Archive for the ‘人’ Category

どうしてか分からないが、同じアパートに、妙にタイミングが合う家族が居る。訳あって僕はその人たちが大嫌いだから全然見たくないのに、外出する時などに油断していると、必ずと言っていいほど出くわすのだ。

例えば、夕方、買い物に行く時、彼らの物音も声も聞こえないから、「今日は大丈夫だな」と思って部屋を出ると、それまで影も形もなかったのに突然降って湧いたように、なぜか帰宅して来るのに出会って、がっかりする具合だ。

大嫌いなら無視すればいいと思って、そうしようと思っていのだが、朝、やっぱり突然会った時に、向こうから挨拶されてしまって、仕方なく返した。更に弱いことに、その母親がいつも連れている子(幼児)までちゃんと挨拶してくるのだ。近頃は顔を覚えられたようで、笑顔で挨拶して来る。そんなことをされたら無視なんてできやしない。うるさいガキは嫌いだが、悪いのは親なのだ。馬鹿な親のせいで本人は常識を知らないだけなのだから、嫌な目に遭わせるのことはできない。

そもそも、なぜ大嫌いなのかというと、彼らが在宅している時は、年中、ドタドタ足音だの物音がして、すごく気に触るのだ。足音は、子どもの運動会のようなのだけでなく、親のものもある感じだ。物音は何か不明だが、こっちまで振動が伝わって来ることがある。どうしたら、そんなに頻繁に大きな音を立てる機会があるものかと思う。

子どもの足音にはムカつくが、子どもに罪はなく、悪いのは親なのでどうしようもない。毎日、「早く出て行って(引越して)くれ」とか、小さいパイナップルを放り込んでやりたいとか、いろいろひどいことを念じているが、まあどうにもならない。

そういえば、少し前に、外出する時に、ブチ切れていたので、「今度うるさかったら怒鳴りこんでやろう!」と思って、その家族の部屋をちらっと睨んだら、ベランダに、子どものものと思われる、小さい服(良く分からないけど、おむつカバーみたいなもの)が干してあって、それを見たら意気消沈してしまい、「彼らには悪気はなく、子育てなどで彼らなりに苦労しているんだろうから」などと思ってしまった(実際には、いくら悪気がなくても迷惑は迷惑だし、苦労しているのは彼らだけじゃないし、本当に苦労しているかすら不明だ※)。全くあまちゃんだ。まさに、

鬼の目にも涙

だw それで、とりあえずは大家に苦情を言おうと思っては居るのだが、電話すること自体が面倒だし、藪蛇になるかも知れないし、効果があるかどうかも疑問なので、いつも延期している。

※とは言え、僕らはまだしも、高齢者は古い知識と偉そうな言動で嫌がらせ(ありがた迷惑)をするようだし、都会では保育園を建てようとしても反対運動に遭うようだし、まあ、苦労はしているんだろうとは思う。そこに、家での物音にまで文句を言われたら、「あぁ・・・」ってなるだろうなと思うと、やっぱり無碍にはできなくなってしまう。

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なぜか、春になるといろいろなことが動き出す(まさに啓蟄?)ようで、気候が良くて気分がいいこともあるのだが、いろいろなことが勃発して疲れることも多い。以下に主なものを列挙する。あとで詳細を書くかも知れないし、そのままにするかも知れない。特に書きたいことは、ここで書いておく。

