Archive for March, 2023

数日前に、ツイッターが切っ掛けで※題に書いた演奏があるのを知った。アムラン(Marc-André Hamelin)は以前にもアンスネスとの「春の祭典」(2台ピアノ版)を買ったりして、結構気になって居る人だ。

彼は有名人には珍しくフレンドリーというのか、彼に楽譜の一部をツイートすると、どんな難曲でも(?)(即座に?)それが何かを当てるという「掛かって来い!」的なことをやっていて、その点でも いい感じだ。

※元は何だったか思い出せない。調べれば分かるが、本題ではなく面倒なので、今は止める。本人のツイートの関連だったか。そう言えば、ラフマニノフの命日(3/28)に関連して、誰かがこの演奏を褒めていた気がする。

ただ、ポリシーなのだろう、Spotifyなどには ほとんど配信されていないので、作品(演奏)があることを知ったり試す機会が ほとんどない。特に、過去の作品はレコード販売店の広告にも出ることが少ないで、気付かない。ポリシーは人それぞれなので仕方ないが、作品に触れる機会が減るのは どうなんだろうと思う。

でも、以前見た、自分で配信を許可した癖に「金にならない」とか文句を言ってた奴(日本人)に比べれば、全く真っ当だ。

この演奏に関しては、試聴した感じが なかなか良さそうだった。上述のとおり配信されていないので、昨日、ものすごく久し振りに(約5年振り)に買った(Hyperionでダウンロード購入)。

なお、本来のアルバムとしては もう一曲(Medtnerのピアノ協奏曲第2番)あり、試聴の断片では まあまあだったのだが、Tozerの演奏(2005)を聴いてみたら、プロコフィエフ的、あるいはラフマニノフの好きでないピアノ協奏曲的な「変さ」があって苦手な感じだったので買わなかった。そういうのは大昔は好きだったが・・・

ただ、途中で止めるほどでないのが微妙だった。それでも、買っても一回だけしか聴かないと思う。

聴いてみると、試聴の時と同様にテンポの遅さが目立つ。そのため、好きなルガンスキーの(2003)とは随分違うが、落ち着いた感じでいい。僕は遅過ぎる演奏は嫌なのだが、そこまで遅くないのが絶妙な感じだ。しかも、近頃好きになっているアンスネスの多くの演奏(この曲では2010)とは違って、僕の好みとの違いは感じるものの違和感はない。そこでも「絶妙」だ。

アンスネスについては、モーツァルトのピアノ協奏曲(2021, 2022)について書きたいと思って居たけど手を付けていない。概略は、全般的に、彼の演奏は最初はすごく違和感があって拒否反応が出るが、我慢して(?)何度か聴くと馴染めることが多いのが全く不思議だということだ。ただ、出てすぐ評論家などに絶賛されているので、客観的には何も問題はなく、僕の好みとの相性なのだと思う。

ルガンスキーは いいのだが、アムランに比べると直線的とか直情径行的というのか、(それはそれで気持ち良くて好きなのだが、)深みが足りないように思えてしまう。だから、これからアムランを繰り返し聴くうちに、僕の中でルガンスキーを超えるかも知れない。

直情径行的と言えば、断片(今のコンサートまたはツアーのリハ)しか聴いていない、かつ曲が違うが、ワン(Yuja Wang)のラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番は パワフルかつスピード感があって、是非聴きたいと思った。それとアムランは対極的・正反対な気がする。でも、どちらも好きだ。

 

(以下は技術的、あるいは、僕の耳に関係する話)

買う時に、フォーマットがいくつかあって迷った。もちろんMP3でなくFLACなのは決まりだが、CD品質(44.1kHz, 16bit)と「ハイレゾ」(96kHz, 24bit)で迷った。最初は、持論のとおりCD品質で充分だと思って決めていたのだが、注文する直前に迷いが出て「試しに・折角なので」ハイレゾ版にしてみた。値段はGBP 9.15(約1500円)で、CD品質より約500円高かった。

96kHzは再生時にサンプリングレート変換が必要になるため※、耳の問題が起こらないか心配があったのだが、買ったものを聴いたら当たってしまった。どういう訳か、第3楽章だけで問題(唾飲み時の違和感)が起こった。近頃は起こって居なかったので、いつもの耳の調子やオーディオの問題では なさそうだった。

