Archive for the ‘ノスタルジー’ Category

映画「ストリート・オブ・ファイヤー」 (1984)の歌。(この長い題を どういうふうに訳せばいいのか、まったく思いつけないw)

別に書きたいけどなかなか書き出せないことがあるのだが、それに挙げようと思って居たことだ。この映画に出て来るダイアン・レインが すごくかっこいい(ただ、大昔に観たきりで、どういう映画だったかは全く思い出せず※、ただただ「彼女がかっこいい」ことしか出て来ない。そして、Spotifyで掛かるたびにサントラのジャケット画像を見て、彼女が歌っているシーンを思い浮かべるだけだ)。

※「ブレードランナー」(1982)や「ターミネーター」(1984)や"Holding out for a hero"(映画は「フットルース」(1984)で、確か観たことはないw)などと区別が付かない。

もちろんこの歌は好きなのだが、(例によって細かいことを書くと)惜しい。もう少し落ち着いて、かっこ良く歌って欲しいのだが、なんか歌うのに精一杯な感じ、急がされているような感じが出てしまっている。。。

今思ったのだが、この長い題名を歌っているとしたら、(たとえ英語は日本語より多くの文字数が入るにしたって)早口になってしまうのも仕方ないような気がする。そして、他の歌詞も実際に歌うことを考慮していないのかも知れない・・・

→ 歌と一緒に歌詞を表示している動画があったので観たら、僕にはちょっと歌詞を詰め込み過ぎているようにに思えた。例えば、ここなんて画面一杯の文字だ。冒頭のスローなペースなら問題ないが、そのあとの速いペースでは結構無理がありそうだ。そして、長い題はやっぱり何度も繰り返されていた。歌うのは大変そうだ。

歌詞の他には、微妙にキーが高過ぎるのか声が出来れていない感じがあるのも残念だ。

でも、ダイアン・レインが歌っているシーン(実際には歌は吹き替えだったそうだ)を思い浮かべられるから いい。

今は便利で、歌のシーンがYouTubeで観られる。やっぱりかっこいい^^ (映像を観ながら聴くと、なぜか、精一杯な感じが薄れる。もしかしたら、少し違うテイクなのかも知れない。)

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どういう訳か、僕はこの曲は誰がオリジナルか知らなかった(調べたら、ルベッツというグループだった)が、初めて聴いた時(Spotifyだったのだろうか、あるいはもっと昔のラジオだろうか。誰だったかは分からない)から好きな感じがした。冒頭の独特なコーラス(高い声が突き抜ける感じ)がいいし、全体的に乗れるからだろうか。

で、かのWinkも歌っていて (1988)、やっぱり好きだ(それがSpotifyで掛かって、別のネタの代わりにこれを書く気になった)。

いつものように余談を: 本当はYouTubeは(僕のポリシーで)レコードの版を参照しようと思って居たが、テレビのやつ(↑)のサムネイルにひかれてちょっと観たら、思わず応援したくなってそっちにした(「高評価」にもしてしまったw)。妙に素人っぽい外見や歌い方が、なかなか来る^^

でも、素人っぽいかどうかは別として、こういう感じは当時は流行っていたのかも知れない。残念ながら当時は観ていなかったが、森高も似たような感じだったのではないか。

良く見たら、これは彼女たちのデビュー作だったのか。だから素人っぽいのか。もしかしたら、僕が最初にこの曲を聴いたのは、当時の彼女たちのだったのかも知れないな。うーむ。

 

しかし、それを観たあとでルベッツのオリジナルを観たら、余りにも良過ぎて(あの高音がグッと来る!!)複雑な心境になった・・・

でも、彼らのもちょっと笑える気分になる(同じ頃に流行っていた、ヴィレッジピープルに通じるものがある。クイーンも同様)。それは時代の違いによるものだろう。

 

と言っても、素人臭い初々しいWinkもなかなか捨てたものではなかったyo!^^ (今、2回目を観ている)

 

(1/14 9:15) その後、思わぬことに気づいた。別の似た曲を思い出した(脳内ではなかなか区別できなかった)。それは、The Diamondsの"Little Darlin'" (1957)だ。イントロや曲の構成が良く似ている。僕はこれは"American Graffiti" (1973, サントラ)で聴いて(リアルタイムでなく あとで聴いた)好きだった。

これもレコード版を載せようと思って居たが、上のTVのショー("Saturday Night Beech-Nut Show" または "Dick Clark's top 10"?, 1959?)の司会(Dick Clark?)がなかなか秀逸だったので、それにした。初めて観たが有名な人のようだ。長々と引っ張って期待させながら、ランクに入っていない全然別の曲を紹介する辺りは なかなか芸がすごい。

なお、上のショーは口パクなので、レコード版の演奏が聴けるのは一石二鳥だw (ただ、最後にメインボーカルが叫んでいるのはライブだろうから、結構手が込んでいる感じだ)

だから、僕は無意識のうちに(理由も分からず)こういう雰囲気の曲(ドゥーワップ?)が好きで、"Sugar baby love"も好きなのだが、最初は"American-"で聴いた"Little Darlin'"と混同していたフシが なきにしもあらずという結論になりそうだ。

余計なことだが、こういう歌の最初かは分からないが、先に出ただけあって"Little-"の方が本物感とか元祖感がある。

「本物感」と書いたものの、実は、この曲はThe Gladiolasがオリジナル(1957)とのことだ。聴くとなかなか素朴で、これはこれで真の元祖感があっていいが、よりポップなThe Diamonds版がヒットしたのは頷ける。オリジナルが出た年にカバーを出してヒットさせるとは、なかなか抜け目ない人たちだ。

 

"Little Darlin'"の動画の検索結果に、映画"American Graffiti" (1973)のシーンと思われるものがあり、観たら、"Back to the future" (1985)でマーティーと(後の)お母さんが車の中でいい感じになるけど惜しいシーン(大好きだ)にそっくり(状況も、当然ながら服装、車、セットなどの雰囲気も)なことに今初めて気づいたが、なかなかいいオマージュだと思う。

更に思い出した。"American-"の眼鏡の青年(BTTFでのマーティー)はBTTFの(後の)マーティーのお父さんに似ているし、ビフ的な男も来るから、BTTFの「やり直し」が成功したシーンも掛かっているのだろう。そうだったか!

それにしても、BTTFで、お母さん(当時は高校生)が煙草ふかしたりウイスキー飲み出したりしてマーティーを驚かせるところが、妙に好きだなぁ^^

生まれる十年くらい前なのに、なぜか、1950年代のUSは懐かしく感じて好きだ。

 

(1/15 10:06 題を変更)

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さっき、Spotifyで小泉の「ヤマトナデシコ七変化」 (1984)※が掛かって、それの入っているアルバム"Today's Girl" (1985)を通して聴きたくなった。いつもは手持ちの、レコード(レンタル)→VHS Hi-Fi→カセット→PCという、年代物のしょうもない音源で聴いているが、Spotifyならデジタルの綺麗な音で聴けると考えて試してみた。すると、驚くべき感想になった。

確かに音質はいい(細かい音がはっきり聞こえる)のだが、音が薄い感じがする

のだ。特に最初の「和蘭美人」では顕著だった。あと、今掛かっている「Rock Me ~騒ぎたりない夜の為に」ではちょっと耳閉感が起こる(他でもそうなので、僕が酔っているせいかも)。 ← 今掛かっている"The Stardust Memory" (1984)までずっと良くないので、リマスタリングが良くないとかやり過ぎなのかも知れない。

※今は「ヤマトナデシコ七変化」と言ったら漫画やドラマの方がメジャーなようで、時代の変化を感じた。そんな機会はないが、若い人に言ったら話が通じないことになるのだろうか? それはそれでおもしろそうだw

なるほど、「レコード(、その他、カセットなどのアナログメディア、あるいは真空管など)の音はデジタルよりいい」という人の気持ちが分かったような気がする。

が、僕に言わせればそれは正確ではなくて、アナログメディアとデジタルの音作りの違いだと思う。真空管やハイレゾなどは再生装置の特性だろう。音質の良し悪しというよりも音作りの問題で、どちらかが好みなのなら、そちらを聴けばいいのだと思う。

 

でも、僕だったら、今回のような場合でもレコードなんて面倒なものは使いたくないから、デジタルの音源を自分の好みの音にして聴く。と、わざわざ余計なことを書く必要はないねw

