(いろいろなネタが不完全なので、軽くて重い話題を)

以前別の記事(丹波哲郎の話)を読んでおもしろかった ペリー荻野の記事、「役へのこだわりから歯も抜いた それでも自分を臆病と言った「三國連太郎」」を見て、うなってしまった。

三國は全然好きじゃない。それどころか憎たらしい。※ が、彼の凄さは認めざるを得ない。それどころか、尊敬すらしなくてはいけないと思ってしまう。僕からしたら まさに「本物」だ。詳しく知らないから、本当に「本物」かどうかは分からないが、上の記事の写真一枚だけでも、そう感じざるを得ない。(本当に見入ってしまうし、ほれぼれしてしまう・・・)

※だって、「セーラー服と機関銃」(1981)での彼は、どうしたって気色悪く憎たらしい、クソエロジジイとしか思えなかったのだwww 何だよ、あの憎たらしい顔、特に涙袋!!! (でも、それが、彼が どんな演技にも手を抜かなかった証拠なのかも知れない)

本当にすごい人だったんだろうな・・・ 今気付いたが、三島に通じる(調べたら、同年代の人だったのか)ものがありそうだ。あと、あの、パンツに大麻のおっちゃん(勝)も近そうだ(勝はちょっと若かったようだ)。

 

それにしても、今はそういう人は居るのだろうか? まあ、今は社会が全然違うから同じでなくてもいいが、彼らほど真摯とかストイックそう(詳しく知らないから、「そう」としか書けない)な人は、いったいどのくらい居るだろうか?

 

PS. 書いたあとで「セーラー服と機関銃」のWikipediaを読んだら無性に観たくなったが、まあ、面倒だし疲れるので止める(爆) 薬師丸は可愛かった。それで充分だ。

少し細かく書くと、プログラミング的には「ハッシュ値の再計算」みたいな、「分かり切っていること」を再び観るのは、もちろんおもしろいけど、面倒でもあり、がっかりすることもある、「アンビバレンスな行為」って感じなのだw

だから、もう、題名だけで「パブロフの犬」なのだ。

PS2. 「セーラー服と機関銃」で思ったが、なぜか、薬師丸には すごみのようなものが感じられない。経歴からして「大女優」の域のはずなのに、そう感じさせないのがもったいない気がした。例えば、三田佳子なんて、今はもちろん、「Wの悲劇」の頃から大女優(の雰囲気)だったではないか。

何が違うのか分からないが、とにかく、彼女にはカリスマ性が欠けており、それが残念だ。でも、「庶民的で親しみやすい」という点が魅力なのかも知れない。

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