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3回目の車検なので、ディーラーに行って来た。車には問題なく、ブレーキ液、LLC、発煙筒の交換程度で済みそうだ。ちょっと気になっていたのだが、ブレーキパッドは意外にもまだ大丈夫なようだ。走行距離は約54500kmで、まだ交換したことがないのだが、随分もつものだ。きっと、(通常時は)車間を充分開けてなるべくブレーキを踏まないようにして、赤信号の前などは、後ろに車が居ない時は惰行しているせいだろう。

ブレーキパッドの減りについては、仮説(もしかしたら定説なのかも)あるいは謎がある。同じスピードから停まるのでも、ゆっくり減速した方が減らない気がする。スピードが同じならエネルギーも同じなので、ブレーキの減りも同じはずなのだが、何かが違うようだ。結構な謎だ。

減り量が加速度に関係するとすれば、強く踏む(急に停める)ほど減りが大きくなるだろう。そういう点では、全然得意でないのだが、物理の力積で考えると、車のスピード(→ 運動量: mvv)を急に(後述の力積: Fttが小さい)減らすと力積(→ FtF)が大きくなるから、ブレーキに掛かる力が大きくなって減るのだろうか? → 式で書いたら分かった気がする。やっぱり、加速度が関係しているようだ。(← 実際には誤りだった。6/25 7:35の追記を参照のこと)

運動量と力積の関係: m⊿v =F⊿t (mは質量) より、
F
= m⊿v/⊿t (⊿v/⊿tは加速度)
速度vの変化時間⊿t が小さいほど(加速度は大きくなり)、力F大きくなる。

(6/25 7:35追記) その後、ブレーキパッドの減り量は、掛ける(踏む)力の大きさだけでなく、力を掛ける(た)時間にもよるのではないかということに気付いた。例えば、弱く掛けても長時間掛け続ければ減り量が大きくなるということだ。すると、上の式ではF⊿t がその力と掛けた時間なので、結局、減り量はm⊿vによることになる。

つまり、一番最初の「エネルギーも同じなので、ブレーキの減りも同じはず」の考えどおり、同じスピードなら減りも同じになりそうだ。ただ、減りに非線形性があって、強く掛けると減りが速く(または遅く)なる可能性もあるが、それについては調べないと分からない。が、理論上は、同じスピードを停めるなら、停まるまでの時間(急ブレーキかそうでないか)に関係なく同じ減りと言えそうだ。

更に余談だが、質量が小さいほど力Fは小さくなるので、軽い車のブレーキは減りにくいだろう。つまり、軽さは正義なのだw あとは、停まりながら(例は書かないが何らかの方法で)車を軽くするとブレーキの減りも減るだろうが、なかなか現実的ではない(爆)。ロケットのような話か。

もう一つ上の式から言えるのは、急加速(加速度が大きい)すると力Fが大きくなるので、(当然ながら)燃料を食う。この時も、軽い車ほど燃料消費量の増加は少ない。やっぱり、軽さは正義なのだ。

ただ、同じ式から軽さにはデメリットもあることも分かる。同じ力を受けた場合に、軽い物ほど加速度が大きくなるのだ。例えば、大型トラックに追突された場合、普通車より軽自動車の方が吹っ飛びやすいってことか(加速度の大きさと吹っ飛ぶのは違う気もするが、ダメージとしては似たようなものか)。

これを緩和するには、ブレーキと同じく現実的でないが、追突される直前に(何らかの方法で: 地面に杭を打つ?)車を重くすればいい。仮に車が充分に重くなって、衝突しても動かなければ、加速度は0だ。果たしてそれで乗員が無事かは疑問だが、そもそも停車していて加速度が0なら動かないので大丈夫という話になる。本当に?? → 普通の車だと(戦車や装甲車の類でないと)、ぺちゃんこになって駄目でしょう。残念。。。

あとは、エンジンブレーキの使用量の差が効くのだろうか。ただ、僕の場合、面倒なので、停まる時にシフトダウンはあまりせずにニュートラルで惰行するから、エンジンブレーキは関係ない気もする。これに関係するのは車の摩擦係数で、エンジンブレーキを使わなくても効くが、まあ、それほど大きくはなさそうだ。

他の可能性としては、仮に完全に停まる場合には1回ごとの減りが同じだとしても、ゆっくり減速するのを習慣にしていると、結果的に長期的には停車する回数が減る(その間に信号が変わるなど)ためにブレーキの減りが少なくて済むことはありそうだ。これは結構おもしろい。

それはともかく、毎回そうなのだが、代車の軽の質の向上に感心した。質といっても無駄な高級「感」などではなく、走行性能である。乗るたびに良くなっている気がする。今回はワゴンRの「ハイブリッド」(本物かは不明w)だったが、あれならコンパクトカーの出る幕はなさそうだ。確かに、安全性は普通車に比べたら劣るのだろうが、まあ、運の問題もあるし、僕は「適宜」でもいいかなと思う。僕が「とりあえず」車を買うことになったら、(安いのであれば、)そこら辺で手を打つだろう(まあ、どちらかと言えばアルトの方が趣味だがw)。他人にも勧めたいが、安全性の懸念があるので、敢えてはしない。

出だしや巡航では全く不満はない。出だしでは、軽くアクセルを踏むだけでいつの間にか60km/hくらい出ていて、後ろの車と距離が付いていることが多かった。モーターアシストのおかげか、全然うるさくならないので、スピードが分からないせいもありそうだ。もちろん、小さくて軽くて取り回しやすいのはいい。

欠点としては、(ATはずっと昔からそんな感じなのだが、)中間加速の時だけ、キックダウンしてもうるさくなるだけでもたつくことくらいだ。この点では是非MTにしたい。それでも、難しいことを考えず、余裕で運転できるのはいい。降りる時に気付いたのだが、意外にもドアがかなり重そうで、随分安全そうな感じがした(本当かどうかは不明)。あと、アイドリングストップは全力で止(や)めて欲しい。そのうち、そういうハッシュタグ(#stop-idling-stop?)でもできないものか? 仮に買うとしたら、ないものに限る(なんてこと言ってるから、選択肢が減るのだがw)。

あと、オーディオも(ラジオも)カーナビもないのに、なぜかヘッドアップディスプレイのスピードメーターが付いていたのだが、意味あるのだろうか? 元々のメーターが中央に寄っていて見難く(そのせいで、しばらくスピードが分からなかった)、その代わりになるからいいが、それならメーターを普通の場所に付ければ充分な気がした。あと、最初、メーターに"D"と出ている(写真中央付近)のが"0"(km/h)に見えて、HUDに出しているから"0"にしているのかと誤解した。

それから、代車のエアコンは(新車らしいにも関わらず)今の車と同じくらい効かないw だから、帰納的に(?)僕の車のエアコンには問題なさそうなことが分かった。

帰路、すごく懐かしいスカイラインがあった。小学生の頃、見た気がする。「ケンメリ」なのだろうか(その頃は全然詳しくなかったので、分からない → 調べたら、燃料タンクの蓋の位置から、その次の「ジャパン」のようだ)。ナンバーも当時の感じ(栃57)だから、ずっと乗っているのだろうか? 廃車せずにいればそのままなのか。当時の車らしく、タイヤが分厚かった。さすがに僕でも、少し薄い方がいいと思った。あと、仕方ないことだが、ボディなどに少し錆が出ていた。

ディーラーはいつものようにアットホームで良かった。先日所要で行ったある病院(人の問題だけではないが、行くだけで疲れ果てる※)とは全然違う。あと、担当のおじさんは、「そろそろ乗り換えはどうですかー?」などと聞くなんて野暮なことをしないばかりか、相変わらず「アルトワークスはサスが硬過ぎるから勧めない」と言っていた。いつもながら、そこが問題だw それにしても、普通の店なら、たとえ硬過ぎて実用性が皆無だって、「本格的な走りができて速いですよー」とか勧めて来るだろうに、本当に正直なところにいつも参っている。そこが彼の技なのかw

※金曜にその病院に行ったら(僕の治療などではない)どうにも調子が悪くなって、昨日はダウンしていた。そのため、昨日予定していた胃カメラを延期した。今朝も回復したとは言えなかったので、車検を延期しようか迷ったのだが、頑張って行ったら元気が出た。

 

PS. 無事終わって、さっき引き取って来た。整備費用が意外に高く、約3.6万円(税込み)だった。10万円持っていけば(自賠責や税金などを合わせても)お釣りが来るだろうと高をくくっていたのだが、あっさり超えた。「結構高いですね」と口から出そうになったが、止めた。普通の店なら絶対に言うが、それほどその店を信頼しているのだ。