  • 病気再発? → とりあえず、様子見に。
  • スマフォ(AQUOS sense lite)の怪: 電池の激減、Wi-Fiルータへの接続を繰り返す、再起動したら予定を同期しなくなった。
    • なぜか、消費電力測定アプリ(シンプル バッテリー グラフ)が駄目になって、突然数十%も減るようになったので、別の(3C Battery Monitor)に入れ替えたj※。広告を停めるため、外部との通信を遮断していたのだが、突然、それが原因で電池を食うように(見えるだけ?)なった他に、システムの電池情報もおかしくするようになってしまったようだ。
      • ※その後、GSam Battery Monitorというアプリもいいことが分かった。こっちは電力消費率のグラフが出て便利だし、例のDoze(ディープスリープ)状態になっていた時間や、Wi-FiやGPSなどがonになっていた時間が分かるので便利だ。あと、広告も良心的でいい(3Cは突然全画面で出る)。でも、3Cにもいい点がある(アプリごとの電力消費量が分かる: GSamにもその画面はあるが、正しく動いていない)ので、ちょっと迷っている。 (4/7 19:42) → GSamは電力消費率のグラフの縦軸(消費率)を拡大できなくて実用的でないので、基本的には3C(同様のグラフがあり、ちょっと分かりにくいけど拡大できる)にすることにした。ただ、今は別件でWi-Fiのon/offの確認をしたいので、一時的にGSamも併用している。まあ、両方入れておいても問題なさそうではあるが。 (4/8 12:17)
    • Wi-Fiルータへの接続はAir Cardでいろいろやっていた関係かも知れない。ルータも再起動したら、直った。
    • 再起動で予定を同期しなくなったのは以前からなので、諦めて別のアプリにした。今までのは古い版のまま更新されていないので、仕方ない。
  • 鋭い歯科衛生士さん、歯科医院の世襲劇
    • 先日の定期検診で診てくれた歯科衛生士さんは、僕が何も言わなかったのに、今までの人が発見できなかった問題を2個も見付けてくれた。一個は虫歯で、もう一個は割れの可能性だった。虫歯は歯が金属に接する部分が欠けていたのだが、以前痛んですぐに収まったところかも知れない(すごく小さいので、自分で見ても全然分からないし、今は自覚症状もない)。痛んだ時は、(歯科)医師も衛生士も全然分からなかった。割れは、ずっと、歯ブラシで触ったりするとピリピリしていた歯だった。写真では縦に筋が入っていたが、医師は割れではない(知覚過敏)と診たようだ。それまでは指摘すらされなかったから、写真を見せられてすごく納得した。当然なんだろうが、こういうのはかなり人に依るものだな。
    • それまでは前回までの、清掃をとても丁寧にしてくれる、お姉さん的な人にやってもらいたくて楽しみにしていたのだがw、すっかりその鋭い人に参ってしまった。次回もその人だといいが、なかなかそうも行かない・・・
    • その日、なぜかそれまでの担当の歯科医師が居なくて、院長に代わった。掲示されている担当者一覧を見たら、歯科医師のところには院長と同じ名字の人が並んでいたので、子どもたちが一人前になったから今までの人は「用済み」になって放逐されてしまったのだろうと推測した。資格があっても気を抜けない、なかなか大変な世界だw
    • あと、いつものように、受付にはにこやかな菅野美穂さん(に似た人)が居て、和んだのは全くどうでもいいことだが、どうしても書きたいw
  • 軽いドライブ、小泉さんと国生さんw
    • 歯科のあとで、いつものデニーズに昼食を食べに行き、それから古峰ヶ原(古峯神社)にドライブに行った。古峰ヶ原はデニーズから30kmくらいあるので、疲れたら途中で帰ろうと思っていたが、すごく気持ち良く走れて全然遠く感じず、あっという間だった。
    • デニーズの辺りの道ばたの桜並木が満開で綺麗だった。今まで全然知らなかった。
    • デニーズには小泉さん(仮)が居た。相変わらずだったw クーポンを使おうとしたらログインが必要で、手間が掛かってすぐに見せられなかったのだが、見せなくても「確認したので大丈夫です」と言ってくれたのがうれしかった。でも、すぐに居なくなってしまった。
    • デニーズアプリは、ログインは面倒だし、データ量を馬鹿みたいに食う(20MB以上)のでちょっと止めたい。
    • ドライブの帰路に寄ったコンビニに、(昔の)国生さゆりそっくりな人(色白、ミディアム(かショート)ボブ、色っぽい顔と目と唇)が来て、驚いた。なぜ、あんな田舎にあんな綺麗な人が居たんだろう? 車内でバナナを食べていた僕は目を釘付けにされた。
  • 散歩中にピアノ: 先日散歩していたら、突然、ピアノの演奏が聞こえて来た。CDなどの録音ではなく、誰かが弾いていると感じた。録音(プロ)ほど完璧ではないが、(よく子どもがするような)弾き直しなどなくて下手ではなく、気合が入っていた。曲名は分からなかったが(多分、リストなど僕の不得意なロマン派)、なかなか鋭い演奏で、少し立ち止まって居た。なんとなく、大人の女性がグランドピアノを弾いている気がした(少なくとも、アップライトではないし、高校生以上のような気がする)。その辺りには蕎麦屋のおばさんの家があるのだが、まあ、あののどかな人があんな鋭い音を出していたのではないだろう※。今日、その蕎麦屋に行ってそのおばさんも居て、何か知っていることがあるかもとは思っては居たのだが、なかなか聞けなかったw
    • ※僕は、日頃から表現者の性格・行動・属性などと作品は関係ないと思っているが、上に書いたこととは矛盾しないと思う。つまり、のどかな人は、仮に演奏したとしてものどかな音を出すように思えるから、「のどか」に見えるのだ。別の言い方をすれば、世間に広く知られていると思われることは実際には虚像で、本人を正しく表していない可能性があるが、本人を知っていれば、その人のしそうな表現も推測できるということなのではないだろうか。(苦しいな・・・)
  • 母の病気: おそらく緊急性はないのだが、根治には手術が要る一方、高齢なので手術にはリスクがあるので、どう助言すればいいのか難しい。助言しても、なかなか本心を出さないから厄介だ。
  • 暑いうえに寒い → くしゃみ連発+鼻水。ティシューの減りが速いうえに鼻の周辺がひりひりする。
  • 床屋が面倒: 行きたくなってから2週間経過して、髪の伸び具合が高校・大学時代みたいな雰囲気になって来たw

