出不精だし、ネットや通販が大好きな僕には何も問題ない(逆に、水を得た魚状態だw)。せいぜい、他県に行くと車を破壊されることがあるようだから控える程度だw

が、学校(特に小中)はいまだに休校なのだろうか。新聞とかTVがない(し、調べる気もない)ので確かなことは分からないのだが、どうやらそんな感じなので、学校(どころか何でも)嫌いの僕ですら「それ、大丈夫?」と思ってしまう。学年の始まりからもう一か月以上経っているが、その遅れを取り戻すのはまず不可能ではないか。いつか緊急事態宣言だかなんだかや休校が解除されたとして、それからどうするんだろうかと思う。特に先生なんて、途方に暮れるしかないだろうな。。。

なお、高校生も同様だし、入試もあるから更に大変だと思うが、大学生はいいよ。文句言ってるみたいだけど、普通だったらどうせ遊ぶんでしょ。あ、でも今は違うのかな。だったら済みません。

かと言って、9月入学なんてどさくさ紛れもいいとこで、良く考えろって思う。

いずれにしても、僕には関係ないことで、サボり先輩にならって、「もう、世の中全部、ずっとこのまま だらだら行けばいいじゃん」と思う。が、現実は全然そうは行かないことも分かる。

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(身から出た錆?に追われて疲れた話: 僕しか使っていないソフトの話で普遍性がないが、なるべく一般的に書く。)

数日前、PCを再起動した後に、Linux用音楽プレーヤーgmusicbrowser(GMB, 「僕版」)の再生履歴を自作の音楽再生履歴・感想記録システムMlhiのwebで見たら、アルバム画像がおかしいのに気付いた。別のアルバムの画像が表示されていた。実はこれは今年の3月頃にも起こっていて、GMBの曲の番号(ID)が詰められた(昔のBASICのリナンバーみたいなもの)ため、MlhiのDBに登録されたIDとずれて、別の曲のアルバム画像がGMBから取得・表示されることが分かったので、その時はIDを詰める処理をスキップするようにして解決したと思っていた。

僕としては、ユニーク(重複しない)かつ不変であるべきIDを詰める(変える)なんて意図が理解できない※。詰める理由はライブラリ内の曲が削除されたからだと想像しているのだが、IDは整数で、今は少なくとも32ビット(64ビットだって行けるだろう)だから、少なくとも2000万、あるいは4000万曲には割り当てられるから、使い放題だ。だから、曲を削除してもIDを詰める必要は全くない。にも関わらず、なぜそんな危険で無駄なことをするのだろうか。まあ、作者の思想とか気の迷いなのだろう。

※こういうのが、いわゆる「想定外」問題だ。「普通はないよね」って思うことは、実はいくらでもあるのだ。普通なんて幻想だ。そして、全部「想定外」と言えば何でも許される訳ではなく、どこまで想定したかがポイントだ。偉い人たちは、そこが分かってない(、というかうまく逃げているのだろう)。

それから、そういう事態になってもなるべく破綻しないように作るのも、設計・開発者のセンスとか能力だ。

それに、曲の削除にしたって、個人で何千万曲も入れる訳じゃないから多少無効な曲があったって、(今もそうしているように)フラグだけ設定してエントリは削除せず、残しておいてもいい(それが気になるなら、DBの構造をちゃんとすべきなのだ)。

これに似た問題として、マイナンバーの番号不足を想像する。(以前書いたが、)僕の計算では遅かれ早かれ足りなくなると思うのだが、いつかリナンバーするのか、あるいは、また作り直すのか。

のだが、やっぱり再発した。こういう根深い問題は大抵再発して、なかなか直らないと相場が決まっているので、「やっぱり」と思うとともに結構がっかりした。

IDを詰めないようにしたつもりなのに、なぜかまだ詰めるようだ。もちろん、作者は行方不明で聞くことはできず、直してももらえないので、自分で解決するしかない。そして、3月に(いや、それ以前から)思ったが、GMBは超大嫌いなPerlで書かれているうえに、内部構造が妙に凝っていて理解不能なので、根本的に直すことができない。

仕方ないので、MlhiがGMBの曲を指定するのにGMBのIDでなく、別の新しいIDを使うことにした。結構大改造なので、なるべく避けたかった。まあ、そもそも、GMBのIDの仕様を確認もせずに勝手に(ユニークかつ)不変と思い込んで使った僕が悪いので、全く身から出た錆ではあるが、なかなか大変だった。

大改造だけど、なるべく変更を少なくしたかった。そこで、MlhiのDBの構造は変えず、GMBのIDを入れていたプレーヤー固有のトラックIDを格納するフィールド(カラム)に格納する内容を変えることにした。GMBのIDの代わりに、曲の音響的な特徴から生成したID(今までもMlhiのトラックID(メインのキー・ID)として使っていたもので、AcoustIDのfpcalcコマンドで計算している)を格納するようにした。GMBのIDと新しいIDはプリフィクスで識別できるようにして、同じフィールドに混在可能にした。なお、この新しいIDは、当然ながらGMBのDBにも登録し(フィールドを追加した)、GMBのIDがいくら変わっても(その新しいIDで)同じ曲が検索できるようにした。

GMBに曲の固有ID(utid)を追加した("Track ID"の列)。まだ再生していない曲("Today's girl")では空だが、再生すると自動で設定される(「ザ・ベスト」)。"ID"は従来のGMBのID(固有でない)。

また、そのようなDBの中身の変更をバッチ処理(SQL)で行うのは失敗のリスクがあったので※、使いながら自動的に変更するようにした。つまり、GMBでの曲の再生時(Mlhiへの履歴の登録時)に、既存の曲のプレーヤー固有のトラックIDのフィールドに昔のID(GMBのID)が入っていたら、新しいID(曲の特徴から生成したID)に入れ替えるのである。

※実際、MlhiのDBは確認のためにしかツールで開いていなかったのに、いつの間にかDBのエントリが一個空になっていた・・・ 間違って何か押したか、修正中に(あるいはもっと前に?)バグが出たのかは不明だ。 ← バックアップを調べたら、変更版を試している時に誤動作して消えたようだ。

なお、曲の特徴からIDを生成するのは、今まではMlhiに履歴を登録するプログラム(登録プログラム)で行っていたが、そのIDをGMBにも格納するようになったので、GMBで生成して登録プログラムに渡すようにした。

余談だが、PerlからID生成プログラムを実行する時、曲のファイル名に日本語が入っていると文字化けして、どうしても直らなかった。ごく当たり前のことすら普通にできないのでブチ切れそうになったが、仕方ないので、Base64でエンコードしてプログラムに渡すようにした。