調べてみると、高かったのはLLCの部品代(液の代金)で、6000円(1500円/l)だった。確かに、この分がなければ10万円で足りて、想定内だった。LLCの交換は自分では無理だ(やればできるが、やる気はしない。手間以外にリスクも高い)。まあ、7年で交換したので、1年当たりでは約千円と安いものだ。他の料金はリーズナブルだった。明細を見るまでは、「発煙筒が高いのかな(3千円くらいかと思った)。自分で買えば良かったか、失敗したな」と思っていたが、そんなことはなく、千円未満だったw ただ、消費税が高く、3千円近かった。秋からは更に上がるのかと思うと、遊民としては溜息しか出ない・・・

ちなみに、いつものように、帰る時にはブレーキが効きすぎて(代車よりずっと効くので、そう感じる)戸惑った。あと、代車に比べて意外に加速が悪かったw おそらく、代車は感じが良く分からないからテキトーにアクセルを踏むので、加速し過ぎていたのだろう。ただ、当たり前のことだが、「軽さ」は代車の方が確実に上だった。これはもう、どうしようもない。それにしても、自分の車に戻って感じた、シートや運転席のフィット(タイト)感とか、ギアがスコっと入るのは快感だった。

(13:37, 14:09 わずかに変更+加筆; 19:22 終わった件を追記, 題を少し変更; 6/25 7:35 ブレーキの減り量の考察について訂正)

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プログラミングに熱中したりしているうちに2か月くらいドライブしていないことに気付き(→ 前回)、一段落したし疲れたりちょっと飽きたりもしたので、気分転換に行きたくなったのと洗車をしてモチベーションが上がったこともあってw、昨日行った。やっぱり行き先には迷ったのだが、花(あやめ、あじさい)は微妙に時期が合わないし見飽きた感もあるので、地図で偶然目に入った、福島県西郷村の堀川(ほっかわ)ダムに、純粋に走りに行った。僕はダムには興味はないのだが、ドライブの行き先としては丁度いいことが多い。具体的には、道が整備されている(細くない)ことが多く(しかも、楽しい道のこともあるw)、自由に入れ、駐車場があり、トイレがあり、DQNや変な人が少なく、静かで、滅多に混雑せず、無料なことだ。

8時頃出発した。9時頃、道の駅矢板に寄った。概ね快適だったが、いつものように眠くなった。

(前の投稿に追記したが、)出て少しして、ハンドルの下部にキズか汚れがあるのに気付いた。前日の洗車で付けられたようだ。白っぽかったので、工具や金具で擦られたのかと思った。道の駅で濡れ雑巾で拭いたら落ちたので、汚れだったことが分かったのだが、それまでは、運転しながら爪で擦っても取れなかったので、「傷だったら消えないから困るなあ」と結構嫌な気分だった。あの店は最低だ。なぜ、ガソリンスタンド(の整備と店員)はこうもクソなのだろうか?

途中にバカなBMW 1シリーズが居た。前の会社の(その車種の)奴のようにムダな加速をしつつ左右にうろちょろしていた。そんなことをしても必ず信号で追いつくから笑えた。そういう1シリをこの辺りで何度か見たことがあるから同じ人なのか、1シリは**揃いなのか、何かコンプレックスでもあるのか、単に若いだけなのだろうか。

10時頃、那須塩原の7-11に寄った。遅いトラックも居たが、それまではすごく気持ち良かった。隣に停まって居たEN400というアメリカンのバイクが意外に小さくて、好感が持てた。反対側では、都会の切れるビジネスパーソンみたいな雰囲気のショートボブのお姉さまがワンボックスに乗っていた。

地図で見て期待してルートに入れた、那須と白河の間の山道(栃木・福島県道290号)が予想以上に楽しかった。分岐するところが唐突で通過しそうになったが、何とか入れた。道が広くて僕には丁度良かったし、平日のせいか、滅多に車が居なくて存分に楽しめた。いつもはなかなかできないことだが、ギアを小まめに切り替えながら、低目のギアで高目の回転数を維持して走るのが気持ち良かった。あの車のエンジンは意外にストレスなく回るからいい。そして、何度か書いているが、軽い車は制御しやすくて大正解だと思う。

山道は涼しく(でも、エアコンを切るとちょっと暑かった)、鳥(うぐいすだったか)が鳴いていた。ツツジも少し咲いていた。見晴らしがいいところもあった気がするが、運転に熱中していたので一気に走り抜けた。

なお、なおきさんがそうしていると聞いてから、僕も、こうやって走りに集中する時(他に、家でも作業に集中している・はまっている時wなど)は音楽を停めるようにしている(近頃は、「垂れ流すことに意味があるの?」と思いつつあるし、無音の静けさも結構好きだし、脳内での再生もいいと思っている)。

11時頃、到着した。運転に熱中して我慢していたせいでトイレに行きたかったのだが、なぜかトイレの扉に鍵が掛かって居て焦った。開け忘れたのか、事務所の人が巡回中だったせいか(それで、事務所に行っても誰も居なくて頼めなかった)。でも、多用途トイレは開いていたので、ほっとした。

1時間近く散歩した。ここでもうぐいすが鳴いていた。気温は24℃とそれほどでもなかったが、日射しのせいで暑かった。

ダムのオーバーフローの口らしい部分の形がすごかった。上に書いたようにダム自体には興味はないが、こういうものには興味が湧く。全くあり得ないことだが、もし僕にこういうのを作れ(設計しろ)と言われても、途方に暮れて逃亡するだろうw あと、万が一、豪雨で放水している時にに引きこまれたら絶対に助からないと思うと、恐ろしい気がした(高所恐怖症のせいもあるがw)。

そういえば、今流行りらしいダムカードの入った箱(実体は郵便受け)が、なぜか分かりにくいところに置いてあった。「一人一枚」と書かれていたが、放置されている感じだったので、中にカードは入ってなさそうだった。基本は事務所でもらうということなのかな。

散歩をして満足したので、帰ることにした。お腹が空いたので、途中で蕎麦屋に寄ろうと思ったのだが、どうも面倒なので(例: 混雑、煙草、愛想の悪い店員、気難しい店主、マズい)、その手前にあった7-11でおろし蕎麦を食べた。ここは見覚えがあって、前にも昼食にしたところだ(調べたら去年の夏だった)。その時は暑かったが、昨日はそれほどでもなかった。レジは公明党の党首みたいな感じのおじさんだった。店長だろうか?

食べていたら、男子中学生が千円札5枚くらいを握りしめて店に入り、少ししてGoogle Playのカードを手にして出てきた。ちょっと現代の闇を感じたが、今は普通のこと? 昔だったらゲームのカートリッジみたいなものなのかな。そういえば、当時の僕は千円札を3枚くらい握りしめてレコードを買いに行ったっけ。

結構疲れたので、帰路は手軽に高速にした。楽だし快適だった。14時頃、無事帰宅した。往路の半分の1.5時間くらいで帰れた。長時間乗ったせいか なかなか疲れた(起きたらふくらはぎが痛い)が、気持ち良かった。いつものように車は快調だった。そろそろ車検だ。総走行距離は約54500km。

約190km、約6時間
IXY Digital 3000isで撮影

 

(19:46 修正、編集時に欠けた箇所を復活)

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キーボード(FILCO Majestouch BLACK Tenkeyless, FKBN91M/NFB2)の底にある滑り止めのゴムかそれを貼っている両面テープが劣化したようで、ベトついてきた。気付いたきっかけは、時々、机にベトベトした汚れが付いているのを見たことだった。最初(去年の今頃)は、机に塗り直したオイルが良く乾かずにムラになったのかと思ったが、そうではなかった。先日、ふとキーボードの底面を見たら、ゴムが埃だらけでベトベトになっていたので、劣化していることが分かった。

見ると、4つの脚全部が劣化しているのだが、どういう訳か手前がひどい。どうやら、ゴムでなくゴムを貼り付けている両面テープが劣化してベタベタな「何か」になり、手前側は面積が大きいので机に垂れたのだろうか。それで、このゴムを「何とか」することにした。ついでに、埃などでかなり汚れていたので清掃もすることにした。

劣化したゴムをどうするかだが、手前のものは、以前流しの樋を固定するために買った滑り止めに交換し、奥は、ゴムの上から剥がせるシールを貼った。清掃も含めて特に問題なく終わった。一番の問題は、両面テープのベトベトのタチが悪かったことだ。指にくっついたらなかなか取れず、気持ちが悪かった。

