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以前書いたように、昨日、ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019で3つの演奏(公演)を聴いた。演奏は一部を除いて良かったのだが、施設(東京国際フォーラム)や運営がひど過ぎて(「[悲報] ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019の運営がひどすぎた件」という題にしようと思ったくらいだ)、演奏は別にして、あそこにはもう二度と行きたくない(無料でも断る!)。それについては別途書くことにして(→ 書いた)、まずは聴いた演奏の感想を中心に書く。以下の"No."はラ・フォル・ジュルネの公演番号である。

No. 113: アンヌ・ケフェレック: モーツァルト ピアノ協奏曲 第25番

指揮: ミハイル・ゲイツ、オケ: シンフォニア・ヴァルソヴィア

この演奏については、席の問題が大きくて、純粋な演奏の感想を書くのが難しい(「評価対象外」とした方が適切なくらいだ)。席が最後列(後ろは壁)だったため、音が最悪だった。

このホール(ホールA, 次の2公演も同じホールだった)は5千人くらい入るようで、かなり大きいせいか、最後列は完全に「アウェー」な感じで、音も見た目も一体感が全くなかった(観たことはないが、野球の外野席のような感じだろうか)。「なんか遠くでやってるな」、「向こうで拍手の音が聞こえるね」って感じだ。だから、音に包まれるなんてことが全くなくて、コンサートの意味が感じられなかった。音量も小さく、例えば、全奏で大音量のはずの箇所でも自分の動きで出る音(例: ハンカチが擦れる音)が聞こえるくらいだった。

音量以上にひどかったのは、ステージからの距離が長いための遅延のせいで音が混ざってしまい(いろいろな遅延時間の音が混ざったのだろう)、短い音符、特に連打がぐちゃぐちゃになってしまった。更に、音質もひどいものだった。生演奏の良さは全くなく、質の悪いスピーカーで出してるのかと思った。はっきり言って、あの音をずっと聞かせられるんだったら、家で僕のステレオで聴いた方が100倍マシだと思った。あのホールは音楽用ではないのではないだろうか? それは、ステージの外見でも分かると思う。少なくとも、クラシック音楽のプロは居ないようだ。それでも使いたいなら、せめて後ろ半分の席を使わないようにするとかしないと、かなり無理がある。

別の投稿で書いたが、既に演奏の前に完全に嫌な気分になっていたので、第1楽章が始まって、とんでもない音なのが分かったらすぐに帰りたくなったのだが、通路から遠くて途中で出るのが難しかったし、連休なので新幹線の自由席には座れなさそうなことに気付いたので、我慢した(結果的には、それで以降の演奏を聴けたので、良かった)。

前にも予想したが、ケフェレックのこの曲は僕にはイマイチだった。僕は、この曲は、フレイのような豪快とかパワフルな演奏が(曲の性格にも合っているように思えて)好きなのだが、その正反対であったせいは大きい。まず、音が弱い。弱くて良く聞こえない。これは席の問題だけでない気がする。仮に近くても物足りないと思っただろう(多分、古楽器の好きな人は問題ない)。あと、何となく神経質そうな音に聞こえたのも、気に入らなかった。

モーツァルトの時代は(今のピアノはなく、)フォルテピアノだったから、大音量はあり得なくて、小さい音で弾くのが歴史的には正しいという考えなのかも知れないが、それなら小さいホールでやって欲しかった。ただ、弾く動作が大ぶりなところ(例: 少し長い休符の前の音を切る時に腕をバッと引く)があって、実は本人は大きく弾いているつもりなのかも知れない。それなら弱過ぎる。実際、同じオケでショパンを弾いたベレゾフスキーの音量は充分だった(ただし、席はずっといいところだったから、単純な比較はできない)。おもしろいことに、彼の振りは全く大人しいものだった。

いずれにしても、僕の好みではなかった。何となく、中学時代の、すぐに小言を言ううるさいオバさん先生を思い出してしまった。

※2曲目にバルディルーによるモーツァルトのクラリネット協奏曲も演奏されたが、知らない曲だし、そもそも早く出たかったから良く聴いていなかったので、感想は省略する。曲としては好きではない。

No. 114: ネルソン・ゲルナー: ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番

指揮: スラドコフスキー、オケ: タタルスタン国立交響楽団

最高だった! 終始乗れて、完全燃焼して真っ白な灰になったw ケフェレックで帰らなくて良かったと思った。

ゲルナーは想像と違って小柄で(上述のフレイの指揮者ズヴェーデンと混同していたようだ)、人の良さそうな、ちょっと頼りなさそうなおじさんだった。だから、始まる前は、「(パワーなどの点で)大丈夫かな?」と心配したのだが、最初のフレーズを聴いた時点で全く問題ないことを確信した。実際、彼はこの曲を完璧に弾き切った。見事だったとしか言いようがない。下のベレゾフスキーを評したようなことを書くとすれば、「恐ろしい子!」だw

彼は頻繁に指揮者を見ていたのだが、難曲なので、致命傷になりかねない音ズレなどを減らそうという気持ちだったのではないか(そういう動作で、「いいおじさん」の印象を受けた)。音ズレの点では、結果としては、下に書くベレゾフスキーとは逆で、ほとんど感じられなかった。

席については、2階席だったのでステージが遠く(ステージ脇にディスプレイがあったので、遠くてもちゃんと見ることはできたが、後の稿で書くが、それもいいことばかりではなかった)、上から見下ろす感じで今ひとつだったものの、音は問題なかった。S席(この演奏)とA席(ケフェレック)の違いは大きいようだ。ただ、ケフェレックのAはCとかDのほうが妥当な気がする・・・

席が良かったので、普段、家では聞こえない低音が聞こえて、「なるほど、こういう作りだったのか」と思った(腑に落ちた気がした)。そういう音が聞こえることで、更にいい感じに・気持ち良くなったので、こういう音が家でも出せるといいのだが、そこから無間地獄が始まるので止めておくw