※再生ソフトもサウンドカードも96kHzに対応しているが、JACKの設定が44.1kHzなので、そこに入れる時に変換が要る。

そこで、試しにsoxコマンドでサンプリングレートを44.1kHzに変換したものを再生したら、大丈夫そうだった。それから、再生時に(再生ソフト(gmusicbrowser)でなく)PulseAudioでサンプリングレート変換して試したら、わずかに唾飲み時の違和感が起こった。ただ、最初(再生ソフトで変換)よりは軽かった。

推測だが、再生時のサンプリングレート変換は品質が今ひとつ(例: 歪みが多い、超低域の変動が多い)だとか、PCの負荷状態でタイミングがズレて(= ジッター)耳に問題が起こるのかも知れない。

なお、第1楽章のスペクトラムを比較した限りでは、96kHzとsoxで44.1kHzに変換したものに大きな差は見られなかった。※ ただ、平均的には差がなくても、ダイナミックな特性が異なる可能性はある。

アムランのラフマニノフ PC 第3番 第1楽章 (左チャネル)のスペクトラム: 赤: 96kHz, 青: soxで44.1kHzにダウンサンプル

※もちろん、グラフの右端を見ると分かるように、96kHzのものには(44.1kHzの上限の)22.1kHz以上にも微量ながら成分がある点は異なる(が、そこらは まあ、雑音と思われる)。

という訳で、今回も余計な思い付きは失敗した。まあ、後付けだが、96kHzは駄目だったものの、24bitはCD品質(16bit)よりダイナミックレンジが広いという点でハイレゾ版にした価値はあった。※ 今後は、まずないだろうけど、44.kHz, 24bit版があれば それにしたい。

※とは言え、ちゃんとした音源であれば聴いて違いが分かるものではなく、フィルタなどの処理をした時に効く程度だと思う。

あと、書いたあとで思い出したが、上のグラフのように、96kHz版には どのくらい超高域成分があるかを調べたかったw

 

PS. なぜか ページ右側のフォントサイズが小さくなってしまった。何もしてないはずなのに・・・ またTODOが増えた。 ← 開発者ツールで調べたら、リンクしていたHyperionのOpen graph protocolでのページアイコンと説明がページ全体に影響を及ぼしていた。なぜか、この稿の下と右側をsmallにしてしまう。: あっちも こっちも いかんなあ・・・ → とりあえず、URLを昔みたいに書いた。

HyperionのページのOGPが その下と右側をsmallにしてしまう。

更に調べたら、HyperionのページのOGPのプロパティ(og:description)にHTMLタグが含まれているうえに 正しくないことが分かった。: あっちの作成ミスなんだろうけど、こっちも対処しないとXSSみたいなことに使われそうだ。

とりあえず対応(変なプロパティがあるOGPは破棄する)した。それで、リンクを普通に戻した。 (21:17)

  •  0
  •  0

(去年の12月に書き出したまま溜まって居たものを、簡単に仕上げて消化する。)

以前、DAC(サウンドカード, ASUS Essence STX II)が劣化したために耳に問題(例: 耳閉感)が起こるのではないかと考えて次期DACを探して居たのだが、必要/最低条件(Linux対応、要求特性(特に歪み、SNR)、非中国店、DACチップのメーカー(非ESS、非Cirrus(特に古いもの))、嘘つきでない)だけで ほとんどなくなった。: 延べ50以上の製品を検討したが、Audient iD4 mkIIとFiio K7だけが辛うじて残った(どちらも「あえて選ぶとすれば」的)。

iD4 mkIIには気になる点(例: 「爆音の雑音が出ることがある」という口コミ: 問い合わせたら対処中とのことだったが、その後 直ったかは調べていない)があるものの、日本の代理店 オールアクセスのサポートは真摯で好印象だったことは特記しておく。

 