もう、とにかくPerlなんて1文字だって見たくない!! 何もかもオカシくぐちゃぐちゃで※、見るだけでイライラが溜まる。Perlだったら断然Pythonの方がいい(でも、僕にはPHPが一番だ)w 良くあんなものでまともなプログラムが書けるものだ。そこには感心する。

※"my"や"our"なんてセンスが悪いし、関数(サブルーチン)の引数は(,)で囲い区切ってってもそうでなくてもいいなんて見難いし、$とか@とか%とか()とか[]とか{}とか=~とか\とか、とにかく記号が多過ぎて(しかも、それらの複合もある)、「いい加減にしろ!」だ。

GMBの場合の処理の流れの概要は、以下のようになる(Spotifyでは曲の固有IDがISRCになっている以外は概ね同様)。

曲の再生開始

GMB

  1. 開始から指定時間(例: 3秒)後に、以下を実行する(すぐにスキップした場合は登録しないようにしたかったため)。
  2. その曲に固有ID(utid)が設定されていなければ、音響的特徴から生成して、GMBの曲DBのutidフィールドに格納する。+
  3. Mlhiに再生開始を通知する(utidを指定)。

Mlhi(履歴登録プログラム)

  1. 指定された曲が以前再生したことのあるか(指定されたutidがトラックIDのエントリがDBに格納されているか)調べ、なければ(初めて再生する曲)そのエントリを作成する。その時、GMBから曲の情報(例: タイトル、アーティスト、アルバム)を取得する(utidで曲を指定する)。
  2. 以前再生したことのある曲の場合、DB内のプレーヤー固有のトラックIDがutidでなかったら、指定されたutidに置換する。+
  3. 再生開始日時をDBに記録する。また、再生回数を+1する。

曲の再生終了

GMB

  • Mlhiに再生終了を通知(utidを指定)する。併せて完奏率も送る。

Mlhi(履歴登録プログラム)

  • 再生終了日時と完奏率をDBに記録(追加)する。完奏率は、それまでの完奏率と合わせる処理をする(履歴表示時に平均の完奏率を求めるため)。

曲の再生履歴の表示

Mlhi(web)

  1. DBから再生履歴を抽出し、GMBの曲の場合には、アルバム画像のファイル名や曲の長さなど(履歴には関係なく自明なため)DBには格納していないが、履歴表示にはあった方がいい追加情報をGMBから取得する(utidで曲を指定する)。
  2. その他の情報(例: コメント、評価)をDBから抽出し、履歴と共に成形して表示する(→ )。

※今回追加した処理は項目の最後に"+"を付けて示した。

 

変更を少なくしようとはしたけれど(実際、処理の流れの本筋は何も変わっていない)、やっぱり結構多くなり、昔作ったのですっかり忘れていたこともあって大変で、4日くらい掛かった(ている)。その間は、例によって、気付くと一日が終わっていたり、食事中にもバグが見付かったりして、全く気が休まらなかった。更に、昔の誤り(しかも、関係ないところにも!)も結構あって、「どんなものでもテキトーに作ってはいかん」と思い知らされた。。。

とは言え、何でもきっちり作っていたら、終わらずに使えなくなってしまう(機会を逃す)ので、そこの見極めが難しい。そこら辺もセンスや能力なのだろう。

そして、動作確認して基本的にはOK(何度も戻って修正した)だったのだが、そもそもの、GMBのIDのリナンバーが起こらず、本当に効果があるのかが確かめられない。曲を削除しても強制終了しても、なぜか起こらない。どうにも挙動不審なプログラムで、そういうのを使い続けるのもどうかとは思うのだが、他にいいものがないので仕方ない(いつかは自分で作り直したいが、無理だろうな)。

問題の現象が再現しないのでは仕方ないので、定期的にGMBのIDのリナンバーが起こったかどうかを検出するように定期実行機能(crontab)に設定しておいて、起こったら改めてアルバム画像を確かめることにした。

 

なお、僕しか使っていないものなので、他の方では直ったどうかも判然としないからキャプチャを載せても意味がないが、以下のように直った(単なる自己満足で載せるw)。

問題修正後のMlhiの再生履歴のアルバム画像

図中の"FCM5:"で始まるのが、曲の特徴から生成したIDである(それをGMBの新しいIDにも使っているので、"GMB:FCM5:-"と略記している)。また、"AIM5:"はアルバムのIDである。

 

PS. 当然ではあるが、曲の特徴から生成するIDは、同じ曲(ファイル)ならいつ何回生成しても同じ値になり(昔生成した値と今回生成した値が同じだった)、まだ重複していないので、ちょっと感心した。

PS2. 誰も気にしてないはと思うが、僕が好きなのは80年代のコイズミまたはkyon2であって、現代のダサい小泉さんではない。この投稿は妙なタイミングになったが、そこのところははっきりさせたいw (5/11 19:28)

 

(5/11 9:10 画像を追加、わずかに加筆・変更; 18:52 処理の流れの概要を追加、その他に加筆)

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日本語と英語が融合、「新言語」はいかにして誕生したのか」を読んで、全体的には良くある話で、「新言語」というほどおもしろくなかったのだが、一箇所だけ分からなかったことがあった。以下に引用する。(なぜか、英語が全角になっているなどしていたので修正した)

英単語の先頭にくる"s"は、日本語では"sh"という発音の平仮名と結びつけられるため、時に"baby-sitter"を"baby-shitter"とつづる間違いが発生することになる。

を「"baby-sitter""baby-shitter"とつづる間違いが」と読み違えていて、「あれ、じゃあ『シット』の本当の綴りは何だったっけ? (これ以外の綴り方ができたっけ??)」と、一晩中考えていた(嘘)w というのも、(今調べたら間違いだったのだが、)「"sit"には良くない意味があるし、"shit"は日本人の間違った綴りだし」と思い、正しい「シット」の単語が分からなかったのだ。でも、今調べたら"sit"が正しく、悪い意味は"shit"だった。やっぱり僕もEngrisherの一員だった訳だ。うむ。

でも、"baby shitter"のほうが、実際にすることに近い気がするのは、思い込みか悪乗りか。

 

他に、

看板には"meat shop"ではなく"flesh shop"と書かれていた。

には結構ウケけた。"flesh"のほうが肉っぽい気がした。ネイティブはどう感じるのか聞いてみたい。店内にはマネキンみたいに胴体がずらっと並んでるような生臭い感じ(血よりは汗か)がして、とても入る気になれないのだろうか?

