次期Windowsは、

最高のユーザーエクスペリエンスを提供するため、Ubuntuベースにします! (ドヤ)

とか?w

でも、今までの経過を見ていると、笑い話だけでは済まない気がするのが、結構笑えない。例えば、MSがCanonical(Ubuntuの開発元)を買っちゃたりしたら嫌だな・・・

 

余談: もしそうなったら、今とは逆に、Linuxの上にWindowsサービスが載るのかも知れない。WSLの逆で、"LSW"とかいうのかね? でも、"Windows Subsystem for Linux"って「Linux用のWindowsサブシステム」と読めるので、"WSL"のままでいいかもね。

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昨日も書いたが、システムトレイのアイコンも減らしてバーの空きを広げたい。具体的にはDropboxのアイコンを消したい。というのは、今までまともに表示も動作もしていなかったからだ。アイコンは駄目なマークになっているし、押してもメニューは空だった。通常なら「インジケータープラグイン」または「通知エリア」の設定で消せるはずなのだが、なぜか出ないので消すことができない。

今朝、消す方法を調べていたら、その問題の解決方法が見つかり(→ 参照: ecosseman Mar 22 '16 at 9:09など)、アイコンもメニューも正常になった。どういう訳かは分からないが、以下のようにDbusの環境を設定してDropboxを起動するといいようだ。

dbus-launch dropbox start

ただ、僕はDropboxが動いていれば良く、状態を調べたり操作することはまずないので、やっぱりアイコンを消したい。それで更に調べたり試したりしたのだが、どれもうまく行かなかった。しかし、最後に思わぬ方法に気付いた。Dropboxのプログラム(Pythonだった)の中を見たところ、非ウインドウ環境でも動くようにできているので、その状況であるかのように(Dropboxを騙)して起動すればいい。具体的には以下である。

unset DISPLAY
dropbox start

簡単だが、これだけで消えた。まったく拍子抜けした。

もちろん、この状態で起動していてもdropboxコマンドは通常どおり使えるので、Dropboxの状態を知ること(dropbox status)などはできる。開始(dropbox start)以外なら、アイコンが増えることはないようだ。なお、実際に使う時にはスクリプトに入れると便利だろう。また、Dropboxの「ログイン時に自動的に起動」の設定はoffにし、ログイン時にそのスクリプトを自動起動させる必要がある。

ちなみに、Dropboxのプログラムの中を見ることを思い付いたのは、別のフォーラムの投稿(marcelo spitteler: 2016-02-24)からだった。

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先日のデスクトップの改良は、そもそもアイコンが多くてサイドバーに入り切らないことがあるのを何とかしたいこともきっかけの一つだった。そのために、バーを2列にすることも試したが、不格好なので止めた。

一方、アイコンの中には、通常は操作しないから表示しなくていいものがあるので、それが消せれば少しは空くのにと、ずっと歯がゆく思っていた。devilspie(またはgdevilspie)というコマンドを使えば容易に非表示にできるのだが、再度表示させるのが手間だ(一時的にdevilspieの設定を変えて、アプリを再起動する必要がある)。WindowsやMacなら右クリックで容易にできるのだろうが、Linux(Xfce)では簡単ではない。そもそも、Xfceのバーにはそんな機能はないw それで、先日は他のバー(ドック)を試したのだが、どれもうまく動かず機能も不充分だったので、諦めた。

それでも、今日、しつこくいろいろ調べたら方法が分かったので、やってみた。基本的にはwmctrlというコマンドが使える。これは比較的新しい(と言っても、十年以上前からあるようだ)コマンドのようで、初めて知った(それで今まで思い付かなかった)。wmctrlの機能の一つに、ウインドウの属性を設定するものがある。そして、バーにアイコンが出るかどうかはskip_taskbar(_NET_WM_STATE_SKIP_TASKBAR)という属性で決まるので、アイコンを出なくしたい時にそれを設定し、出したい時に解除すればいい。

