先日、ジオシティがなくなるのが「貴重な財産の消失だ、何とか残せないか」みたいに嘆く記事を読んだ。いかにもで全然賛成できない。いろいろな反論ができる。

  • 今の人間が書いた電子的情報のすべてが残ったって、将来、処理し切れない。
  • 処理できたとしたって、ほとんどは冗長で、そもそも無意味・無価値だろう。自分たちの情報に未来にも価値があるなんて思うのは、全くの奢りだ。
  • ごくまれに、本当に貴重・重要な情報もあるだろうが、そういうのは、他の場所や媒体で残っているものだ。
  • 今までだって、当時は無意味だから反故にしたもの(例: 油絵の塗り潰した下、襖の下の紙)が情報源になるくらいだから、大きなサービスが終わったって、将来はいくらでも補完可能だ。

今の情報が未来に残らなかったとしたって、それがどんな問題になるのだろうか。今までの学者は、過去の情報で残っていないものが多いからいろいろ苦労している。けれど、過去が完全に分かったところで、一体何になるのだろうか? 今までいろいろ過去のことを調べて分かったって、結局、こんなありさまにしかなってないではないか! 無駄無駄。残す努力なんてする必要はない。未来は全部リセットして0から始めたほうがいい。

 

元ネタ(ツイート):

 

PS. 大体だね、そんなに嘆くくらいなら、自分で何とかすればいいじゃん。ストレージをどうにかすればいいだけでしょ。口ばっかりの情けない奴だ。

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2件のコメント

  1. naoki:

    おおお、ツイートを引用されている!
    ちょっとやってみたくなりました。
    (内容と無関係ですみません)

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  2. れんと:

    ●リンクをペーストすると上のようになるので、手軽ですよ。

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