Archive for 12月, 2017

(今年のまとめでも書こうかと思って思い返してみたら、)Linuxに移行してから1年3か月くらい過ぎていたことに気付いた。まだいくつかのTODOが残っているので、移行は完全には終わっていないし、気に入らない点はゼロではないし、Windowsを全く使わなくて済むようになった訳でもない(スキャナ(ScanSnap)を使う時だけは要るし、Evernoteアプリには不自由している)から、全く問題がないとは言わないが、移行してから随分経ったことを忘れるほどには自然に(「空気のように」)使えている。

ただ、それは僕が「UNIXが自然・普通・当たり前」で、Linuxのコマンドを使うことが苦にならないからで、一般の方でもそうだとは口が裂けても言えない。それでも、マウスで操作する(コマンドを使わない)デスクトップ環境なら、一般の方でも容易に使えると思う。(何も問題が起こらなければ、)デスクトップ環境で9割以上は事足りる。ちなみに、デスクトップを一見するだけでは(古き良き)Windowsと見分けが付かないと思う。

移行後、Windowsではいろいろな騒動があった気がするが、高みの見物がおもしろかった。使っている人たちは良く耐えていると思う。感覚が麻痺して、問題が起こるのが当たり前になっているのだろうか? そうこうしているうちに、PCを使う人が少なくなって、スマフォやタブレットに移行しつつあるようだ(にも関わらず、Windows Phoneは無事終わったw)。

そして、MicrosoftやAppleが、多くのユーザーが「いつもどおり普通に使える」ことの重要性を無視して、あっけらかんと使い勝手を変えて、その上、「それは新しいから正しい。みんな使いなさい」などとのたまわってふんぞり返るのは、いったいどういうセンスなんだろうと思う。

きっと、多くの信者が、突然の変更にもムカつかずに、「*で※するには」を調べて(あるいはプログラムを作って)公開するから、世の中が何とかなっているのだろうと思う。多くの人が手間と時間を掛けて調べ・作って、更に多くの人がそれを検索して適用するのは無駄としか言いようがない。更に、その不評を知っているはずのメーカーが知らん顔をしているのは、本当に厚顔無恥としかいいようがない。

確かに、Linuxでもそういうことはあるが、レベルが違う気がする。その証拠に、Windowsでは、突然困る(例: ある朝、いつもどおりのことができなくなっていた)ではないか。Linuxでは、そういう大きな変更の前にはちゃんと注意事項が公開されるから、事前に検討・準備できたり、その更新をしないことだって可能だ。

そもそも、Linux(UNIX)では操作性(操作手順や使い方)が変わることはほとんどない。機能追加はかなりあるが、20年以上前から同じ使い方ができるコマンドなんてザラにある(まあ、Windowsのコマンドプロンプトのコマンドもそうだが、そもそも、その(MS-DOS由来の)コマンド自体がUNIXのを劣化させたものだから、論外だ。更に、数年ごとにコマンドインタプリタが変わりさえするではないか)。だから、コマンドをがらっと変えてしまった一部のシステムを除いて、操作で戸惑うことがない。更に、操作が変わってしまったとしても、ほとんどの場合には、ユーザの希望で古いものを追加する(戻す)ことが可能だ。つまり、無駄な手間や苦労とは無縁なので、「空気」になれるのだ。

僕にはいいことずくめ(というか、上にも書いたように、これが当たり前)のLinuxなのだが、まだまだ普及していない。ただ、広く普及したらマルウェアの類も増えそうで、Linuxのそれはかなり強力そうだから、単に普及すればいいものでもない。まあ、仮にそれなりに普及したとしたらセキュリティソフトも出てくるだろうから、大丈夫かも知れない。それ以外の問題は、Linuxは基本的には自分でいろいろできる・したい人のためのOSなので、一般の方がWindowsの代わりに気軽に使おうとしても、無理があることだ。その時には、有料でサポートする商売も出てくるかも知れないが、そうすると、WindowsやmacOSと同様になってしまい、目をひくようなメリットは少なそうだ。

でもまあ、OSなんて、普通に使えれば(OSのお守(も)りじゃなくて、自分のしたいことができれば)いいのだから、そこがメリットになるかも知れない。例えば、ある日突然使い方が変わるとか機能がなくなるとか、使っていたら突然長ーい更新が始まって作業ができななくなるうえに停めることもできないとか、青い画面に落ちて無意味なメッセージが出るだけなんてことは皆無だ。

だから、例えば、小さい会社などで、MS Officeは使うけど凝った使い方(例: 変なマクロを組む)はしないのなら、フリーのOffice(例: LibreOffice)は充分互換性があるので、結構なコスト(ソフトもハードも)が削減できると思う。ただ、立ち上げにはそれなりに手間は掛かるし、「お守り」(質問・トラブル対応)をする人は大変だろう。が、サポートについては、Windowsだって結構あるから同じことか。

そういえば、ミュンヘン市はLinuxに移行したのにWindowsに戻ってしまうが、政治的な問題以外に、余計なことをしたためにコストも手間も掛かり過ぎたせいもあると思う。詳しい人なら分かると思うが、「自分たちのLinux」なんて作ったら負けだ。彼らは最初から間違っていたのだ。そんなんだったら止めとけば良かったのに、まったく馬鹿げた話だ。誤ったLinux移行を進めた人もWindowsに戻す人も、みんなセンスが悪い。

というわけで、「Linux(UNIX)は古くて、先進的な機能は少ないし、進歩も余りないけど、それでいいんじゃない(先進的な機能って、どれだけ使っているの?)」というのが今の感想や意見である。

まとめ

  • (多くの人にとって)OSは、普通に使えればいい(OSのお守(も)りに意味はない)。
  • 過去との互換性を保持することはとても重要で、価値がある(変化自体に価値はない)。
  • (おまけ) ソフトは、作ったら負け。

 

PS. 久し振りにMusicBeeのサイトを見たら、(サイトが)ダサダサになっていてすごくがっかりした。Page up/downすら効かないって、どういうこと!? MSや林檎以下じゃないか? 見栄えはいいけど、中身はとても陳腐だ。進歩もないようで、今だにGPMもSpotifyもサポートしてないの? 暗いスキンが標準なのも好みでない。

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近頃はネットでの表現が難しくなって来て、昔のように過激なことを不用意に書くと思わぬ炎上を招く可能性があって、気を抜けない。とはいえ、そういうリスクを恐れて、なますを吹くがごとく、自分の書きたいことを書かずにありきたりの正論を書くだけでは全くつまらなく、ある意味不戦敗なので、挑戦したいという気持ちはある。

例えば、あるけしからん奴には制裁が妥当だと思って、(それを実行することはもちろんないのだが、)その内容を具体的に書くことはためらわれる。特に、対象の相手が弱者(と呼ばれる人)とか偉い人だったりすると危ない。

ところが、先日、naokiさんのところにコメントを書く時に、なかなかいい技法を思い付いてしまった。架空の世界に頼むのである。例えば、

そういうクズは、マッドマックスの世界では、ショットガンで頭を粉々にされるだろう。

である。「マッドマックス」でなくても、自分が適切だと思う制裁を加えてくれそうな世界観・設定の作品なら、なんでも可能だ。「北斗の拳」はもちろん、「スター・ウォーズ」だって使えそうだ。

