(最初に書いた時から時間が経って、疲れのせいもあって、まとめる気が起こらなくなったので、ひとまず草稿レベルで公開します。)

何かを「所有」することは不可能だと思う。

「所有」の定義にはよるが、仮に、「自分が死ぬまで何かを管理下に置く」としても、本当に可能だろうか? ほとんどの物は、消耗したり壊れたり飽きたりして、いつかは捨てるだろう。大体、「自分」ですら所有(管理)できないではないか。

壊れない物もあることはある。名誉のような、物でないものもある。

でも、自分が死んだら(自分にとっては)終わりなことは確かだ。

それでも、たかだか100年でも、所有できればいいのかも知れない。が、欲しかったものを所有できたら、ずっと嬉しく思うとか満足し続けるのだろうか? どうせ、数日経ったら、忘れてしまうに違いない。それどころか、更に「上」が欲しくなるだけだ。

諸悪の根源だ。

だから、ほとんどの物はすべて「借り物」だと考える方がいいと思う。お金を払って一時的に手元に置くが、使い終わったら放棄する。何でも流動的なもの、一時的なものと考えてこだわらない。

そういう観点では、少し違うが、断舎離はいい考えだ。

(表現が難しいが、物理的な物にこだわらず、情報や思考や精神を主体にするべきだと思う。すべてを狭義の情報(電子や磁気の1/0で格納するとか)ではなく、何らかの事実や表現を積み重ねるという意味である。そういうものを蓄積するには、最後は記録する「物」が要るのかも知れないが、そうでない可能性もありそうな気はする。でも、これを突き詰めると、最後は、人間という物体はなくなる(なくてもいい)ことになりそうだ。でも、そうなったら記録するものもなくなるのか・・・)

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