 

PS. 音はデジタルなのに、Spotifyのジャケット画像は僕の手持ちのと同じように、なんか古い感じ(荒れている?)だ。不思議だ。

 

PS2. なぜか、さっきから、SpotifyのDaily mixの名前がアーティスト名から番号に戻った。謎は多い。

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(いろいろなネタが不完全なので、軽くて重い話題を)

以前別の記事(丹波哲郎の話)を読んでおもしろかった ペリー荻野の記事、「役へのこだわりから歯も抜いた それでも自分を臆病と言った「三國連太郎」」を見て、うなってしまった。

三國は全然好きじゃない。それどころか憎たらしい。※ が、彼の凄さは認めざるを得ない。それどころか、尊敬すらしなくてはいけないと思ってしまう。僕からしたら まさに「本物」だ。詳しく知らないから、本当に「本物」かどうかは分からないが、上の記事の写真一枚だけでも、そう感じざるを得ない。(本当に見入ってしまうし、ほれぼれしてしまう・・・)

※だって、「セーラー服と機関銃」(1981)での彼は、どうしたって気色悪く憎たらしい、クソエロジジイとしか思えなかったのだwww 何だよ、あの憎たらしい顔、特に涙袋!!! (でも、それが、彼が どんな演技にも手を抜かなかった証拠なのかも知れない)

本当にすごい人だったんだろうな・・・ 今気付いたが、三島に通じる(調べたら、同年代の人だったのか)ものがありそうだ。あと、あの、パンツに大麻のおっちゃん(勝)も近そうだ(勝はちょっと若かったようだ)。

 

それにしても、今はそういう人は居るのだろうか? まあ、今は社会が全然違うから同じでなくてもいいが、彼らほど真摯とかストイックそう(詳しく知らないから、「そう」としか書けない)な人は、いったいどのくらい居るだろうか?

 

PS. 書いたあとで「セーラー服と機関銃」のWikipediaを読んだら無性に観たくなったが、まあ、面倒だし疲れるので止める(爆) 薬師丸は可愛かった。それで充分だ。

少し細かく書くと、プログラミング的には「ハッシュ値の再計算」みたいな、「分かり切っていること」を再び観るのは、もちろんおもしろいけど、面倒でもあり、がっかりすることもある、「アンビバレンスな行為」って感じなのだw

だから、もう、題名だけで「パブロフの犬」なのだ。

PS2. 「セーラー服と機関銃」で思ったが、なぜか、薬師丸には すごみのようなものが感じられない。経歴からして「大女優」の域のはずなのに、そう感じさせないのがもったいない気がした。例えば、三田佳子なんて、今はもちろん、「Wの悲劇」の頃から大女優(の雰囲気)だったではないか。

何が違うのか分からないが、とにかく、彼女にはカリスマ性が欠けており、それが残念だ。でも、「庶民的で親しみやすい」という点が魅力なのかも知れない。

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当時から好きな曲なのだが、少し前から演奏のちょっとしたアラに気付いてしまって居る。

常時シャラシャラ鳴っているシンバル(またはハイハット)のタイミングが少しズレている(1/4拍くらい遅れている?)のだ。

なんでだろうと思う。ジェフが気付かなかったのか、ノリがいいからこれでいいと思ったのか、メンバーに録り直しまたはミックスの修正を頼める状況になかったのか(人間関係、時間)、実は他のメンバーは居なかったのか、僕の耳がおかしいのか・・・

書いたあとで調べたら、日本のWikipediaだけにしか書いてなかったので本当かは分からないが、この曲はあとから急遽追加されたそうで、時間がなかったのかも知れないし、一人で演奏したのかも知れない。

それにしても、レーベルから「絶対に売れる曲を」などと指示されて急いで作ってもこういういい曲ができてちゃんと売れたんだから、やっぱりすごい。 (12/23 21:58)

まあ、それでも好きではあるが、残念な気はする。

そのうち、ジェフのことだから、修正して「完璧版」とか言って出すのかも知れない。期待したくもあり、(他に余計なことをしそうなので、)なくもあり・・・

 

それにしても、「当時」ってのは約40年前で、僕が高校、十代(!!)の頃だが、そんなに昔の曲とはどうにも信じられない(せいぜい十年前の感じだが、まあ それはないw)。月並みな言い方をすれば、「音楽は永遠」なんだろう。もちろん、他の芸術もそうだろうけど。

 

PS. YouTubeで初めて観たが、これのPVはひどいな・・・

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先日、記事の見出しに、小松政夫のギャグの謎とあって、思わず読んだ。今までは意識していなかったが、僕は志村やたけしなどよりも、彼(と伊東四朗)の方が好きだったことに気付いた。そして、晩年は(彼らしくない)つまらないことはせず、つまらない話も出ず、すっと消えるように(かといって、それなりの存在感はあった気がする)亡くなられたのは、さすがだと思った。そういうのを美学というのだろう。

読む前はその謎が何についてかは思い浮かばなかったが、とりあえず読みたくて読んだ。そして、あの「ニンドスハッカッカ」についてだったことが分かって、なかなかうれしかった(「なかなか」どころか「!!」って感じだったw)。更にうれしかったのは、筆者(放送作家とのこと)が本人に直接その発端を聞いてくれたことだった。普通は(この場合は、「いつか聞きたいと思っているうちにご本人が・・・」とかになる)分からず仕舞いになるところを(僕も最後に行くまでは、「あーあ、結局想像だけか・・・」と思って居た)、随分ありがたいことをしてくれた。

結局、謎の正体は驚かされるものではなかった(僕の小中学校の頃も似たようなことはあった)が、僕にとっても数十年来の謎(とは言っても、上に書いたようにずっと忘れていたが)が分かってうれしかった。

 

それにしても、彼も亡くなってしまったとは、夏八木勲以来のちょっと寂しい気分だった。

 

PS. 伊東の名前が出て来ず、「ベンジャミン伊東」で検索したらw、すごく臨場感のあるページがあったので、当時のことを知らない方が居るかも知れないので紹介する。僕も初めて知ることが多かった。

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先日ようやくEvernoteからの脱却が片付いて、これで ちょっとのんびりできそうだとPCをいじっていたら、ふと、観もしないビデオが山ほど入ったHDDを整理したくなった。

詳しく書くと、僕のPCにはSSD(システムディスク)の他にHDDが2個あり、ビデオはビデオ用HDDと、(それだけでは足りず、)もう一個(ドキュメントや音楽用)に入っている。その後者に入っているビデオをどうにかしてビデオ用HDDに移し、ビデオ用HDDをPCから外して保管し、PCのHDDをドキュメント・音楽用だけにして簡素化したくなった。そうすれば、使いもしないHDDをいつも動かしておくことがなくなって気分が良くなり、将来小さいPCケースにすることもできそうだからだ。

なお、外したHDDをずっと動かさないでおくと、メカが劣化して いざ使う時に動かなくなりそうなので、HDDアダプタに入れてバックアップHDDと同じ電源系統にして、バックアップする時に電源が入るようにして、定期的に動かすことで劣化を防ぐことを考えた。

とは言え、そもそも今まで溜まったビデオを観たことなんてほとんどないので、そういう維持措置、それどころかデータ自体が不要な気もしたが、まあ、無碍に捨ててしまうのもなんなのでw、今は残すことにした。

ビデオの容量の大半は地デジなどのTV番組(当時はちゃんとN○Kと契約していたw)を録画したファイル(MPEG2-TS、以下TS)で、1本10GB以上にもなることがある(今となっては「馬鹿かな?」と思うし、当時も確かに大きいとは思って居たものの、HDDも大きいからそれほど大きな疑問はなかった)。

TSを圧縮する方法を調べたら、MPEG4(以下MP4)にするといいようだった。ffmpegというプログラムで試してみたら、容量が1/10くらいになった(例: 約30分の番組で、TSが3.3GBだったのが、MP4にしたら330MBになった)ので、「これはいい!」と、「ちょっとやってみる」ことにした。そして、いつものように想定外の問題が多発して苦労した・・・w

それにしても、もう圧縮方式の細かいことは分からなくなってしまったが、TSはなんであんなに巨大(圧縮が効いてない)なのだろうか? 駄目な子だったのか、MP4はその後の進歩の成果なのか。これだったら、一般人がTSで保存する意味はほとんどないではないか。

