Archive for the ‘意見’ Category

音が耐えられないほど酷い。あのガラガラ音は芸術の対極で(要するに、綺麗でない・美しくない= キタナイ)、全く耐えられない。そして、排気ガスが余りにも臭い。これだけで すべてを台無しにする。乗って気分が悪くなろうが関係なく、ただ乗れればいい(= 実用車)ならいいが、その割には美しさを誇って高いものがあり、偉そうにしている気がする(乗用車の話)。

音という点では、昔のスバル(水平対向のドロドロ)も ひどかった。「なんでわざわざ あんな音を」と思っていたら、実は、排気管の取り回しの制約でそうなってしまって居た(しかも、そのために性能も落ちていた)だけだったことを知って、やっぱり**だと、改めて思った。

その点で最高なのは電気自動車だ。マジで。全然うるさくない(嫌な音がしない※)。「モーターのように」でなく、モーターそのものの滑らかな加速をする(はず ← 乗ったことないので)。

※実際には、モーターやその制御装置からの雑音(高周波音)があるだろうが、エンジンよりはずっといい。電車と同様だろう。

僕に言わせれば、真に美しいのは電気自動車だ。

もちろん、ハイブリッド車なんて論外だ。あれは妥協の産物、あくまでも繋ぎでしかない。僕にしてみれば、ガソリン車以下だ。でも、アイドリングストップがあるガソリン車よりはマシだろう。

かと言って、世界的な流行りになっている、ガソリン車から電動車への全面切り替えは、どうしたって無理だと思っている。どうやってオチを付けるのか、楽しみだ。

 

PS. ディーゼルで思い出した。フェリーはディーゼルなので排気が臭く、デッキに出ても海の上なのに爽やかでなくて(まあ、それでなくても海の風はべとつくが・・・)期待外れ・興ざめだった。結局、延々と室内に籠もっているしかない(籠るといっても大部屋で おもしろいことはなく、揺れて夜は眠れない)から、余り乗りたくない。

PS2. 全く関係ないが、エンジンで思い出したこと。: 例えば普通の4気筒のエンジンは、直列または並列4気筒と言われるが、本当はどっちなんだろうか? 置き方次第で直列にも並列にもなるってこと?? 個人的には直列が正しい気がするが、ちょっと はっきりさせて欲しい。

Wikipediaによれば、「直列」が正しいとのことで、「並列」はバイクでの俗称らしい。

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いいことする・しようと考えているなら名前はどうでもいいが、「名は体を表す」という言葉もある。今はデジタルなんて当たり前で、大昔から「OA」、「IT革命」などと言われて来たが、それ以前に戻ったかのようだ。まあ、現在の日本の現実の姿を謙虚・正直に表したのかも知れず、それならある程度は評価できそうだが(まあ、そんなことないね)。

想像するに、古い偉い連中が想像・許容できる範囲で格好良さそうな名前にしたってのが、実際のところだろう。

名前からでは何を目指すつもりなのか分からないけど、名前からして期待できないから調べてもいないが、ちらちら見ると、おもむろに「マイナンバーカード」とかの単語が出て来くるので、良くあるように、大局を考える前に外箱を作ったり、細かい技術を持ち出す・いじり出す(これが大抵失敗する)とか、やりやすそうで目立ちそうなことから入っているようで、やっぱり期待出来ない感じだ。

それでも、結果的に、彼らの考える「デジタル技術」で生活が何かしら良く・便利になれば、文句はない。

 

そういう意味(かどうかは分からないが)では、いっそのこと、名前は「アナログ庁」のほうが良かったのではないか?

半分冗談ではあるが、全くの出鱈目ではない。というのは、「アナログ」のほうが人間、特に高齢者に優しそう・親しみやすではないか。老人に「これ、最先端のデジタルシステムなんです。簡単・便利ですよ」とか言っても、果たして受け入れられるだろうか? それに、今はアナログレコードが もてはやされているので、逆に最先端だ(これは嘘)w

要するに、デジタルでもアナログでもそれ以外(量子?)でも何でもいいから、みんなが喜ぶような何かをすればいいのだ。

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オリンピックとかの競技会で、みんなが突然日本や地元の選手を応援し出す気持ちが分からない。高校野球とかも同様だ。いつもは いがみ合っている、そうでなくとも、他人には無関心な はずなのに、突如一致団結するのが不自然だ。他の国も同様なのだろうか?