基本動作は以上だが、マウスで簡単に使えるようにしなければ今までと同じでやらないので、zenityというアプリを使って簡単なアプリ、xskip-taskbarを作った。いろいろ実装したい機能はあったのだが、とりあえずは、ウインドウ一覧で対象のウインドウを選択してOKを押すと、そのウインドウのskip_taskbar属性を反転させるようにした。下の例では、oclockというアナログ時計のアイコン(黒いもの)を非表示にしている。非表示にするとバーの空き領域は増えるのだが、残念ながら2個減らしたくらいでは、ちょっと見ただけでは分からない感じだ。

なお、一覧にウインドウを全部出すと、選ぶ時にスクロールするのが大変だし間違いやすいので、設定変更しそうな(したい)ウインドウだけをフィルタリングして表示するようにした。全部のウインドウを出せるようにもするとか、マウスでウインドウを選べるようにもするとか、属性の反転以外に設定・解除もできるようにするかという構想はあったのだが、今のままで充分なので、多分作らないだろうw

ちなみに、xskip-taskbarは至って小さいスクリプトだ。大きく2つの部分に分かれていて、前半ではウインドウ一覧を表示して選択されたウインドウのIDを取得し、後半では選択されたウインドウに属性を設定(反転)する。それぞれの中心となる処理は1行である。とはいえ、前半はいくつもの処理を連結しているので、呪文のように長いw

これで、滅多に操作しないウインドウは(devilspieの機能で)起動時にアイコンを出さないようにしておき、操作したい時だけこのアプリで出し、操作が終わったら消すようにできた。最終的にアイコンが4個減らせたので、バーに表示するアイコンのサイズを少し(数画素)大きく(= バーの幅を広く)することができた。それで、バーに入れているデジタル時計の文字をわずかに(0.5-1ポイントまたは画素)大きくできた。何ともセコい話ではあるが、切実な問題だw 他に、間違って閉じる(終了させる)と音が出なくなる重要なアプリ(jack-rack)のアイコンを出さないことで、間違って閉じたり設定を変えてしまうことを防げるようになった。これも長らくやりたかったことで、結構うれしい。

こういうのは、まったく、以前書いた「さあ、作ろう!」の典型だ。僕はおもしろいけど、WindowsやMacに慣れた人には結構な障壁だろう(そもそも、それらに機能が不足していたとして、こういう芸当が簡単にできるかは疑問だ。Windowsはコロコロ仕様が変わってすぐに動かなくなりそうだし、Macはさまざまな秘密に邪魔されそうだ)。

PS. 上述の通常のアイコンの他に、バーを狭くしているもう一つの原因のトレイアイコン(システムの状態を示すアイコン。Windowsのシステムトレイのアイコンに相当)も一部を非表示にしたかったのだが、それは消すことすらできていない。設定ではできないことは分かっているが、今回のように、何かのコマンドでできるのかも知れない。

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アンゴラだの三助だの和牛だの霜降りだの、あ、鮭も居るようだw 一見おもしろいけど、必然性がなくてどうも安直に思える。まあ、鉄道も似たようなものかw 名前の底が尽きたのだろうか?

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アクセス解析に使っているSlimstatに問題があるのでサポートに連絡したが、約1か月経っても回答がないので、悪い評価を付けた。その時に他のコメントを見たら、作者のとんでもない回答があってびっくりした。

コメント:

I requested an older version be an option after an upgrade. They decided to trot me out as a ‘naysayer’ in their Changelog. It shows a lack of concern for their users.

最後の回答 (太字にしたのは筆者):

Oh, and I would have expected that you stopped using Slimstat on your website, since you consider it such a poor product. Instead, I see that to this day you still (shamelessly) use it. Well, that in my book speaks to the quality of our product more than your own petty review. Thank you for being a loyal user anyway!

Best,
Jason.

(抄訳を載せようと思いましたが、馬鹿らしいので止めました。Google翻訳がなかなかいい感じです。)

上記回答のコピー:

Slimstat作者のすごい回答...

