Archive for the ‘意見’ Category

オリンピックとかの競技会で、みんなが突然日本や地元の選手を応援し出す気持ちが分からない。高校野球とかも同様だ。いつもは いがみ合っている、そうでなくとも、他人には無関心な はずなのに、突如一致団結するのが不自然だ。他の国も同様なのだろうか?

それに、それぞれの競技で勝った人のことを あらかじめ知っていたのかも疑問だ。僕なんて、「柔道で金メダルを獲った」とか言われたって、そんな人なんて初耳だし、(もちろん努力は したであろうが、)どこがすごいとも分からない。

もしかして、誰でもいいから、自分に近い(気がする)人が勝てばうれしいのか? 随分能天気だし、対象の人に失礼な気がするが、良く分からない人にでも応援されればうれしいのか(まあ、確かにそれはあるか)・・・ アイドルみたいなものか?

僕には組織、団体、会社などからは裏切られた思い出しかないので、「同じ所属だから応援する」なんて行動は全くする気が起こらない。帰属意識が全くない。せいぜい、すごいことをした人の出身や所属をあとで知って、自分に近かったら「へえ」と思う程度だ。だから、(世間で良くありそうな)あらかじめ、利害関係がありそうな人の出身などを調べて近寄ることなんて全くない。「同郷のよしみ」なんてないし、期待することもない。逆に、詰まらない政治家みたいで大嫌いだ。

だから、(前にも書いたかも知れないけど、)僕は今はたまたま出身県に住んではいるけど、地元だから愛着がある訳ではなく、適度に田舎で暮らすのが楽だからだ。他にいいところがあれば、いつだって移りたい気では居る(ただ、近頃は体力が落ちて来て、なかなかすぐには実行できないことはある)。

(興味がないからまずないけど)スポーツで感心・応援することがあるとすれば、せいぜい、N連勝とかN回連続金メダルとか、初めての技を生み出したとか、初登頂などの絶対的な偉業だ。それはどこの人でも関係ないし、スポーツ以外でも同じで、例えば音楽のコンクールで日本人が優勝したって何も感慨はない。出身にどんな意味があるのか(「毎回、必ず誰かが優勝あるいは最上位になる」と思っている)。たまたま低レベルでも優勝してしまったかも知れないから※、聴かなきゃ分からないではないか。

そんなことをしてたら、日本人は日本の演奏者しか応援できないことになってしまい、まあ、各自の良さはあるだろうが、音楽はそもそもグローバルなものなのに自分から限定するなんて全く馬鹿らしいではないか。

※偉そうに書いたが、僕には演奏の絶対的な良さは判断できない。せいぜい、自分の好みかどうかしか分からない。

 

そして話はかなり飛ぶが、上の考えを発展させると、

国内での順位とか地縁血縁なんて下らない。そうやってフェアかつシビアな競争をなくしてしまった、あるいは、島国をいいことにぬるま湯に浸かってしまったことが、日本をガラパゴス化、中抜き社会化させてしまって、今の衰退の原因になってしまったのだ。

と思った。

 

PS. 前の稿にも書いたように、オリンピックには全然興味ないし、それどころか止めて欲しかったくらいだけど、ちょっと閑話休題だったところにネタができたのはありがたいw

  •  0
  •  0

全く大それた題だが、芸術論も文化論も勉強していない素人が東京2020オリンピックの開会式の報道を見て思ったことを書く。入場行進が印象的だったので(他については、さまざまな情報が細切れで全体像が良く分からないこともある)、特にそれについて書く。

なお、僕はそもそもスポーツ・運動には全く興味がないどころか、昔から嫌な思いばかりして来てストレスを感じるし※、この情勢でオリンピックを開くことにも反対だが、行われて仕舞ったものに対して、せめて自分の興味のある面から感想を書きたいと思った。

※この点については、近頃は「多様性」とか声高に言われているにも関わらず、「スポーツは人に勇気を与える」だのなんだのと分かったようなことを言われると、全く「んな訳ねえだろ!」としか思いようがない。僕に言わせればスポハラだ。

それから、ゲームも同様に好きじゃないのに、(本題に書くように、)さも国民音楽であるかのように使われてしまったのも、やっぱり多様性への配慮がなってなくて納得できないが、スポーツよりは許せる。

あと、頻繁に勃発していた、制作者だのの過去の言動とそれに対する処分については、以前から書いているように作とは無関係だし、そもそも、彼らの作がいいか悪いかの問題が先なので、それ以上は何も言わない。

 

「日本が世界に誇るもの」としてゲーム、アニメ、漫画の作品・素材・手法を用いたのだろうが、それらは文化だとは思うが芸術ではない※と思うので、適切だったとは思わない。かと言って、他のものに比べて劣っているというつもりはない。適材適所・TPOの問題だと思う。それらは確かに現代の日本の文化ではあろうけど世界に通用するかは別で、「ガラパゴス化物」の一種ではないだろうか。だから、軽薄なものになったように思う。

観てないから分からないが、開会式全体を通すと、某「押し売り放送協会」の多くのTV番組、あるいは一日をとおした編成と似たような印象だったのではないかと想像する。であれば、多くの日本人が喜んだ(らしい)のも理解できる。

※ゲーム音楽は確かに広義の芸術と言え、その証拠にコンサートも行われているようだが、元々は特定の用途向けに作られたもので通常の音楽より普遍性が小さいので、やはり、正統的な芸術というのには無理があると思う。

一方、「オリンピックの開会式は単なるお祭り・馬鹿騒ぎだから おもしろければ・(誰かに・内輪で?)受ければ良く、芸術的な素晴らしさや感動は不要だ」という考えで作ったのなら、全く何も問題ない。客観的な評価に従うだけだ。

でも、特に音楽が好きな者にとっては、イギリス(ロンドン2012)・ロシア(ソチ2014, 冬季)には随分負けた気がする(どちらも報道を見ただけの推測で、閉会式も含む)。

 

PS. 細かい話だけど、ソチの閉会式でラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番が演奏された(それだけでなく、開閉会式では他にも有名な曲が多かったようだ)というのは、今でも うらやましいし、まあ あと千年経っても勝てないだろうと思う。

PS2. 以前書いたが、市松模様の目がチカチカする ひどいデザインのマスコット2体は なぜか出て来ないようだ(商品などにだけ使われるのだろうか?)。目がチカチカしないのは いいけど、余りにも整合性がないというか無駄だし、だったら最初から出さなければ こっちもイライラしなくて済んだのにと思う。

PS3. その後、ゲーム好きの人でも必ずしもあの行進でのゲーム音楽の使用を気に入って居る訳ではないことが分かった。(→ 参照) ゲームの文脈から切り離されてしまった・都合良く使われたという主張だ。この記事には反論が多いから、そういう考えは少数派なのだろうが、結局、「安易に使った感」は拭い切れないというところか。 (21:22)

  •  1
  •  0

僕は、音楽は好きだけど、演劇(特に中小規模)もなかなか好きだ。ただ、僕の中の「劇ブーム」が一段落してから いろいろあったせいか(そういえば、ピアノを習い出したのは劇のあとだった)、何十年も離れてしまって居た。それが、近頃妙な切っ掛け(後述)で ぶり返しつつある。