そして今、打ち直した時に気付いたが、最初は正しい書き方を"fresh shop"か"fresh meat"と見間違えていた。テキトーに読んでいたとは言え、僕は自分が思っているよりそそっかしいことが分かった。。。 まあ、そんなものだ。

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日本の政治家とか偉い人が、いかにも一般市民に近そうとか「寄り添う」雰囲気を醸し出すこと。

例えば、柄の付いた、妙に小奇麗なちょっと大きめのマスクを日替わり(と思われる)で着け、目を強調して悦に入ってそうな人とか(余程暇なのかね)、逆に、何の意味もない給食マスクを何とかの一つ覚えのようにし続けるとか、金と権力にものを言わせて芸人の舞台に入り込み、愛想笑いされているのに気付かないとか、アーティストの動画の意図を理解せず形だけ乗って滑りまくったけど、権力でそんなに評判が悪くなかったことにするとか。あと、脳味噌がないのか、自分の立場とすべきことを理解できず、年甲斐もない行動しかできない権力者の配偶者とかw

ダサくて臭くてたまらん。本当に寄り添う気持ちがあるなら、本当の普通の生活をしてみろと思う。でも、日本はそういうのに引っ掛かる低レベルな連中が大半なんだろうかと思う。。。

 

PS. かと言って、いつも偉そうにふんぞり返って、曲がった口で「下々のことなんて知らねぇ」なんて奴は論外だw

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某大臣の記事(正確には駄文の範疇か)のレベルの低さに呆れた。世の中の変化について行けないようで、しきりに文句を言っている。そんな暇があったら、もっと本来の仕事をすればいいのに。調べたら、僕と同じ年代ではないか。

世の中が変わるのは仕方なく、それに文句を言ってもしょうがない。そもそも、このオヤジの言っていることが余りに細かいから、それ以前の問題だ。

彼が書いていた、タイプライターの空白の入れ方は僕も懐かしかった(ただ、"."の後は2個というのはすっかり忘れていて、いつも1個だと思って居た)。そもそも、ワープロの場合、空白(正確には空白の文字でなく、間隔)は自動で入っても良いとすら思う(でも、全角と半角の間には勝手に入れないで欲しい。これも昔の名残だ)。なのに、「"."の後の空白が2個じゃないのはけしからん!」なんて言っている時点で、ハンコ大臣と同類だ。目的と手段を混同しているということか。

でも、僕も「全角と半角の間には−」とか「全角の空白はけしからん」とか細かいことを言っているから、同類かw

それから、英語の書き方なんて、日本語同様、時代や場所でいくらでも変わるだろう。僕は”I could care less”は分からないが(今考えると、僕は"I couldn't-"ではなく、この書き方の方が分かりやすいし、正しそうに思えるが・・・)、大昔から、日本人から見れば逆の意味に見える文(言葉)はいくらでもあった。

例えば、今でも謎なのは、否定形とnoが一緒に使われる文だ。学校ではそれは二重否定になって否定でなくなると教わったが(これが僕の夢とか記憶違いじゃなければいいが・・・w)、そうではなく、普通に否定になっている。歌の題だけど、"The Greeks don't want no freaks"とか(こっちは"I couldn't-"に近いのだろうか?)。邦題は「グリークスはフリークお断り」のようなので、本来はどちらかの否定が不要と思えるのだが、なぜかこのままでいいようだ。ネイティブがそうしているのを、こっちが「間違っている」と言っても始まらない。

彼が”I could-"を注意されたのは、たまたま頭の硬い人に当たったとか、TPOが間違っていただけじゃないの?w 今でも妙なマスクとかして悦に入っているらしいからねwww

 

PS. 揚げ足取りだが、(今気付いたが、)「留学のためにタイプライターの教室に通っていた」ことからして本末転倒そのもので笑えた。若い頃からの性格は治らないものだね。

  • I could care less

    I could care less

    高校生の時、アメリカにいつか留学したと思い、そのためにはタイプライターがうてるようにならなければと、…

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近頃はヨドバシにも愛想が尽きた。以前からあったのだが、問い合わせなどの連絡に返事がない。これで3回目くらいか。最近では、5/2に注文した物が発送されないので聞いたのだがなしのつぶて(「受け付けました」もない)で、昨日の深夜にいきなり発送のメールが来た。全く感じ悪い。

(7/8 6:59) 期待などしていないが、いまだに問い合わせへの回答はない。「発送したら質問の意味はなくなるから終了」というスタンスだろうか。最高にいい加減な態度だと思う。

「急ぎは電話で聞け」ってことなのだろうが、交換・返品対応も電話だけだし、何年経ってもいまだに2要素認証がないとか、なかなか旧態依然とした体質(ハンコIT大臣を思わせる)なのにも嫌気が差した。一時が万事だ。

細かい話だが、サービス名が「−・ドット・コム」なのも2000年代的で笑える。価格.comとか お名前.comと同類で、センスが悪い。

そんな訳で、結局、今年の頭にモバイル回線を検討した時に、安いルーターなどを買おうと一時的に使おうと思って再加入したAmazonに戻る気になった。Amazonでは高いとか単品では買えない時(「合わせ買い」)などはヨドバシかな。

とはいえ、Amazonだって駄目なことは多い(だから止めたのだ)。例えば、前回退会したはずなのに、そのメールアドレスや電話番号が「使用済み」で使えないとか・・・ でも、今は、比較すればヨドバシよりはマシだ。まあ、どこかに固定する意味は全くないので、他にいいところが出たら移ればいい。

そういう点では、楽天はもっと頑張ればいいと思うが、やっぱりセンスが悪いのか、頑張る方向ややり方が違う感じだ。日本の政治みたいに、やるべきことをしたくない・正面から向かいたくないから詭弁や隠蔽などを駆使して誤魔化そうとして失敗するパターンではないか。

 

PS. そういえば、近頃は頻繁にアマゾンプライムの試用の誘いがあるが、もっと人を増やしたいのか、実は減っているのか、うっかり無料期間が終わっても止めないのを狙っているのか。プライムなら合わせ買いが解除されるといいと思うがねえ・・・

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無事にメンテナンスが終わり、動作確認もOKでした。

 

実は、物理サーバを移動するので、何かトラブルがありそうで冷や冷やしていましたが、再起動が少し妙だった以外は問題なかったです。

(5/13 17:09)


本サーバのプロバイダによるメンテナンス作業(物理サーバの交換)が行われるため、下記の時間はアクセスできなくなります。

2020年5月13日 13:50頃※ - 17:00

※メンテは14時以降ですが、念のため事前に停止します。

作業の終了後、私も動作確認する予定です。

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気付くと、いくつかのことをばっさりと捨てていた。例えば・・・

  • 映像(TV・映画など)
  • 本(文学など)

その他に、速い車、自炊、自転車、プリンタ、手帳、紙の写真、賀状、見栄を張る・格好つけること、(無理のある・無意味な)人付き合いなど、書き出すと随分いろいろあるが、ここは文化・芸術的なことに絞る。そういうものではピアノを手放したが、諦めたからで、なくてもいいから捨てた訳ではない(ものすごい余裕があれば、大きなグランドピアノ(フルコンとは言わないが、(サイズとして)C7くらいは欲しいな)を眺めて暮らしたいw でも、見るだけじゃ詰まらないな。まあ、ご飯は進みそうだがw)。