それなら、書いた人が制裁を加えたいということは全く書いておらず、「作品の世界ではそういうふうになるだろう」という想像を書いているに過ぎないので、問題がない(もちろん、書いた人の頭の中がどうなっているかは文章の限りではないが、書かれてもいないことを想像して「けしからん」と叩くのは、叩く方がおかしい)。

あるとすれば、「こんな時代遅れの暴力行為を礼賛するとはけしからん」と叩かれる程度だ。が、それにしたって、アングラな作品のことを書いているのでなく、現代でも一般に流通している作品で起こりそうなことを想像しているだけで、礼賛も奨励もしていない(「だからマッドマックスの世界はいい!」などとは書かない)のだから、大きな問題とがあるとは言えない。せいぜい、熱心なファンの方に「その設定はおかしい」などと突っ込まれる程度だろう。

てなことを考えながら文章で実験するのは、なかなかおもしろい。

 

PS. よく、「自分の家の玄関に同じこと(インターネットに書くこと)を貼れますか?」とか言われるが、一見正論だがちゃんちゃらおかしいと、さっき思った。そういう輩は、プ○ウスとかに乗って、いかにも自分は主流派で、いつも正しい、世の中のためになる行動をしているとでも思っているのだろう(でも、実際には、とんでもない運転のプ○ウスは多い)。

まあ、反社会的なことを書いたり、遊び半分で書いて逮捕されるようなことは推奨できないが、上記のような ことなかれ主義をやっていたら、世の中は進歩しないと思う。そもそも、インターネットはこういう場所であって、玄関じゃないではないか。

例えば、「春の祭典」の初演時は、多くの聴衆が「とんでもない曲だ」と感じて、大騒動になったという(どこまで本当か分からないが)。これこそ、「玄関に貼れますか」なんて自主規制していたら、世に出なかったと思う。

すごく論理が飛躍した気がするが、世の中は、一見非常識なことから進歩することも多いのだから、常識に囚われるより、いかに(許されるか許されないかの境界線上で)常識を破るかに情熱を注ぐ方が有益なのではないかと思った。

ただ、常識をギリギリで破るには常識を知らないといけない訳で、単なる無法者でいい訳ではない。そこが「バカッター」する人が分かっていないことなのだろう。

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ある会社のトップが、経費がかさむ一方でけしからんとか言っていたそうだ。その人の言い分では、その原因は社員の無駄遣いにあるそうだ。

だけどさ、会社のお金を一手に仕切って、全部にハンコを押していたのは、そのトップなのだが・・・ ハンコを押した責任はないとでも言うのか。無駄遣いがあったと言うなら、後で言わずに、その都度厳密に確認して却下していれば良かったと思うのだが、何か違うのか。社員に騙されたとでも言うのか。

仮に、その都度見抜けなかったとしても、今まで何度もあった決算の時に具体的な数字を挙げて、「今期は※円の経費が掛かっていたが、*の支出が多過ぎたので、来期は●%削減しよう」とか、全然言って来なかったのはなぜだ? 放置の責任はないのか?

全く理解できない話だと思った。加齢で脳が劣化して、異次元の論理をでっち上げるようになったのかも知れない。。。

いずれにしても、トップなのに被害者面して説教するなんて、まったく情けない。聞いた話でもうんざりだ!

 

PS. お題目のように「コスト削減」とは言うけど、具体的な数値を出さずに「各自の努力」に任せても、まず達成できない。効果的な制御には正確な測定が必要なのだ。例えば、1億円を削減する必要があるのに、それを知らされない社員は、やみくもに節約すればいいと思って、電話を掛けないようにしたり鉛筆やノートを使わないように努力したって、何の効果もないということだ。そんなのは逆効果だ。

多分、一番効果的なのは、そのジジイの報酬を減らすことだろうなw

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僕は常にメーラーのInbox(受信箱)を空にしておく。下は会社のThunderbirdのキャプチャ(一部)だ。家でも同様だ。Inboxに何か残っていると目障りでしょうがない(それはそれで、精神的に問題ないのかという話はあるがw)。

常に空のInbox

仕事では、読んだら(必要なら返信して)既読のフォルダに移す。返信は基本的にその日のうち(概ね数時間以内)にし、すぐに返答ができないメールは、要返答のフォルダに移して、忘れないようにしている。当然、要返答フォルダも、なるべく早く空にしようとしている。更に、読む必要のないメール(自動送信や下らない連絡の類)は、Subjectなどで判定して自動で既読に移すように設定している。

なんてのは、以前何かのwebで読んだ手法(「Inboxを常に空にする」とか言ったか → 「インボックスゼロ」だった: 12/27 5:23)を踏襲しているだけだが、そんなことすら知らず・できない人が多くて困る。しないだけで、ちゃんと仕事しているならいいが、返信の必要なメールを放置する輩が多くて、いつもイライラする。そういう人のInboxには千通くらいずらっと並んでいる。故意に返信しない気はなくても、何に返信すべきか分からなくなってしまうのだろう。ちなみに、PCのデスクトップもアイコンだらけでぐちゃぐちゃで壁紙なんて見えないし、本物の机もジュラ紀の化石が発掘できそうになっているw 何とも思わないんだろうね。

そういう人だって天才のように仕事ができればいいが、実際にはそうでなくて、本当に脳味噌の足りない猿以下のアホだと思うのは、何度僕にブチ切れられても直そうとしないことだ。猿だって学習するのに、そいつにはそんな能力はないようだ。いつも、いろいろ言い訳して謝る(振りをする)が、そんな暇があったら改善して欲しい!

 

PS. 更に潔癖症な人への小技: PC(Thunderbird)では見たくないが、スマフォでは引き続き見たい(表示させたい)メールがある場合。更に、スマフォ(iPhone)でもInboxを空にしたい(見たくないメールがある)場合:

  1. ThunderbirdのInboxのプロパティで、既読を示すタグ(例: 「読んだ」)を付けたものは表示しないようにする。
  2. PCで隠してスマフォでは表示させたいメールに、上記の「読んだ」タグを付ける。
  3. [オプション] 任意の場所(例: ローカルフォルダ)に、Inbox中の後で「読んだ」タグの付いたメールだけを表示する検索フォルダ(例: 「一時保管」)を作る。: Edit(編集)→Find(検索)→Search Messages...(メッセージの検索)で条件を指定後、"Save as Search Folder"(検索フォルダとして保存)する。
  4. [iPhoneでのオプション] iPhoneでもInboxを空にしたい(見たくないメールがある)場合、引き続き見たいメールにフラグを付け、フィルタで「未開封」と「フラグ付き」を有効にし、フィルタを有効にする(iPhoneのメーラーではメールのフォルダへの移動が面倒なのと、ローカルの既読フォルダに移動するとPCで見えなくなってしまうので、タグを付けて区別したいが、ないのでフラグを付ける。なお、移動の手間を惜しまず、既読フォルダをサーバ(IMAP)に作るなら、移動しても問題ない)。