こんな時はやっぱり、モーツァルトのピアノ協奏曲(第20番以降)を聴くに限るのだが、Spotifyで選ぶのすら疲れるので、手持ちのゼルキンの1980年代のを連続して掛けている。時には歯がゆい・枯れ過ぎな箇所もあるのだが、全体としては「鉄板」で、安心して聴ける。他の定番であろう、内田やピレシュ、ペライアなどとは安心度が全然違う。ただ、フレイの演奏がもっとあれば、新進気鋭(当時)さや若い熱気やパワーで元気が出る気がするのだが、余りないので仕方ない。

 

PS. コンピュータのプログラムやライブラリの説明で、「いろいろ混ぜて一緒にした」(= ごった煮)というような意味の単語があったのだが、調べても"misc."や"sundry"(今日まで正しい意味を知らなかった)くらいしかなく、「本物」が思い出せなくて歯がゆいw

(4/7 11:35 地名を修正)

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良く見るニュースサイトに、定期的に、随筆というのかクラシック音楽界の裏話みたいなのを書く指揮者が居る。その人が初めて出て来た頃は結構楽しみだったのだが、すぐに飽きて、近頃は読まないようになってしまった。どうも、文章がおもしろくないのだ。どうしてかは良く分からないのだが、やっぱり、音楽の人だから文章はそれほどでもないということなのだろうか。それで、昨日くらいから、なぜおもしろくないかの理由を考えたのだが、以下のようなことが大きいかと思う。

  1. 題が結構突飛で引き付けられるけど、中身は意外でも何でもなくてがっかりする。
  2. しかも、大体知っていることばかり。

2番目は、僕が音楽を好きで今までいろいろ調べて来たから仕方ないけど、1番目が良くない。例えば、今週のは、題は「クラシックオーケストラが、リハーサル終了時間を“絶対にオーバーしない”理由」で、「ほう、プロの団員たちは、きっと、『(終わったあとに)彼女・彼に会うからマジで1秒でも早く帰りたい』(キリッ)とか、家族との時間とか自分の遊びの予定、そして、(もちろん?)練習がぎっちり詰まっているんだろうか?」と思って読むと、実際には、組合の規則とかいう、ごくごく当たり前のことでがっかりした。毎回、こういう調子なのだ。

あと、前振りが長く、最後がイマイチだ。延々と背景とか関連とか周辺を書いた後に、本題が少ししかない。そのうえ、大抵最後に一言余計な段落があって、まさに「蛇足」なのだ。書くならもっとうまく溶け込ませてくれればいいのに。。。

そういえば、同じ音楽家でも、N響のオーボエの茂木という人の本を数冊読んだことがあるけど、おもしろかったし、いろいろなことが分かってためになった。だから、もちろんだけど、その人の文章力が大きいのだろう。あと、この人(指揮者)はすごく真面目なんだと思う。別の言葉で言えば、「毒がない」だろうか。

とは言え、「不真面目になれ」とか「毒を持て」などと言う訳にも行かないし、字面どおりの意味ではないので、どうしようもない。逆に、茂木の文章はいかにもおもしろおかしいのだけど、本人はすごく真面目な人だということが伝わって来た。それでもおもしろかった。

音楽で例えれば、この人の演奏は遠慮したい(聴いたことはないから嫌いとかは言えないが、聴くならもっと他に聴きたい人が居るという意味)が、茂木のはちょっと聴いてみたいってとこか・・・

音楽の話になってしまったので更に脱線するが、「真面目」という意味では、日本人を代表する指揮者、小澤も余り聴きたくない。なんというのか、聴いて楽しい想像ができないのである(実際には、全然そんなことはないと思うが)。ストイックさはすごく伝わって来るが、それがこっちにも辛さを感じさせるのかも知れない。

まあ、そういう僕だって、自分の文章が読んでおもしろいか、また読みたくなるかは分からないから、他山の石としたい。

と書いて締めよう。

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近頃、ある家族(A)の言動に妙なわだかまりを感じた。本人はPCを使わずガラケーなのでここを読むこともないだろうから、書くことにする。生臭い話だが、(将来の)相続に関係することだ。

Aは、学生の頃に父からマンションを与えられていた。父の死後もそれをずっと使っていて、税金や管理費や家賃を母に払っていたそうだ(僕はその額がどのくらいかは知らなかった)。

先日、そのマンションを将来どうするかという話になって、僕はAが今のうちに母から買い取るべきだと書いた(普通の相続も可能だが、ちょっと理由があって、そうでない方法も提示した)。更に、贈与してもらうことも可能だが、それは不公平な気がするとも書いたのだが、これがAにはカチンと来たようだ。Aの言い分はこうだった。

ずっと(数十年)、家賃などを支払っていて、その額は当時の購入価格を超えているから、贈与が不公平というのは当たらない。

なかなか唖然としたが、そのマンションの対価を求めたかった訳ではないので、そこは「分かりました。済みません」程度で終わらせたが、今にして思えば、「不公平」と書いた時は、なんかそんな気がしたからそうしたのだが、実は根深い理由があることに気付いた。