駄目な製品・会社・店のいろいろ

  • (電源on/off時などに)ポップ音が出るか出ないかは ほとんど分からず、問い合わせても「出る」というものばかり。
    • 曲がりなりにもオーディオ製品なのに、ポップ音が出るのを放置するのは どういう神経かと思う。
  • ものすごくクソな製品も いくつか。
    • 高級部品を使っているのに特性がクソで無駄そのもの (「黒いライオン」のもの)
  • サウンドカードはゲーム用ばかり・・・
  • 基板販売も駄目 (DAC基板を今のサウンドカードのPCIeインタフェースに繋げて、DAC部をすげ替えることを考えた)
    • 基板に限らず、個人の店は やっぱり駄目。
      • 他のページでは散々特性に こだわっているのに、なぜか頒布品の特性は出さない。
      • 問い合わせしても無視する店※もあり。: 都合が悪いことは なかったことに?
        • ※なぜか名前に"Li*ux"と入っている、なんか おかしい店。
      • 独自理論はもちろん、部品配置を(勝手に統一した、狭い)基板サイズに合わせる本末転倒な店もあり・・・

嘘つきのいろいろ

  • 製品の特性にDACチップのカタログスペック(実測値でない)を書く。
    • 問い合わせると それが正しいと言うけど、物理的に ありえないし、さまざまな製品をレビューしているサイト(人)による値が全然違う会社もあった。
  • そもそも特性を出さない。
    • 問い合わせても出さない。: 会社だったら測ってない訳はないので、何かマズいことでも?

ここまで(の草稿を)書いた後、(去年の年末に)Creativeから唐突にSound Blaster X5が出た。が、DACチップのカタログスペック(→ 嘘つき)と参考にならない特性のグラフ(実測)※を取り混ぜて示していたり、予想通りサポートがクソで本当の特性を聞いても教えてくれないので、他者のレビューを待っていた。ただ、レビューが出て特性が良くても、そもそも「嘘つき」なうえに あのサポートでは買いたくないと思って居た。

※なぜ無意味ものを出すか分からないが、売る人が無知で、何か出しておけばいい(多くの人は誤魔化せる)とか思っているのだろうか? あるいは他の実測値は良くないのか。

結局、未だに まともに特性を測ったレビューが出て来ない(あった気もするが、忘れた: つまり、特段買う気にさせる結果では なかったということだろう)。しかも、ボリュームに問題がある(例: 突然音量が大きくなる, ソフトでの音量変更とノブでの変更が不整合になる)という情報があったので、それも合わせて 出来が悪そうなので却下した。

そう言えば、日本のwebサイトのレビューで、いつもは ちゃんと実測値を出しているのに、これの記事では出さない人が居た。その理由はASIOに対応していないからのようだったが、だったら別の方式(例: WASAPI)で参考値として出せばいいのではないか? 実測の特性を出さないのなら、レビューの意味は ほとんどないと思う。 → 結局、広告だったのか?

広告ではないにしても、意外に科学または論理的な意識が低い方だと思った。

 

そして、劣化したと考えていた今のサウンドカードは基本的には大丈夫なようで、アンプと共に改良(改造)して※問題なく使っている。いつかは壊れるのだろうが、上に書いたように 今は良いものがないので、使えるうちは使い続けたい。

※詳細は追って書きたい。

 

(3/30 5:47-11:13 修正・補足)

