Archive for the ‘意見’ Category

物にこだわるのには共感できないし、僕はなるべくしたくないと思っているが、無形のものでも、カタチ(外面的なもの)や地位や体面やカネなどにこだわるのはまったく良くない。そういうのは、政治家や企業の偉い連中などの騙し・「お芝居」・忖度、その上意下達といった体で日本中に蔓延している。

すごく頭がいいであろう連中(それ以外も、上から下まで)が、すぐにバレる(でも、バレでも問題にならない・文句を言われないように、もっともらしい顔をして言い訳できるような)三文芝居や馴れ合い的な誤魔化しのために日々頭をひねる国、日本。。。 みんなもっと正直になれば、低いと問題になっている生産性も上がりそうな気がするが・・・

(つながりがイマイチだが、)要するに、(naokiさんへのコメントを書く時に思い付いたのだが、)世の中は諸行無常なので、有形無形に関係なく、何に対してもこだわり過ぎては良くない・意味がないということなのかも知れない。でも、芸術とか、こだわらないとできないこともあるから(実はそうでもなくて、ほんとうに才能のある人は特にこだわることはなく、自分のやりたいようにしているだけで、それがすごいのかも知れない)、すべてそうとも言い切れない。

まあ、「無意味なことにこだわるな」と書けば間違ってはいないだろうが、意味の有無の区別はどうするのかということになって、意味がない(そもそも、何かにこだわる人は、それに意味があると思うからそうするのであって、無意味だと分かっているけどこだわる人はそうは居ない)。そんな当たり前のことでお茶を濁すのは、よく、リーク報道に対して「確定した事実はない」と言うのと同じだ。間違ってはいないが、何の意味もない(上記の三文芝居で、無駄の極みだ)。どうせあとで「やっぱり・・・」になるんだから、そんなの出す必要がない。

(今回はまとまりも悪い。終わるとは思えないが、気が向いたら続く。題ももっと適切なものにしたいが(多分、題が適切でないことがまとまりの悪さに繋がっているのだろう)、それもおいおい考える)

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スーパーのセルフレジでの話。

夕方の混雑した時間帯に、「混雑時はご遠慮下さい」と張り紙があるにも関わらず、のんびり幼児にスキャンさせている母親が2人居て、数台しかないレジの大半を占拠していたので、行列は伸びる一方だった。

一人は、最初はガキにやらせていたくせに、途中から(行列の殺気に感付いたのか?)「触らないで! 面倒なことになるから!」とかヒステリックに喚き出し、当然ガキも(そんなことが分かる訳もなく)ギャーギャーうるさく更に手こずるようになるから、こっちまで気分が悪くなった。もう一人は、やっと精算が終わったと思ったら、カゴもガキの踏み台も片付けずに去って行ったので、ちょっとしたことだけど、すごくムカついた。

確かに、子どもにいろいろな社会の体験をさせるのはいいことだと思うが、時と場合を考える必要があるのではないか。最初はやっていいと言われたのに、なぜか途中から急かされたり怒られ、しかも、運が悪けりゃ、他の人から文句を言われたりするから、子どもにしたらトラウマにしかならないだろう。

良くあることだし、どうしようもないから、睨みつけつつも我慢していたが、あれを大目に見ろってのはちょっと無理だ(外見上は大目に見たことにはなったが、そのせいか、ずっと気分が悪い)。許せない原因は他にもある。例えば、そのスーパーでは、クソガキがうるさく喚きながら走り回ったり、揚げ物やパンなどを手で触るのを野放しにする親や祖父母が結構居ることも一因だ。そういう、自分と子どもしか見えない(自分と子どもが中心・御意見無用だと思っている)連中が居るから、子ども連れは疎まれてしまうのかも知れない。

逆に、たまにではあるが、していけないことなどを(怒るのではなく)きちんと説明しながら歩く、ちゃんとした親が居るのも確かで、そういう親の子はもちろん大人しい。そういう光景を見ると、「まだまだちゃんとした人も居るものだ(日本も捨てたものではないかもなぁ)」とうれしくなる。