↓ 結果

  • Inbox以外のフォルダを表示後、再度Inboxを表示させると、「読んだ」タグを付けたメールは表示されなくなっているが、スマフォでは引き続き表示される。
  • [オプションを実行した場合] 「一時保管」フォルダを開くと、「読んだ」タグを付けて非表示にしたメールが見える(このフォルダの存在は忘れがちなので、まめにチェックして、既読フォルダに移動する必要がある)。
  • [iPhoneでのオプションを実行した場合] Inboxでは未読でフラグ付きのメールだけが表示される。

(2017/12/28 6:08)

PS2. 上記の「Inboxを常に空にする」手法は、少なくとも5年以上前に「Google流のメール整理術」とか言って紹介されていた気がする。当時からGoogleには反感(やっかみ?)を持っていたがw、これほどシンプルで有効な方法は思い付かなかったので、便利に使っている。やっぱり、Googleのようなところ(しかも欧米)にはそれなりに頭のいい(合理的な)人が多いのだろう。(2017/12/28 5:12)

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(最初に書いた時から時間が経って、疲れのせいもあって、まとめる気が起こらなくなったので、ひとまず草稿レベルで公開します。)

何かを「所有」することは不可能だと思う。

「所有」の定義にはよるが、仮に、「自分が死ぬまで何かを管理下に置く」としても、本当に可能だろうか? ほとんどの物は、消耗したり壊れたり飽きたりして、いつかは捨てるだろう。大体、「自分」ですら所有(管理)できないではないか。

壊れない物もあることはある。名誉のような、物でないものもある。

でも、自分が死んだら(自分にとっては)終わりなことは確かだ。

それでも、たかだか100年でも、所有できればいいのかも知れない。が、欲しかったものを所有できたら、ずっと嬉しく思うとか満足し続けるのだろうか? どうせ、数日経ったら、忘れてしまうに違いない。それどころか、更に「上」が欲しくなるだけだ。

諸悪の根源だ。

だから、ほとんどの物はすべて「借り物」だと考える方がいいと思う。お金を払って一時的に手元に置くが、使い終わったら放棄する。何でも流動的なもの、一時的なものと考えてこだわらない。

そういう観点では、少し違うが、断舎離はいい考えだ。

(表現が難しいが、物理的な物にこだわらず、情報や思考や精神を主体にするべきだと思う。すべてを狭義の情報(電子や磁気の1/0で格納するとか)ではなく、何らかの事実や表現を積み重ねるという意味である。そういうものを蓄積するには、最後は記録する「物」が要るのかも知れないが、そうでない可能性もありそうな気はする。でも、これを突き詰めると、最後は、人間という物体はなくなる(なくてもいい)ことになりそうだ。でも、そうなったら記録するものもなくなるのか・・・)

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猫の飼育数が犬を上回ったとか。そんなの全然うれしくない。

(原因不明の)流行のせいもあるのだろうが、記事を読むと、猫は散歩させなくていいからとか書いてあって、アホか馬鹿かと。そんな手間を惜しむような奴は、どんな動物だって、まともに世話なんて出来る訳がない。

「飼育」とか「世話」というのは人間目線の言葉であって、適切でないと思います。もっといい書き方があるはずですが、今は思いつかないので使っています。「一緒に暮らす」などが適切と思いますが、今ひとつしっくり来ないのです。

そもそも、犬や猫が好きだから飼うのであって、それは別の種とは置換不可能で、手間が少ないからって(そういう人は、ご飯を炊くのが面倒だったらパンにできる? 手が小さいからピアノじゃなくてヴァイオリンにするの? : そういう人は実際居るんだろうけど、何も分かっていないと思う)、おかしいだろうが! そういう輩は、お店で「いいの」を手に入れたはいいが、そのうち面倒になって、そこらに捨てるとか保健所送りにするのがオチだろう。

だから、本当に、いい加減な奴は飼わないで欲しい!

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基本的に、年賀状はメールにすることにしたのだが、ちょっとした落とし穴に嵌まるところだった。

毎年年賀状をくれている人に、行動がいい加減な人(おそらく悪気はないのだが、忙しかったりして、結果的にいい加減になってしまうようだ。ただ、良くないことを何度も繰り返し、改善する気が見られない)が居て、常々それにムカついているので今年からは出さないことにしたのだが、結構(お互いに)お世話にはなっているから無碍にするのも悪く、メールなら手軽だから出そうと思っていた。

が、メールだと、添付した画像を検索したら、ここ(ブログ)が見つかる可能性が高いことに気付いた(メールとブログでは、画像は同じで、中に入れた名前などが違う程度のため)。しかし、こうやって書いているように、その人にはここを知られたくない(知られてもいいけど、得策ではない)。だから、ブログに載せていない、全く新しい絵柄を作る必要がある。

年賀状(メール)を出す相手で、そういう人はその人だけなので、本来は年賀状を出すつもりのなかったその一人だけのために絵柄を作ることになるのだが、何とも矛盾しているというか、「何やってんだ?!」って感じだ。

(そもそも出さないつもりではあったが、)心を鬼にして出さないことにするか、適当な絵(画像)を見繕うかするしかない。 → まあ、出さなくてもいいかな。同様の関係の人で、賀状をやりとりしているのはその人だけだし、その人にしたって流れ作業で出しているだけだろうから・・・

今思い付いたが、昔、Yahoo!とかに良くあった、Flashとかを使うフリーの年賀メールサービスで出すのが安直で良さそうだ。でも、まだあるのだろうか??

(5:09) 探してみたら壊滅状態だった。検索しても、5年とか10年前のページがほとんどで、Yahoo!や楽天などの大手は撤退していた。昔は掃いて捨てるほどあったのに。。。 今はスマフォ+SNSで送るのだろう。そして、SNSといったらインスタなのか? 見栄え(だけ)が重要そうな世の中だなw

(12/24 12:58, 20:34) 時間があったので、それぞれの方に送る文面を書いてみたのだが(好きな時・書きたいことを思い付いた時に書けて、充分に推敲できるのが、すごいメリットだ)、メールは葉書より距離が近い感じがして、その点は、受け取った方に違和感や嫌な感じを与えるかも知れないと思った。ただ、今はLINEなどのような速攻なメディアが全盛で(以前、メールは読めないからLINEにしろと注文して来たアホが居た)、メールは、もはや、電話全盛時代の葉書程度に「遠い」ものになっているのは確かなので、「まあ、いいんじゃないか」と、勝手に納得している。

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今度は北海道か。見出ししか見てないけど、「30年以内に大地震の確率が7-40%」って、意味あるのか(日本だったら、どこでもそう言えるのでは??)? その文言の確度は100%なのだろうか? (一般人の)役に立つのか? 40年くらいに出した予知のようなもの(名前すら忘れた)の代わりなのか。

これの前に別のところで大地震が起こっても、「地震はいつどこで起こるか分からないので、いつも気を付けていましょう」で終わるしなw

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ある会社であったかも知れない、架空の話w

先日、回覧が回って来たので見たら、ある人が先日から「年末商戦に向けて作っている」と言っていたチラシだった。

一目で溜息が出た。外見は、いかにも良くある「ゴミ箱直行便」の類で、全然グッと来ない(目をひかない)。そもそも、あとわずかで今年も終わるのに、年末商戦なんてもう終わってないか? しかも、回覧でコメントを集めていては、いつ配布できることやら・・・ そんなの、ちゃっと作ってメールでぱぱっと意見をもらって、手早く配って回るものではないか。

