Archive for the ‘意見’ Category

今までに、求人内容に関する質問に返信しない会社がかなりあって(約7/14社 → 約半数)、その理由を推測してみる。

  • 彼らにすれば当たり前のことを聞いた(「普通はそうでしょ」)ので、"Yes"を答える必要はない(「察しろ」、「そんなことも分からない奴は却下!」)と考えて無視した。
  • マズいことを聞いた(こっちは特に問題ないことを聞いたつもり)。
  • 同様に、書き方が悪かった(こっちは丁寧に書いたつもり)。
  • 「ごちゃごちゃ聞くな! オマエラは黙って応募しろ」という高圧的な会社
  • (メールアドレスは書いてあるが、)電話でしか対応しない、アナクロな会社 (質問する際に、問い合わせ先が電話しかない会社が数社あって、その時点で却下した)
  • 社内の力関係で、担当部署に質問を出しても返ってこない。更に、担当に出せば出した側の責任は全うされたという姿勢が通用する、無責任な会社。
  • 同様に、常に偉い人の顔色を伺う必要のある会社。
  • リテラシーが余りにも低く、質問に回答する必要があることが分かってない。
  • 返信を出したが、スパムフィルタに引っ掛かった。
  • 同様に、返信がエラーで落ちている。
  • 募集が既に終わっているが(でも掲載を止めていない)、そのことを知らせる必要はないと思っている(これも「察しろ」?)。
  • 体裁とかアリバイ作り(予算消化とか補助金獲得とか人事のノルマ?)のための募集で、一般人は(あるいは誰も)採らないようにしている(「**様専用」w/「まずい、見つかっちゃったよ・・・」)。
  • 忙し過ぎて、回答する前に埋もれてしまった。
  • 会社の実体がない、あるいは、「終了」状態。
  • 僕の名前で検索して(年齢や性別などを推測して?)、書類審査以前に却下した。

いずれにしても、リテラシーの低い会社だと思う。小さい会社だけでなく、大企業でもそういうことがあるうえに、催促してもなしのつぶてのところすらある。こういうことが会社の信用を落とすことに気付かないのは、日本らしい(「当たり前のことには答えなくてもいい」、「わざわざ説明しなくても分かるだろう」などと考える? あと、どっかのアフォと親しい学長は随分逃げ回っていたな)のかも知れないが、どうなのだろうか?

意外だったのは、代表の雰囲気(外見)がちょっと危ない感じの会社でもちゃんと回答して来たことだった。かといって、「人は見掛けによらない」のか、たまたまその人(の内面)がちゃんとしていたのかは、例が少ないのでまだ何とも言えないw

 

PS. 回答しなかった会社の名前を一挙公開したい気もしたが、そこを目指す人がここを読むとも思えないから余り意味がないうえに、こっちを特定されるリスクがあるので止めておく。代わりに、今までに分かったことを書く。

質問に回答しないような会社はクソである。でも、回答して来てもクソな会社はある。

これではまさに、「いいものもある、悪いものもある」で、余り意味のないオチだ・・・

(8/23 9:04 若干加筆)

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ある記事で、あの いらすとや が取り上げられていたので、思ったことを書く。

前に書いた気もするが、僕はいらすとやが嫌いだ。それは、出来が悪いからではなく、ストックフォトやイラストなどのフリー素材が世の中で乱用されていることが嫌いだからで、仕方ない。しかも、普通のものなら、それらしいとは分かるものの柄や作風がばらばらなので余り目に付かないのだが、いらすとやは逆にすぐに分かるから更に嫌なのだ。上の記事とは逆の捉え方だ。

一方で、好きだ。単品で見ればどれもいい。言わんとしていることがすぐに分かるし、若い女性は可愛いw そして、その作風から、見ると(たとえ深刻なことを示していようと、)思わずなごんでしまう。だから、良さは認める。使う人をディスるつもりもないし、「使うな!」なんて言うつもりもない(ただ、プロに対しては、(他の素材同様、)安直に使うのはどうかと思う※)。自分は使わないだけである。

※とは言え、お役所とかにありがちだが、パワポに添付のクソみたいなクリップアート(例: アリみたいな棒人間)を使われるよりはいいか・・・ まあ、お役所ではプロが作っている訳でもないしね。