あと、別投稿の雑記の項に書く方がいいかも知れないが、途中で赤ちゃんが泣き出してしまって、母親に抱かれて退出したが、なぜか全然気にならず、微笑ましく思えるくらいだった(「そりゃあ泣くよね」、「どっちも可哀想に・・・」くらい)。(曲の)場所にもよるだろうが、この曲は僕の中では格闘技なので、細かいことはいいようだw でも、モーツァルトやショパンでは全くありえない。それにしても、この曲に赤ちゃんを連れて行くのはどういう考えなのか、聞いてみたい。けしからん以上に(それは今回は許せた)、どういう効果や価値があると思ったのだろうか。下手するとトラウマになる気がするw 単に、何も考えてないのか。まあ、誰も預かってくれないとかいう事情はあるだろうから、仕方ないが・・・

No. 115: ボリス・ベレゾフスキー: ショパン ピアノ協奏曲 第2番

指揮: なし (コンマス: ハウファ)、オケ: シンフォニア・ヴァルソヴィア

大変僭越ながら、「君はもっと良く弾ける子でしょ?」と言いたい。いや、実際のところ、彼の音は、溜息が出たほど・「死ぬほど」美しかった。オケもピアノに負けず綺麗だった。後で気付いたが、このオケは最初のケフェレックのと同じだったようだ。それにしては、音の聞こえ方が全然違っていた。編成や席の違いが大きいのだろうか。

協奏曲の前に、彼だけで練習曲を数曲演奏したのだが、最初の「エオリアン・ハープ」には本当に参った。あんなに綺麗な音が出るものかと思った。これだけで満足だったし、他にも練習曲を多く演奏したので、それだけでも充分な気がしてしまった。

一方、メインの協奏曲では(練習曲でもそういうフシがあったのだが)、どうも、本気を出してないような気がした(そんなことは全然ないとは思うのだが)。損しているのは、彼は、フルコンが小さく見えるくらい身体が大きくて、小さく見える鍵盤を大きな手で軽々と、いかにも赤子の手をひねるように弾いているように見えてしまうことだろう。その他に、ごくわずかに音が軽く感じたせいもある。ただ、前に書いたように、彼はサラッと弾く人のようなので、それが彼の表現なのかも知れない。そういうところが、以前買ったラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番のCDを気に入らなかった原因かも知れない。

他に気になったのは、何度も、オケとピアノやオケの中での音ずれがあったように聞こえたことだ。指揮者が居ないせいなのだろうか。最初は、ピアノが中央に配置されているところから見て、ベレゾフスキーが弾き振りしているように思ったのだが(実際には、弾き振りだったらピアノの前後が逆で、ピアニストが奥を向くように配置する)、パンフにはそうは書いてなかった(コンマスがリードするような雰囲気だった)。ただ、ステージ脇の画面には、時折彼が他の楽器に目配せして(睨んで?)いるのが写っていた。だから、主導権が誰にあるか不明な状態で演奏されているために音ずれが出たのではないかと思う。そういうところも、本気を出してないように感じた一因かも知れない。

今回の席は、1階の中央の少し後ろと、この日の中で一番いいところ(一般的には普通の席)だった。そのため、音質は全く問題なかった。ゲルナーの時と同様に、家では聞こえない低音が聞けて良かったし、音の作りが分かった。

まとめ

全体的には良かった。一番は、やっぱり、ラフマニノフのおじさんだったw ただ、さすがに一日で3つの演奏を聴くのは疲れた。例えば、最後の演奏が終わった時、左脚のふくらはぎがつりそうになった。でも、疲れは演奏以外の問題によるもののほうが大きかったと思う。それでも行って良かった(しかし、再度書くが、あそこはもう真っ平御免だ)。

 

(14:35, 17:21 加筆・修正)

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コンビニで金曜のコンサートの券3枚を受け取った帰りに、電気店に寄った。もちろん買いたいものなんてなくて、休憩と情報収集と人間観察wのためである。連休のせいなのかいつもなのか、閑散とした店内で、ふと電子ピアノが数台並んでいるのを見たら、

英雄ポロネーズ」を盛大に弾きたくなった!

完璧に弾き切って、何事もなかったように立ち去った

ら、きっと、カ・イ・カ・ンなんだろうなと思ったが、残念ながら、弾く腕も何も全くないことに気付いてしまったので通り過ぎたw

 

PS. 例として1番目にリンクを載せた浅野真弓という人の演奏(2016)が、僕の好きなルービンシュタインの演奏に通じるものがあって、かなり気に入った。スケルツォ(2016)は、力強い部分(ポロネーズもそうだが、力の入れ方と抜き方)がすごく気持ちいい。僕は、ここら辺の曲にはそれほど興味がないのだが、この演奏はいいと思った(強いて言えば、途中の「シュワーッ」となる箇所の発泡感が少し物足りない気はした: って、分かるかなぁ、分かんないだろうなぁ)。いい人を見付けた。僕にしては珍しく、どちら3回くらい聴いた。(繰り返し聴いたら多少のあらが見えたものの、)それほど良かった。まさに棚ボタだ。

PS2. 本来の収穫もあったw ホイールの回転にノッチがあるというのか、一定の角度で停まるマウスが増えて来たのだ。逆に、無段階のものが少なくなった気もする。これなら、今度マウスが壊れても、(直さなくても)買い換えれば良さそうだ。あと、メカニカルなのか、それなりに打鍵感のいいキーボードもあった。マウス同様、「ゲーミング」と書いてあったが、コンパクトなので、いざというときはいいかも知れない。ただ、どちらも安くはなかった(キーボードは1万円くらい)ので、買うなら通販かな。

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暇なのと珍しく気が向いたので、ちょっと音楽之友社のページでコンサート情報を調べたら、なんと、ブロンフマンが11月に来日するのを知ってしまった。曲は、ずっと前から生で聴きたかったラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番だし、更に「春の祭典」まで(コンサートとしてはこれがメイン)演奏されるのは、何ともたまらない。オケはウイーンフィルだ(指揮はアンドレス・オロスコ=エストラーダという、知らない人)。これは行くしかない! だがしかし、料金がA席でも3.2万円とすごく高く、気軽には行けない。幸い一般受付は少し先なので、ちょっと考える余裕がある。(→ その後、自分では忘れていたがホールに会員登録していたので、すぐにでも先行購入できることが分かった。悩ましい・・・)