乗り切れずにフェードアウトする可能性が なきにしもあらずではあるが、今は ちょっとおもしろくなっている。

 

今回は、そんな近頃 ふと思い付いたことを書きたい。音楽(主にクラシック)と演劇(主に小劇場)の人の雰囲気・行動の違いである。これはあくまでも僕の想像で、決め付けとか「こうあるべきだ」というものではない。もちろん、どちらがいいとか言うつもりもない。そもそもどっちも好きなので、「そういうことを想像して楽しんでいる」というのが正しい。

それを以下に列挙する。

  • 音楽: (どちらかと言えば)メンタル派。時に繊細過ぎるかも?
    • 楽器が必要(歌を除く)
    • 基本的にアドリブや変更はない。
    • 知らない人とは会わなそうだし、SNSなどは余りしなさそう。 → ちょっと遠い
    • 酒は飲むが煙草は吸わなそう。
  • 演劇: (どちらかと言えば)肉体派。「生(生身の身体)の迫力・気合いで勝負する」的。
    • 身体一つからOK(僕はそういうシンプルな劇が好きだが、実際はそうも行かないようだ)
    • ハプニング対応・アドリブや、回ごとに(あるいはその回の雰囲気で)細かい変更が結構ありそう。
    • 生(F2F)やSNSなどで同業者や一般人との交流が活発そう。 → 親しみやすい
    • 酒も煙草も行きそうw

二つに分けはしたが、それらが全く分断されている訳ではなく、演劇の人はロック系音楽の人に近そうな感じだし、音楽(クラシック)の一部の人、例えばピアニストYuja Wangは体育会系の雰囲気で演劇人に近そうだ。

 

そして、今なかなか気になっている劇団 地蔵中毒※は いかにも「破天荒な乗り」で期待させる(まだ作を観ていない)小劇場系で、公演を紹介する対談の配信を観たら、主宰の方は(以下は全部失礼な表現です。済みません)外見は「いかにも危なそう」なのに、考えや行動が意外にしっかりしていて(例: 時代に合わないネタは控える、コロナなどへの配慮がきちんとしている、ITを活用している)感心した。もちろん、配信に出られていた方々の 、僕にとってはものすごく久し振りの劇の話(それ以外もいろいろあったw)が結構熱かったので、カンゲキした^^

※どうしてかは分からない(忘れた)が、暇つぶしに見ていたツイッター(だと思うが、ニュースかも知れない)に出た前回(2021/春)の公演のチラシの独特な世界にひかれたあとに、近頃出た今回の公演の案内の題「無教訓意味なし演劇vol.14『母さんが夜なべをしてJavaScript組んでくれた』」で俄然夢中になってしまったw

「無教訓意味なし」に関しては、常々 劇(音楽も)はそういうのがいい・そうあるべきと思って居るし、「母さんが夜なべをして組んでくれたJavaScript」は一体どういう出来でどんな動きをするのか*、是非見たいと思った。(いやこれ、想像するだけでご飯十杯は行けるよw)

*その後、残念ながら件の母さんのJavaScriptは、音楽のアルバムのジャケットみたいなもので劇には出て来ない可能性が高そうなことが分かったが、もしかしたら何かあるかもと期待はしている。

ただ、実際の公演を観て(配信で観る予定)果たして、彼らの乗りに僕がついて行けるか かなり心配はあるが、無理だった時は仕方ない。

その後、劇団の主宰の思わぬひどさが発覚して、配信は観ないことにした。当事者の片方の方の言い分だけで判断しては いけないけど、やっぱり、「見た目」はある程度中身を反映しているのか。なんとも驚いたし、すごくがっかりした。 (7/21 5:35)

僕はいつも、「作品(の良し悪し)と作者の性格・言動は別だ」と書いているが、それでも今回は観ない。この公演の良し悪しは主宰の言動とは関係ない可能性はあるが、その前に観ない。主宰に拒否感が生じたので、観ることができない。評論家でないので、苦痛を押して観るものでもない。評価する以前の問題だ。 (7/21 9:23)

(7/23 5:46) 上の件、その後の経過に大変幻滅した。クソなので それについては書かない。まあ、最初に気になった、原作(すごく有名な古典)を読まずに演ずるのに問題を感じず恥じない人(主宰でなく、問題を暴露した人)だけあるかも知れない。※ 初めに原作を読まないなら、一体何をしているのだろうと思ってしまう。音楽だったら楽譜を読まずに演奏する、ソフトなら仕様書を読まずに(リーダーなりに言われるままに)作るのと同じことだ。それを平気な顔して「それでも ちゃんとできたから問題ない」などと公言するのと同じことだ。お前は一体何を演じ・作ったのか?

※しかも、その人だけでなく、今回の公演では出演者のほとんどがそうなんだから(上に挙げた対談で確認できる)、信じられないほど、あきれる未満のレベルの低さだ。

これは作り手の言動・性格などでは全くなく、作品の作り方そのものの問題で、全く看過できない。

とにかく、いろいろがっかりした。あと、そういうことに最初に気付けなかった(目をつぶった)僕も馬鹿だった。

 

PS. 明日(てっきり今日と思って居たw)は彼らの"JavaScript"の初演なので、それに何とか間に合ったw

PS2. このブログには「演劇」のカテゴリがないのだが、僕の中では劇と「映画・TV」とは全然違うので、そこには入れていない。ついでに書くと、僕の中では、オペラやミュージカルも劇とは枠が違う。

  •  0
  •  0

以前書いた、大好きなサボり先輩が近頃サボり気味でがっかりしている。僕は、彼女のサボるためにはどんな努力も惜しまないところが好きだったのに、近頃はなんだ。いかにも取って付けたような、全然ひねりのない、詰まらないサボり方しかしていないではないか。あんなのサボり先輩じゃない! 一度出直して欲しい。

 

がっかりしたから確認する気も起こらないのだが、別の、家庭教師と高校生の話も同じ作者だった気がするのだが、その最終話も月並み・浅くて、かなりがっかりしたのを思い出した。世間(といっても、ネットの世界だけでは?)では随分好評のようだが、まだまだ甘いと思った。

  •  0
  •  0

(去年の年末に書こうとして、おもしろくないから題までで放置して居た話)

良く、あるいは たまに、AWSやGoogleなどの大手クラウドサービス・サーバが落ちて悲惨なことになって居る(今日もそうらしい)。意外に弱いものだと思うが、まあ、サーバなどを構成する個々のハードは強いのだが、インターネットも含めて数多くの物・サービスが組み合わさって動いているから、信頼性はそれらの掛け算になって、全体としては弱くなってしまうのだろうか。

例えば、DNSシステムが落ちたらクラウド(その他諸々全部!)は使えなくなってしまうし、DNSもCDNも誤動作したらとんでもないことになる(CDNは良くあるね。以前、某Amaz○nは うやむやにしてたけど)。