  •  1
  •  0

しなくちゃならないけど面倒で、なかなか進まないことが溜まった。ただ、いくつかは事前の予想と違って すんなりできた。

  • PHPとLinux Mintの更新。。。
    • 久し振りに両方がメジャー更新なので、互換性の事前確認をする必要があったり、更新中・後に必ず問題が起こるので、全く気軽にできない。
      • ただ、Linux Mint(実際にはUbuntu)を更新すれば それに含まれるPHPも更新されるので、手間は少ない?
    • デスクトップだけでなくサーバもなので、面倒さは2倍だ・・・
    • まあ、Winのように鬱陶しい通知や強制更新がないから、自分のペースでできるから助かる。
  • [済] digiKamの更新: 比較的容易に更新できた。結構改良されていた。
    • メジャー更新直後は まともに使えなかったので2年近く放置していたが、今回は ちゃんと動いて良かった。
    • ただ、どういう訳か、OSの再起動後に一度カタログ(画像のディレクトリ)全体を更新しないと、新しい画像が自動認識されなかった。
  • [済] Spotifyのアプリ: 旧版から現行版に乗り換えた。
    • 現行版だと耳に問題(例: 耳閉感)が起こるので旧版を使っていたが、逆に以下のような問題が起こるようになったので、乗り換えた。
      • Autoplayをoffにしているのに、ミックスやアルバムが終わると勝手に曲が追加されてしまう。
      • レイアウトがおかしくなった。: 例えば、Made for youのアイコンが巨大になってしまう。
    • 耳の問題は、オーディオシステムの改良(あとで「その後」(完結編?)を書きたい)の効果か、あるいは、季節が変わって耳の調子が良くなったのか、起こらなくなった。
      • 想像では両方だと思う。: 現行版のアプリは旧版より耳に良くない音(超低域(例: 10Hz以下)と推測している)が出やすいのではないかと思う。
        • オーディオを改良して それらの音が出にくくなり、また、春になって耳の血行が良くなったために問題が起こりにくくなったのではないか。
          • → 改良が片付いてから原因を調べる予定だが、おそらく再現せず分からない気がする。その場合は次の冬に確かめられる。
  • [保留] スマフォの買い替え? → 壊れるまで保留にした。
    • OSが古くなってセキュリティの問題はあるが、「今まで大丈夫だったのでヨシ!」ということにしたw
    • 今のスマフォに格別欲しいものがない。
      • いろいろ退化しているのが許せない。
        • 例: 巨大で重いものばかり、画面にカメラの穴・・・、背面に不格好なレンズの出っ張り、通知ランプがない、イヤフォンジャックもない。
      • 買うならAQUOS sense 7だろうけど消去法で、特別欲しくない。

 

結局、溜まっていたけど残りは1個になった。

が、その前に、オーディオの改良の片付け(最終チェック・まとめ)をしなくてはいけない。1個謎は残って居るものの問題なく聴けているので、なかなか面倒になってしまったw

 

(3/28 6:53) が、その後、厄介なものが2つも増えた。。。

  • Joplin (ノートをPCとスマフォで同期するために使っている)の代替探し?
    • 少し前から、スマフォのJoplinアプリの同期が開始するまでに すごく時間が掛かるようになったので、アプリのストレージを消して再設定して同期(ダウンロード)しようとしたら、何時間掛かっても終わらない。
      • 仕方ないので、サーバ側のノートなどを全部削除してPCから再アップロードし、そのあとでスマフォに同期(ダウンロード)しようとして居るが、これで直るか分からない。
      • → PCからサーバにアップロードし直し(これも遅く、約5時間掛かった)、スマフォにダウンロードしているが、約0.6ファイル/sと余りにも遅い。 (3/28 13:35)
    • 以前からJoplin(開発の仕方と出来)は怪しいと思って居たが、そもそもクソな(設計がひどい※)ことが確定したので、他を探し始めた。
      • ノートをスマフォに同期できて表示できるだけで良い。
        • 今のところ、Zettel Notesが良さそうだ。
      • ※サーバでノートやリソース(添付画像)が それぞれ全部単一ディレクトリに格納されるため、ディレクトリが肥大化してしまう。論外な作りだ。
        • 何らかの上限はあるだろうから いつか破綻するし、それ以前にも同期の効率が悪くなるだろう。
          • これが問題の原因かと思っている。
        • クライアントでもリソースは単一ディレクトリに入る。
    • ※他にも、Androidアプリの同期がクソ遅い問題を抱えている方が結構居るようだ。: 例: Sync issues finally drove me away from the Joplin note-taking app (2022)
      • 上の方は、僕同様にJoplinから他に移ることにしたとのこと。 (その後は不明)
        • ノート数が増えると遅くなるとのことなので、上に書いたように、ノートなどのファイルを全部単一ディレクトリに格納しているのも悪いのではないか(それだけではないと思う)。
      • フォーラムにも何件か問い合わせがあるが、やっぱり暖簾に腕押し状態で、結局、(以前も書いたが、)ユーザのことは どうでも良くて、自分のやりたいことしかしない人たちのようだ。
        • 結局、そういうお遊びが おもしろい人が使えば良くて、僕らのように(Joplinの志向を誤解して)真面目に使おうとする者には全く使いものにならない。時間と手間の無駄だ。
  • NextCloud(PIMやファイル共有)の代替探し?
    • ちょっと前にバージョンアップしてから、管理画面のUIが醜くなり、スクロールバーでのスクロールが効かなくなってしまった。
    • フォーラムを見ると、何件か問い合わせがあるにも関わらず、「再現しない」や無視していて、Joplin同様にクソな体制と出来になってしまった。
    • OwnCloud(OCISという新しい版が出た)に戻るか、他(例: Seafile)にするか考えている。
  •  0
  •  0