(5/4 10:24追記) ブロンフマンの公演(サントリーホール)は、音が良さそうな席はS席のみで37000円ととても高額なので諦めた。ただ、ミューザ川崎での公演の発売が来週なので、ちょっと考えたい。とはいえ、去年行ったルガンスキーは13000円だったので、余りにも高い。今はブロンフマンよりルガンスキーの方が好きなので、ルガンスキーを待ちたいのが正直なところだ。

他も探すと、Spotifyで聴いて良かった、ゲルナー(Nelson Goerner)が5/3(今週!)に同じ曲を弾くのが見付かった。この曲だけ演奏するせいか、S席でも3千円と安く、とりあえず行こうと思った。

それから調べてみたら、これは「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019」という音楽祭の演目の一つで、他にもいろいろあるようなので、ラフマニノフと同じ日を調べたら、モーツァルトのピアノ協奏曲 第25番が見付かった。この曲は嫌いではないが大好きな訳ではないし、ピアノはケフェレック(Anne Queffélec)という人で、YouTubeで別の曲を試したらそれほど好みではなかった(なんとなく、この曲は苦手とか向いてなさそうな気がした)が、モーツァルトのピアノ協奏曲を生で聴くのは久し振りなので、とりあえず試そうと思った(席が取れる新幹線が着く時間とラフマニノフとの間に丁度良かったせいもある)。

更にショパンのピアノ協奏曲 第2番まで見付かった。この曲を生で聴くのは初めての気がする。こちらはベレゾフスキーだ。大好きという訳ではないので詳しくはないが(昔、ピアノの先生からこの曲のCDを貸して頂いた気がしたのだが、実際には、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番のCDを持っていた)、有名な人なので期待できる。

今、Spotifyで聴いているが、都会的(あるいはスマートとかクール)なサラッとした感じだ。この曲は、情感を込めて濃くし過ぎて失敗するとダサくなってしまうので、このくらいがいいのかも知れない。

結局、3つ全部を聴くことにした。サイトで券を申し込み、新幹線も手配した。間近なだけあって、コンサートはいい席がなく、新幹線も割引きで指定席が取れる便は少なかった。どちらのサイトも今ひとつ使い勝手が良くなく、手間が掛かって疲れた(あと、バス会社が統合した路線情報を反映してなくて、いつも乗る路線が書いてなくて、廃止になったかと慌てたw)。費用は、コンサートはどれも3千円くらいなので、合わせて9千円、新幹線を合わせると合計2万円近くになった。

最初は「3千円は安い!」と思って気軽に行く気になったのだが、いつの間にか6倍くらいに膨れ上がってしまった。上記の紹介ページには「驚きの低価格」と書いてあって、僕もそう思ったが、実際には、普通のクラシックコンサートであれば1万円クラスで演奏される3曲を切り売りしたのと同等で、激安ではなく至って普通の価格であることに気付いた(細かいことを書けば、通常は最初の曲は小曲なので除外して2分割とすれば、6千〜7千円クラスのコンサートに相当するだろうか。出演者はブロンフマンやウイーンフィルほど有名でないから、おそらく妥当な価格だ)。カフェテリアと同様で、一個ずつだと安いので あれもこれもと取って行くと、最後はあっと驚く料金になる仕組みだ。まったく商売がうまいw

でも、一日でモーツァルト、ショパン、ラフマニノフと僕の好きな作曲家ばかりの、しかも、同じく好きな「ピアノ協奏曲」(無駄な良く知らない小曲も交響曲もなし!)を聴ける機会なんてなかなかないから、すごく楽しみだ。先日書いた、誰得の三大協奏曲とは全然違うw

 

PS. 近頃はなぜか持続力が落ちしまって、一つの楽章(ポップ音楽なら片面相当分など)を聴いただけで満足して一休みしてしまうことがあるのだが(以前と違って、「切らずに全曲通して聴くべし!」という義務感もなくなった)、果たして当日は大丈夫なのだろうか?w

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あるオケのコンサートの案内が届いていた。見るとなかなかの演目で、思わず苦笑した。メインは「三大交響曲」と「三大協奏曲」で、本当に久し振りに見た言葉なので、いったい何だったっけ(「モーツァルトやラフマニノフのは何が入ってるのかな?」)と思ったら、

  • 交響曲: 「未完成」、「運命」、「新世界」
  • 協奏曲: メンデルゾーンのバイオリン、ドボルザークのチェロ、チャイコフスキーのピアノ

だそうで、見ただけでお腹いっぱいだ。そして、可哀想なモーツァルトの入る隙はどこにもないようで、それだけでもう悲し過ぎるし、ラフマニノフもお墓の下で怒ってそうだw まあ、曲は各自の好みなのでどうこう言うつもりはないが※、どうにも不満だ。

※それでも敢えて個人的な感想を書くと、上記の交響曲を一日で聴くのは、ちょっとまとまりがない(もちろん、ヘビー過ぎる)気がするし、三大協奏曲の日に至っては、誰が満足できるのか(「誰得?」)と疑問に思う。あ、でも、どちらも、学生とかクラシックを始めた方には丁度いいとは思う。そういう方たちは若いだろうから、途中で寝たり気を抜くことなく、全部に全力投球して真っ白に燃え尽きて欲しいw 本当に余談である。

そして、(前にも書いたが)僕はやっぱり「クラシック音楽」が好きのではなくて、自分が好きな「音楽」が好きなんだと再認識した。

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なぜか、春になるといろいろなことが動き出す(まさに啓蟄?)ようで、気候が良くて気分がいいこともあるのだが、いろいろなことが勃発して疲れることも多い。以下に主なものを列挙する。あとで詳細を書くかも知れないし、そのままにするかも知れない。特に書きたいことは、ここで書いておく。