そして、いらすとやの将来については、上の記事とは逆の捉え方をしていて、ここまで(記事に書いてあるように)「アイドル」のように広まってしまうと、そのうち飽きられてしまうのではないかと思う。「たい焼きくん」、「団子」、選挙・握手でCDを売るアイドルとかのように・・・

上の記者が正しいか僕が正しいか、興味深く経過を観察していたい。

 

PS. そういえば、以前、すごく気に入ったストックフォトがあった(もちろん、今も好きだ)。それまで他で見なかったせいか、オリジナルと思い込んでいたこともあるが、モデルさんが良かったのだw

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彼の

契約→不払い

の主張・スキームを(「ほう」とか思って)真似て、契約しても払わない人が増えるかも知れないが、

→裁判→敗訴確定

となったらどうする? 知らないよ。

そもそも、(実物がないから分からないけど)契約書に「受信料を払うかどうかは自由」などと書いてある訳もなく、金額などが書いてあるはずだし、その前提の約款などにもいろいろな条件が書いてあるはずで、それにサインしたということは、受信料を支払う意思を示した訳で、そのうえで払わないのは契約違反になるはずで、支払い義務は生じるだろう。(それでも払わないことも可能だが、上が確定後に提訴されたら敗訴するだろう。それでも払わないことも可能だが、割に合わないだろう・・・)

僕は、契約しないに越したことはないと思う。もちろん、「受信設備」は設置せずにね。

PS. ただ、さすがに、「スマフォ・PCでも契約義務」とか言い出したら、法を破ってでも契約はしないだろう。

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近頃、なぜか、大昔のPCやゲーム機のミニ版がもてはやされている。確かに懐かしいけど、僕は好きではないし、あまり価値を感じない。最も大きな理由は、そういうもの(元の製品)は工業製品であって芸術作品ではないからだ。僕にしてみれば、こういうコンピュータの類は、何を動かす・するかが重要で、物自体(特に外面)に大きな意味や価値はない。だから、(歴史的価値のある)本物を(実動状態で)博物館に展示するとかならいいが、その劣化コピー(しかも小さい)を手に入れて、何がおもしろいのだろうかと思う。

  • (当時の)BASICがやりたい? マジですか?w
  • (使えるか知らないが、)カセットやフロッピーやドットプリンタを使いたい? マジですか?w
  • 当時のゲームがやりたい? 最新の機器とかエミュレータでやればいいのに。できないのなら、僕だったら、そっちを何とかする方がおもしろい。

この流行の最初かどうかは分からないけど、僕が覚えているのは、FM-7のミニ版だった(→ 実際は2017年のMZ-80C他(ハル研究所 PasocomMini)だった)。確かに良く出来ていると思って感心はしたが、百円とか千円でなく、結構なまともな値段(→ MZ-80Cのミニは2万円近かったようだ)がしたので、「はて、どういう意味が?」と思った。中のハードはラズベリーパイだったと思うが、そこが大変安直でがっかりした。6809(CPU)や本物の基板をFPGAでエミュレートして、当時の本物のF-BASICや機械語(、そして周辺機器も)が動かせれば良かったが、そうではなかった。ARMでF-BASICを動かしていたかも知れないが、機械語はどうだったか(→ 上の記事から推測すると、独自のBASICのようだ。機械語は不明)。だったら、そのエミュレートするソフトだけ出せばいいじゃん!

こういうのは、個人が趣味でやるなら大いに楽しいしおもしろいけど、「企業が本気でやってもねえ・・・」と思う。

 

PS. 題は最初は、「ミニは*だけでいいよw」(*はご想像)とかいうのにしたかったが、余り下品になるのも良くないと、少し自制した。でも、どっちが下品かっていう疑問はあるw

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いろいろ思うことはあったが、日本人はクソ偏狭なんだなあという結論になった。愛知で炎上したあれ、芸術展(かどうか疑問はあるが、そういう枠組みの中での展示)なので、それぞれの展示品にはそれぞれの作者の意図や考えや表現がある訳で、「けしからん」と思ったり、気に入らないものもあるかも知れないが、そういうのは「クソだ」と思って通り過ぎるなり、(あれば)アンケートに書くだけでいいじゃないか。展示を止めさせたら負けだ。一種の暴力で、そういう連中には作品を観る意味はないから、家でTVでも観て寝なさい。