ニュースなどでは、満員電車にベビーカーで行く(もちろん乗る権利はあるけど、個人的にはかなりの無茶だと思う・・・)だけで舌打ちされるとか、不寛容な社会※だと言われ、確かにそう思うし、こうやって書くのもその不寛容の一つになってしまうけど、ただでさえストレスが多い世の中で、その場の状況に無頓着(別の言い方をすれば、自己防衛しない)な親たちが多いから、そういう目に遭ってしまうこともあるのではないか(もちろん、いくら世の中が悪くたって、「弱者には親切にするべき」というのは正しいし、僕もそうしたいが、自分に余裕がなければなかなかできないと思う)。

※この不寛容性は、日本人の性質によるところも大きいだろうが、余りにも世の中が理不尽なので、みんなの心に余裕がなくなり、ちょっとしたことも許容できなくなり、少しでも気に入らないものを攻撃したくなっているのではないだろうか。

子育ては大変だとは思うけど、普通の人だって日々大変なんだよ。それなのに、「自分たちは優先だ」という気分で居られると(実際には本人の気持ちは分からない。そんなことは思っていないかも知れないし、傍若無人なのかも知れないし、単に気づいていないのかも知れない)、さすがにムカつく。あと、本題とは離れてしまうが、このことは高齢者も一緒だ。年取ったら何でも優先、何してもいいとかいうことは全然ないから!

うまく言えないが、リスペクト(あるいはhonor)されるためには、それなりの義務・条件があるってことだろうか。あ、中学の時に教わった、「権利と義務」ってやつか(でも、調べたら、ちょっと違うようだ・・・)。

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4/16の日記より(少し改変)

久しぶりに"Let it be"(2009リマスター)。当たり前だが、中学の頃聴いたレコードよりずっと音がいい。細かい音まではっきり聞こえて、いつも感動する(ありがたく思う)。ところが、今は、音が悪いうえに手間も掛かるレコードを好き好んで買う人が居るのが不思議だ。。。

レコードの音や雑音がいいのなら、レコードじゃなくたって、(あるかどうかは知らないが)レコードの音にするエフェクタ・シミュレータでいいではないか。レコードを掛けるために手間を掛けるのがいいのか。レコードはコーヒーじゃないので、手間暇掛けて掛けること自体に意味はない。たとえ高速回転の高音質盤を買い込み、クリーンルームで再生して、最高の結果が出せたとしても、マスターの音には全然敵わない。そもそも、今はカッティングに使っているマスターがデジタルなのに、それをまたアナログに変換して(、ピチパチ雑音と一緒に)聴きたいっていう気持ちが理解できない。段階が増えれば、それだけ音質は劣化する(レコードの場合、物理的に転写する工程があるから、かなり劣化すると思う。CDも転写するが、エラー訂正があるから、レコードの比ではない)のだが、それがいいのか?

仮に、「レコードは掛け方・機材で音が変わるのがいい」とか言うのなら、それは全くおかしい。そんなのだったら本当にエフェクタで充分だ。その方がずっと自分の出したい音が出せる。コーヒーの淹れ方で香りや味が変わるのは本質的だが、掛け方や機材でレコードの音を変えるのは全然違う。

あと、面を裏返すのや盤を入れ替えるのは鑑賞の妨げにはならないのだろうか。音楽を楽しむのなら、音質(仮にいいとして)だけじゃなくて、演奏に集中できることはかなり重要だ。例えば、本来は短時間で繋がるべき(あるいは曲間なしで連続する)楽章や曲の間が何分も中断してもいいのだろうか? 謎だ。余程の物好きだ。インスタ映えみたいに、レコードを掛ける自分の姿に酔いたいのだろうか。もしかして、「掛ける体験がいい」とか言うのかw そんなに体験がいいんだったら、楽器を買って自分で演奏しようとした方がずっといいよ。

せいぜい、大きなジャケットが欲しいからレコードを買うのはありだろうが、ジャケットだけでも手に入れられるだろうし(それ以前に、今はいくらでも画像が出回ってそうだ)、曲はCDや(ハイレゾ)配信で聴けばずっと楽ではないか。

いずれにしても、そういう人たちは音楽を楽しむことが主目的ではないようなので、僕は全然共感できない。そして、ブームに乗って安直に手を替え品を替え(45回転盤、重量盤、カラー盤、復刻日本盤・帯w, etc.)レコードを出すレーベルは全く情けない限りだ。

 