  • 病気再発? → とりあえず、様子見に。
  • スマフォ(AQUOS sense lite)の怪: 電池の激減、Wi-Fiルータへの接続を繰り返す、再起動したら予定を同期しなくなった。
    • なぜか、消費電力測定アプリ(シンプル バッテリー グラフ)が駄目になって、突然数十%も減るようになったので、別の(3C Battery Monitor)に入れ替えたj※。広告を停めるため、外部との通信を遮断していたのだが、突然、それが原因で電池を食うように(見えるだけ?)なった他に、システムの電池情報もおかしくするようになってしまったようだ。
      • ※その後、GSam Battery Monitorというアプリもいいことが分かった。こっちは電力消費率のグラフが出て便利だし、例のDoze(ディープスリープ)状態になっていた時間や、Wi-FiやGPSなどがonになっていた時間が分かるので便利だ。あと、広告も良心的でいい(3Cは突然全画面で出る)。でも、3Cにもいい点がある(アプリごとの電力消費量が分かる: GSamにもその画面はあるが、正しく動いていない)ので、ちょっと迷っている。 (4/7 19:42) → GSamは電力消費率のグラフの縦軸(消費率)を拡大できなくて実用的でないので、基本的には3C(同様のグラフがあり、ちょっと分かりにくいけど拡大できる)にすることにした。ただ、今は別件でWi-Fiのon/offの確認をしたいので、一時的にGSamも併用している。まあ、両方入れておいても問題なさそうではあるが。 (4/8 12:17)
    • Wi-Fiルータへの接続はAir Cardでいろいろやっていた関係かも知れない。ルータも再起動したら、直った。
    • 再起動で予定を同期しなくなったのは以前からなので、諦めて別のアプリにした。今までのは古い版のまま更新されていないので、仕方ない。
  • 鋭い歯科衛生士さん、歯科医院の世襲劇
    • 先日の定期検診で診てくれた歯科衛生士さんは、僕が何も言わなかったのに、今までの人が発見できなかった問題を2個も見付けてくれた。一個は虫歯で、もう一個は割れの可能性だった。虫歯は歯が金属に接する部分が欠けていたのだが、以前痛んですぐに収まったところかも知れない(すごく小さいので、自分で見ても全然分からないし、今は自覚症状もない)。痛んだ時は、(歯科)医師も衛生士も全然分からなかった。割れは、ずっと、歯ブラシで触ったりするとピリピリしていた歯だった。写真では縦に筋が入っていたが、医師は割れではない(知覚過敏)と診たようだ。それまでは指摘すらされなかったから、写真を見せられてすごく納得した。当然なんだろうが、こういうのはかなり人に依るものだな。
    • それまでは前回までの、清掃をとても丁寧にしてくれる、お姉さん的な人にやってもらいたくて楽しみにしていたのだがw、すっかりその鋭い人に参ってしまった。次回もその人だといいが、なかなかそうも行かない・・・
    • その日、なぜかそれまでの担当の歯科医師が居なくて、院長に代わった。掲示されている担当者一覧を見たら、歯科医師のところには院長と同じ名字の人が並んでいたので、子どもたちが一人前になったから今までの人は「用済み」になって放逐されてしまったのだろうと推測した。資格があっても気を抜けない、なかなか大変な世界だw
    • あと、いつものように、受付にはにこやかな菅野美穂さん(に似た人)が居て、和んだのは全くどうでもいいことだが、どうしても書きたいw
  • 軽いドライブ、小泉さんと国生さんw
    • 歯科のあとで、いつものデニーズに昼食を食べに行き、それから古峰ヶ原(古峯神社)にドライブに行った。古峰ヶ原はデニーズから30kmくらいあるので、疲れたら途中で帰ろうと思っていたが、すごく気持ち良く走れて全然遠く感じず、あっという間だった。
    • デニーズの辺りの道ばたの桜並木が満開で綺麗だった。今まで全然知らなかった。
    • デニーズには小泉さん(仮)が居た。相変わらずだったw クーポンを使おうとしたらログインが必要で、手間が掛かってすぐに見せられなかったのだが、見せなくても「確認したので大丈夫です」と言ってくれたのがうれしかった。でも、すぐに居なくなってしまった。
    • デニーズアプリは、ログインは面倒だし、データ量を馬鹿みたいに食う(20MB以上)のでちょっと止めたい。
    • ドライブの帰路に寄ったコンビニに、(昔の)国生さゆりそっくりな人(色白、ミディアム(かショート)ボブ、色っぽい顔と目と唇)が来て、驚いた。なぜ、あんな田舎にあんな綺麗な人が居たんだろう? 車内でバナナを食べていた僕は目を釘付けにされた。
  • 散歩中にピアノ: 先日散歩していたら、突然、ピアノの演奏が聞こえて来た。CDなどの録音ではなく、誰かが弾いていると感じた。録音(プロ)ほど完璧ではないが、(よく子どもがするような)弾き直しなどなくて下手ではなく、気合が入っていた。曲名は分からなかったが(多分、リストなど僕の不得意なロマン派)、なかなか鋭い演奏で、少し立ち止まって居た。なんとなく、大人の女性がグランドピアノを弾いている気がした(少なくとも、アップライトではないし、高校生以上のような気がする)。その辺りには蕎麦屋のおばさんの家があるのだが、まあ、あののどかな人があんな鋭い音を出していたのではないだろう※。今日、その蕎麦屋に行ってそのおばさんも居て、何か知っていることがあるかもとは思っては居たのだが、なかなか聞けなかったw
    • ※僕は、日頃から表現者の性格・行動・属性などと作品は関係ないと思っているが、上に書いたこととは矛盾しないと思う。つまり、のどかな人は、仮に演奏したとしてものどかな音を出すように思えるから、「のどか」に見えるのだ。別の言い方をすれば、世間に広く知られていると思われることは実際には虚像で、本人を正しく表していない可能性があるが、本人を知っていれば、その人のしそうな表現も推測できるということなのではないだろうか。(苦しいな・・・)
  • 母の病気: おそらく緊急性はないのだが、根治には手術が要る一方、高齢なので手術にはリスクがあるので、どう助言すればいいのか難しい。助言しても、なかなか本心を出さないから厄介だ。
  • 暑いうえに寒い → くしゃみ連発+鼻水。ティシューの減りが速いうえに鼻の周辺がひりひりする。
  • 床屋が面倒: 行きたくなってから2週間経過して、髪の伸び具合が高校・大学時代みたいな雰囲気になって来たw

こんな時はやっぱり、モーツァルトのピアノ協奏曲(第20番以降)を聴くに限るのだが、Spotifyで選ぶのすら疲れるので、手持ちのゼルキンの1980年代のを連続して掛けている。時には歯がゆい・枯れ過ぎな箇所もあるのだが、全体としては「鉄板」で、安心して聴ける。他の定番であろう、内田やピレシュ、ペライアなどとは安心度が全然違う。ただ、フレイの演奏がもっとあれば、新進気鋭(当時)さや若い熱気やパワーで元気が出る気がするのだが、余りないので仕方ない。

