実は、下唇の他にも気になることがあった。(高血圧はあるけどおいといて)先月くらいから、右目が眼鏡が汚れているような感じで若干見えにくくなった。眼鏡をいくら掃除しても治(直)らず、疲れ目かと思って良く寝ても駄目だった。一か月経っても変わらなかったので、「これはいよいよ緑内障か白内障になってしまったか(血圧も関係あるのかなあ?)・・・」と重い気分になったのだが、とりあえず、眼科に行くことにした。

毎年、左目の網膜剥離の経過を検診してもらっているところは、歴史があって医師の経験はありそうなものの、検査が簡易(いつも散瞳しない)で説明も不充分な気がしていたし、室内がごちゃついていて余りいい雰囲気でないし、眼鏡店が併設で営利を重視している感じ(コンタクトなどの患者も多く、流れ作業になっている)なので、別のところを試そうと思った。検診履歴が伝わらないのは不安だが、新しい症状だからなくても問題ないと考えた。

地図で検索して、いくつか候補が挙がった。どれも遠いが仕方ない。WebページやGoogleの口コミ程度しか情報がないので、それらで比較した。

大抵のところはwebはおざなりで、診療日・時間や医師の名前、住所程度しか書いておらず、できる治療・検査・手術の内容や設備を詳しく書いているところは少ない。今までのところなんて、そこら辺はほとんど何も書いてない。昔からのところは大抵そんな感じだ。一つ、惜しかった医院はそれなりに書いてあったのだが、イメージ優先の感じで(良く言えば、前回の皮膚科と近い)、肝心の詳しい情報(例: どんな設備があるのか)は余り書いてなかった。

今回は視野が狭くなっていないかの検査が要るような気がしたので、そういう機器があるところに行きたかった。プロにとっては、そういうのはあって当たり前なのかも知れないが、素人には書いてなければ分からない。検査の必要があるのに(、機器がないから)検査せずに"OK"と言われるのでは心配だ(今までのところはそういう感じだ)。

どんなことでもそうなのだが、「当たり前のことだから書かない」、「分かってるでしょ」、「(電話で)聞けば教えるよ」は論外で、当たり前のことだからこそどこかに書く必要がある(もちろん、整理せずに書き並べてごちゃつかせるのは駄目だ)。こっちに言わせれば、「書くのが当たり前でしょ」だ。どうせ外注して作っているのだから、そんなのは全く手間じゃないのに、それすら惜しむとか必要性に気付かないのでは、webを出す意味がない。お金の無駄だし、「自分は古い・情弱です」と宣伝するようなものだ。

結局、webが一番ちゃんとしていて、各種情報が丁寧に書かれていて、治療・検査の内容や保有する設備が詳しく書いてあり、医師の出身や経歴がなかなかすごいところにした(いいことづくめで、逆に疑ったくらいだが、今は、経歴がすごい人だからこそ、当たり前のことがちゃんとできるのではないかと思う)。そこはネットで予約もできるから便利だった。距離的には先日の皮膚科と同様だった。道幅などは問題ないから車でも行けるのだが、今回は散瞳する可能性があるので、歩いて行くことにした。

朝、雨が止んでいたように見えたので出たら、小雨だった。それでも、延期すると連休後になる可能性があるので、そのまま行った。雨のせいか蒸し暑かったが、なんとか着いた。建物は新しく、室内は清潔感な感じだし、広々としていていい感じだ。今までのところよりずっといい。ただ、残念ながら、ここの問診票は紙だった。

視力は両方とも矯正で1.2と問題なかったし、眼圧も問題なかった。目の中に少し濁ったものがあるようで、飛蚊症と同様の症状らしかった。要は、元々あった飛蚊症がわずかに進んで、硝子体に新しい濁りができたか濁りが大きくなって見えにくくなったようだ。現時点では治療の必要はなく※、しばらく経てば慣れるとのことだった。

すごく安心した!

※素人の推測だが、今の飛蚊症は問題なくても、これが進むと白内障になるのではないかと思う(調べれば分かることだろう)。ただ、どういう原因だとしても、白内障は防ぎようがないようなので、現時点で心配しても仕方ない。

医師が丁寧に説明してくれたので(口コミとかすごい経歴から、もっとぶっきらぼうなのかと思っていた)、良く分かった。いつの間に撮ったのか、眼内の写真で濁っているところを見せてくれたので、分かりやすかった。これも今までのところ(写真なんて撮られたことはなかったと思う)とは全然違う。

ちなみに、最初にこだわった視野検査はなかった。それは、散瞳して眼内を充分に確認して、必要がないからしなかったのだと思うからである。写真で説明を受けたことも、充分に確認した印象を受けたので、不審・不安には思わない。

