Archive for the ‘意見’ Category

バブル世代が悪者(今の日本が駄目な原因)という風潮なのか?

実は僕も同じ意見なのだが(以前書いた)、さすがに他人(しかも、少なくなさそうだ)に言われると、ちょっと複雑な気分だ(「そうか、やっぱり悪かったか・・・」と思い掛けてしまう)。こっちだって、「上(今の60-70代)の連中が悪かったんだ!!」(僕は本当にひどい目に遭った・・・)って言いたいが、それを言ったらどんどん世代が遡るだけだから止めておく。確かに、僕らは上の言う通りにして来た。革命も反乱も起こさなかった(そういう教育・世の中だったから)。そして今、大企業に残って居るバブル世代は偉い立場の人が少なくないだろう。そういう人たちが、今の日本を形成した一因であることは確かだと思う。

でも、すべての原因が僕らじゃないことも確かだ。「日本」の社会・政治・文化・教育の下で育って来たのだから、どうしたって避けられなかったと思う。何度も書くように、日本自体が駄目なのだ。昔から駄目だったのだ。それを直そうとせずに、ずっと見て見ぬ振りをして来た人たちが悪いのだ。

そこは分かって欲しいが、ここに書いても効果はない。上に挙げた、バブル世代をやり玉に挙げる人たち(10-20歳下?)には「根拠あるのか!」って言いたいが、自分が思うだけでいい。実際、能力とかやる気という観点では、同世代でPCすら禄に使えないうえに使おうと努力する気もない人が居る(らしい)とか、僕から見たらITの常識がないとか世の中の流れについて来なくて(上の世代に合わせているのか、旧態依然としていて)付き合いづらい人とか、例の「ガラケー女」のような人が結構居るようなので、そう言われても仕方ないとは思う。

それにしたって左の記事はひどい。バブルの男は全員「やる気ない」って決めて掛かってる感じだし(どこかで「じゃあ、女性はみんなやる気あるの??」って言ったら恐ろしいことになるよね?)、年収やポジションなんて自分で決められないし(「それがバブルの思考だ」と言われるのかな?)、(本当にただ居る人は除いて、)自分なりに頑張ってるのに、なんで辞める必要があるんだと思うよ・・・ そうでなくたって、会社からつつかれるのにさ。

 

※これは一般論・平均値の話であって、特定の個人を指すものではないです。

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小林よしのりは「侮辱」と書いたが、僕は、音楽としては無意味、何もおもしろくないと思う。AIだか何だか知らないが(せいぜいヴォーカロイドの改良版でないか)、過去のデータから「それらしく」歌い、しゃべれるようになっても、それにどんな創造性があるのだろうか。単なる自動演奏ではないか。感動した人も居るそうだが、信じられない。それらしければいいのか?

まあ、それらしい歌い方で新曲を聞ければうれしい人も居るのかも知れないが、少なくともそれは芸術ではないだろう。僕は、人がするから芸術だと思う。機械がするのは、音楽なら「演奏」ではあっても、「再生」の類ではないか。というのは、僕が思う芸術の出発点は、人が何かを表現したい気持ちであって、AIにそういう気持ちが生じるとはとても思えないのだ(もちろん、擬似的にはできるだろう)。

でも、あと数年後には、音楽なら機械(AI)による演奏が市民権を得て(というのは、ライブじゃなければ一回(「録音」に相当する時に)演奏すれば充分なので、その時だけ人間みたいな、というか、その機械らしい(= その機械の個性による)表現ができればいいからだ。ライブだって、今は口パクが多いようなので、機械で全く問題ないのかも知れない・・・)、ヒットチャートに上がるような気がしてならない。まあ、その暁には、今の握手とかでCDを売る下らない連中が追い払われるから却って価値があるかもねw と思ったが、AIは実体がないからTVなどに出られないから駄目か・・・ と思ったが、いや、その頃にはきっと不気味の谷が克服されているから大丈夫だろう。僕はそういうのは全く嫌だがw

 