Aがマンションを与えられた当時、僕も学生だったか社会人になったばかりだった。その前も後も、僕はそんなに高価な物を与えられたことはなかった(そういえば、マンションをもらうどころか、借金の保証人になれと言われたことすらあった)。逆に、父が遺した失敗の尻拭いのために、さまざまな苦労や出費をさせられたくらいだ。そのせいで人生を狂わされたと言っても過言ではない(でも、今は、それは父の失敗のせいだけではなかったから仕方ないことだし、もし狂わなかったらとんでもないことになっていたから、その結果(今の状況)自体は悪くないと思っている)。

自分の部屋があれば、(簡単には引っ越せないデメリットはあるものの、)生活は随分楽だっただろう。何しろ、家賃を滞納したって追い出されないし、部屋をどう使ったっていいのだから。

Aは、若い頃に高額な利益を受け、その後も日頃の利益を享受し続けて来た。その利益に対して対価(家賃など)を払うのは当たり前で、何も威張れないはずだ。そのお金はその部屋を買う前提ではなく、住んでいるから払っていたものだった。それなのに、今になって今までの積算額が購入額を超えているからもらえて当然だっていう論理は通らないと思う。それなら、賃貸に長く住めば部屋がもらえることになるではないか。実は、僕は、Aが部屋を購入するということになったら、「今まで出した分で相殺してもらえば、安くなるよ」と言おうと思っていたのだが、大甘だったようだ。

要するに、僕が納得できないのは、(上の繰り返しになるが、)当時の僕らの状況で受けた利益は、今での価値よりかなり高価だったはずで、その評価をしない、あるいは、僕の苦労を一顧だにしないのはおかしいということだ。

でもまあ、ああいうことを書いた人にこういうことを言っても理解されないだろうし、言ってもつまらない(多分、「じゃあ、いくらお金を払えばいいですか」とか言われそうだ)ので、言うつもりはない。単に、「はいはい、ご自由に。クソが」と思うだけだ。そもそも悪いのは原因を作った父なのだが、Aだって、何十年も親が買った部屋に住み続けて来てそのままでいいのかとか、この先どうするのかとか考えず何もしなかったのはおかしく、ある種のズルをして来たのだと思う。向こうは当然のことだと思っているのだろうが、こっちにすれば、それが「不公平」という言葉につながったのだろう。

最後に、「良くある話だけど僕らは関係ない」と思っていたが、相続になると家族の仲が悪くなってしまうってのはやっぱりあったようだ。皆さんも充分気を付けましょう。ただ、いつどういうことがあるか分からないので対策もあまりなさそうですから、「覚悟しましょう」が合っていそうです・・・

 

PS. 「非可換」を検索したら、おもしろいページを見つけた。小学校で掛け算の順番を間違える(正確には「間違い」ではなく、先生用の「あんちょこ」と逆に書く)と×になる話だ(僕の時はどうだったか記憶にないが、無意味な問題の列挙された「ドリル」には散々苦しめられた)。そんなことやってるから、日本は世界から取り残されるんだよ! でも、相続なんかよりこっちの方がずっと興味が持てるw

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全くつまらない話です。が、僕には理解不能なので、もし分かる方が居れば教えて頂きたいです。

前の会社でどうやって住所を調べたか、毎年賀状を送って来る人(若い。30代)が居た。送って来るのは彼だけだった。手書きで「昨年はお世話になりました」とか書いてあったので、こちらも(毎年、本意ではなく他のついでに)送っていたが、退職したらなしのつぶてだ。本当にお世話になったと思っていたなら、辞めた時に何か言って来ても良さそうなものだが、そうではなかったようだ。単に、慣習とかで送っていたのか。そうだったら、馬鹿そのものとしかいいようがない。そんなんだったら、最初から送って来るな!

仮に、本心からお世話になったと思っていたら、勝手に送付する紙なんかじゃなくて、こっちに迷惑を掛けないように、日々少しずつ努力するとかで返して欲しいね。だから、そんな賀状は無駄の極みだと僕は思う。良く言われる、人間関係を円滑にするとかいう意味なんてない。紙切れ一枚で円滑になる関係なんてあるのか?w

まあ、本人の考えは分からないから、どういう論理なのか小一時間聞いてみたい気はするw

でもまあ、結局深い考えなどなくて、「そうは言っても、(田舎なんだから、)『会社の人』には賀状を出すのが当たり前なんだよ」ってのが本当のところなんだろう。でも、今って、1980年代じゃなくて2010年代なんだけど、そこは分かってる?w

PS. そもそも、僕の住所をどうやって調べたのかと思う。まあ、会社の社員情報DBが開放だったんだろうが、さすが田舎だねw だから、やっぱり田舎の会社は嫌だな・・・

 