全体的に、今までで最高レベルの医院だった。ただひとつだけ残念だったのは、なぜか、(どこの病医院でもあることだが、)問診票に書いて受付に口頭でも説明した症状などが、医師には異なって伝わっていたことだ。ちゃんと訂正できたので実害はないが、どういう経緯で情報が変化してしまうのか、興味あるところだ(「伝言ゲーム」と言えばそのとおりなので、仕方ない?)。今回は、伝わった情報が変わっていたとはいえ、結果的には誤ってはいなかったので、途中の誰かが医学的に解釈して変えてしまったのかも知れない。

こういうことを防ぐためにも、前回書いたような、スマフォやPCから病歴や症状や経過を転送できるようになるといいと思う。

帰り際、受付の人が「(雨が止んだので)傘を忘れないようにして下さい」と言ってくれた。こんなに気配りをしてくれるところは初めてだ。感動した。次回の網膜剥離の検診は、ここに行くことにしたい。

昨夜はビタミンB剤の副作用による不調のせいで買い物に行けなくて、今日は朝食を余り食べられなかったので、帰りにコンビニに寄って手巻き寿司などを食べた。散瞳したので帰路はとても眩しかったうえに、晴れたので、(湿気は減ったものの、)かなり暑かった。安心したので、帰ってからのんびり過ごした(いつもそうではあるがw)。

 

PS. 診察室には、なぜか、看護師さん以外に数人の人がPCの前に座って居て、入ると大勢の女性に挨拶されて少し戸惑ったw そういえば、昔行っていた皮膚科もそうだった。研修生なのか、補助の看護師さんなのか。

それにしても、薄暗い室内で看護師さん他数人の女性に囲まれて仕事をするなんて、妙な雰囲気になりそうだと思ったが、それは素人の浅はかないやらしい考えだろうw

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先日、クリーニングに出す服を入れようとバッグを見たら、中がひどいことになっていた。前からそうだったのを忘れていたのだが、底に茶色い細かい粉のようなものが溜まっていたのだ。一瞬、カビや虫かと思ったのだが、内側のコーティングが剥がれたようで、触るとポロポロ落ちる。しかも、茶色に変色している。調べると、バッグなどに良く使われているポリウレタン(PU)のコーティングは、数年で経年劣化(加水分解)して剥がれてしまうとのことだった。

あれをいつ買ったのか過去の写真から調べようとしたのだが、写っているものがなくて分からなかった。おそらく、2005年頃※に、ちょっとした出張用か小旅行用に買ったのではないかと思う。デパートかショッピングモールの専門店のようなところで、安かったから買ったのを覚えている(特にブランドにひかれた訳ではない)。まあ、10年以上は持ったはずで(下手すれば20年かも)、もう寿命だろうから捨てようと思って、ゴミ箱の横に置いた。

※その後記憶をたどったら、最初の会社を辞める頃には持っていた気がするので、買ったのは1996年前後かも知れない。とすれば20年物だ。全然詳しくはないが、2000年代の物だとデザインがもっと奇抜になっているようにも思うから(これだって、一番目立たないのを選んだ。そのおかげで今でも使える。ストラップ以外はw)、1990年代の方が確からしい。いずれにしても、物持ちがいいことは確かなようだw (4/25 8:33)

が、一晩経って、外側はまだ綺麗だし、(今までは意識していなかったのだが、)あの、丸い形の微妙に可愛いような雰囲気を気に入っていることに気付いたので、もったいない気がして来た。それに、捨ててしまうと代わりのバックがなくなるので、クリーニングの時などに不便になる。

それで、ちょっと直してみようと思った。ただ、基本的に、修理することはできず、劣化したコーティングを剥がすしかないようだ。使っているクリーニング店のサービスにはそういうのはなかった(「劣化します」とだけ書いてあった)。また、上から塗って、再度コーティングのように固まるスプレーの類※もなさそうだ(あったとしても、劣化したものはいずれ剥がれるだろう)。剥がす方法を調べると、一番記載が多くて(ほとんどは最初に書かれたページの転載なのかも知れない)効果があると書いてあったのは、重曹を溶かした湯に浸けてから擦るようだった。ただ、本当に重曹の化学成分が効くのか疑問だった(単に、重曹の粉が擦るのに効果的なのではないのかと思った)のと、買うのが面倒だったので、手持ちの物で何とかしてみることにした。

※Amazonで調べたら、劣化したコーティングの上から塗れそうなものにはゴムの塗料があったが、剥がれる(それがウリ。剥がれないようにもできる)し、そもそも、内張りがゴムでは使いにくくなりそうだ。次に、フッ素コーティング剤も可能性があるが、布に使えるか不明なうえに高い。他にはシリコンコーティング剤があったが、これは布には使えないようだし、硬化するから駄目そうだ。 (4/26 10:27)

とはいえ、漂白剤系は布が変色するから使えず(そもそも、効果があるとも思えない)、それ以外は目ぼしいものがないので※、台所の除菌用アルコールと(買ったもののほとんど使っていないw)車の頑固汚れ用洗剤(写真左上のもの)を試してみることにした。ただ、後者は風呂掃除の時にも全く無力だったので期待できなかったw (風呂掃除という点では、確かに重曹は擦り洗いに効いた。)  実際、その洗剤に一晩浸けても特にコーティングは落ちておらず、その前後に風呂掃除用ブラシで擦ったのが効いていた。あと、アルコールは試すのを忘れた。