PS. 侮辱ということなら、モーツァルトなど大昔の人は(上とは別の意味で)侮辱されまくりだろうw でも、何度も書いているように、僕はそれでいいと思っている。

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アトキンソンの論はいつも賛成しながら読んでいる。しかし、今回のは基本的には正しいが、「中小企業を減らせば生産性が上がる」という意見は正しくなさそうだ。Ceronに載った意見を読んで気付いた。

というのは、(USはいざ知らず、)日本の大企業の生産性が高いとは限らないからだ。大企業は未だに日本独特の(「ガラパゴス的」な)論理・やり方なので、大抵は生産性が低いだろうし(例: 余計なことが多過ぎる)、自分ではほとんど何もせずに下請けに回すから、技術だって少ない。下請けの最後は中小だから、それがなくなったらどうするんだろうか? 下請けだった中小を吸収し、外注を止めて全部内製にするならいいことだが、まず無理だろう。

更に、彼の記事に書いてある中小の悪いことは、ほとんどそのまま大企業にもある。それに、大企業なんて何をするにも遅いのに、どうして生産性がいいのだろうとも思う(これは別の観点なのかも知れない。彼は単純に数値上のパフォーマンスだけを言っているのだろう)。僕に言わせれば、「碌な大企業はない」(かといって、中小がいいとも言えないが)のだ。

だから、小さい企業を減らしても日本の生産性は上がらない。実は彼も、彼が叩いている、本末転倒ばかりの日本の政治・社会と似たようなことを言っているように思う。でもまあ、確かに小さい会社よりは大企業にスケールメリットがあるので、集約すれば少しは上がる可能性はあるだろう。ただ、そういう集約が働く人にとっていいかは別だ(これは彼の論点ではないだろう)。

そして最後の、

日本経済を立て直すためにも、古い常識や”神話”を捨てて、数字と事実に基づく要因分析を、すべての国民が受け入れる時期にさしかかっているのです。

は正しい。中小を集約しようとする前に、大企業に対しても「数字と事実に基づく要因分析」をするべきだろう。でも、そうしたら、結局ほとんど残らないのかも知れないね。。。

 

(10/10 17:15) 僕の意見とは直接繋がらないかも知れないが、やっぱり、アトキンソンの論にはおかしいところがあるようだ。それなりにちゃんとしている(と思われる)方が突っ込んでいる。その中で一番強力だったのは、USは最低賃金が低いにも関わらず生産性が高いのを隠していることだ。それでご自分の言う、「数字と事実に基づく」と言えるのか? まあ、僕は最低賃金はどうでもいいけど、都合の悪い事実を隠すのは最低だと思う。やっぱり、いかがわしい証○会社出身とか「(悪い)US人」だってこと? あるいは、ロジャーズと同じように、この方向に自分に利するところがあるのか? (← まったく数字にも事実にも基づかない想像w) 言っていることには概ね賛成なのに残念だ。

あと、僕が「そういう集約が働く人にとっていいかは別だ(これは彼の論点ではないだろう)」と書いたことは間違ってはいなかったようで、上の参照記事の著者(城)によれば、「アトキンソンの論では労働者の存在が完全に欠落している」とのことだ。それじゃあ、「生産性向上」とか言っても「絵に描いた餅」とか「虎を出して下さい」の世界、あるいは、上意下達でなんでもできると思い込む、日本の悪いやり方そのものだと思う。それじゃ無理だろう。。。

 

PS. この投稿も数字と事実に基づく要因分析をしていないので、実はやっぱり彼が正しい可能性はあるのかも知れない。

PS2. 大企業がクソなのは僕が常々言っているとおりだという、最新例 (元記事はなくなるかも・・・ あと、大変厳しいことを言うが、元記事の人は弱過ぎる。そんなことではどうしたって無理だ)

元記事がなくなることに備えて、(不治痛のイタさを)引用(余分な改行・空行は削除した。太字は筆者)する:

そこで地獄を見た
うちの会社はプログラミングやDockerの知識などいらなかったのです。
ただ、うえからの命令に従うだけの組織だったのです。
年功序列、これほどこのフレーズが似合う組織はないでしょう。

(略)

私の持っている技術やテクニックなど、この会社は求めていなかったのです。
私は入る会社を間違えました。

まさに、僕がいつも言っているとおりだ! 本文に書いたとおり、大企業はガラパゴスだし技術はない。

それにしても、こういう記事・投稿が山ほどあるのは、本当に、日本(の(有名な)会社)には何も期待できないという気にしかならないが、それでいいのか?