記憶と記録から思い出すと、以下のような想定外の問題に苦しんだ・・・

  • ffmpegのクソ仕様
    • ffmpegは標準入力(stdin)からキーを読み込むらしく、一括変換スクリプトが誤動作して(ffmpegにファイル名を読み込まれてしまい、最初のファイル1個しか変換できなかった)訳が分からず、しばらく悩んだ。普通はstdinがターミナルか判定するものだが、なぜかしていないようだ。
      • でも、今となっては(以下に延々と書く問題に比べたら)こんなのは可愛い方だったw
    • あと、警告だかを黄色い文字で出されて(ターミナルの背景が明るいので)、全然読めなくて困った。
  • 一部のファイルで音ズレ (謎) ← 二か国語とステレオ放送の切り替えが悪かったようだ。
    • TVのタイマー録画は番組開始の少し前から録画が始まるが、前の番組と本編の音声モード(二か国語/ステレオ)が異なると(例: 本編の前がニュース)、MP4に変換した時に本編が音ズレする(約0.8秒、音が遅れる)問題が起こった。
      • TSを再生する時は問題なかったのが不思議だが、実は他にもいろいろ問題はあって、どうやら まともに再生できるものは少なかった。
      • Windowsでは、日本製の日本のTVにきっちり対応しているソフトを使って居たので大丈夫だったが、Linuxではまともに再生していなかったので気づかなかった。
      • → いろいろ調べ、試行錯誤して、ffmpegのjoinというフィルタで二か国語の主と副音声をMP4のステレオの左右に振り分けてみたら(後述)、なぜか音ズレがしなくなった。
        • ↑ 主/副と左/右の対応を無意識に決めてしまったが、大丈夫かと今になって心配になった。でもまあ、左右はいつでも交換できるから、いいやw
  • 「ガラパゴスMPEG2-TS」の問題
    • デジタルTVを録画した場合、1ファイル中に複数の「プログラム」というものが入っており、中にはワンセグらしきものもある。どういう訳か、そのワンセグが再生されたり変換時に抽出されることがある(その場合、ぼやけた天気予報のようなものになることが多い。: これを見た時、放送の予定が変わってちゃんと録画されていなかったのかと、今更ながら思ってw、ファイルを削除した。でも、あとで本当のことが分かってバックアップから戻した)。正常な場合も多いので、不思議だ。
    • 上記の二か国語とステレオ放送の問題もある。
    • 更に、アナログと違って「二か国語かつステレオ」の番組もあって、一応両方残したいが、どうやったら全部をMP4に入れられるのか分からず、途方に暮れた。。。
      • → 上の音ズレに似たような処理で、ffmpegの-mapというオプションで二か国語の主と副音声をMP4の2組のステレオ音声にして対応した(合計4チャネル)。主と副は再生時にプレーヤーで選択できる。
  • MP4は万能でない。
    • 小さいビデオ(MPEG2など)を圧縮すると、画質の劣化がひどい。
      • → 一括変換時はファイル形式(suffix)でTSだけを抽出し、更に、ファイルサイズが小さい場合も変換しないようにした。
  • Linuxには何でも再生できる動画プレーヤーがない。
    • (ガラパゴス)TS, BD, DVD, MPEG2などのフォーマット全部をまともに再生できるプレーヤーはない。
      • いろいろ試した結果、対応フォーマットの幅広さに関してはffplayが一番マシで、次はCelluloidかvlcと思う。
      • ただ、ffplayは余りにも簡素で使い勝手が悪いので、再生用のスクリプトを作った。
        • DVD(IFOやVOBを指定)や、音声(MP2)が別になったMPEG2(M2V)を音声を合わせて再生できるようにしたり、動画のサイズ(画素数)に従って、適当なサイズで表示するなどの機能を付けた。
        • が、作りながら、そもそも観ないのに そんなものを作る必要はあるのかと疑問に思ったw ただ、たまに確認する時(があるとして)などに何も考えずに観られたほうがいいのは確かなので、意味はある。
      • → その後、ffplayで再生するのは、他のプレーヤーでは特殊な場合に対応できないTSだけにして、あとはvlc(DVD)とCelluloid(MP4, BD, MPG, 他)を内部的に切り替えて使うように改良した。適材適所である。
        • なお、vlcはDVDのメニューが動くので使った。
  • HDDケース(Logitec LGB-EKU3(= LHR-EKWU3BK))の問題
    • 自動で電源offになるのが早過ぎて、USB3のポートにバックアップ用HDDと一緒に繋ぐと認識されないことが多い。USB3だと単独でも駄目なことがある。
      • バックアップ用HDDの起動が遅く、それまでにHDDケースがアクセスされないと電源が切れてしまうようだ。
      • PCが古く、当時出たてのUSB3 IFとの相性が悪いのかも知れない。
      • → 仕方ないので、HDDケースはUSB 2に繋ぐことにした(そういうことなら、もっと安いUSB2対応のケースにすれば良かった・・・)。まあ、ビデオなら問題はない(そもそも観ないしw)。
    • 使っていて気付いたこと。
      • このケースは5分間(短い!!)アクセスしないとスタンバイになり、次にアクセスする時は結構時間が掛かり(数秒間だろうが、10秒以上に感じる)、その間は関係するアプリがハングしたようになってイライラするので、ディスクがマウントされている時は定期的(4または5分ごと)にアクセスするようにして、スタンバイさせないようにした。今、効果を確認中である。 (12/12 12:20)
      • 電源・アクセスランプが後ろ側(ケーブルを繋ぐ側)にあって(コストダウンのためだと思う)、正面から見えなくて不便だ。今は後ろ側を前に向けているがかっこ悪い。あとで改造して、ランプを正面に移したい。 (12/12 12:23) → 前面にランプを追加した。 (12/13 7:03記)
      • 「アルミ製ケースで放熱性がいい」とうたっているが、疑わしい。密閉して通風せず、HDDとケースが密着しておらず(上部で接してはいるが、充分とは思えない)、ケースも放熱しやすい形状ではないので、熱はこもると思う。実際、HDDの温度は通常より高目になった(10℃近く高くなった)。熱くはないが、熱を持つタイプを長時間使うと良くなさそうだ。 (12/13 5:30)
    • 結局、このケースはなんかイマイチだ・・・ 一応使えるけど。
  • Linuxのデバイス名が変わる問題
    • 大昔と違い、ディスクのデバイス名が起動時の状況で変わるため、外付けHDDを繋いだまま起動すると、それが/dev/sda(通常はシステムドライブの名前)になってしまい、状態監視ソフトMuninのHDD関連の表示がおかしくなる。。。
      • udevの設定で回避できそうだが、とりあえずは、起動時には外付けHDDはoffにすることにした。
      • デバイス名が変わってもちゃんと起動するだけマシだが・・・
        • 良く考えると、デバイス名が変わっても大きな問題なく動くのがなかなかすごいと思う。
        • 更に考えると、「だったら、デバイス名なんて意味ないから止めろよボケ!」って言いたいが、僕には作れないので言えない。
      • → その後、MuninのHDD関連のプラグイン: hddtemp_smartctlとsmartの設定で、ディスクのデバイス名でなくディスクID(/dev/disk/by-id/*)でアクセス・表示するようにして、デバイス名が変わっても値が変わらないようにした(ディスクIDはなかなか長いが仕方ない)。他にもデバイス名を使うプラグインはあるが、方法が分かったので良しとする。 (12/12 12:12)
        • → その後、hddtemp_smartctlで仮想的な(公称の?)デバイス名を使う方法が分かり、従来どおりの表示(例: "/dev/sda")にできた。また、特定のドライブのタイプを指定する方法も分かった(これにより、デフォルトでは対応していない外付けドライブの温度も表示できるようになる)。概略を以下に書く。 (12/12 23:48)
          • /etc/munin/plugin-conf.d/munin-nodeのhddtemp_smartctlセクションに以下を設定する。
          • 仮想的なデバイス名の指定: env.dev_仮想デバイス名 実際のデバイス名("/dev/"は省く)
            • 例: env.dev_sda disk/by-id/ata-ADATA_SX900_.....
          • 特定のドライブのタイプの指定: env.type_デバイス名 ドライブのタイプ
            • 例: env.type_sdc sat
      • → その後、BIOSのSATA設定でシステムドライブなどのPlug and playをoffにしたら、外付けHDDを繋いだまま起動しても内蔵ディスクのデバイス名が変わらなくなったようだ。Plug and playが有効なドライブはUSB接続と同等に扱われるのか。 (12/14 7:03)
  • 動画管理ソフト tinyMediaManagerの最新版(V4)が有料(サブスクリプション)になってしまった。しかも、安くない。
    • 今の版(V3)に不満があることもあって代替を探したが、なかなかいいものないので、「自作するかなあ」と思い掛けたが、そもそもほとんど使わないので、今使っている古い版で充分だと気付いた。