※本当はコーティングの溶剤がいいのだろうが、それが何なのか分からなかった。シンナーとか、石油系のものなのだろうか? ただ、そういうので溶かすと、コーティングが布の裏や周囲に広がってしまって逆効果かも知れない。

結局、部分によって取れたり取れなかったりしているが(おそらく、余り劣化していないところは落ちなかったのだろう)、とりあえず、コーティングがポロポロ落ちることはなくなった。また、作業の内側の色を比較すると、明らかにコーティングが少なくなっている。ただ、まだ残っているから、時間が経てば再発する気がする。でもまあ、今は滅多に使わないから、次回の様子を見てまた考えよう。

 

PS. 検索中に見たあるページに、重曹でコーティングを剥がした後、なぜか、川ですすいだというのを見たが、何を考えているんだろうと思った。今はマイクロプラスティックが問題になっているし(僕はそれには懐疑的だが)、それ以前にゴミを流す行為ではないか。それを山好きの人がやっていたようだったから、「()」だった。決め付けは良くないが、そういう人って、煙草の吸い殻とかザイルとか酸素ボンベを平気(自分たちの論理)で山に放置するのではないだろうか。

似たようなことに、和服の布を染めたあとに川でさらすとかいう伝統的製法も、実は良くないのではないかと思う。まあ、僕だって、食後に残ったドレッシングの油や冷やし中華のつゆなどを流しに流してしまうから人のことは言えないけど、こっちは下水道の処理施設が入るから、ずっとマシだ。

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去年の年末くらいに、なぜか唇に染みかほくろのようなのが出来て消えないので、皮膚がんだったらまずいので(堀ちえみのニュースを読んで心配になった)、皮膚科に行くことにした。ただ、以前別の症状で通っていたところは患者が多いうえに客層が悪く、そのうえ待合室が狭くてなかなか荒んだ雰囲気だったし、医師も今ひとつ丁寧でなく、漫然と投薬するだけの感じなので、別のところを探した。

地図で探したら少し遠くにあったのだが、webを見たらどうにも嫌な感じがして、何度も延期していた。なんか高圧的なのだ。ページの先頭に、「問題行動をする患者は拒否します」というような宣言がある。しかも赤い字だったと思う。更に先日見たのは、「少額なのに一万円札を出す人が多くて困るから、細かいのを用意して来て下さい」である。問題患者は拒否してもいいが、そういう連中がわざわざwebを見て従うとは思えない。僕らを萎縮させるだけだ。一万円札だって、困るのは分かるが、患者もないから仕方なく出しているのだ。財布の中の札の種類を常に把握している人はそれ程居ないだろう。そんなに困るなら、Felicaやバーコードなどで電子化すればいいのに、そんなことはしてないはずだ(webには書いてない)。そういう訳で、行っても嫌な気分になると思って止めた。

更に広範囲に探したら、あった。ひどいのが多いGoogleマップの口コミでも悪いものが少なかったし、webも綺麗で清潔感や親切さが感じられるし、もちろん高圧的ではなかった。

それで、今日行った。結構遠いし脚が痛かったから、車で行こうかと思っていたのだが、手前の道が細かったり、駐車場が足りるかとか心配になったので※、天気が良かったから歩いて行った。

※実際には、道は細いがすれ違いはできそうだったし、駐車場は充分あった。

気持ち良く歩いたせいか、意外に早く着いた。医院はwebと同様に清潔で、室内は広々としていたので、いい雰囲気だった。意外に客層も良かった。平日だからなのか、子どもをうるさいまま放置するようなDQN親は居らず、それどころか、帰る時におもちゃを片付けるほどで(上述の皮膚科では全くあり得ない)、すごく感心した。

それから、更に感心させられることがあった。受付の時、名前などは紙に記入したのだが、良くある問診の紙は渡されなかったので、診察の時に聞かれるのかと思っていたら、なんと、小さ目のタブレットを渡されたのだ。そのアプリに部位や症状を入れるのだ。誰でも使えるように、文字は入れずに、全部押すだけだった。高齢者は大丈夫か疑問ではあるが(そのせいか、今日は一人も居なかったw)、駄目な時は受付の人が代わりに操作するのだろう。全部選択式なので、細かいことは伝えられないが、手で書くよりはずっと楽だ(もちろん、上述の皮膚科は、身体の絵が描かれた紙の部位に○を付けるだけだった)。それに、受付で「どうしましたか?」などと聞かれないので、プライバシーにも配慮されている。