 

PS. コンピュータのプログラムやライブラリの説明で、「いろいろ混ぜて一緒にした」(= ごった煮)というような意味の単語があったのだが、調べても"misc."や"sundry"(今日まで正しい意味を知らなかった)くらいしかなく、「本物」が思い出せなくて歯がゆいw

(4/7 11:35 地名を修正)

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良く見るニュースサイトに、定期的に、随筆というのかクラシック音楽界の裏話みたいなのを書く指揮者が居る。その人が初めて出て来た頃は結構楽しみだったのだが、すぐに飽きて、近頃は読まないようになってしまった。どうも、文章がおもしろくないのだ。どうしてかは良く分からないのだが、やっぱり、音楽の人だから文章はそれほどでもないということなのだろうか。それで、昨日くらいから、なぜおもしろくないかの理由を考えたのだが、以下のようなことが大きいかと思う。

  1. 題が結構突飛で引き付けられるけど、中身は意外でも何でもなくてがっかりする。
  2. しかも、大体知っていることばかり。

2番目は、僕が音楽を好きで今までいろいろ調べて来たから仕方ないけど、1番目が良くない。例えば、今週のは、題は「クラシックオーケストラが、リハーサル終了時間を“絶対にオーバーしない”理由」で、「ほう、プロの団員たちは、きっと、『(終わったあとに)彼女・彼に会うからマジで1秒でも早く帰りたい』(キリッ)とか、家族との時間とか自分の遊びの予定、そして、(もちろん?)練習がぎっちり詰まっているんだろうか?」と思って読むと、実際には、組合の規則とかいう、ごくごく当たり前のことでがっかりした。毎回、こういう調子なのだ。

あと、前振りが長く、最後がイマイチだ。延々と背景とか関連とか周辺を書いた後に、本題が少ししかない。そのうえ、大抵最後に一言余計な段落があって、まさに「蛇足」なのだ。書くならもっとうまく溶け込ませてくれればいいのに。。。

そういえば、同じ音楽家でも、N響のオーボエの茂木という人の本を数冊読んだことがあるけど、おもしろかったし、いろいろなことが分かってためになった。だから、もちろんだけど、その人の文章力が大きいのだろう。あと、この人(指揮者)はすごく真面目なんだと思う。別の言葉で言えば、「毒がない」だろうか。

とは言え、「不真面目になれ」とか「毒を持て」などと言う訳にも行かないし、字面どおりの意味ではないので、どうしようもない。逆に、茂木の文章はいかにもおもしろおかしいのだけど、本人はすごく真面目な人だということが伝わって来た。それでもおもしろかった。

音楽で例えれば、この人の演奏は遠慮したい(聴いたことはないから嫌いとかは言えないが、聴くならもっと他に聴きたい人が居るという意味)が、茂木のはちょっと聴いてみたいってとこか・・・

音楽の話になってしまったので更に脱線するが、「真面目」という意味では、日本人を代表する指揮者、小澤も余り聴きたくない。なんというのか、聴いて楽しい想像ができないのである(実際には、全然そんなことはないと思うが)。ストイックさはすごく伝わって来るが、それがこっちにも辛さを感じさせるのかも知れない。

まあ、そういう僕だって、自分の文章が読んでおもしろいか、また読みたくなるかは分からないから、他山の石としたい。

と書いて締めよう。

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大分春らしくなったので、またドライブに行きたくなった。例によって行き先は迷ったが、県内のみかも山公園か、群馬の多々良沼公園が残った。他には、大田原城跡や八溝県民休養公園や道の駅 きたかわべや道の駅 めぬまなども候補だった。みかも山公園も良さそうだったが、有名なカタクリには少し早いので、今まで余り行ったことのない所ということで多々良沼公園にした。

10:30頃出発し、12時頃着いた(実は、そこは本物の多々良沼公園ではなく、ガバ沼の近くだったようだ)。道は混んでいたし、疲れと空腹で今ひとつの気分だった。

途中、コンビニから出る時になぜかクラクションを鳴らされて、意味が分からなかった。片側2車線で、左車線の車が遠かったので、右車線から来た車に注意してゆっくり出たら、誰かに鳴らされた。音の感じ(純正じゃなかった)から、右車線の後ろから来たワンボックスが鳴らしたようだが、なぜだろう? その前の車が妙に遅かったから? − と思っていたのだが、さっき理由が分かった気がする。鳴らしたらしいワンボックスは最初に遠く左車線に居た車(その時は軽とか普通車に見えた)で、僕がのこのこ左に出て行ったので右車線に移ったものの、前の車(高齢者らしかった)が遅くて追い越せずにイライラして鳴らしたのだろう。そうだったら申し訳なかったが、そのワンボックスは遠かったし遅そうに見えたのだ。まあ、お互いに運が悪かったんだろう。。。

冷たい物が飲みたかったのだが、その公園にあった自販機の飲み物はホットコーヒー以外は全部売り切れという寂しいありさまだったので、とりあえず、自販機を探して出た。少し走って7-11にたどり着いた。この辺りは道が複雑な感じだ。あと、群馬も栃木同様、運転は荒い感じだ。

昼食に7-11のコールスローサラダと冷しラーメン(牛骨醤油)を車内で食べた。ラーメンは麺は今ひとつだが、冷えたスープが意外においしかった。珍しいことに、7-11の冷たい麺はそれしか残ってなかった。自販機といい、暑かったせいだろうか?