いくらなんでも、ユーザーに対してこの言い草はないだろう。更に、変更履歴にも揶揄する言葉を使うとは・・・ 余程のDQNなのだろうか。僕の問い合わせが無視されたのは当然だと納得した。Slimstat(随分改良した)を使って、このブログと仕事サイトへのアクセス状況に関していろいろ分かったから、あと少しで1か月経つので、そうしたら削除しよう。

そうか、僕も★1個を付けて使い続けていたら、同じように罵倒されるのか。早く消さなくちゃ。。。

 

PS. (後で知ったのだが)Slimstatは過去にセキュリティの問題を起こしていたし、作者はネットワークに関する知識があまりないようで、バグに関係するコードが酷いものだったので、使い続けるのは得策ではなさそうだ。

PS2. なんか、自分のことじゃないのに、読むだけで胸糞が悪くなる。。。英語でもこういう感情は伝わって来るものだな。

PS3. この作者は、元になったコメントを書いた人が相変わらずSlimstatを使っていると指摘しているが、どうやって調べたのだろうか? 偏執狂なのかスパイコードでも入れているのか、使う時には気付かなかったけど、結構怖い。

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デスクトップ(画面)には、「高い場所」と「安い場所」があるようだ。効き手や言語やデスクトップの設定やディスプレイの配置にも依るだろうが、「左高右低」で左上が一番高いように思う。

僕は、今までデスクトップの左上に時計を配置していたのだが、近頃、それが無駄に場所を食っているように感じて来た。というのは、時計の上にウインドウを置くと時刻が見えなくなるし、それを防ぐために時計を常に最上層で表示すると、ウインドウの中身が見えなくなったり操作できなくなる。結局、時計のある左端が帯状に使えなくなってしまう。

それで、時計を小さくしたりサイドバーを狭くしてみたのだが、焼け石に水というか、本質的でないように感じた。それで、最初に書いたデスクトップの「地価」に気付いて、時計を右上に移動してみた。本当は、メインディスプレイ右のサブディスプレイに置くのが最適なのだが、Thunderbird, Spotify, Spotifyとgmusicbrowserのミニプレーヤと、さまざまなものを詰め込んでいるために、ほとんど空きがない(そこまで詰め込まなくてもいいとは思うのだが、メインディスプレイに余裕を持たせたいのだろう)。左端の中央だけは奇跡的に空いているが、あまり落ち着かない。一方、メインディスプレイの右上は空いているし、(日本語や英語の)文字が左から右に書かれる関係でウインドウの表示も右側が空いている場合が多いので、あまり邪魔にならなそうだと思ったのだ。

それで、時計を右上に置き、透過率を調整して常に最上層で表示するようにして試してみたら、結構良さそうだ。ただ、少し使ってみたら、ちょっとした問題に気付いた。ウインドウの操作ボタン(閉じるなど)が右上に配置されているので、その部分が時計の下にある時には操作できなくなってしまうのだ。それで、操作ボタンを左側に移動した。その時、普通は閉じる(×)ボタンを一番外側に配置するだろうが、不意に押して閉じてしまうのを防ぐため、敢えて内側に配置した。何となくMacに近づいてしまった気がするが、偶然だw それに、閉じるボタンの(変態的な)位置はオリジナルだ。これなら大丈夫そうだ。

(12/5 6:47) PS2に書いたように、バーの幅を2行にすると、不格好ではあるのだが、時計(元々の時計とは異なる)がバーの中に入り、そもそもの問題(左上の時計が邪魔)も解決できそうなことが分かったので、少し試してみることにした。あとで気付いたのだが、これなら、ウインドウ操作ボタンは元の右側で大丈夫だ。

サイドバーの幅を2行にしてみた。

(12/5 17:06) 一日使ってみたのだが、どうにもダサく(無駄な隙間が多いが、設定などでは解消できない)てしっくり来ないし、時計も小さくて見にくいので、いろいろ調整したが駄目なので、元の状態(バー: 1列、時計: 右上、ウインドウ操作ボタン: 左)に戻した。