PS. レコードの音にするエフェクタ(またはシミュレータ)はあった(WebLP)。カセットのも見付かった(WebCassette)。どちらもブラウザ(Chrome)で動くし、カセットはVSTなどのプラグインになっているから、本当の再生にも使える。ただ、僕からすれば、レコードは音質が良過ぎる(雑音が少ない。ただ、歪は多過ぎる)し、カセットは悪過ぎる(いろいろなつまみを高品質側に回して、CHROMEかMETALポジションでないとちょっと・・・: デジタルに慣れ過ぎているせいかも知れない)感じでまだおもちゃ的で実用には物足りないが、もっといいものはできるだろう。

あと、WIN32用なら、Vinylizerというレコードシミュレータがあった。これはVSTプラグインなので、本格的に使えるだろう。

更に、Calf Studio Gearにもレコード(Vinyl)とカセット(Tape Simulator)のシミュレータがあった。だから、Linux(JACK)でもできる。こちらはいろいろ調整できるが、やっぱりどこか不自然で納得行かない。もっとちゃんとシミュレートしないと実用には耐えないと思う。JACKにはVyNil (Vinyl Effect)というのもあり、Calfよりはマシだがやっぱり物足りない(というか、僕はもう、そういう音を受け付けない身体なのかも知れない)。

そういう意味では、手軽に自然なレコードやテープの音を出すには(それに意味があるとして)、本物のレコードやテープを使う価値があるのだろうw

そして、(仮にまともなシミュレータがあったとしても、)もちろん僕は、「使ってみますか?」→「まさかー」だw

PS2. さっき噴飯物を見つけた。妙にレコードに力を入れている店、HMVの「ブラックヴァイナル・アナログレコード」って、普通のレコードじゃん!! なに気取ってんだよw しかも、見出しは字が抜けてるし。こういうのを中学生くらいの子が見ると、なんか特別な物のように思ってつい注文するのだが、届いた実物を見てがっかりするのだ(僕の経験よりw)。 (4/19 17:41)

「ブラックヴァイナル・アナログレコード」か・・・w

(「志向・趣味の違いか。 (その2)」(投稿予定)の前半にする予定だったが、繋がり・まとまりが悪いので単独で投稿)

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(あらかじめお断りしますが、全くの駄文です。)

花粉だの雨だので車が汚れて来たので、洗車しないとと思っている。もちろん、自分でやる気は毛頭ない。というのは、洗車場で洗う場合、600円くらいのコースを2回くらいやって(例: 水だけ+洗剤あり)ようやく終わり、しかも、両替機がないから、飲み物を買って両替することになって、1500円近い出費になるうえに疲れ果てるから、苦痛なうえに全く経済的でないからだ。もちろん、車という「物体」が大好きで、常にピカピカの状態に保ちたくて、しかも、他人に触れさせたくないとかいう人は別だが、それにはかなりの論理的破綻がある(僕は昔はそうだったが、今は脱しているので、ここでは深く突っ込んだりディスったりはしない)。

で、調べたら、近くのスタンドとか整備屋で1800円くらいでしてくれるところがあったので、これはもう頼むしかない気分で、今夜にでもwebで予約しようと思っていた。が、今になって、「『今』洗う意味あるのか?」という疑問が生じた。「今でしょ?」では全然ないw いや、お金の問題ではない。

というのは、僕はたまにしか乗らず、仮に明日洗ってもらったとしても、次に乗る時にはすっかり「ピカピカ」の状態ではなくなっているだろうからだ。それって、今より少しいいだけではないか。そんなことに価値があるのかと思うのだ。逆に、仮に、洗ってもらったあとで気分が良くなってドライブに行ったら、その日のうちに虫だの埃だの泥だので汚れてしまうではないか・・・

何のために洗車するのか?

分からなくなってしまった。オイル交換などとは違い、車体が多少汚れていても、車が不調になることはまずない。であれば、次にディーラーに行った時(7月に車検)でいいのではないか?