ただ、弱者を叩きたくはないが、"Docker"とか"VCS"とか"ssh"なんて細かいことはどうだっていいと思うよ、オジさんは。「駄目」だって言われたらやらなければいいだけだよ。そして、言われたとおりにしている振りして、自分でやりたいようにやればいいじゃん。なお、それ以上にやりたい放題をしていた僕は、見事に飛ばされたという話はあるwww (19:44)

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「家に猫がいません。」とか「猫が乗ってません。」ってのが欲しい! 欲しいがないw あるのは「特に誰も乗ってません」程度。しかも、「特に−」は正しくないので駄目だw

結局、表したいのは「猫が好きです(けど、世話できません)。」な訳で、だったら、そういう直接的なのにすればいいと思うが、そこが猫好きのひねくれたところなんだろうw

でも、仮に手に入れても自分の車に貼ることはなさそうだw さすがに、いい歳して恥ずかしい気がする。

 

ステッカーの話なのでついでに書くが、赤ちゃんが熊みたいな服を着ている"Baby in car"は好きだ。ただ、道では良く見るのだが(一つ前のフリードに多いイメージ)、検索しても、なぜかなかなか出てこない。あったのはリンクしたものくらいだが、もうちょっと違う感じの気がする。

近頃は、どういう訳か、この種のステッカー(を貼る人)にすら難癖つける人が居るようで、さすがに理解できない。初心者・高齢者マークと同様の注意喚起でいいと思うのだが。見るだけで気分が悪くなるのか?

そればかりか、「英語が違う」とか言って偉そうにしている人も居るが、日本だし(外国にそのまま走りに行ける状況なら、話は違う)、記号的なものだし、(僕もどう書けばいいのか分からないからw)別にいいじゃんと思う。「記号的」と書いて気付いたが、アイコンと一緒で文字を書かなければいいのかも知れない。それなら外国でも通用する。それでも「意味不明」とか言う人は居そうだが。

 

英語の話に脱線するが、そうやって、「間違っている」とか「和製英語だ」っていちいちうるさい人が居て(近頃、そういう記事が多い気がする。他にも「*は英語で何と言う」みたいなのも)、言われた方も、恥ずかしがってしまうのか、そういうのを妙に気にするから、日本人は何十年掛けても英語が使えないのではないか。正しい英語を使うようにする気持ちは必要だが、それ以上に、手段を選ばずに伝える気持ちの方が重要だと思う(公式・公的な会話・文書などでは別)。まあ、そういう気持ちが少ない人も多いような気はするが・・・

会話なら、仮に和製英語を使っても、変な顔されたり、「何?」と聞かれたり、通じていないのが分かれば言い直せばいいし、文章なら、書いたあとでチェックとか検索して修正すればいいではないか。

それにしても、そうやって指摘する人って、常に文法書や辞書に沿った「正しい英語」を使えるのかねえ(ところで、その「正しい英語」ってのは、いつの時代のどこの英語なのだろうか?)。本当にそういう人が居るのならすごいと思うが(意味はあるのかとも思う)。だって、日本語だって難しいよ。

PS. 「気持ちの方が重要」とは書きつつ、思い出した。近所の美容室の看板に書かれた英単語(中学生レベル)の綴りが間違っている(文字が一個不足している)のを見るにつけ、何とも「田舎だなぁ」という気分になり、「今まで(これからもずっと?)誰も気付かなかったんかい!?」と思う。 これは上で言えば「公式な文書」に近いし、そもそも「店を示す大事な看板なんだから、もっとしっかりしろよ!」って言いたくなる。

でもまあ、あの林檎社ですら、Macの綴りは誤りだったというくらいなので、日本ならなんでもありか?w (21:30)

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書いた後、どうも釈然としなくて、一旦公開を止めた。その後、国や東電などが、危険物質が除去できていない部分があるのに、あたかも(基本的には水と同等の性質で、身体に蓄積せず、半減期が短い)トリチウムだけであるかのように「トリチウム水」と標榜して海に放出しようとしていることが分かった(参照)。最初の稿(下に示す)の「国が恣意的に規則を変えてしまって、安全かどうか分からないという心配があるが」に近かった(というか、それ以下だった)訳だ。

どうしてかは分からないが、(最初の稿の)「安全なレベルまでの除去」すら難しいようだ。除去できていない部分があるなら、正直に、その部分をちゃんと処理するとか、そこを除いて放出するとかいう考えはないのだろうか。「とりあえず、知らん顔して流しちゃおう(バレなきゃいいよね)」だったのだろうか?