それでも、ハードの信頼性は充分に高そうだ。一方、以前見たトラブルの原因は設定誤りだったが、そういう人に起因するトラブルが一番多そうだ(設定以外にソフトも含むし、ハードも間違った回路を作ったら駄目だ)。基本的に、機械は人が設定・プログラムしたとおりに間違いなく動くのだが、人が誤った設定などをすれば、結果はおかしくなる(もちろん、誤った設定どおりに動いているので、機械としては何もおかしくない)。それを「コンピュータ・機械にも間違いはある」と言っている(「コンピュータ」などに、それを設定した人間も含めれば、その表現は正しい)。

まあ、近頃はAIが発達しているので、人が間違っても自動でカバーするようになるのだろうか。そうすると、やっぱり、「暴走AIを誰も停められない!!!」っていう映画のような悪夢を思い付くのだが、考え過ぎだろうか(だったらいいね・・・)。

 

PS. クラウドが良く落ちるからと言って、「だったら・だからオンプレミス(≒ 自社内サーバ)にしよう」とは思わない。一般的(= 平均値)には、そっちのほうがずっと信頼性が劣る。よほど強固なセキュリティが必要で(とはいえ、自分・自社で実現できるかは疑問)、「何があっても自分たちでメンテする!」という強い覚悟がない限り、やらないほうが楽だし得策だと思う。

例えば、ハードが壊れるたびにメーカーの人を呼んで交換してもらってデータをリストアするとか、ビルの点検などで停電のたびにサービスが停まるとか(多地点にサーバを置けばいいが、なかなか大変だ)、面倒もいいところではないか。寿命でのハードの交換だってお金が掛かるうえに面倒だし、マシン室の空調だって高いんじゃないか?

大きいところは そういう面倒(「お守り」)を全部丸投げ(それが子・孫と多段に連鎖している)するんだろうけど、そういうのが今の日本の技術力低下に繋がっているのかも知れないね・・・

まあ、セキュリティについてはクラウドも同じことではあるが、提供されるパッケージをちゃんと設定して使えば、自分でやるよりはマシだろうと思う。それができないから、トラブルが多いのであるが・・・

PS2. それから、今ではクラウドが落ちるのはおかしくないことが分かっているのに、いまだに落ちて大騒ぎになるのは、サービスする会社、あるいは、使う側が手を抜いて・費用をケチって問題発生時の代替処理が充分でないからだと思う。だけど、そうは言わずに、直接の原因となったCDNなりを挙げて・叩いて誤魔化している気が・・・ (6/9 11:31)

  •  0
  •  1

ニュースを見ていたら、見出しに題のようなのがあって、いつもは「そんな訳ないよ(眉唾だ)」と思ってパスするのだが、今日は何度か迷って読んでみた。

記事には感心した。それで、そこまですごいなら聴いてみたくなってSpotifyで探したら、記事に書かれていた曲が一つだけあったので、聴いてみたら・・・

余りにも重くて、聴くのが苦痛だった。最初から最後まで、全く救われない感じだった。

まあ、作風はあるのだろうし、たった一曲だから、その人が分かるとは言えないが、僕としては、モーツァルトを超えているとは到底思えない。というのは、

モーツァルトは こんなつまんねえ曲は作らない。

からだ。

その少年を評価した人には それなりの価値観や考えがあるのだろうが、そういう人が全部日本人てところが僕には「やっぱり・・・」と思わざるを得ない。例えば、記事に、「モーツァルトが幼少の頃の曲と、その少年の同じ頃のを比べたら、モーツァルトのはシンプルだから、少年のほうがすごい」のようにあって、苦笑+嘆息した。「何も分かってねえな・・・」と。

モーツァルトの曲はシンプルにも関わらずすごいからすごいのに、そこが分からんのか? まあ、これは素人の感想だけど。

だけど、ひとつ言えるのは、もしその少年が本物だったら、世界で評価されてもいいはずだ。

が、これは実は正しくなくて、世界で売れるためには、単に作品がいいだけじゃなくて、「いろいろなこと」が必要だとは思う。

 

とは言え、「あの曲はないな」というのが、正直な感想だ。僕に言わせれば、少し前に大変叩かれた、ゴーストライターが代作し(て、なぜか、ライターが名乗り出)た作曲家みたいな曲だった(そこまでひどくはないが)。というか、典型的な日本の有名な作曲家の曲の印象みたいで、「なんか(とにかく)嫌」なのだ。

まあ、そうやって、大人に持ち上げられて ひどいことになる子どもってのは結構多いから、結果的にそうならなかったのは良かったと思う。

 

もう一つ書きたいのは、「モーツァルトを超えた」と書いているのにモーツァルトの幼少期の作品としか比較していないのは、全然話が違うと思う。そういうことなら、「モーツァルトの幼少期を超えた」と書くべきだ。もう一度書く。全然違う。それなら越えてない。

 

PS. その少年は病気のために、今は居ない。だから、「モーツァルトを越えた」と言われたなら、モーツァルトと同レベルで批評してもいいのだが、いかんせん、たった一曲だけでは正当に評価できないので、名前は出さない。

ただ、いつも書くように、僕は作者の属性と作品は別と考えるので、彼の病気がいくら大変なものだったとしても、彼が若くして亡くなったとしても、そういうことは曲の良し悪しとは関係ないと思っていることは明記する。

PS2. 聴いた演奏のピアノは、少年を評価した人の演奏なのだろうが、僕には「うーむ」だった(これも作品の良し悪しとは関係ないので、はっきり書くのは遠慮しておくが、まあ、(略))。

PS3. Spotify以外に、YouTubeに他の曲があるかも知れないことに気付いたが、最初に聴いた曲で嫌になった(トラウマ的)ので探さない。 (5/22 7:49)

  •  1
  •  0

野球や みのもんたじゃないよw 信頼性関係の"fault avoidance"という用語である。少し前から(おそらく、今作っているアンプのスピーカー保護機能について考えているせいだと思う)、その概念は浮かんでいたけど言葉が出てこなかったのだが、さっき、なぜかスーパーで思い出した。最初は、ネットワークの"CSMA/CA"(CA= "collision avoidance")という言葉が出て来た。

どちらも正確な定義は覚えていないが、CSMA/CAは、無線LANで、初期の有線LANで生じていたパケットの衝突(今はTXなので、有線でも起こらない)を回避するという方式(どうやってするのかは謎w)、fault avoidanceは、システムのトラブルで「ひどいこと」にならないように、あらかじめ、問題が起こらないように作っておく(これも、どうやって実現するのかは謎)ということだと想像する。

細かい話はどうでも良くて、言いたいのは、日常生活でも、トラブルが起こっても(準備しているから)大丈夫だ("fault tolerance")とか、(日頃は何も考えずに)起こってから対処する(ノーガード戦法?w)のでなく、常にトラブルが起こらないようにするのが効率的だし かっこいいと、今は思う。

例えば、車だったらまさにcollision avoidanceで、とにかく事故は(自分に非がなくたって)面倒だから、とにかく起きないように、起こる状況が生じないように注意する。※ 車以外では、馬鹿な人や組織やシステムには何を言っても無駄なので、深く関わらないとかだ。

※僕だったら、事故発生確率の分子を小さくする、つまり、「可能な限り乗らない」のが今の解の一つである。もちろん車は好きだけど、好きだからこそ そうする。と、ちょっとかっこ良く書いたw

