伝統が大好きな日本の人たちは、なぜ、当たり前の顔をして太陽暦(グレゴリオ暦)を使っているのだろうか? 西暦の年号はキリスト教由来のものだ(から、それだけにするのはけしからん)と言うが、グレゴリオ暦だって日本のものではない。時間の基本的な単位だって、秒でいいのかどうか甚だ疑問だ。僕は歴史には詳しくないが、今の暦になったのは明治のようなので、まさかそれが日本古来の伝統だということはあるまい。ダブルスタンダードだ。

伝統を守るのであれば、年号同様、日付や時刻も世界標準と伝統的な暦(何にするかは勝手に決めて欲しい)を併記すればいいし、お役所は伝統的な暦で運用すればいいではないか。明六つ・暮六つとかやればいいのだ。今はデジタルだからいくらでもできる(かも知れない)し、伝統を守るんだから、不便に耐えるのは当たり前だよねw

でもまあ、考えてみると、大量の西洋文明が流入した明治起源のものを「伝統」と称している場合が多いから、彼ら的にはこれで筋が通っているのかも知れない。僕はとても不思議な気がするが。「伝統」と言うなら、やっぱり平安、せめて江戸ではないか?

もちろん、僕は世界標準の体系だけで充分だ。

 

PS. と書きつつ、この文章を日本語で書くのはダブルスタンダードかも知れないねw まあ、今はUnicodeのおかげで日本語の文字は世界標準に取り込まれているから、完全なガラパゴスとも言えないかな。本当にいいのは、全部の投稿を日英併記することだろう。仕事サイトではやっていたが、趣味だとなかなか・・・ 機械翻訳の精度がもっと上がれば楽になるけど、言葉遊びの類は難しいだろうな。

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