最初に書いた洗車するモティベーションは、「(世の中では『みっともない』と思われるであろう、)汚い車に乗っている」という羞恥心みたいなのだが、それにしたって、洗って1か月くらいしか持たない。そして、僕が乗るのもそんな間隔だ。だいたい、車が汚れていて何が恥ずかしいというのだ! 車は乗ることに意味があり、見た目はほとんど関係ない(実際には、乗りたくないデザインの車は多いが)。

まったく「うーむ」だ。

どなたか、なぜ洗車する必要があるのか教えて下さい。

 

PS. アメリカ人は、車が汚れても全然気にしないそうだが(ワックスなんて全然しないとも聞いたが、本当かは不明)、僕もそこに近づいたのか。いや、単に無精なだけかも知れない(「US最高!」とは言わないが、日本よりはいいと思う)。でも、これは別としても、外見とか他人の目でなく、自分がどう思うかとか実利を重視するようになったのは確かだ。

PS2. 書いてから、これは、女の人(男も同様だろうが)が化粧したりいい服を着て綺麗にする理由(そうでなくてはいけないという意味ではないし、僕の想像なので外れているかも知れない)なのかも知れないと思った。どうしてそうするかは本人に聞かないと分からないが、やっぱり、外見が綺麗だと気分がいいし、見る方もいい気持ちになるし、いろいろいいこともありそうだからなのだろう(再び僕の想像)。

確かにその気持ちは分かる。薄汚れた黄色い車なんて、みっともないだけだからね。だから、僕も洗車したい気分になったのだ。でも、「別に他人に迷惑を掛ける訳ではないので、いいじゃん」という気分も大いにある。

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一言言いたい。

銭湯の絵は果たして芸術なのか? 僕は美術などには全く能がないが、あれはどう考えても工業・産業的なもので、確かに技術はあるが、(例えて言えば、街にあふれる看板や以前書いた「(自称)オルゴール」の演奏のようなものだ)芸術とは言えない。価値がないとは言わないし、確かに伝統はあるだろうし、継承して行く必要はあるのかも知れないが、芸術ではないだろう(その証拠のひとつは、銭湯の絵はいつも上書きするではないか。仮に芸術なら、保存したくなるのでは?)。それでも弟子になりたい人が居るのはいいけど、「芸大」の人がやって何か得るものはあるのか。

(浮ついた)名声?

解散!

そして、騒がれているが、あの虎の絵は(芸術的)「盗作」というより、著作権法違反とか無断引用の範疇だろう。

PS. とは言っても、無断引用にしたって、僕はあれをその場で描けるのは大した腕(才能・センスは不明)だと思うから、もっとちゃんとすればいいのにと思う。

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昨日だったか、車関係のまとめサイトで「【悲報】中国で製造されたアウディの車から有毒物質 白血病など健康被害が続出」という記事(→ 元の記事)を読んで驚いた。その記事では、車に瀝青が使われているために健康被害が出ていると書いてあった。

なぜ驚いたかと言うと、僕のPCケースは防振・防音性を高めるために、内側に瀝青のシートを貼付しているのだ。有害なのなら、至急剥がさなければならない。何年も前から軽い咳が出て治らない(原因不明)のは、このせいかとも思った。それで、まずは瀝青(= アスファルト)の有害性について調べた。

瀝青は、国際化学物質安全性カード(ICSC)の「アスファルト (ICSC番号: 0612)」に載っている。以下に主要な項目を転載する。

  • 一次災害/急性症状: 咳、息切れ。
  • 長期または反復暴露の影響: この物質のフューム※は人に対して発がん性を示す可能性がある。
  • 予防: 身体への暴露: あらゆる接触を避ける!
  • 暴露の経路: 体内への吸収経路: フュームの吸入。
  • 吸入の危険性: 20℃ではほとんど気化しない。しかし、拡散あるいは加熱すると浮遊粒子が急速に有害濃度に達することがある。
  • 許容濃度: (記載内容を見ても危険性が判断できないので省略)
  • 沸点: > 300℃

※フューム(fume): 融解した物質が酸化などの化学反応や揮発によって核となり,気体状大気汚染物質が凝縮してエーロゾルとなったもの。 ミスト(mist)、もやのこと。 (コトバンクの表記を若干修正して転載)

IARC発がん性リスクでは、瀝青(Bitumens, occupational exposure to oxidized bitumens and their emissions during roofing))※は「グループ2A(ヒトに対する発癌性がおそらくある (Probably Carcinogenic)、化学物質、混合物、環境)」だ。

※英語の定義は酸化物に長時間接している場合や屋根からの放散のようだが、和訳がないのでそのまま載せた。また、グループ2Bと3にも瀝青は挙げられているが、違いは良く分からない。