もちろん、若い頃はそれの正反対で、「トラブル上等」(fault welcome?)的であったが、経験を重ねると変わるものだ。

かといって、年寄り臭く、したいこともしない、常に無難なことをする・物を選ぶ、何でもとにかくギリギリまで判断しない、何でも遅く進める、意見の表明やものごとの白黒を曖昧にする(これになったら人として終わりだ!)、なんて クソ・生きる屍以外の何物でもなくてイライラするだけだから、メリハリが重要だと思う。安全な状況と判断したら、リミッターを外すのだ。あとは、可能な限り失敗しない・しても何とかなる状況を準備して進める。それで失敗したら仕方ない(これはfault avoidanceではなさそうだな)。

とにかく、自分で自然・無意識にfault avoidanceを実行するのが最高だ。

 

PS. おそらく、そのポイントのひとつは、えらく世知辛くなるが、瞬時に「長期的な損得を判断すること」だと思う。例えば、今違法行為をして あとで長時間嫌な目に遭う可能性があるのと、法は侵さずにギリギリのことをして(それを楽しみつつ)お咎めなしと(とはいえ、今は違法行為をしなくても捕まる(すると、有罪にはならなくても被害を被る)ことはあるし、違法行為をしてもお咎めなしの場合もあって複雑ではあるw)、どちらがいいかってことだ。

  •  1
  •  0

テイラーちゃんの歌は なんか合わないけど、その「人」はなんか好きだ(いかにも、「若い元気なアメリカ人女性」でいいのだ)。 でも、近頃はがっかりだ。昔の作品の再録なんて無意味なことなんてしなくていいから、新作に力を入れればいいのに。まあ、それも本人の芸術活動だから 仕方ない。でも、がっかりしているのは確かだ。

と、ちゃんと聴いたこともないオッサンが申しておりますwww

 

(以下は、結構前に書いたが長くなって完結させるのが面倒になった草稿。残った「※」は、確か、森高のセルフカバーも無意味だったという話だったか。)

先日、テイラー・スウィフトが過去作を再録しているという記事を読んで、がっかりした。版権を失って、自分の作品を奪われたように感じているのだろうし、悔しい気持ちも分かるが、再録したら なにになって、なにがうれしいのかなと思う。

結局、金ではないのかと想像してしまう。

というのは、著作権は譲渡していないだろうし、再録できるくらいだから、当然コンサートでも歌えるだろうから、実害は、過去のアルバムの収益や、それらを自分の意志で再発できないことや、過去のヒット曲をベスト盤に入れられないこと程度だろう。それは単に「お金」の話ではないか。

どういう方針でやっているのか分からないが、過去作を再録するなんて無意味だから止めたほうがいいと思う。※ 過去作はリリースした時点で固まったもので、再録するのはそれを蒸し返すことだ。毎年掘り返す道路工事みたいなものだ。

そんなことをするよりも、新作を出すほうがずっと生産的じゃないか。そうして更にお金を得て、版権を取り返せばいいのに。

まったく つまんないことするな・・・

  •  2
  •  0

(他に書きたいことはあるが、酔っているので、今書けることを。)

会社探し中に、ある会社の代表のブログ(と言っても、よくある、会社のページの一部)に書いてあったことなのだが、

文章は(いくら書いても)読まれないけど、図(や写真)なら見てもらえる

というのがあった。僕にすれば、全く聞き捨てならない、言語道断歩行者横断(Ref.: 筒井康隆)、噴飯物としか言いようがない。

まあ、確かに、今の流れとしては、文章を長々と書くよりも「パッと見て分かる」図が ありがたがられるが、だからと言って、文章を書く以上、表現すること、分かってもらえるように努力することを諦めることは全く許されない。

だいたい、今は、図とか言っても そこら辺にあるフリー素材を使っているだけじゃないか。イラストならまだいいが、写真なんて、記事の内容と全然関係なく、単なるアイキャッチでしかなく、すごく誤解させる。それでも気にしない人は多いのだろうが、そんなのを相手にしていたら、何も進歩しないよ。それでいいなら、そもそも文章なんて書かなければいいではないか。LINEみたいにアイコンの羅列でいいよ。なのに、なぜ、無駄に指を動かして書くのか? 結局、文章でも図でもそれらの混合でも、どうしたって表現できないからではないか? それは単なるハンパ者だ!

だから、最初に挙げたブログを書いた人は全く×、今良くある、目障りのいい駄文、「ポエム」を書くアフォでしかないので、そういう輩の会社は止めた(これが主因ではないが、まあ、行けば分かると思った)。

  •  1
  •  0

(最初は題の先頭に" "を入れたのだが、削除されてしまうので、「空白」と書いた。)

僕が日本語を書く時は、一応、声を出して読んだ時におかしいとか分かりにくくないかを確認する(ただし、面倒で音読しないから不十分ではある)。それに関係して、昔から気になっていて少し前から実践している(実は、もっと前にもしたが、自己満足かと思って止めていた)のは、平仮名が続いた時に、別の単語に読めて変な感じになる場合に空白を入れて区切ることだ。

例えば、前の稿の題の

打ったら素早く_いい音が鳴った。

である(空白を"_"にした)。

普通は、そういう時には何もしないか「、」を入れるのだろうが、僕は全然良しとしない。というのは、読んで変な感じになるのは論外だし、読みのテンポなどにもこだわるので、安易に「、」を入れたくないのだ。だから、入れ方にはいつも試行錯誤している。

上の例だと、「、」を入れるとスピード感が失われてしまうから、最初は「、」を入れていたのを削除した。

そこで出て来たのが空白である。これなら、分かっている人には効果があるし、そうでない人には何もない(害も益もないはずだが、おそらく、読み間違いが減るはずだ)。

ちゃんと調べた訳じゃないが、少なくとも新聞・雑誌や書籍、webページでそうしているのを見たことがないので、新しい日本語の書き方かなあと思っている。

いやいや、きっと こういう提案をした先人は居るだろう。が、ここで改めて提案する。

 

(以下、単なる想像です。)

実は、こういう書き方は、手書きの頃はあったのではないだろうか。だって、書いたものを読んでおかしくなるなら、「ちょっと空けるか」と考えると思うからだ。活版でもあった気がする。職人さんが細かい詰物を入れていたのではないか? (そんなことない?)

しかし、(活版は分からないが、)ワープロになった時に完全に失われてしまったのだろう。ワープロには全角と半角の空白しかなく、「気持ち」(微妙に)空けることができないからだ。そして今は、プロポーショナルフォント・配置になったので、大分できるようになった(気持ちが表現できるようになった)。

※「空ける」と「開ける」は どちらが適切か分からないが、前者にした。

 

本当に細かい話だけど、僕にはとても重要なことである。

いつか これが、(アプリによっては なされる、余計な)アルファベットと全角文字の間に空白を入れるように自動でできるようになるといいと思う。でも、そうするには、平仮名の単語、あるいは文章の意味の認識が必要なので、簡単ではなさそうだ。

  •  0
  •  0

(確か、(理解不能な理屈で)景気を良くするために) 2%/年の物価上昇※を目指しながら、「携帯料金はガンガン下げろ!」とは、これいかに? ほとんど全員が使っているものが何千円も安くなったら、物価が下がっちゃう気がするが・・・

※これ、冷静に考えると とんでもなく恐ろしいことだよ・・・

建前上は日銀と国は別だからいいのか? そんなこと言われても納得できないが。

携帯料金が下がって国民の可処分所得が増えると、その余ったお金で消費が増えるから結果的に物価が上がる(低金利政策と似たようなもの?)という、「風が吹けば−」的な話か? 結局、幻や詭弁でしかなかったトリクルダウン理論と同じじゃないかな。

それとも、物価上昇を目指すのはもう止めたのだろうか?