清掃してとても綺麗になった。しかし、滑り止めについては早くも問題が生じた。日記に書くため、手前に貼った滑り止めの材質を調べたら、ポリウレタン製だったのだ。これは、以前手直しした、経年劣化したバッグのコーティングの材質である。だから、いつか劣化する。ゴムでは両面テープが劣化したが、今度は滑り止め自体が劣化するので、更に好ましくない気がした。更に、奥のシールは貼ってすぐに剥がれてしまった。そもそも「剥がせる」シールだから当然ではある。

それで、手前と奥両方を、昔買って残っていた、机や椅子の脚の底部に貼って騒音や傷を防止するフェルトに交換した

この作業も簡単に終わった。ただ、奥は貼る場所(脚)のカーブがキツいため、フェルトがすぐに剥がれてしまったので、(ケーブルを束ねるのに良く使われている)ビニル被覆の針金で固定した。本当は細い結束バンドの方が強力で良さそうだが、手軽なので針金にした。そもそも、キーボードを持ち上げることは滅多にないから固定しなくてもいいとは思ったが、剥がれた粘着材に埃が付着したり、いつか外れて嫌な気分になるのが嫌なので、一応固定した。

作業後は、フェルトのせいでキーボードが軽く(スルッと)動くようになった。これは想定外だったのだが(滑るフェルトを貼ったので当然ではある)、僕は、とりたててキーボードの固定が必要な使い方をしていないし、食事とか作業の時などに頻繁に前後に動かすので、その時に滑れば机に傷を付けないから却って好都合なので、「結果オーライ」となった。

今回は良く考えずにテキトーに作業を始めたのでいろいろ想定外のことが起こったが、手軽に(その割には写真が多いが)うまく行ったので良しとするw

 

PS. キーボードの清掃後、キートップも劣化していることに気付いた。良く使うキー(A, S, D, Eなど)がひどい。まるで、お寺の凹んだ石段だ。汚れなのかも知れないが、擦っても全然取れないので、コーティング(しているのだろうか?)とかキートップ自体が削れたのかも知れない。まだ4年も使っていないのだが・・・ この辺りは、指の腹でなく爪の先で押すことが多いからなのかも知れない。

キートップも劣化していた。

このキーボードは文字がキートップでなく側面に印刷されているので、使い込んでも文字が削れてみにくくなったりしないから選んだのだが、こういう落とし穴があるとは思いも寄らなかった。まあ、それでも、いくら使い込んでも穴が開くとは思えないのでw、キーのスイッチが壊れるまでは問題なく使えそうだ。

そういえば、キートップとは関係ないが、このキーボードは、長期間(1か月くらい?)使い続けると誤動作するのか(Linux側の問題の可能性もある)、文字が勝手にリピートするようになる(ケーブルを抜いて挿し直すと直る)。定期的(あるいは、スリープからの復帰時など)にキーボードをリセットする処理ができないかと、今思った。

LinuxのUSBの機能を使い、スリープからの復帰時にキーボードをリセット(正確には、USBデバイスのdeauthorizeのあとにauthorizeして、キーボードを再登録する)するようにしてみた。数か月後に結果が分かるはずだ。ただし、この処理はUSBコネクタを抜くのと異なり、キーボードの電源が切れるかは不明なので、もし、キーボード側が異常動作しているのなら、効果がないかも知れない。 (13:03, 14:52)

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副題: 腐った革袋に良いワインか・・・

昨日行ったラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019へのいろいろな文句を、怒涛のようにぶちまける。その他に、いつものように、その日にあったことで気になったことなどを列挙する。

全般

何が「音楽祭」だよ! あんなのストレスを溜めるだけの苦行だ。音楽を楽しむ以前にイライラしたり疲れてしまって、そういうのに耐えて精神を鍛える修行とか、何かの罰ゲームだ。

東京国際フォーラム(以下、TIF)の問題

TIFの全ホールを使っているようなので、ものすごく大勢の人が来ていた。全ホールの収容人員を1万人とすれば、ピーク時にはその数倍から十倍は来ていたはずだ。人が多過ぎて、食事やトイレなど、普通のことすら何一つまともにできない。何でも行列だし、人が多い所(棟の間の広場)ではその行列で通路も塞がってしまって、まともに歩くこともできない。椅子もテーブルも空いている訳なくて、休むことも満足にできない。都心だけど土地は無駄に広いので、何をするにしてもとにかく歩くばかりだった。

まさに、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。毎日満員電車で通勤している人は慣れているのかも知れないが、休みの日まであれでいいのだろうか?

ホールのある棟は階段やエスカレーターばかりで、どこに何があるか分からない。表示はあっても分からない。エスカレーターの前で、係員が「R(扉)は手、L手」(左右逆ではない)と連呼していたくらいだ。他には、トイレの表示を頼りに階段を降りたら、突然表示がなくなり、実は真後ろにトイレがあったりする。ここに比べれば、以前懲りた文京シビックホールの方がまだマシだった。

トイレについては、小さいの(小が数個、大が1室しかないのが多い・・・)が分散していて、そのせいかどれも混雑してしまって、すごく不便だった。女の人はどのトイレも長い行列で、更に大変だっただろう。。。

レストランは高いうえに行列※、周りも高級な店か飲み屋。なぜか、コンビニがほとんどない。これの客以外に、はとバスの観光客や有楽町やビックカメラなどの客も多くて、外も競争率が高そうだった。

※その中にはSizzlerもあった。それを見て、大昔(90年代半ば)、横浜かどこかに行って昼食の時だったか、どこも混んでいて、Sizzlerですら行列ができていて、「なんでSizzlerなんかに並ぶ必要あるの!?」とブチ切れたのを思い出した。一緒に行った方には大変申し訳ない・・・

結局、僕は、昼食は食べられず(探し回っているうちに最初の公演の時間が来てしまったため)、飲み物も買えず(気力がなくなった)、トイレで水を飲んだだけで最初の演奏を聴き、その後、地図アプリで何とか見付けたコンビニでおにぎり2個を買って食べた。一個の具は筍だったのだが、次の演奏の時に、なぜか湿った竹の匂いがして不思議に思ったら、自分だったw

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019(以下、LFJ)の運営の問題

クラシック音楽を知らない人が運営しているとしか思えない。とにかくうるさい。あれは、映画とかポップ音楽の乗りだった。というのは、ホールAのステージ両脇にはディスプレイがあるのだが、開演前に延々と うるさい音を出しながら動画広告(要はCM)が表示されていたのだ。興ざめだし、演奏前に集中を高めたいのに全く落ち着かない! あと、このCMはベレゾフスキーの調律中にも流れていたのだが、邪魔じゃなかったのだろうか?

同じくステージだが、視覚的にもうるさい。ディスプレイの下にはきらびやかで悪趣味なライトが点灯していた。演奏中もずっと! このライトはステージの背にも同じ色で光っていた。もちろん、演奏中も。

ホールに入って椅子に座って、このありさまを見たら、本当に嫌気が差した。それでも演奏を聴きたかったので耐えたのだが、最初の演奏は前に書いた通りの惨憺さだった・・・ もしかして、ベレゾフスキーが本気を出さなかったのは、この醜態のせい? (まあ、そんなことは全くないと思う)

それから、前の稿にも書いたが、ホールAは広過ぎて後ろの席の音が醜悪だ。音が悪すぎて苦痛のレべルではなかった。企画・設定する時に聞いて確認していないのだろう。多くとも収容人員を半分にすべき(サントリーホールだって2000人だったと思う)だが、それでは儲からないのだろう。逆に、5000人で3000円(最後列でも2500円)も取ったら、主催者は「割安」どころかすごく儲かるはずだ。

ステージ脇のディスプレイだって、細かいところが見えるのは確かに便利だが、視点が動くし、明るいから演奏への集中を削ぐ。遠くの人のためという建前だろうが、そもそも人を入れ過ぎるから要るので、客を減らしてディスプレイはなしにすべきなのだ。

とにかく、LFJは最低だった。

しかし、今思うに、実は僕の方が場違いで、趣旨や中身を確かめずに安易に行ったのが大間違いだったのではないだろうか? LFJは、純粋にクラシック音楽を楽しむ人に向けているのではなく、

連休だし、近くで気軽に時間つぶしができ、しかも、家族とかパートナーと一緒に行けて、いかにもセンスがあって文化的で意識高そうで、(若い人なら)彼女とかにうんちくなどを傾けられ、帰りにおしゃれなレストランで食事したい。

