Archive for the ‘音楽’ Category

ツイートする程度のネタだけど、ちょっと残したい気がするので まとめて書く。

  • (オーディオなどの)ボリュームはスライド式より回転式がいい。
    • 回転式だと、つまみに目印の凹凸があれば、(見なくても)指の感覚で量の目安が分かるので。
    • (長くなったので、詳細は「ボリュームは回転式がいい。」に移動した。: 8/15 8:09)
  • 庭先にデーモン・コアがある家・・・
    • 暗く鈍い銀色で、上下半分に分かれる球状の物体が置いてある。ただ、上下が合わさっていても爆発しないので、大丈夫なようだ。
      • ていうか、単に、バーベキューなどで燃やした炭などを入れて消すものかと思われw
  • またしても、イオンモバイルにしてやられた・・・
    • 予想どおり、値下げするそうだ。
    • HISモバイル(590円/月(1GB))に追随しないと流出必至だから、どこまで下げるかと期待していたが、803円/月(0.5GB)と何とも腰砕け的、中途半端だ。700円くらいなら喜んだのに・・・
      • ただ、この程度の差なら手間を掛けてまで移転する気も起こらず、まさに「生かさず殺さず」と思われw
      • そういう意味では、この前の値下げの時もそうだったが、商売がうまい。だが、いつか しっぺ返しを食らうと思う。
  • スポーツで最高の競技会がオリンピックなら、音楽版オリンピックは、例えばショパンコンクール(5年ごと)を各国・地域で転々とやるのはどうだろうか?
    • とはいえ、余りおもしろくなさそうだし、混むのは嫌なので、日本でやっても行かないがw
    • それに、ああいうのは大抵は偉大な人を記念して・冠してするので、結局、国や地域に強く結びついたものになってしまうから、転々とはできないのだろう。まあ、何かのフェスティバルとかコンサートは良くありそうだが、競技会相当ではない。
  • 開かなくなったドライブから光メディアを無理に出す時などに細い穴を押すための、「『クリップを伸ばした暫定ツール』は、要る時に いつもなく、そのたびに作る」法則でもあるのか?
    • そもそも、本当の道具があるはずだが、出て来た ためしがないw
    • ただ、どちらも、使わない時には目にする。

 

結局、オーディオの話が長くなったなw まあ、こうやって追加・修正できるのがツイッターより好きなところだ。

  •  0
  •  0

オリンピックとかの競技会で、みんなが突然日本や地元の選手を応援し出す気持ちが分からない。高校野球とかも同様だ。いつもは いがみ合っている、そうでなくとも、他人には無関心な はずなのに、突如一致団結するのが不自然だ。他の国も同様なのだろうか?

それに、それぞれの競技で勝った人のことを あらかじめ知っていたのかも疑問だ。僕なんて、「柔道で金メダルを獲った」とか言われたって、そんな人なんて初耳だし、(もちろん努力は したであろうが、)どこがすごいとも分からない。

もしかして、誰でもいいから、自分に近い(気がする)人が勝てばうれしいのか? 随分能天気だし、対象の人に失礼な気がするが、良く分からない人にでも応援されればうれしいのか(まあ、確かにそれはあるか)・・・ アイドルみたいなものか?

僕には組織、団体、会社などからは裏切られた思い出しかないので、「同じ所属だから応援する」なんて行動は全くする気が起こらない。帰属意識が全くない。せいぜい、すごいことをした人の出身や所属をあとで知って、自分に近かったら「へえ」と思う程度だ。だから、(世間で良くありそうな)あらかじめ、利害関係がありそうな人の出身などを調べて近寄ることなんて全くない。「同郷のよしみ」なんてないし、期待することもない。逆に、詰まらない政治家みたいで大嫌いだ。

だから、(前にも書いたかも知れないけど、)僕は今はたまたま出身県に住んではいるけど、地元だから愛着がある訳ではなく、適度に田舎で暮らすのが楽だからだ。他にいいところがあれば、いつだって移りたい気では居る(ただ、近頃は体力が落ちて来て、なかなかすぐには実行できないことはある)。