他にもあったかも知れないが、思い出せない。

そんなこんなで、ようやく落ち着いた。PCが古いため、約150本(最初は最低限だけ圧縮しようと思って居たが、段々、あれもこれもと増えた)のビデオの圧縮に数日間掛かったが、その甲斐あって、合計約3TBが約2TBに減り、目論見どおりビデオ用HDDをPCの外に取り出せて、PCのベイはまさにスカスカだ^^ 変換したビデオを削除すれば、ドキュメント・音楽用HDDの空きが500GBくらい増えて1.2TBくらいになる。こっちもスカスカだ。これなら、ちょっと怖いけど、将来は大き目のSSD一個にできるかも知れない。

 

なお、TSの圧縮(MP4への変換)は以下のようなコマンドで行った(それぞれ見様見真似・試行錯誤で決めたので、これで本当に正しいかは不明)。

通常の場合:

ffmpeg -i (ファイル名).ts -c:v libx264 -crf 29 -preset veryfast (ファイル名).mp4

説明: -crfは品質を、-presetは変換速度を指定するようで、検索したり少し試して、上のようにした。crfが29だと圧縮後のサイズが1/10くらいになった。

音ズレへの対応:

fm_cda_L_pno=(左チャネルに対応するTSのプログラム番号(例: 1024))
fm_cda_R_pno=(右チャネルに対応するSのプログラム番号(例: 1025))
ffmpeg -i (ファイル名).ts -c:v libx264 -crf 29
-preset veryfast -filter_complex
"[0:$fm_cda_L_pno][0:$fm_cda_R_pno]join=inputs=2:
channel_layout=stereo[a]" -map 0:0 -map "[a]" (ファイル名).mp4

説明:TSの中にいくつかあるプログラムなるもののうち、日本語と英語と思われるものの音声をMP4の左と右に割り当てている。本来は、放送のモードがステレオに変わったらステレオになるべきだと思うが、録画に使ったソフトかffmpegの仕様なのか、ずっと二か国語モードのままなので、このようにした。

なお、検索して参照したページにもう一つの方法として書かれていた、amendというフィルタだと、左右が混ざってしまって良くなかった。 (良く分からないで使っているせいだとは思う)

ただ、本来は、音声モードが変わる時になぜか起こる音ズレを解消したかったのに、単に音のチャネル割り当てで直ったのが謎だ。

ステレオの二か国語への対応:

ffmpeg -i (ファイル名).ts -c:v libx264 -crf 29 -preset veryfast
-map 0:0 -map 0:1 -map 0:2 (ファイル名).mp4

説明: デジタルTVの二か国語放送は主・副音声ともにステレオなので、それぞれの音をMP4に入れた。主音声は最初の2チャネルペア(-map 0:1)、副音声はそのあとの2チャネルペア(-map 0:2)になっており、プレーヤーでは、例えば、vlcでは"Audio track"で切り替えることができる。

 

それから、確認のためにMP4に変換後のビデオをちょっとずつ観ていたのだが、いろいろな感想があった。

  • 昔の洋楽のPVの番組は、ほとんど音(演奏)でしか知らないアーティスト(例: ボストン、プリテンダーズ、ブームタウン・ラッツ)が動く姿が観られて、なかなか興味深かった。あと、たまに、口パクでなく本当に演奏しているものもあって、貴重だった。
    • まあ、今ならYouTubeでいくらでも観られて、そでも観ないのだから、やっぱり僕には必要ではないのだろうが、ちょっと観るのはおもしろい。
    • でも、年代にもよって、60年代は「いかにも」で ほとんどつまらなかった。ビートルズは異質だったのか、特別僕の好みだったようだ。そして、60-80年代ではやっぱり80年代が良かった。
    • 更に余談だが、さっきPVを観たプリテンダーズのボーカルの女の人は「姉貴」って感じで頼れそうな気がする。でも、下手に甘えると「ウルセー」とか言われれそうだが、実際にはそうでもなさそうなのがいい。と妄想しているw
      • あと、プリテンダーズはギターが二人ともテレキャスだったのがポイント高い(たまたまその曲だけかも知れないが)。高校の頃はシンプルな外観が大好きだった。今は、音から言うとレスポールかねえ。
  • YMOは好きだけど、各メンバー(坂本も細野も高橋も)は全員好きじゃない。(今となっては)全員暗くて意識高そうで、更に気持ち悪い。
  • 当時(十年くらい前)好きで録り溜めた日本の女優・歌手などの番組は、全部捨てたいw
  • 当時でもベテランの領域になっていたアイドル系女性歌手を、とてもクリアなPCのディスプレイでアップで観てしまうと、「うむ・・・」という気分になった。
  • 当時書いたかも知れないが、2011年2月の「題名のない音楽会」でマーティー・フリードマンがエレクトリックギターでソロを演奏した、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番(抜粋?)がなかなか良かった。乗りはいいし、音もいいし(意外にもギターの音は浮いておらず、ピアノに通じる響きすらあった)、カデンツァがうまい具合にギターソロに対応していた。
    • もう少し細部が丁寧なら、完璧になったと思う。あと、カデンツァのアドリブはもう少し自由さやゆらぎが少ない方が良かった気がする(一言で書くと、「少しやり過ぎ感があったかも」)。それがロックギターで、それは好きだけど、曲はロックではないので。: この味付けは なかなか難しいと思う。
    • そして、「やっぱりピアノには負けるよなー」と思ったw
    • この番組はYouTubeにないようなので、意外に結構貴重なのかも知れない。
    • 余談だが、彼の演奏を探したら「天城越え他」(2011)があり、僕も石川のそこら辺の歌は好き(かっこいいと思う)だし、ギターがなかなか気持ちいいので、意外に趣味が近いところがあるのかも知れない。でも、あの髪の毛は邪魔そうだw
  • ほんの一瞬を観ただけでつまらないと感じる作品は多い。松田優作は好きだけど、時代劇などはつまらない。
  • 生のキャンディーズ(初期)は歌が下手だった・・・ 小泉も。
  • 大昔にLDやVHSからPCに取り込んだビデオと同じ作品でHD版などでもあるものがあり、それらを比べるととんでもなく画質が違うので驚く。昔はあんなに小さくてボケボケの映像でも、「LDは綺麗だ」とか言って観ていたものだ・・・ (ボケや画質の悪さは、PCに取り込んだ当時に知識が足りなくて、設定が今一つだったせいもある。VHSの3倍モード的な感じで、ボケ以外にギザギザになっている。)
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さっき掛かったこの曲を聞くたびに思っていた。−冒頭の声が少し震えている気がすると。彼女の歌(全部は知らないので、ヒット曲)でそういうのは珍しい。大抵はうまく・卒なく歌っている印象だ。

それで調べてみたら、Wikipediaにしかなかったので本当かどうかは確かでないが、録音が難航していたようだ。苦手なのか忙しかったのか分からないが、震えているようなのはそういうところに起因していたのかも知れない。

そう言えば、この曲には他にも歌い方が今一つなところがある。例えば、「なぁーぎさにぃー 白いパーラソるー」という節(特に「なぁー」と「る」)がなんか浪曲みたいだ。あと、「恋の よーくわーん」の「くわ」は何か下手に聞こえる。前者は音の範囲が声と合わなかったのだろうか。やっぱり苦手な曲なのだろうか。

あと、この曲は、なんとなく、ベース※などが(好きでない)細野晴臣の作のように思っていたが、財津和夫だった。意外だ。まあ、細野だったらもっと変な(個人的印象では気持ち悪い)曲になるか・・・

※冒頭のベースは曲(音符)以外に音も細野的で、例えば「ハイスクールララバイ」に通じるものがある。もちろん偶然だが、どちらも作詞は松本隆だ。

 

PS. 本題とは関係ないが、自分では即座に計算できなくてw、「1981年なんて つい最近だ」と思って居たのだが、冷静に計算してみると大体40年も前、つまり、半世紀近く前ではないか。なんかすごく妙だ・・・