売るものは陳腐(低価格競争になっているもの、かつ、次世代に代わられつつあるもの)なのに値段は安くなく、見た途端に「高い」とつぶやいてしまった。製品の仕様だって、全然たいしたことないから、そんなの買いたくない。そして、それを(Amazonとかでなくて、)わざわざうちから買う意味はどこにあるのだろうか。うちはそれを売って、一体どのくらいの利益があるのか。

更にその製品カテゴリーは常に新製品が出るために、内容や価格の変動が激しいから、チラシなんて作ってもすぐに古くなって意味がない。Amazonを見て買う方がずっといい。

全くの無駄だ。昔ながらのやり方なので、何も疑問を持たずにやっているのか、言われて仕方なくやっているのか。いずれにしても、売るものに対する勉強もせずにやっているのは明らかだ。作った人は僕と歳が近いので、親近感を持っていたのだが、なかなか「分かってない人」だったことが分かって、がっかりした。

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  • ハンコ。。。
  • 紙に手書きでの申し込みや契約
  • メールより会話・電話
  • 正式な暦は元号
  • 現金での支払い
  • CD, DVD, BDを買う (ダウンロード購入だって、もはやほとんど必要ない)
  • TV録画。TV自体が遅れている。
  • (一般人には)ほとんど何の役にも立たない、マイナンバー

もう、中国にすら負けているよ。

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家でも会社でも、テキストの編集にはAtomというエディタを使っている。好きで使っているのではなく、他になかったからだ。Windowsの時はNotepad++を愛用していたのだが、Linux版はないので、いろいろ試してこれに落ち着いた。が、時々、長時間ハングするのが作業の妨げになって(打ちたい時に打てないと忘れてしまう!)、すごく気に入らなかった(それ以外にも、基本的なところで「はぁ?」なことが多い)。さすがに業を煮やして、昨夜再び探してみた。主要な候補は、以下のようないつもの顔ぶれになった。

  • jEdit
  • Kate
  • Sublime text
  • Geany
  • Komodo edit
  • Bluefish editor

jEditはAtomの前に使っていたのだが、古めかしく(まだ許せる)、日本語がインライン入力できないのと重目(メモリを食う)なので、KateやAtomに乗り換えた。Kateはまずますだったのだが、検索・置換の使い勝手がイマイチ(例: 検索文字列の入力欄が複数ある)なので、Atomに乗り換えたのだが、上述のように問題が多い。

Sublime textは、日本語が入らないので論外だった(いろいろやればできるのだろうが、今の時代にそんなのは論外だ)。それに、設定変更は自分でファイルを編集するという、手抜き・前時代的なところも論外だ。Komodoはgtk2.0の更新が要るので止めた。贅沢だ。一般的な環境で動かないと駄目だ。GeanyとBluefishは結構良かったのだが、選択箇所のハイライト(クリックして選択した単語が他にもファイル中にあったら、それぞれに着色する: 図中の薄紫の部分)ができないので、惜しくも却下した。

結局、Evernoteの時と同様、何も残らない結果になり掛けたのだが、惜しかった(検索したら、意外に評判が良かった)GeanyとBluefishをしつこく調べたら、Geanyは、プラグインを追加することで選択箇所のハイライトができることが分かった。最初は検索が若干面倒な感じだったのだが、少し使ってみると、慣れの問題のような気がした。今一つ目に優しくなかった配色も、テーマをダウンロードして変更できた。カスタマイズした後の画面はひどく地味で全く目をひかないが、いい道具なんて大抵そんなものだ。

エディタGeanyのウインドウ

という訳で、ようやく、イライラさせられるAtomの代わりが見つかった。じっくり使ってみたいのだが、家ではそれほどテキストファイルを編集する機会がないので、なかなか出番がない。週明けに会社で使うかも知れないので、少し楽しみだ。

PS. "Geany"は、語感からは年寄り(音が「じいさん」に似ているからw)的な印象を受けたが、英語ではないようで、元々の意味はないようだ。gean(移植用の桜)から来ているのかも知れないが、意図は分からない。geniusからなのかも知れない。

PS2. Unixでエディタというと、viとかEmacsなどの、コンソール(ターミナル)でしか動かない昔ながらの(映画でよく「ハッカー」が使っているw → viの画面例)ものを推す勢力(自称「通」?)があるが、僕は全くそうではない。いちいちキー操作やコマンドを思い出して、間違えないように気を使って使うほど、物好きじゃない。先日書いたマークダウンみたいなもので、本来の目的に集中できないから本末転倒だと思う。

ただ、そういうエディタは車載工具のようなもので、いざという時(例: マシンにグラフィック画面がない場合、sshで接続している場合)はそれしか使えないので、実際にはviを使うことは多い。あと、グラフィカルなエディタを使うほどでない、簡単な作業の時もviを使う。Unixを使い始めた頃のマシンではviしか使えず、キーやコマンドがちんぷんかんぷんで苦労した。

その後はEmacsにのめり込んでいたが、今は全く使うことはない(今調べたら、なんと、僕のPCにemacsは入っていなかったw)。Emacsは機能は多いが、覚えることも多い(覚えてないと、折角の機能も使えない)ので、今となってはかなり面倒だ。多くの機能を詰め込み過ぎているのは、やり過ぎで趣味が悪いと思う。だから、Emacsの作者(≒GNUのストールマン)と仲良くなることはないと思う。GNUのソフトには昔から大変お世話になっているが、指向が違う。

そもそも、Unixは単純・簡素なことが売りでそれが好きだったのに、今のLinuxはかなり複雑・肥大化してしまった(そのおかげで、Windowsを不要にするほど便利に使えているのだが、換骨奪胎の感は強い。それでも、メタボなWindowsの動脈硬化や腐敗度に比べれば、かなりマシだ)。EmacsなんてUnixの精神とは相容れないもの(実際、エディタの中に全く別な世界を構築している)で、肥大化の走りだったのかも知れない。。。

ところで、今調べたら、Emacsの「開発」はまだ続いているそうで、それはそれですごいことだと思う。何がおもしろいのかは分からないが、誰かが続けなければ、劣化・変質したり、廃れてしまうから。

(なんてことを書いていたら、PSが肥大化してしまったw)

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会社での話。

珍しくプログラミングに熱中していたら、ジジイと親しい事務の年寄りがやって来て、いきなり「動員」を掛けられた。ある行事の参加者が少ないから出ろだと。「ほう、うちの会社も動員を掛けるほどの大会社になったか・・・」と、溜息が出た。

そんな行事があること自体が寝耳に水だったので聞いたら、「メール見たでしょ」とかほざきやがった。そんなメールは記憶にないのでメーラーを見たら、そいつが来る15分くらい前に送信されたのが来ていた。もう少しで「はぁ?!」と怒鳴るところだった。

ちなみに、そいつにメールを送っても、すぐ返事なんて来ない。先日は、メールで質問した件が何週間経っても全然回答がないから聞いたら、「朝礼で言った」とか抜かしていたから、呆れ果てた。まあ、全くの情弱というか頭の腐った老人で、なーーんにも分からないのだろう。