(12/5 21:12) バー最上部のデジタル時計とアナログ時計が左右に泣き別れ状態なのがどうも気に入らないし不便なので、どうしたものかと考えていたら、コペルニクス的転回(いつもながら大げさだw)で、サイドバーを右に移してみた。まあ、慣れるまでは大変だが、時計がまとまっていい感じだ。そして、やる前は、バーのアイコンを押した時にメニュ―などが右に出て悲しいことにならないかと思っていたのだが、予想外にちゃんとしていて、そんなことはなかった。しかも、芸が細かいことに、メニューが出るボタンのマーク(▶)も◀に反転していたのだ。これはすごく意外で、「やればできる子じゃん!」と思ってしまったw

(12/5 21:25) 今気付いたが、これの欠点は、仮想的に一つの画面を構成する、メインとサブディスプレイがサイドバーで分断されてしまうことだ(「ベルリンの壁」?)。ただ、現実には一つのウインドウをメインとサブディスプレイにまたがって表示することはない(可能だが、使いにくいのでしない)ので、概ね大丈夫そうだ。あとは、バーが右にあって本当にいいのかという懸念はある。バーのように頻繁に使うものは、地価の高い左にあるべきなのかも知れない(例えば、マウスの移動量が増えそうだ)。まあ、おいおい分かるだろう。

 

(12/5 6:06 一部の画像を改良、若干修正; 12:03 わずかに加筆)

PS. WindowsやmacOSではどうだか知らないが、Linux Mint (Xfce)では、追加ソフトなどは不要でウインドウ操作ボタンの移動や配置換えが簡単にできるのが嬉しかった。

PS2. そういえば、もう一つ問題があった。サイドバー(通常はディスプレイ下部のタスクバー)が混雑していて、ウインドウが多いと足りないことがあるのだ。下部ならまず不足しないが(ただ、横長ディスプレイを有効に使うために横に置いているので、下に置くことはありえない)、横なので、アイコンを置ける数が少ないのだ。

バーの幅は広くできるが、不格好になってしまうのでなかなか解決できない(アイコンが増えた時だけ広くなるとかできればいいのだが・・・)。とりあえず、アイコンを小さ目にして対処しているが、焼け石に水だ。 (12/5 6:28)

ただ、不格好なのを我慢して設定を調整したら、まあまあ許せる感じになった。 (12/5 6:40)

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先日、最後に残ったYahoo!のアカウントを削除した。本当は年末まで待つつもりだったが、暇だしせっかちだし、もう迷惑メールしか来ないからいいだろうと思って、早目に実行した。普通に退会できてすっきりしたのだが、今朝、別件で、昔送ったメールをちょっと調べようとしたら、そのYahoo!アカウントのものがなかった。

原因を考えてみると、そのアカウントはIMAPで使っていたので、送受信のメールは、自分でローカルに取得しない限り、サーバにしか保存されていない(だから、いろいろな端末で見られる)。僕は、受信メールで対応(読んだ・返信した)済みのものはPCに取得していたのだが、送信メールはそのままにしていた。そのため、アカウントを削除したらなくなってしまったようだ。基本的にローカルで処理するPOPなら、大丈夫だったのだろう。そして、日頃からバックアップには念を入れているつもりだったのだが、さすがにローカルにないものはバックアップできていないから、復旧もできない。完璧を期すのは難しいものだ。

とはいえ、そもそも送信したメールを見ることは滅多にないし、なくなったのは、ThunderbirdでIMAPでYahoo!を使っていた数年分だけだし、近年は、大抵、返信メールに送信した文章がまるごと引用されているので、大きな問題ではない(大昔はそういう習慣ではなかったので、僕自身はその仕組みは余り好きになれないけど、こういう時には便利だ)。

が、深く考えずに、感情(Yahoo!や迷惑メールへの怒り)とか勢いでやってしまったのは軽率だった。

なお、近頃は送信メールも自動でローカルに取得するようにしているから(このことに気付いていた訳ではなく、サーバのデータ保存量を減らそうとしてのこと)、次回はきっと大丈夫だろう。ただ、IMAPはメールがどこに格納されているかすぐには分からないので、充分な注意が必要だ。次回にこのことを思い出すことに期待したいw