PS2. (これも本題とは全然関係ないが) 今、重大なことに気付いた。細野と言えばYMOだが、僕は、細野はもちろん、坂本も高橋もソロでは(= 彼らの曲や演奏が)好きではない(一番好きそうなのは坂本だが、せいぜい、「千のナイフ」や"B-2 UNIT"くらいだ)。ということは、メンバーの誰も好きでないグループが好きだったということになって、すごく不思議だ。3人揃うと化合して別物になったってことなのかも知れない。

そういえば、ビートルズも似たような感じだ。子どもの頃はジョンが好きだったが、近年は特に好きなメンバーは居ない(強いて挙げれば「当時の」ポール)。

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さっき掛かった「ヤマトナデシコ七変化」(1984)の、イントロから歌の繋がりかたに感心した。もう少し詳しく書くと、イントロが終わってすかさず歌が出るところだ。もちろんそれで当たり前なのだが、イントロと歌い出しの間隔がほんのわずかに短く(「かぶせ気味」というのか)聞こえ、それは実際には歌唱の瑕疵なのだとは思うが※、それで却っていい感じに聞こえたのだ。

※僕の印象としては、もう少し(ほんのわずかに)溜めて出るべきだと思う。だから、小泉はほんのわずかに早まってしまったのかも知れない。 (でも、その程度は編集で何とかできそうだから、やっぱりこれでいいのか? それとも、「この味がいい」と思われてそのまま出した? 妙に気になるな。)

まあ、でも、再度聴いたら普通に聞こえたから、気のせいかも知れない。

それとは別に、このイントロはなかなか味わい深い。最初の「シュルルーん」ていう、ギター(楽譜的にはアルペジオだろうが、奏法としては単発のストローク?)みたいだけど何かを擦ったような高い音が綺麗だし、パーカッションはノリがいいし、ドラムの入り方がかっこいいし、コーラスは乗りがいいうえにパワフルにちゃんと歌っている。何回目かに気付いたが、ベースもかっこいい。何回掛けても飽きない感じだ。

普通は ここまでやると、やり過ぎになって 飽きたり いやらしくなったりかっこ悪くなってしまうのだが、そうならないのがまたすごい。

偶然だろうけど、これは(先日亡くなった)筒美京平の作曲だった(今、もしかしたらと調べて、「へえ、そうだったか」と思った)。ただ、イントロの つくりは編曲者がやったのかも知れない。そこら辺の分担は詳しくないので分からない。

 

書いたあとで上のYouTubeのコメントを読んだら、いろいろ分かった(コメントが正しいとしての話)。

  • この曲に満載の「いい感じの音」は、筒美が言っていたらしいのだが、聴く人を飽きさせないために、隙間を「おもしろい音」で埋めているらしい。なるほど、僕はまんまとそれに乗った訳かw
    • そして、その音は編曲者が作る(考える)らしい。
  • コーラスはEVEというグループ(僕は知らなかった)他で、やっぱり好感を持っている人が居た。
  • かっこいいドラムは島村英二、ベースは長岡道夫という人らしい(やっぱり知らない。ただ、長岡はSHOGUNのメンバーとのこと)。

 

ついでに、比較的に書くと、今掛かっている「チェリーブラッサム」(1981, これもかっこいい。「ヤマト−」に比べて音づくりはシンプルだが、それもやっぱりかっこいい)の歌い出しはぴったりな感じだ。先日、「デビュー当時は(新鮮さがなくなるから)何回も歌わなかった」のような話を読んだので、松田は「卒なくこなす人」だったんだろうか。

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うつ病は「心の弱さからくる病気ではない」専門家

うつ病の原因、ついに解明 リスクを12倍に高めるたんぱく質とは

うむ!

まあ、上の説が確定したのか分からないし、僕にSITH-1なる物が多い(多かった)のかも不明だけど、(それに そもそも当時はこの説は全然なかったから仕方ないけど、)それに関する何の検査もせずに、ただ対症療法的な薬を何種類も何年も飲み続けても治らなかったのに納得した。

一体、あの(今の)DSMとかいうマニュアルや おびただしい種類の薬(当時飲んでいたSSRIだのSNRIだのその他が果たしてSITH-1に効くのか、上の記事の学者の意見を聞きたい。: セロトニンはSITH-1じゃないから、まず全くないだろうがw)は何なのか大いに疑問だ。まあ、今まで原因が分からなかったから仕方ないし、だから対症療法というのか、苦しい症状を和らげる(目標はそうであれ、実際にそれが可能かは疑問だが)のにはいいのだろうが、薬はほとんど効かず、(「紙」を書いてもらうために通院し、薬を飲んでもなかなか良くならないのを分からせて、(怪しまれない)頃合いを見計らって頼んでようやく書いてもらって)休んで自由に過ごしていたのがずっと効いた気がするもんなぁ・・・

実際、原因物質とされるSITH-1は疲労やストレスで増えるということなのだから、薬なんかより(クソな会社から離れて)休むのがずっと効いたのは全く腑に落ちる。

そして、こういう説が出ても、もちろん何食わぬ顔で、*の一つ覚えとか まさに十年一日のごとく今までの診療を続ける医師たちの考えを聞いてみたいものだ。まあ、いろいろな法・制度・縛りはあるだろうが、患者のためにならなそうな雰囲気が出ているやり方をし続けていいと思っているのかねぇ・・・ (やっぱり、国が認めるまで知らん顔静観するのだろうが、僕にしてみれば、そういうのは全く科学者とか技術者ではなくて、作業者とかの感じだ)

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ひょんなことから※、今朝、昔から余り好きでない(正確には、僕には合わない)グリモーの、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番(2001)を試しに聴いてみた。結果としては やっぱり合わなかったけど、どうして合わないかなど、少し分かったことがあった。

※昨夜、何を思ったのか、ジルベルシュテインの上記の曲の演奏(1994)をちょっと聴いたら(これも今一つ気に入らなかった)、自作の音楽鑑賞履歴・感想記録システム(Mlhi)にちょっとしたバグが見付かって直した時に、グリモーの1992年の演奏では同じ問題が出るか試しに再生してみた(バグは出なかった)。演奏は、彼女の経験が浅かったこともあるのだろう、やっぱり全然気に入らなかった。でも、「近頃のなら、もしかしたら・・・」と思ったのだろう。

ちなみに、1992年のはCDを持っている。当時はミーハーだったので、彼女が可愛かった*ので何も考えずにジャケ買いした気がするw そんな彼女ももう50歳と知って驚いた。

*今見ると、単に可愛い訳ではなく、妙に意識高そうな面倒そうな雰囲気が醸し出ていて、実際、今までのアルバムや言動を見る限り、当たっていそうだw

2001年の演奏は1992年のよりずっといいと思う。ただ、少しやり過ぎ感がある。時々ロマンティック過ぎる感じで*、具体的には、テンポの揺らぎが大き過ぎるように感じた。※ その揺らぎが僕・この曲には大問題で、期待・予期したところにスパっと来ないので、なかなか全力で乗れない感じで もどかしい。

*すごく月並みな書き方をすると、「ショパンなら許されるような弾き方」ではありそうだが、そう単純な話ではない。

※オーディオのジッターとは全く違うが、演奏のテンポに波形があるとすれば、そういう感じに予測不可能にフラフラする。

例えれば、丸太の輪切りの踏み台が並んだ池を渡ろうとする時、台の間隔や位置が微妙にずれていて いつも足元に気を遣っていないと踏み外すので、なかなかリズミカルに行けないみたいな感じだ。もう一つの例えだと、こっちが相手のそれまでの言動から反応を予想して何かしても大抵外れて、冷たくされてがっかりして、乗りが悪いと感じるみたいな・・・

この揺らぎは彼女の解釈・個性なのだろうと思うが、僕には合わない。もちろん、バッハとかじゃないから「がっちり固定しろ」とは言わない。ただ、その量や仕方が僕には合わなかった。

そのせいで、第2楽章は今一つ乗りが悪かった。最もパワフルで乗りを期待する第3楽章の細かい感想を書くと、冒頭・前半でキレや鋭さが足りない箇所があり、中盤も鋭さとパワーが足りななど、なんか惜しい。後半の、ピアノが中心で低音弦が静かに伴奏する箇所は遅過ぎてイライラした。終盤も、彼女の揺らぎのせいで乗り切れないし、最後は余りにも坦々としていて物足りなかった。