(興味がないからまずないけど)スポーツで感心・応援することがあるとすれば、せいぜい、N連勝とかN回連続金メダルとか、初めての技を生み出したとか、初登頂などの絶対的な偉業だ。それはどこの人でも関係ないし、スポーツ以外でも同じで、例えば音楽のコンクールで日本人が優勝したって何も感慨はない。出身にどんな意味があるのか(「毎回、必ず誰かが優勝あるいは最上位になる」と思っている)。たまたま低レベルでも優勝してしまったかも知れないから※、聴かなきゃ分からないではないか。

そんなことをしてたら、日本人は日本の演奏者しか応援できないことになってしまい、まあ、各自の良さはあるだろうが、音楽はそもそもグローバルなものなのに自分から限定するなんて全く馬鹿らしいではないか。

※偉そうに書いたが、僕には演奏の絶対的な良さは判断できない。せいぜい、自分の好みかどうかしか分からない。

 

そして話はかなり飛ぶが、上の考えを発展させると、

国内での順位とか地縁血縁なんて下らない。そうやってフェアかつシビアな競争をなくしてしまった、あるいは、島国をいいことにぬるま湯に浸かってしまったことが、日本をガラパゴス化、中抜き社会化させてしまって、今の衰退の原因になってしまったのだ。

と思った。

 

PS. 前の稿にも書いたように、オリンピックには全然興味ないし、それどころか止めて欲しかったくらいだけど、ちょっと閑話休題だったところにネタができたのはありがたいw

  •  0
  •  0

全く大それた題だが、芸術論も文化論も勉強していない素人が東京2020オリンピックの開会式の報道を見て思ったことを書く。入場行進が印象的だったので(他については、さまざまな情報が細切れで全体像が良く分からないこともある)、特にそれについて書く。

なお、僕はそもそもスポーツ・運動には全く興味がないどころか、昔から嫌な思いばかりして来てストレスを感じるし※、この情勢でオリンピックを開くことにも反対だが、行われて仕舞ったものに対して、せめて自分の興味のある面から感想を書きたいと思った。

※この点については、近頃は「多様性」とか声高に言われているにも関わらず、「スポーツは人に勇気を与える」だのなんだのと分かったようなことを言われると、全く「んな訳ねえだろ!」としか思いようがない。僕に言わせればスポハラだ。

それから、ゲームも同様に好きじゃないのに、(本題に書くように、)さも国民音楽であるかのように使われてしまったのも、やっぱり多様性への配慮がなってなくて納得できないが、スポーツよりは許せる。

あと、頻繁に勃発していた、制作者だのの過去の言動とそれに対する処分については、以前から書いているように作とは無関係だし、そもそも、彼らの作がいいか悪いかの問題が先なので、それ以上は何も言わない。

 

「日本が世界に誇るもの」としてゲーム、アニメ、漫画の作品・素材・手法を用いたのだろうが、それらは文化だとは思うが芸術ではない※と思うので、適切だったとは思わない。かと言って、他のものに比べて劣っているというつもりはない。適材適所・TPOの問題だと思う。それらは確かに現代の日本の文化ではあろうけど世界に通用するかは別で、「ガラパゴス化物」の一種ではないだろうか。だから、軽薄なものになったように思う。

観てないから分からないが、開会式全体を通すと、某「押し売り放送協会」の多くのTV番組、あるいは一日をとおした編成と似たような印象だったのではないかと想像する。であれば、多くの日本人が喜んだ(らしい)のも理解できる。

※ゲーム音楽は確かに広義の芸術と言え、その証拠にコンサートも行われているようだが、元々は特定の用途向けに作られたもので通常の音楽より普遍性が小さいので、やはり、正統的な芸術というのには無理があると思う。

一方、「オリンピックの開会式は単なるお祭り・馬鹿騒ぎだから おもしろければ・(誰かに・内輪で?)受ければ良く、芸術的な素晴らしさや感動は不要だ」という考えで作ったのなら、全く何も問題ない。客観的な評価に従うだけだ。

でも、特に音楽が好きな者にとっては、イギリス(ロンドン2012)・ロシア(ソチ2014, 冬季)には随分負けた気がする(どちらも報道を見ただけの推測で、閉会式も含む)。

 

PS. 細かい話だけど、ソチの閉会式でラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番が演奏された(それだけでなく、開閉会式では他にも有名な曲が多かったようだ)というのは、今でも うらやましいし、まあ あと千年経っても勝てないだろうと思う。

