入試問題のミスが発覚して、謝罪とか追加合格になっている。受験生にとっては大きな迷惑で、可哀想としか言いようがないが、僕らの時は、「問題にも間違いがあることがあるから、おかしいと思った時は関わり過ぎないで飛ばせ」と教えられた。

もちろん、誤りがないのが当たり前なんだろうけど、人間が作るものだから、それは無理ではないか。そもそも、大学の先生なんて学者も居るのだから、「入試問題を作れ」と言われても、全く筋違いで迷惑な話だと思う。

ここで余談が入ります: 大学の先生に(なったことはないが)入試問題を作らせるのは、F1の人に運転免許の学科を教えさせるようなもので、全く意味がないことで、労力や時間の無駄だと思う。逆説的だが、予備校の先生に作らせた方が、まだマシだ。

(合理的な工数・費用・時間で)「誤りなし」を目指すなら、やっぱり、AIに任せたほうがいいだろう。おそらく、入試問題なんて創造性は不要で、さまざまな条件(例: 高校の学習範囲、高校での教え方)をクリアするように、さまざまな情報から問題を作ればいいのだから、本当にいい仕事をしそうだ。

AIは少し先としても、次のようなやり方もあると思った。あらかじめ、「問題には誤りがあることがある」と宣言しておくのだ。Disclaimerである。受験者は、試験を始める前に、disclaimerを読んで署名する(あるいは、チェックを入れるかマークする)のだ。そして、本当に問題が間違っていると思ったら、解答欄にそう書く(理由も書くといいだろう)。マークシートなら、最後の選択肢の「誤り」にマークする(本当は指摘する必要はないのだが、気分の問題だろう。ただ、指摘が多かった問題は学校が自主的に調査する可能性があるから、意味はあるのかも知れない。あるいは、指摘が正しかったら、倍の点がもらえるなどにすると、いいかも知れない)。誤りは滅多にないから、全部「誤り」にしても得にはならない。

もう一個余談が入ります: 少し次元の違う話になるが、ある学校を受けるのなら、問題の誤りも含めて評価する、例えば、試験が終わった帰り道、「あんないい加減な問題じゃあ、入っても無駄だな」と言えるような、学校と対等に張り合うくらいの意気込みが欲しい。あるいは、そんな誤りも全部呑んで、「それも含めてその学校が気に入っているんだ」とか。

なんてことを書くと、「こっちは真剣なんだ。ふざけたこと言うな!」と言われそうだが、「じゃあ、そもそもお前は間違わないのか?」と言いたいし、「世の中には答えが一つだけのことなんてほとんどないし、答えがないことだって多いのだから、その事実を早く知った方がずっといいし、そういうおかしなことに臨機応変に対処できる知恵とか経験を身につける方が重要だと思う」と言いたい。それに、問題の誤りを指摘できるくらい深く勉強(理解)していれば、それはそれですごいことじゃないか。折角やるんだったら、そこを目指そうよ。

それ以前に、そもそも、入る学校で人生が決まる(入れば何とかなる)とか思って(一種の信仰だろう)、日夜「受験勉強」に精を出している時点で、まあ、先は大したことないと、個人的には思う。ただ、十代の子に自分でそれを理解しろと言っても無理なので、学校や社会の問題・責任なんだろう。

 

(最後に、僕が良く書く言葉: 「何だっていいんだよ」 を書こうかと思ったが、余りにも身も蓋もないので止めておく。でも、まあ、どこでだって、自分がやりたいことをやれば、入る学校自体にそれほど大きな意味はないと思う。)

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