映像は全く観ない訳ではないが、なくてもいい。そもそもTVもビデオプレーヤーもない。好きな映画はあるが、あらすじやシーンなどを思い浮かべたり、検索してちょっと見る程度でいい(おそらく、後述の脳内演奏同様、記号化されて頭の中に格納されているのではないか)。映像に近いものとして、劇は捨てたつもりはなく、機会があれば観たいが、「(手配とか面倒だし、大体分かったので)まあいいか」って感じだ。

それらの代わりに音楽があればいい。ただ、オペラは(僕には)要らない(やっぱり面倒だ)。聴くだけでいい。「脳内演奏」(演奏しなくても、「パブロフの犬」とかレモンや梅干しのような場合もある)でもいい※。更に無音があればいい。

※そういう意味では、以前やりたいと書いた「脳内演奏」はできている。脳内で完璧に演奏しなくても良くて(その必要はなく)、自分の好きな曲を見付け、その自分好み(本当は「作曲者の意図どおり」であるべきなのだろうが)の演奏を見付ければ、あとはOKだ。それ以上CD(演奏の記録)を買う必要も、コンサートに行く必要もない。だから僕にはSpotifyのようなサービスがとても合っている。今朝、散歩中にそういう結論になった(今はね)。

本は意図的に捨てたのではなく、「読めない身体(頭)」になってしまった。数行とか一ページくらいで、「じゃあまたあとで・・・」になってしまう。本の価値を否定する訳ではなく、読めれば読みたいけどやっぱり読めないし、(自分としては)それまでに随分読んだから、読まなくても「まあいいか」って気はある。

それについて大変思い上がったことを書くと、映像作品も文学作品もいろいろなパターンを知ってしまって、それ以上にすごいとか新奇とかおもしろいものがあるとは思えないのだ。音楽にも同様の感はあるし、それどころか、日々の生活ですらそうだ。いや、実際には新しいものはあるとは思う。僕の興味とか頭の硬化の問題だと思う。

そして、今のところ、絶対に捨てられないのはPCだろう(「スマフォでは駄目なんです。キリッ」w)。以前も書いたが、そのことが非常時には結構なリスクになる気がする。とはいえ、PC一式をかついで避難することはできない(ノートPCも余り好きじゃないし、そもそも通信回線がない)ので、どうにもならない。

 

PS. そういう訳で、手持ちの映像作品のDVDなどは、ここ数年全く観ていないから処分したい気もするが、一応好きで買って思い入れもあったので、どうにも決断できない。その時は、ここ数年全く触ったことのないCDも一緒に、一気に処分したい。更に、心理的抵抗は岩のように大きいが、(プレーヤーすら持っていない)レコードも処分したい。そうしたら結構物が減るだろうな。

PS2. グランドピアノの価格を調べたら、意外に安かった。ヤマハのC7Xは350万円と、ちょっとしたいい車より安い。調律は要るが(弾かなければ不要だが)、ガソリンもオイル交換も不要だし、税金も保険も車検もないから、維持費も安そうだ(いやいや、実際には空調の効いた頑丈な部屋が要るけど)からお買い得だ。だけど、やっぱり、一台持つとしたら、兎にも角にもスタインウェイだろうwww (すると、値段はきっと一桁上になるんだろうな・・・)

ちなみに、重さも車よりずっと軽くて、C7クラスだと400kgくらいしかない。軽より軽いじゃないか(爆)

 

(結構前に書き出したが、発展させるのが面倒になったのと、他のネタが熟成中なので、主に脳内演奏について加筆して公開した。)

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フレーズというよりは、作曲の技法(「技法」とまでも行かず、「書き方」程度だろうが)と言う方が正しそうだが、ポップ音楽で結構ある、曲の途中での転調(変わる途中に何も挟まず、次のフレーズからいきなり変わるパターン)が好きだ。耳は悪いし知識(常識)もないので、前後の調がどういう関係か(♯だの♭がどう変わるのか)とか、どのくらい高さが変わるのかは分からないが、感覚的には半音くらい上がっていて、それにグッと来る。

その理由を考えてみると、おもむろに調(高さ)が変化するのは当然おもしろいし、(高さが変わるので、)歌っている人が何となく苦しそうな雰囲気・顔になっていそうなところを想像するのもおもしろい。あと、演奏する人も、♯だの♭がババンと出て来て大変なのかも知れない(まあ、プロなら、こういうのは良くあるパターンで、屁でもないのだろうが)。

(5/3 8:54) 演奏者を困らせるということでちょっと思い付いたのは、基本的には転調なんだけど、新しい調号の前に♮が並んだところで、一番下とか一個くらい♮がシラッと抜けていて、その後も引き続き前の調の♯や♭が有効というのはあるのだろうか? そんなことをする意味はないし、それで曲が成立するか分からないが、考えるのはおもしろそうだ。

逆に、下がるのはあるのかと、今思った。あるとして、それはどういうふうに聞こえるのだろうか? 他には、こういうふうにスパっと長調と短調が切り替わるのもあるのだろうか。なかなかおもしろい。

 

PS. さっき、吉田美奈子の「夢で逢えたら」(1978)が掛かり、その中で上のような転調があるので書こうと思った。知識の少ない僕は、これは誰かのオリジナルを彼女がカバーしているのだとばかり思っていたが、実は彼女がオリジナル(初演?)だった。

PS2. 確か、「不思議なピーチパイ」(1980)にもあった気がする。この曲では、どうも場違いな、「ビャ〜ン」という感じの気の抜けるような音の打楽器も好きだ。

この曲は当時好きだったけれど、入っているアルバム(あのジャケットはシンプルで、結構ひかれた)を買うほどでもなく、確かシングルは透明なハート形のレコードだった覚えがあるが、そういうのが欲しいけど、そこまで「遊び」に掛けるお金もなくて、なかなか悩ましかった記憶がある。

なお、今は「カラーヴァイナル()」の模様w

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じゃあ、国はどれだけ責任取っているのか?* それから、さまざまな規制を撤廃せず※、いざとなると、学校のうるさい先生やジジイのように※※、法だの決まりだの、あるいは自粛だので、「あれは駄目、これも駄目。僕らの言うとおりにしないと捕まえるよ」みたいに国民をがんじがらめにして**自由な行動をさせずにおきながら、国民が困った時に「それは自己責任だ。(僕らは知らんよ)」はずるいだろう。

