当の問題は分かっているけど、根本から解決する気は毛頭なく、「頭のいい」人たちの都合のいいように「解決しようとしている振り」をするように見せて、みんなを欺いていることが多い気がする。

PS2. 本題のGMBだが、昨夜、メインウインドウの閉じるボタンを押した時に、タスクトレイでなくアイコンに最小化することができるように変更した。また、閉じた時の動作設定に、従来の動作(閉じた時にタスクトレイに最小化または終了)に加えて、アイコンに最小化する動作も追加して選択できるようにした。これで、間違って閉じるを押して終了することもないし、ウィジェットでもアイコンでも押せば復帰できるから、操作も統一できた。(1/25 4:47)

設定ウインドウの追加した部分

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このブログサーバーのOSは、かなり古い。まだサポート期間内だが、もうすぐ切れる。それで、そろそろ最新版に更新しようかと思っている。それで、昨日、手順や起こりうる問題などを考えたり検索したりしていたら、思わぬ新機軸が見つかり、それまでの考えとは全く違う方向に行く(暫定の)結論になった。

まず、コンセプトや目指すところは、それまでの「現状維持」(単に今のOSを更新する)から、以下になった。

  • 管理の手間を減らす。
    • 毎月のようにPHPを更新(ソースからビルド)しているが、もう止めたくなった。
    • Webサーバの更新も、頻度は低いが、やっぱり面倒。
  • ブログの高速化 : 遅くても問題はないが、速い方が気持ちいい。

手段としてはKUSANAGIというシステムに移行する。

実際には、使っているサーバー会社のサポートするOSのページを見たら、KUSANAGIもサポートしているのを知り、それ(以前見たことがあるのだが)を使えばブログ(WordPress)を劇的に高速化できそうなことに気付いた。しかも、WordPressの環境が最初から全部構築されているので、PHPやwebサーバーなどの更新は自動で行われそうだし(そうでなくても更新のコマンドを実行するだけだろう)、Let's encryptのSSL証明書のサポートも入っているようなので、管理の手間がかなり減りそうなことが分かった。

KUSANAGIでは、副次的ではあるが、セキュリティの強化も期待できそうだ(少なくとも今よりは良くなりそうだし、自分でセキュリティに配慮する負担は減るだろう)。更に、新しいLinuxの勉強もできそうだ(というか、しなくてはならない)。というのは、サーバー会社が提供するKUSANAGIはCentOSで動くのだが、(それは今と同じLinuxではあるが、)系統が違うので、管理方法や操作が若干異なる。でも、仕事で使いそうだし、覚えておいて損はないと思う。また、CentOSはサポート期間が10年と長いのが魅力的だ(今のは5年程度)。

次に、移行手順だが、今使っているサーバーをいきなりKUSANAGIに変えることは無理だし危険だし苦労が多いので、そうはせず、「軟着陸」させる。

実際には、今のOSを更新するだけと考えていた時から、直接更新せずに一旦別のサーバーを借りて、そこで動作確認してから移行することを考えていた。それで、サーバー会社のページでKUSANAGIを見つけたのである。

移行手順は以下を考えている。

  1. 移行先のサーバーを借りる。(OS=KUSANAGIで設定)
  2. 新サーバーに、仮のドメイン名を付ける。(サーバー会社が提供するのが使える?)
  3. 新サーバーに、今のサーバーのコンテンツなどをコピーする。
  4. しばらく(3か月以内を目標)、動作確認と調整を行う。
  5. 新旧サーバーの切り替え
    1. 新旧サーバーのwebサーバーを停止する。
    2. 新サーバーのコンテンツを最新にする。
    3. 新サーバーのドメイン名を今のに変える。
    4. 新サーバーのwebサーバーを起動する。
  6. 仮のドメイン名の契約を終了する。
  7. 新サーバーの安定動作を確認後(3か月程度)、旧サーバーの契約を終了する。

移行期間は長くて半年程度と考えているので、コストは1万円未満(新旧サーバーの重複期間の使用料+仮ドメイン名の費用)だろう。

懸念事項は以下である。

  • KUSANAGIに致命的な問題がないか? → 出てからしばらく経っているので、大丈夫では?
  • いつまでKUSANAGIが続くか? → 終わったらまた考える。どうせ、後継が出てくるだろう。
  • 今使っているWordPressの機能・設定・プラグインが全部動くか。→ 駄目な時は代替を探す。
  • PHPが高速版(HHVM)に置き換わるが、他のPHPのプログラムが問題なく動くか。→ 動作確認して、調整する。それでも駄目なら、HHVMを使わない。
  • 自分で追加した機能がうまく移行できるか。→ 同等のものがKUSANAGIにあればそれを使い、なければ自分のを動かす。
  • HHVMがFacebook製なのが気に入らない。→ MSよりはマシなので、我慢する。
  • "KUSANAGI"とか"HHVM" (Hip Hop VM)とか、名前が気に入らない。KUSANAGIのキャラも気に入らない。→ 我慢する。
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猫には目がない。あるけど僕はない。

