ここ数年感じていたことをまとめてみる。

  •  相手が「馬鹿」かどうかは、自分の「レベル」(知的レベルとか行動の良し悪しとか)と相手のレベルの差で決まる。
    • 自分 ≫ 相手 : 相手が馬鹿
    • 自分 ≪ 相手 : 自分が馬鹿
  • レベルは自己評価で、その評価は自己愛にゆがめられるので、お互いに馬鹿と思っていることもある(これが多いのかも知れない)。
  • 「絶対的馬鹿」は居る。それを調べるには、複数の人の評価が要る。: 飲み屋での愚痴の効用?

→ 馬鹿に遭った時にどうすればいいのか?

  • 諦めて、あるがままに放置 (苦でない場合)
  • 自分のレベルを相手に合わせる。(可能な場合や相手が絶対的馬鹿の場合)
  • 自分のレベルを再評価し、本当の馬鹿はどちらか再確認する。
  • そういう人とは交わらない、なるべく接点を持たないように努力する。
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5件のコメント

  1. jaguarmen_99:

    自分と相手のみの「相対」になってるような気がするので、絶対性馬鹿理論と呼んでも良いのではないでしょうか。
    > 自分のレベルを再評価し、本当の馬鹿はどちらか再確認する。
    さらっと書いてるけどコレ相当に難しいことですよね?!自分はたぶんできないですよ、評価がおそらく自分の馬鹿さ加減のなかで堂々巡りしそう。

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  2. PiuLento:

    ●なるほど。ただですね、一対一以外に、複数でもありそうな気はします。団体同士とか、一対多みたいな。

    そう、本当の馬鹿はどちらかって、判断が難しいと思います。僕もおそらくできないです。頭に血が上りやすいですから。。。あ、じゃがさんとは逆ですね。

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  3. PiuLento:

    ●あと、一対一でも相対なんです。絶対というのは、1対0、自分だけの場合だと思います。

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  4. jaguarmen_99:

    そうそう、私は相対とは自分以外との比較が常に前提になると考えています。なのでこの1:1のときの状況はたしかに相対だと思うのですが、「個々がくだす判断’じたいは必ず比較という相対性を伴うか?と言われると >>> 相手にバカめ!と思ってる時点=意見の相違でモメてる時点で個々の絶対性を発揮してるのかなぁと思ったんです。このとき対面の相対性を失わずに「む、一理あるな」なんて冷静な判断、私はできない自信がある!(爆)

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  5. PiuLento:

    ●じゃがさん: ええ、僕もその場では冷静は判断はできないです。

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