 

とりあえず、こっちとしては何でも安くなれば助かるので、まずは消費税を-10%(なんでも1割引!)くらいにwww

 

PS. 携帯料金強制値下げの話には見事なオチがあった。MVNOから「これじゃやっていけない」と泣きつかれたら、コスト構造分析なるものをするそうだ。国が大手の料金を安くさせたらMVNOが駄目になるのは最初から分かっていることなのに。で、分析結果が不当だったら、「何やってんだ! そんな不適切なことをしろとは言ってないぞ!」とか言うに違いない。国の連中は常に「適切なこと」(自称)をするからなw

でも、大手キャリアはあらかじめそれを見越して、あるいは、手慣れたウルセー奴対策で、巧妙な、あるいは、バレバレの隠蔽・すげ替え措置を取っている・取るに違いない。現場の数字合わせに奔走する人は さぞ疲れることだろう。

まるで、運動部の(前時代的で非科学的・非論理的な)先生・コーチや先輩や、会社の偉い連中や上しか見てない上司や、(見たことはないが)日本軍の偉い連中といったクソな奴らと、それらをうまくかわす下々のする三文芝居のようで、「やっぱり日本は昔からこうだよね!」としか言いようがない。

でも、これ、実際にコスト構造が不適切だったら値上げさせるのかね?※ キャリアとしては、「済みませんでした。適切な料金にします。」と値上げできるから、願ったり叶ったりってとこ??

※一つの可能性は、「高くなるのは仕事の仕方が非効率的なせいだ!」とか言って、社内(リストラ?)にまで口を出すのかも知れないな。いやはや・・・

現実問題として、そういうのはキャリアは嫌だろうから、値上げはせずに、パズルのような「うまい」数字をひねり出すしかないのだろうか。

そうすると、困ってしまったMVNOを何とかするために、国からさまざまな「施策」が出るのだろうか。実効的になんの意味も価値もないことをやらされて、みんな大変だ・・・

 

個人的には、今回のキャリアの値下げで僕の使っている最低辺wのプラン(500MB, 約1100円/月)が更に安くなることは絶対にないけれど、逆にプロバイダが撤退してしまうことを心配していたが、多少は大丈夫そうな印象だ。

(1/23 10:28)

  •  1
  •  0

たった一か月でコロナがなんとかなるとか思っていたり(思っていなくても、誰かの顔を立てるためにそういう振りをしているのか、そもそもまともな思考や指揮ができないのか)、その「緊急事態」を宣言する日が数日後とか、笑い話じゃないんだが。

それから、「会食は4人まで」とか(この期に及んでも止めるつもりがないとは・・・)、遠足のおやつの金額や「バナナはおやつなんですか?」じゃないんだから、わざわざ偉い人に決まりを作ってもらわなくても、何が重要なのか自分で考えれば分かるだろうに(分かっていても、とにかく会食するためのオーソライズされた口実が欲しいのだろう)。

そういう連中だから、論理的・科学的な考えをすることができない(仮にできてもできない振りをして、非論理的・非科学的なことをする)ので、例えば原発や放射能のことなんて本当に分かる訳がなく(仮に分かっても、他人事にしている)、とんでもないことを平気で決めるのだと実感した。

とはいえ、特に疑問もなくそういう連中を選んでしまう連中が多数派になって仕舞っているのが、一番の不幸だ。昔、TVが出た時に「一億総白痴化」と言った人が居たらしいが、そういうのが実を結んだんだなって、今朝気付いた。

 

(1/8 6:39) 片腹痛い追加画像

ご自分は捉えてます? ていうか、「若者がそうしないと自分が困る!」と「自分事」と捉えている?

 

(1/8 17:42) 外出先でたまたま見付けて、思わず何度も頷いた記事: 「「緊急事態宣言でさえ刺さらない」リーダーの言葉が国民の感情を逆なでする本当の理由

今、「言行一致」、「正しい志」、「仁の心」を持った政治家は いったい何人居るだろうか?

  •  2
  •  0

先日、ある偉い議員(「デジタル化」を推進している一人だったか)が「『タブレットは紙より重いから使わない(使いたくない)』という議員が多い」とか言っていたという記事を見て、どうにも一言言いたかったけど面倒だから置いていたら、今日、新たなネタが湧いたw 役人がメールでパスワード付きZIPを送るのを止めさせる話である。

どちらも、本当にすべきことが分かっていないように思う。何が解決すべき問題かを分かっていないようだし、目的と手段を混同しているし、十分条件と必要条件も混同しているように思う。

最初の記事は見出しくらいしか見ていないので間違っているかも知れないが、国会での答弁に紙でなくタブレットを使えとかいう流れ(指示?)があるけど結局使っている人が少ないのは、重いからだそうだ・・・

いろいろ(最初から)間違っている。

答弁するのに、役人の書いた作文を読むだけなら※紙で充分だ。タブレットを読むなんて愚の骨頂だ。ハンコと同様に、「紙だから駄目」なのではない。(考えないから駄目なんだ)

※ところで、大昔に、国会ではそういう朗読行為は禁止されていると読んだ気がするが(→ あった。例: 衆議院規則 第百三十三条)、例によって、うまい言い訳でその禁止事項ではないとみなされているのか。

十歩譲って、(専門的な知識がないから)役人の回答をそのまま伝えるのは仕方ないとしても、そもそも、国会で回答するのは議員の主たる仕事なんだから、紙なしでもできるように(= 理解+暗記)しろって思う。まあ、仮に言っても「それができないくらい忙しい」とか言われるだろうが、「では、お前らの仕事は何ですか?」って聞きたい。忙しいのではなくて、単に脳味噌とかやる気がないだけなんだろう。ただただ、「次の選挙で当選する」ことが目的になって仕舞っているんだろう。

では、タブレット(電子媒体)にして何がいいかと言えば、その元ネタ(作文)を書く人たちの準備作業が少しは楽になる(例: 大量の印刷が不要になるので、書く・調整する時間が増える)こととか、聞く人(議場の議員)たちにもその作文を同時に見せられるとか、答弁への質問に対してその場で検索して答えられる(議員ができるかや そうしていいのかは不明)、あるいは、その場で他の資料を探し出して補足できるといった、ダイナミックかつ深い議論ができる可能性があるからではないか(決して、暇つぶしにワニの動画を観るためではないwww)。そういう気もなしに ただ「タブレットを使おう」とか言ってたら、田舎者のように「みんなやってるから(意味は分からないけど)やる」と同じで、世界中の笑い者だよ。

書いてから思ったが、なぜ、国会(きっと、地方議会もそうだろう)は未だに太古のやり方を踏襲しているのか。せめて普通の会社みたいな会議(少なくともパワポ(Amazonは禁止だけどw)を映して説明する)をすれば随分良くなると思うが、それではいけない理由はあるのだろうか? なぜ、形式的な「質問と回答」の形態を死守して、(やる気のない)聞き手を(何の資料もないので)「何か言ってるけど、分からないからまあいいか。寝よう」状態に陥れていいのだろうか?