PS2. 以前書いたが、市松模様の目がチカチカする ひどいデザインのマスコット2体は なぜか出て来ないようだ(商品などにだけ使われるのだろうか?)。目がチカチカしないのは いいけど、余りにも整合性がないというか無駄だし、だったら最初から出さなければ こっちもイライラしなくて済んだのにと思う。

PS3. その後、ゲーム好きの人でも必ずしもあの行進でのゲーム音楽の使用を気に入って居る訳ではないことが分かった。(→ 参照) ゲームの文脈から切り離されてしまった・都合良く使われたという主張だ。この記事には反論が多いから、そういう考えは少数派なのだろうが、結局、「安易に使った感」は拭い切れないというところか。 (21:22)

  •  1
  •  0

数か月前にHMVで宣伝を見て発売・公開を待っていた、アンスネスのモーツァルトのピアノ協奏曲のアルバム("Mozart Momentum - 1785" (2021))がSpotifyでも公開されたので、先日早速聴いてみたのだが、(プレビュー的に公開された第20, 21番の各第2楽章での悪い予感のとおり、)残念ながら気に入らなかった。

一番嫌だったのは、彼の癖が出ているのか、あるいは、余計なことをしている(ように感じる)ことだ。一番嫌なのは、装飾の付け方が普通でなくて、まどろこっしいとか煩雑なのだ。他に聴きながら感じたことは、同音連続や3連符が単調とか、引っ掛かるような弾き方とか、切れるように弾くとか、素っ気ないとか、イントロから ちょっと大げさとか、カデンツァが気に入らないとか、彼ならもっと「普通に」かつ良く(つまらなくなく・平凡でなく)弾けるはずなのに、

なんでそうするかなあ・・・

って感じである。

ただ、いいところもあって、基本的にはなかなかシンプルで素直な感じだった(それが貫かれているなら、すごく気に入ったと思う)。それなのに、上のように変さもあって、どうにも不思議だ。ただ、気に入らないながらも乗れるので、やっぱり、彼はいい演奏をしているのだろう。実は彼なりの斬新な解釈なのかも知れない。

そして、オケは綺麗だし(イントロで期待が盛り上がる楽章がある)、ピアノの音も綺麗だから、決して悪いアルバムではない。僕が気に入らない演奏なだけである。

結局、彼は好きだけどこのアルバムは"like"にはできない。そして、メインの上記の2曲だけで聴くのを止めた。

とはいえ、買った当初(2014年)は気に入らなかったラフマニノフのピアノ協奏曲 第2, 3番(2005)※のように、数年後に気に入るかも知れない。だから、まあしばらく温めておこう^^

※今では当時ほど悪く感じないけど、やっぱり速過ぎるとか気に入らないことがあり、ルガンスキー(2005, 2003)のが最高ではある。

  •  0
  •  1

ニュースを見ていたら、見出しに題のようなのがあって、いつもは「そんな訳ないよ(眉唾だ)」と思ってパスするのだが、今日は何度か迷って読んでみた。

記事には感心した。それで、そこまですごいなら聴いてみたくなってSpotifyで探したら、記事に書かれていた曲が一つだけあったので、聴いてみたら・・・

余りにも重くて、聴くのが苦痛だった。最初から最後まで、全く救われない感じだった。

まあ、作風はあるのだろうし、たった一曲だから、その人が分かるとは言えないが、僕としては、モーツァルトを超えているとは到底思えない。というのは、

モーツァルトは こんなつまんねえ曲は作らない。

からだ。

その少年を評価した人には それなりの価値観や考えがあるのだろうが、そういう人が全部日本人てところが僕には「やっぱり・・・」と思わざるを得ない。例えば、記事に、「モーツァルトが幼少の頃の曲と、その少年の同じ頃のを比べたら、モーツァルトのはシンプルだから、少年のほうがすごい」のようにあって、苦笑+嘆息した。「何も分かってねえな・・・」と。

モーツァルトの曲はシンプルにも関わらずすごいからすごいのに、そこが分からんのか? まあ、これは素人の感想だけど。

だけど、ひとつ言えるのは、もしその少年が本物だったら、世界で評価されてもいいはずだ。

が、これは実は正しくなくて、世界で売れるためには、単に作品がいいだけじゃなくて、「いろいろなこと」が必要だとは思う。

 