全然話題が違うが、論理不明なことがもう一個ある。良く見るニュースサイトの「女子」の欄は大抵、

のような感じで、いかにも「どうしたら男にモテるか・男ウケが良くなるか」※とかしか目当てでない(= 男に媚びている)ように感じるのだが、それはこのpolitically correctな世の中でも許されるのだろうか? なぜ炎上しないのか不思議だ。読み手が若いから特に問題視されないとは思えない。というのは、これは誰だって目にするから、ターゲット以外の人が目にして問題視する可能性は高いからだ。女性向けに女性が書いている(ように見せている)から問題ないのだろうか(→ 少しでもオヤジ臭がしたら炎上するのか?)。単に僕が古くて、そういう風に読んでしまうだけなのか。

※横道に逸れるが、今は昔ながらの男-女じゃない関係(LGBT)も大いに認める風潮なのに、ここではそんなことが一切なくて、昔ながらなのはどうなのよ・欺瞞はないか?とも思うが、僕は良く分からないので、ここでは触れないでおく。

まあ、これも本人たちに聞かないと分からないが、理解不能なことである(でも、記事はおもしろく読んではいるよw)。

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もう一人の旧友の話。確かメールだったかでのやりとりで、僕の質問への彼の答え。

  • (結構前に。流行っていた頃か) 「ブログはやらないの?」 → 「やる意味がない。」
  • (近頃。彼は新しいものが好きだから、これにも興味あると思って) 「テスラは欲しいんじゃない?」 → 「あんな大きいだけで邪魔なもの、何で要るの」

そうでない時もあるが、否定的な回答は大抵この調子だ。確かに間違ってはいないかも知れないが、「グサっ」と来る・・・ 若い頃はこちらも元気だったので、「そんなことないだろう」とか反論したりしたが、今はそんな気はまったく起こらない。単に、「聞かなきゃ良かった・・・」と後悔するだけだ。他にも、舌足らずな書き方で誤解させられたことが何度もある。

ちゃんとした文章や会話が不得意(彼なりに書けば、「無駄」?)なのだろうか。ちゃんとした会社でそれなりにやっていそうだから、できるとは思うのだが。友達だから雑になっているのか、あるいは、理系だから仕方ないのかも知れないが、いい歳なんだから、相手が嫌な気分にならないように気を付けるとか、誤解を生まないように書くとか、第三者の立場で読み直してみる方がいいと思うのだが。僕は文章が好きだし大切に思っているので、特にそう感じるのかも知れない。

いずれにしても、「彼には機微は伝わらない」と感じさせる時点で、実際はどうかに関わらず、(今の)僕とは合わない気がした。そうして、彼も「余り会いたくない人リスト」に入ってしまった。。。 そして、そんな彼らとの忘年会に出ても消耗するだけの気がしたので、パスした。

補足すると、二人とは大学時代からの付き合いで、今までいろいろお世話になって来たから、根は親切で決して悪い人ではないと思うのだが、いかんせん言葉や態度が折り合わず、付き合うのが難儀になってしまった感じだ。

歳を取って僕が変わったのか二人とも変わったのかは分からないが、年月で人、あるいは相手に求めるもの、あるいは人間関係は変わるようだ。

 

PS. 「そういうお前の文章だって、グサっと来るし、嫌な気分になるものもあるし、汚い言葉だってあるじゃないか」と思われるかも知れませんが、それは正しいです。意図してそう書いています。何度も推敲して、最も効果的に「グサっ」と行くように書こうとしています。ここは私がいろいろな表現をしたい場なのです。正確に書くと、「直接の相手(書かれている対象)にはグサっと行く」のであって、大多数の読まれている方にはそうではないはずです。そのような注意はしています。

意図せず不適切な表現になっている場合もあるでしょうが、私の不手際か、読まれる方との相性の問題と思われます。そこは私の未熟なところで、こちらからは気付けないところです。指摘は歓迎ですが、不愉快な思いをした具体的な箇所と理由や、全体あるいは特定のカテゴリへの印象であれば、その対象を読み通してからお願いします。他サイトで感じたことあるいは一般論を、「ここも同じだろう」と適用されても困ります(そのような注釈付きであれば、ここには関係ないと分かるので、問題ないです)。

いずれにしても、少なくとも、その投稿の「あるべき姿」からは外れないようにしているつもりです。 (9:11)

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マウントを取りたがる奴はかなり嫌いだ。例えば、林檎信者で「毎年iPhoneを買い換えるのが当たり前」とか言う奴。買い換えるだけなら、そいつのお金が無駄なだけだからまだいいけど、こっちが「そんなの無駄だ」とか言っても聞き耳持たない奴や、こっちの物を「しょぼい」とか言って(言わないまでもそういう風に思って)見下す奴は大嫌いだ。

書いてから思い出した。昔、車の話になって、僕が乗っている車の名前を言ったら、「スズキは軽のイメージしかない」とか言い放ってマウントを取ったつもりの奴が居た(最後に出て来る「長い友達」)。間違ってはいないが、僕の車に乗ったことあるのかな? 十把一絡げとは随分荒っぽい。それに、スズキの「軽」だって何が悪いのだろうか。反論する気にもならなかった。