そして、猫の手には妙にひかれる。棒のような外観なのに、実際には毛がふさふさしていて手触りが良く、肉球は実に柔らかく、不意に手首がくねっと曲がったりする。しかも、動きは意外に速いし、思わぬところから飛び出て来ることもある。更に、油断していると引っ掛かれることすらある。全く、得体の知れない物である。

昔、猫ニャンぼーというおもちゃがあったが、それには大変興奮した(数年前にリバイバルしたそうだ)。当時、帰省した時に、妹(信仰・音楽問題とは別の人)が買って持っていたのを見て、「でかした!」とうれしくなった。そして近頃、偶然同時にお三方のブログに猫の手が出ていたので、ぐっと来てしまった。

marutenmamaさんの「テンスケの手」と、あずきのばあばさんの「疲れるお相手」と、カノママさんの「発信器付きコウノトリ」である。

marutenmamaさんのテンくんの手は、「まさにこれ!!」であり、「藪から猫の手」だ。これだけでご飯が十杯はいける。良くこんないいタイミングで写せたと思う。僕だったら、つい、肉球を指で触ろうとして(しかも、触れる直前に引っ込められて)、撮る機会を失うだろう。

ところで、僕は黒猫が大好きで、その次はさび猫なのだが、彼女のところのマルちゃんがなかなか可愛いくて、あんな顔と目で見つめられたら、その信念が揺らぎそうになる。きっと、若いのと性格が柔和だからなのではないだろうか。

あずきのばあばさんのまめちゃんの手は、実にうらやましい。こんなことをしてもらったら、うれしく楽しくなって、何回でもやって欲しくなってせがむだろう。例え、はずみで引っ掛かれたとしても、全く許せる。

そして、カノママさんのカノンちゃんの手は、「これなんだよねー」だ。猫が、こうやって訳もなく手をぴんと伸ばして寝ているのを見ると、その時にやっていたことなんてすっかり忘れて、ついいたずらしたくなる。彼猫はそれを狙っているのではないかと思う。

(という訳で、忙しいのではなく、単なる猫バカの思いでした。)

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近頃、妹と音楽に関係してメールをやり取りしていたのだが、今日、ひょんなことからとんでもないことを知ってしまった。彼女とは、音楽に向かう姿勢(あるいは指向というのか)が、全く・根本的に違うのである。

彼女のメールに書かれていたことを読んで、かなり困惑した。「こういう風に音楽を捉える人も居るのか。しかも(妹)が・・・」という感じだった。それへの返事をどう書くか、あるいは、書かないで済ませるか、迷っている。

僕の意見をそのまま返信したら、とんでもないことになりそうだ。一方、彼女はここは読んでいないだろうから、ここに考えをまとめるのはいい考えだと思うのだが、彼女の考えには宗教が絡んでいるので、いつものように貶すことは適切でない。ならば、非公開の日記に書いておけばいいのではあるが、どうしても自分の考えを述べたいので、可能な範囲でここに書いてみる。

僕と妹の、音楽に関する相違:

  • 妹: 信仰のない音楽は無価値
  • 僕: 音楽は信仰(宗教)とは独立。美しい音楽はそれだけで尊い。

音楽史は全く詳しくないが、かなり昔は、音楽(ここでは西洋音楽)と宗教(ここではキリスト教)は密接に関係していたのだろう。発端は宗教だったのかも知れない。だから、その頃の音楽や教会用の音楽については、宗教的な背景を理解して演奏する必要があることは分かる。が、信仰心がない演奏に「価値がない」と言い切られたら、かなり頭に来る。

例えば、(想像だが)モーツァルトのレクイエムなんて、彼女にとっては全くの無価値・無意味な曲・演奏に聞こえるのだろう。あるいは、無宗教の人や他の宗教の人が演奏するその頃の曲は、価値がないのか。

断じて違う。

確かに、その宗教を信仰していない人の演奏は、信仰している人に比べて良くない可能性はある。それは、「日本人は西洋音楽を理解していない」と言われるのと同じことではある。が、決して価値がないとは言えない。それは音楽や演奏者を侮辱することだと思う。「下手」や「嫌い」は許されるが、「無価値」は許せない。