上司は、一旦は「出なくてもいい」と言って、他の人を探そうとしてくれたのだが、結局誰も居なかったので、周りの数人と出ることになった。

それにしても、誰でも頭数が揃っていればいい行事って何だよ。そんなに大切な行事なら、本来出るべき人の予定を押さえたり調整すべきだろう。

嫌々出て「行事」を眺めていたら、どうにも絵空事、数十年前の出来の悪いテレビのコントとか学芸会とか国会中継のようで、薄ら笑いとげんなり感と怒りの混じった不思議な感情が込み上げてきた。

いい歳した大人(しかも、単価の高い、偉い連中。司会まで居た)が何人も揃って空虚な言葉を発して、みんなそれに感心したとか納得したような雰囲気を醸し出していたから、もう、何とも言えない。

その行事は、会社を改善することをこれから始めますということだけ(挨拶だけで中身は何もなし)が目的だったのだが、その空虚さと「改善」がまったく結びつかないのも片腹痛かった。極めつけは、挨拶をした一人が、「年末で大変お忙しい中のご参加、ありがとうございました」とかほざいていたことだ。

分かってるならやるな!

「お前らが居なくなるのが一番の改善だろう!」と、今は言いたい。いわゆる、「事件は会議室で起きているんじゃない」、「偉い人にはそれがわからんのです」ってやつか。

なるほど。暇を持て余して禄でもないことをする(他人にさせる)お偉いさんが多いから、利益が出ずにいつもコストを下げろと言われているのだろう。こっちは、そんな奴らを遊ばせるために仕事をしているんじゃないのだが。本当に、馬鹿につける薬はない。それどころか、馬鹿が集まると、自己完結してしまってものすごい破壊力になる(例: 内閣や国会)から、恐ろしい。。。

(眠たかったけど、これだけは寝る前に書きたかった。書いたら目が冴えてしまったw)

PS. 北の国の会議もこんな感じなのだろうか。いや、日本もこうではないか・・・

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昨夜、Thomas Leyerという謎の人のラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番(2016?)の演奏を聴いてみたら、スケールが大きくて結構良かった。そこから、寝る前に思ったことがある。

Leyerは、実は実在しない人なのでは? 「もしかして(Googleの)AI?」ってことはまだないだろうが、もう少ししたら、AIが演奏するようになって、TVや映画やフィギュアスケートや結婚式や合唱などでBGMや伴奏に使われる、「普通の演奏」をする人は不要になってしまうのではと。だって、誰も演奏者固有の表現はもちろん、演奏の良し悪しになんて気を留めない(間違えずに、正しいテンポで演奏すればいい)のだから・・・

そうなったら、使う人は演奏料が安くなって便利だけど、演奏者を目指す人が激減してしまいそうだ。更に、「普通の曲」の作曲だって、AIがしそうだから(「券」か何かでCDの枚数をさばくのが目的の、なぜか大人数でユニゾンする日本のポップなんて、特に簡単そうだw)、作曲家になる人も激減する。詞だって然り。そうすると、音楽自体が衰退してしまうのではないか。それか、農水産物のように「無AI」とか「天然物」(実際には、芸術は天然ではないから、「人間物」だろうが)は貴重になるとか・・・

無AIといえば、大昔、ボストンだったか、シンセを使わないのをうたっていた(レコードに"No synthesizers used"などと書いていた)バンドがあった。クイーンも書いていたことがあったようだ。でも、そういうのは少数派だったし、彼らにしても、結局、すぐ後にシンセを使い出したから、AIもそんな流れになる気がする。

そもそも、重要なのは、結果としての音やそれで生まれる表現、その良し悪しであって、それをどのように作ろうが、聴く方は知ったことじゃないのだ。どんなに苦労して音を作っても、全く同じ音や表現が別の方法で楽にできるのなら、お互いにそれでいいということだろう。

 

PS. AIの演奏は、技術的には充分可能だ(少なくとも、車よりはずっと楽だw)。というのは、「普通に」演奏する技術は、今はやりの学習で身につけられるだろうし(難しいのは曲を「理解」することだろうが、多くの演奏の(楽譜と)音とその評価を与えれば、理解しなくてもできるのではないか)、AIが本物の楽器を物理的に演奏する必要はなく、合成などで演奏の「音」を作ればいいのだから。コンサートじゃないので、誰も、音をどうやって作ったかなんて気にせず、その楽器らしい音があればいいのだ。

僕としてはまったく納得行かないが、世の中はそうなので仕方ない。

でも、いいこともありそうだ。個人の好みをAIに学習させれば、どんな曲でも自分好みの、しかも、その時の気分などに自在に対応した演奏(演奏中も、「ここはもう少し滑らかに。もう一回やって」とか言えば調整可能)で聴けるではないか! 未来のGPMを見た気がする。(それで本当にいいのか、疑問だが・・・)

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LinuxとiPhoneで使える、Evernoteの代替の件。実は、結論が出てからも、しつこく探していた。

すると、たった一つだけ、LinuxとiPhoneのアプリがあるサービスがあった。Zoteroというもので、本来は研究者の文献管理用システムのようだ。元々研究者が作ったようで、(大学や研究所は、各自の好み研究の目的に従ってさまざまなマシンを使っているため)マルチプラットフォーム対応になっており、Windows, Mac, webはもちろん、Linuxのアプリまであって「完備」しているのが珍しい。更に、純正ではないが、iPhone(注意は後述)やAndroidのアプリもある。

Zoteroは、論文から参照する資料(論文の最後に載る「参考文献」)の情報を管理するものなのだが(個人的には、そんなことのために、こんなすごいシステムを作る必要があるのか疑問(それとも、今の論文は「いつでもどこでも」書くもので、しかも、大量の参考文献を列挙するのだろうか?)だが、実際に需要があるのだろう)、その文献情報の中に「メモ」という情報を格納することができる。そのメモは、まさに、Evernoteのように、普通(もちろんマークダウンでなく!、ビジュアルエディタで自由)に書けるものになっていた。書式を設定できるし、画像も貼れるし、アプリなので、ブラウザ版EvernoteのPage up/downの問題もない。つまり、ずっと探していたものが見つかったのだ!