ただ、下手ではないし、全く駄目な演奏だとは思わない。例えば、多くの音を「ちゃんと出している」(そう聞こえさせた)ところは感心した。

もちろん、仮にすべての音をちゃんと出していたとしても、僕に聞き取れる訳がないので、あくまでも印象である。おそらく、他の人が目立たせずに弾いている音を聞こえやすく出しているのだろう。

 

という訳で、不完全燃焼だったので、例によって別の人のを聴き直したのだが、今日はSantiago Rodriguezの(1999)にした。この演奏は普通にいい。すごくはないが、グリモーの(2001)に比べてずっと乗れるし、安心して聴けた。わずかな欠点は、なぜか第3楽章の出だしが遅過ぎることだった。それ以外は問題ない。これを読んで聴く方が居るとも思えないが、ちょっとお勧めである。

録音に関して付記すると、このアルバムは低音の入り方がいいのか、うちのシステムでの出方が とても気持ち良かった。

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PC内の音楽のファイルを整理(貴重なものとそうでないものの再分類)している時、コスミックインベンション※というグループの曲のアルバム画像がなかったので検索したら、あるページが目に留まった。おあつらえ向きな画像があったので使わせてもらったのだが、そのページ(「コスミックインベンション結成(または「(無題)」)」 (2008))の記述が妙に詳しくて興味をひいた。

※単語の間に「・」を入れるのが通例だが、上で参照したサイトの筆者の意向を尊重して、この稿では入れずに表記する。

詳しい以上に、なんというのか、「この不思議なページは一体何なのか?」と思った。普通にコスミックインベンションに詳しいだけなら、(僕みたいなw)変なマニアのオッサンでも書くが、「それ以上」なのだ。それで、その稿はもちろん、他もいろいろ読んでみたら、筆者の森岡一夫はコスミックインベンションの中心人物(森岡ミマ※)の親御さんであることが分かった。更に、今までは全く知らなかったのだが、日本のエレクトリックギターや電子楽器の創成期に尽力された方であることが分かった。しまいには、彼が既(6年くらい前)に亡くなっていることも分かった。。。 だから、一通り読んだら何かコメントを書こうと思って居たのだが、それはしなかった(どうりで、見たコメントに返事がなかった訳だ)。

※現在は「森岡みま」が正しいようだが、筆者の意向を尊重して、この稿では片仮名で表記した。

墓碑や記念碑のようなブログに圧倒されたというのか、なんとも感慨深いものがあった。

彼の楽器に関する熱意・苦労はなかなか壮絶なものだった。そして、昔から電子楽器(それから、リズムマシンやギター用の小さいエフェクタ)で有名なR社の創業者の悪行を知った。ただ、それは片方からの視点なので、必ずしも公平とは言えないだろう。それでも、僕も日本の楽器の大企業なんて金儲け中心でしょうもないと思って居た※から、全くのデタラメではなさそうだ。

※例えば、昔、電子ピアノやDTMのソフトを買う時にR社のも検討したが、なんとなく本質でないところに力を入れていた気がしたので止めた(でも、今となっては、電子ピアノは全部本質でない)。

なお、散々検討して買ったK社の電子ピアノもアップライトピアノも、Y社のDTMソフトもイマイチというオチであったw

そういう体験談を読むのはおもしろかったのだが、段々、彼と僕との趣味・指向の違いを実感して来て、読むのが大変(難儀)になって来た。例えば、彼の作ったエレクトリックギター(ファーストマン リバプール)の形は、僕には全くありえない。あと、当時大流行していたらしく、彼の会社でも生産していたモズライトもありえない。

僕は、その後に出て来た、ストラトキャスターテレキャスターから入ったので、そういうのでないと受け付けないのだが、実際にはモズライトが先だったから、ストラトなんてモズの形をちょっと変えた(上下逆にした)ものなんじゃないかと想像している。

なお、当時はシンプルな形状・機能のテレキャスターが大好きだった。あと、なぜかレスポールは全く好きでなかった(大きく膨らんで見えるので、僕の好きなソリッドボディーでないと誤解していたからだろうか)。でも、音はいいようだ。

そもそも、会社などの名前に自分の名前を英語にしたのを使う(「ファーストマン」 ← 一(first), 夫(man); 「ヒルウッド」 ← 岡(hill), 森(wood))のは10000%ありえない。もちろん付けるのは自由だが、僕にはそういうセンスは全くない。

あと、彼が晩年に経営していた建築会社の社員(見習いの大工さん)の扱い・接し方は、以前の会社のクソジジイ社長を思い出させた。昔だったこともあるのだろうが、長く経営者をしていなると、ああいうふうになってしまうのかな。

それから、細かいことだが、当時からコスミックインベンションは僕の趣味ではなかった(それでも、懐かしくて少しだけPCに曲を入れている)。そんなにうまくもなく、曲は良くもおもしろくもなく、単に「テクノアイドル」(それにしては、テクノでも中途半端だと感じた)みたいな、キワモノ的・本質でない存在にしか感じられなかった。でも、彼の記述では音楽の才能のある人が多かったようで、実際、今でも活躍している人(井上ヨシマサ)がいるそうだ。ただ、彼の曲をざっと見たが、余り好きなのはなかった。

そんな具合に、個人的には全く趣味が違うのではあるが、だからといって無視とか貶すだけではなく、彼の業績のすごさは認めて尊重したい。※ それなのに、世の中でほとんど知られていないのは、改めて日本の闇を感じた。

※いや、存命とか亡くなってから随分経っているなら、いつものように強力に叩くだろうが、そうでないので、さすがに手加減せざるを得ない。かと言って、現代の、死んだら何でも許され讃えられる風潮は大嫌いなので、上のように書いた。

 

「闇」以外に彼が顧みられない原因を想像すると、流行で売れていた「エレキギター」は置いておくとして、電子楽器、なかでも少し前に流行った通信カラオケの原型に関しては、自分ですごいアイデアだったと言っているのに、プロジェクトが終了させられた時点であっさり止めてしまったのが良くない(そんなにすごいと思っていたなら、経営者だったんだから、持ち出しででもやれば良かったのに)。もちろん「今となっては」の話だが、そのアイデアはMIDIに通じるものがあったのだから、続ければ良かったと思う。

きっと、その辺りがジョブズなどとの違いかと想像するが、あくまでも想像・後知恵である。

 

PS. 題について: こういう場合、いつも"90°"なのか"180°"なのか悩むが、前者は内積を取ると0になり、後者は-1になるから、「全く相容れない・共通点がない」という意味で90°が適当かと思った。

PS2. 相容れないとは書きつつも、「電子オルガン第一号試作」なんて、100本もの真空管の穴あけをして配線したなんて読んだら、「ウホー」って感じで血沸き肉踊っておもしろかった^^

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    (無題) |

    [画像] 上記はコスミックインベンションのデビュー当時の写真で、ドラム担当は前列中央の森岡ミマ、そ…

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ルーティンワークwでCeronの新着ニュースを見ていたら、「小泉今日子、全104タイトルのべ726曲が一斉サブスク解禁(コメントあり) - 音楽ナタリー」というのが目に入り、早速Spotifyをチェックしたら確かに入っていた

ようやく小泉今日子の曲がSpotifyに入った。

でも、まあ、特に急いで聴きたい曲はないから、入っているのを見て「ふーん」と思っただけだが、少しして、折角だから とりあえず聴いてみようと思い、最新のベスト「コイズミクロニクル ~コンプリートシングルベスト1982-2017~」(2017)を試している。

演奏や音じゃないからいいけど、これのジャケットは「なんだかなあ・・・」である。この、昔の(ビットマップを改造して作った)ようなフォントは一体??※ どういう味を出したかったのか? あと、配信の画像では細かい文字が見えない。。。

※全くの余談だが、昔(1990年代前半)、LaTeXという文書整形システムを使っていたのだが、それに使えるフリーの日本語フォントがほとんどなく、X Window Systemの日本語ビットマップフォントを加工して使っていたことがある。今みたいに拡大・縮小自由自在のベクターフォントじゃないので、その字形は線が細かったり太かったり、線の横にドットがギザギザと出ていたりで、なかなかひどいものだった。偶然だとは思うが、ジャケットの「小泉今日子」の文字は、そのフォントにそっくりなのだ。