余談: 受付票に書く時に年齢が分からなかったので参った。最初は適当に書いたが、どうも違うよう気がしたので、電卓で計算してようやく分かったが、予想外の値で、「え? いつの間に」と思ったw しかも、まだ誕生日でないので計算の結果は今の年齢でないから、2回も訂正する羽目になった。あと、職業は「なし」にした(「ソフトウェアエンジニア」や「自営業」と書いてもいいが、稼働実績はないし、面倒なので止めた)。こういう時しか「無職」の実感はない。

将来は、自分のスマフォから、ボタン一発で名前・住所・既往症などや症状が転送できるようになって、何も書かなくても済むようになるのではないかと期待している。その方が、マイナンバーカード(「あんなの飾りです」w)を保険証代わりに使うよりずっと便利だ。

空いていたので、それほど待たずに診てもらえた。唇の染みは問題なさそうだが、その横に潰瘍(アフタ)があって、再発するようならちょっと心配なので検査した方がいいということだった。実は、何度も出血して治っていたのだが、乾きのせいだと思っていた(そう言っても、医師は「いやいや見当違いです」って雰囲気だった・・・)。ビタミンBが処方されたので、単なる栄養不足なのかも知れない。薬で再発しないようならそうなのだろう。

徒歩での往復はなかなか疲れたが、気分は良かった。帰ってから、久し振りにチョコモナカを食べた。ちゃんとパリパリしていて良かった。あれの価値はそこにあるw

(4/24 22:20 追記) 近代的でいい医院だと思っていたのだが、処方された薬(ビタミンB関連)を飲んだら副作用(不眠、悪心)が出た。飲まずに居て数時間経ったら治ったので、おそらく副作用だろう。ビタミン剤でも出るのは驚きだ。

ただ、仮に副作用でなかったとしても、薬の選択に問題がある。調べてみたら、その薬の主成分はフルスルチアミン(ビタミンB1誘導体, アリナミンAに入っているもの)で、宣伝のように肉体疲労時や脚気などのためのものだ。唇の潰瘍は口内炎と同様と思われるから、チョコラBBのようにビタミンB2とB6が重要なのではないかと思う。確かにその薬にはB2とB6も入っていて、B6はほぼ同等だが、B2はチョコラBBよりかなり少ない(1日の服用量で約1/5)だ。それに、結果的にB1を過剰に摂取することになるから、余り適切でない薬が処方されたように思う。

結局、あの医師はイマイチ?という疑惑が生じてしまった。なかなか難しい・・・ ただ、こういう時に薬の選択の適切さについて指摘するのが、薬剤師の仕事なのではないだろうか? 以前も書いたが、結局、彼らはせいぜい飲み合わせを確認する程度で、余り意味がない(それだったら、院内薬局の方が指摘できるかも知れないから、ずっといい)。全くもったいない。

なお、代わりの薬(チョコラBBプラスの相当品)をヨドバシに注文した。チョコラBBで副作用は出たことがないので問題ないと思うが、どうだろうか。

 

PS. 今までは、今日行った医院の辺りは余り雰囲気が良くないと思い込んでいたのだが、実際にはそうでないかも知れない気がした。少なくとも、今日見た親たちは、ここら辺のスーパーでの平均値よりずっといい。だから、あの辺りで便利で高くないところがあれば、そこに越すのもいいかも知れないと思った。

今のところは、スーパーは先日書いたようにしょうもない親が多いし(例の母親は、先日も同じことをしてやっぱりギャーギャー喚いていた。あれでは、子どもはDQN確定かも知れない)、部屋も下のガキの足音(「運動会は止めろ!」って言いたくなる)や物音(子どもの出す音ではなさそうだが、何の音かは不明)が耳障りで辟易しているのだ。あと、収入がないから契約を更新できない可能性もあるので、それで断られたら引越そうと思っている。ただ、行く先で契約できるかはなかなか疑問だが・・・

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岡村孝子も白血病で入院とのこと。彼女の近頃の歌には関心はないのだが、どうしてか、本当にいい人に思えるし※、姉が居たらあのくらいの年齢なので、全く可哀想にと思ってしまう・・・

※もちろん、会ったことすらないから本当にいい人かどうかは分からないが、もしそうだったら、世の中は全くうまく行かないものだ。それに、いい人かどうかは別としたって、いい歳の取り方をしているから(実際には、これすら思い込みであって、確証はないw)、その点では魅力的だ。

来月出る新作をSpotifyで聴いてみたくなった(でも、申し訳ないが、多分すぐに飽きると思う。これは僕の持論で、人と作品は別だから仕方ない)。

シングルが出たのか、「と・も・に」(2019)という曲がSpotifyに入っていたので聴いてみた。まあ、「岡村」だった。ただ、声がちょっと枯れているような乾いた感じで伸びとか厚みが少なく(「夢をあきらめないで」(1987)と比べると良く分かる)、あまり声質が良くない。単に加齢のせいなのか、この頃から調子悪かったのかな。。。 (4/26 11:17)

 