とか思う人たちに適当な、「テキトーなお祭り騒ぎ」だったのではないだろうかw

実際、若い人や家族連れ(赤ちゃん連れも)が多かった。しかも、曲や作曲家に特別に興味がなさそうな人が多そうだった。でも、そうであれば、どういう考えでクラシック音楽を、しかもその曲(僕が聴いた曲なんて、「運命」とか「別れの曲」などとは違って、どれもそんなに有名ではないと思う)を、聴きに行ったのだろうか。そこが理解できない。普通のポップ音楽とか映画でいいじゃん。そっちの方がずっと分かりやすいよw 確かに幅広い人に興味を持たれるのはいいけど、聴いたあとで「綺麗だ(すごか)ったね」などで終わって何もしなければ、余り意味がない気がする。まあ、それでも、低い確率ではあるが、これを機会に継続して聴きたくなる人が居るかも知れないから、紹介とか裾野を広げるという意味では価値があるのだろう。

良かったこと

そんなしょうもない催事ではあったが、わずかながら良かったことがあった(もちろん、演奏自体は概ね良かったが、別に書いたのでここには書かない)。

  • スタッフがちゃんとしていた。多くは学生のアルバイトだと思うが、みんなきちんと対応していた。ただ、かなりスタッフが多かったから、経費が掛かってそうだ。まあ、5000人のホールに客を詰め込んで総入れ替えで回転させれば、充分に元が取れるのだろう。
  • 人ばかりの外に比べて、ホールの中は涼しかったことw あと、椅子の幅や間隔が広めなのは良かった。

雑記

  • 若者(概ね2人連れ)の会話が楽しそうだった。映画の話(例の「ピカチュー」や長澤まさみが出ている作?)とか、本に書いてあったらしい音楽のうんちく(ホールの音を調整する人の仕事の話: 「調律師」と言っていたが、実際の名称は違うと思う)とか。うらやましかったし、後者の話には興味があったが、さすがに割って入る訳には行かなかった(それなことをしたら、良く居る、昔取った杵柄オジさんだ)w なので、微笑ましく聞いていた。
  • 写真を見て気付いたが、近頃は聖子ちゃんカットが復活した?? 単なるミディアムボブ? 服装も80年代っぽい気がする。
  • いまだにCD販売をやっていて、それを買う人が多いのが不思議だ。
  • (都内は)さすがに綺麗な人(女性)が多い。あんなにバッチリにして疲れないのか謎だ。慣れなんだろうが・・・
    •  でも、綺麗なのに性格が悪い人も居る。
    • でも、田舎は綺麗でなくても性格が悪い人が居る・・・ (そうだったか)
  • 年寄りは素直でない。
    • 行きのバスで、バスのカードが止まってしまうので手で押さえないように言われても、例によってムスっとして返事もしない。しかも、このババアは降りる時も同じことをして手間取っていた。
  • 連休のせいか、行きのバスは珍しく満員になった。
  • 行きの宇都宮駅で、今更指定席を取ろうとする人が多いようで、券売機は混んでいた。しかも半分くらい停まっていて、更に混んでいた。釣り銭切れだったのか?
  • 新幹線でもSpotiyは問題なかった。ただ、行きは疲れていたのと、帰りは聴いた演奏に満足して、ほとんど聴かなかった。脳内演奏や本物の音楽の方がいい・充分な気がしている。あと、近頃は無音もいい。
  • 新幹線の通路の反対側の列に、熱心に勉強する若い女性が居た。隣席のババアに嫌がらせ(荷物が邪魔だとか)をされても、丁寧な受け答えをしていたので感心した。集中したのか、最後はあぐらをかいていた。そういう人は結構好きだw
  • 演奏中に奇声を発する人が居た。最初の2公演で居た。子ども? 精神障害者?
    • あと、老人は例によってビニール袋をごそごそ。あれ、なんなのかねぇ・・・ やっぱり、飽きたんだろうか。だったら、曲名を見て分かる(分からない)んだから、来なければいいのに。
    • もちろん、隣には、演奏中にパンフを取り出して読みだす人も居たw あれはなぜ??
  • どの公演でも、席の周囲の女の人の匂いがキツかった。いい匂いの人は居なかった。ただ、いい感じの人は無臭だった気がする。その方が好印象だ。
  • 演奏が終わって下の階に降りる時、平然と横から列に割り込む(仲間内で「列になってるのねー」とか話しながら、しばらく列と並行に歩いて、おもむろに(僕の前に)割り込んだ)ババア数人が居た。オバさんて、なんでマナーを守らないのだろうか? まあ、ジジイも一緒か。
  • その後階段で、近くを歩いていた女性が連れに「隣の人が・・・」と言い出したので、もしや、隣に座って居た人で、「リズムに合わせて頭とかを動かして鬱陶しかった」とか言われるのではないかと、ちょっとドキッとした。だが、「煙草臭くてー」だったので、ほっとしたw
  • 疲れのせいか、帰る頃には視力が落ちた。暗いせいもあって、良く見えなかった。
  • なぜか口内炎ができていた。疲れなのだろうが、飲んでいるビタミンB剤が効いてないようだ・・・
  • 帰りの新幹線の通路で: 席に向かう時に反対側からも来たので、数人を通し、切れ目ができたから進んだら、ババアとガキが来て、避けずに(こっちを無視して)平気な顔で通って行った。譲り合いすることを知らないのだろうか。すごく疲れていたし、頭に来たので、少しぶつかったけど僕も無理して通った。それが結構後味が悪かった。
    • 僕は、車でのやり方のように、交互に行こうと思ったのだが、「普通の人」は、行列がなくなるまで、延々と待つものなのだろうか??
    • ババアはやっぱり・・・
  • 宇都宮駅に、いかにもアメリカンな白人女子が居た。「Youは何しに?」w
  • DQN車が駅前ロータリーを結構通っていた。連休のせいか。あんなに居たとは知らなかった。あと、バス用のレーンに入って、停留所に停めて邪魔になっている馬鹿も多かった。
  • なぜか、駅のコンビニは人が多くて列が分からなくて面倒だったので、何も買わずに帰った。吉野家も、最終バスの時間まで余裕がなくて入れなかった。結局、夕食もまともなものが食べられず・・・ さすがに、僕もそこまでストイックではないw
  • 帰りのバスは丁寧な運転手さんで怖くなかった。珍しい。
  • 珍しく何の忘れ物(持参し忘れも)もなかった。
  • かなり歩いたせいか疲れたせいか、今朝は1週間前に比べて体重が1kg減った。そして、ふくらはぎが痛い。

てな訳で、メモしたことや思ったことをほとんど全部吐き(掃き)出したので、すっきりしたw

AQUOS sense liteで撮影

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以前書いたように、昨日、ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019で3つの演奏(公演)を聴いた。演奏は一部を除いて良かったのだが、施設(東京国際フォーラム)や運営がひど過ぎて(「[悲報] ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019の運営がひどすぎた件」という題にしようと思ったくらいだ)、演奏は別にして、あそこにはもう二度と行きたくない(無料でも断る!)。それについては別途書くことにして(→ 書いた)、まずは聴いた演奏の感想を中心に書く。以下の"No."はラ・フォル・ジュルネの公演番号である。

No. 113: アンヌ・ケフェレック: モーツァルト ピアノ協奏曲 第25番

指揮: ミハイル・ゲイツ、オケ: シンフォニア・ヴァルソヴィア

この演奏については、席の問題が大きくて、純粋な演奏の感想を書くのが難しい(「評価対象外」とした方が適切なくらいだ)。席が最後列(後ろは壁)だったため、音が最悪だった。

このホール(ホールA, 次の2公演も同じホールだった)は5千人くらい入るようで、かなり大きいせいか、最後列は完全に「アウェー」な感じで、音も見た目も一体感が全くなかった(観たことはないが、野球の外野席のような感じだろうか)。「なんか遠くでやってるな」、「向こうで拍手の音が聞こえるね」って感じだ。だから、音に包まれるなんてことが全くなくて、コンサートの意味が感じられなかった。音量も小さく、例えば、全奏で大音量のはずの箇所でも自分の動きで出る音(例: ハンカチが擦れる音)が聞こえるくらいだった。

音量以上にひどかったのは、ステージからの距離が長いための遅延のせいで音が混ざってしまい(いろいろな遅延時間の音が混ざったのだろう)、短い音符、特に連打がぐちゃぐちゃになってしまった。更に、音質もひどいものだった。生演奏の良さは全くなく、質の悪いスピーカーで出してるのかと思った。はっきり言って、あの音をずっと聞かせられるんだったら、家で僕のステレオで聴いた方が100倍マシだと思った。あのホールは音楽用ではないのではないだろうか? それは、ステージの外見でも分かると思う。少なくとも、クラシック音楽のプロは居ないようだ。それでも使いたいなら、せめて後ろ半分の席を使わないようにするとかしないと、かなり無理がある。