ちょっと前に 掲示板のまとめサイトだったかのレスで見たのだが、独身男性は寿命が随分短く、約67歳ということだ。最初は そのページの性質上、でまかせだと思ったのだが、その後に見た別のサイトの記事にも書いてあったし、調べたら本当にそうで、中央値がその値とのことだ。

うむ。あと10年もないが・・・

まあ、必ずしも中央値までとは限らず、少しは長いかも知れないが、短い可能性もある。が、数倍も変わることはなく、せいぜい±10年 → 約(57: これはパスしている)-77歳、あるいは、現在の年齢+15年 → 73歳てとこだろうか。

結構 寝耳に水的ではあるが、それほど がっかりもしていない。そもそも残りの年数が確定していないので、がっかりしようがない。強がりと思われるだろうが(そう思われても良い)、原因不明で難病の可能性があって、いつか動かなくなる可能性のある手脚の不調もあるし、(今までも・今は更に)クレイジーな日本が今後良くなる可能性は まずないので、余命が短いのは却って好都合だと思うくらいだ。

が、残り年数が確定していないので、今すぐ どうすることもできない。分かっていれば、将来の生活とか健康とか気にせず、今以上に好き勝手に生きたいところだが、そうも行かないというのが正直なところだ。

もちろん、今は自分から終わりにするつもりもない。今は、今までより ずっと(1/10くらい?)、苦しいことや嫌なことが少ないからだ。

気になるのは、寿命が尽きる時の状況だ。※ 以前も書いたが、「気付いたら死んでいた」が最高だ。頭や身体が動かなくなって ただ生きているだけとか苦痛が長引くのは避けたい。とは言っても、それも選べないのが難儀なところだ。

※それが分かるかと思って、今流行りのChatGPTに(試用の一環で)死因を聞いてみたが、健康や医学に関することには答えないようになっていた(病院や保健所などに当たれと)。統計的な情報すら教えてくれなかった。そういう意味では、AIは それなりに堅いが、「使えない」ものだった。 (AIの話はあとで書きたい。)

まあ、論理的に考えると、例え統計的なことが分かっても、自分がそうなるとは限らないから、無意味なのかも知れない。

  •  1
  •  0

(時々書いてる気がするが、まあ、「忘れた」とか「重要なことだから何度も言うよ」ってことでw)

音楽(収録された演奏)は高音質(例: ハイレゾ)だから いいんじゃないし、写真や絵は「高画質」だから いいんじゃない。ラジオだってモノラルだって、白黒だって画素数が少なくたって問題ない。いいものは いい。

逆に、演奏だったら、アナログ、レコード、真空管だから良さが分かるってこともないと思う。

でも、もし原音や元の画像や絵を そのまま聴ける・見られれば、元々の良さが より伝わるだろう。だから、そのために、再生機器の忠実度は なるべく高いほうが良いと考える。

それと趣味もあって、僕はアンプなどの改良を頑張っているが、興味や「謎」の解明などで すること以外は、無駄に やり過ぎないようにしている。

ただ、元がクソなものは、いくら いい機器を通そうが クソのままだ。あと、再生機器が勝手に「色」を付けてしまうのも良くない。再生機器は楽器やカメラなどの「生成」機器ではない。オリジナルにない成分を加えては いけない。元々に ないものが追加されたものを「良い」と思うのは、違うと思う。そうではなくて、「元」を完全に再現することを目指そうではないか。

というのは僕の考えで、もちろん各自の好みだ。料理に好みの調味料を加えるのと同じだ。それを「イカン!」という料理人も居るが、多くは鬱陶しいだろう。

 