そもそも、演奏者の信仰心は演奏を聴いて分かるのだろうか? そうじゃないと思う。「いい演奏がいい」のであって、信仰心は関係ないと思う。この考えを進めたら、CDに演奏者の宗教歴などを書かなくちゃいけないくなるのではないか。結構恐ろしい。

今気付いたが、僕と彼女の「音楽」に求めるものとか定義が異なるのだろう。彼女は芸術としての音楽を求めているのではなく、教会で使う「道具」を求めているのだろう。だから、相容れなくて当たり前なのだ。

言うまでもなく、音楽は芸術なので、特定の宗教に依存せず、単体で存在し、それ自体で評価されるものだと思う。誰が聴いたって分かるものなのだ。教会用音楽だって同じだ。音楽として良いものも良くないものもあるはずだ。芸術家は、いい曲を作ろうと努力し、いい演奏をしようと努力している。その根源に宗教がある人は居るだろうし、そうでなく、音楽自体を信じている人も居るはずだ。

書いていたら、また頭に来てしまった。。。返事は出さない方が良さそうだ。

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Wi-Fiルーターを交換した頃から、時々、PCを休止する時にハングするようになった。休止とルーターは全く関係ないと思うのだが、妙な符合である。古いルーターは壊れてしまったので、元の環境では試せないから、全く関係ないともいえない。

結論としては、解決していない。今日、休止時にPCの電源を完全に切るようにLinuxを設定して(/etc/pm/config.d/hibernate_modeにHIBERNATE_MODE="shutdown"と書く)、様子を見ようとしている。これだとキーボードを押しても復帰せず、毎回電源ボタンを押す必要があるが、ハングするよりはマシだと思う。

他に、休止でなくスタンバイ(スリープ)にするという手もある(Linuxでは、デフォルトでは休止は無効になっており、こちらが推奨されている。Linux Mintだけが休止を有効にしている)のだが、停電とか間違って電源を落としたりした時に保存した状態が失われるので、避けたい。

ハングした時、pm-suspendのログでは最後まで成功したように書いてあるし、ホットキー(Alt+PrintScreen+R+S+E+I+U+O: 下線を押したまま、次のキーを連続して打つ)での終了・停止は可能なので、おそらく、PCを微妙なスタンバイ状態(S4?)にするのに失敗している、あるいは、何かを待ち続けているのではないかと想像している。

なお、今までに以下を試したが、効果がなかった。

  1. 休止前に、メモリ中のキャッシュやバッファを書き出す。
  2. 休止前に、ネットワークを停める。
  3. /etc/pm/sleep.d/下のスクリプトの順序を変更する。
  4. BIOSの”Memory remap feature”を無効にする。

BIOSの設定を変えた後は、しばらく(10日間くらい)大丈夫だったので、ぬか喜びしていたのだが、今日再発してしまった。理論的に考えれば、それは当たり前で、もしBIOSが原因なら、もっと頻繁に現象が起こるし、Windowsでも駄目だったはずだからだ。

結局、上記の休止時にPCの電源を切る設定は効果がなかった。設定の5日後(1/26)にハングした。そのため、休止は諦めて、スリープ(スタンバイ)を使うことにした。まだまだLinuxの休止は難しいようだ。。。(1/27 3:19)

 

PS. この問題については解決に至っていないのだが、ArchLinuxのWikiには、僕が使っているLinux Mintとは異なる場合があるながらも、さまざまな有益な情報やヒントが書いてあって、大変役立っている。

PS2. Linuxの休止からの復帰は、(体感で)Windowsの数倍速い。Windows 7の時は復帰完了を待つのにイライラしたが、Linuxだとほんの数秒で終わるから(メモリの使用量が少ないからなのかも知れない)、全然苦にならない。そういうこともあって、是非、休止をちゃんと使えるようにしたいのだ。(1/22 6:55)

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今でも、8月31日が夏休みの最後の日なのかは分からないが、その日に溜まった宿題を片付けようと焦ったり徹夜したりした人、自分だけでなく、更に親きょうだいを巻き込んだ人は多いのではないだろうか。

僕はどうだっただろう? 小学校低学年の頃は、いろいろ親に手伝ってもらった覚えがあるが、大きくなったらそれ程でもなかった気がする。でも、今回はそんなことを書くつもりはない。これはノスタルジーの稿ではない。僕と同じくらいの、いい歳をした大人についての話である。