それに、それぞれの競技で勝った人のことを あらかじめ知っていたのかも疑問だ。僕なんて、「柔道で金メダルを獲った」とか言われたって、そんな人なんて初耳だし、(もちろん努力は したであろうが、)どこがすごいとも分からない。

もしかして、誰でもいいから、自分に近い(気がする)人が勝てばうれしいのか? 随分能天気だし、対象の人に失礼な気がするが、良く分からない人にでも応援されればうれしいのか(まあ、確かにそれはあるか)・・・ アイドルみたいなものか?

僕には組織、団体、会社などからは裏切られた思い出しかないので、「同じ所属だから応援する」なんて行動は全くする気が起こらない。帰属意識が全くない。せいぜい、すごいことをした人の出身や所属をあとで知って、自分に近かったら「へえ」と思う程度だ。だから、(世間で良くありそうな)あらかじめ、利害関係がありそうな人の出身などを調べて近寄ることなんて全くない。「同郷のよしみ」なんてないし、期待することもない。逆に、詰まらない政治家みたいで大嫌いだ。

だから、(前にも書いたかも知れないけど、)僕は今はたまたま出身県に住んではいるけど、地元だから愛着がある訳ではなく、適度に田舎で暮らすのが楽だからだ。他にいいところがあれば、いつだって移りたい気では居る(ただ、近頃は体力が落ちて来て、なかなかすぐには実行できないことはある)。

(興味がないからまずないけど)スポーツで感心・応援することがあるとすれば、せいぜい、N連勝とかN回連続金メダルとか、初めての技を生み出したとか、初登頂などの絶対的な偉業だ。それはどこの人でも関係ないし、スポーツ以外でも同じで、例えば音楽のコンクールで日本人が優勝したって何も感慨はない。出身にどんな意味があるのか(「毎回、必ず誰かが優勝あるいは最上位になる」と思っている)。たまたま低レベルでも優勝してしまったかも知れないから※、聴かなきゃ分からないではないか。

そんなことをしてたら、日本人は日本の演奏者しか応援できないことになってしまい、まあ、各自の良さはあるだろうが、音楽はそもそもグローバルなものなのに自分から限定するなんて全く馬鹿らしいではないか。

※偉そうに書いたが、僕には演奏の絶対的な良さは判断できない。せいぜい、自分の好みかどうかしか分からない。

 

そして話はかなり飛ぶが、上の考えを発展させると、

国内での順位とか地縁血縁なんて下らない。そうやってフェアかつシビアな競争をなくしてしまった、あるいは、島国をいいことにぬるま湯に浸かってしまったことが、日本をガラパゴス化、中抜き社会化させてしまって、今の衰退の原因になってしまったのだ。

と思った。

 

PS. 前の稿にも書いたように、オリンピックには全然興味ないし、それどころか止めて欲しかったくらいだけど、ちょっと閑話休題だったところにネタができたのはありがたいw

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全く大それた題だが、芸術論も文化論も勉強していない素人が東京2020オリンピックの開会式の報道を見て思ったことを書く。入場行進が印象的だったので(他については、さまざまな情報が細切れで全体像が良く分からないこともある)、特にそれについて書く。

なお、僕はそもそもスポーツ・運動には全く興味がないどころか、昔から嫌な思いばかりして来てストレスを感じるし※、この情勢でオリンピックを開くことにも反対だが、行われて仕舞ったものに対して、せめて自分の興味のある面から感想を書きたいと思った。

※この点については、近頃は「多様性」とか声高に言われているにも関わらず、「スポーツは人に勇気を与える」だのなんだのと分かったようなことを言われると、全く「んな訳ねえだろ!」としか思いようがない。僕に言わせればスポハラだ。