これは、(以前の稿と同様に、)ツイッターに流れてくる名画や写真を見て思ったことだ。古くて白黒だって、縮小されて小さくたって全く問題なく楽しめることから、書こうと思った。

それに関連して、たまに、他人が投稿した白黒写真に(AIで)着色して再投稿する人が居るが、技術的には おもしろいものの、余計なお世話、「イラネーヨ!」と思う。

  •  0
  •  0

去年の夏に2または3(あるいは それ以上)回目の修理をしたMicrosoftのマウス※のホイールが もう駄目になった。: 数日前に、急にホイールの回転が重くなった。その時は、都合良く、季節の変わり目のせいで一時的なものかと思ったが(生き物じゃないんだよw)、直るどころか回転しなくなるようになって耐えられなくなった。見たら、前回の修理でホイールに巻いて貼ったゴム(輪ゴムを切ったもの)が緩んで*、特に繋ぎ目の厚い部分が穴の縁に接触して回らなくなって居た。

※もう十年以上使って かなり古い。貴重だとか思い出があるとか性能が良いとかではなく、他に いいものが見付からないのだ。だから、「使い勝手が良い」が一番近い理由だろう。

*緩みはしたものの 繋ぎ目はしっかりしていたので(→ 参照: 写真: 下)、ホイールへの接着がうまく行けば、ゴムでも充分行けそうだ。

壊れるたびに気付くが、ホイールは意外に重要で、動かないと かなり不便だ。だから、面倒だけど取り急ぎ直すことにし、どう直すか考えた。: 穴を広げて接触しないようにするのが一番楽そうだったが、更にゴムが緩んで また接触したりズレたりしそうだったので、前回の修理の時に使おうと思って買った(けど気が変わって使わなかった)、大きい熱収縮チューブ(写真: 輪ゴムの上の黒い四角)を使うことにした。

ホイールの幅より少し広目に切って、被せて熱すれば万事うまく行くはずだったが、今回も そうは問屋が卸さなかった。

買う時に径を良く確認しなかったため(したつもりだったが、甘かった)、予想以上に大きく、随分余った。ホイールの径は約2cmなので、3cmのチューブなら大丈夫そうだと思って買ったが、たった1cmの差なのに大き過ぎた。

そう言えば、2.5cmが欲しかったけど なかった気もする。

チューブの径が表示より広いのかと思ったが、不思議なことに、実際に幅を測って径を計算すると正しかった※ので、この幅・余りで正しいようだ。まあ、僕にはその辺りの工作の勘がなくて結構失敗している(例: コードの長さがパツパツ・長過ぎ)から、そういうことなんだろう。

※チューブの直径の求め方: 半径がrの時、直径は2rで、チューブの円周の長さは2πrである。一方、チューブを平らにして測った幅をwとすると、その2倍が円周だから 2w= 2πr → 直径2r= 2w/π となるはず。

余談: 数学が苦手なので、上は おぼろげな記憶や勘から導いたが、今はAIに聞けば分かるのだろうか?^^

実測ではwは約5cm(外側)だったので、直径は2*5/3.14= 約3.2cmとなり、チューブの厚さを考慮すると、内径は表示どおり約3cmと推定できる。

余りにも余りが大きいので、果たして熱して ぴったりになるか心配したが、50%まで縮むとあったので半田コテで根気よく熱したら、時間は掛かったものの なんとかなった。ただ、縮む限界なのか微妙に緩かった。あと、周の幅方向の片側の余りが穴に接触するので切った。また、切っていない側に余裕がなく抜けやすいので、両面テープで貼った。※

※ここが弱点で、そのうち剥がれてズレる気がしている。

終わってから気付いたが、チューブをもっと広く切って、抜けやすい側にも充分な余裕を保たせれば良かった。両方とも縮みを考慮したつもりだったが、ホイールの周の断面は片側が斜めになっているので、縮めた時にチューブが片方(切った側)に寄ってしまったようだ。