そういえば、そいつにはまだある。僕が今のPCを買った時はSandy Bridgeが出たばかりだったのだが、それを言ったら、したり顔で「出たばかりの物はトラブルが多いから(待つべきだった)」などと言っていた。確かにマザーボード交換の憂き目には遭ったが、仮にその前のCPUにしていたら、「古い」って言われたに違いない。そして、Sandy Bridgeは今でも充分使えると聞くけど、その前のは全然聞かないから、その時点での判断としては僕が正しかったのだ。そいつには積年のイライラが溜まっているようだ。そいつにこそ言いたい、「うるせーんだよ! クソが!!」。

道具自体に価値はないのに、特定の物に価値があると思っている人が多い。こだわらずにその時に自分にとっていいものを使うのが一番いいのに、それを理解しない。

おもしろいのは、そういう風にこだわりが強い人でも、いつの間にか宗旨替えしていることがあることだ。例えば、林檎信者なんて、iPhoneのホームボタンや指紋認証を褒め称えていて、それらがなくされたら不便なはずなのに「慣れれば便利」とか言ってやっぱり称え、イヤホンジャックがなくなってもなぜか称える。信じられないことに、M字ハゲ(ノッチ)すら気にならないようだ。あれなんて美意識ゼロでAndroidレベルに落ちたとしか思えないのだが・・・ 更に、NFCも防水も要らなかったはずなのに、付いたら褒めて、便利に使っている。「そんなの要らない」と文句を言う人はまず居ない。それから、周辺機器のインタフェースがコロコロ変わって、いろいろな機器が使えなくなっても意に介さないらしい。何でも勝手に変えられてしまう物のどこがいいのか全く理解不能だ。そういうののどこが「美しい」のか。不便な最新技術が最高なのか。相当な意地っ張りか、目や頭が腐っているんだと思う。おもしろい。

僕は、ポリシーなくふらふらするのがいいと思っている訳ではない。自分のポリシーなり要望に合ったものを見つけて使うべきだと思う。それまでいいと思っていても、合わなくなったら止めて乗り換える勇気は要る。「いい物はいい、悪いものは悪い」であって、「林檎だからいい」なんてのは論外だ。

話は本題になるが、そういう人が他人ならいいけど、長い友達だったりすると良くない。そういう相手だとキツくとっちめられないから(議論しても信者は絶対に折れないから、話が長くなるだけでおもしろくない。若い頃はそうやって延々と議論(実際には単なるじゃれ合いだ)するのもおもしろかったが、年取ったら疲れるだけで何も成果がないから面倒なだけだ)、却ってストレスが溜まり、段々会いたくなくなる。そういう風にして、年を取ると友達は減るようだ。まあ、仕方ない。

 

PS. 僕は議論は好きだけど、相手の言い分を聞いて考えを理解しようとせず、単に自分の主張を言い合うばかりの「議論もどき」は時間の無駄だしイライラするだけだから、大嫌いだ。特に、相手が「信者」だと自分に誤りがあっても認めないから全くの無駄だ。逆に、相手が単にこっちの言い分を自分の考えに関係なく、あるいは、分からなくても理解しようとせずに「はい、そうですね」と認めるだけなのも、馬鹿らしいし全くの無駄だから大嫌いだ。 (12/22 7:38)

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某国のprime minstrelいやministerの話ではない。母の話だ。「嘘」というと言い過ぎかもしれないが、言うこととやることが違うので、結果的に嘘になる。正確には、「重要なことを曖昧にしたままにする」というのだろうか。

例えば、会話をしていて、向こうが何かを(漠然と)言い、(それが漠然としているので)こちらがそれについて想像して(確認を含めて)言ったことが間違っていても、否定も訂正もせずに、(にやにやしながら)更に漠然とその間違いが正しいかのように話を進める。そうすると、話の方向は90°とか180°違うのに、なぜか会話は進むというおかしな具合になる。そして、後で気付くと、向こうはその時の話と全く異なることをしている。以下に、その蒟蒻問答的な会話と結果の例を示す。この場合は、Aが母、Bが僕である。

会話

A: 今度、※します。
B: それは*ってことですか?
A: △です。
B: だったら、#なので止めた方がいいでしょう。
A: (にやにやしながら、曖昧な口調で)そうですね・・・
:

結果(後日)

A: 先日言いましたが、※しました。
B: (えぇ???)