 

以下、何種類かの下書き。(上の投稿に至った道筋・背景・参考として)

いろいろ考えたけど、カテゴリは「国際芸術祭」なのに、なぜかジャーナリスト(と書かれているので、そう書いた)※が「芸術監督」になっているところで、なんかおかしい・間違っていたと思う。

※経歴や肩書がどうであれ、その人が芸術作品を出していればいいけど、そうではなさそうだ。

やらせる方(お金は出したけど、後から文句を言い出した人たち)もやる方も芸術なんて分かってなくて、何か他のことをやろうとしていたのでは?・・・ 見てないから、あくまでも想像だが。

PS. 仮に現場に芸術作品が並んでいたとしても、素養のない「監督」に選ばれたって、全くうれしくない気がするがなあ・・・

以下下書き。

  • 表現の自由
  • ジャーナリストが「芸術監督」? → 展示は芸術じゃなくて、意見とか意図とかそういうものでは?
  • 行っても居ないのに文句?
  • なぜ文句を言う? もっとけしからんことは多いが・・・

純粋な芸術なら、どんなにおかしくても通りそうだが(でも、今はそうでもないか)、「芸術監督」がジャーナリストで、どういうカテゴリ(芸術? 報道? プロパガンダ?)として出したのか知らないが、展示物に特別な芸術的価値がなく(実際はどうだが知らないが、報道された写真を見る限り、芸術作品とは思えない)、その人の意見とか意図を表に出してしまった(これも想像)から、「けしからん」ことになってしまったのだろうか。

題が「表現の不自由」というところを見ると、芸術というよりプロパガンダ的だから、ある意味仕方ないのかも知れない。が、そんな展示程度でなぜギャーギャー騒ぐのだろうか? 何か自分に損害があるとでも? それよりもっと騒ぐべきことはあると思うが・・・

PS. まあ、ポップスは別として、(クラシックのような枯れた)音楽なら、まずこんなことは起こらなさそうだから、安心だw

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どういう根拠か知りたくもないけど、まあ、「鯨やイルカが可哀想」とか「毛皮反対」と似たようなレベルかと。

紙は木材から手間暇掛けて作るので、いろいろな点で結構高価だと思うのだが、それはいいのか? プラスティックも石油という天然資源から作るが、生産効率は紙よりずっと高いだろう。石油は有限だが、木材も種を蒔いてから数十年待たないと使えないから、有限に近い。紙の消費量が更に増えて、今でも問題になっている、発展途上国の山林が更にハゲ山になってもいいのだろうか? 全部間伐材で間に合うのならいいが。「人工木材」とか「人工紙」は当然ないよねw そして、プラ廃止派は以下のようなことをちゃんと比較したのだろうか。僕は、分解性以外は全部プラが勝っていると思うが。

  • 原材料のコスト・環境負荷
  • 作るためのコスト・環境負荷(電力、燃料、CO2など)
  • 重量、体積からの格納・運搬でのコスト・環境負荷
  • 耐久性・再利用の可能性からの環境負荷
  • 分解性による環境負荷

あと、紙だけじゃ使えなくて、表面をコーティングしたり強化処理する場合が多いだろうが、それはお咎めなし?w コーティング部分は自然には分解しにくそうだが。燃やすからいいの? でも、そもそもプラが散乱して良くないなら、まずはきちんと回収して燃やせばいいと思うのだが、それはしたくないのか。ダイオキシン? 今はすっかり忘れられているが、どうなったのかねw

それ以前に、そもそも、紙(あるいは他の材料)に置き換えられるプラ(今流行りのストロー、レジ袋)なんて、プラ全体の使用量(体積も質量も)からすればものすごく小さいはずで、それで本当に目指す効果があるのだろうか? 単なる自己満足ではないの?