そんなことでは、どこに流そうが駄目だ。いよいよタンクが一杯になったら、汚染土と同様に道路の建設材料に混ぜ込むとか言い出しそうだ(それも土同様に反対されるだろうが)。国の案では(形式的な対案としてだろうが、)「大気への拡散」とかいうのもあったようだから、安心できない。

美しい誤魔化しの国も極まって来たようだが、この先一体どうなるのかねえ・・・

 


(参考: 最初の稿: 2019/9/18 21:09頃)

分からん。

汚染物を薄めて海に放出することの、薄めることに、どれくらいの意味があるのだろうか? 個人的には、そのまま放出するか、有害物を安全なレベルまで除去してから出すかの二択だと思うのだが。(もちろん後者が望ましい。なお、国が恣意的に規則を変えてしまって、安全かどうか分からないという心配があるが、ここでは、それはないという前提である) 安全なレベルまでの除去すら難しいのだろうか。なお、全く放出しない案は、そのうち、日本中がタンクで覆われてしまうので、ありえない。 → いよいよ手がなくなったら、汚染土と同様に道路の材料に混ぜ込むとか言い出しそうだが・・・

排出する液体の量に比べて、海はほぼ無限の体積と想定できれば、薄める必要はないように思える。ただ、それは、理想的に混合された後の話で、局所的には高濃度になるから、それが問題なのか。

そういえば、車でも、昔、排ガスを空気で薄めて排出するものがあったから、それと同じ考えか。それでいいのならいいが、どうも釈然としない。総量と濃度の違いか。局所的に濃度が高いと人体などへの影響が大きい、ということなのかも知れない。であれば、(漁業などへの影響を避けるため、)陸地からかなり離れたところに放出施設を作って(複数を分散させる)、そこまで汚染水をパイプで送り、その場で海水と混合して出せばいいような気がするが、あくまでも素人考えである。いろいろ無理そうな気はする。

いずれにしても、いくら希釈しても危険物の総量は変わらないので、何をしても長期的には同じだ(放射性物質は、半減期によって別の物質に変わるのを待つしかない)。だから、そもそも、そういう物質を生成するもの作ったことが誤りなのである。そういうのを考えた頭のいい人たちは、知らなかった・気付かなかった訳ではあるまいし、欺瞞もいいところだと思う。

 

PS. これとは別に、大阪市長の提案は浅はか以下で話にならないことは確かだ。県知事でもない市長が、大阪湾にどんな権利を持っているのだろうか? たとえ県知事だって、隣県に無断で決められるものではないだろう。そもそも、首長は海の持ち主ですらない。まったく、「馬鹿も休み休み言え」だ。

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先日のなおきさんのコメントで、ちょっと考えた。僕は、全角空白のような存在すべきでない文字は嫌いだが、自分でも使うことはある。その区切り・ルールは何なのかと。それが見付かった。

一言で言えば、「分かっているか」どうかだ。

全角空白も普通の空白も、半角カナも普通のカタカナも全く区別せずに・できずに、のんべんだらりんと、「同じでしょ」とか「変換したら出たから」とか「書くスペースが狭くて丁度いいから」(半角カナの場合に多い)とか言って使うのが駄目なのだ!