すごい話(詐)術だと思う。おそらく、これはボケ(認知症)などや悪意で騙すつもりなのではなく、長年の田舎暮らしで身に付いた処世術なのではないかと想像する。田舎だとみんながお互いに忖度しているから、これでうまくいくのだろう(逆に、ぼかさずはっきり言うとうまく行かない(「角が立つ」))。向こうとしては、適当にぼかせば相手が忖度して「真の意味」を理解する(理解しなくて、あとで想定外の結果になっても文句を言わない(泣き寝入りする))と思っているのだろうが、僕としては、そんな忖度が要ることなど分からないししたくないので、その会話が無意味だった(ある意味騙されていた)ことが分かって、大変頭に来る。

こういうことは今までに何度もあるので、さすがに耐えられない感じになって来た(別の嫌なこともあったので※、この時の光景を思い出すたびに「うるせーんだよ!!」と脳内で叫ぶ)。指摘してもその時は謝る(何が悪いかは分からないようだが、怒られていることは認識して、とりあえず謝る)のだが、何が悪いか分からないのと、老化のせいですぐに忘れてしまって、自分の行動を直すことはなく、やっぱり同じことを繰り返すからどうしようもない。妹が母との接触を避けているのも、こういうことが一因なのかも知れない。

※ついでに「別の嫌なこと」を書く: 要は、母には学習能力もする気もないのが一番悪い。例えば、僕の仕事の件で、心配するのはもっともだが、詳しく知りもしないのに、「(大学その他の)先生はどう?」などと何回も言われ、その度に「人に何回も同じことを教えるのは大嫌いだ」とか否定しているのだが、次に会ってもやっぱりしつこく同じことを言う。そもそも、簡単に先生になれると思っている程度の認識で、一度ならまだしも何度も勧めてくることが頭に来る。

先日なんて、「塾の先生は簡単でしょう」などという、どこから聞いたのか分からないけど全く頓珍漢なことを言っていた。簡単じゃないと否定してもなお、簡単だと言い張った。大体、何の塾だよ? 仮に簡単だとしたって、嫌な仕事をしろってのか? それでまた調子が悪くなったら、どうしてくれるんだ? その時はブチ切れずに耐えられたが、帰ってからすごく気分が悪かった。それが上の脳内の叫びに繋がっている。そして、その叫びの最後には「クソが!」も付く。 (17:18 追記)

必要に迫られて処世術を覚えて使うことはもちろん必要だけど、相手とか状況などに応じて切り替えることが必要なことも分かっていて欲しかった。まあ、それは自分にも言えて、相手に応じて柔軟に変更(ダウングレード)すればいいのだろうが、親にでもそうしなくちゃいけないのはすごく面倒だ。だったら「良く分からないから、まあテキトーに」となってしまう。それで良ければいいけど、ご自分の調子が悪くなった時、(本人の希望を聞いても明かしてくれないのであれば、)「テキトー」な対応をしても文句言わないで欲しい。マジで。

(12/19 19:43追記) 後日談。本題の会話の件は、結局、僕が勧めたとおりの結果になった。母がある方のお見舞いに行く話だったのだが、見舞われる本人が人に会いたくないと言っているとのことだったので、「止めた方がいいのでは」と言って、その場では「そうだね」と言っていたのになぜか行くことにしたようなのだが、本人が固辞したとのことで延期になった。だから言っただろっ!

(17:21 若干追記; 12/19 19:43追記)

 

PS. 冒頭の某prime minstrel ministerに話を戻すと、彼の行動様式もこれに近いものがあるのかも知れないと、今思った。その国の政治家(与党も野党も)や役人の社会は田舎と同様なのではないか。だから、僕らのような普通の人間からは、息をするように嘘をついているようにしか見えないのだろう。それに彼らの使う単語ですら字面どおりでなく、常に最新の翻訳辞典が要るから、彼らの真意を理解するのは至難の技だ(実際には分かるのだが、確認したって、「そうではない」と言われるので、対処しようがない)。

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こちらが一方的に親しく感じている(た)人を、何人か。

スーパーにて

  • メルケルさん: 顔や髪型や体型が似ている。外見に反して、意外に明るくて親切で気が利くので、感心した。思い出したが、以前、子どもたちがお菓子を探していて、彼女に聞いたらしく、一緒に探したけどなくて、最後はちょっと困った感じで「ごめんね」と言っていたのが微笑ましかった。
  • フィリピン人みたいな人: 顔の雰囲気が似ているが、日本人のようだ。話し方などがラテン系(若干投げやりっぽく聞こえるが、悪い感じではない)で結構いい。基本的には働き者だが、余り気が利かないことがある。
  • 色白のおばさん: レジで良く会う。特に変わったところはないが、記憶に残る人。強いて言えば、顔が小池知事風。親切な感じ。
  • ラスボスおばさん: 決して悪い意味ではない。落ち着いていて、何があっても動じなさそうだし、何でも頼める感じなのが好印象だw
  • 妙に色っぽい奥さん: 会うとつい見てしまうが、すぐに居なくなってしまうw ブランド物のバッグを持っていたりして、おしゃれだ。疲れた感じで、いつも困った顔をしているのがポイントw 背は余り高くなくて、決して太ってはいないが、どっしり系(例えれば、3代目のプリウス?)。