とは言え、「あの曲はないな」というのが、正直な感想だ。僕に言わせれば、少し前に大変叩かれた、ゴーストライターが代作し(て、なぜか、ライターが名乗り出)た作曲家みたいな曲だった(そこまでひどくはないが)。というか、典型的な日本の有名な作曲家の曲の印象みたいで、「なんか(とにかく)嫌」なのだ。

まあ、そうやって、大人に持ち上げられて ひどいことになる子どもってのは結構多いから、結果的にそうならなかったのは良かったと思う。

 

もう一つ書きたいのは、「モーツァルトを超えた」と書いているのにモーツァルトの幼少期の作品としか比較していないのは、全然話が違うと思う。そういうことなら、「モーツァルトの幼少期を超えた」と書くべきだ。もう一度書く。全然違う。それなら越えてない。

 

PS. その少年は病気のために、今は居ない。だから、「モーツァルトを越えた」と言われたなら、モーツァルトと同レベルで批評してもいいのだが、いかんせん、たった一曲だけでは正当に評価できないので、名前は出さない。

ただ、いつも書くように、僕は作者の属性と作品は別と考えるので、彼の病気がいくら大変なものだったとしても、彼が若くして亡くなったとしても、そういうことは曲の良し悪しとは関係ないと思っていることは明記する。

PS2. 聴いた演奏のピアノは、少年を評価した人の演奏なのだろうが、僕には「うーむ」だった(これも作品の良し悪しとは関係ないので、はっきり書くのは遠慮しておくが、まあ、(略))。

PS3. Spotify以外に、YouTubeに他の曲があるかも知れないことに気付いたが、最初に聴いた曲で嫌になった(トラウマ的)ので探さない。 (5/22 7:49)

  •  1
  •  0

テイラーちゃんの歌は なんか合わないけど、その「人」はなんか好きだ(いかにも、「若い元気なアメリカ人女性」でいいのだ)。 でも、近頃はがっかりだ。昔の作品の再録なんて無意味なことなんてしなくていいから、新作に力を入れればいいのに。まあ、それも本人の芸術活動だから 仕方ない。でも、がっかりしているのは確かだ。

と、ちゃんと聴いたこともないオッサンが申しておりますwww

 

(以下は、結構前に書いたが長くなって完結させるのが面倒になった草稿。残った「※」は、確か、森高のセルフカバーも無意味だったという話だったか。)

先日、テイラー・スウィフトが過去作を再録しているという記事を読んで、がっかりした。版権を失って、自分の作品を奪われたように感じているのだろうし、悔しい気持ちも分かるが、再録したら なにになって、なにがうれしいのかなと思う。

結局、金ではないのかと想像してしまう。

というのは、著作権は譲渡していないだろうし、再録できるくらいだから、当然コンサートでも歌えるだろうから、実害は、過去のアルバムの収益や、それらを自分の意志で再発できないことや、過去のヒット曲をベスト盤に入れられないこと程度だろう。それは単に「お金」の話ではないか。

どういう方針でやっているのか分からないが、過去作を再録するなんて無意味だから止めたほうがいいと思う。※ 過去作はリリースした時点で固まったもので、再録するのはそれを蒸し返すことだ。毎年掘り返す道路工事みたいなものだ。

そんなことをするよりも、新作を出すほうがずっと生産的じゃないか。そうして更にお金を得て、版権を取り返せばいいのに。

まったく つまんないことするな・・・

  •  2
  •  0

(第1番を聴いているが、)やっぱり「残念そのもの」(あるいは、少し和らげて「ふがいない」)だ。曲としてはまあ悪くないが、ピアノマニアの観点からは「ただピアノを弾いている」印象しか受けない。(無理だけど、)ショパンにはもう少し頑張って欲しい・・・

ピアノの音の良さが全然出ていないのだ。単に、「オケと一緒にピアノを弾いてます」だ。もったいない。

 

まあ、このあとに、数々の素晴らしいソロ作品を出したからいいけど、それなら協奏曲はちょっと引っ込めて欲しい・・・ (無理だけど)

引っ込めるのは無理だが、未だに決勝は金科玉条として これらの協奏曲で審査するコンクールって、全くどうよだよ! それは果たしてショパンの気持ちに沿っているのだろうか。参加者だって、最後がそれで楽しいのだろうか? 大きな疑問だ。