確かに瀝青は発がん性物質(正確には発がんのリスクがある物質)で、接触を避ける必要があるようだが、僕の見解は「大きな問題なし。対処は保留」である。というのは、ICSCにあるように、問題になるのは吸入した場合だが、沸点が非常に高いことを見て分かるように、常温ではほとんど気化しないし、気化するほどの高温にもならないし、機械的に接触する動く物(例: ファン)のようなものはないから、(削れて)拡散することもないからだ。可能性があるとすれば、作業時の蓋の開閉やHDDなどの微妙な振動で擦れて削れて粉末が放出されることだが、余り大きな影響はなさそうだ。

それから、ある記事(書き方がミスリーディングで、危険なように見えるが実際には違う)にあったのだが、カリフォルニアの先住民族がしていたように、飲料水を瀝青で覆った容器に入れておいても健康上の問題になるほど溶け出さなかったという結果もあるから、瀝青は充分に安定だと考えられる(水に溶けないなら、常温の空気にはもっと溶けないだろうという論理)。

また、IARCによれば、瀝青と同じグループ2Aには赤肉や紫外線A,B,Cやディーゼルエンジンの排気ガスのように、瀝青以上に日常的に接している物質があり、本当に発がんのリスクを減らすなら、そっちを何とかする方が先※だろう。それ以上に、グループ1のアルコール飲料や加工肉を飲食していたら、瀝青のことなど気にしてもしょうがないはずだ。

※実は、ここには論理の飛躍がある。危険が発現する瀝青の濃度・量と肉や紫外線や排気ガスの濃度・量を比較しなければ、どちらを減らすべきかは分からない。(が、どう考えても後者の方が接する量が多いので、可能性が高そうだ)

余談: (ストレスによる)発がん性、いや、健康被害という点では、「(日本の)満員電車に乗って通勤する」とか「日本企業に勤める」とか「(今の)日本で暮らす」というのはかなり危険だと思うのだが、幸い(幸か不幸か?)、IARCには載っていなかったw

実は、その防振シート(これだったか、その中身だったか)を買ってケースに貼る時(十年近く前)に、見た目や手触りや臭いがどうも変(危険な感じ)で、材質が「瀝青」と見慣れないものだったから、調べてみて「問題ない」という結論になったはずだ。そもそも、瀝青(= アスファルト)は道路の舗装に使われているので、もしすごく有害な(少ない量でも被害が出る)のなら、世界中で健康被害が出るはずだが、そんなことはない(実際には出ているけど、誰も関連付けていない・影響が大き過ぎるので隠されている可能性はあるが、そこは分かりようがない・・・)。

発端となった記事の原因の可能性としては、訴えた人や記者が瀝青とコールタール(IARCではグループ1(ヒトに対する発癌性が認められる (Carcinogenic)、化学物質、混合物、環境); ICSC)を混同※しているとか、実際には別の有害物質が使われているとか、単なる言い掛かりやデマだろうかと思う。

※記事中の「瀝青からはベンゼン、ベンゾピランなどの発がん性物質を放出する」というところは、コールタールとの混同を伺わせる(僕の調べた限りでは、瀝青にはベンゼンの類は含まれてないので(→ 参照))。

そして、上に「論理の飛躍」と書いたような、良くある「猛毒、*は食べてはいけない」とかいうセンセーショナルな記事を思い出した。そういう記事は、たいてい、危険になる使用量をぼかしているか、明記してもそれと日常生活で摂る量との関係をぼかしている。通常の使用量では全く問題ないのに、動物に大量に使用したら害が出たことをもって、普通に食べるだけでも「危険」と言っていることが多い。この論法で行けば水も有害なのだが、そこはどうなのだろうか? (確かに、浄水器とか水素水だの電子水なんてのはあるが、これはそれとは次元が違う。「水そのものの大量摂取が有害」という話なので、そういうもので無害化するのは無理だ)

結局、僕はその記事はデマだと結論付けたが、こういうのを真に受ける人も結構居るからなかなか難しい。今回は(まだ?)それほど大きく広まっていないが、こういうのが「*は危険、使用停止を!」ブームとか不買運動とか、いわゆる風評被害になるのかも知れない。ただ、だからと言って、危険と騒がれている物・安全性が疑わしい物がすべて問題ないとも思えない。震災で放出された放射性物質も豊洲市場の残留物や黒い粉塵の問題も、本当に危険なのかそうでないのかは、自分で調べてみないと分からない(し、危険だとしたってどうしようもない)。