PS. 岡村「も」と書いたのは、ここに書かずツイートしたような気がするが、少し前に、若い女子水泳選手が白血病になったのを読んで、水泳には全然興味ないのになぜか可哀想に思ったことが背景にある。

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若い頃は選挙にはほとんど無関心だったが、近頃は暇なのと高い税金を取られているのを実感したのと、やりたい放題のクソ政権に無慈悲な鉄槌を下す少しでも抵抗を示すために、ちゃんと投票することにしている。しかも、いつの間にかネットで公報が見られるようになっていることを知ったので、一通り見ている(新聞を取ってないので、それまでは何も情報がない状態で投票していた・・・)。が、前回の県議選と今日の市議選ではがっかりし通しだった。

大きく分けて、候補者自身と各自の公報(の欄)の作り方に不満がある。

候補者に、「ほう」と思える人はほとんど居なかった。具体的に書くと主観や偏見が出て差別的になり、それを書いても誰もいい気持ちにならないから止めるが、経歴を見て「あっ(察し)」となって、「これじゃあちょっと期待できないな」と思ってしまう人が多い。僕は芸術作品と作者の行動や経歴などは関係ないと思っているが、政治家に関しては経歴も考慮するしかない。有名な人で考えや活動が分かっているならまだしも、そうでない人なら、公約に加えて所属政党や今までの活動・学歴・職歴で判断するしかない。そういうものは作曲家の「作品リスト」や演奏者の「コンテスト受賞歴」、「ディスコグラフィー」に相当するものだから、見る価値はあるだろう。そこら辺をチェックしたら魅力に乏しい人ばかりだったので、がっかりした。補足すると、学歴・職歴が(世の中的に)「すごい」という観点だけで判断している訳ではなく、背景とか仕事の経験で何か特筆すべきことがあったのかを見た。例えば、ある仕事に長年従事して定年退職したことは書いてあっても、その間に何か特別なことや専門的なことをしたのかとか、議員としてその経験をどう生かすか書いてないのだったら、評価できないと思う。

が、実際問題として、こんなにハードルを高くしてしまったら、やる・やれる人は居ないかもなあ、と今思った。(昔、じゃがさんが同様のことをおっしゃられていたのを思い出した) だから、まあ、一番重要なのはやる気なのだろう。ただ、それが伝わって来る人(下に書いた「グッ」と来る人)も余り居なかったように思う。

それから、公約を読むと、実に政治家的な手法が実践されていて感心(というか嘆息)した。宇都宮市や栃木県ではLRTが大きな争点になっているのだが、「LRT反対」と書く人は居ても、賛成や推進と書く人は滅多に居なかった。大抵、「まちづくりを進める」などと巧妙に隠しているようだ。反対派の票を減らしたくないから、そういう漠然とした書き方にするのだろう。それとも、もう開始した事業で覆せない(僕はまだ可能だと思う)からあえて書かないのだろうか?

次に、公報の作り方にも結構がっかりした。そもそも、公報を作るのは難しそうだ。あの狭い面積(10x7cm程度?)に何をどう書くかを決めるのは難しい。そこに各候補者の知性やセンスが出るのだろうが、目をひく人はほとんど居なかった。みんな、いかにも(「通り一遍」)なことばかり書いている。例えば、はやりの単語("ICT")、耳障りのいい単語(「高齢者・障害者にやさしい」、「暮らしやすい」、「若者の活力」、「安全・安心」、「うるおい」、「夢」)、具体性のないスローガン・ポエム(「未来都市を目指そう」みたいな感じ)ばかりで、どうにもグッと来ない。そういうキャッチフレーズをどう実現して行くつもりか見えないか、書いてあっても説得力に欠ける(本当に実現できるか疑問)からだろうか。

数少ないけれど目をひかれたものは、一目で分かるように「LRT反対」と大書している人と、押し売り放送から国民を守ると公言する党の人くらいだ。ただ、後者の党は悪評が多いうえに、敵となる団体名を政党名に入れているのはどうもおかしい気がした。あと、詳しい確認はしていないが、彼らが余計な訴訟をして負けたせいで、受信料徴収の法的根拠が強固になってしまったとも読んだから、どうも藪蛇なことをする素人集団といった感じで信用できない気がする。

デザイン的な話では、細かい字を羅列して(取捨選択できないから、入るだけ詰め込むのだろう)読む側のことを考えない人も多い(こういうのは未だに企業や役所のパワポでも多いから、仕方ないのか)。公約を数多く書いたって、全部どころか一つだって実現できない気がする。その証拠に、「前回の公約の*を実現しました」と書いた人はほとんど居なかった。それから、名前や年齢(なぜか、若い人が「30歳」などと目立つように書いていることが多い)を大書する人も多いが、それらは規定の場所(右端の写真の下)に書かれているのだから、まったくの無駄だ。うるさい選挙カーと同じで、連呼(違法らしいが)すれば覚えてもらえるとかいう、太古の意識のままなのだろうか? あと、細かいことだが、経歴を小中学校から書く意味はあるのか甚だ疑問だ。地方議員だから地元を示したいのだろうか。