別の投稿で書いたが、既に演奏の前に完全に嫌な気分になっていたので、第1楽章が始まって、とんでもない音なのが分かったらすぐに帰りたくなったのだが、通路から遠くて途中で出るのが難しかったし、連休なので新幹線の自由席には座れなさそうなことに気付いたので、我慢した(結果的には、それで以降の演奏を聴けたので、良かった)。

前にも予想したが、ケフェレックのこの曲は僕にはイマイチだった。僕は、この曲は、フレイのような豪快とかパワフルな演奏が(曲の性格にも合っているように思えて)好きなのだが、その正反対であったせいは大きい。まず、音が弱い。弱くて良く聞こえない。これは席の問題だけでない気がする。仮に近くても物足りないと思っただろう(多分、古楽器の好きな人は問題ない)。あと、何となく神経質そうな音に聞こえたのも、気に入らなかった。

モーツァルトの時代は(今のピアノはなく、)フォルテピアノだったから、大音量はあり得なくて、小さい音で弾くのが歴史的には正しいという考えなのかも知れないが、それなら小さいホールでやって欲しかった。ただ、弾く動作が大ぶりなところ(例: 少し長い休符の前の音を切る時に腕をバッと引く)があって、実は本人は大きく弾いているつもりなのかも知れない。それなら弱過ぎる。実際、同じオケでショパンを弾いたベレゾフスキーの音量は充分だった(ただし、席はずっといいところだったから、単純な比較はできない)。おもしろいことに、彼の振りは全く大人しいものだった。

いずれにしても、僕の好みではなかった。何となく、中学時代の、すぐに小言を言ううるさいオバさん先生を思い出してしまった。

※2曲目にバルディルーによるモーツァルトのクラリネット協奏曲も演奏されたが、知らない曲だし、そもそも早く出たかったから良く聴いていなかったので、感想は省略する。曲としては好きではない。

No. 114: ネルソン・ゲルナー: ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番

指揮: スラドコフスキー、オケ: タタルスタン国立交響楽団

最高だった! 終始乗れて、完全燃焼して真っ白な灰になったw ケフェレックで帰らなくて良かったと思った。

ゲルナーは想像と違って小柄で(上述のフレイの指揮者ズヴェーデンと混同していたようだ)、人の良さそうな、ちょっと頼りなさそうなおじさんだった。だから、始まる前は、「(パワーなどの点で)大丈夫かな?」と心配したのだが、最初のフレーズを聴いた時点で全く問題ないことを確信した。実際、彼はこの曲を完璧に弾き切った。見事だったとしか言いようがない。下のベレゾフスキーを評したようなことを書くとすれば、「恐ろしい子!」だw

彼は頻繁に指揮者を見ていたのだが、難曲なので、致命傷になりかねない音ズレなどを減らそうという気持ちだったのではないか(そういう動作で、「いいおじさん」の印象を受けた)。音ズレの点では、結果としては、下に書くベレゾフスキーとは逆で、ほとんど感じられなかった。

席については、2階席だったのでステージが遠く(ステージ脇にディスプレイがあったので、遠くてもちゃんと見ることはできたが、後の稿で書くが、それもいいことばかりではなかった)、上から見下ろす感じで今ひとつだったものの、音は問題なかった。S席(この演奏)とA席(ケフェレック)の違いは大きいようだ。ただ、ケフェレックのAはCとかDのほうが妥当な気がする・・・

席が良かったので、普段、家では聞こえない低音が聞こえて、「なるほど、こういう作りだったのか」と思った(腑に落ちた気がした)。そういう音が聞こえることで、更にいい感じに・気持ち良くなったので、こういう音が家でも出せるといいのだが、そこから無間地獄が始まるので止めておくw

あと、別投稿の雑記の項に書く方がいいかも知れないが、途中で赤ちゃんが泣き出してしまって、母親に抱かれて退出したが、なぜか全然気にならず、微笑ましく思えるくらいだった(「そりゃあ泣くよね」、「どっちも可哀想に・・・」くらい)。(曲の)場所にもよるだろうが、この曲は僕の中では格闘技なので、細かいことはいいようだw でも、モーツァルトやショパンでは全くありえない。それにしても、この曲に赤ちゃんを連れて行くのはどういう考えなのか、聞いてみたい。けしからん以上に(それは今回は許せた)、どういう効果や価値があると思ったのだろうか。下手するとトラウマになる気がするw 単に、何も考えてないのか。まあ、誰も預かってくれないとかいう事情はあるだろうから、仕方ないが・・・

No. 115: ボリス・ベレゾフスキー: ショパン ピアノ協奏曲 第2番

指揮: なし (コンマス: ハウファ)、オケ: シンフォニア・ヴァルソヴィア

大変僭越ながら、「君はもっと良く弾ける子でしょ?」と言いたい。いや、実際のところ、彼の音は、溜息が出たほど・「死ぬほど」美しかった。オケもピアノに負けず綺麗だった。後で気付いたが、このオケは最初のケフェレックのと同じだったようだ。それにしては、音の聞こえ方が全然違っていた。編成や席の違いが大きいのだろうか。

協奏曲の前に、彼だけで練習曲を数曲演奏したのだが、最初の「エオリアン・ハープ」には本当に参った。あんなに綺麗な音が出るものかと思った。これだけで満足だったし、他にも練習曲を多く演奏したので、それだけでも充分な気がしてしまった。

一方、メインの協奏曲では(練習曲でもそういうフシがあったのだが)、どうも、本気を出してないような気がした(そんなことは全然ないとは思うのだが)。損しているのは、彼は、フルコンが小さく見えるくらい身体が大きくて、小さく見える鍵盤を大きな手で軽々と、いかにも赤子の手をひねるように弾いているように見えてしまうことだろう。その他に、ごくわずかに音が軽く感じたせいもある。ただ、前に書いたように、彼はサラッと弾く人のようなので、それが彼の表現なのかも知れない。そういうところが、以前買ったラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番のCDを気に入らなかった原因かも知れない。

他に気になったのは、何度も、オケとピアノやオケの中での音ずれがあったように聞こえたことだ。指揮者が居ないせいなのだろうか。最初は、ピアノが中央に配置されているところから見て、ベレゾフスキーが弾き振りしているように思ったのだが(実際には、弾き振りだったらピアノの前後が逆で、ピアニストが奥を向くように配置する)、パンフにはそうは書いてなかった(コンマスがリードするような雰囲気だった)。ただ、ステージ脇の画面には、時折彼が他の楽器に目配せして(睨んで?)いるのが写っていた。だから、主導権が誰にあるか不明な状態で演奏されているために音ずれが出たのではないかと思う。そういうところも、本気を出してないように感じた一因かも知れない。

今回の席は、1階の中央の少し後ろと、この日の中で一番いいところ(一般的には普通の席)だった。そのため、音質は全く問題なかった。ゲルナーの時と同様に、家では聞こえない低音が聞けて良かったし、音の作りが分かった。

まとめ

全体的には良かった。一番は、やっぱり、ラフマニノフのおじさんだったw ただ、さすがに一日で3つの演奏を聴くのは疲れた。例えば、最後の演奏が終わった時、左脚のふくらはぎがつりそうになった。でも、疲れは演奏以外の問題によるもののほうが大きかったと思う。それでも行って良かった(しかし、再度書くが、あそこはもう真っ平御免だ)。

 

(14:35, 17:21 加筆・修正)

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先日、クリーニングに出す服を入れようとバッグを見たら、中がひどいことになっていた。前からそうだったのを忘れていたのだが、底に茶色い細かい粉のようなものが溜まっていたのだ。一瞬、カビや虫かと思ったのだが、内側のコーティングが剥がれたようで、触るとポロポロ落ちる。しかも、茶色に変色している。調べると、バッグなどに良く使われているポリウレタン(PU)のコーティングは、数年で経年劣化(加水分解)して剥がれてしまうとのことだった。

あれをいつ買ったのか過去の写真から調べようとしたのだが、写っているものがなくて分からなかった。おそらく、2005年頃※に、ちょっとした出張用か小旅行用に買ったのではないかと思う。デパートかショッピングモールの専門店のようなところで、安かったから買ったのを覚えている(特にブランドにひかれた訳ではない)。まあ、10年以上は持ったはずで(下手すれば20年かも)、もう寿命だろうから捨てようと思って、ゴミ箱の横に置いた。