造園業者の若い人(十代の顔だった)が、トラックの助手席で大きなカップ焼きそばを食べていた。今は僕も昼は外に出るのが億劫なことがあって、そういう時はカップ麺などで済ませているので、気持ちが分かる。

この頃から急に曇って来て、雨も降り出した。ただ、食べたら気分が盛り返して来たので、とりあえず本物の公園に行ってから帰ることにした。少し走ったらその公園らしきものがあったのだが、うっかり通過してしまった。引き返そうと思っていたら、うまい具合に別の駐車場があった。そこは、漁協がやっているらしい休憩所釣り場があるところだった。

桟橋がぐるっと伸びていておもしろいのだが、釣り客以外は立ち入り禁止だった。まあ、僕はこういうのが怖い(いかにも板が腐っていて、抜けそうではないか・・・)ので、禁止でなくても入らなかったとは思うが。風のせいか外はすごく寒かったので、休憩所で飲んだホットコーヒーがおいしかった。置いてあった案内の紙を見たら、公園の方に白鳥が居るらしかった(思い違いで、実際には公園の反対側(ガバ沼)だったようだ。しかも、時間・時期的に見るのが難しそうだった)ので、ちょっと歩いてみることにした。

公園は広々としており、なかなか気持ち良かった。ウッドチップの散歩道がいい感じだった(ただ、全部がそうではなかった)。この頃にはまた日が出て来て暖かく(暑く)なった。少しだが、大きな野鳥も居た。池で獲物を捕るところも見られた。白鳥かも知れない白い鳥も遠くに居た。

いろいろ見られて満足したし、充分歩いたので、帰ることにした。この頃、なぜか、ショパンのポロネーズが頭に浮かんだ(彼の曲は、ピアノ協奏曲以外はほとんど聴かないのに)。後で調べたら、「英雄ポロネーズ」(ポロネーズ 第6番)だった。これの出だしは派手で、そのせいか、いつもは聴くことがないのに、なぜか浮かんだ(なお、浮かんだのは出だしでなく、その後のメインの部分だった)。

帰宅後、手持ちやSpotifyで聴き比べたら、ルービンシュタインの(ライブ、初出年は未確認)が一番好みに合っていて、彼以外(例: アシュケナージ、ポリーニ、アルゲリッチ)は、なぜか余りピンと来なかった。ただ、Rafał Blechaczの(2010)の音は実にクリアで良かった(やっぱり、ルービンシュタインの迫力には及ばなかったが)。

以前から、ルービンシュタインのショパンがSpotifyのDaily mixで掛かるたびに「いいなあ」とひかれていたので、彼のショパンには何か特別なものがあるのかも知れない。

帰路は行きよりずっと混んでいた。特に、小山市の前後がキツかった。そっちに向かったのは失敗だった。ただ、行きと同じ道はおもしろくなかったし、293号で葛生を通るとセメントの埃まみれになって嫌だから、なかなか道がない。素直にナビの言う通りに50号と4号バイパスを通る(50号を通らず、バイパスでない4号を通って失敗した)か、行きの道を戻れば良かったのかも知れない。

宇都宮市に入った頃、タイヤをハの字(「鬼キャン」)にしている馬鹿の実物をおそらく初めて見た。タイヤを傾け過ぎているせいか、タイヤの底面がバイクのように丸くなっていて、それでもいいと思っているところがアホ丸出しだと思った。趣味だから別にいいけど(危険ではあるが)、本当の鬼キャンは四角いタイヤの角を使うものではないのか? 見せるだけでなく、走りこむと丸くなってしまうのか?

今回も、何年も住んでいるというのに、宇都宮市内の道は家の近くの散歩している辺りに行くまで、どこをどう通っているのか全然分からなかった。そのせいで、途中でちょっと早く右折して変な道に入ってしまった。

家の近くは危険なのでゆっくり走っていたら、軽が後ろにぴったり着けて来て鬱陶しかった。小物ほど煽ったり無茶するから嫌だ。とはいえ、途中で中型トラックや営業のワンボックスもぴったり着けて来たし、逆に、行きに黒のレクサスやレジェンド(アコード?)が予想外に丁寧に走っていて感心したから、車でなく運転者が小物ということなのだろう。それなら当然だ。

小物といえば、行きに最小・最安のアウディが煽って来たり・左右にうろちょろして意気がっていたのが笑えたw

帰りは県内でも雨が降ったり止んだりしていた。春のせいか?

18時頃、何とか無事に帰宅した。いつも同様、予想以上に長く乗って、とても疲れた。8時間近くも出ていたというのに距離は200kmにもならなかったので、ガソリンは余り減らなかった。散歩を90分近くしていたのは大きいのだろう。

今回は休日かつ出るのが遅かったため、道が混んでいたうえに変な車が結構居て、それほど気持ち良くは走れなかった。ただ、平日の朝は通勤の渋滞に巻き込まれる可能性があるし、そもそも、行く気になる日と調子がいい日、更に、天気のいい日がなかなか合わないので、気分良くドライブをするのは意外に難しい。

約146km、7.5時間。
IXY Digital 3000ISで撮影。

 

PS. 先日、Operaから切り替えたFirefoxが実は駄目だった。埋め込み動画を切ったはずなのに、なぜかダウンロードしたようで、起動し(て自動的に前回のページ(このブログ)が表示され)ただけでモバイルデータを3MBも消費した。しかも、そのせいか、表示がすごく遅かった。がっかりして、ドライブの気分をスポイルさせられたので、その場でOperaに戻し、帰宅したら速攻でFirefoxを削除した。

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先日、母がモーツァルトの曲を聴いてみたい※というので、CD-Rに焼いた。手持ちのは仕舞ってあるだけなので、最初は実物を貸そうと思っていたのだが、手荒に扱われると嫌だし、母にしたって気軽に扱える方が良さそうだからとバックアップした。

※「聴いてみたい」と言ったって、音楽の話題になった時に、僕が「CDがいっぱいあるから貸そうか」と言ったからで、あとで帰省したら、送った時の袋に入ったまま放置されているのを見てがっかりするような気がするので、(送料だサイズだで)結構苦労して梱包している時に「僕は何を無駄なことをしているんだ」と思った。が、万に一つでも聴かれる可能性も捨てきれない。が、例え聴かれたとしても、感想は例によって「すごいね。良く指が動くね。楽譜見ないで良く弾けるね」程度なので、やっぱり労には合わないだろう。とはいえ、それでも聴いてもらうのは悪いことではない。もしかしたら、母がモーツァルトの良さに目覚める可能性も0ではないから・・・

ちなみに、モーツァルトや(どうしてか、)日本人の有名なピアニストの話題が発端だったので、以下の曲の入っているアルバムにした。予想では、アイネ・クライネが(一番ポピュラーなので、)一番受ける気がしている。僕としては、もちろんK. 488を推すのだがw