まあ、少し前の操作感が嘘のように軽く回転するようになった※うえに、ゴムと違ってツヤまであって見た目が本物のように良くなったので、「しばらくはヨシ」である^^ あと、余りとかズレの問題を除けば、熱収縮チューブを使うアイデア(指サックを切るとか、結構いろいろ考えた末に思い付いた)がうまく行ったのも気分が良い。

※ということは、繋ぎ目以外も結構前から擦れていたようだ。: 確かに、写真を見ると、ゴムの繋ぎ目でない角も穴に当たっている。

ただ、軽過ぎて ちょっと調子が狂うので、もう少し重くても良かった。と、いつもながら贅沢なことを思っている。

最後に いつもの余談を書くと、ケースを止めるネジが1個なくなった。: 組み立てる時に落ちて、どこかに行ってしまった。

いつもは探せば見付かるのだが、今回は駄目だった。(エネルギー保存則とは違うが、普通の物は自然に消滅することはないので、)こういうのは忘れた頃に思わぬところから出て来るはずだが、一体どこに行ったのだろうか?

まあ、力が掛かる訳でもなさそうで、3個のうち2個で止まっているから大丈夫だろう。

→ (3/15 5:53) 見付かった。: 落とした時に その辺りで姿が消えたので怪しいと思って居た、足元のゴミ箱だった。ただ、中ではなく、中に入れているレジ袋の外に出した部分に引っ掛かっていたようだ。ゴミ箱を傾けて少し揺すったら落ちて見つかった。道理で いくら床を探しても見付からなかった訳だ。それにしても、良く、ゴミ箱の中を見た時に落ちなかったものだ。

 

(3/17 18:18 若干加筆・修正)

  •  0
  •  0

(以前にも書いたかも知れないが、忘れたので改めて書く。)

僕は今は音楽は好きだけど、子どもの頃は そうではなかった。大嫌いではなかったが、無関心だったように思う。※ そして、今にして、学校、先生、親などが敵や障害だったことに気付いた。

※流行歌などは好きだったが、自分では「本物の音楽」とは全く違うもの・世界の扱いだった。

まず・例えば、小学校の音楽の授業が ひどかった。

なぜ、説明もなしに知らない・好きでもない曲(しかも次々と!)の楽譜の音階を読まなくてはいけないのか※、なぜ、ハーモニカだの笛*だのオルガンだので楽譜どおりに演奏できなくてはいけないのか、その「演奏」は単に楽譜どおりに指が動けば「良い」のか、芸術は感性のものなのに、なぜ、テストや点数があるのか。

※当時の僕には(今でも!)、楽譜の決まりは複雑で、理解困難で覚えきれなかった。更に、時間を掛けて読めても駄目で、演奏の時にリアルタイムで読めないといけないのが ものすごいハードルだ。

*ちゃんと弾く(まず音を出す)のが大変な割には音がしょぼく(もちろん、下手なせいはあっただろう)、全然おもしろくなかった。

あと、演奏と同様に、定説・常識や先生の考えどおりでない表現や意見は即座に却下され・こき下ろされ、テストでは×になったのもひどい。もしかしたら、僕らに何らかの考えがあって、(常識的ではないように見える)変な表現をしたかも知れないではないか。それが完全に間違っているという根拠はあるのだろうか?

僕らの表現を理解しようとせず、単に型に合わないだけで「違う」と却下するのはひどい。* そもそも、「先生」と言うが、一体どこまで、音楽など教える分野に通じているのか怪しい。※ 是非、自分が教える資格(もちろん「紙」じゃなくて)があることを証明して欲しいものだ。

*学校でない先生もそうだったので、大変萎縮して余り楽しめなくなった思い出がある。

一つエピソードを書くと、ある乗りの良い(と僕が感じた)曲を自分なりに気持ち良く弾いたら、珍しく ちゃんと弾けたのに「違う」と否定されて がっかりしたことがあった。古典的規則としては確かにそうで、1拍目は強くとかそういうのには合ってなかった(にして思えば、僕なりにバックビート@で弾いたつもりだった)。が、僕の意図・表現を理解しようとしてくれてもいいのではないかと思った。