最初のほうの曲目は手持ちのベスト(「ザ・ベスト」(1986))と同じなので目新しくはないものの、やっぱり懐かしい。僕は、「まっ赤な女の子」(1983)辺りからリアルタイムに聞いていた気がする。と言っても、その頃はまだTVなどでちょっと聞く程度だった。なぜか力を入れ出したのは、何度か書いている"Today's girl"(1985)からだった。

このベストには、シングル(B面?)だけとか別名義で出した曲(例: あんみつ姫 「クライマックス御一緒に」(1984))も入っているから、手持ちになかった曲も聴けていい。

(ここまでの時点では)「渚のはいから人魚」(1984)、「渚のはいから人魚」(1984)、「迷宮のアンドローラ」(1984)、「ヤマトナデシコ七変化」(1984)、"The Stardust Memory"(1985)なんて、つい乗ってしまった・・・ (ほとんど全部だwww)

余談: 「ヤマトナデシコ−」だと思ったが、たまたま観たTVの歌番組で、あんみつ姫の格好で歌ったのだが、お笑いの人(東八郎?)が一緒におかしく(茶化しっぽく)踊っていたので、最後に彼女がちょっと切れて「バカヤロー」って言ってたのを思い出す。その動画、あるかなあ・・・

そして、以前書いた山口百恵と違って、数百曲のうち聴きたいのは数曲ってことはなく、数十曲はありそうだ^^ うむ、そうだったか。

 

少し音質の話を書くと、聴き出した時から、なんとなく音質が違う(良い)気がして、リマスタリングしたのかと思い、調べたら本当にそうだった。手持ちに比べて細かい音もちゃんと聞こえるが、(特に海外に)良くあるリマスター版のように、低音や高音を出し過ぎて「いかにもいい音」にしていないのが好感が持てる。こういう真っ当なリマスターなら許せる。いったい、どうすれば こうできるのか、ちょっと不思議ではある。ビクターの(この盤を担当した)エンジニアは腕がいいのかも知れない。

例えば、「半分少女」(1983)は、高域はもちろん低域もいい感じになっている。"The Stardust Memory"は右の電子(電気)ピアノと思われる音が違う(より忠実な感じ)。「ハートブレイカー」(1985)は低域が豊かになり、全体的な迫力も増えている。「なんてったってアイドル」(1985)は高音(シンバルなど)が ちゃんと聞こえる(切れ味が鋭いが、うるさくない)。

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90年代のインターネット文化を再現するアドベンチャーゲーム『Hypnospace Outlaw』の家庭用ハード版が発売決定。執行官としてネット上にはびこる違法コンテンツと戦おう

(↑長い題だこと・・・) 「インターネット初期にありがちなこと」みたいな特集は多く、見るのはおもしろい。大抵は、上に挙げたページで見られるような、いかにもな画面イメージを載せている。それで、「昔は今より技術が遅れていたから、こうなっていた」と思い掛けるのだが、昨日は、どうも技術が主ではないように思った。

技術ではなくて、(当時ネットをいじっていた)人たちの美意識のレベルが低かった(遅れていた)のが主だと思う。これは、音楽などで見られるような、現代と昔の流行りの違いに収まるものではなく、あきらかに低レベルだった。そして、いくら当時のPCの性能が低かったからと言って、あそこまでひどいwebページなどしか作れなかったとは思えないのだ。当時だって、目に優しい、普通の色遣いはできただろうし、ギトギトしていない普通のフォントはあったと思うし(逆に、おかしなフォントを使う方が面倒だった気はするが・・・)、ページを開いても いきなり大音量で下手クソ機械的なMIDIを鳴らさないことは確実にできたw

それで、検証のため、当時あった技術だけを使って、何か現代的なwebページみたいなの(の少なくとも外見)を再現したり、逆に、当時のひどいwebページ(有名な愛何とか病院??w)を現代的にリフォームしてみたくなったが、ちょっと考えただけで大変そうなので見送ったw

あ、Googleの検索のページ(の外見)なら、すぐに出来そうだwww (でも、角が丸い入力フォームは難しいな・・・)

逆に、マーキー(後述)を探していて見付かったこのサイト(参考)は、現代の技術(かは不明)で当時を再現しているようで(しかも、更新も頻繁なようだ)、それなりに価値があるのかも知れない・・・

ってことはなく、目が疲れるわ、ボケ!!

なお、ソースを見ても(昔の人なら)楽しめる模様www

けなすばかりでは良くないので、上のサイトから得られる資料を読むと、作者の意図は理解でき、二十年近く前から現代を先取りしていた点があるのには感心したが、僕の趣味とは全く逆だし、考えを実現する方向が違っている気がする。技術とか外見に頼り過ぎていて本質がおろそかになっているのだろうか。そうであれば、まさにインターネット初期のコンテンツだ。

「本質がおろそかになっている」と思う理由は、例えば、ものすごい昔は一昔前の雑誌のような表現すら存在しておらず、文学なら活字と挿絵だけだったが、それでもおもしろいものはあったはずだ。今ではYouTubeとかさまざまなSNSが全盛だが、一昔前は雑誌や漫画が楽しかっただろう。確かに、新しい技術で可能な表現はあるが、そういうものに依存しない・頼らない本質的なものがあると思う。そうでなければ、本物ではない。

人数が少なく、また、する人の範囲も狭くて、技術面での競争はあったものの、美意識での競争がなかったことが関係ありそうだ。それに加え、Appleは当時から美しかったが、まだシェアが低かったことも多少は関係ありそうだ。あと、みんな当時の日進月歩の技術に追い付くのに手一杯で、美しさにまでは時間が掛けられなかったこともありそうだ。

それでは、現代は美意識の高い人ばかりかというと そうでもなく、最新の技術で相変わらず腐ったデザインをする人は多い。例えば、勝手に動く画像やテキストだ(→ : 上部の見出しのようなブロック)。これは、インターネット初期に流行ったマーキー(MARQUEE)と同じで、実用性がないうえに目障りなことこのうえない。見よう・読もうとしても勝手に変わるし、見てなくても動かれるのは目障りだ(せめて、停止・再開ボタンを付けるとか、マウスを載せたら停まるとかすればいいものを)。マーキーが廃れた理由を理解していない粗忽者が作ったと思われる。

美意識以外には、当時使えたプラットフォーム(例: Windows, ブラウザ, 無料ホームページサービス, Webページ作成ソフト)の美的なデキがひどかったことが考えられる。こちらは確かに、狭義の技術の問題と言える。

それらも含めて「インターネット初期」・「90年代」的というものなのだろう。

 

PS. 結局、美意識・美しさという点では、ジョブスやAppleは正しかった。実際、当時の僕はMac(互換機もあった)が欲しかったが、いろいろ考えて止めた。どうして止めたかは忘れてしまった。直感だったのか、反感だったのか、あるいは、迷っているうちにジョブスが戻って来て、互換機が終わったのだったか? 結局、Let's noteを買ったのを見ると、いくら綺麗でもMacは割高なうえにやれることが少ないことに気付いたからのようだ。

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何十年も音楽を聴いてきて、今ようやく、「ちゃんと音が聞こえるようになった」と実感する。

例えば、ビートルズの"Revolution"(1968)※のイントロのギターなんて、子どもの頃は、「とてつもない速さで続けて音を出している」と思い、「これは楽譜では表せない(楽譜は便宜上書いてあるだけ)演奏なんだ」と思い込んでいたのだが、今はちゃんと、何分音符かは分からない(16分くらい?)もののw、ちゃんと、それなりの長さのある音の断続として聞こえるようになった。

※最初に見付かった動画はレコードの版とは違う。これもいいけど、やっぱりレコードの版がいいな・・・

逆のパターン(とはちょっと違うが)として、以前、なおきさんに教えて頂いたことだが、ベートーヴェンの「悲愴*1のイントロが予想外に短い音符だった(少なくとも全か2分音符くらいかと思っていたが、8分だったか? ← 別の演奏*2より、4分と付点16分のタイだった)と知って、愕然wとしたことがある。

*1 余談だが、不思議なことに、YouTubeには好みの演奏がなかなかなかった。上のZimermanのは(少なくともイントロは)許せた。

*2 Alessio Baxの演奏(2011)は(折角のスタインウェイなのに)音が柔らか過ぎて曲を台無しにしているうえに、経験の浅さを露呈しているが、意外に良くて かなり乗れた。「筋がいい」というやつだろうか。ただ、最後はとても惜しかった・・・