が、やっぱり、世の中はそんなに甘くなかったw 基本機能は問題ないのだが、iPhoneアプリ(PaperShip)に問題があった。

まず、最初に試した時、Linuxアプリで作ったメモが見えなかった。検索してみたら、他の人も、「PaperShipが同期しない」、「サポートの返事が全然来ない」、「ずっと更新されてないから、ディスコン(開発・サポート終了)では?」、などと書き込まれていたし、Zoteroのモバイルのページにもそういう情報がある旨書かれていたので、使えないのかと思った。

が、やっぱり捨てがたく、更にしつこく試した。まず、Zoteroのストレージとの同期は駄目でも、自分で用意したストレージ(WebDAV)なら大丈夫かも知れないと思って試したが、WebDAVにはメモは格納できず、添付ファイルしか格納できないので、目的は果たせなかった。

それでも、今朝は「きっとできるはずだ」という、全く裏付けのない信念(直感とか本能とか「臭い」)でいろいろ試した。

余談: プログラムとかソフトの「臭い」は確実にある。ちょっと触ったりwebやマニュアルを見たり話を聞くだけで、「だめだこりゃ」(「へえ、まあ頑張ってね。僕は使わないからw」)なものは分かる。「これはいい!」ってものも分かる。演奏の最初の一音・フレーズみたいなものだ。ただ、中間は難しい。結構騙されたり、「意外にいいじゃん」てことがある。

すると、Linuxのアプリで直接メモを作るとPaperShipでは見えないのだが、資料(例: 「文書」)の中(子として)にメモを作れば、PaperShipからも見える(同期される)ことが分かった(上記の困っている人に教えてあげたいが、別の問題かも知れないし、大抵の掲示板は書き込みを無視する人が多いので、止めておく。この情報は、検索してここに来られた、日本語が読める方だけへの公開に留めるw)。ZoteroとPaperShipのバージョン違いの問題なのかも知れない。

それで、とりあえず、今日の午後、日記や買い物メモで試してみた。すると、思わぬ落とし穴が見つかった。: PaperShipは電池を食い過ぎるのだ。時間消費率は計算していないが、正午頃から夕方まで、時々メモを書くのに使っただけで、電池残量が30%程度になってしまった。これは、今までどんな使い方をしてもほとんどなかったことなので、明らかにPaperShipのせいだ。実際、iPhoneの設定のバッテリーで表示される使用率は60%を越えていた。

全く惜しい! (おらのスマホにゃ電池がねぇw)

代替策として、iPhoneではweb版を使うことを検討したが、結構ちゃんとしたモバイル用ページがあるものの、そもそも同期の問題の可能性があるのでアプリを探しているのだし、編集ページの文字が小さくて、ちょっと使い辛い。

それで、ダメモトで、PaperShipのバックグラウンド更新をoffにして、明日いっぱい試そうと思っている(多分、駄目だとは思うが・・・)。

PaperShipを起動(正確にはサスペンド状態)しているだけで約3%/hも電池を消費した※ので、アンインストールした。代替策のwebは、iPhoneでは編集ページの文字が小さいので、Zoteroへの移行は保留にした。 (12/10 5:57)

※この結果から、Appleが主張している、「不要なアプリを終了させる必要はない(OSがうまく処理する)」はやっぱり正しくないことが分かる。全部まともなアプリなら正しいのだろうが、実際にはそうではない。アプリがまともかそうでないかやOSがどう処理するのかは作った人以外には分からないので、小まめに終了させる方が得策だ。(12/10 6:01)

(12/10 20:59) その後、再びNixNote2で同期エラーが起こったのに業を煮やし、Linuxではweb版も許容することにして、Nimbus noteを試した。が、以下の問題があった。

  • 英語以外の言語が、なぜかロシア語だけある。サポートページも英語とロシア語の記述がある。 → ロシア系企業なのかも知れないので、不安がある(ただ、本当に危ない関係があるなら、下手にロシア語を出さず隠し通すはずなので、問題ないのかも知れない)。
  • Web版
    • 負荷が高い。ブラウザ(Vivaldi)の負荷(topコマンドの%CPU)は常時10%を超え、100%になることもある。
    • 見え方(スタイル・フォーマット)がiPhoneと異なる。フォントや改行の見え方が違う。
    • デフォルトのフォントがGeorgia(セリフ)でちょっと嫌。
  • iPhoneアプリ
    • 同期の動作やタイミングが今ひとつ。
    • 同期間隔を指定するうえ、最短で30分と長い。

それで、今はBox notesを試している。Web版は機能が豊富(Windowsアプリより機能が多い感じ)だし、iPhoneアプリにも大きな問題はなさそうなので、明日いっぱい試してみる。ただ、Evernoteからのインポートに難がある(標準ではできない)ので、乗り換える場合にはそれを何とかする必要がある。まずは、使うノートだけを手でコピーしていけばいいとは思うが。

(12/13 4:17) その後いろいろ検討して、(急な電池の減りはiOSの更新の影響による一時的なものと期待して、)再度Zoteroに戻ったのだが、やっぱり、PaperShipを外(LTE/3G通信)で使うと電池の減りがかなり速い。アプリを停めるだけでなく、アンインストールしてiPhoneを再起動しないと直らないようだ。上記のNimbus noteのiPhoneアプリも電池を食っているように見えたのだが、PaperShipの悪影響が残っていたようだ。

結局、昨日からBox notesに戻って、しばらく試すことにした。iPhoneアプリはまあまあ(ノートを開くたびに読み込むのがちょっと遅い)なのだが、web版はかなり使いやすい(ノートのエクスポート(ダウンロード)もできる)ので、Linuxでは全然不自由しないのがありがたい。ただ、ノートのファイルフォーマットは独自で、コチコチの石頭らしい彼らにはEvernoteに対応する気が毛頭ないので、そこは今後の課題だ。

(12/14 6:20) Box notesは使い勝手がいいし、iPhoneの電池も食わないのだが、いざ移行しようとすると、インポート・エクスポートの不自由さに困惑する。独自フォーマット(中身は滅茶苦茶)でしかインポート・エクスポートできず、Everenoteのwebやアプリからペーストしても、画像は貼れない(貼れたように見えても、Everenoteへのリンクの場合が多い)。

Boxは、そういう場合には外部の変換サービスを使うように書いているが、そんな、どこの馬の骨とも分からないサイトに自分のノートを全部通すなんて、全くの情弱だ。せめて、フォーマットの仕様を公開すればいいのに、なぜしないのだろうか?

こんなことでは将来絶対に苦労するので、正直言って使いたくない。すると、Nimbus noteかZoteroになる。NimbusはWindowsアプリでしかインポート・エクスポートできないし、Zoteroのモバイルwebのエディタは文字が小さすぎる。

幸い、Zoteroはオープンソースなので、自分のサイトにZoteroのシステム構築して、アプリはそこをアクセスするように変更し、モバイルwebのエディタの文字サイズを大きくすれば万事解決するのだが、それをやるには百年くらい掛かりそうだw

(12/15 22:17) Zoteroで無理をするのは諦めてBox notesを使っていたのだが、iPhoneアプリの出来が悪く、ノートを開くたびに10秒以上待たされることがあるのが嫌になった。それで、古いEvernoteのLinuxアプリのEverPadを動かそうとしたが、どうしても無理だった。それで、Nimbus noteしかなくなったのだが、webとiPhoneの表示(書式)が異なる(例: Webで入れた改行がなくなる)のがどうしても許せず、結局、Evernote(LinuxはNixNote2)に戻ることにした。が、戻るためにノートを移す時もNixNote2は同期エラーになったので、いつかは絶対に別のに移りたい!