だから、

紙破 枯

は全く駄目で、「紙破 枯」でなければならない。

そして、僕なりのルールは、

基本は「使うな」だが、他に容易な方法がない場合は使う。

である。

だから、例えば、全角空白を文字として使わず、グラフィックの要素(隙間を確保するための詰物: これはHTMLやCSSで、隙間の量を"1em"などと書くのとほとんど同じことではないか)として、それから、全角アルファベットや半角カナを絵文字の一部として使うのなら、許せる。だから、なおきさんがコメントで危惧されていたことは、全く問題ないことになる。

(良く分からないとは思うが、)一件落着w

PS. そして、上の"w"は全角であって、半角ではないw

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スーパーからの帰り道に、ワンのラフマニノフの「パガニーニ」(2011)を思い浮かべて、それだけでいい感じになった。

だから、たとえ聴けなくても、「*はいい曲だ」と分かっているだけで充分な気がして来た。分かってさえいれば、CDもレコードもSpotifyもオーディオも全部不要だ(要るのはメモ程度だ)。まさに、究極の楽しみ方だ。これは、以前書いた「脳内演奏」の最終形なのだろうか?

これって、音楽版パブロフの犬(曲名 → 脳内物質)?w

そして、今後今までに知った以上にいい曲に出会えるかどうかは、なかなか興味深いところだ。ただ、「もう全くない」と分かってしまったら、まずい気がするが、今は考えないことにする(と書いておくw)。

そして、それまではやっぱりいろいろ聴くしかないから、当分、Spotifyやオーディオなどは手放せない。(結局、ちゃぶ台返しになってしまったw)

 

PS. 「手放せない」とは書いたが、(前にも書いたが、)近頃は、(若い頃と違って、)四六時中音楽を掛けていたいとは思わなくなり、無音(時々、ちょっと脳内で演奏する)もいいと思うようになって来たので、少し究極の楽しみ方に近付いた気もしている。(と、二転三転?w)

PS2. 余談だが、料理とかワインが趣味の方だと、なかなかこうは行かないだろう。やっぱり、食べ・飲まないと始まらない気がする。でも、ワインはそうでもないかも知れない(「*の※年物は最高だ」とか)。そこは分からない。

ただ、ワインと音楽が違うのは、音楽の場合、一旦いい曲を見つければ、「誰のいつの演奏」(ワインでの「*の※年物」)といった指定が関係なくなるということだ。あと、ワインは、自分で「*の※年物」を飲まないと絶対に分からないが、音楽はそうではないところはいい。才能のある人は、楽譜だけで分かるのだろう。

  • Rachmaninov

    Rachmaninov

    Rachmaninov, an album by Sergei Rachmaninoff, Yuja…

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僕も含めて、結構多くの人がK国を好きではないかも知れないとは思うが、国として叩いて(もちろん、指摘とか質問したら「叩いている訳ではない(キリッ)」と言うだろうが)ドヤ顔して何の利益があるかなあ・・・ 子ども以下のノータリンじゃないか?? 仕事なんだから、そういうのは大人気ないって僕ですら思うよ。

僕だったら、世界のルールから外れないように注意しつつ、その国を生かさず殺さず、向こうの世論をうまく殺しつつ、ネチネチと自国に最大限の利益をもたらすやり方を探すと思うが、そういう考えはないのだろうか? それが職人とかプロではなかろうか?

 

PS. 「鼻白む」が出ないので調べたら、「はなじむ」と読むことを初めて知った。世の中の大抵のことは知ったつもりで居たが、まだまだ知らないことは多いようだ・・・ うむ。

PS2. そういえば、記事で読んだだけだが、プーチンにニヤニヤキモい顔でポエムだかなんだか意味不明な文章を読んで笑いをこらえさせた、某(亡)国のおぼっちゃまトップが居たそうそうじゃないか。誰だっけ?w 恥ずかしいね。まさか、四季があって美しいとかいう国の人じゃないよねwww

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子どもの頃、国語のテストで、「次の文章を読んで、作者の気持ちを書け」とか「−気持ちを最も良く表しているものを選べ」とかいうテストがあった気がする(こういうのは良く見るが、大昔のことなので、本当に自分で体験したかどうか確かではない)。

が、そんなの全く意味がないと思う。その文章を書いた時の「作者の気持ち」なんて分かる訳がない。一体、誰か確かめた人は居るのか? 分かるのは、作者がその文章で「表したかった気持ち」だ。どちらも同じだと思う人も居るかと思うが、全然違う。あくまでも、作者は自分が表現したいことを書いているのであって、その時の自分の気持ちをそのまま書いている訳ではない(同じ場合もあるが、少ないだろう)。

「同様に」ではなく、幸い、音楽のテストではそういうのはなかったが(音大とかだと、楽譜を見て書かされることがあるのかな?)、良く、「このフレーズは作者の*な気持ちが表わされている」とか書かれているが、それも正しくないと思う。正しいのは、「このフレーズは作者が*な気持ちを表わそうとしている」だ。実際、モーツァルトの気持ちなんて、誰が知ってる(た)の?? 手紙とかだって、書かれた内容が正しい(本人の本当の気持ちが書かれている)確証はあるのかな?

