先日、ちょっと出張した。出張の楽しみと言えば、人(まあ、着目するのはほとんど女性だがw)を観察するとか、夜の飲み会や、宿での音楽(演奏)選びだろう。それに加えて、今回は新しい楽しいことがあった。以下、そういうことや思ったことを書いてみる。

行きの新幹線で、前の席のサラリーマンが、タブレットで「日経新聞」(紙で出版されたものをスキャンしたようなフォーマット)を読んでいたが、全然便利じゃないだろうと思った。昔から全く進歩がない。あんなのだったら、webの方がずっといい。まあ、日経を読む時点で「察し」なのか。

初日の仕事の後、宿に戻って飲み会の時間を待つ間聴いた、ギーゼキングとカラヤンのK.488 (1951)は、どことなく透明でなくて好みでなかった。ギーゼキングは初めてかも知れないが、想像どおり癖がある感じだ。聴いていたら、一緒に行く人が部屋に呼びに来てくれたので、再生を停める方法が分からず慌てた。

今聴くと、カラヤンらしくなく、オケがルーズな感じがする。ピアノがそれに合わせてしまっているのも、気に入らなかったのかも知れない。

飲み会の後、部屋に戻ってから、ラローチャのK.488 (1991)を聴いた。やっぱりいい感じだった。が、酔っていたのですぐに寝入ってしまい、気付いたら午前3時頃で、演奏はとうの昔に終わっていた。

翌朝、朝食前に、彼女のモーツァルト ピアノ協奏曲 21番 (1987)を聴いたのだが、今ひとつだった。彼女には波があるのかも知れない。この前後にも数人の演奏を聴いた。どういう訳か、結局、ラフマニノフ ピアノ協奏曲 3番になり、それも何人か(トリフォノフ、フェドロヴァ、ブニアティシヴィリ、アルゲリッチ、マツーエフ、ベルマン)を試しに聴いたがどれも満足できず、最後はBehzod Abduraimov (ベフゾド・アブドゥライモフ)という人の演奏(2016)を聴いた。新人らしいピアニストはすごく頑張っているのだが、残念ながら熟練不足な感じだった(今聴くと、それほど悪くないけど)。指揮はゲルギエフで、いつものように振り方(外見)が独特だった。あの妙な感じは結構好きだ。

余談: iPhoneでも、Googleにログインしていれば、YouTubeの再生履歴に表示できることが分かって、上のような文章がかなり正確に書けるようになった。個人情報収集の問題はあるだろうが、便利だ。

そのせいか、その日は朝からラフマニノフのピアノ協奏曲 2番が脳内で無限ループしていて、早く帰って好みの演奏を聴きたかった。

仕事は展示会での説明(補助)だったのだが、社員が多くて特に声も掛からず暇だったので、場内をぶらぶらしていたら、販売コーナーに出店されている方と話が弾んだ。その方は、自分で製作した、写真やイラスト・絵を表に出した包みボタンを販売していた。僕は、もちろん手芸やボタンには興味はないのだが、ある作品の色使いが綺麗だったのでちょっと見ていたら、話しかけられたのだ。

その方は、昔つくばに住んでいたが、雰囲気が嫌いで、今は埼玉に住んでいて、バイトで通っているとのこと。そして、茨城に住むなら南の方がいいと言っていた。いろいろな話がおもしろかったので、何か買ってもいいとは思ったのだが、買っても死蔵するだけで、それでは全く意味がないので、「申し訳ないけど今日は買えません」と言って、別れた。いつか、何かの機会があれば、頼みたいと思う(読まれている方で、ご興味のある方には、店名やURLをお教えします)。30分くらい話していたかも知れない。

その後もぶらぶら見ていたら、2つのブースで留学生から声を掛けられて、話し込んだ。最初の人は通り掛かって目が合っただけで話し掛けて来た。興味はなかったのだが、僕の分野にも少し関係があったので、質問したり話を聞いたりするうちに、段々おもしろく感じてきた。15分くらいは話しただろうか。

2番目は、題がおもしろそうだったので見ていたら、声を掛けられた。実際には、題からの想像とは異なる内容ではあったのだが、話を聞くうちに、おもしろくなって来た。こっちも15分くらいは話した気がする。その方は、京都の社寺が好きだそうで、まだ行ってないから是非行きたいと言っていた。