こういうのが、同音連続(音楽用語は忘れた)に限らず、いろいろあるからおもしろい(だから、「初めて聞こえた」音が多いのかも知れない)。

歳(経験)のおかげかオーディオのおかげか、理由は分からないが、とにかくいいことだ。

 

PS. 本題とは関係ないが、上に挙げたKrystian Zimermanの「悲愴」(演奏年不明)の感想: 第1楽章: かなりいいんだけど惜しい。例えば、(とても細かいけど、)音の切り方が好きでない箇所が多々ある。でも、パワーの掛け方は乗れていい。

あと、強いところでピアノが うなる音(僕の想像)が聞こえてきてしびれたw こういうところは、ベートーヴェンに感心する。

第2楽章: これは今一つかな・・・ ちょっと平板的で深みが足りない。端正なのだとは思う。

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何年かごとに話題になっている気がするが、「君は「レナ」を知っているか? 画像処理のサンプルとなったレナ・ソダーバーグの数奇な画像」は懐かしかった。

初めての会社で画像処理関係の仕事をしていた時、そこの人がUSの大学からテープで持って来た(当時もFTPはあったと思うが、今ほど便利でなかった)テスト画像の中に上の記事で紹介されている、lenna(またはlena)があったように覚えている※。他に覚えているのは、girl(古めかしい少女のポートレート)とaerial(航空写真, リンク先の"e Aerial"の画像)などがある。それぞれカラー版もあったはずで、あとからカラー版を見ると、「へえ、こういう色だったのか!」と結構感動したものだ。他に、学生のバイトの頃は友人がマンドリルの画像をいじっていて、綺麗だったので*、「僕もこういう綺麗なのやりたいな」などと結構うらやましかった。

※そういうテスト画像をどういう風に使ったかというと、例えば、圧縮したあとで、女性の帽子や髪の毛の細かい線が潰れてないかをチェックしたりした。

なお、記事では512x512画素でスキャンしたと書いてあるが、もっと大きいものもあったと思う。しかし、探しても出てこないので、思い違いだろう。

*当時(1980年代後半)もワークステーションに繋がるフルカラーのスキャナはあって、バイトで少し後にそっちをいじったのだが、妙な話なのだが、その画像はどうも色が淡い感じで、上のマンドリルのような迫力がなかったのが物足りなかった。今はもちろん、スキャナの色の方が「正しい」(または「自然」)のだろうと思う。 (19:30)

記事を読むと、技術的にも※知財権的にもPC的にも結構テキトーに元画像を作っていたようで、そういうのを大勢の技術者が出所を知らず・気にせずに、オーソライズされたもの・フリーなものとして当たり前に使っていたのが 今となってはおもしろいし、結構うらやましい。

※例えば、あれが雑誌(印画紙でなく印刷!)をスキャンしたものだったとは、今初めて気付いた。そんなものが良くまともに画質評価用に使えたものだ。まあ、きっと、ほとんど誰も気付かなかったから、それでいいのかw 昔はスキャナの分解能が低くて印刷のドットが全然出なかったのか。

 

昔話だけではしょうもないので、一つ余計な意見を書けば、記事ではlennaの元が「女性のヌード写真だから(現代では)問題になる。女性が疎外感を持つ」(概要)とあるが、本当にそうなのだろうか。lennaの画像を作った人は、元の写真が目的に合っていて、更に、女性が綺麗だから(これがいけないのかも知れない)使ったのであって、必ずしも女性に差別的な意識を持っていなかった可能性があるではないか。「ヌード写真だから駄目。子どもに悪影響を与え、女性を蔑視している」というのは、逆に、余りにも固定した古い考えの気もする※が、まあ、今はPC大流行の時代なので、仕方ないことだろう。

※例えば、もっと有名な・古典的な芸術作品の題材とか制作背景がとても差別的なものだったら、現代ではその作品の価値はなく、抹消されるべき物になるのだろうか?

それから、短絡的かも知れないが、「ヌード写真が駄目」とか言ったら、そういう職業の女性の蔑視となり、疎外感を与えることにはならないか? だから、lennaのモデルの方の言動はちょっと違うと思う。

(20:10) 蛇足だが、誤解を避けるために書くと、いかなる性的な写真・表現を無秩序に表に出していいとは思わず、何らかの線引きは要ると思うが、lennaの元の写真はそこまで露骨ではなく、むしろ芸術的だと思われるし、(IP的な問題はあるにせよ)そういう線引きに配慮してトリミングして使っているので、僕としては、「ヌード写真だったから駄目」というのは全く当たっていないと思う。

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【悲報】125ccのバイク、バイク界で覇権を取ってしまう

どうしてかは忘れてしまったが、今は125ccのバイクが多いそうだ。大きいのはいろいろ不自由になってしまったせいか。そして、少し前に上のようなまとめを読んだ時、昔のことを思い出して不思議な気分になった。

学生の頃、(原付に味をしめて)バイクの免許を取りたくなって、最初は友人(誘われたんだったか)と試験所に行くことにしたのだが、いろいろ考えて、小型(125ccまで)にした。友人はもちろん中型だった。もちろん、その時に今のような状況を予想した訳ではなかったが、一番自分に最適だ(コストパフォーマンスがいい)と考えたと記憶している。

125ccなら、高速に乗れないのを我慢すれば、ある程度のパワーはあるし、(当時はまだ二段階右折はなかったが、)30km/hの速度制限がないから使い勝手は中型以上と同等ではないか、しかも車体も保険も安い。

こういうところは、きっと、今の風潮に通じるものはあるはずだ。それから、他に、「最初は小さいのに乗った方が良さそうだ(いきなり大きいのは無茶ではないか?)」と、殊勝にも思っていた。

あと、最適とかコストパフォーマンスを追求するとか、「無駄は省く」みたいな考えは、当時から変わっていないようだ。

 

PS. なお、免許の試験は、無事、実技「中止」で不合格であった(爆) まあ、昔は考えが甘過ぎた。その後、教習所で中型を取った。この頃は、なぜか、「折角取るなら、(当時取れるもので)一番大きいのがいい」と変節していたwww (これは上の「無駄は省く」に反するが、コストパフォーマンスが良かったからだろう)

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さっき知ったのだが、お菓子の「素材りこ」シリーズとかいうのに、高校の同級生の名前と同じ読みの物があった。懐かしい・・・ どうしてるのかねぇ。本人はこれを見たらどう思うのだろうか?

なお、じゃがりこ系は余り好きでないので、買うかは不明www

 

と書きつつも、つい、さっき行ったスーパーで探してしまった。でも、量産型ノーマルじゃがりこしか置いてないというオチだった(爆) → で、取り寄せてもらおうと店員さんに頼んだら、「は?」とか「そういう者は居りません」とか言われて十回くらい説明する羽目になりwww、でも、その店員さんが「あ、そう言えば、私の旧姓は・・・」と、実はその人で、「もしかして、*くん」なんてことには全くならなさそうだ。(酔っているので、後半はテキトーに書いてます。)

まあ、いずれにしても(← これ、近頃多用しているな)、懐かしい名前に出会った。

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今、"TOMORROW"(1995)が掛かっている。先日気付いたのだが、僕は、彼女と岡村孝子を混同していたフシがあるかも知れない。更に言えば、この曲と「夢をあきらめないで」(1987)※を混同していたかも知れぬ・・・

※このビデオ(2011? ← 調べたら2019だった)ではなぜか苦しそうに歌っていて、(その頃から調子悪かったということはないだろうが、 ← 休養直前だったようだ)それでつい見入ってしまったので、あえてシングルでない版を選んだ。

ファンの方からすれば全然違うとは思うが、どちらの方も似たようなイメージだし、ヒットした歌も似ている。ヒットした時期は分からないが、近い気がする(実は、岡村の方が早いようだ)。名字すら似ている。

とすれば、なんか岡村に申し訳ない気分だw でも、(外見の印象では)やっぱり岡村の方がお姉さん的で好きだ。

あと、昔の会社に岡本に似た丸顔の方が居たのを、思い出した。

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近頃の長嶋一茂は若い頃(1970年代末-1980年辺り)のポールにそっくりだ。その頃のポールは結構好きだったので、顔を見るたびに好印象になる。もちろん、彼は何も悪いことしてないから、国外退去処分になったりしてないよwww (なお、TVを観ていないので、声や動作などは不明)

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