そういうことを考慮すると、彼らの議員としての知性、能力、適性といったものは かなり疑わしく、ほとんどは「口が立つ」(それにしたって、適切なことすら碌に言えない)程度なのではないかと想像したくなる。

それはともかくとして、良く考えれば、あそこにいる議員というのは、大臣などにならない限り、質問を出したり法案を出したりしない限り、「その他大勢」よろしく ただ座って居るだけで(休む人も居るようだが)、あとは野次を飛ばすしかすることがないのではないか。上に書いたように、資料すらなかったら手持ち無沙汰もいいところだ。だから野次は盛り上がるのだろうか。だから、次の選挙のことしか頭にないのか。それが正しいとすれば、「デジタル化」以前に、自分たちの仕事をまともにすることから始めた方がいい。けど、そんなことをしたら自分たちが大変になるからやらないのだろう。

という訳で、彼らにはこの漫画が最適か?w

メールのパスワード付きZIPは、20-30年くらい前は、誤送信・漏洩や通信経路での盗聴・改ざんに対抗できる いい手段がなかっただろうから、それなりに有効だった。が、それを延々と使い続け、しかも間違った使い方(パスワードはメールで送ってはいけない)をしていても何も気にしないってのは、さすがのIT後進国だ。何も考えていない。

現代なら、もっといい道具(例えば、暗号化メール、メール以外の安全な通信手段(具体的な名前は思い付かないが、通信相手と直接接続してエンドツーエンドで暗号化通信するようなもの(= 電話?w)))※はあるだろうに、そういうのを知らないのか、元々の目的の代替なしに「面倒だから止める」なんて、とんでもない(途中で盗聴・改ざんされてもいいということ??)。言ってみれば、「(真夏は)ヘルメットは暑くて運転が覚束なくなるから、被らずにバイクに乗る」みたいなものだ。

※ただ、そういうものがあることを知ったら知ったで、「それだそれ! 日本政府用連絡システムを作ろう!」とか言い出して、例によって大手IT企業が多額で受注して(多段下請けに出して)「ものすごいもの」ができて誰も使わなくなる気はするから、止めた方がいい。

(11/20 6:02) たまたま出たが、GoogleのAndroid向けメッセージシステムは まさに、エンドツーエンドの暗号化通信だ。これをベースにするなら、手軽に使えて安全だ(Googleを信用するならねw)。

まあ、こういうのはこれからもいっぱい出て来るだろうから、「N周遅れジャパン」の行く末が楽しみだ。

 

PS. 別件でだったかも知れないが、まとめサイトで見て「まさにそれ!」と思ったのは、「台湾のIT大臣(タン)に頼む」ってものだ(切り抜きがあった↓)。そうすれば かなり進化するだろう・・・

  •  0
  •  0

昨日、定期的な通院で診察の順番を待っていたら、(至って普通のことだが、)TVが映っていた。が、観なくなってから随分経つせいか、どうにも慌ただしくて落ちつかず、良くない(イライラまではしないが、「うるさい」、「鬱陶しい」とか「邪魔」という感じ)と思った。それでも、USの大統領選の話題だったから眺めていたら、出ている女性※やセットなどはとても綺麗だが、全部「その場限り」、「使い捨て」、しかも中身が浅いことに気付き、ものすごく馬鹿らしくなって、呆れながらもおかしくなった。

※今は無駄に解像度が高いので、アップなどに対応するのは さぞかし大変だろうと思った(その時メインで出ていた人(初めて見る全然知らない人だったが、どことなくUSのキャスター的な印象だった)は随分きっちり作っていたので、感心したが)。でも、そういうのは本当に必要なのだろうか?

あと、本題には関係ないが、今のTVの画質は「いかにも綺麗」だけど、実際には良くない。特に色(鮮やかさ)が不自然に強調されている。たまに見る大抵のTVはそう思える。

毎日毎日、とてつもない労力とお金を費やして、大量の番組をきっちりリアルタイムで流す必要は、果たしてあるのか? それこそ「たい焼きくん」とか「砂糖水」の世界ではないか。

まあ、いろいろな場合であることだけど、本末転倒だと思うが、それが収入源とか仕事になっているので、必要性とかその他重要なことには関係なく、止められない・することが目的になっている事情はあるだろう。

以前にも書いたが、内容には よるが、やっぱりリアルタイムの放送とか配信は時代遅れだと思う。なぜ送る側のペースで観なくちゃいけないのだろうか? 僕は、腰を落ち着けて自分の観たい時に観たいものを観たい(あと、分からないことがあったら、一時停止して検索したいw)と思うから、オンデマンド配信をメインにすべきだと思う。

さすがにニュースなどはリアルタイム配信が必要だが、それこそ素材だけ作って、見えるところはAIとかで自動生成すればいいと思う。それなら(プレゼンテーション層の)人間もセットもスタジオも撮影などする人たちも不要だ。「原稿を書いてセットするだけ」って感じか。

そうすれば、スタッフの心身を削りながら まさに四六時中延々と続く番組制作の手間は少しは減るだろうし、質も向上するのではないだろうか。とはいえ、リアルタイム配信(= 「生放送」)でない映画とかドラマの制作は、実は生以上に大変かも知れないし、質も「いいものもある、だけど・・・」だし、上記の本末転倒現象が起こって結局同じことかも知れないし、利権の関係でおいそれとは止められないだろうし、メディアを権力維持に使う人たちが居るから止めさせてもらえないだろうが・・・

でもまあ、いつかは終わると思う。

 

PS. 題で思い出した。数十年前、どういう訳だったかは忘れたが、あるコンピュータ関係の会社の人に(何かのついでに)自社に製品を見に来てくれと言われ、全然興味なかったけど、その頃は素直だったのでw行ったら、どうにもその製品の価値とか意味が分からなくて(しかも、わざわざ立ち寄ったというのに・・・)、テキトーな相槌をしつつ内心苦笑いしたら相手に気付かれてしまって、「何かおかしいですか」と言われたことがあった。その時は、お互いが ちょっと変・失礼だったと思うが、昨日はそういう気分だった。

そういえば、その時の一番の成果は、Xウインドウのスクリーンセーバーで、Xのロゴが画面をジャンプしながら動くものが標準であるということだった。それまでは そんな気の利くもの(でも、今だったら全然趣味じゃないから使わない)があることは全然知らなかったので、思わずその人に「これ、どうしたんですか?」と聞いてしまった。そんな太古の時代の話だ(爆)