※その後記憶をたどったら、最初の会社を辞める頃には持っていた気がするので、買ったのは1996年前後かも知れない。とすれば20年物だ。全然詳しくはないが、2000年代の物だとデザインがもっと奇抜になっているようにも思うから(これだって、一番目立たないのを選んだ。そのおかげで今でも使える。ストラップ以外はw)、1990年代の方が確からしい。いずれにしても、物持ちがいいことは確かなようだw (4/25 8:33)

が、一晩経って、外側はまだ綺麗だし、(今までは意識していなかったのだが、)あの、丸い形の微妙に可愛いような雰囲気を気に入っていることに気付いたので、もったいない気がして来た。それに、捨ててしまうと代わりのバックがなくなるので、クリーニングの時などに不便になる。

それで、ちょっと直してみようと思った。ただ、基本的に、修理することはできず、劣化したコーティングを剥がすしかないようだ。使っているクリーニング店のサービスにはそういうのはなかった(「劣化します」とだけ書いてあった)。また、上から塗って、再度コーティングのように固まるスプレーの類※もなさそうだ(あったとしても、劣化したものはいずれ剥がれるだろう)。剥がす方法を調べると、一番記載が多くて(ほとんどは最初に書かれたページの転載なのかも知れない)効果があると書いてあったのは、重曹を溶かした湯に浸けてから擦るようだった。ただ、本当に重曹の化学成分が効くのか疑問だった(単に、重曹の粉が擦るのに効果的なのではないのかと思った)のと、買うのが面倒だったので、手持ちの物で何とかしてみることにした。

※Amazonで調べたら、劣化したコーティングの上から塗れそうなものにはゴムの塗料があったが、剥がれる(それがウリ。剥がれないようにもできる)し、そもそも、内張りがゴムでは使いにくくなりそうだ。次に、フッ素コーティング剤も可能性があるが、布に使えるか不明なうえに高い。他にはシリコンコーティング剤があったが、これは布には使えないようだし、硬化するから駄目そうだ。 (4/26 10:27)

とはいえ、漂白剤系は布が変色するから使えず(そもそも、効果があるとも思えない)、それ以外は目ぼしいものがないので※、台所の除菌用アルコールと(買ったもののほとんど使っていないw)車の頑固汚れ用洗剤(写真左上のもの)を試してみることにした。ただ、後者は風呂掃除の時にも全く無力だったので期待できなかったw (風呂掃除という点では、確かに重曹は擦り洗いに効いた。)  実際、その洗剤に一晩浸けても特にコーティングは落ちておらず、その前後に風呂掃除用ブラシで擦ったのが効いていた。あと、アルコールは試すのを忘れた。

※本当はコーティングの溶剤がいいのだろうが、それが何なのか分からなかった。シンナーとか、石油系のものなのだろうか? ただ、そういうので溶かすと、コーティングが布の裏や周囲に広がってしまって逆効果かも知れない。

結局、部分によって取れたり取れなかったりしているが(おそらく、余り劣化していないところは落ちなかったのだろう)、とりあえず、コーティングがポロポロ落ちることはなくなった。また、作業の内側の色を比較すると、明らかにコーティングが少なくなっている。ただ、まだ残っているから、時間が経てば再発する気がする。でもまあ、今は滅多に使わないから、次回の様子を見てまた考えよう。

 

PS. 検索中に見たあるページに、重曹でコーティングを剥がした後、なぜか、川ですすいだというのを見たが、何を考えているんだろうと思った。今はマイクロプラスティックが問題になっているし(僕はそれには懐疑的だが)、それ以前にゴミを流す行為ではないか。それを山好きの人がやっていたようだったから、「()」だった。決め付けは良くないが、そういう人って、煙草の吸い殻とかザイルとか酸素ボンベを平気(自分たちの論理)で山に放置するのではないだろうか。

似たようなことに、和服の布を染めたあとに川でさらすとかいう伝統的製法も、実は良くないのではないかと思う。まあ、僕だって、食後に残ったドレッシングの油や冷やし中華のつゆなどを流しに流してしまうから人のことは言えないけど、こっちは下水道の処理施設が入るから、ずっとマシだ。

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先日ちょっと書いたドライブの補足を書きます。

歯科(定期検診)のあと、久し振りに行きたくなって、いつものデニーズに向かい、12時頃着いた。パスタとサラダとオールフリーにした。ペペロンチーノはまあまあ(麺がちょっと水っぽかった)だった。小泉さん(仮)が親切だったけど、前回同様、すぐに居なくなってしまった。いつもと同様に1500円くらいだった。付近の道沿いの桜が満開だったので、食後に少し歩いた。天気が良くて気持ち良かったが、歩くと暑くなった。

気分も天気も良かったので、古峰ヶ原辺りまで走ってみることにした。30kmくらいで、ちょっと行くには遠い気がしたから、疲れたら途中で帰ろうと思っていたが、のどかに走れたせいか、いつの間にか着いて、すごく近く感じた。13時頃出て、14時頃、神社に着いた。平日なので、さすがに人は少なかった。

※調べたら、狛猫は既に居るとのこと。ちょっと見に行きたいけど、遠い・・・

神社から林道(舗装はちゃんとされていて、入口辺りは太かった)経由で帰ることもできるようで、おもしろそうではあったのだが、どうせ途中から細くなって神経を遣うだろうから止めた。帰路の山を下る道に、ものすごく遅い(ほぼ30km/h・・・ 良くこのスピードを保てるものだと、却って感心するw)老人の軽が居たが、呆れながらも気持ち良く走れた。遅く走るのも自由だけど、彼らには「譲る」という単語も覚えて欲しい。行きと同じ道は車が多目だったので、途中で少し南にそれた(地図の「鹿沼市」の左の下に膨らんだ部分)。それから7-11に寄って、バナナを食べながら「国生さん」に見とれたw

16:15頃、無事帰宅した。気持ち良かったが、結構長時間乗ったので疲れた。帰りにガソリンを入れたら、近頃はほとんど遠出しかしていないため、燃費は良く、15km/lだった。

約90km、6:45(歯科・昼食込み)
AQUOS sense liteにて撮影 (今ひとつ色が薄い感じ)

 

(4/9 9:30, 11:18, 11:32 題を変更, 5/13 6:22 日付が誤っていたので修正)

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諦めた」と書いたPQI Air Card II(以下、Air Card)でのデジカメ画像の転送であるが、実は密かに日夜続けていたw(投稿の間が空いたのはそのせいだ) 買ったお金が無駄になるのが嫌なのでなく、「できそうでできない」というムカつかせる状態や僕の好奇心がそうさせていた。毎日、夜には諦めて片付けるものの、朝起きると新しいアイデアが浮かび、引っ張り出して試し、結局駄目でがっかりして、「もう諦めた!」と決意を堅くして仕舞うの繰り返しだった。

大きな問題は以下だった。

  • 電源をonにした時、通常はWi-Fi(Linuxも)を起動させないようにする。
  • デジカメから、Linuxを起動するかどうかの切り替えができるようにする。

切り替える手段がほとんどないので、Air CardやFlashAirのやり方をならって、特定の画像を削除することにした。ただ、前にも書いたように、切り替え機能を実現するベースに使おうとしているファームウェア更新プログラム(program.bin)ではifなどの条件判定ができないうえに、入手したu-bootをコンパイルしてもなぜかうまく動かない機能が多いので、どうしても、「あるファイルがあったら*する/しない」という判定ができずにいた。

それが、昨夜ふと思い付いたことで可能になった。

program.binは、SD内にファームウェアの更新に必要なファイルがあるかどうかを判定して(u-bootの)ファイル読み込みやフラッシュ書き込みコマンドを実行しているので、その判定処理を使うのだ。具体的には、例えば、SDにあるImage3というファイルをフラッシュに書き込むコマンドは、program.binの中に以下のような文字列で書かれている。

fatload mmc 1 208000 image3; sf erase 200000 300000; sf write 1ffc00 200000 300000

今までは、そこにファイル有無を判定するコマンドを入れて失敗していたのだが、そもそも、Image3がある時だけこれが実行されるのだから、これが呼ばれる前にImage3というファイルの有無の判定処理があるはずで、それが使えるのだ。それで、書き込みコマンドを以下のように書き換えれば、SDにImage3がある時には、(しばらくの間: 10万秒(= 約1日)を期待する)Linuxを起動させないようにすることができる(u-bootにはシステムを止めたり何もしないでいるコマンドがないので、sleepを使った)。

sleep 100000

そのように書き換えて(実際には、コマンドを書けるサイズが大きいのでpreprog_chk.binというファイル用の領域を使った)、SDに対象のファイルを作って起動したら、当たり前ながらLinuxは起動しなかった。

実際にデジカメから設定できるようにするには、設定に使う画像ファイルはDCIMディレクトリの下になければならないのだが、運良く乗り越えられた。program.binの中には、存在を確認するファイル名を格納している領域があるので、そこに判定に使いたいファイル名(例: DCIM/100_CTRL/nowf0001.jpg)を書き込めば良い。実際には、本来のファイル名より実際のファイル名が長いからオーバーしてしまうのだが、たまたま、その後にメッセージの文字列が入っていたので、そこまで使って格納できた。メッセージは見えないので、おかしくても全く問題ない。具体的には、

preprog_chk.bin\0pre-program check passed.