PS. 個人的には、紙とか木は大好きだが、意識高い系のトレンディー()な押し付けはごめんだ。

PS2. そういえば、こういう人たちの衣類は全部天然素材(最悪でもレーヨン?)なのだろうか? 化学繊維だってプラと同様ではないのか? 少なくとも自然に分解はしなさそうだよ。是非、教えて欲しいw

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いろいろな会社の募集を見て気付いたことがある。ソフトの設計までしかしない技術系社員の募集に、実装経験(例えば「C言語での開発経験」)が入っていることが多いのだ(ほぼ100%)※。

※実際に、「設計」の職種に特定言語での開発経験を条件として出していた大きなメーカーに聞いたら、本当に設計までしかせず、実装は外注するという答えだった。もしかして、特定言語での開発経験と言っても、その言語を使ったプロジェクトに携わったことがあるだけで良くて、自分で実装していなくてもOKなのだろうか??

以前書いた、設計までなのに「開発」と呼ぶことと合わせてどうしてかと思っていたのだが、 どうも、「プログラマーの上位はSE(= 設計までの人)」という、日本で一般的な階層構造(→ 参照: 中央辺りに多重下請け構造)を想定しているからのような気がして来た。

その他に、大企業だと、系列に実装を行う子会社(実際には、更に孫請けが居るかも知れない・・・)があって、そこに発注することも多い。これは、経済的な理由なのかそこに子会社があるから(全く本末転倒だが、お偉いさんの命令とか管理職の忖度があるのかもね・・・)なのか分からないが、そういう現実はある。上に書いたメーカーもそういう回答だった。

日本では、大手IT企業は設計までしかせず、実装や試験などの本当に手を動かす仕事は下請けに外注する(良く言えば「ソフト版ファブレスメーカー」みたいなものか)。これが「上位は設計まで」という意識になっている。あるいは、(中位・下位の)実装も行うIT企業でも、経験の少ない社員は下積み的に実装をし、経験を積むと出世してSEのような設計までの人になる。ここでも「上位は設計まで」になっている。

それから、下請け会社も何段階にも階層化されていて、中抜きするだけのところも多い。一番最後(底辺)は、安い(ここに来るまでに安くなってしまった)お金と短い(ここに来るまでに短くなってしまった)期間で(→ 参照: 中間マージンについての例)実装させられる「どこかの」プログラマーとかコーダー(自分たちで「IT土方」と卑称してしまっている)なのだが、ここまで来ると伝言ゲームのようになっていて、本来の仕様(特に意図)はまともに伝わらないだろうし、実装上の疑問や確認事項があっても、まともに回答されない(できない)のではないか。そもそも、最底辺の人は、指示された機能の実装(コーディング)だけをし、仕様や設計の意図なんて全く気にしないだろう(そんなお金も時間ももらっていないし、気にして意見しても無駄だから・・・)。

募集条件の話に戻ると、設計(までの)技術者に求められるのは「いい物(製品・システム)を考える(設計する)」ことだから、その業務なりプロジェクトで使うと想定される言語の実装経験など不要なはずだ。まあ、実装経験があるということは「プログラミングの勘」がある(だろう)から、設計に役立つことは多いが、なまじっか詳しいために、外注に余計な指示をして(、それが必須条件のようになって)逆効果になる場合も多い。そうでなく、一番最初の考え(アイデア・構想)や仕様検討や設計のセンスなり経験を求めればいいはずなのだが、証明も確認もなかなかできない※。例えば、条件に「画期的なアイデアを出せる方」などと書いても難しいだろう(たまに、ちょっと危ない会社が書いているがw)。結局、求人側にIT業界の階層構造が染み付いていて、「ある程度の実装経験があれば(その「上位」の)設計もちゃんとできるだろう」といった考えで、そういう条件しか出せないのかも知れない(というか、単に前例に倣っただけかもw)。

※日本にはいろいろなIT関連の資格試験はあるが、条件に指定する会社は少なく、余り重視されていないようだ。それは、そういう資格に実効性がないのがバレているからかも知れないw そうであれば、代わりに今までの経験や実績を見ればいいと思うが、特に非IT系企業では、経歴とか作例を見ても理解・評価できないのかも知れない。

