(こういうマニアックな投稿には誰も反応してくれないのは分かっているが、書かないことには始まらないので書く。でもまあ、読まれた方は、騙されたと思って聴いてみて下さい。)

 

飽きずに、「春の祭典」(初出: 1913)を聴いた。今も、先日買ったアムランとアンスネスの(2018)だ。正直言って、曲を理解なんてしていないが、かなり好きだ。でも、ひとつだけ不満がある。

終わり方がそっけなくて、物足りないのだ。笛が「ヒュー」っと鳴って、打楽器で終わりなのだ。なんか余韻がなくて、「はい。もう時間だよ、帰った帰った!」って言われている気がするのだ。

別の言い方をすれば、「ペトルーシュカ」に似ていると思うのだが、取って付けたような、いかにも「もう飽きたから終わりにします」みたいな感じが嫌だ。もちろん、作者の気持ちなど知らないが。でも、もっと別の終わり方にして欲しかった。

(20:33追記) 書いたあとで気付いたのだが、聴いたのは4手ピアノ版なのに、「笛」とか「打楽器」とか原曲(オケ版)のことを書いている。それほど彼らの演奏が自然だったのだろうか。あるいは、僕の頭の中に原曲がしみついていたのか、単に酔っているからだろうか。いずれにしても、彼らの演奏はすごいことが分かった。ただ、ピアノ版の作成意図は分からないのだが、僕としては、純粋なピアノ曲として聴こえるのがいいと思うから、こういうふうにオケ版を連想させてしまうのは失敗なのかも知れない。とはいえ、普通は、ピアノ版は練習などのために作るのだろうから、これでいいのかも知れない。やっぱり本人に聞きたい。

では、どうしたらいいのだろうか? と言っても、作者は生きてないし、存命だって議論することなどできないが(もし彼が今行きていたら、twitterとかで話し掛けられるのだろうか? それはかなり魅力的だが、実際には、今の演奏者にFacebookなどでコメントしてもまず返事がないから無理か・・・)、ちょっと考えてみる。

もちろん、ラフマニノフのような派手でワンパターンなのは論外だ(でも、すごく興奮するから好きだけどw)。ベートーヴェンのオケ曲は余り好きじゃないし、良く知らない。

それでは、モーツァルト?? (といっても、彼の曲の終わり方のパターンをイメージすることはできない。あれは、どう考えても彼の才能がつくり出した終わり方(雰囲気)だ。と書いたが、実際には当時の普通の終わり方なのかも知れない。) やっぱり違う。

やっぱり、ストラビンスキーには彼なりのやり方があるはずだ。でも、悲しいかな、そんな知識はない。知っている範囲でしかないのだが、(作者は違うが)「展覧会の絵」的なのがいいかな。オケ版(ラベル編)だと、くどくてラフマニノフみたいに派手でいかにもだけど、ピアノ版はしっとりしているし、もちろんそっけなくないし、最後にオクターブのトレモロで「ダラララ〜ン」とフェードアウトするところが大好きだから、いいと思う。どなたかやって下さい!w

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