結論は、いつも書いているように、「作品と作者は違う」だろうか。

その後、もう一つの考え方があることに気付いた。それは、「人の気持ちや考えていることなんて、他人が分かる訳がない」だ。表面上とか記号的には分かる(ことにしている)が、その「理解」は正しいのだろうか? 作者はもちろん、作中の人物にしても、その時にどんな気持ちだったかなんて、確認する術はほとんどないではないか。特に後者は、実在しないからまず無理だろう。 (9/6 6:52)

 

PS. 音楽のテストについては、全く記憶がない。いつも、実技でひどく恥ずかしい目に遭っていた覚えしかないw そして、どちらもひどい点数だったのは覚えている(爆)

でも、言わせてもらえば、実技なんて、間違えなければいいんでしょ? 紙のテストだって、算数とか歴史のテストみたいなものでしょ。そういうのに意味あるのかね?

・・・済みません、本当にすごい人は、どんなテストでも軽く満点取れるのは分かってますw

PS2. 書いたあとで、「次の文章を読んで、*(作中の人)の気持ちを書け」などの問題もあったのに気付いた。これなんて更に分かる訳ないと思うが、どうなんだろう。いや、記号的には分かるだろうが、それって本当? 自信ありますか? 作者に確認しました? 仮に確認したって、作者が本当の、あるいは「正しい」ことを言っているという証拠は? (9/6 6:17)

PS3. 仕事の話を書くのは気力が要る感じだが、こういう話は「別腹」のようで、結構気軽に書けるw (9/6 6:15)

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就職するのにマイナンバーが要るとのことで、それはいいのだが、自分の番号を記載のうえ、「カードのコピーを貼付」というのにどうにも引っ掛かった。

ところで、最寄りのスーパーのプリンタがクソで、カードをスキャンして作ったPDFを印刷したらA4一杯に大きく出て来て、再度試しても駄目だったので、2枚分のお金が無駄になってしまった。確かに、PDFの用紙サイズがA4でないのは悪かったが、確認とか調整とかできないものか。

それで、次は失敗してなるものかと、用紙サイズをA4にし、その中に5組分コピーして、次回以降も使えるようにした。まだ印刷してないが、きっと大丈夫だろう・・・ ただ、その紙を紛失したら恐ろしいことになるなw

まあ、細かいことはどうだっていいのだが、なぜカードのコピーが要るのか、どうにも納得いかない。そもそも、コピーを出すのなら、カードの意味はないのではないだろうか? もっとスマートな方法があるのではないかと思う。ただ、マイナンバーを受け付けるのは各企業で、そこで認証(確認)しようとしたら、カード(のコピー)を見るくらいしか手がないのは分かる。そして、その場でカードが偽造かどうかを判別するのは難しい(とはいえ、早晩バレるから、就職先に偽造カードを見せる馬鹿も少ないと思うが・・・)。

やっぱり、仕組み自体がクソだったのだろうと思う。が、何かうまい手はないものか?

僕が思うに、企業にはマイナンバーの数字を出すだけでいいのではないかと思う。それを、個人情報や顔写真などと一緒に政府などの機関に出して認証してもらえばいい。認証が通らなかったら、採用取り消しとか懲戒処分とかでいいではないか。

駄目なのか?

 

あとは、カードに対しては、(スマフォでチップが読めるとして)政府公認スマフォアプリで認証できればいい。なぜ、そんなことすらせずに、「誰も使ってくれねぇだょ・・・」とか慌てているのか? 手軽に使えなかったら誰も使わないのは当たり前だよ。

 

PS. 結局、運転免許が一番いい気がした!w

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