マウントを取りたがる奴はかなり嫌いだ。例えば、林檎信者で「毎年iPhoneを買い換えるのが当たり前」とか言う奴。買い換えるだけなら、そいつのお金が無駄なだけだからまだいいけど、こっちが「そんなの無駄だ」とか言っても聞き耳持たない奴や、こっちの物を「しょぼい」とか言って(言わないまでもそういう風に思って)見下す奴は大嫌いだ。

書いてから思い出した。昔、車の話になって、僕が乗っている車の名前を言ったら、「スズキは軽のイメージしかない」とか言い放ってマウントを取ったつもりの奴が居た(最後に出て来る「長い友達」)。間違ってはいないが、僕の車に乗ったことあるのかな? 十把一絡げとは随分荒っぽい。それに、スズキの「軽」だって何が悪いのだろうか。反論する気にもならなかった。

そういえば、そいつにはまだある。僕が今のPCを買った時はSandy Bridgeが出たばかりだったのだが、それを言ったら、したり顔で「出たばかりの物はトラブルが多いから(待つべきだった)」などと言っていた。確かにマザーボード交換の憂き目には遭ったが、仮にその前のCPUにしていたら、「古い」って言われたに違いない。そして、Sandy Bridgeは今でも充分使えると聞くけど、その前のは全然聞かないから、その時点での判断としては僕が正しかったのだ。そいつには積年のイライラが溜まっているようだ。そいつにこそ言いたい、「うるせーんだよ! クソが!!」。

道具自体に価値はないのに、特定の物に価値があると思っている人が多い。こだわらずにその時に自分にとっていいものを使うのが一番いいのに、それを理解しない。

おもしろいのは、そういう風にこだわりが強い人でも、いつの間にか宗旨替えしていることがあることだ。例えば、林檎信者なんて、iPhoneのホームボタンや指紋認証を褒め称えていて、それらがなくされたら不便なはずなのに「慣れれば便利」とか言ってやっぱり称え、イヤホンジャックがなくなってもなぜか称える。信じられないことに、M字ハゲ(ノッチ)すら気にならないようだ。あれなんて美意識ゼロでAndroidレベルに落ちたとしか思えないのだが・・・ 更に、NFCも防水も要らなかったはずなのに、付いたら褒めて、便利に使っている。「そんなの要らない」と文句を言う人はまず居ない。それから、周辺機器のインタフェースがコロコロ変わって、いろいろな機器が使えなくなっても意に介さないらしい。何でも勝手に変えられてしまう物のどこがいいのか全く理解不能だ。そういうののどこが「美しい」のか。不便な最新技術が最高なのか。相当な意地っ張りか、目や頭が腐っているんだと思う。おもしろい。

僕は、ポリシーなくふらふらするのがいいと思っている訳ではない。自分のポリシーなり要望に合ったものを見つけて使うべきだと思う。それまでいいと思っていても、合わなくなったら止めて乗り換える勇気は要る。「いい物はいい、悪いものは悪い」であって、「林檎だからいい」なんてのは論外だ。

話は本題になるが、そういう人が他人ならいいけど、長い友達だったりすると良くない。そういう相手だとキツくとっちめられないから(議論しても信者は絶対に折れないから、話が長くなるだけでおもしろくない。若い頃はそうやって延々と議論(実際には単なるじゃれ合いだ)するのもおもしろかったが、年取ったら疲れるだけで何も成果がないから面倒なだけだ)、却ってストレスが溜まり、段々会いたくなくなる。そういう風にして、年を取ると友達は減るようだ。まあ、仕方ない。

 

PS. 僕は議論は好きだけど、相手の言い分を聞いて考えを理解しようとせず、単に自分の主張を言い合うばかりの「議論もどき」は時間の無駄だしイライラするだけだから、大嫌いだ。特に、相手が「信者」だと自分に誤りがあっても認めないから全くの無駄だ。逆に、相手が単にこっちの言い分を自分の考えに関係なく、あるいは、分からなくても理解しようとせずに「はい、そうですね」と認めるだけなのも、馬鹿らしいし全くの無駄だから大嫌いだ。 (12/22 7:38)

  •   1
  •   1

コメントを書く

名前    

メール 

URL