*「責任は私にある」と言うだけじゃ、何も責任取ってないよ。

※昔、岩盤規制とか言ってたが、それは国民を利するためにしていた訳じゃなくて、結局、一部の人が儲かっただけじゃないか。

※※そういうのに限って規則を守っていない。でも、そいつらは規則を決める・作る・判定する側なので、さまざまな詭弁や技で正当化するから違反にはならない。いつも「自分は『正しい』と定義する」戦法である。

**これも結局、政治家の利権の絡みなんだろうな。

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良く行くスーパーにマナーの悪いジムニーが居る。駐車場の枠でないところに停めているのだ。入り口に近いところが埋まっているから、その最後の枠の横に仮想的な枠を作って停めているようだ。そう言えば、全く別のところ(道の駅みたいなところ)でも、ジムニーが似たように自分勝手な停め方や走り方をしていたのを思い出した。全くクソだ思う。僕と同じメーカーの車ではあるが、乗る人種が違う感じがする。大抵、変なこだわりのあるジジイで、仲間とは親しくするけど社会性はないみたいな。

書いてたら僕もそんな気がしたw 目糞鼻糞だ。でも、連中とは仲間じゃないことは確かだし、同じメーカーだから仲間だとも思われたくない。全く関係ないが、そういう連中にはこれを進呈するw

 

PS. そういえば、先日はジムニーじゃなくて、クラウン(アスリートとかいう、イキリ系のやつ)が枠外に停めていた。まあ、外見は違うが、きっとそういう連中が同類なんだろう。

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ちょっと欲しい物(スピーカーの台www)があって無印良品のサイトを見たのだが、(少し前からそんな気がしていたが、)昔(20年くらい前)のパイン材シリーズのような、手頃な家具が絶滅した。今は高級志向の高い物ばかりで全然おもしろくない。そういうのを無印で買う価値があるのだろうか? 昔から揶揄されてはいたが、本当に「無印」というブランドになってしまったのだろう。そして今は、IKEAが昔の無印の位置にあるようだ。

 

PS. なお、スピーカー台に関しては、Amazonで見付けたIKEAのODDVARというスツールがとても気になっている※。でも、IKEAは悪い評判が多いし余り好きでない(無印が好きだった)ので、「無印に手頃なのがあったらそっちにしよう」と思って見たのに上に書いたありさまだった。。。

※気になるという点では、プログラマーとしてはこの名前も気になる。「変な変数」??w

器用な方なら、そのようなシンプルな物はたやすく自作できそうだが、僕には無理なので買うしかない。でも、その前に、買わないで済む方法を探しはしているw

 

PS. 妙な偶然だが、今日からAmazonで無印が販売されているそうだ。全然知らなかった。果たして買う人居るのかねえ・・・ それよりIKEAの(転売でなく本物の)方が売れそうだ。まあ、家具じゃなくて食品とか服などならまだ可能性はあるか。 (19:52)

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一か月くらい前に箱で買ったノンアルコールビール、ウェストエンドがなくなりそうなので、興味のあったヴェリタスブロイ ピュアアンドフリーを注文した。約2400円だった。

口コミでは、梱包が悪く、缶が潰れていたり漏れていたというようなのがあったのでちょっと不安だったのだが、届いた物を見てみたら、普通に梱包してあって「これで壊れるかなあ」と思った。元は缶の上部にビニルを被せてあるだけなのだが、その上に段ボールを被せて缶が剥き出しにならないようにしてあったので、むしろ丁寧なくらいだ。店が違うのか、苦情が多くて改善したのかは分からない。まあ、数が多く出ると破損はあるだろうし、何にでも文句を付ける人(自分の失敗・責任なのに、それを隠して文句を言う人すら)は居るようだし。

大体、漏れは良くないが、缶の潰れなんていいじゃないか。そういう人は一本百円の缶ビールに何を求めているのだろうか? 相当なウマシカだと思う。

漏れにしたって、もし漏れていたら、配達する時点で運送の人はそのまま渡すことはないと思うのだが、そうでもないのだろうか? 会社・地域による? それに、漏れているのに「はい、どうも」とか言ってそのまま受け取るって、正気かと思う。

ヴェリタスブロイを飲んでみた。

詰まらないことはともかく、先日飲んでみた。ドイツ製なのでさぞかしおいしいだろうと期待していた。のだが、、、開けて飲み出したら(体感では)一瞬でなくなってしまった。まるで水のような感じでごくごく飲めたのだろう。他のビールではなかったことだ。口コミにも薄いとはあったが、ドイツのビールのイメージとしては濃いので それを期待していたが、全然違った。飲んでもおもしろ味(刺激みたいなもの?)がなくて、詰まらない感じだ。あるいは、悪い言い方だと「味も素っ気もない」って感じだ。

その他の感想は、今ひとつしっくり来ない感じだったのと、わずかに(余り好きでない)臭いがあった。

だから、僕としては、最初からしっくり来たウェストエンドの方がいい。3倍以上いいw まあ、夏とかに水代わりに飲むならヴェリタスブロイもいいかも知れない(でも、それだったら水や炭酸水でいい気が・・・)が、基本的にはウェストエンドだ。強いて言えば、ヴェリタスブロイは(高いだけで余りメリットのない)龍馬1865よりはいいだろう。

なので、今の順位は以下のようになる。

  1. ホッピー (缶があれば買う)
  2. ウェストエンド
  3. ヴェリタスブロイ
  4. 龍馬1865

 

PS. そう言えば、ヴェリタスブロイを買う時に、近頃は日本の大手のノンアルコールビールも無添加のものが出て来たのを知ってちょっと迷ったのだが、高いうえにどうもイマイチなイメージがあったので、まずはヴェリタスブロイにした。

あと、昨日スーパーで、無添加になったはずのオールフリーを見たら、やっぱり添加物(合成甘味料)が入っていたのはなぜだろうか? 古い版だったのだろうか? 甘味料は添加物でない扱い? そういうことがイメージを悪くするんだと思う。

他に、キリンのはやたらに種類があって、その中に無添加のもあるのだが、それが店にあるとは限らない(大抵ないだろう)。駄目な売り方だし、作る方も大変なだけだろう。

PS2. ウェストエンドの口コミに、EAST END×YURIを連想するとあったが、僕はそれより「ウエストワールド」(1973)を思い出した。宣伝写真(ユル・ブリンナーの顔が外れて、中のメカが見えているようなもの: 今探すと、これのようだが、どうもイメージが違う。もっと怖い感じだった)を見ておもしろそうだったから観たかったけど、もちろん観てない。もちろん、EAST-も、"×"ってのが妙に気になっていたが、聴いたことはないw

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Web版Evernoteで問題ないじゃん。(なんで止めたんだっけ?)」と思って使っていたら、今朝、思わぬことが起こって、理由が分かった。定期メンテナンスの関係だと思うが、突然、ノートが表示されなくなったのだ(「空白」になった)。それで思い出した。Web版Evernoteを止めたのは、こういうことがあったあとに、そのノートがなくなってしまった(中身が空になった)ことがあったからだ。