最後に、選挙の運営の話になるが、なんでわざわざ県議と市議を別の日にしたのだろう? 予定はないから行くけど、やっぱり面倒だし、経費だって増えるだろう。まあ、市町村議選がないところもあるだろうし、物理的に掲示板の場所がないとか、開票する人が足りないとかはあるのだろうが・・・

 

PS. すっかり忘れていたが、以前思ってここに書いた、街の区画整理をして細道や行き止まりをなくすというのを公約にしている人は居なかったように思う。この点には注意していなかったが、もし居たら気付くはずだ。これこそ市議にぴったりの仕事なのに、誰も気付かないのか、見て見ぬ振りか、やる気がないのか、そもそも問題でないのか。やっぱり残念だ。。。 (21:28)

PS2. 開票結果を詳しく見て、更にがっかりした。すごくいい加減な公報(漠然としたスローガンだけで具体策なし。経歴もなし)の人がかなり上位で当選していた。調べたら、ある企業の関係者のようで(ただし、経歴を調べても全く出て来ないのが逆に露骨だ)、労組に頻繁に「対話」に出向いていたようだから、組織票なのだろう。あの公報は、関係者だけ名前と顔を識別できれば良く、一般人は無視しているようなものに思えてひどいと思った。闇を感じる。 (4/22 5:17)

PS3. 例の、押し売り放送に対抗する党は全国的に勢力拡大して、参院選に挑戦するかも知れないとのことだ。当然だろうが、押し売りが嫌いな人は少なくないようだ。本文に書いたように、個人的には不信感はあるのだが、それにしたって、あの押し売り放送に抵抗してくれるのは彼らしか居ないし、本当に何かしてくれるのであれば、実にありがたいと思う。こちらにしては失うものはない(これ以上悪くはならない)から、もし出たら応援したい。あと、やり方として、論点を絞っているのはいいことだと思う。(本文でも触れたように、)そこは評価する。そこは、いかにも政治家然とした曖昧模糊な連中とは違うところだ。 (4/22 19:54)

 

(公選法に触れることは書いていないつもりだが、センシティブなことなので、一応、投票終了後に公開されるようにした)

  • 魁!腹筋塾!

    魁!腹筋塾!

    同性愛者によるまったくそゆこと関係ない記事群。コメント内リンク指示は先頭hヌキです。

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物にこだわるのには共感できないし、僕はなるべくしたくないと思っているが、無形のものでも、カタチ(外面的なもの)や地位や体面やカネなどにこだわるのはまったく良くない。そういうのは、政治家や企業の偉い連中などの騙し・「お芝居」・忖度、その上意下達といった体で日本中に蔓延している。

すごく頭がいいであろう連中(それ以外も、上から下まで)が、すぐにバレる(でも、バレでも問題にならない・文句を言われないように、もっともらしい顔をして言い訳できるような)三文芝居や馴れ合い的な誤魔化しのために日々頭をひねる国、日本。。。 みんなもっと正直になれば、低いと問題になっている生産性も上がりそうな気がするが・・・

(つながりがイマイチだが、)要するに、(naokiさんへのコメントを書く時に思い付いたのだが、)世の中は諸行無常なので、有形無形に関係なく、何に対してもこだわり過ぎては良くない・意味がないということなのかも知れない。でも、芸術とか、こだわらないとできないこともあるから(実はそうでもなくて、ほんとうに才能のある人は特にこだわることはなく、自分のやりたいようにしているだけで、それがすごいのかも知れない)、すべてそうとも言い切れない。

まあ、「無意味なことにこだわるな」と書けば間違ってはいないだろうが、意味の有無の区別はどうするのかということになって、意味がない(そもそも、何かにこだわる人は、それに意味があると思うからそうするのであって、無意味だと分かっているけどこだわる人はそうは居ない)。そんな当たり前のことでお茶を濁すのは、よく、リーク報道に対して「確定した事実はない」と言うのと同じだ。間違ってはいないが、何の意味もない(上記の三文芝居で、無駄の極みだ)。どうせあとで「やっぱり・・・」になるんだから、そんなの出す必要がない。

(今回はまとまりも悪い。終わるとは思えないが、気が向いたら続く。題ももっと適切なものにしたいが(多分、題が適切でないことがまとまりの悪さに繋がっているのだろう)、それもおいおい考える)

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スーパーのセルフレジでの話。

夕方の混雑した時間帯に、「混雑時はご遠慮下さい」と張り紙があるにも関わらず、のんびり幼児にスキャンさせている母親が2人居て、数台しかないレジの大半を占拠していたので、行列は伸びる一方だった。

