ショパンのピアノ協奏曲(第1, 2番)はイントロが長い。それで、昔、「何十分もある(退屈な)イントロでは寝てしまう」のような文章を読んだ記憶がある。随分ひどい(実際には何十分なんてなくて、せいぜい十分だ)のだが、演奏によっては、確かにそういうふうに感じるのだ。

今思ったが、交響曲が好きな人は、そういう長いイントロも全然苦ではないのだろうか?? 僕は上述の文章の筆者同様、ピアノが大好き(ピアノしか好きでない)ので、どうにも退屈に感じて、「あくしろ」とか思ってしまう(嘘)のだが・・・

ところが、僕は近頃、Spotifyのおかげで、その長ーいイントロも苦にせず聴かせる演奏を発見し(例: Aleksandar Madzar, Dmitri Kitayenko (指揮) (1997))、「これだ! これがショパンの本当の意図を表わしているのだ!」などと思って気に入った。そして、今も聴いている。

まあ、そこまではいいのだが、さっき気付いたのは、それでその演奏のピアニストまで「いい!」と思って居たのは大間違い、ボケもいいところだってことだ。

だって、イントロではピアノは一音も発せず、ただ座して待っているだけだから・・・ (上記の「寝てしまう」のはピアノだったのだwww) コンサートで聴いているならまだしも、録音ではなぁーんにも関係ない(でも、世の中のオーディオ評論家は、「待っているピアニストの緊張感すら伝わって来る」とか言うのかもね(爆))。

 

PS. だからじゃないけど、ラフマニノフの(第2, 3番)は最初っから臨戦状態だから、寝る暇がなくていいね^^ ちゃんと心得ているのか。 そして、いくらイントロが死ぬほど長くたって、省略したらアカン! 僕は そういうのは絶対に許容できない。

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