DCIM/100_CTRL/nowf0001.jpg\0 check passed.

に変えた(文字列中の"\0"は、文字列の終端を示す文字である。\0は記載したそれぞれの文字列の最後にもあるが、省略している)。これで、DCIM/100_CTRL/nowf0001.jpgがある時はWi-Fi(Linuxも)は起動せず、それをカメラで削除して電源を入れ直せばWi-Fi(Linuxも)が起動するようになる(Linuxが起動したら、削除した設定用ファイルなどを復活させるようにした)。なお、デジカメはディレクトリ名やファイル名や画像のサイズを細かくチェックしているので、それらを規格や仕様に合わせないと、デジカメにエラーが出たり画像が表示されなかったりするので、注意が必要だ。

画像の削除でWi-Fi(Linux)をonにできるようになった

ここで、動作確認していたら問題が見付かった。Linuxを起動させないようにするsleepの待ち時間が想定よりかなり短いことが分かった。調べたら、約1日は持つと思っていた"sleep 100000"が約4分で終わってしまった。どういう訳か、単位が秒でなく1/416秒程度だったようだ。仕方ないので、約1時間ごとに繰り返すように、以下のようにした(調べたところでは、アドレスe00000にジャンプするとプログラムが(再)起動するようなので、そうした)。

sleep 1440000; go e00000

ようやく、実使用時の操作方法でPCに画像を転送できるように(実際にはPCから画像が取り込めるように)なったと思いきや、更に大きな落とし穴があった。

デジカメの省電力(自動電源off)機能だ。

今の状態ではWi-Fiでの転送速度はUSBに比べれば遅いが、改良していくら高速化しても、大量の画像を転送しているうちにデジカメの電源が切れる可能性が0にならないのだ。マニュアルによれば、5分で切れる(時間は変更不可・・・)。今日測定したら、1枚の転送に約6秒掛かっていたので、50枚以上取り込もうとしたら切れる。いくら高速化したって(現実には10倍だって無理だろう)、いつかは切れる。一方、USB(PTP)の場合は、カメラが自分で転送中と分かっているから、おそらく絶対に切れない。自分で転送しているのに切るのなら、とんでもない間抜けだ。

カメラは、挿さっているSDが勝手にWi-Fiで転送しているなんてことは知る由がないし、SDからカメラに「ちょっと電源切らないで」なんて言えないので、それを防ぐにはデジカメの省電力機能をoffにするしかないが、使っているうちに自分で電源を切り忘れる可能性があるから嫌だし、転送のたびに設定を変えるのは面倒だ(それならケーブルを繋ぐ方がいい)。

「Wi-Fi内蔵SD」は本質的に駄目だったのだ。

確かに、ちょっと前に見たページにも省電力機能と競合するのでWi-Fi SDは下火になったようなことが書いてあった。。。 これって、最初っから太刀打ちできないとか腐っているもの(例: 竹槍)を気合や根性でなんとかしようとしたけど結局は無駄で、他所の賢い人が考えた素性のいいものに完敗するという、日本の伝統ではないか!w (多分、「本物」は、この期に及んでも分割転送とかいろいろやるんだろうな・・・ 僕はもうお腹いっぱいだが)

散々苦労したし、渾身のシステムができそうでわくわくしていたものの、結局はお蔵入りだ。がっかりしたが、まあ、随分遊べて(ちょっとしたハッカーの真似事?w)おもしろかったし、いろいろなことが分かったので良しとしたい。

が、すごく疲れたー。

これで安心して本当に仕舞えるかな(micro SDだけ残してさっさと捨てたいくらいだw)。

最後に一言:

駄目なものはいくら頑張ったって無駄。

 

PS. それにしても、Air Cardの中をかなりいろいろ見たが、これまでに書いた以外にも山ほどまともに動かない/作っていない・手抜きなところが多く、いかにも「中華クオリティ」(ただし、本当はどの国の人が作ったのかは知らない)だと思った。まあ、それでもそれなりに売れてそれなりに動いているのだから、逆に感心する。でも、それが結局は、あのとんでもない評価に繋がっているのだろう。やっぱり、手抜きはいけない。

(19:55 画像を追加)

  • wifi機能付のSDカード

    wifi機能付のSDカード

    wifi機能、つまり、無線LANを使った通信機能のあるSDカードがある程度広まった感があるのでここで…

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昨日絶賛したPQI Air Card II(以下、Air Card)。引き続き、デジカメ画像取り込みシステムの構築作業を続けていて、ふと思った。先日のLEDランプを測った時の治具で消費電力が測れるのではと。早速やってみたら、何とか測れた。

単体では無理なので、カードリーダー(I-O Data USB2-7inRW)に挿した状態で測定した。比較のため、カードなしの場合、Air Cardなしの場合(16GB micro SDをアダプタで使用)、Air CardのWi-Fi接続時と切断時(アイドル状態)を測定した。以下に結果を示す。なお、電流値は約1Ωの抵抗の両端の電圧をアナログテスターで測った。そのため、精度は低い。なお、カードのみやAir Card+SDカードの消費電力は、アダプタ込みの値からアダプタ単体の値を減算して求めた。また、電力は電圧を5Vとして計算した。

  • カードなし(アダプタ単体): 60mA (300mW)
  • SDカードのみ(Air Cardなし): 70mA (350mW) → SDカードのみ: 10mA (50mW)
  • Air Card
    • 起動直後: 120mA (600mW) → Air Card+SDカード: 60mA (300mW)
    • Wi-Fi on時(APに接続状態): 220mA (1.1W) → Air Card+SDカード: 160mA (800mW)
    • Wi-Fi off時: 160mA (800mW) → Air Card+SDカード: 100mA (500mW)

Air Cardの消費電力がかなり大きいことが分かり、愕然とした。Wi-Fiがonの時は仕方ないにしても、offにすれば減ると思い込んでいたので、offにしてもほとんど減らないのは想定外だった。そこで、何とか減らせないものかと試行錯誤した。

ほとんどは効果がなかったが、Wi-Fiの電力管理の設定で減らせた。具体的には、Air Cardにログインして以下のコマンドを実行する。

wl PM 2

"2"は"1"でも良い。2だと高速(状態変化に速く適応する)に電力を制御するようだ。この設定をしてもWi-Fi off時の消費電力は変わらないが、on時(APに接続)のアイドル時の電力が下がることが分かった。"2"の場合の測定結果を以下に示す。

  • Air Card (電力管理設定あり)
    • Wi-Fi on時(APに接続、アイドル状態)、Wi-Fi off時: 160mA (800mW) → Air Card+SDカード: 100mA (500mW)

つまり、Air Cardのアイドル時の消費電力は、Wi-Fiのon/offに関わらず約100mA (500mW)となる。どうにも信じ難いのだが、Wi-Fi部でなく基本部が電気を食っているようだ(あるいは、電力制御機能がなくて、Wi-Fiを"off"にしても電気は流れているのかも知れない)。そして、上記のとおり、SDカードのみだと10mA (50mW)なので、Air Cardを使うと消費電力が10倍になる計算で、更に愕然とした。ただ、調べたところでは、東芝のFlashAirはWi-Fiをoffにすると消費電力が小さくなるが、Air CardのWi-Fi off時の消費電力は大きいままだ。(3/25 4:44 訂正)

(3/25 4:44) SiSO-LABによれば、FlashAir単体の消費電力は以下のとおりだったので、Air CardのWi-Fi off時の消費電力はFlashAirの5倍程度と、特に大きい。

Wi-Fi on時: 622mW, Wi-Fi off時: 104mW

普通のLinuxだと、CPUやSDカードなどのクロック周波数を下げて消費電力を減らせる可能性があるのだが、Air Cardにはそのようなコマンドはない。また、poweroffのような、システムを停めるコマンドもない(別の製品(Flucard)のpoweroffコマンドを試したが、効果はなかった)。