ある所のある人は、どうしようもないグウタラだ。机にはさまざまな書類や機器がうず高く積まれており、かなり昔の電話の取り次ぎメモすら、置かれたままになっている。日々、溜まった仕事に追いまくられているのに、偉い人やお客さんから頼まれたことは、まともに考えずに引き受けて絶対に断らない。

しかも、どういう訳か、ほとんどのことは自分でやろうとして部下に回さないから、何もかもが溜まり続ける一方だ。メールへの返事なんて、1週間で来たら早い方で、数か月しても来ないことがほとんどだ。そんなメールなんて、Inboxの下で腐敗してしまって、絶対に日の目は見ない。

ただ、彼は、他人に決められた締め切りだの打ち合わせの期日だけには間に合わせようとする。それで、その日が近くなると頑張る。その時だけは、自分でできないことを部下に頼んで来る。でも、唐突に「*のデータを出してもらえますか」とか言われるので、頼まれた方は、自分の仕事を中断させられた上に、意味不明な作業をしなくてはならないので、全く迷惑としか思えない。もし、前もって、その意図や背景や締め切りなどを知らされれば、もっといい(質とか効率とか説得力とか)作業ができるかも知れないのに。。。

それから、上に書いたような期日のないものは、まず忘却の彼方に葬られる。お客さんからの要望だって例外ではない。結構大切なことなのに、催促されなければ「なかったこと」になる。まだ取引停止のような羽目にはなっていないが、彼が忘却するたびに、わずかにでも会社の信用を失っているのは確実だ。そういうことが積算されたらどうなるか、彼は想像できないのだろう。例えば、たった5%のマイナス(95%)が10回連続すると、信じられないことに、約60%(0.9510)になってしまう(自分で計算して驚いた)。そういうことを認識しないようだと、終わりだ。今終わってないのは、運がいいだけだ。

とにかく、「毎日が夏休みの最後の日状態」の彼には、周り(もしかして、僕だけ?)が迷惑している。今は無料のスケジュール・TODO管理ソフトなんていくらでもあるのに、どうして活用しないのだろうか。それを使うだけで、少なくとも、忘れなくて済むのに。おそらく、それを使おうとするのすら面倒なんだろうな。一体、何のためにスマフォだのパソコンを持っているのだろうか? 全く溜息が出る。

(1/21 6:40 わずかに加筆・修正)

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CDファイルや"Dream police"と一緒に注文したアルバムが、昼に届いていた。

早速聴くが、先に入っているラフマニノフの交響的舞曲は苦手なので、「くるみ割り人形」からにした。何となく音が少ない(編曲のせい?)感じで簡素だし、期待よりパワーが弱い感じだ。音は綺麗(ちょっと硬めではある)だけど、「さらりとした梅酒」のように、余りにもサラっとしていて、アルゲリッチに期待する「アク」がない。が、チョーヤの梅酒が添加物を使用していないのと同様、純度の高い模範的演奏ではある。物足りないのは、録音が今一つのせいかも知れない。

以前気になって、それを聴くためにこのアルバムを買ったとも言える、「花のワルツ」の特徴的なフレーズは余り滑らかでないし、盛り上がりにも欠ける。それもあって、全体的には、先日YouTubeで観たジルベルシュテインとのライブ(上のリンク先参照)の方が、熱気とか汗を感じられて良かった(実際には、果たしてこの曲に汗が合っているのかという問題はある)。それでも退屈はせず、一気に聴けた。ジルベルシュテインとのに比べて短く感じたのは、そつのない演奏だからなのだろう。

編曲者と第2ピアノのエコノム(Nicolas Economou)は、若そうなのに、既に1993年に亡くなっていた。

2015年発売だが、外装はやけに古く(10年くらい前の物のように)見えた。セロハンの質のせいか。が、PCへの取り込みは速かった。原盤はDG(ドイツ・グラモフォン)だが、日本盤はデッカ事件のユニバーサルだった。そして、ジャズとクラシックを同じ部門(「ユニバーサル クラシック&ジャズ」)で制作しているのは、なんか、「和食も中華も似たようなものでしょ」と馬鹿にされたような気分だ。

あと、DGすらユニバーサルが扱っているのなら、DGのMP3も期待出来なさそうだ。ダウンロード販売サイトはあるけど、実際にはどうなのだろうか。

PS. 交響的舞曲(第1ピアノはエコノム)はなかなかパワフルで音が鋭く、聴き応えがある。CDにはこちらが先に入っているし、実際にはメインなのかも知れないな。ただ、残念ながら、長く感じる。(17:04)

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