 

PS.なぜ、多くの人がこの件を問題としないのか考えてみたのだが、そもそも今はメールが余り使われなくなっているらしいのと、今の主流であろう、LINEなどのチャットメディアでは、メッセージをローカルに保存することはほとんどないので(使っていないので想像だが、僕もSMSの履歴を保存しようとは思わない)、退会したらそれまでの会話が消滅するのは当たり前と考えられているために、メールも退会したらなくなるのが当然と思われているではないかと想像した。あとは、対話・会話の履歴を残すことをさほど重要に思わない人が多いのかも知れない。

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この投稿は、それぞれのアーティストのファンの方には怒り心頭かと思われますが、素人がSpotifyでちょっと聴いただけの素朴な感想なので、ご容赦を。

チューリップが理解できない

彼らがどういうグループなのか分からない。彼らの歌の内容と、実体・実態が乖離しているように思えるのだ。「心の旅」(1973)の歌の加工された声(僕は、詞の内容からすれば、自然な声の方が適切だと思う)とか、"We believe in Magic Vol.2"(1997)などの変なジャケット(特に、あの変な人は何者?)は、いったい何を意味しているのだろうか? 謎が多いグループだ。

サーカスとハイ・ファイ・セットの識別方法?

これらのグループはイメージが似ていて、どうやって区別すればいいのだろうか、あるいは、それぞれの方向性に違いがあるとすれば、どういうものなのだろうと思う。他にももう一つ似たようなグループが居たような気がするが、それすら思い出せない。

同様に、1980年前後の渡辺真知子、庄野真代、久保田早紀らも区別が難しい。ただ、実際には渡辺真知子は区別できて、他にもう一人居た気がするのだが、そちらが思い出せない(桑江知子だったか)。

他に、高1の時の英語の先生(新卒だった)が自己紹介で好きだと言っていたグループがチューリップだったかオフコースだったのか、今となっては謎になっている(当時からその辺りの音楽には興味がなかったので、グループ名を聞いた途端に「ミーハーな奴だ」とがっかりしたのと、上と同様、それらの区別が若干難しいせいである)。ただ、先生はお嬢様的(というか、「女子大生」の方が合っていそうだ)な雰囲気だったので、おそらく、オフコースのような気がする(と書く程度には、違いを認識しているような気がしている)。

岡村孝子はどれも同じ?

Spotifyで掛かるのを聴く限り、どの曲も(ジャケット写真も!)とても清楚かつ素直な感じなのはいいのだが、それ以外はあるのだろうかと思う。どうもワンパターンで、飽きてしまうのだ。もし彼女の歌に、中島みゆきのように悪い歌とか戸川純のように変な歌、あるいは、藤圭子のようにドロドロに暗い歌があるとしたら、是非聴いてみたい気はするw (まあ、「待つわ」なんて、暗いといえばかなり暗いので、ありそうだ)

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細かい話題がたまっていたので、まとめて書く。

クイーンの映画・・・

(正確には「音楽」ではないが、無関係ではないので書く。) 昔、何年もメイがしつこく言っていつつも、何度も監督だの出演者だのが変わってふらふらしていたのが、近頃は何も言わなくなったから立ち消えになったかと思っていたら、ついに今年公開された("Bohemian rhapsody")。公開の時もメイの発言などはなかったので(単に日本に伝わらなかっただけかも)、最初は、偶然別の作品が出来たのかと思った。

意外に好評らしいが、やっぱり観る気はしない。だって、フレディーじゃない人が演じても、「ニセモノ」としか見えないので。。。 それ以前に、何度も書いているように、演奏者の人となりとか人生は作品と無関係と思っているから、こういう伝記的映画には余り関心がない。そして、曲を聴くのならCDやSpotifyでいいし、ライブエイドを観るならDVDを持っている(観ないけどw)。まあ、そもそも、こっちで上映されているのかという問題もあるw (← 調べたらやっているようだ。今は簡単に検索できて楽だね)