PS2. でも、信じられないことに、TVで放送される予定だった昔のアニメの最終回の放送が、外部事情で遅れて「録画」できずに文句を言う人たちが大勢居るようなので、日本のTVはまだまだ安泰なのかもね・・・ いやマジで遅れてるしセコいと思う。アホか馬鹿かと。今なら普通に配信されてそうだし、そんなに命賭けるほど観たいならレンタルして来ればいいじゃん!! 昭和かよ。 (19:52)

(19:26 加筆・修正)

  •  1
  •  0

(年が元号で書いてあって全然時間感覚が掴めず、実用性に欠ける)市のwebを見て気付いた。

今の政府のやり方は、ハンコに限らず、細かい技術(例: 「デジタル化」)ばかりが売りになっていて、そういう、「物を換えればうまく行く」ような考えは全くおかしい。単なる誤魔化しだ。子どもが良くやる、「*がないから点数取れない」みたいなものだ。

ハンコを100%なくしたって、それだけでは無意味で、効果はほとんどない。どうせ、その周辺というか、元々の複雑な仕組みや手続きは温存したまま、ハンコだけをなくして、別の物(例: 「ハンコなし」、サイン、電子署名)に置き換えるだけなのだろうから。全然分かってない。ハンコを押すこと(作業)がとんでもない手間なのではなく、お偉いさんの顔色を伺いながら延々とスタンプラリー(しかも、途中で何回も振り出しに戻る・・・)しなくちゃならないこと(手順)が手間なのだ。

あと、当然ながら、ハンコがなくなっても公文書や役所などでの元号による年表記はなくならないが、それこそとんでもない効率低下の原因の一つだ。そういうのが山ほどあるのではないか。

そうでなくて、形骸化した手続きや無意味な決まりなどの無駄な手間を減らして(いや、それ以前に何かあるかも知れないから、まずは何が悪いかを調べる必要がある)社会の効率を向上させることを目的にしなければならないけど、そういうことを言っている人は居るだろうか? やたらに「ハンコ減らしました!」ってドヤ顔している人は居たが・・・

「日本の問題をいろいろ調べて検討した結果、ハンコが一番悪かった」ってことかも知れないが、それはまずないだろう。であれば、そういう説明があるべきだ。

目に見える物をやり玉に挙げて交換・増減させるのは分かりやすいけど、それでやった振りをする・気分になるのでは何も意味がないね。

例えば、今はとんでもない速さのWi-Fiルーターとか光回線、無線通信があるけど、それにしたらとんでもなく仕事がはかどるようになったとか、お金が儲かるようになったって話は聞かないもんなあ・・・

それから、数百馬力の超高速な車にしたら、移動時間がものすごく短縮できるようになって、遅刻しなくなったりお客さん回りなどが ものすごく効率が上がって収入が格段に上がったってことも、まずなさそうだwww

良く分からないけど、「戦略」と「戦術」の違いなのだろうか。そうだとすれば、今の日本には戦略がない。僕の言葉で書けば、思想・考えがない。仮にあったとしても、邪悪なものしかない。

  •  1
  •  0

10年前にコロナ流行を予言した小説家が「1日も早く英語を学べ」と訴えるワケ

読もうとしたんだけど、普通のクソ対談で最初から埒が明かなかったので、2ページ目で止めた(そこまで見ても題には全く関係ない、言ってみれば世間話だったので、ブチ切った。だから対談記事は嫌いなんだよ)。

いや、英語なんて何十年も前から言われているけど、何が違うのか。想像だが、彼が言いたいのは、「英語的な(= 西洋、または、日本の外)考え方・行動に慣れろ」ってことじゃないか。つまり、ガラパゴスは捨てて国際化しようと。

 

結局、僕の考えしか書いてない。牽強付会もいいとこだwww

でも、少し言わせてもらえば、「英語を学べ」と書く記事が、日本的に「最後まで読めば分かります」みたいにだらだら書いてたら、駄目じゃないか? 編集者は何も分かってない気がするな。

(根気のある読んだ方は教えて下さい。)

 

PS. 書いたあとで、「なんか、昔あったイントロクイズみたいだ」と思った。今はTVを観ないから分からないが、まだあるのだろうか? 今は人の好みが広がって成立しなくなったのかも知れない。

そして、「超ウルトライントロクイズ」だったか、一音くらいしか出ず、良くそれで分かるものだと思って居たのを思い出した。更に、クラシック音楽のイントロクイズなんて成立するのか、とても興味が湧いた。曲名はもちろん、誰(例: ピアニスト、指揮者+オケ)の何年の演奏(初出)かまで当てるのだ。

ゴルトベルク変奏曲とか「春の祭典」とか「悲愴」だったら、最初の一音の半分くらい(0.3秒くらい?)出すのだろうか? (知っているのはそれだけで分かりそうだ)

すごくおもしろそうだが、まあないだろうな。

  •  0
  •  0

今日、郵便受けにガソリンスタンドの値引きのクーポンの葉書が入っていた。

ちなみに、これは地域全体に発送する郵便なのだが、これと、「チラシ投函禁止」と貼ってあっても勝手(不法)に投函されるチラシの差は何なのか気になったが、答えが出ても何の解決にもならないので、考えないことにしたw

5円/l割り引きとかあったので、ついでに「(ずっと気になって居た)洗車も一緒に頼むか」と思って良く見たら、僕が間抜けだった。良くある、「現金支払いのみ割り引き」だった。がっかりし、ムカついた。見て損した気がした。

そもそも、そこはセルフじゃなくて元々値段が高いから、5円割り引きでようやくセルフの安い店と同等になるし、セルフの安い店には独自の会員割り引きがあるから、結局、このセコイ店に行く理由は何もない(せいぜい、洗車)ことにも気付き、一気に行く気がなくなった。

そして、もし、このチラシがなければそうではなかった(洗車に行って料金を払う時に、「まあ、現金でも仕方ないな」と諦める)から、逆効果だ。

まあ、現金だっていいけど、どうしてか、ものすごく面倒に感じる。コロナでキャッシュレスの機会が増えて慣れ過ぎてしまったのだろうか。あ、小銭がじゃらじゃら財布に溜まるのが嫌なんだと思う(使おうとしても、数えるのが手間だ)。あと、ATMから引き出すのも面倒だ。

確かに昔から、「現金割引」って店は良くあるが、さすがに今だったら、キャッシュレス(せめてクレジットカード)だって良かろうと思う。そう言うと、大抵、店の人は「そういうのには手数料が掛かって、現金の客と差が付いて不公平だからそうしている」とかもっともらしい言い訳をするのだが、「うるせー馬鹿!」だ。

逆に、現金の管理のコスト(例: 受け渡す人の人件費、保管、移送、犯罪のリスク)は結構高く付くと思うが、それはどうなのか?