    • 内田: ピアノ・ソナタ集 (K. 333, 545など) (1984-1986)
    • ポリーニ: ピアノ協奏曲 第23番 (K. 488) (1976)
    • ベーム: アイネ・クライネ・ナハトムジーク (1977)

一応、焼いたものが(ちゃんと「普通のCD」になっているか不安があるので)再生できることを確認しようとしたのだが、いざとなると、なかなかいいプレーヤーがない(そもそも、「今、PCでCDを再生する人なんて居るのかっ?」てくらいだw)。CDプレーヤーなんて随分昔から持ってないし、手持ちのラジカセではCDは再生できないし、Linuxに標準で入っていたSMPlayerはバッファリング中は再生が停まるから曲間が余計に開くし、MediaPlayerは動画専用のようだし、(全く問題ないだろうと思っていた)VLCはなぜか音が途切れることがある。参照用とか予備で入れているClementineは、いつもながらイマイチだった(もう消そうかな)。そして、いつも使っているgmusicbrowserではCDは再生できない。

前回別件で焼いた時は、MPlayerとカーナビのオーディオで試した覚えがあるが、さすがに車は面倒だ。そこで、検索していくつかのアプリを試してみた。以下にその一覧と評価(CD再生に関してのみ)を書く。

  • △ DeaDbeef: 開始する時に頭が飛ぶことあり。
  • △ Audacious: UI・操作が若干煩雑。
  • △- Quod Libet: UIがイマイチ。ジャンプが簡単にできない。
  • × Aqualung: 2ウインドウで煩雑。UIがイマイチで使いにくい。CDが高速で回転してうるさい。
  • △- Banshee: 古い(2011)。ジャンプがイマイチ。
  • × Rhythmbox: 大掛かり。CDがCDDBに見つからないと、いちいちメッセージを出して鬱陶しい。再生が手軽でない(いちいちキューに追加する必要あり)。
  • × Exaile, JuK, Kaffeine, Amarok, Musique: 駄目・論外 (まともに動かない・すごく使いにくいなど)

結局、AudaciousかDeaDbeefが良さそうなので、Audaciousで確認し、その二つを残した。でも、次はいつ使うことか? (万が一、母が「別の曲も聴きたい」と言って来たら喜んで焼くが、まずないだろうな・・・ ただ、文中に2回出て来た「1万分の1」を合わせると、確か1億分の1だから、宝くじに当たるようなものだw)

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HMVの広告で、河村尚子という人のベートーヴェンのピアノソナタのアルバムを見てSpotifyを探したが、まだなかったので、代わりにモーツァルトのピアノ協奏曲 第21番(2018)を試した。日記を調べたら、以前ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番(2014)が速くて軽くて気に入らなかった人だ。

出だしのオケは軽目だが悪くない。が、ピアノが始まると、なぜか・やっぱり、「うーん」となってしまった。ラフマニノフ同様、軽くて音が細くてちょこまかした感じなのが好みでない。あと、短いカデンツァみたいな装飾フレーズの弾き方が冗長だった。

ただ、ピアノの音自体は透明感があって悪くなかった。それも音の細さも、ベーゼンドルファーだからなのかも知れないから、一長一短なのだろう(僕は本物を生で聴いたことがないので、あくまでも想像)。

慣れのせいか、聴き続けると悪くなくなって来た(ただ、音が細いので、どうしても音量を上げがちだった)。が、第1楽章のカデンツァ(12:40辺り)が最低だった。有名な曲の似ているフレーズ(モーツァルトの交響曲第40番の出だし?)を使っている。。。 確かに(今まで気付かなかったが)似てはいるけど異なるものなので全然合ってなく、「場違い」なのだ。これでは、下手すると、余興でふざけて弾いているみたいになってしまう。僕は受け入れられないので、そこで止めた。

どういう考えでそうしたのか知らないが、センスを疑った。

 

PS. 今は代わりに、昨夜からの続きで、サイ(Fazıl Say)のモーツァルトのピアノソナタ(2016)、今は「トルコ行進曲付き」(K.331)を聴いている。彼の演奏はなかなか独特(ちょっとグールド的で、そっけなく聞こえる)なのだが、なぜか許せる。そして、音が太くて(パワーとか厚みとか芯があるの意)いい。彼はすごくうまくて何でもきちんと弾ける人なのだが、だからこそ、モーツァルトを余裕たっぷりに、自分なりの解釈で楽しんで(でもふざけずに)弾いているように想像している。そういう彼の演奏に驚かされることが多々ある(そのせいで、好き嫌いの判断は先頭だけではできず、ある程度聴かないと決まらない)のだが、何か通じるものがあるせいか、嫌になることはなく、許せる(一方、グールドのバッハは大好きだけど、彼のモーツァルトやベートーヴェンは許せない)。

気のせいかも知れないが、彼もグールド同様、弾きながら唸って・歌っているようで、時々声が聞こえる気がする。そういうところからも、楽しんで弾いている気がする。

PS2. Spotifyにサイの同じ曲(2004)もあった。わずかに速目で、彼のピアノも少し細かった。だから、そういう曲なのかも知れない。が、彼の弾き方にはメリハリがあり、全体的には見事だ。カデンツァは、半分くらいオリジナルだがベースは良く聞くものだった。そういうところは、やっぱり基本を大事にしている人なんだと思う。

PS3. 上記の「良く聞くカデンツァ」が誰の作だったかを調べていたら、それは分からなかったが、大変おもしろいページを見つけて読みふけっている。僕と考えが近いところも多い(が、そうでないところも多い)。→ フェブラリーのホームページ (トップ), フェブラリーのCD迷路 (カデンツァを検索していて見つけた)

※そこが大変惜しいのは、各記事に投稿日あるいは執筆日がないことだ。個人の考えや意識の違いではあるが、僕は必須だと思う。これがないと、例えば、その記事がどういう時代に書かれたかが不明になり、現代の常識では誤りなことが書いてあっても、時代によるものなのか、本当の誤りなのか、筆者の考えなのか分からないという問題が生じる。

まあ、文章を良く読むと当時のことが書いてあったりするから、推測は可能だが、1行で済むのだから(実際は更新したら追記が要るとか面倒ではあるが)書けばいいと思う。一種のリテラシーなんだろう。