メンテが終わっても直らなかったので、またノートが消えたのかと思った※。ただ、少し頭を冷やしてスマフォアプリで見たら、ちゃんと中身があったので安心した。

※ノートによってはちゃんと中身が出たので、更に不安が増した。

それで何とかしたくて、旧UI、リロード、クッキーやキャッシュの削除、別のブラウザ(とんでもないことに、Vivaldiでは枠すらも表示されなかった・・・)で試したが、全部駄目だった。しかし、検索したら、Evernoteのお知らせ(2019)が役に立った。ログインしないと表示されない場合があるようなので、主要な部分を引用(転載)する。

(Evernote staff): Posted July 15, 2019

Evernote Web にログインすると、一部のノートやノートブックが表示されない不具合が一部のユーザの方から報告されました(これらのノートやノートブックは確かにアカウント内に存在しており、他の端末では表示されています)。

本件は既知の問題で、弊社チームが解決に向けて取り組んでおります。問題が解決するまでの間、対処策として以下の 2 つをお試しください。

Evernote Web からログアウトして、 対応ブラウザである Google Chrome、Opera、Safari(Mac の場合)のいずれかでログインしなおします。

上記を行なっても問題が解決されない場合は、ブラウザで JaveScript コンソールを開き、Cupboard.clear() と入力して、エンターキーを押します。その後、ブラウザのページを再読み込みします。

最後に書いてある"Cupboard.clear()"が効いた。どういう意味かは分からないが、ひとまず良かった。CDNに関係あるのだろうか?

書いてから思ったが、暫定対処方法が分かっているなら、とりあえず、web版にそういうボタンなり自動処理を入れれば便利なのに・・・ まあ、例によって「解決に向けて取り組んでおります」は「問題の状態を『取り組み中』に設定しました」で、「問題が解決するまでの間」は「Evernoteのやる気が出るまで」または「偶然直るまで」または「永遠」なのだろうw

ただ、毎週、メンテにかかるたびに(ノートの操作ができないのはいいとしても、)空白になって、驚いて、思い出すか調べてこれをやるのはちょっと面倒だ。手順を間違ったら、本当に空になりかねない。頻繁なら、ショートカットのようなもので手軽に実行できるようにしたい(が、何となく難しそうだ)。

 

PS. 検索したら、上位の方はCupboard.clearに気付いていなくて、旧UIに戻すとか一度故意にログインを失敗して再度ログインするとか書いてあったので、余り知られていない解決法のようだ。

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なぜか、Spotifyで「MajiでKoiする5秒前」(1997)が頻繁に掛かる。今となっては結構な大物であろう、広末の歌声がか細いのがおもしろいが、本人にとっては暗黒の歴史なのだろうか? でも、そういうのでもちゃんと配信許可しているのは、やっぱり大物だけある。自分の過去に責任を持っているようで好印象だ。良く居るんだよね、昔の曲を配信しない人・・・※ 売れた後で、「アーティスト」だかなんだかになったつもりで居るからかどうかは分からないが。

※例えば、K川映画で売れた少女(当時)www

一方で、ほとんどが黒歴史=中二病と思われる人だけど、若くして亡くなってしまったために、本人は恥ずかしく感じることもなく、逆に伝説になった、学校の窓ガラスを壊したり盗んだバイクで走り出した人も居るw Spotifyで初めて聴いたけど、結構好きだ。

というか、話は違うんだ。僕はこういう歌は大嫌いだし、そもそも、当時ちゃんと聞いたことすらなかったのに、「なぜ今」って感じだ。だから、少し前までは掛かるとスキップしていたのだが、近頃は、どうしてか「まあ聞いてもいいか」とか思えて、今は通して聴いてしまった。

習慣だか慣れというのは、全く怖いものだ。こうやって、人間は自分でも気付かないうちに変質(「洗脳」)させられるのだろうと思った(というのは、一見もっともらしいが、実際には単なる中二病的言説だw)。

 

PS. 「黒歴史」という点では、広末より作者(こちらも最初は女子大生だったが、今は大物と思われるw)だろう。だって、彼女はデビューしたてで何も分からず、あるいは、選択できずに歌ったんだろうけど、作者はこーんな恥ずかしい歌を恥ずかし気もなく作ったんだから(爆) (4/30 7:15)

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先日思い付いた、Evernoteのバックアッププログラムの件。その後調べ出して、早速遊んでいる(そして疲れたので、休んでいるw)。

まず、バックアップの元(ベース)として必要な、Linuxで動くコマンドラインのEvernoteのプログラムはいくつかあったのだが、前に書いたgeeknoteは検索して頭の方に出て来るものは古く、そこからフォークしたもの(左のリンク先)が新しい(2019)ようだ。ただ、実際に動かすにはEvernoteのAPI keyが要るので、すぐには使えず面倒だったし、個人的に嫌いなPythonなのでなるべく使いたくなかった。

もう一つの候補はclinoteで、これは新しい(2020)。しかも、API keyなしでもすぐに動いた(良く分からないが、OAuthだと不要なのだろうか。それともkeyが既に入っているのか)。言語はGoというもので、名前しか聞いたことなかったが、調べたら作者の一人(トンプソン)はCの作者の一人だった。「え? まだ現役だったのかー」って感じだ。

プログラムを見てみると、Cに似ている感じでPythonよりはとっつきやすい。大嫌いなインデントでのブロックでなく、古き良き"{"と"}"でブロックをくくるのが最高だw ただ、PythonやPHPと違ってインタプリタでないので、動かす前にコンパイルが要るのは面倒だ。

ただ、コンパイルする分、インタプリタだと動かしてみないと出て来ないような間違いが発見できることが多いから(PHPだと、しばらく経ってから「えっ」と冷や汗をかくことが多い)、一概に悪いとも言えない。プログラムを起動したら自動的にコンパイルするようにできれば、インタプリタのように使えるので便利そうだ。

少し(2/3晩くらい?)いじって、どうにかノートとその中の画像をダウンロードできるように改造できたので、あらかじめ考えていたように処理を追加して行けば、Evernoteのバックアップができそうなことが分かった。

ただ、このまま慣れないGo(clinoteを改造)で進むべきか、手慣れたPHP(PHP版SDK利用)で作るのか迷っている。一瞬、Goでは何をするにも検索しなくちゃならなくて面倒だからPHPがいいかと思ったのだが、さまざまな下ごしらえ(例: 認証)をするのが面倒だし、ちゃんと作っても正式なLinux版のEvernoteアプリが出たら不要になりそうなので、今は、clinoteを改造して手軽に済ませたいと思っている。