それから、ゲームも同様に好きじゃないのに、(本題に書くように、)さも国民音楽であるかのように使われてしまったのも、やっぱり多様性への配慮がなってなくて納得できないが、スポーツよりは許せる。

あと、頻繁に勃発していた、制作者だのの過去の言動とそれに対する処分については、以前から書いているように作とは無関係だし、そもそも、彼らの作がいいか悪いかの問題が先なので、それ以上は何も言わない。

 

「日本が世界に誇るもの」としてゲーム、アニメ、漫画の作品・素材・手法を用いたのだろうが、それらは文化だとは思うが芸術ではない※と思うので、適切だったとは思わない。かと言って、他のものに比べて劣っているというつもりはない。適材適所・TPOの問題だと思う。それらは確かに現代の日本の文化ではあろうけど世界に通用するかは別で、「ガラパゴス化物」の一種ではないだろうか。だから、軽薄なものになったように思う。

観てないから分からないが、開会式全体を通すと、某「押し売り放送協会」の多くのTV番組、あるいは一日をとおした編成と似たような印象だったのではないかと想像する。であれば、多くの日本人が喜んだ(らしい)のも理解できる。

※ゲーム音楽は確かに広義の芸術と言え、その証拠にコンサートも行われているようだが、元々は特定の用途向けに作られたもので通常の音楽より普遍性が小さいので、やはり、正統的な芸術というのには無理があると思う。

一方、「オリンピックの開会式は単なるお祭り・馬鹿騒ぎだから おもしろければ・(誰かに・内輪で?)受ければ良く、芸術的な素晴らしさや感動は不要だ」という考えで作ったのなら、全く何も問題ない。客観的な評価に従うだけだ。

でも、特に音楽が好きな者にとっては、イギリス(ロンドン2012)・ロシア(ソチ2014, 冬季)には随分負けた気がする(どちらも報道を見ただけの推測で、閉会式も含む)。

 

PS. 細かい話だけど、ソチの閉会式でラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番が演奏された(それだけでなく、開閉会式では他にも有名な曲が多かったようだ)というのは、今でも うらやましいし、まあ あと千年経っても勝てないだろうと思う。

PS2. 以前書いたが、市松模様の目がチカチカする ひどいデザインのマスコット2体は なぜか出て来ないようだ(商品などにだけ使われるのだろうか?)。目がチカチカしないのは いいけど、余りにも整合性がないというか無駄だし、だったら最初から出さなければ こっちもイライラしなくて済んだのにと思う。

PS3. その後、ゲーム好きの人でも必ずしもあの行進でのゲーム音楽の使用を気に入って居る訳ではないことが分かった。(→ 参照) ゲームの文脈から切り離されてしまった・都合良く使われたという主張だ。この記事には反論が多いから、そういう考えは少数派なのだろうが、結局、「安易に使った感」は拭い切れないというところか。 (21:22)

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僕は、音楽は好きだけど、演劇(特に中小規模)もなかなか好きだ。ただ、僕の中の「劇ブーム」が一段落してから いろいろあったせいか(そういえば、ピアノを習い出したのは劇のあとだった)、何十年も離れてしまって居た。それが、近頃妙な切っ掛け(後述)で ぶり返しつつある。

乗り切れずにフェードアウトする可能性が なきにしもあらずではあるが、今は ちょっとおもしろくなっている。

 

今回は、そんな近頃 ふと思い付いたことを書きたい。音楽(主にクラシック)と演劇(主に小劇場)の人の雰囲気・行動の違いである。これはあくまでも僕の想像で、決め付けとか「こうあるべきだ」というものではない。もちろん、どちらがいいとか言うつもりもない。そもそもどっちも好きなので、「そういうことを想像して楽しんでいる」というのが正しい。