それに、以前も書いたが、設計の後を外注して いい/まともなものができる可能性は低い。いくら良く考えて仕様・設計を作っても漏れ(「想定外」ってやつ)や誤りはあるし、逆に、それを防ごうとして過剰になることもある。基本的な仕様や設計が誤っていたらやり直しになるから、時間とお金の無駄だ(予算超過を心配して、さまざまな無理を通す場合もある)。過剰な設計も無駄だ。そもそも、外注のプログラマーがそれを読んで適切に実装できるほど詳細な「設計書」を書くのなら、自分で実装した方が速いだろう。USなどの有名企業が日本のようなやり方をしていないのが、証拠だ(実際に見た訳ではないが、何かの記事で読んだ(→ 先日、Amazonの例紹介した))。

脱線: 大好きな音楽に例えれば、「天才的な作曲家は自分で譜面を書かないし、弾くこともない」みたいなものだろうか? 音符を書くなんて下等・面倒なことは弟子に任せて、ひたすら曲想を語って書かせる? 曲作りの途中でも完成しても、試奏もせず(というのは、脳内に生まれた段階で完璧なので)、専属のピアニストに弾かせて記譜誤りを確認する程度? なんか、これはこれで成り立つ気もするぞw (映画「アマデウス」の「レクイエム」のシーンより想像) でもまあ、すべてのソフト技術者(設計までの人)が天才ではないし、すべてのプログラマーが天才設計者の意図を正確に汲んで的確に実装できる訳でもないから、やっぱり無理なのだ。

こうして、技術者なのに、なぜか日々ワープロやスプレッドシートなどで(それが本当に必要なのかすら良く分からない)何かの書類を書き続け、顧客(上司・部下も?)対応や外注管理でひたすらイライラ・消耗するだけのつまらない仕事に就くことになり、更に、大金を投じても動かない・使えないシステム(例: どこかのペイ: 書いたあとで、9月で終わというニュースが・・・ 合掌)が増えてしまうのだ。いろいろもったいない。。。 この良くない構造は今まで何十年も続いて来て、いい加減得策でないのは明らかだと思うのだが、いったいいつまで続くのだろうか??

まあ、何もかもうまく行かなかった訳ではなかったから、前例(成功体験)を踏襲して続いているのだろうが、きっと、無駄な費用や顧客の減少(移動)や多くの人間破壊・崩壊などが隠れているはずだ。それがGAFAの台頭とか、近頃問題とされている日本の低い生産性にも関係しているかも知れないね(ここはテキトーw)。

それではどうしたらいいかを考えると、以前も書いたように、全部自社で作る(実装する)べきだとは言わないが、日本的階層構造でフェーズごとに組織や担当を(あるいは、組織ごとにフェーズや担当を)きっちり区切るのを止めるといいのではないか。例えば試作(コンセプトを実証するもの)は内製して充分に練り、仕上げ(本物(製品)にする)を外注するとか、社員と外注の実装する人たちが渾然一体となって作る(今もSESであるだろうが、単に同じ場所に居るだけで、やっぱり線引きされていてうまくなさそうな感じだ)とかがいいように思う。オープンソースプロジェクトのように、社員も外注の人もみんなで分担してプログラムを書く・使う・問題を報告して修正・改良するってのがいいかも知れない(余りにも牧歌的だと言われそうだが・・・)。まあ、少なくとも僕は、そういうふうに仕事がしたい。

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一見冗談のようだが本気らしい、「JASRACから音楽を守る党」(リンク先はニュース記事)。まさにこれだ。NHKは大嫌いだが、JASRACは音楽の敵だから更に大嫌いだ。

支援金は出すかわからないが、党になって立候補したら是非入れたい。とりあえず、経過を注視したい。

でも、N国党とか安楽死とかこの党とかのシングル・イシューの党がまとまって、僕らの「理想の党」にならないものか。そうすれば、勢力が大きくなって、それぞれの意見が通る可能性が高まるだろう。現実には、それぞれの支持者が重ならないから、駄目なのかも知れないが。でも、一つの党にはならなくても、会派とか連携なら良さそうだ。

僕はその記事を読んで、「クソな政治家から国民を守る党」、「糞国党」ができたらいいなあと、思った。結構真面目に。(いや、それが無理なんですがね・・・)