ただ、カメラ本体の消費電力が大きい場合には、SDカード部の消費電力が増えてもそれほど影響がない可能性があるので、カメラ(IXY Digital 3000IS)の消費電力を調べてみた。CIPAの測定値と連続再生時間は以下のとおりである。

画面表示時: 280枚, 再生時間: 6時間
バッテリ: NB-5L: 3.7V, 1120(1050)mAh, 3.9Wh

それで、CIPAの測定方法から、撮影時のおおよその連続使用時間を求めて平均消費電力を推定しようとした。CIPAの測定方法の概略は、以下のとおりである。

  • 30s間隔で撮影
  • 2回に1回フラッシュ
  • 10枚ごとに電源off, on

そこで、平均撮影間隔を1.5枚/分とすると、280枚では3.1時間なので、平均消費電力は

3.9Wh/3.1h= 1.25W

となる。Air Cardのアイドル時の消費電力は上記のとおり0.5Wなので、約40%の増加(撮影可能枚数は40%減)となり、やっぱり大きい。なお、再生時の消費電力は3.9Wh/6h= 650mWなので、Air Cardによってほぼ倍増する(再生可能時間は1/2)計算になる。

これでは使う意味がない気がして来た。無理をしてでも消費電力を下げるには、例えば、micro SDをアダプタでカメラに入れて撮影し、家に戻ってPCに画像を転送する時だけAir Cardに挿し直すことだが、手間が増えて何がいいのか分からない。ケーブルがないことだけがメリットだが、カードを挿し替えるくらいならカードリーダーを使う方がいい。。。

作業を続けるべきか迷う(やる気は結構下がったw)が、とりあえず作って、ひととおり使って、電池がどのくらい持つのか確かめてみたい。

 

PS. 一つ、Air Cardが使える可能性があるのは、カードリーダーの動作時の消費電力が大きい場合だ。カードを挿していない時の消費電力は上記のように低いけれど、カードを挿して動かすと増える可能性がある。その時にはAir Card+SDカード(カードのみも)の消費電力が相対的に減るので、Air Cardによる消費電力の増加は少なくなる。これを調べるにはSDカードの端子を引き出さなければいけないので、無理だ。本当に使ってみるしかない。

いやいや、良く考えると、SDカードのみの場合の消費電力も小さいから、カードが挿さっていなくてもカードリーダーは動いているようだ。そして、仮にSDカードの消費電力が0Wだったとしても、カードリーダー単体の消費電力が50mW増えて、Air Cardがその分減って450mWになる程度だ。「詰んだ」ってやつかな。。。

PS2. もう一つの可能性は、Air CardのLinuxのカスタマイズ部分を解読して改造することだ。Linuxが起動するまでは消費電力が低いようなので、その逆に、Wi-Fiを使わなくなったらLinuxが起動する前の状態に戻せばいい。はずだが、かなり面倒なうえに、それで消費電力が減らせるかどうかは不明だ。そもそも、僕はAir Cardで遊びたい訳ではない(おもしろかったのは確かだが、機能が貧弱過ぎるので、余りおもしろくない)ので、FlashAirに乗り換えるほうがいい。 (3/25 9:31)

PS3. Linuxが起動しなければ(各種デバイスが動かないから)消費電力が低いのかどうか確かめてみた。別の投稿のPS2にも書いたように、Air Card用のプログラムをコンパイルすることすら困難だったので、ブートローダ(u-boot)ファームウェア更新プログラム(program.bin)を改造した。Air Cardの更新ファームウェアのZIPを展開したうち※のprogram.binというファイルがブートローダ更新プログラムである。その中に書かれたスクリプト(u-bootのサブセット?)でファームの更新とLinuxの起動を行っているようなので、u-bootの終了や長時間のスリープに置き換えて、Linuxを起動させないようにした。具体的には、以下のようにして改造した。

sed -e 's/bootcmd=run set_bootargs; run bootf/bootcmd=sleep 123456; sleep 234567/g' -e 's/fatload mmc/exit; /g' program.bin > /tmp/program.bin

※PQI Air Card IIのファームウェアファイルの内容(推測)は以下のとおり。

    • program.bin: ブートローダ(u-boot) ファームウェア更新プログラム
    • mtd_jffs2.bin: /mnt/mtdのファイルシステムの内容
    • Image3: Linuxカーネル
    • initramfs3.gz: Linuxのルートファイルシステム(/)の内容
    • autoload.tbl: (ない場合もある)不明。読み込むファイル一覧?

試すには、改造したprogram.binと残りのファームをmicro SDに書き込んで電源を入れてしばらく待てば良い(元に戻すには、本来のファームをmicro SDに書き込んで電源を入れてしばらく待てば良い)。

残念ながら、結果は駄目だった。Air CardのAPはできていないので、確実にLinuxは起動していないのだが、消費電力は減っておらず、上記のアイドル時の消費電力と同じ100mA (500mW)だった。

結局、そもそもAir Card自体が何もしなくても消費電力が大きいようだ。ここから減らそうとしたら、電源管理モジュールの機能を使ってシステム(ハード)の動作を停止させる必要がありそうだが、そういう機能があるのか不明だし、この状態ではWi-Fiモジュールは動作していないことが確実なので、それ以外の消費が大きいということなので、まず減らないだろう。

という訳で、Air Cardが日の目を見ることはなさそうだ。

(3/25 4:44 FlashAirの消費電力を訂正; 8:56 題に追加、加筆・修正; 3/27 12:07 PS3を追加; 3/29 13:36 program.binの内容を訂正)

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デジカメの画像転送のWi-Fi化を密かに進めていて、先日、Wi-Fi内蔵SDカード(PQI Air Card II)を注文した。ヨドバシにはなくて、Amazon(マーケットプレイス)で約1800円だった。今日、それが届いた。予定より3日も早く、その時点で逆に一抹の不安すら生じた(ちなみに、自作の郵便チェックプログラムで、「配達済み」という情報で気付いた)。届いた物を見たら真っ平らな封筒で、「もしかして普通のSDカード? 騙された?」と、更に不安になった。

でも、開けてみたら、ちゃんと本物だった。元々のパッケージが薄かったのだ。まあ、某林檎社(だけじゃないけど)のように、手の込んだ美しい箱なんて要らないからw、こういうのでいいのだ。それでもまだ半信半疑で、あらかじめ考えておいた動作確認手順を進めたら、全部OKだった。添付のmicro SDカードだって、ちゃんと16GBあった。そして、肝心のWi-Fiの動作も問題なく、ちゃんとスマフォ(ブラウザ)から接続できた

すごいっす!

何もトラブルがなかった(せいぜい、説明書が本体の下に隠れていて危うく捨てるところだったのと、文字が細か過ぎて読む気にならなかったことと、FTPサーバのコマンドへの応答がちょっとおかしかっただけだ)。こんなの久し振りではないだろうか(いや、売り物なら当たり前なんだけどね・・・)w 気を良くして応用に進み、事前に調べておいたページ(→ )を参考にして、初期状態ではWi-Fiの親機(AP)になるのを、起動したらすぐに子機モードに切り替えてAPに接続するようにしてみたら、魔法のようにちゃんと動いた。

Incredible!

としか言いようがない。Amazonのレビューは全く散々で買う気が失せるのだが、みんなアフォなのか。。。※ あるいは他社の工作員?? しかも、このカードを(デジカメでなく)カードリーダーに挿すとWi-Fiが動かないことがあるらしいが、幸運なことに、それもちゃんと動いた(でも、動かないのはなんかおかしいと思う)。そのおかげで、たった半日で作業が大分進み、危ういところは通過した感じだ。最初は「次の段階で」と思っていた自動取り込みもすぐにできそうな雰囲気だ。

※文句を書いた人の(不)名誉のために書くと、「ただデジカメに挿せば、何の苦労もなく目をつぶっていても画像が転送される」なんて思ってるから駄目なんだよ! 世の中そんな甘い訳ないじゃん。Wi-Fiなんて、ただでさえいろいろんことがあるのだから、それがデジカメの中のSDに入ったら、まともに動くことだけでも僥倖だと思わなくちゃ。とは言え、メーカーはいかにも簡単に使えるように宣伝していたようだから仕方ない(し、そんなことだから売れなくて生産終了なんだろう)が・・・

今の段階では耐久性は分からないけど、機能については全く問題ない。真面目に生きてれば(いやいや)、たまにはいいことあるもんだねw

今回はこの感動だけを書くことにして、作業の中身・詳細については追って書く予定である。

 

PS. あとで、忘れずにAmazonのレビューに書こう。今のままではPQIが可哀想過ぎるよ。

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