(12/17 21:26) その後、惜しいサービスが2つ見つかったので、書いておく。

  • NexusPad
    • カレンダー、アドレス、ノート、画像、ブックマーク
    • iOS, Web, Android, Web対応 (ただし、iOSアプリは検索しても出ない)
    • Webはビジュアルなエディタで、画像の挿入も可能。
    • かなりいい感じなのだが、全部無料なので逆に怪しい(名前からして怪しいが、ちゃんと動くし、アプリはオープンソースになっている)。
    • 去年の6月からブログが更新されていないし、全部無料ではサービスの継続は難しそう。
  • Toodledo
    • 基本的にはカレンダーやTODOのサービスだが、ノート機能がある。
    • iOS, Android, Web対応
    • 標準ではノートやタスクのフォーマットはHTMLで書くしかないが、非純正のアプリのTaskUnifier Pro(Linux)やTaskAngel(iOS)ではノートのビジュアルな編集・フォーマットが可能。
    • ただし、ノートやタスクへの画像の挿入は不可(有料版(Gold)では添付ファイルとしては可能)。

 

PS. これは僕だけの考えかも知れないが、Zoteroの人はこういう用途があるのに気付いて、Evernoteに近づけるように抜本的に改良したら、結構儲かると思う。が、(これを投稿したって「なるほど。検討します」で終わるし、)まさに本末転倒な気がするから、止めた方がいいw でも、今だって随分いい線行っているのだから、Evernoteを超える可能性はあるとも思う。でもまあ、すごくいいシステムできてユーザーが激増してしまったら、規模(スケーラビリティ)の問題が出るだろう。

そもそも、この件は、Linuxユーザーが少ないのが悪いのだろう・・・

PS2. Nimbus noteにLinuxアプリの予定を聞いたのたら、回答は例によって、「そのうち」的なものだったが、送信してから約2分後に回答が来たのに驚いた。そんなにサポート要員が暇なのか、やっぱり「何か」やっているのか?? (12/10 20:59)

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正直言って、東京や周辺の都会なんて嫌いで全然行きたくはないんだが、この歌は大好きだ。自分でも不思議なくらいだ。ヒットした当時はそれほどでもなかった(彼のコミカルな雰囲気や、牛をはじめとする大小道具を馬鹿にしていた)が、近頃になって、「マイブーム」になっているw

今日だって、 なぜか分からないのだが、仕事中に聴きたくなって、昼休みにGPMで聴いた(こんな時に、GPMはものすごく便利だ)。聴きながら、身体を前後に揺らして乗りまくっていた。更に、実は、それまで待てずに、脳内で「おらこんな村嫌だ−」とループ演奏していたw

理由をちょっと考えたが、あの独特の乗り(主に、リズムだろうか)がいいのだろうと思う。日本初のラップかとも言われているが、僕はラップは好きでないので、それ以外の良さがあるようだ。

リズムの他には、あの、どこか投げやりな歌い方(例:フレーズ頭の「はぁ」とかフレーズ終わりの「てかっ」)にもひかれる。今にして思うことだが、「この歌が駄目だったら、止めよう」みたいな雰囲気が感じられる。そういえば、(下記の)ラフマニノフもピアノ協奏曲 第2番が転機だったようだから、そういう、背景の共通点はあるのかも知れない。全くの思い付きだが。(そして、これは僕の持論の「作品と背景は無関係」に反するが、実際にそうなのであれば仕方ない)

一方、今は、例によって、飽きもせず、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番を聴いている。この曲とラフマニノフの関連は全くないように思える(例えれば、焼きそばとフランス料理?)のだが、僕の中では、乗りの良さで共存し、何か共通点があるように思えてならない(第3番も、他の好きな曲も同様)。その秘密を、音大の方や研究者の方に是非教えて頂きたい(と書くだけじゃ全く実現しないのだが、書くだけ書いておくw)。

 

PS. この曲をヘッドフォンで聴いたら、少し音質が悪いのが分かった。でも、それは全然問題でない。

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Web版Evernoteで書いたノートをNixNote2で開くと日本語が化ける問題が解決したので、web版を使っているのだが、どうしても我慢できないことがある。それは以下だ。

  • Page up/downキーが正しく動作しない(大きく上下してしまう)。
    • (Linux版)Vivaldi, Chrome, Firefoxで起こる。Vivaldi, Chromeでは、ほとんどページの先頭と最後に移動してしまうし、Firefoxではまともに動かない。
    • Vivaldiの「上に移動」/「下に移動」のキー割り当てを変えてみたが、有効にならなかったので、Evernoteのプログラム(JavaScript?)が悪そうだ。
  • 画像がノートの最後にしか挿入できない。
    • 一旦挿入してからカット・ペーストして移動はできるが、面倒。

それで、ここ数日間、上記の問題がなく、Linux(またはブラウザ)とiPhoneで使えるという条件で、30以上のサービス・アプリを探し、試してみたのだが、結局、いいもの(許せるもの)はNimbus noteしかなかった。

Nimbus note(web版)なら、Page up/downキーは正しく働くし、画像も希望の位置にドロップできる(ペーストは不可)。しかし、以下の欠点がある。

  • Linuxアプリがなく、web版ではノートのエクスポートができないため、バックアップしたい時はWindows版(Wineでは全く動かないので、仮想環境を使う必要がある)を起動する必要があって、面倒。
  • ブラウザ(Chrome)のプラグインは機能が少ないので、使うと却って使いにくくなる。
  • システム(ブラウザ)の負荷が高くなることがある。

また、無料版があって、僕の用途には充分なのだが、いつか有料版(約5USD/月)だけになる可能性もあるのが怖い(最初からなら払ってもいいが、後から有料になるのは騙し打ちのようで、嫌だ)。なお、移行するとしたら、大量のEvernoteをインポートすることになるため、その月は有料会員になる必要がある。更に、エクスポートの形式はJSONで、標準的なオープンなフォーマットなのはいいが、仮にサービスが終わってしまった場合、簡単にはEvernoteに戻れない(フォーマットを変換すればいいとは思うが、結構面倒だ)。だから、「すぐに乗り換えよう!」とは思えなかった。

探している時に感じたのは、どういう訳か、マークダウン(HTMLのように、書式をコマンド文字列・記号で指定する(→ 参考)。なぜ、マークアップでなくマークダウンというのかは不明だし、僕にはどうだっていい)を使うサービス・アプリが多いことだ。大抵は、それが通っぽい(とは書かれていなくて、「書くことに集中できる」とか書かれている)という認識のようだ。

へえ。もちろん、好みの問題だから何を使おうと自由だが、世の中には変人が多いものだ。「文章」を書きたいのに、プログラミングのように、いちいち書式の指定方法を思い出したり、書式がメニューで指定できるにしても、プレビューしないと書式が確認できないののどこが書くことに集中できるのかと思う(使わないから別にいいけどw)。そんなんだったら、書式なしテキスト(プレーンテキスト)のシステムの方がマシだと思う。

そんなマークダウン勢の一つに、(エゴサーチされて文句を言われるのが嫌なので)名前は書かないが、マークダウンであること以外は結構良くて、我慢して使おうかと思い掛けたものがあったのだが、 「『デジタルクリエーター』なる人は(普通の)WYSIWYGのエディタでなく、マークダウンを使う」(大意)とか書かれていて、それを読んだ途端に、意識高さが押し付けがましくて却下した。僕には、クリエーターとマークダウンがどのように結びつくのか、さっぱり理解できない。単に「クリエーター」と言いたいだけじゃないの??