  •  0
  •  0

映画「ストリート・オブ・ファイヤー」 (1984)の歌。(この長い題を どういうふうに訳せばいいのか、まったく思いつけないw)

別に書きたいけどなかなか書き出せないことがあるのだが、それに挙げようと思って居たことだ。この映画に出て来るダイアン・レインが すごくかっこいい(ただ、大昔に観たきりで、どういう映画だったかは全く思い出せず※、ただただ「彼女がかっこいい」ことしか出て来ない。そして、Spotifyで掛かるたびにサントラのジャケット画像を見て、彼女が歌っているシーンを思い浮かべるだけだ)。

※「ブレードランナー」(1982)や「ターミネーター」(1984)や"Holding out for a hero"(映画は「フットルース」(1984)で、確か観たことはないw)などと区別が付かない。

もちろんこの歌は好きなのだが、(例によって細かいことを書くと)惜しい。もう少し落ち着いて、かっこ良く歌って欲しいのだが、なんか歌うのに精一杯な感じ、急がされているような感じが出てしまっている。。。

今思ったのだが、この長い題名を歌っているとしたら、(たとえ英語は日本語より多くの文字数が入るにしたって)早口になってしまうのも仕方ないような気がする。そして、他の歌詞も実際に歌うことを考慮していないのかも知れない・・・

→ 歌と一緒に歌詞を表示している動画があったので観たら、僕にはちょっと歌詞を詰め込み過ぎているようにに思えた。例えば、ここなんて画面一杯の文字だ。冒頭のスローなペースなら問題ないが、そのあとの速いペースでは結構無理がありそうだ。そして、長い題はやっぱり何度も繰り返されていた。歌うのは大変そうだ。

歌詞の他には、微妙にキーが高過ぎるのか声が出来れていない感じがあるのも残念だ。

でも、ダイアン・レインが歌っているシーン(実際には歌は吹き替えだったそうだ)を思い浮かべられるから いい。

今は便利で、歌のシーンがYouTubeで観られる。やっぱりかっこいい^^ (映像を観ながら聴くと、なぜか、精一杯な感じが薄れる。もしかしたら、少し違うテイクなのかも知れない。)

  •  0
  •  0

どういう訳か、僕はこの曲は誰がオリジナルか知らなかった(調べたら、ルベッツというグループだった)が、初めて聴いた時(Spotifyだったのだろうか、あるいはもっと昔のラジオだろうか。誰だったかは分からない)から好きな感じがした。冒頭の独特なコーラス(高い声が突き抜ける感じ)がいいし、全体的に乗れるからだろうか。

で、かのWinkも歌っていて (1988)、やっぱり好きだ(それがSpotifyで掛かって、別のネタの代わりにこれを書く気になった)。

いつものように余談を: 本当はYouTubeは(僕のポリシーで)レコードの版を参照しようと思って居たが、テレビのやつ(↑)のサムネイルにひかれてちょっと観たら、思わず応援したくなってそっちにした(「高評価」にもしてしまったw)。妙に素人っぽい外見や歌い方が、なかなか来る^^

でも、素人っぽいかどうかは別として、こういう感じは当時は流行っていたのかも知れない。残念ながら当時は観ていなかったが、森高も似たような感じだったのではないか。

良く見たら、これは彼女たちのデビュー作だったのか。だから素人っぽいのか。もしかしたら、僕が最初にこの曲を聴いたのは、当時の彼女たちのだったのかも知れないな。うーむ。

 

しかし、それを観たあとでルベッツのオリジナルを観たら、余りにも良過ぎて(あの高音がグッと来る!!)複雑な心境になった・・・

でも、彼らのもちょっと笑える気分になる(同じ頃に流行っていた、ヴィレッジピープルに通じるものがある。クイーンも同様)。それは時代の違いによるものだろう。

 

と言っても、素人臭い初々しいWinkもなかなか捨てたものではなかったyo!^^ (今、2回目を観ている)

 

(1/14 9:15) その後、思わぬことに気づいた。別の似た曲を思い出した(脳内ではなかなか区別できなかった)。それは、The Diamondsの"Little Darlin'" (1957)だ。イントロや曲の構成が良く似ている。僕はこれは"American Graffiti" (1973, サントラ)で聴いて(リアルタイムでなく あとで聴いた)好きだった。

