昨夜、母と食事をしながら話をしていて驚かされたことがある。実家の辺りは(中途半端な)田舎なのだが、母の友人(2-3人)とその家族の関係が予想以上に希薄、あるいは、異常なのだ。

例えば、母の友人の家の奥さんは、外出する時に姑(母の友人)に何も言わずに出て行くそうだ。本当に何も言わないので、気付くと居らず、どこに行ったのかも分からないそうだ。逆に、その姑は体調が悪くても友人(僕の母など)には相談するが、なぜか家族(息子や奥さん)には余り言わず、なるべく頼ろうとしないようだ。それで、仲間の中で唯一車を運転できる母が病院に乗せて行くとのこと。

車の件は、母は病院以外でもいつもみんなを乗せているので、お人良し過ぎて馬鹿みたいだし、タクシー代わりに使う方もおかしいと思うが、僕がおかしいと言っても母は例によって「そうだね」で終わるので、どうしようもない。そして、昨夜乗せてもらったら結構運転が危なっかしかった(よく煽られないものだと思った。高齢者マークを付けているおかげかも知れない)ので、新たな不安材料だ。

この話を聞いて、僕の実家も似たようなものだったことを思い出した。家では祖父と父が顔を合わせるたびに喧嘩しており、それだから、双方が何かするにしてもまともな相談などすることなどなく(相談どころか、普通の会話なんてなかった)、挨拶だってしていなかったし、食事だって祖父母とこっちは別々にしていた。さすがに、怪我とか病気の時は、母などが病院に連れて行っていたから、そこだけはマシだったようだ。そんなことなら実家に戻って来なければ良かったのにと思うが、昔の慣習にならったのか、戻って来てしまったようだ。

同じ家に住んでいながら、いい歳した大人がごく当たり前の連絡もせず、調子が悪くても言わないというのは信じ難いことだ。それで家族と言えるのか? 一緒に住む意味があるのか? 母の周りの数人(一人ではない)のことだから一般化はできないけれど、田舎の普通の家庭は街より親密な関係なのだろうと思っていたが、必ずしもそうではないのかも知れない。なぜそうなるのだろうか。

今想像したのは、相手(しかも、姑などは親ではない他人だ)との距離が近過ぎるために、お互いに嫌になっているのではないかということだ。田舎なので、外に出ることが少なく、家に居れば、姑と奥さんはいつも顔を合わせざるを得ず、好き勝手なこともできないから、イライラしたり顔を見るのもうんざりだという気分になるのかも知れない。そして、これも想像でしかないが、こういうところは、街の方がまだましな気がする(そもそも、一緒に暮らしている家が少ないという話はあるが、割合では言えそうだ)。

街の人だって、確かにうんざりはしているだろうが、少なくとも、出掛けるとか帰ったとかの当たり前の連絡はするだろうし、調子が悪かったらまずは家族に言うだろう。田舎の人が当たり前のことをしない原因は、田舎にばかり居た・居る人は、街の人より交際の範囲が狭かったり外部と接する機会が少ないから、社会的な常識が不足してしまうのではないかと想像する。

自分のことを思い出すと、確かにそうだ。僕が子どもの頃の交際範囲はすごく狭かったので、大学に行ったり勤めてから、たびたび世の中の常識が違うのに驚き苦しんだのを思い出した。今にして思えば、確かに自分に常識がなかった(要は、田舎者だったってことだ)。恥ずかしいくらいだ。けれど、当時はそれすら分からず、自分が普通だと思い、さまざまな問題がなぜ起こるのか分からなかった。。。

おもしろいのは、当時だってTVやラジオで都会の情報は入って来たけれど、それでは全然足りなかったことだ。なぜそうなのかは分からないが、そういうのは別の世界と思い込んでいたのか、社会常識に繋がる、人対人の関係は、TVなどからは伝わって来ないということなのではないか。だから、現代の田舎の人も、数十年前の僕と同じことなのかも知れない。まあ、聞いてみないと分からないが。もちろん、何のメリットもないから聞く気なんてないがw

(最後はちょっと飛躍するが、)だから、田舎は決して「いい人ばっかり」とか「暖かい」なんてことはなく、住みやすいところでもない(でも、のどかなのは確かだ)。あこがれとか想像で移住すると大変なことになる。これは昨夜のことだけで導いた訳ではなく、僕が実際に(すごく貴重な)小中高の12年前後暮らして実感したことだ。その結果、僕は逃亡した。近年、血迷って戻ったが、やっぱり逃亡して今に至る。

僕の経験から言えば、都会に疲れたなら、真の田舎じゃなくて、地方都市がいいと思う。

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