更に、たとえ安全だとしても、必ずしも「安心」にならないところも難しい。後者は、簡単に言えば気分の問題なので、自分で納得するしかない。そして、不安を感じ続けることで本当に健康被害が生じる可能性もあるから、「気のせいです。はい、クレーマーは帰った帰った」と無碍にもできない。

実際、僕も、昨日まではなるべく早くPCケースの瀝青を除去しようと思っていたくらいだし、今でも、「大きな問題なし」と結論付けたにも関わらず、(優先度は低いものの、)除去したい気分はある。というのは、防振・防音の効果に疑問がある(元々そんなにうるさくないから不要なのでは? / 貼っていれば少しは効いているのでは= 気分の問題)ので、わずかにでも危険性があるなら、なくてもいいと思う(これも気分の問題)からだ。ただ、当時、かなり念入りに貼ったので、剥がすのはかなり面倒そうだから、実際にはやらないと思う。

結局、安心の問題を解消するには、まずは、危険性に関する正確な情報を出し、客観的に問題がないのであれば、丁寧に説明して※納得してもらうしかないと思う。

※ここで大きな問題なのは、ゴマカシが入る余地が大いにあることだ。説明する側も聞く方も専門的知識がない上に、説明する方は大抵恣意的で、言葉・文言自体は正しいので嘘とは分からない嘘を言っていることが多いし、「丁寧に説明する」と言っただけでそうしたつもりになるおめでたい輩が居る。そのうえ、聞く方にも問題があって、懐疑的なうえに単純明快に1/0(「安全かそうでないか」)に帰着させようとするから、話がまともな方向に進まない。

最後に、個人的な意見だが、いろいろ納得できないことは多いにしろ、諦めることも重要だと思う。もし、すべての健康被害のリスクを避けたいなら、文明から切り離された人里離れたところに一人で暮らすとかしかなさそうだが、それだって、熊や虎や蛇などの野生動物に襲われたり、自然の毒(毒草、毒キノコ、普通の野菜に含まれる毒成分など)で被害を受けるリスクはあるし、それ以外にも紫外線からは逃げられないだろうし(洞窟の中で??)、そもそもそういうところでまともに暮らせるかは疑問だし、それで生き長らえる意味はあるのかと思う(いや、病気や怪我になっても診療してもらえないから、却って寿命は短くなるだろう)。

逆に、身の回りにいろいろなリスクはあるにせよ、それがあってもなくても、いつどのような原因でどうなるか分からないのだと割り切って、精神的なイライラを減らしたい。でも、誤魔化されたり無知なために理不尽に被害を受けるのは嫌だから、こういうふうに、ちゃんと調べたり考えたりはしたい。

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文化庁とかいうところは、JASRAC並みに文化から最も遠い連中の集まりだ。

違法なコンテンツと知っていてダウンロードするのは、何でも違法

にしたいらしいが、「知っていて」って何だい?

この言い回しは昔の動画のダウンロードの違法化時にもされていて、前にも書いた気がするのだが、知っていなければセーフなのか。では、その「知っている(た)」はどうやって確かめられるのだろう。これがかなり難しいことに気付かずに安易に法に盛り込もうとしている時点で、文化のかけらもない連中としか言いようがない。

文字どおりに受け取って、「違法かどうか分からないよなぁ」とうそぶいて何でもダウンロードして、捕まった時に問われたら「全然知らなかった」と言えば済むのだろうか。多分済まないだろう。が、他人がその人が何かを「知っている(た)」かどうかなんて、どうやって判断するのだろう? 精神鑑定でできる?? 「常習的に」と言ったって、違法と気付かなければ、普通は何度でもダウンロードするだろう。知っていてもダウンロードするだろうけど、その違いはどこで分かるのだろうか? 捕まった時にどうやって証明すればいいのだろうか? 法だけは作って、証明する方法や例を示さず、「普通の人は大丈夫です」みたいな、いかにも日本的なあうんの呼吸みたいにされたら、全く安心できない。

それから、「明らかに(違法と)」とかいう文言も出そうだ。

市販の漫画は違法であることが「明らか」なんだろう。が、ものすごい山奥とかに住んでいて、TVも新聞も雑誌も何もなく、都会や社会の常識や流行を全然知らない人は、どうやってそれが違法であることを知るのだろうか。