あと、数年前のミュージカル、"We will rock you"(2012)も似たようなものかと思い込んでいたのだが、調べたら全然違っていた。ミュージカルはフィクションだった。

Spotify

近頃はSpotifyのDaily mix(ほぼ毎日、好みに合わせてお勧めの曲を選んでくれる)のバリエーションが乏しくなって来たように感じる。概ね好みは外していない(リストには♥(「いいね」みたいなもの)のついた曲が並ぶ)のだが、大抵は聴き覚えのあるものなので、「またか」になってしまう。もう、他にお勧めはないのだろうか? しかも、そう思って掛けないと曲のリストが更新されないから、なかなかもどかしい。なので、近頃は、「ラジオ」も活用している。アーティストだけでなく、曲やアルバムでのラジオもできる。昨日聴いた、「ハピネス」(1979)のラジオはなかなか良かった。

好みを外さないと言えば、なぜか荒井/松任谷由実が頻繁に掛かる。大抵は即座に⦸(嫌い)を押しているのに、それは学習してくれないようだ・・・ 近頃、Spotifyで配信し始めたらしいら、そのプロモーションなのだろうか?

ジルベルシュテインとフェドロヴァのラフマニノフ ピアノ協奏曲 (第2番)

先日(9月下旬)、久し振りに、懐かしのジルベルシュテインのNHKでのライブ(1994)を聴いた。彼女は今年の9月頃に来日してこの曲を弾いたはずだが、日本で有名になった1990年代と違って全く話題に上らなかったのが、少し寂しかった(ただ、今になって考えると、ルガンスキーの来日だって話題になっていなかったので、僕がTVを観ないとか読むニュースが悪いだけかも知れない)。僕は、先日行ったルガンスキーのコンサート情報を見つけた時に、彼女のも偶然見つけてちょっと行きたくなったのだが、止めた。その理由は、少し前から彼女の演奏が物足りなく感じているからである。あと、単にお金がふんだんに使えないせいもあるw 以下に、聴いた時に書いたメモから少し転載する。

  • オケ(ラザレフ、N響)がイマイチな感じ。ピアノも物足りない・・・
  • 1楽章、「行進曲」の部分はやっぱりイマイチ。ホルンも駄目。この楽章終わりのピアノも駄目。
  • 2楽章のアルペジオも駄目。。。 ただ指を動かして音を出している感じ。2楽章前半が一番駄目かもしれない。音の出し方がなってない。
  • 3楽章もなってない。

当時の懐かしさはあるものの、壊滅状態だ。当時はなかなかいいと思っていたのだが、耳が肥えて(あるいは変質して)しまったのだろうか。それで、比較のために、フェドロヴァの同じ曲(2015, スタジオ)を聴いてみたら、なんか鬱陶しかった。

  • 1楽章中盤の強弱がわざとらしくて、イマイチ。「行進曲」はこっちがいい。でも、細かいところが物足りない。この楽章終盤(特にオケ)がとてもまどろっこしくて台無しだ。
  • 2楽章頭の木管(フルート)がひどい。アルペジオはまあまあだが、存在感がない。中盤は、なんか破綻しかかっている? でも、ジルベルシュテインよりはまともな感じ。
  • 3楽章はちょっと緩んだ感じ。最後はまあまあだったが、緊迫感が足りなかった。

全体的には、ジルベルシュテインよりは良さそうだったが、細かい音が大き過ぎたようだ。あと、こちらもオケがイマイチだった。彼女のことだって手放しで褒めていたのに、まったく「なんということでしょう」だ。

二人とも、聴いていて(いい意味で)気が抜けないなんてことは全然なかった。今の僕は、(ラフマニノフのピアノ協奏曲に関しては)ルガンスキーの虜になっているのかも知れない(ただし、この感想を書いたのは、彼のコンサートに行く前である)。あるいは、その日は特別調子(気分・機嫌?)が悪かったのかも知れない。