それから、面倒ではあるが、新しい言語を使うのはおもしろいことはあるし、あとで仕事にも役立つかも知れない(コンパイラだと小さい機器でも軽く動くから、僕の仕事関係でも使えるようになる可能性はある)から、Goで行く※のが良さそうだ。

※ここ、英語だったらおもしろいかなw

 

なお、今のところ、Goはやっぱり変態な印象だ。Cの作者とGoogleという、超強力な変人たちwがからんでいるせいではないか。どうにもおかしいのは文法だ。例えば、なぜ、関数宣言では型を変数名の後に書くのだろうか(型を省略できるってこと?)。いつも間違ってエラーになる。

それから、モジュールのインポートがネット指向なのはいいが、複数の場所でインポートしていたら、インポート元を変える時に大変だ(でも、簡単な誤魔化し方は分かった)。その場所の指定もローカルとネットが陽に区別できないのは異常だ。あと、場合によって","が要ったり要らなかったり、"(", ")"や";"が不要(あってもいい)だったりするが、もっと多様性を減らしてかっちりさせて欲しい。いろいろ意図が分からんし好かん。

まあ、ちゃんと学べば分かるのだろうが、そんな暇はあるけど気力がないw

あと、些細なことだが、モグラのキャラがキモいし、ロゴは古臭い。全然クールじゃなくて(これを見たら使う気にならないよ)、どうにもGoogleらしくないのが不思議だ。

でもまあ、蛇(Python)よりは好きかな(爆)

 

(16:42 わずかに加筆)

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「魔法のように」は英語だと"like a charm"とか言うんだったか(僕はどうも"charm"という単語が気に入らないのだが、それは全く余計な話だw)。まあ、そんな感じだ。(最初はそれを題にしたのだが、書く前に掛かった※が好きだし演奏(特に、ロックバンド的なソリッドな音のギター)がすごくいいので、そっちを使った)

※YouTubeだとTV版ばかりで全然演奏が気に入らないので、Spotifyのリンクにした。なお、TVでは、1983年頃の年末に放映されたライブが良かった。これはCD(当時はレコード)と同じくらい、乗れる演奏だった(正確には順序が逆で、今の僕はCD版が好きだが、それはそのライブの演奏がとても良くて、CD版がそれに近いからだ)。

その「魔法」だが、数日前に別件(机の保守で天板にオイルを塗る)の作業中にちょっとしたことを思い付いて、試して、思わぬことが分かり、それを発展させたら、耳閉感が滅多に起こらなくなった(まだ数日ではあるが、僕にしてみればすごいことだ)ことだ。しかも、音が妙に「いい感じ」になった。例えば、ELTの曲(演奏)だ※。今までは、ほとんどの曲(→ )で ものすごい圧迫感とか威圧感があったが、それがない。妙に自然で、「あれ、本当はこうだったの?」と肩透かしを食うくらいだ。

※TRF(→ )ですら同様だった。全くすごいことだwww この理由を考えてみたら、今の配置は以前同様、低域が少な目になっているので、重低音による圧迫感とか威圧感が緩和されたのではないだろうか。ただ、以前より良くなったように感じるのは謎だ。下記のように両耳で聴いているせいだろうか?

あと、ミックスやマスタリングが当時の音作り(音圧高目= 「海苔」)だったせいは大きいだろうが、その他に、プアな再生機器を前提にして低音と高音を持ち上げていたのもあるかも知れないと想像している。

ここまで書いたあとに気付いたのだが、耳閉感は超低音が多いことや耳の不調の影響は大きいのだろうが、通常時(机に向かっている時)に片耳で聴いていたことも関係していたのかも知れない。左右どっちか調子悪いのか判然としないが、調子が悪いのに片方だけで聴いて、それを脳内で処理したら、かなり疲れそうな気はする。

そして話は本筋に進むが、その「思い付いたこと」というのは、「(大きいのでなく)小さい机をスピーカーの前に置くのなら(要するに、今までのように90°回転せずに普通にスピーカーに向いて座って聴くということ)、以前起こっていた、共振に起因する150Hz付近の高い山(ピーク)が生じないのではないか」ということだ。やってみたら、本当に大丈夫だった。ただ、小さい机だとメイン・サブ二つのディスプレイが載り切らず、実用性に無理がある。

実は、サブディスプレイを無理やり回転させて縦表示にしてみたりしたのだが、やっぱり問題が多かった。例えば、画面の収まりが悪いとか、サブのスタンドは回転しないので、メインとサブのスタンドを交換したのだが、サブは軽いためにメインのスタンドのバネが強過ぎて、すぐ上に動いてしまうこと、逆にメインは重いためにサブのスタンドだと弱いことだ。なお、サブのスタンドが特殊な形なので、そのままではメインに付かず、当たる箇所を切り取っても駄目だったので、支柱の後ろのカバーを外した

それに、仮に小さい机でうまく収まってしまったら、大きい机の立場がなくなってしまう(こんな顔をしてそうだった)ので良くなかった。そこで、ダメ元で大きい机をスピーカーの前(間)に置いてみた。すると、不思議なことに大丈夫だった。

おそらく、以前駄目だったのは、スピーカーの高さが悪かった(110cm程度で、概ね床・天井間の中間だった)のが一番の原因だったのではないか。それが、近頃は低く(70cm未満)したので共振しなくなったのだろう。

あと、今までこの配置をしなかったのは、スピーカーが机の影になって、音の経路に障害ができて音質(特に高音)が劣化すると考えたからだったのも思い出した。それについては今もそうで、机以外にディスプレイも邪魔になっているが(実用的な配置では、どうしても音の経路を充分確保できなかった: シミュレーションでもすれば、最適な解が出そうだが)、何とか許せるくらいの通り道(ほとんど「針の穴」的w)を確保した結果、時には「高音がすごく綺麗・リアル」とまで思うくらいになっている。

実際には、この配置だと、高音は机やディスプレイの端や机上の小物をかすめて耳に来ているだろうし、中低域は直接音はほとんどなさそうだ。すると、回折などの影響で高中域の音質が劣化しているはずだ。その結果、実際に高域の音量は低下している(左(紫→青)・右(オレンジ→赤 )それぞれ約2.5-3dB程度、左右合わせると(ベージュ→灰)5dB程度)のだが、それに合わせてイコライザで中域を多目に減らしているから※、おかしくなく聞こえるのだ。当然、気に入る状態ではないが、まあ、背に腹はかえられない。

※障害物が多いせいか、今回のイコライザは要素が多く、なかなか減らせずに左は5個、右は7個にもなった。

それにしても、音は結構テキトーでもちゃんと聞こえるものだ。感心した。ふむ。

 

PS. 改めて写真を見ると、小さい机の方が障害が少ないので音には良さそうだ。けれど、必要な物が載らないことには難しい。大きい机を脇に置くことも考えたが、食事くらいにしか使わなそうで、無駄な感じだ。まだ流浪は続くのだろうか? (4/27 16:01)