そんなセコイことしていると、どんどん世の中の流れから取り残されて尻すぼみになるよ。

とはいえ、実は、いつも行っているディーラーや好きな(、でも、これからはどうかなあ・・・)大戸屋も現金のみなので、余り厳しいことは言えない。ただ、やっぱりそれらも このまま何も変えないのなら先はないだろうとは思う。

こういうつまらない話が至るところにあるのだろうから、やっぱり、日本のIT化、というか、そういう細かい目先の話じゃなくて「現代化」とか「国際標準対応」(= 「脱ガラパゴス化」)は遅々として進まないのだろうな・・・ 一人一人の意識の問題なんだろう。

 

(10/17 8:20 わずかに加筆)

  •  2
  •  0

内田 「『日本習合論』ちょっと立ち読み

毎度、彼の論には全面的に賛成としか言いようがない。そのうえで、少し考えたことを書く。

事大主義の連中、「素人は黙ってろ」とか言う連中は、ひょっとして、相手の知識や経験とかに関係なく、「良く・真面目に考えずに(いい加減に)物を言うな」と言いたいのかも知れない。素人が言う意見がテキトーなもので、結局、彼ら(専門家、または、その賛同者)を馬鹿にしていると感じて逆上しているのかも知れない。

まあ、そういう連中は大したものではないから、聞き流すに限るが、そこは置いて考えてみる。

だから、専門家(とその賛同者: 以下、専門家と略する)が怒る原因は三つあると思われる。素人が

  1. 専門家を馬鹿にするために、悪意を持って変なことを言う。
  2. 何も考えずに思い付きで物を言う。
  3. 素人なりに考えた意見を言う。

のだろう。1は怒っても仕方ない。「うるせー馬鹿」としか言いようがない。だから、「へえ、なるほど」(棒読み)とか笑って聞き流すべきなのだろう。2には確かに僕も頭に来るが(以前、(というか、今も)母にそういう場面があった)、それでも、まともな専門家なら怒らずに済ます方法がありそうだ。3に関しては、(以前も書いたように)何も悪いことはない。

問題は、それらが客観的に判別できず、専門家や賛同者や「世間」(「普通」の人)から見た感じ・印象で判断されることだ。これ、学校でも多そうだ。僕も、それなりに考えたことを言ったり行動したのに、なぜか怒られることが多かった。

そうであれば、専門家は言っている側の真意が何であっても、理路整然と対応すべきだと思う。そうすることで どういう損があるというのか。あなたの学位が剥奪されたり名誉が毀損されるのか(僕から見れば、却って名誉が増えると思うが)。取り合っている時間がないなら、怒らずにそう言えばいいだけだ。

そうできない人こそ、半可通なのかも知れない。

 

PS. 僕は全然彼ほどではないが、やっぱり素人なんだと思う。いろいろ詳しいことはあるけど、「広く薄く」でどれも完璧でない。自分ではそれで実用的でいいと思うのだが、何かの機会に「自分はこれが強い!」っていう領域を示すことを要求されると、なかなか難しい。全く不器用だけど、器用貧乏みたいなものかw

PS2. 彼の「共感なんか、なくてもいいじゃないですか。」は本当にそうだ。自分の意見に共感してもらえれば嬉しいが、その押し付けは糞喰らえだ。今のSNSの、「「いいね」の数=自分の価値」みたいな風潮、承認欲求のためにネタを作るのは大嫌いだ。

  •  0
  •  0

うつ病は「心の弱さからくる病気ではない」専門家

うつ病の原因、ついに解明 リスクを12倍に高めるたんぱく質とは

うむ!

まあ、上の説が確定したのか分からないし、僕にSITH-1なる物が多い(多かった)のかも不明だけど、(それに そもそも当時はこの説は全然なかったから仕方ないけど、)それに関する何の検査もせずに、ただ対症療法的な薬を何種類も何年も飲み続けても治らなかったのに納得した。

一体、あの(今の)DSMとかいうマニュアルや おびただしい種類の薬(当時飲んでいたSSRIだのSNRIだのその他が果たしてSITH-1に効くのか、上の記事の学者の意見を聞きたい。: セロトニンはSITH-1じゃないから、まず全くないだろうがw)は何なのか大いに疑問だ。まあ、今まで原因が分からなかったから仕方ないし、だから対症療法というのか、苦しい症状を和らげる(目標はそうであれ、実際にそれが可能かは疑問だが)のにはいいのだろうが、薬はほとんど効かず、(「紙」を書いてもらうために通院し、薬を飲んでもなかなか良くならないのを分からせて、(怪しまれない)頃合いを見計らって頼んでようやく書いてもらって)休んで自由に過ごしていたのがずっと効いた気がするもんなぁ・・・

実際、原因物質とされるSITH-1は疲労やストレスで増えるということなのだから、薬なんかより(クソな会社から離れて)休むのがずっと効いたのは全く腑に落ちる。

そして、こういう説が出ても、もちろん何食わぬ顔で、*の一つ覚えとか まさに十年一日のごとく今までの診療を続ける医師たちの考えを聞いてみたいものだ。まあ、いろいろな法・制度・縛りはあるだろうが、患者のためにならなそうな雰囲気が出ているやり方をし続けていいと思っているのかねぇ・・・ (やっぱり、国が認めるまで知らん顔静観するのだろうが、僕にしてみれば、そういうのは全く科学者とか技術者ではなくて、作業者とかの感じだ)

  •  0
  •  0

「素人がコロナを語ると専門家が怒る」という日本は明らかにおかしい

対談記事は読みにくいから嫌いだけど、それぞれの発言の文章が塊になっているので(→ 対談というより普通の記事??)、全然問題なく読めた。岩田は余り好きではないけど内田は好きで、これもほとんど全部同感だ。

まあ、僕の理解・行動としては、良く居る「(頭がスカスカで、大昔の経験だけを頼りに生きている)偉そうなクソジジイ」がいかにも偉そうなことを言って来ても、「うるせー馬鹿!」と思って無視するってことだ。

どんな素人の言うことにだって、それなりの根拠(「五分の魂」)があるはずだから、(余程余裕のない時以外は、)耳を傾けるのは無駄でないと思う。実際、目から鱗のようなことはいくらでもあるから、聞いたって(時間以外)何も損はない。

でも、権威主義の連中は、そういうのが痛いところを突いていた場合に(要するに「コロンブスの卵」、「ちゃぶ台返し」: これが実に多く、気が抜けないのだがwww)「素人に負けた」と思う・思われるのが嫌だから、恫喝したり難しいことを言ってシャットアウトするのだ。まさに、砂に頭を突っ込む駝鳥だ。

単なる頭でっかちの使えない奴は、こういう場面で(バレバレなのにそうでない振りをしつつ)逃げるからすぐに分かる。でも、周りがかばうのか、見て見ぬ振りをするのか、相互に助け合っているのか。まあ、生産性も進歩も何もない、身内循環システムだ。

まあ、アフォはお仲間と遊んでればよろしい。こういうところに、すごい人とそうでない人の違いが現れるのだろう。

 

PS. こういうのは(記事の言うように)日本人だけかと思っていたが、実はそうでもなく、先日読んだ記事ではスペースシャトルISS(ああ、歳だ・・・)に乗った学者も似たようなもの(芸人が、宇宙でおならをしたら動くのかとか聞いたら怒り出したとか)だと知り、まあ、US(かどうか不明だが)にも似たようなのが居ると思った。僕の経験でも確かにそうだ。ソフトの開発者だって、ユーザーの指摘を素直に受け取らない連中は多い。

 

(もう一つ書きたいことがあるのだが、なかなか重いので、もう少しまとまってからにする。)

  •  2
  •  0