蕎麦屋にて

  • 猪瀬さん: 顔が元都知事に似ている。駐輪場の整理員らしい。近頃見ないがどうしているか。
  • プロの運動選手: 球技だろうか。たまに店に来る。以前、店の人がサインを頼んでいた。この人は余り親しく感じないが、良く見るから書いたw
  • 店員のおばさん: 僕より10歳くらい上のようだ。以前(結婚する前?)、都内に住んでいたようなことを別の店員さんに話していたが、本当か? 冗談? 本当だとして、なぜここへ? 相手の出身地?
  • 石破さん: お店の主人。顔と体型が似ている。気は利かないが、ごくたまにサービスの一品を出してくれる。

前の会社の近くのコンビニにて

  • ベトナムの人(本物): なぜこんな田舎に来ているのだろう? 学校があるのか? やっぱり借金して来て、搾取されている? 近頃は会わないが、まだ頑張っているだろうか? この人もそれほど親しく感じなかったが、いろいろ謎だったので書いた。

歯科にて

  • 菅野美穂さん: 受付の人。顔も話し方もにこやかで、フレンドリーでいい感じ。病院などには珍しく明るい茶髪だが、不思議と悪い印象はない。今は歯は小康状態(完治でもない)で、定期検診だけなので、あまり会えない。
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久し振りに危ない人に遭遇した。ネットだけど結構怖いので、かなりボカして書く(名前とか楽器とか書くと、絶対に見つけられそうなのだ)。

発端は、僕がたまたま何かのついでにYouTubeを見たら、僕の大好きな楽器の興味深い演奏のビデオが出ていたので観たことだ。そのビデオ自体は全然おもしろくなかった。演奏者が低レベル過ぎて、目的を全然達成していなかったのだ。

ただ、他の人はどう思ったのか興味が湧いたのでコメントを読むと、みんな耳が悪いらしく、ほとんどの人が褒めていた。が、数人はそうでもないことを書いていた。一人(Xとする)は、けなしてはいないが褒めてもおらず、結構長い自分の意見と、そのビデオの主題に関連する自分のビデオへのリンクを貼っていた。

興味があったので観てみた。演奏はものすごくいい訳ではなく、「悪くない」程度だとは思った(興味があったので、その演奏者(Aとする)の他の曲を聴いたら飽きた)が、最初のビデオよりは良かったので、(最初の)ビデオへの皮肉も含めてコメントで褒めた。すると、長文の返事が来た。

Xの立場は分からないのだが(何となく、Aとは無関係だけど親しいつもりになっている、ストーカー「危ない人」のように感じた)、綺麗な音(念のため書くが、オーディオ的な音質ではなく、演奏の音)を出すための演奏法などについて滔々と述べ、別の演奏者(世界的に有名な人、Bとする)のビデオを引き合いにしていた。確かに、Aの音はBより綺麗で好感が持てたので賛成する返事をしたら、更に長い返事が来た。

その返事にはまた別の演奏者(前回よりも全然有名でない人、Cとする)の演奏へのリンクがあって、いかに違うかを説いていた。が、その演奏に関しては特段の違いが分からず、五十歩百歩だと感じたので、結構がっかりした。つまり、Xが推すAは確かに音は綺麗だけど、やっぱり、演奏としては(Xが絶賛するほど)すごくはないのだ。その証拠に、Aは全然有名でない(これから有名になるのかも知れないが、僕はそれほどすごいとは思わなかった)。コンサートだって、地方でソロの小規模なものをしているだけだ。何かの賞を取ったかどうかも不明だ。

なので、(正直に書くと恐ろしいことになるから、)僕にしては珍しく返事をせずに放置したのだが、また何か返事が来ていた(スマフォの通知に出ていた)。さすがにしつこくて嫌だし、少し気味が悪くなったので、読まずに放置することにした。スマフォのYouTubeの通知も出さないようにした。

結局、音がいいだけでは、いい演奏にはならないのだ。僕も常々、音がいい・悪いと書いているが、それだけではない。音は良くて当たり前(、あるいは十分条件、"+α"程度)で、要は技術と同じ次元の要素だと思う。いい演奏には、それ以上の何かが必要だ。一番重要なのは「表現」(あるいは、その人の理解?、心?)だろう(他にもあるかも知れない)。Xが推した演奏者Aはそこが普通だったのだが、Xは音の良さしか頭にないので、そこがズレている。オーディオマニアと似たような、木を見て森を見ずのような、残念な人なのかも知れない。

 

PS. 考え過ぎかも知れないけど、Xのような、ある種狂信的な人がAにまとわりついて、いつかニュースに出るような事件を起こしてしまうのではないかと、ちょっと心配になっている。まあ、大丈夫だとは思うが・・・ なんかジョンの事件を連想してしまう。

ただ、一方で、そのくらいおかしくないと(これはAの話)、いい音は出せないし、いい演奏もできない気もする(もちろん、ただおかしいだけの人がいい音を出せる訳ではないし、いい演奏ができる訳でもない)。想像のし過ぎかも知れないが。

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