 

PS. N国党に関しては、馬脚を表したというのか、止めておけばいいのに、調子に乗って改憲を持ち出してしまって、がっかりだ。今までそんなことは言ってなかったではないか。憲法とNHKだったら、僕は憲法だ。改憲絶対反対ではないが、アベのいい加減な改憲案とNHKのスクランブル化をバーターするなんて、全くあり得ない。馬鹿も休み休み言えだ。次の選挙はどうなるかね。でも、空気のように軽いみんなは風に乗って入れるのかな。

PS2. それから、仮にN国党の苦労が実ってスクランブル化されたとして、その後は解党するというから、そのあとでなんだかんだ理屈を付けて「非スクランブル」が復活する可能性が高そうだ(決まりが骨抜きになった例は、今までにいくつでもあるではないか)。だから、N国党には余り期待できなさそうだ。 (7/26 6:30)

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動画サイトに載っている、ビデオテープ(VHSなど)を取り込んだ、色がちょっとおかしく、画素が荒く、時々トラッキングがずれて画面が歪むようなビデオ(昔のCMなど)を見ると、結構ひかれることがある。そして、今、レコード・カセットが再び好かれているのは、それと似たようなものなのかと思った

のだが、その後、そうではなくて、(僕は)当時の中身・作り方・撮り方にひかれるのではないかと思った。(空想とかシャレが通じない石頭が増えたせいでPCやコンプライアンスなどの点で、)今では通用しなくなったものも多い。そういうのが、「来る」気がした。だから、僕は、実際には画質よりも中身にひかれているのではないかと思う。要はノスタルジーで、今の作品よりも当時のものに親しみがあるせいだろう。そして、結果的に、そういう作品の当時の映像は画質が悪い(だから、画質が悪いからといって、常にいいと思う訳ではない)。逆に、「スター・ウォーズ」のように、クリアになったリストア版も歓迎だ。一方、現代の作品をホームビデオ風の画質にしたって、単に画質が悪いと思うだけで、いいとは思わないだろう。その証拠に、たまに、セピア色にしたりノイズを入れたりして、安直に昔風に加工した映像があるが、まず好きになれない(と書きつつ、このブログ右上の優作の写真はセピアにしているw それは、優作への思いを表現したとか、余り綺麗でない背景をうまくごまかそうとしたのである・・・)。

各自いろいろな思いはあるだろうが、レコードやカセットがいいと言う多くの人は、中身でなく「音質」が好きなのだろう。その証拠に「温かみのある音」とか言われているし、最新作のアナログ盤(版)ですらもてはやされる。今や、レコードやカセット、それからインスタント写真といったレトロなメディアは一種のフィルタやエフェクタになっていて、(聴く・撮る・観る人の好みに合わせて調整するデバイスという位置付けで、)それはそれでありなのだろう。

ただ、それにしては、VHSのビデオやNTSCのテレビが一向に復活しないのはなぜだろう?? 映画は全然詳しくないが、「スター・ウォーズ」最新作のアナログ(VHS)版とかは需要がないのだろうか? 微妙に時代が近いせいか。ホームビデオで録画したものと違って、プロが制作したものは画質が良過ぎておもしろくないのか。

が、何度も書いているが、僕はそういうのには共感できない。表現として必要ならいいが、同じ内容で単に派生メディアとして出すのでは意味がないと思う。そのうえ、「高音質レコード」とか言われた日には、何を目指しているのか謎だ・・・ 昔、散々、アナログ機器の特性の悪さや雑音や使い勝手の悪さに苦しめられたトラウマなのだろう。その点、今の人は幸せだw

(17:08 わずかに加筆・修正)

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「次は私自身が向き合わなければならない」(本当に「向き合う」とは言ってないからセーフ?w)とか豪語していた、我が国のprime minstrel。自分が向き合う前にサクっと先を越されて、今度はどういう強がり・牽強付会をするのか楽しみだ。

まあ、国内のメディアや国民は屁の突っ張りのような力で手懐け・誤魔化せても、海外にはそんなものは通じないから、先日のお偉いさんたちの修学旅行でも冷たくあしらわれていたようだ。まあ、彼に笑顔でこびるのは、趣味の悪い芸人やアイドル()程度が関の山だろうw