一人は、最初はガキにやらせていたくせに、途中から(行列の殺気に感付いたのか?)「触らないで! 面倒なことになるから!」とかヒステリックに喚き出し、当然ガキも(そんなことが分かる訳もなく)ギャーギャーうるさく更に手こずるようになるから、こっちまで気分が悪くなった。もう一人は、やっと精算が終わったと思ったら、カゴもガキの踏み台も片付けずに去って行ったので、ちょっとしたことだけど、すごくムカついた。

確かに、子どもにいろいろな社会の体験をさせるのはいいことだと思うが、時と場合を考える必要があるのではないか。最初はやっていいと言われたのに、なぜか途中から急かされたり怒られ、しかも、運が悪けりゃ、他の人から文句を言われたりするから、子どもにしたらトラウマにしかならないだろう。

良くあることだし、どうしようもないから、睨みつけつつも我慢していたが、あれを大目に見ろってのはちょっと無理だ(外見上は大目に見たことにはなったが、そのせいか、ずっと気分が悪い)。許せない原因は他にもある。例えば、そのスーパーでは、クソガキがうるさく喚きながら走り回ったり、揚げ物やパンなどを手で触るのを野放しにする親や祖父母が結構居ることも一因だ。そういう、自分と子どもしか見えない(自分と子どもが中心・御意見無用だと思っている)連中が居るから、子ども連れは疎まれてしまうのかも知れない。

逆に、たまにではあるが、していけないことなどを(怒るのではなく)きちんと説明しながら歩く、ちゃんとした親が居るのも確かで、そういう親の子はもちろん大人しい。そういう光景を見ると、「まだまだちゃんとした人も居るものだ(日本も捨てたものではないかもなぁ)」とうれしくなる。

ニュースなどでは、満員電車にベビーカーで行く(もちろん乗る権利はあるけど、個人的にはかなりの無茶だと思う・・・)だけで舌打ちされるとか、不寛容な社会※だと言われ、確かにそう思うし、こうやって書くのもその不寛容の一つになってしまうけど、ただでさえストレスが多い世の中で、その場の状況に無頓着(別の言い方をすれば、自己防衛しない)な親たちが多いから、そういう目に遭ってしまうこともあるのではないか(もちろん、いくら世の中が悪くたって、「弱者には親切にするべき」というのは正しいし、僕もそうしたいが、自分に余裕がなければなかなかできないと思う)。

※この不寛容性は、日本人の性質によるところも大きいだろうが、余りにも世の中が理不尽なので、みんなの心に余裕がなくなり、ちょっとしたことも許容できなくなり、少しでも気に入らないものを攻撃したくなっているのではないだろうか。

子育ては大変だとは思うけど、普通の人だって日々大変なんだよ。それなのに、「自分たちは優先だ」という気分で居られると(実際には本人の気持ちは分からない。そんなことは思っていないかも知れないし、傍若無人なのかも知れないし、単に気づいていないのかも知れない)、さすがにムカつく。あと、本題とは離れてしまうが、このことは高齢者も一緒だ。年取ったら何でも優先、何してもいいとかいうことは全然ないから!

うまく言えないが、リスペクト(あるいはhonor)されるためには、それなりの義務・条件があるってことだろうか。あ、中学の時に教わった、「権利と義務」ってやつか(でも、調べたら、ちょっと違うようだ・・・)。

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4/16の日記より(少し改変)

久しぶりに"Let it be"(2009リマスター)。当たり前だが、中学の頃聴いたレコードよりずっと音がいい。細かい音まではっきり聞こえて、いつも感動する(ありがたく思う)。ところが、今は、音が悪いうえに手間も掛かるレコードを好き好んで買う人が居るのが不思議だ。。。

レコードの音や雑音がいいのなら、レコードじゃなくたって、(あるかどうかは知らないが)レコードの音にするエフェクタ・シミュレータでいいではないか。レコードを掛けるために手間を掛けるのがいいのか。レコードはコーヒーじゃないので、手間暇掛けて掛けること自体に意味はない。たとえ高速回転の高音質盤を買い込み、クリーンルームで再生して、最高の結果が出せたとしても、マスターの音には全然敵わない。そもそも、今はカッティングに使っているマスターがデジタルなのに、それをまたアナログに変換して(、ピチパチ雑音と一緒に)聴きたいっていう気持ちが理解できない。段階が増えれば、それだけ音質は劣化する(レコードの場合、物理的に転写する工程があるから、かなり劣化すると思う。CDも転写するが、エラー訂正があるから、レコードの比ではない)のだが、それがいいのか?