それを以下に列挙する。

  • 音楽: (どちらかと言えば)メンタル派。時に繊細過ぎるかも?
    • 楽器が必要(歌を除く)
    • 基本的にアドリブや変更はない。
    • 知らない人とは会わなそうだし、SNSなどは余りしなさそう。 → ちょっと遠い
    • 酒は飲むが煙草は吸わなそう。
  • 演劇: (どちらかと言えば)肉体派。「生(生身の身体)の迫力・気合いで勝負する」的。
    • 身体一つからOK(僕はそういうシンプルな劇が好きだが、実際はそうも行かないようだ)
    • ハプニング対応・アドリブや、回ごとに(あるいはその回の雰囲気で)細かい変更が結構ありそう。
    • 生(F2F)やSNSなどで同業者や一般人との交流が活発そう。 → 親しみやすい
    • 酒も煙草も行きそうw

二つに分けはしたが、それらが全く分断されている訳ではなく、演劇の人はロック系音楽の人に近そうな感じだし、音楽(クラシック)の一部の人、例えばピアニストYuja Wangは体育会系の雰囲気で演劇人に近そうだ。

 

そして、今なかなか気になっている劇団 地蔵中毒※は いかにも「破天荒な乗り」で期待させる(まだ作を観ていない)小劇場系で、公演を紹介する対談の配信を観たら、主宰の方は(以下は全部失礼な表現です。済みません)外見は「いかにも危なそう」なのに、考えや行動が意外にしっかりしていて(例: 時代に合わないネタは控える、コロナなどへの配慮がきちんとしている、ITを活用している)感心した。もちろん、配信に出られていた方々の 、僕にとってはものすごく久し振りの劇の話(それ以外もいろいろあったw)が結構熱かったので、カンゲキした^^

※どうしてかは分からない(忘れた)が、暇つぶしに見ていたツイッター(だと思うが、ニュースかも知れない)に出た前回(2021/春)の公演のチラシの独特な世界にひかれたあとに、近頃出た今回の公演の案内の題「無教訓意味なし演劇vol.14『母さんが夜なべをしてJavaScript組んでくれた』」で俄然夢中になってしまったw

「無教訓意味なし」に関しては、常々 劇(音楽も)はそういうのがいい・そうあるべきと思って居るし、「母さんが夜なべをして組んでくれたJavaScript」は一体どういう出来でどんな動きをするのか*、是非見たいと思った。(いやこれ、想像するだけでご飯十杯は行けるよw)

*その後、残念ながら件の母さんのJavaScriptは、音楽のアルバムのジャケットみたいなもので劇には出て来ない可能性が高そうなことが分かったが、もしかしたら何かあるかもと期待はしている。

ただ、実際の公演を観て(配信で観る予定)果たして、彼らの乗りに僕がついて行けるか かなり心配はあるが、無理だった時は仕方ない。

その後、劇団の主宰の思わぬひどさが発覚して、配信は観ないことにした。当事者の片方の方の言い分だけで判断しては いけないけど、やっぱり、「見た目」はある程度中身を反映しているのか。なんとも驚いたし、すごくがっかりした。 (7/21 5:35)

僕はいつも、「作品(の良し悪し)と作者の性格・言動は別だ」と書いているが、それでも今回は観ない。この公演の良し悪しは主宰の言動とは関係ない可能性はあるが、その前に観ない。主宰に拒否感が生じたので、観ることができない。評論家でないので、苦痛を押して観るものでもない。評価する以前の問題だ。 (7/21 9:23)

(7/23 5:46) 上の件、その後の経過に大変幻滅した。クソなので それについては書かない。まあ、最初に気になった、原作(すごく有名な古典)を読まずに演ずるのに問題を感じず恥じない人(主宰でなく、問題を暴露した人)だけあるかも知れない。※ 初めに原作を読まないなら、一体何をしているのだろうと思ってしまう。音楽だったら楽譜を読まずに演奏する、ソフトなら仕様書を読まずに(リーダーなりに言われるままに)作るのと同じことだ。それを平気な顔して「それでも ちゃんとできたから問題ない」などと公言するのと同じことだ。お前は一体何を演じ・作ったのか?