北方領土では金だけ取られるし、安保でも更にむしりとられそうだし、海外にはばらまく一方で、国民には「年金は当てにせず、投資でもして自分で何とかしろ」とか言い出す(更に悪いことには、言い出し掛けて隠した)、無能で恥知らずな連中に税金なんて払いたくないね。いくら払っても、前述の「いい顔」するためのばらまきや兵器や箱物や政治家や役人の給料や無駄遣いに消えるだけではないのか。あと、原発の後始末にも大金が掛かるな。

もちろん、年金も払いたくない。せめて、世代間の格差を減らす努力をするとか方針でも出せばいいものを。今までの老人ばかりいい思いをして僕らは「頑張れ」では、払う気が失せるよ。あと、そもそも、最初(勤めた時)に意義も詳細も分からないまま自動的に加入していて延々と払わされていたのが良くない。年金の契約書とか約款とかはなかった気がするが、そういうものなのだろうか。払うことで何が対価として期待できるのか全く不明なシステムで、すごくずさんだ。おそらく、「対価」は何も保証されていなくて、その時々の高齢者を補助するというスタンスなのだろう。僕らは、「将来は年金が当てになる」という、どこからか来たような来なかったような、(今となっては)「根拠のない幻想」を持って何十年も我慢して払っていた訳だ。

年金が「その時々の高齢者を補助するシステム」なのであれば、僕らが高齢者になった時も今と遜色ない補助を受ける権利はありそうなものだが、それはもうご破算らしい。まあ、僕らも良く考えずに払って(自動的に払わされて)来た責任はあるが、何とも納得できない話だ・・・

年金の話になると長くなってしまうが、こっちだって、いつからいくらもらえるか不定なのでは、「自分で何とかしろ」と言われても、本当にいくら要るのか分からないではないか。最悪値で考えたらいくらあっても足りない。将来の計画ができなければ不安が募るばかりだ。僕だけの話ではない。今の若い人の多くは貯蓄などない・できない人が多いらしいのに、そのうえで少なくとも2千万円を貯めろとかはどう考えても無理ではないか。更に、将来もらえる年金の額は今の公式予測(かなり盛られているのだろう)より減るだろうから、途方もない額の蓄えが要ることになるが、それが出来なかった人たちは一体どうなるのだろうか。そういう人が増えたら生活保護も足りなそうだから、阿鼻叫喚とか北斗の拳のような社会になるのか?? そういえば、憲法には

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

とあるが、それは守れるのだろうか。改憲の時に削除?? まあ、「最低限度」の解釈次第でどうにでもなるし、裁判してもまず負けるのだろうが。

話がまとまらないが、まあ、この国に未来はない。前にも書いたが、いい国があればすぐにでも行きたいが、なかなかない。

 

PS. 今思ったが、わずかな未来への可能性は、僕の持論には反するが、英語教育かも知れない。英語自体は単なる道具なので、話せてもそうでなくてもどうだっていいのだが、英語を通して、わずかにでも多くの人が世界の常識に触れれば、今より少しでも多くのまともな政治家が選ばれる可能性が生まれると思うのだ。

そもそも、今一番やって欲しいのは、議員になるには海外留学とか英語が堪能とか、いや、実際はそういう表面的なことでなく(それくらいは、今の木偶の坊でもやっている)、「世界の常識を知っていて、それに準拠できること」なのだが、それは無理としても、せめて、英語圏的常識を持っていることを条件にして欲しい。そうすれば、常識を知らずに(日本でも通じるかどうか不明な)アホなことをして笑いものになったり(だけど、国内では、メディアを抑えているので、何事もなかったように偉そうにでき続ける)、ぼったくられるのは防げる。とはいえ、そんなことに生活が掛かっている本人たちが賛成する訳もないから1万%あり得ないだろう。そういう点では、子どもへの英語教育に賭けるしかないようだ。まあ、徒労に終わるとは思うが。 (20:25)

そうだ! あと一個あった。日本がUSの51番目の州になることだ。それが一番ベストだw 本当にそれでいいよ。何が悪いのだろうか? (20:45)

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