どちらも中国系の人だったと思う。普通の日本人だったら、ちょっと見ていた程度で話し掛けては来ないだろうし、素人に長々と説明なんてしてくれないだろうから(あ、ボタン屋さんはそうでもなかったか)、熱意とかやる気とか開放的な性格を感じた。もちろん全員ではないだろうが、平均的には高いのではないか。それは欧米にも通じるのではないだろうか。そういうところが、日本が追い抜かれてしまった原因ではないかと感じた。僕は、それらの国は好きじゃないけど、すべての国民(なんて知らないから)が嫌いという訳ではないし、たとえ嫌いだとしても、見習うべき点はあるように思う。少なくとも、目を閉じていまだに「日本はすごい」、「*国はレベルが低い」とか言って自己満足しているだけでは駄目だ。

つつがなく仕事が終わり、宇都宮駅に着いて、いつものように吉野家に行き、黒カレー(大盛り+半熟卵、けんちん汁・サラダセット)を試した。結構香りが良かった。750円。

部屋に戻ったら22時近かった。さっそく、ブロンフマンのラフマニノフ ピアノ協奏曲 2番 (1992)を聴いた。家のオーディオは音質はすごくいいけど、iPhoneだって、音楽(演奏)を楽しむ点では全く問題ないことを再確認した。音楽は音質じゃないんだよね!

 

PS. 今回の演奏選びで消費したデータ量は、約1GBだった。結構多い。1泊1GBとすると、いくら繰り越しがあっても、4泊程度で容量を使い果たしてしまう。僕はそんなに長い出張はしないだろうが、YouTubeの音だけを聴けるアプリを作ってくれると助かるのだが・・・

もしかして、自分のサーバに、YouTubeのビデオから音を抜き出して再送信するプログラムを作ればできるのだろうか? YouTube互換のクライアントを作るのが厄介そうだし、YouTubeも不正利用に目を光らせていそうだから、いろいろ難しいだろうが、そこがクリアできれば何とかなりそうな気がしてきた。そういうサイトは既にありそうな気がするが、訴えられていそうな気もする。(14:24)

PS2. 全くの別件だが、webショップのあるクラシックアルバムの見出しに、「深い内省と慈愛に満ちた」とあったのには笑った。さすがにそれは、オーディオの「演奏者の息遣いが聞こえる」と同じ類の眉唾だろうと思う。演奏者の性格なんて、演奏からは分からないと思う。そして、僕は、そういう個人の背景の類は気にしないことにしている。性格のいい人が、必ずいい演奏をする訳ではない、というか、性格が演奏に現れるとは思っていない。曲にしても同様だと思う。

かなり横道に逸れるが、上の論理を突き詰めると、「音楽(芸術)とは何か」という疑問にぶち当たる気がする。別の言葉で言えば、「AIの演奏(作品)は芸術か」だ。

今まで僕は、芸術は人間がするから芸術であって、機械が作るものは違うと思っていた。でも、近頃は、それは怪しいような気がしている。というのは、バッハやモーツァルトのようにかなり昔に死んでしまった人は、本当に人間だったのか怪しいと言えなくもない(まあ、そんなことはないが)し、上に書いたように、その人の背景や性格を無視したら、すごくいい演奏をする機械と何が違うのかということになる。

人間には機械と違って創造性やオリジナリティがあるとは思うのだが、近頃のAIの発達を見ると、それもずっと人間だけができるものとも思えなくなって来ている。

例えば、演奏技術はもちろん、作品の「理解」に関しても、膨大な情報を駆使できるAIが勝つのではないだろうか?

なんてことは、追伸の追伸に書き切れるものではないのだが、ちょっと前から思っていることなので書きたくなった。

そして、僕は古い人間なので、上のようなことを自分で書いて悲しくなってしまう。仮に機械に負けたとしたって、人間の演奏が聴きたい。(15:21)

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9件のコメント

  1. Haru:

    ボタン屋さんが話された「つ◯ばは雰囲気が嫌い」、茨城県南の方が住みやすいと思った理由が知りたいです!
    れんと様とは音楽の嗜好がかなり違うのですが(笑)、PS2.全く同意します。

    それから、目の不調、何でもないといいのですが。
    私たちの年代になるといろいろ出てきますね〜。

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  2. PiuLento:

    ●お久しぶりです。ボタン屋さんが言っていた例は、以下でした。

    妙に都会ぶっていて、お店などは高級感があって値段は高いけど、人(従業員)はそんなに洗練されていなくて、値段に合わない。

    それで、南部だとそんなことはなくて普通の田舎なので、全然許せる。

    他にも聞きましたが、忘れてしまいました。僕のいた頃にも少しその傾向はありましたが、今は大分都会の悪いところが出て来てしまったようだと思いました。

    ははは、音楽の嗜好は違いますねー。でも、PS2に同意して頂けて、うれしいです^^

    眼ですが、もう少ししたら医者に行きます。結果が分かったら書きますね。ちょっとドキドキです。まったく、歳には勝てないですね。

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  3. Haru:

    従業員は主に地元の方々を採用されるので、洗練されていないのは土地柄仕方がないかも…。
    そう言えば、息子の住んでいるところの最寄の駅ビルの食料品売り場の従業員さん達は、私がいつも利用するところ(複数の市)と違って垢抜けていてびっくりしました。それも制服を着ている社員さんよりもエプロン姿の女性のほうが品が良くて物腰柔らかくてという具合で、それが何人もなのです。

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  4. Haru:

    それから、追伸の追伸について。
    私は人間の演奏が機械に負けるとは思っていません。
    技巧的にミスタッチをしない点では機械が勝つでしょう。
    でも、生演奏に接した時いつも感じるのですが、時には一般的に聴いて超絶技巧の曲より子供の弾く易しい曲の演奏のほうが、また技巧的には拙い演奏でもその他の面でその時の様々な状況が組み合わさって誰もが感動することだってあるのです。そうなると「機械が人間に勝つ演奏」って何でしょうね? 表現(答え)が無数にあるのが芸術の良さだと思っているので、人間と機械で「勝つ」「負ける」を突き詰めないほうが幸せなのではと…。
    当然ながら同じ曲を弾いていても、毎回全く同じ演奏は不可能で、弾く回数だけのヴァリエーションがある人間の演奏って凄いなと思います。
    見当違いだったらごめんなさい。

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  5. PiuLento:

    ●(最初の件について)まさに、ボタン屋さんはそんなことを言ってました。土地柄が都会じゃないので、従業員の格好が洗練されていないと(例: 半分色が落ちたような、いい加減な茶髪)。

    へえ、やはりあちらは違うんですね。社員じゃない方は地元の奥さんとかなんでしょうかね。さすがに、そういうところは、どうしても勝てませんね。というか、勝てるところはあるのかと。。。別に勝たなくてもいいですけどね。

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  6. PiuLento:

    ●(追伸の追伸について) ご意見、ありがとうございます。

    なるほど。Haruさんのおっしゃることはもっともです。

    まず、確かに、勝ち負けは考えない方がいいですね。僕はどちらかと言えば理系だし、機械に負けたくない性格なので、つい、突き詰めたくなってしまいます。

    そして、おっしゃるとおり、演奏は技巧(=機械的な正確さ)だけではないですね。正確さだけでモーツァルトなんかを弾かれても、まったく駄目ですね。

    そこで、「何がいい演奏か」という問題となります。きっと、その答えは各自違うと思うので、解は出ないと思うのですが、例えば、多くの人が「いい」と思う(感動とまでは行かない)のが、「普通にいい演奏」とすると、AIは将来的にはそのレベルに達する気がします。でも、それを芸術というかは別ですね。

    ただ、その先は、AIが人間のいい演奏を解析しつくして、自分で、どうすればいい演奏を生み出せるかを発見してしまうような気がしています。それがつまらないのです。

    まとまりませんが、Haruさんが最後にお書きになった、「弾く回数だけのヴァリエーションがある」というのは、なるほどと思いました。そういうところが、人間ならではのおもしろさ=良さなのかも知れません。

    そして、僕は、やっぱり、人間が散々苦労して演奏する音楽が好きです。

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  7. Haru:

    私は根っからの理系音痴なので、AIの知識は持ち合わせていません。人間のいい演奏を解析してから答えを出して結果を導き出すことは、まるで後出しジャンケンに勝ったみたい(笑)に思えて、その時点で土台となっている人間の勝ちのような気がするのですが(あれっ、勝ち負けはどうでもいいことなのに)…。

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  8. PiuLento:

    ●なるほど! そういう考えもありますね。個人的には同感です。

    ただ、世の中としては、それでも「AIの勝ち」になってしまう(例: チェス、囲碁、将棋)ので、僕としては心苦しいです。

    でも、趣味なので、自分で好きなものを選べばいいですよね。車のMTみたいに^^

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  9. PiuLento:

    ●追伸です。まさに、Haruさんはポイントを突いてらっしゃいます。

    今のAIは、全部人間の作った・残した情報を元に、強力なパワーで何とかしています(教わっているようなものです)。だから、最初から人間が居なければ、何もできず、何にもなっていません。

    まあ、人間が居なければ、AIの物(計算機)自体もないのですが。

    そして、「それなのに人間に勝つなんて許せない!」ってのが、僕の考えなのかも知れません。

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