そして、オジさん連中を相手に、同窓会やカラオケ大会のようなコンサートなどしてはいけなかった! YouTubeだって、やりたいのなら、まずは個人的に少しだけ作って、評判が良ければ増やせば良かったのだ。

森高は、(カッコ悪い)オジさん・オバさんの対極にある、ギラギラした若さとか、バブリーな華々しさに存在意義があったのだ。それなのに、自分がオバサンになったことを認めてほのぼのしてしまったら、土台が崩れて、何もかもがぶち壊しになるのだ。

ああ、「現在の森高」の後に聴く吉川友の歌が、不思議なことに、なんとマトモに聴こえることよ。(全く比較対象にはならないのは、分かっているのだが・・・)

復帰するのなら、昔通りにやって欲しかった。少なくとも、挑戦して欲しかった。上に書いたように、彼女には、それしか存在価値は無いのだから。それが無理ならそれまでのこと。止めるしかなかったのだ。きっと、もう情熱が無いのだろう、「(お金が無くなったのか、時間が出来たのか)どういう訳か出たくなったし、出れば・作ればそこそこ売れるだろう」的は出方は、全くファンに失礼だ。

それにしても、ネット上に彼女への批判が余り出ておらず、逆に「(歳に比べて)可愛い」とかいう評判しか出ていないように思えるのは、なぜだろう? 彼女に真剣に興味のある人は、もはや僅かだということなのかも知れない。

そして、山口百恵や河合奈保子のように、願われても復帰しない人たちの気持ちが、今になって分かったような気がするし、そういう人たちは偉いと思える。一方で、ポール・マッカートニーやクイーン(ブライアン・メイたち)やストーンズのように、老いても休まずにずっと現役を続けるのも、偉いと思う。中途半端は全くダメだ。そういう意味では、宇多田もダメダメってことだ。「人間活動」なんて言わないで、もっと音楽活動をして欲しかった。そもそも、人間活動と音楽活動は不可分ではないだろうか。人間としての基盤がしっかりしていなければ(これは「正しい人間」とか「まともな人間」とかの意味ではない)、いい音楽などできるはずがない。その原則が崩れる程、今の音楽業界は変なのだろう。

最後に一言、「森高、GO HOME!」。

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1件のコメント

  1. piu lentoの日々 (piu lento days) » Blog Archive » 映画「メイン・テーマ」(1984)はお蔵入り。:

    お蔵入りと言えば、私を落胆&激怒させた森高の例のライブアルバムも、さっきお蔵入りにした(いつも聴く自動プレイリストの対象から外した)。たまたまヘッドフォンで聴いている時に掛かったら、歌が聞くに堪えないレベルだったからだ。(21:30)

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