逆に、あるサイトのトップや各ページに、

ここには違法なコンテンツしか置いていませんので、ダウンロード・キャプチャ・コピーなどはすべて違法です。

と分かりやすく書いてあったら、実際には合法なコンテンツしかなくても、ダウンロードした人が違法になる可能性があるだろうか。そして、そのサイト自体は違法ではないので、おとがめなしか。まあ、ダウンロードした人は違法にはならないだろうが、その記述は新たなコピープロテクトになるかも知れないと、冗談半分に思った今日この頃。

そして、執行するのは、ブラクラのリンクですら捕まえるくらいリテラシーの低い警察なので、いくら今は「明らかに」とか「繰り返し」とか「悪質な」などの制限をうたっていても、そのうちに別件逮捕の口実にうまく使われる可能性は大ありだ。そうなったら、PCなどは押収されて留置場送りと、大変嫌なことになる。結局、それが嫌だから、多くの人は萎縮してしまう。

脳味噌のない連中が偉くなって、「僕ちゃんたちがみんなで『正しい』って言えば、絶対正しいんだもんね!」の乗りで非常識なことばかりする、困った国になってしまったものだ。

その後、どういう訳か、問題の項目が削除される方向のようだ。例の人の鶴の一声らしく、狐につままれたようだ。でも、きっと、何か企みがあるのだろう。例えば、これで、善人とか他のアホよりはマトモな人の顔ができるから、支持率もあがるとか。いずれにしても、最悪の事態は回避できそうだ。感謝すべきは、「MANGA議連」会長の古屋という人だろう。

この調子で某押し売り放送のやりたい放題も止めて欲しい。 (3/8 12:58)

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以前から恐れていたことだが、「公共」を名乗る押し売り放送が根回しをし尽くしたらしく、とうとうネットに同時配信できるようにしてしまった。それを回避する方法がなさそうなので、昨日は嫌な気分で途方に暮れていた。でも、今日、ある掲示板のまとめを読んだら、いいことが書いてあった。

22:名無しさん@1周年 2019/03/06(水) 11:01:03.45 ID:wIOb36XL0.net
NHKを見ない自由は無いのかよ!ルーティング禁止すりゃいいだけの簡単なお仕事じゃん。w

それだよ! NHKにルーティング(接続する設定)しなければ観られないから、スマフォだってPCだって「受信設備」にならないのではないか。もちろん、(プロバイダの)ルーティングは個人では設定・変更できず、プロバイダにしてもらうしかないが、逆に、そうしてもらえれば、第三者的に観られないことが証明されるから、連中にいちゃもんを付けられる心配はなさそうだ。

正確には、いろいろなこと(例: プロキシ、VPN)をすれば観られる気はするが、それは、アンテナがない・撤去した人に、「ポータブルアンテナを付ければ観られるでしょ」と因縁を付けるようなものだ(彼らはそれすらしそうだから嫌なのだが)。

あとは、プロバイダがそういうプランなりオプション(「Nフリー」プラン/オプション!)を提供してくれるのに期待するしかない。が、きっと、どこか(政府から遠いところ。GoogleやAmazonはどうだ?)が始めて、それが好評になってみんなが乗り換えて、他のプロバイダも追従するような気がする。そうなって欲しい! そのための費用はもちろん払う。押し売り放送の料金と同じかそれ以上だって構わない。

これは正義や信義の問題だ!

クソや泥棒に払うお金は1円だってない!

 

PS. 4Kだの8Kだのを放送し始めたけど、これだったら、最初からネット放送(?)だけにすればずっと早く楽にできたのに(もちろん僕は嫌だが)。とんでもない無駄な開発だったと思う。というか、そうなったら「放送」である必要なんてない。不便過ぎる。

PS2. 技術的な話になるが、動画(今後は4Kとかになるのか?)をバンバン流されるとかなりの帯域を食うだろうから、NW構成にもよるが、Nフリーにすることでプロバイダの負荷が軽減できる可能性がある。そういう言い訳(「うちは帯域が貧弱なので・・・」)をすれば、プロバイダも国に睨まれずにできるかも知れない。とにかく何とかして欲しい。

それから、僕のスマフォは500MB/月でとてもじゃないがTVなんて観られないのだが、それは考慮してくれないのだろうか?w 実際問題、500MBは特殊だとしたって、普通の契約(3GBくらい?)の人がスマフォでTVを観るのは現実的なのだろうか?? 例の「3日で1GB」などの連続使用制限も大丈夫なのか? あと、従量契約の人はまず観ないだろうね。はい論破!? (とは言え、彼らの論法は、現実性が皆無でも可能性が0でなければ(一瞬でも映ればいい)金を毟り取る根拠になるので、どうしようもない)