※しかも、その人だけでなく、今回の公演では出演者のほとんどがそうなんだから(上に挙げた対談で確認できる)、信じられないほど、あきれる未満のレベルの低さだ。

これは作り手の言動・性格などでは全くなく、作品の作り方そのものの問題で、全く看過できない。

とにかく、いろいろがっかりした。あと、そういうことに最初に気付けなかった(目をつぶった)僕も馬鹿だった。

 

PS. 明日(てっきり今日と思って居たw)は彼らの"JavaScript"の初演なので、それに何とか間に合ったw

PS2. このブログには「演劇」のカテゴリがないのだが、僕の中では劇と「映画・TV」とは全然違うので、そこには入れていない。ついでに書くと、僕の中では、オペラやミュージカルも劇とは枠が違う。

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以前書いた、大好きなサボり先輩が近頃サボり気味でがっかりしている。僕は、彼女のサボるためにはどんな努力も惜しまないところが好きだったのに、近頃はなんだ。いかにも取って付けたような、全然ひねりのない、詰まらないサボり方しかしていないではないか。あんなのサボり先輩じゃない! 一度出直して欲しい。

 

がっかりしたから確認する気も起こらないのだが、別の、家庭教師と高校生の話も同じ作者だった気がするのだが、その最終話も月並み・浅くて、かなりがっかりしたのを思い出した。世間(といっても、ネットの世界だけでは?)では随分好評のようだが、まだまだ甘いと思った。

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(去年の年末に書こうとして、おもしろくないから題までで放置して居た話)

良く、あるいは たまに、AWSやGoogleなどの大手クラウドサービス・サーバが落ちて悲惨なことになって居る(今日もそうらしい)。意外に弱いものだと思うが、まあ、サーバなどを構成する個々のハードは強いのだが、インターネットも含めて数多くの物・サービスが組み合わさって動いているから、信頼性はそれらの掛け算になって、全体としては弱くなってしまうのだろうか。

例えば、DNSシステムが落ちたらクラウド(その他諸々全部!)は使えなくなってしまうし、DNSもCDNも誤動作したらとんでもないことになる(CDNは良くあるね。以前、某Amaz○nは うやむやにしてたけど)。

それでも、ハードの信頼性は充分に高そうだ。一方、以前見たトラブルの原因は設定誤りだったが、そういう人に起因するトラブルが一番多そうだ(設定以外にソフトも含むし、ハードも間違った回路を作ったら駄目だ)。基本的に、機械は人が設定・プログラムしたとおりに間違いなく動くのだが、人が誤った設定などをすれば、結果はおかしくなる(もちろん、誤った設定どおりに動いているので、機械としては何もおかしくない)。それを「コンピュータ・機械にも間違いはある」と言っている(「コンピュータ」などに、それを設定した人間も含めれば、その表現は正しい)。

まあ、近頃はAIが発達しているので、人が間違っても自動でカバーするようになるのだろうか。そうすると、やっぱり、「暴走AIを誰も停められない!!!」っていう映画のような悪夢を思い付くのだが、考え過ぎだろうか(だったらいいね・・・)。

 

PS. クラウドが良く落ちるからと言って、「だったら・だからオンプレミス(≒ 自社内サーバ)にしよう」とは思わない。一般的(= 平均値)には、そっちのほうがずっと信頼性が劣る。よほど強固なセキュリティが必要で(とはいえ、自分・自社で実現できるかは疑問)、「何があっても自分たちでメンテする!」という強い覚悟がない限り、やらないほうが楽だし得策だと思う。

例えば、ハードが壊れるたびにメーカーの人を呼んで交換してもらってデータをリストアするとか、ビルの点検などで停電のたびにサービスが停まるとか(多地点にサーバを置けばいいが、なかなか大変だ)、面倒もいいところではないか。寿命でのハードの交換だってお金が掛かるうえに面倒だし、マシン室の空調だって高いんじゃないか?