「バックビートも楽しいけど、これは そういう曲じゃない」とかだったら、まだ良かった。

@YouTubeでバックビートの例を調べたら、良いものが少なく、Bruno Marsのが(中身は良く分からないながらも)しっくり来た(自然に乗れた: 「これで普通じゃん」て感じ)。日本人だと これの説明が良かったが、8分音符のせいか若干分かりにくかった。

若干雑な気はするが、ピアノで一番分かりやすいのはこれだった。雑とは言え、「ネイティブ」だから確かだろう。僕も、こんな風に乗って弾いた気がする。。。

その伏線とか背景に、その方は たまたま掛かったビートルズの中期の曲を「気持ち悪い」と切り捨てたことがあった。それでも かなりがっかりした。「嫌い」なら仕方ないし、そういう意味だったのかも知れないが、「気持ち悪い」は ちょっと違う。

プロとして、(曲がりなりにも広く受け入れられた曲・演奏に対して)そういう表現で切り捨てるのは 適切だろうか? 自分の曲や演奏が そう言われたら どうだろう?

これ、「春の祭典」の初演の時の騒動みたいだw 要するに頭が硬いってことか。

※「音楽」だけにしたって、ものすごく幅が広く奥も深いのに、良くその「先生」と名乗れると思う。

あと、定期的なテストなどの時に、みんなの前で演奏させられるのは苦痛でしかなく※、一種の いじめやハラスメントだった。

※当然ながら、弾けなかったら怒られたし、間違ったら笑われた。もしかしたら、(間違ってないのに)自分なりの表現をした人も笑いものになったかも知れない。

テストではないが、間違わずに弾ける(≒ 指が動く)ようになるまで延々と練習させられたこともあった。今にして思えば、サーカスの動物の芸みたいなものだ。

全く疑問や怒りだけだ。

そもそも、明治時代に学校で音楽などの芸術の授業が始まった理由は分からないが、国民の知性の底上げをしようとしたのだろうか。そういう考えは間違っていないが、何も考えずに延々と続けていたのがおかしい(ただし、今の学校はどうだか分からない)。

そういう授業のやり方こそ、良くやり玉になる「sin, cos」※以上に無駄なものだ。

※もちろん、sin, cosは全く無駄ではない。

音楽や図工・美術のような芸術※の授業では「テスト」せず、点数を付けなくたっていいじゃないかと思う。せいぜい、先生が感想や意見を述べるくらいでいいのではないか。だって、プロになろうと思っている子どもは極めて少なく、小中高校は音楽学校やオーディションじゃないのだから。

※芸術じゃないけど体育も同じだと思う。

だから、授業では、各自がそれぞれに「楽しい」とか「おもしろい」と感じる(つまり、楽しむ)こと、自分でやってみたくなることを第一の目標にすべきではないだろうか。その次に、各自が自分の理解・表現ができるようになったら(そういう子が出れば)いいと思う。そうしないと、やたらにハードルばかり高くなって、芸術を志す子は増えないのではないか(まあ、そういう逆境に耐えられないとプロは無理な気はするが、愛好家なら問題ない)。

プロを目指す子は、自分でいろいろやればいいのだ(そもそも、学校の授業でプロは全く無理だ)。それで何が問題なのだろうか?

 

端折るけど、親も同様だ。特別詳しくもないのに、子どもの表現を「おかしい」、「真面目にやれ」などと「評価」したり「修正」したりする。自分が理解できないだけかも知れないじゃないか!※ お前はその分野でどういう経歴・実績があるのだと聞きたい。

※ほどんど居ないと思うが、「分からない」と言う人は一万倍マトモだ。

 

というようなことを、近頃ツイッターに流れてくる名画を見て自由な感想を書いて、思った。

僕は、上と同様な理由・経緯で、美術も音楽同様に好きじゃなかったが、こうやって自由に鑑賞するのは楽しいことが、今になって分かった。

 

PS. とは言え、有名な芸術家も子どもの頃は似たようなひどい環境だったかも知れず、自分の表現をしたくて逆境に耐えて這い上がったのかも知れないので、まあ、芸術は各自の才能や強さによるところは大きいと思うが、ぜめて一般人が好きになる機会を増やしたってバチは当たらないのにと思う。

 

(3/13 20:17 文字抜けを修正)

  •  2
  •  1