帰省中に、何とも頭の痛いことが多かったのだが、その一つを紹介する。

おやつ時に飲む物を聞かれたので、コーヒーを頼んだ。インスタントだと思っていたら、レギュラーを淹れてくれるらしい。が、以前淹れ方を教えていたにも関わらず、変わり果ててしまったそのやり方を見ていて、悲しくなった。

まず、豆の量がいい加減。二人分だと結構多く入れるべきなのに、小さいスプーンで3杯程度だった。

次に、ドリップがすごい。ペーパーフィルターに粉を入れるのはいいが、器具(ドリッパーやポット)無しで、フィルターをすぼめて直接カップに入れて、電気ポットのお湯を直接注いでしまった(よく贈答品にある、小分けのコーヒーに感化されたのか? 写真を撮っておいて、お見せしたかった)。お湯を沸騰させたり、カップを温めたり、蒸らしたりする工程は一切無し。しかも、2杯目(母の分)では、長時間、フィルターをコーヒーに漬けたままにしておいて、最後にスプーンで絞ったから、フィルターが破けてしまった。。。

結果はやっぱり駄目だった。まず、味が薄いし、香りなど無く、「薄いアメリカン」という感じだった。もちろん、再び教えることも可能なのだが、母の場合、その場では「はいはい」と聞いていても、全く頭に入れないので、こっちが空しいのだ。

「レギュラーコーヒーはおいしい」という先入観と、小分けのコーヒーの記憶が融合してそうしているのだろうけど、何だかもったいない気がした。まず基本を大切にして忘れず(なぜそうするのかを理解する必要もある)、味は自分の舌で判断し(正確に判断するためには、いろいろ飲食することが重要だろう)、そして、不味かったらいろいろ調べて改善しようとしなかったら、何を作っても無駄だと思う。

まあ、自炊しない人が言っても説得力ないけれど。。。

(19:07,21:33 加筆・修正)

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3件のコメント

  1. j:

    そういうお母様がいるだけで、大変ありがたいことです。

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  2. PiuLento:

    ●なるほど。そう思えるようにしたい。

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  3. PiuLento:

    ●ひとつ補足です。この投稿、母のことを書いてはいるけど、最後の方の、「基本を大切に」「改善」などというのは、料理以外にも通じる一般論を書きたかったのです。

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