大きいところは そういう面倒(「お守り」)を全部丸投げ(それが子・孫と多段に連鎖している)するんだろうけど、そういうのが今の日本の技術力低下に繋がっているのかも知れないね・・・

まあ、セキュリティについてはクラウドも同じことではあるが、提供されるパッケージをちゃんと設定して使えば、自分でやるよりはマシだろうと思う。それができないから、トラブルが多いのであるが・・・

PS2. それから、今ではクラウドが落ちるのはおかしくないことが分かっているのに、いまだに落ちて大騒ぎになるのは、サービスする会社、あるいは、使う側が手を抜いて・費用をケチって問題発生時の代替処理が充分でないからだと思う。だけど、そうは言わずに、直接の原因となったCDNなりを挙げて・叩いて誤魔化している気が・・・ (6/9 11:31)

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ニュースを見ていたら、見出しに題のようなのがあって、いつもは「そんな訳ないよ(眉唾だ)」と思ってパスするのだが、今日は何度か迷って読んでみた。

記事には感心した。それで、そこまですごいなら聴いてみたくなってSpotifyで探したら、記事に書かれていた曲が一つだけあったので、聴いてみたら・・・

余りにも重くて、聴くのが苦痛だった。最初から最後まで、全く救われない感じだった。

まあ、作風はあるのだろうし、たった一曲だから、その人が分かるとは言えないが、僕としては、モーツァルトを超えているとは到底思えない。というのは、

モーツァルトは こんなつまんねえ曲は作らない。

からだ。

その少年を評価した人には それなりの価値観や考えがあるのだろうが、そういう人が全部日本人てところが僕には「やっぱり・・・」と思わざるを得ない。例えば、記事に、「モーツァルトが幼少の頃の曲と、その少年の同じ頃のを比べたら、モーツァルトのはシンプルだから、少年のほうがすごい」のようにあって、苦笑+嘆息した。「何も分かってねえな・・・」と。

モーツァルトの曲はシンプルにも関わらずすごいからすごいのに、そこが分からんのか? まあ、これは素人の感想だけど。

だけど、ひとつ言えるのは、もしその少年が本物だったら、世界で評価されてもいいはずだ。

が、これは実は正しくなくて、世界で売れるためには、単に作品がいいだけじゃなくて、「いろいろなこと」が必要だとは思う。

 

とは言え、「あの曲はないな」というのが、正直な感想だ。僕に言わせれば、少し前に大変叩かれた、ゴーストライターが代作し(て、なぜか、ライターが名乗り出)た作曲家みたいな曲だった(そこまでひどくはないが)。というか、典型的な日本の有名な作曲家の曲の印象みたいで、「なんか(とにかく)嫌」なのだ。

まあ、そうやって、大人に持ち上げられて ひどいことになる子どもってのは結構多いから、結果的にそうならなかったのは良かったと思う。

 

もう一つ書きたいのは、「モーツァルトを超えた」と書いているのにモーツァルトの幼少期の作品としか比較していないのは、全然話が違うと思う。そういうことなら、「モーツァルトの幼少期を超えた」と書くべきだ。もう一度書く。全然違う。それなら越えてない。

 

PS. その少年は病気のために、今は居ない。だから、「モーツァルトを越えた」と言われたなら、モーツァルトと同レベルで批評してもいいのだが、いかんせん、たった一曲だけでは正当に評価できないので、名前は出さない。

ただ、いつも書くように、僕は作者の属性と作品は別と考えるので、彼の病気がいくら大変なものだったとしても、彼が若くして亡くなったとしても、そういうことは曲の良し悪しとは関係ないと思っていることは明記する。

PS2. 聴いた演奏のピアノは、少年を評価した人の演奏なのだろうが、僕には「うーむ」だった(これも作品の良し悪しとは関係ないので、はっきり書くのは遠慮しておくが、まあ、(略))。

PS3. Spotify以外に、YouTubeに他の曲があるかも知れないことに気付いたが、最初に聴いた曲で嫌になった(トラウマ的)ので探さない。 (5/22 7:49)

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野球や みのもんたじゃないよw 信頼性関係の"fault avoidance"という用語である。少し前から(おそらく、今作っているアンプのスピーカー保護機能について考えているせいだと思う)、その概念は浮かんでいたけど言葉が出てこなかったのだが、さっき、なぜかスーパーで思い出した。最初は、ネットワークの"CSMA/CA"(CA= "collision avoidance")という言葉が出て来た。