と思いつつ、ふとソースを見たら作成日が書いてあって、大体2003年頃のようだ。ページ作成ツールが入れたのだろうか。貴重な情報だ。

PS4. 書いた翌朝に読み返してみたら、PSの方が本題より長くなっていた。これが一番の悪ノリ? というところでオチとしたいw (3/14 8:11)

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えぬけいさんのツイートが発端で、Spotifyでオルゴールの曲(好きな・興味のあるジャンルの8曲)を試聴し、周波数特性などを調べてみた。以下に試した曲を示す。

  1. イン・マイ・ライフ」 Relaxing Orgel (2009)
  2. きよしこの夜」 Relaxing Orgel (2008)
  3. ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」 The Orgels (2008)
  4. G線上のアリア」 街のオルゴール屋さん (2014)
  5. ピアノ協奏曲 第21番「みじかくも美しく燃え」 - オルゴール」 Relaxing Orgel (2005)
  6. ロビンソン (オルゴール)」 Relax α Wave (2017)
  7. モーツァルト:フィガロの結婚 序曲 (オルゴール)」 Orgel Sound J-pop (2017)
  8. いい日旅立ち Originally Performed By 谷村新司 (オルゴール)」 Orgel Sound J-pop (2018)

まず、主観的な印象は以下のツイートの通り、ひどいものだった。

印象の補足を以下に示す。

  • 演奏としての表現がない。テンポ、音量がすべて一定(録音なので毎回変わることはないが、表現としての、あるいは、人が演奏することに起因する揺らぎや微妙なズレがない)。まさに、「いかにもオルゴール」だが機械的なつまらない演奏。 : 構造上、音量は変えようがないだろうが、楽譜どおりに打ち込んだのだろうか?
  • 音が硬くて聞き疲れする。: チェンバロに近いものがある。
  • 残響を多目に掛けて「リラックス感」を演出しようとしている?: 誤魔化しで、感心できない。

印象が悪い原因を探るため、Audacityで周波数特性を調べた。気付いた点は以下である。

  • 帯域が狭いものが多い。概ね200Hz-2kHzの範囲に集中している。: オルゴールの構造的に広い帯域が出せないのは仕方ないだろうが、普通の楽器と違って倍音成分が少ないようだ。
  • ピークが鋭い: このために音が硬く聞こえるのだろうと思うが、オルゴールの発音機構の特徴によるものなので、仕方ないだろう。
  • 音質(録音)が悪いものがある。: 超高域(10kHz以上)・超低域(50Hz以下)に音が出ている。オルゴールでこんなところに音が出せることはあり得ないから それらは雑音で、録音・制作に問題がある。特に、聞こえない成分(20Hz以下)のレベルが大きいまま残っているのは手抜きだ。

以下にそれらのスペクトラムの例を示す。いずれも、任意の場所から5秒程度のものである。

それで、超低域が出ているものの超低域をカットしたら印象が変わるか試したが、それほど良くならなかった。演奏の単調さや音の硬さからの印象の方が大きいのだろう。

そして、今朝気付いた。あれは本物のオルゴールを録音したものではなく、シンセかなにかで自動演奏した音を録ったのではないかと。というのは、検索するとものすごく大量に曲があるうえに、最新の曲(例: 米津)だって多くあるからだ。いくらなんでも、まともな(本物の)オルゴールがそんなに大量に(曲種の意)作れる訳がない。それは演奏ではなく、「製品」としかいいようがない。こういうのが乱造されたら、本物のオルゴールに大変失礼なのではないだろうか?

なかなかなかったが、本物のオルゴールの製作工程を説明しているページがあった。これを読むと、やっぱり、山のようにオルゴール(での演奏)曲ができることはあり得ないと思う。そして、シンセでの制作の説明は沢山見付かった。オルゴール用の音源があるようだし、オルゴールっぽい音作りについても書いてあった。そこまではいいけど、問題は演奏(編曲)だろう。

こういう時は、「演奏」の出自を調べるのにCDのライナーノーツが役に立ちそうだが、Spotifyには入ってないのが残念だ。でも、webで検索すると出て来るかも知れない。(→ 簡単には見つからなさそうだ)

そして、本物のオルゴールの演奏はこれよりはずっとまともなはずだと想像する。更に、どういう人が(演奏のためのピン配置を)作るのか興味が出た。ピアノロールのように、本物の演奏を元に作るのか、音楽家や音楽に造詣の深い人が作るのか、それとも感性で作るのか。この点はいつか調べてみたい。

検索したら、本物を録音したCD(2012)が見付かった。この演奏なら許せる。音(→ 試聴)もただ硬いだけではなくていい感じだし、いかにもオルゴールではない音のもの(例: 「乙女の祈り」)もあった。スペクトラム(→ 「乙女の祈り」、「トロイメライ」)を見ても、帯域が広く(特に、低域が豊か)、ピークもそれほど極端でなく、超高域もなくて自然な感じだ(ただし、超低域は残っている)。(それでも「この音は好き」とは言えないが、)これならリラックスできるかも知れない。

もう一つ本物が見付かった(CDでなく、本物の本体と再生用ディスクを売っている)。こちらは、演奏も音(→ スペクトラム: 「別れの曲」)も、(偽物よりはいいが、)まあまあだ。

それにしても残念なのは、このいかにもすごそうな本物(Victor RJ-3000MK2)の音が試聴できないことだ(試聴できるのは日本電産サンキョーの別物)。売る気があるなら、音くらい載せれば、「まあまあ」とか思われずに客が増えるかも知れないのに。。。 (著作権関係が面倒なのだろうか? でも、あんなに高い物を売るんだから、それくらいやればいいのに)

それにしても、オルゴールの音が「リラックス」や「α波」に関連付けられる根拠や由来は何なのかと思う。好みの問題は大きいだろうが、あんなに硬い音を(テンポ・音量の)揺らぎなしの機械的演奏で聞かされたらイライラすると思うのだが。リラックスできる方の体験談を聞いてみたいものだ。

→ (書いたあとで本物を試聴して分かったのだが、)本物なら確かにリラックスできそうだが、偽物(合成品)では逆効果だと思う。偽物でリラックスできる方の話を聞いてみたい。

(19:19 わずかに加筆)

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