(話題はもう少しある(日本のニューミュージック関係)のだが、既に長くなったので、次回書きたい)

 

(12/3 8:11 若干修正・加筆)

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先日書いたように、JACKのパッチベイアプリ、Catiaの動きがどうも怪しい(勝手にPulseAudioを直結する)ので、代わりにPatchageを動くようにした。

Patchageの問題は、起動するとすぐに下記のエラーで強制終了してしまうことだ。

BDB2034 unable to allocate memory for mutex; resize mutex region
cannot open DB environment: Cannot allocate memory
Segmentation fault

メモリ不足と出ているので、設定で直らないかと思って調べたのだが、関係するものは見つからなかった。それで、このエラーがどこから出るか調べたのだが、実は2箇所に分かれており、最初の2行と最後の行は別の要因で出ているようだ。ただ、最初の問題があるために2番目の問題が出ている可能性もある。

まず、最初の問題(BDB2034)は、JACKのライブラリ(libjack)の関数jack_client_open()で起こっていることが分かったが、原因は分からない。検索すると、このエラーは他のプログラムでも出るのだが、明確な解決策はないようだ。また、他のJACKクライアント(例: jack_lsp)でも出るが、問題なく動作しているので、致命的な問題ではなさそうだ。近頃Linuxのカーネルを更新したので、それに関係しているのかも知れない。それで、ひとまずこの問題には対処しないことにした。

次に、2番目の問題(Segmentation fault)もJACKライブラリの関数jack_get_property()の中で起こっていることが分かった。jack_get_propertyの使い方は正しいようなので、JACKライブラリ自体の問題か、関数の仕様が変わったのかも知れない。あと、記憶ではしばらく動いていたので、何度も試行錯誤するうちにシステム(OS?)の状態がおかしくなっているのかも知れない(そうであれば、再起動すれば直るだろう)。あるいは、上に書いたようにLinuxのカーネルを更新した影響かも知れない。幸い、この関数は1回しか使われておらず、しかも、その処理をスキップしても大きな問題がないので、そうすることにして無事動くようになった

ただ、前にも書いたように、使い勝手の問題があったので、それも何とかした。一番大きな問題は、ウインドウ内のJACKクライアント(モジュール)の表示位置が保存されない(再起動すると位置がおかしくなる)というものだ。ただ、Patchageのウインドウを見ると、全部のクライアントの位置が保存されない訳ではなく、入力または出力だけのものが駄目(入出力があるものの位置は保存される)なことが分かったので、その部分(Configuration.cpp: Configuration::save())を修正した。

それから色を調整して(プログラムの変更は不要)、最終的には大分いい感じになった。これなら、充分にCatiaの代わりになりそうだ。

思ったより簡単にできて気分がいいが、前にも書いたように、やっぱりJACKは枯れていないことを実感した。あと、この修正を作者に知らせるのはいいと思うのだが、今まで(別のプログラムで)何度も無視されて来たので、躊躇している。

(15:32) 気分が良かったのも束の間で、Patchageを使っていても変な接続が起こってしまった。結局、システム(JACK、PulseAudio、OSのいずれかまたは全部)がおかしくなっていたようなので、再起動したら、すべての問題が起こらなくなった(Catiaでの勝手な接続も、Patchageがエラー(BDB2034やSegmentation fault)で起動しないのも起こらなくなった)。とりあえず直ったのはいいが、原因不明なのでまた起こる気がする。

そして、Patchageのクライアント位置の保存の修正は有用だが、Catiaに問題がなかったので、わざわざ使う理由がなくなってしまった。まったく何とも言えない・・・

 

補足: プログラマーは、プログラムを修正することや修正のためのモジュールを「パッチ」と言います。単純なバグ修正の場合も多いですが、(何だか良く分からない問題などで)根本を直さずに対症療法的に修正することをそう呼ぶことも多いです。Windowsで山ほどあるもの(KB*)ですw

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