どちらも正確な定義は覚えていないが、CSMA/CAは、無線LANで、初期の有線LANで生じていたパケットの衝突(今はTXなので、有線でも起こらない)を回避するという方式(どうやってするのかは謎w)、fault avoidanceは、システムのトラブルで「ひどいこと」にならないように、あらかじめ、問題が起こらないように作っておく(これも、どうやって実現するのかは謎)ということだと想像する。

細かい話はどうでも良くて、言いたいのは、日常生活でも、トラブルが起こっても(準備しているから)大丈夫だ("fault tolerance")とか、(日頃は何も考えずに)起こってから対処する(ノーガード戦法?w)のでなく、常にトラブルが起こらないようにするのが効率的だし かっこいいと、今は思う。

例えば、車だったらまさにcollision avoidanceで、とにかく事故は(自分に非がなくたって)面倒だから、とにかく起きないように、起こる状況が生じないように注意する。※ 車以外では、馬鹿な人や組織やシステムには何を言っても無駄なので、深く関わらないとかだ。

※僕だったら、事故発生確率の分子を小さくする、つまり、「可能な限り乗らない」のが今の解の一つである。もちろん車は好きだけど、好きだからこそ そうする。と、ちょっとかっこ良く書いたw

もちろん、若い頃はそれの正反対で、「トラブル上等」(fault welcome?)的であったが、経験を重ねると変わるものだ。

かといって、年寄り臭く、したいこともしない、常に無難なことをする・物を選ぶ、何でもとにかくギリギリまで判断しない、何でも遅く進める、意見の表明やものごとの白黒を曖昧にする(これになったら人として終わりだ!)、なんて クソ・生きる屍以外の何物でもなくてイライラするだけだから、メリハリが重要だと思う。安全な状況と判断したら、リミッターを外すのだ。あとは、可能な限り失敗しない・しても何とかなる状況を準備して進める。それで失敗したら仕方ない(これはfault avoidanceではなさそうだな)。

とにかく、自分で自然・無意識にfault avoidanceを実行するのが最高だ。

 

PS. おそらく、そのポイントのひとつは、えらく世知辛くなるが、瞬時に「長期的な損得を判断すること」だと思う。例えば、今違法行為をして あとで長時間嫌な目に遭う可能性があるのと、法は侵さずにギリギリのことをして(それを楽しみつつ)お咎めなしと(とはいえ、今は違法行為をしなくても捕まる(すると、有罪にはならなくても被害を被る)ことはあるし、違法行為をしてもお咎めなしの場合もあって複雑ではあるw)、どちらがいいかってことだ。

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テイラーちゃんの歌は なんか合わないけど、その「人」はなんか好きだ(いかにも、「若い元気なアメリカ人女性」でいいのだ)。 でも、近頃はがっかりだ。昔の作品の再録なんて無意味なことなんてしなくていいから、新作に力を入れればいいのに。まあ、それも本人の芸術活動だから 仕方ない。でも、がっかりしているのは確かだ。

と、ちゃんと聴いたこともないオッサンが申しておりますwww

 

(以下は、結構前に書いたが長くなって完結させるのが面倒になった草稿。残った「※」は、確か、森高のセルフカバーも無意味だったという話だったか。)

先日、テイラー・スウィフトが過去作を再録しているという記事を読んで、がっかりした。版権を失って、自分の作品を奪われたように感じているのだろうし、悔しい気持ちも分かるが、再録したら なにになって、なにがうれしいのかなと思う。

結局、金ではないのかと想像してしまう。

というのは、著作権は譲渡していないだろうし、再録できるくらいだから、当然コンサートでも歌えるだろうから、実害は、過去のアルバムの収益や、それらを自分の意志で再発できないことや、過去のヒット曲をベスト盤に入れられないこと程度だろう。それは単に「お金」の話ではないか。

どういう方針でやっているのか分からないが、過去作を再録するなんて無意味だから止めたほうがいいと思う。※ 過去作はリリースした時点で固まったもので、再録するのはそれを蒸し返すことだ。毎年掘り返す道路工事みたいなものだ。

そんなことをするよりも、新作を出すほうがずっと生産的じゃないか。そうして更にお金を得て、版権を取り返せばいいのに。

まったく つまんないことするな・・・

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