(ここからさらに余談) だってだよ、その人の言う「クリエーター」が何を指すか知らないが、(分野は違うが)音楽だって書道だって文学だって、演奏者や作者は演奏したい・書きたいように表現している訳で、一本調子で演奏しつつ、MIDIみたいに「大きい音でスタッカートです」とか言ったり(更に、コンサートではMIDIのデータとか印刷物を配って、「あとは自分で再生して下さい」とかw)、書を全部同じ文字で書いて、赤で「大きいサイズの篆書」とか文字の横に書いたりしないでしょう(作曲家は楽譜に文字や記号で指示を書くけど、そうするしかないからで、もっといい書き方があればそうするはず)。文学は基本は全部同じ文字で書くが、昔は原稿用紙に手書きしていて、作家によっては、マス目を無視して、(表現の一環なのか、単に気分なのか)書きたいように書いていた(→ 。それが出版物にはほとんど反映されないのは、ちょっと残念である)。

そういう指示を書くのは編集とかの裏方さんであって、それを「クリエーター」というのなら分かるが(悪いけど、僕は編集者はクリエーターとは思わない。というのは、編集者だけ居たって作品は生まれないから)、それにしたって、マークダウンで書式を指定するのは、本来の仕事(文章を書く)以外の余計な作業としか言えないね。せいぜい、システムの内部で機械が使うもので、人間は使わない、表面には出さない・出すべきでないものだ。

という訳で、web版のEvernoteを我慢して使うか、バックアップの不便さを我慢し、将来の不安を抱えながらNimbus noteに移行するかの、(究極の?)選択となった。まあ、何かあるまでは様子見かな。。。

(12/8 21:09) 別の投稿に書いたが、Evernoteのweb版がiPhoneで書いたノートを上書きしてしまったので、ブラウザ版は懲り懲りだ。それで、Linuxはブラウザ版になるNimbus noteは却下にした。あとは、EverPad(昔のEvernoteのアプリ)かZoteroしかない。前者は、新しいOSでセットアップする必要があり、後者は、バグがあって同期できないiPhoneアプリPaperShipの、WebDAV機能で同期できるかを試す必要がある。どっちも面倒だ。

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ちょっと前のニュースで、会社の飲み会で年上の人からされる嫌な話のランキングがあったのだが、それがみごとに全部、昔の話だった。

話す人が若かった頃に流行った歌、アイドル、ドラマ、アニメ、プロレス、野球(試合)などなど・・・

まあ、そうだろう。僕だって、興味のない昔話を偉そうに半強制的に聞かされるのは嫌だし、そもそも、何が楽しいのか全く分からない。だから、僕は、そういう話は相手から聞かれるか、相手が好きだと分からない限り、しない。こっちだって、話したってつまらないから。

で、ふと思ったのは、クラシック音楽はどうなんだろうということだ(そのランキングにはなかった)。単に興味がないだけで、「昔の話」とは思われない(もちろん、昔来日した演奏者のライブの話とか、昔の偉大な演奏者(カラヤンだのベームだの)の話などは論外で、せいぜい、「*の曲はいいんだよ」程度)ような気がするのがおもしろい。突き抜けて古いと、古いとは感じないのだろうか?

要は、クラシック音楽はいつも新しいのだ。と書くのは、愛好家の手前味噌だろうw

そして、ビートルズだってクラシック音楽級だと思うが、残念ながら微妙にアウトな気がする。

客観的に書けば、確かに50年くらい前はすごく斬新な音楽だっただろうけど、今の人からしたら、やっぱり古いと感じてしまうだろう。曲や音作りはもちろん(おそらく、現代の曲の当たり前になっているからではないか)、ラブソングの詞は黒歴史レベルに痛いだろう。

今、更に思ったのだが、こっち(若くない人)だって、若い人から今の流行(ドラマだのお笑いだのJ-POPだの映画だの)の話をされても、やっぱり嫌な気がする。だから、結局はお互い様で、適当に話して適当に相槌を打てばいいのか?w

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先週の土曜日から、ピロリ菌の除菌薬を飲んでいる(検査したのは結構前だったが、診察が混んでいる関係で今になった)。それをもらう時、副作用で下痢になる人が多い(確か75%とか)と聞き、身構えていたのだが、まだその兆候すらないから、僕は大丈夫なのだろう。確かに、昔から何かにつけて(主に風邪: これは日本の医者の悪い習慣だ)抗生物質(今回の薬もそうだと思う)を飲んでいたから、胃腸が慣れているのだろう。が、果たしてそれでいいのかとも思う。ピロリ菌も耐性菌になっていることはないのか? まあ、飲み終わったら検査するようなので、それで分かるはずだ。

それにしても、その薬の名前は「ボノサップ パック」という。どうしても、懐かしい人を思い浮かべてしまう。彼のように強力に(調べたら、意外に負けが多かったようだ)ピロリ菌を殺してくれるのかw 彼は今は何をしているのだろうか?

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昼にいつもの蕎麦屋に。

心の中で「猪瀬さん」(元都知事に似ているので)と呼んでいる人が、お店の元気なおばあさんと談笑していた。ふとテーブルを見ると、珍しく、ノンアルコールビールが載っていた。

が、彼が帰る時、「酔って気持ち良くなっちゃった」と言っていたので、最初は本物を飲んだのかと思った。

が、帰ったあとで、いつもの店員のおばさんが、「あら、間違ってノンアルコールビールを出しちゃったわ」と言っていた。「まあ、気持よくなったからいいんでしょう」とも。他の店員さんも、「知り合いに(ノンアルコールビールでも)酔った感じになった人が居るんですよ。雰囲気なんですかね。」などと言っていた。

内心、「値段は同じなのか」と思ったが、まあ、気持良くなったからいいのだろうw

まったくのどかな昼下がりだった。

 

以下余談。

  • おばあさん(猪瀬さんと)の話では、京都の芸妓・舞子さんは笑わないとのこと(理由は不明)。あと、写真に写る時は手を隠すと(手が悪いことをするからとか)。
  • おばあさんが読んでいたスポーツ新聞の下に並んだ、熟女のDVDの広告(大体は文字だけ)の文句がすごかった。スポーツ新聞の読者は熟女好きなのか。
  • 帰りに寄ったスーパーに、すごく清楚なお嬢さんが居た。前にも見たことがある。ボブで色白で、虫も殺さないような人だ(実際は違うだろうがw)。「探偵物語」の頃の薬師丸ひろ子の雰囲気だ。あんな人がこんな田舎で何をしているのか。まったく、眺めるだけで心が洗われそうな(実際には雑念が浮かびまくったのだが)人だった。
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(ほとんどそのまま、日記からの転載)

朝、現代ビジネス(web)の堀 有伸 「日本人の「心情」はすでに大震災前に戻ってしまったのかもしれない」に載っていた、中根千枝という人が「タテ社会の人間関係」 (1967)に書いた(リンク先より転載。太字は筆者)

とにかく、痛感することは、「権威主義」が悪の源でもなく、「民主主義」が混乱を生むものでもなく、それよりも、もっと根底にある日本人の習性である、「人」には従ったり(人を従えたり)、影響され(影響を与え)ても、「ルール」を設定したり、それに従う、という伝統がない社会であるということが、最も大きなガンになっているようである

を読んで、まさにその通りだと思った。僕が感じていたこと(例: 「田舎者」)が的確に示されていると思った。そして、日本人の行動が大昔から変わっていないことも確認できた。

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