これもレコード版を載せようと思って居たが、上のTVのショー("Saturday Night Beech-Nut Show" または "Dick Clark's top 10"?, 1959?)の司会(Dick Clark?)がなかなか秀逸だったので、それにした。初めて観たが有名な人のようだ。長々と引っ張って期待させながら、ランクに入っていない全然別の曲を紹介する辺りは なかなか芸がすごい。

なお、上のショーは口パクなので、レコード版の演奏が聴けるのは一石二鳥だw (ただ、最後にメインボーカルが叫んでいるのはライブだろうから、結構手が込んでいる感じだ)

だから、僕は無意識のうちに(理由も分からず)こういう雰囲気の曲(ドゥーワップ?)が好きで、"Sugar baby love"も好きなのだが、最初は"American-"で聴いた"Little Darlin'"と混同していたフシが なきにしもあらずという結論になりそうだ。

余計なことだが、こういう歌の最初かは分からないが、先に出ただけあって"Little-"の方が本物感とか元祖感がある。

「本物感」と書いたものの、実は、この曲はThe Gladiolasがオリジナル(1957)とのことだ。聴くとなかなか素朴で、これはこれで真の元祖感があっていいが、よりポップなThe Diamonds版がヒットしたのは頷ける。オリジナルが出た年にカバーを出してヒットさせるとは、なかなか抜け目ない人たちだ。

 

"Little Darlin'"の動画の検索結果に、映画"American Graffiti" (1973)のシーンと思われるものがあり、観たら、"Back to the future" (1985)でマーティーと(後の)お母さんが車の中でいい感じになるけど惜しいシーン(大好きだ)にそっくり(状況も、当然ながら服装、車、セットなどの雰囲気も)なことに今初めて気づいたが、なかなかいいオマージュだと思う。

更に思い出した。"American-"の眼鏡の青年(BTTFでのマーティー)はBTTFの(後の)マーティーのお父さんに似ているし、ビフ的な男も来るから、BTTFの「やり直し」が成功したシーンも掛かっているのだろう。そうだったか!

それにしても、BTTFで、お母さん(当時は高校生)が煙草ふかしたりウイスキー飲み出したりしてマーティーを驚かせるところが、妙に好きだなぁ^^

生まれる十年くらい前なのに、なぜか、1950年代のUSは懐かしく感じて好きだ。

 

(1/15 10:06 題を変更)

  •  0
  •  0

松田聖子の歌。特にいい曲ではないけど、なんか、妙に悪くない(結構乗れる)。※ が、言いたいことがある。

※寝ながら気付いた。イントロのあとでテンポが速くなる本編が、昔のシュープリームス(The Supremes)の"You Can't Hurry Love"(1966)に似ている。あと、フィル・コリンズにも似たような歌があったと思ったらカバー(1983)だった。それほど好きではないが、乗りはいい。だからこの歌も乗れるのだろう。 (1/3 4:27)

クラシックだってロック(僕の言い方)な曲はあるから、必ずしも眠くはならない(選んだ彼が悪いのだ)。でも、確かに(普通の演奏の)バッハを2時間(?)は辛いw

二時間も着られないドレスでデートは、さぞかし大変だろうな・・・ (服以外に靴も痛いだろうと心中察するが、こっちはそういう綺麗な女性はやっぱりいい。ただ、クラシックのコンサートだからといって、そういうのを着る必要はないと思う。本場のしきたりは知らないが、僕はそう思う。と言うのは、演奏している人たちは全くそういう気分ではないと*想像*するからだ。と言うのは、彼らは演奏したい・楽しい・収入になるからしているのであって、特にその場を厳粛にしたいと思って演奏している訳ではないと想像するのだ。)

それにしても、後半は「踊りましょ」や「月夜のステップ」と飛躍するのはどうしてだ? 題の"rock"から? 僕が酔っているせい?? というところで、この曲は妙にとりとめがない感じがした。けど、それも含めて、妙に悪くない。

 

PS. YouTubeには この歌のオリジナルはなく、今ひとつなライブか とんでもなくひどいカバーしかなかったのだが、"Rock'n'rouge"はオリジナルのひどいのがあったw イントロのギターは特にひどい。歌も。

  •  0
  •  0