(4/27 15:57 写真と文章を追加; 4/28 11:10 イコライザの記述と画像を修正)

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コロナのおかげで、近頃は無理やり・なし崩し的なテレワーク・リモートワーク・在宅勤務の会社が増えているようだ。昔から、時間と労力の無駄でしかない出勤・通勤とか、会社で決まった時間にみんな顔を揃えて仕事するのが当たり前とかいう謎のルール・風潮が大嫌いな僕には願ったり叶ったりで、「ようやく、待ちに待った来たるべき時代が来た!」な感じだがw、まあ、日本では長続きしなさそうだ。それに、(想像だが、)今は在宅勤務の本質を理解して、ちゃんとやっているところは少ないのではないか(例: クソな運用・管理)。

去年だったか、本当に一瞬だけ在宅勤務をしたことがある。仕事が落ち着いたら感想を書こうと思っていたのだが、落ち着く前に辞めてしまったので書けなかった(と思う。もうすっかり忘却の彼方で、いつのことだったかや書いたかどうかも判然としない)。その時の在宅勤務の感想※を一口で書くと、

なぜか、全然楽じゃなかった。

である。通勤不要で勤務時間も場所も仕事の仕方も自由なのはいいが、生真面目なせいか(というか、本当はサボり症なのだが、やりたい放題していたのがバレて修羅場になるのが嫌なのだw)、途中で休んだり遊んだり外出したりしたら、その分その日の終業が遅くなる訳で、残業しなくても(僕の時間感覚では)結構夜遅くまで掛かって疲れた。会社に居る場合、机に座って居れば何をしていても(概ね)カウントされるが、自宅ではそうも行かない。

※偶然にも同じような感想の方が居た。正確には、僕の感想を裏付ける意見だ。書き方が大っっっ嫌いだけどw、まあ、僕の感想がおかしくなかったことは分かった。そして、確かに、在宅だと5時間くらいがちょうど良さそうだ。でも、ほとんどの会社では、そんな意見を言おうものなら、「は?」だろうな。 (4/27 7:50)

仕事は成果で評価される決めだったので、在宅でも休憩や遊びも会社でのように「適宜」カウントしても良かったのかも知れないが、始めたばかりで勝手が分からなかったので、そうはできなかった。

でも、たとえキツくても、やっぱり在宅の方がいい。もし、この状況を切っ掛けにそういう会社が増えるなら、また勤める気になる可能性は高まりそうだ。しかし、現在はコロナのおかげで外出は自粛だし、(コロナだけのせいじゃないが)景気がすごく悪くて倒産も増えているから、世の中はしばらくは「採用」どころではなさそうだ・・・

 

それから、中小企業では、いきなり「在宅勤務をやれ」って(国や自治体から)言われても、まず無理だろう。PCだのソフトだの回線だのの物理的なものを提供されたとしたって、考え方が追い付かない(仕事の仕方を変えられない)と思う。

大体の会社は無言で無視だろうが、中には何も分かってない偉い人が「しろ」って言って規則はできたが、実際には、みんななんだかんだもっともらしい理屈を付けて(そうしないと偉い人に怒られるので)出社する会社が結構あると想像する。

で、少し経ってから出社率が全然下がってないことが判明する(大抵は外から突っつかれるのが契機)と、クソジジイ偉い人が犯人探しをして社員に責任を押し付けるとw

そうなると、残業時間抑制の実態のように、社員は幽霊的な出勤(= 仮想的な在宅勤務)をし出すのだろうか(なかなか無理がありそうだが、要は、在宅勤務の本質を骨抜きにした形だけの運用)。

そして、見事に「クラスタ」になり、最初に感染が発見された人が悪者になる(「あれほど『体調管理をしっかりしろ』って言ったじゃないか!」など)。でも、そのうちその偉い人も感染して、何食わぬ顔で休むwww

かどうかは分からないが、まあ、ここら辺までが大まかな流れだろう。

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クラシックコンサート、最大の魅力は“臨場感”だ!独特な緊張や恐怖が感動を生む!

写真が別人だったので、「執筆が変わったのか」と思って読んだら、例の好きでない(僕に言わせれば凡人的な)人だった。そして、相変わらずしょうもないことしか書いてない。題が触れていることは最後にほんのわずかしか書いてなくて、全く物足りない。いつもいつも羊頭狗肉なんだよ(このサイトはエディタはいないのだろうか?)。

 

それにしても、コンサートで「感動」することはあるのかと、思った(改めて考えた)。ミスとかそういうのは全然関係ない。ミスがあってもなくても、演奏を聴いて感動することってあるのかと思う。もちろん、「いい」とか「すごい」とは思うが、それと感動は少し違う。

そもそも「感動とは何か」というところから考えなくてはいけないと思った。(もちろん、それは人それぞれで、これは僕の話だ)

僕にしてみれば、聴く曲はまず初演ではないから、曲の良さは充分知っている(だから聴くのだ)。その良さを引き出す演奏が「いい」のである。だから、いくらいい演奏でも、それ以上のこと(→ 感動)はなかなかないのだ。元の曲は変わりようがないので、やり過ぎればわざとらしくなってしまう。逆に、演奏が曲の良さを出せなかったら、「詰まらない」・「駄目」なのだ。

そういうことを考えさせてくれた点では、著者に感謝すべきだろう。それでも、彼の演奏は聴きたくないけどねw

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ムカついた。こいつ何様だ。「クソが!」と思う。

 

結局、自分がないから、こういう文句しか言えないんだよ。

 

(長々とした説明を書くのが面倒なので書きませんが、もし必要な方はコメントして下さい。その時は是非書きます(なければ「問題ない」と理解します)。ひとつ、誤解を避けるために書くとすれば"LGBTQ"という用語は最初は"LGBT"だった(あるいはもっと短かった?)のに、いつの間にか長くなって、今後も増殖するだろうって感じることです(おそらく、最終的には数十億文字になるのでは?)。で、なんか、その対象者は特権的になっていませんか? 他にもそうやって認識されるべき・されたい人は居るんじゃないですか? (すべての人間ひとりひとりがそうなんだと思う) 運動しないと駄目なの? まあ、今までがひどかったのはそのとおりで、それは良くなかったですが、世間に認識されたら、更にその上を求めるのはやり過ぎです。

あ、駄目だ。もっと書きたくなったが、もうやめておこう。

 

でも、今思ったことを書く。その、飲んでた時のおっさんだか何だかの言動は、TVで良く観る(と想像する)その筋のいかにもな芸能人の言動のせいじゃないの? 結局、お前らの不満はお前らの仲間から来ているのだから、自業自得なんだよ!!!! まずそっちを叩け・潰せ!)

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