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先日、ジオシティがなくなるのが「貴重な財産の消失だ、何とか残せないか」みたいに嘆く記事を読んだ。いかにもで全然賛成できない。いろいろな反論ができる。

  • 今の人間が書いた電子的情報のすべてが残ったって、将来、処理し切れない。
  • 処理できたとしたって、ほとんどは冗長で、そもそも無意味・無価値だろう。自分たちの情報に未来にも価値があるなんて思うのは、全くの奢りだ。
  • ごくまれに、本当に貴重・重要な情報もあるだろうが、そういうのは、他の場所や媒体で残っているものだ。
  • 今までだって、当時は無意味だから反故にしたもの(例: 油絵の塗り潰した下、襖の下の紙)が情報源になるくらいだから、大きなサービスが終わったって、将来はいくらでも補完可能だ。

今の情報が未来に残らなかったとしたって、それがどんな問題になるのだろうか。今までの学者は、過去の情報で残っていないものが多いからいろいろ苦労している。けれど、過去が完全に分かったところで、一体何になるのだろうか? 今までいろいろ過去のことを調べて分かったって、結局、こんなありさまにしかなってないではないか! 無駄無駄。残す努力なんてする必要はない。未来は全部リセットして0から始めたほうがいい。

 

元ネタ(ツイート):

 

PS. 大体だね、そんなに嘆くくらいなら、自分で何とかすればいいじゃん。ストレージをどうにかすればいいだけでしょ。口ばっかりの情けない奴だ。

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(スマフォ関係の作業(家に居る時にモバイルデータを使わないようにすることの徹底)は まだまだ終わらず。)

先日、掃除用品を買いに100円ショップに行ったら、いつもと違って、なんか店内がうるさかった。どうも、BGMに流す曲の系統が変わったようだ。有線のチャネルを変えたのか。いわゆるJポップで、うるさいけど、まあ無視できる程度なので、かろうじて許せた。

が、そのうち、妙に気持ち悪い歌が始まってしまった。馬鹿みたいな声(「アニメ声」の系統)で、何人だか知らないが、多くの若い女性がユニゾンで歌っている。おそらく今流行りの音作りなのだろうが、鼻に掛かったような声を機械的に処理(高音を強調?)している感じで、うるさい以前に、とにかく気持ち悪かった(まさに「キモ」かった)。

僕は、あれを音楽とは認めない。「アイドル」のパフォーマンスだとしたって、十把一絡げで、数十人単位のグループが何十組も出たってほとんど残らないではないか。そもそも、アイドルってのは歌手とか役者とかの本業がある人が人気が出て(あるいは創出されて)ファンが多くなったことから付けられる呼称であって、自分から「アイドル」をやる・になるっていう魂胆が全く理解できない(確かに、小泉は「アイドルはやめられない」と歌ったが、それを馬鹿みたいに真に受けているのか? 今思うに、あれは「『アイドル』である状態は止められない」であって、決して、「アイドル」という職業があると言っていた訳ではないのだろう。ただ、あれはそもそも彼女の作詞ではなく、今の問題の元凶によるものなので、それが体現されたようではあるが)。本末転倒もいいところだ。試しに、USで誰かに「私の職業はアイドルです」って言ってみなw そして、是非、相手の顔を見せて欲しい。百歩譲ってアイドルという職業があるとしたって、単独とか少人数じゃないところが間違っている。お前らは小中高生みたいにつるまないと行動できないのか? そもそもアイドルってのは、個人プレーだろうが!

本人たちは、あれが・あれでいいと思っているんだろうが、まったくの無駄だから、さっさと辞めればいい。

 

PS. 本題とは関係ないが、100円ショップの掃除用品は、物によりけりだった。洗剤のようなのは問題ないが、ブラシのように力が加わるものは、見た目はいいけど使いにくかったり、すぐに駄目になったりした。洗剤だって、中身は悪くないけど、スプレーは1/3くらい残っているのに出なくなってしまった。あと、去年買った金属製の小さい棚を風呂場に置いておいたら、予想通り錆びた。

何でも「安かろう悪かろう」ではないが、安いだけあって、詰め、いや、最初の検討が甘いようだ。選球眼が必要だ。

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