仮に、「レコードは掛け方・機材で音が変わるのがいい」とか言うのなら、それは全くおかしい。そんなのだったら本当にエフェクタで充分だ。その方がずっと自分の出したい音が出せる。コーヒーの淹れ方で香りや味が変わるのは本質的だが、掛け方や機材でレコードの音を変えるのは全然違う。

あと、面を裏返すのや盤を入れ替えるのは鑑賞の妨げにはならないのだろうか。音楽を楽しむのなら、音質(仮にいいとして)だけじゃなくて、演奏に集中できることはかなり重要だ。例えば、本来は短時間で繋がるべき(あるいは曲間なしで連続する)楽章や曲の間が何分も中断してもいいのだろうか? 謎だ。余程の物好きだ。インスタ映えみたいに、レコードを掛ける自分の姿に酔いたいのだろうか。もしかして、「掛ける体験がいい」とか言うのかw そんなに体験がいいんだったら、楽器を買って自分で演奏しようとした方がずっといいよ。

せいぜい、大きなジャケットが欲しいからレコードを買うのはありだろうが、ジャケットだけでも手に入れられるだろうし(それ以前に、今はいくらでも画像が出回ってそうだ)、曲はCDや(ハイレゾ)配信で聴けばずっと楽ではないか。

いずれにしても、そういう人たちは音楽を楽しむことが主目的ではないようなので、僕は全然共感できない。そして、ブームに乗って安直に手を替え品を替え(45回転盤、重量盤、カラー盤、復刻日本盤・帯w, etc.)レコードを出すレーベルは全く情けない限りだ。

 

PS. レコードの音にするエフェクタ(またはシミュレータ)はあった(WebLP)。カセットのも見付かった(WebCassette)。どちらもブラウザ(Chrome)で動くし、カセットはVSTなどのプラグインになっているから、本当の再生にも使える。ただ、僕からすれば、レコードは音質が良過ぎる(雑音が少ない。ただ、歪は多過ぎる)し、カセットは悪過ぎる(いろいろなつまみを高品質側に回して、CHROMEかMETALポジションでないとちょっと・・・: デジタルに慣れ過ぎているせいかも知れない)感じでまだおもちゃ的で実用には物足りないが、もっといいものはできるだろう。

あと、WIN32用なら、Vinylizerというレコードシミュレータがあった。これはVSTプラグインなので、本格的に使えるだろう。

更に、Calf Studio Gearにもレコード(Vinyl)とカセット(Tape Simulator)のシミュレータがあった。だから、Linux(JACK)でもできる。こちらはいろいろ調整できるが、やっぱりどこか不自然で納得行かない。もっとちゃんとシミュレートしないと実用には耐えないと思う。JACKにはVyNil (Vinyl Effect)というのもあり、Calfよりはマシだがやっぱり物足りない(というか、僕はもう、そういう音を受け付けない身体なのかも知れない)。

そういう意味では、手軽に自然なレコードやテープの音を出すには(それに意味があるとして)、本物のレコードやテープを使う価値があるのだろうw

そして、(仮にまともなシミュレータがあったとしても、)もちろん僕は、「使ってみますか?」→「まさかー」だw

PS2. さっき噴飯物を見つけた。妙にレコードに力を入れている店、HMVの「ブラックヴァイナル・アナログレコード」って、普通のレコードじゃん!! なに気取ってんだよw しかも、見出しは字が抜けてるし。こういうのを中学生くらいの子が見ると、なんか特別な物のように思ってつい注文するのだが、届いた実物を見てがっかりするのだ(僕の経験よりw)。 (4/19 17:41)

「ブラックヴァイナル・アナログレコード」か・・・w

(「志向・趣味の違いか。 (その2)」(投稿予定)の前半にする予定だったが、繋がり・まとまりが悪いので単独で投稿)

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前回追記したように、新たなWi-Fi節電アプリを2つ見付けて試した。一個(Wayfi - Automatic WiFi Toggle Service (2018))はGPSの位置情報でWi-Fiのon/offを判定するものだが、前回も書いたように、室内では位置が安定せず、たびたびon/offするので本質的に良くないと考えて却下し、もう一個(Wifi matic (2017))を試した。機能的にはその前に使おうと思っていたWifi Automatic (2018)と同様に、APがない時にWi-Fiを間欠的にon(通常はoff)するものである。

APがない状態で、Wi-Fiを連続onした場合とその2つのアプリ(Wifi maticとWifi Automatic)でWi-Fiを間欠onした場合、更に、APがある状態でWi-Fiを連続on(かつAPに接続)した場合の電力消費率を比較した。

はじめは、より実使用時に近い値を得ようと、外を歩いて往路と復路でWifi maticをon/offして効果を確認しようとしたのだが、どちらも消費電力が小さくて、片道40分程度(最初は30分程度を考えていたが、全く電池が減っていなかったので追加した)では確度の高い値が得られなかった。それ以上歩くのは大変だったので、室内で外出時を模擬した条件で長時間放置しての測定も行った。以下に結果を示す(過去のデータも利用している)。以下では、測定中はほぼ操作をしていない。

外を歩いて測定 (Wi-Fi APなし)

  • Wifi matic off (連続on): 1.5%/h (約40分間)
  • Wifi matic on (間欠on: 15分に1回on): 1.2%/h (約40分間)

→ WiFi matic on(間欠on)の場合、連続onよりも電力消費率が0.3%/h程度少なくなった。

室内での測定 (Wi-Fi APなし/あり)

  • Wi-Fi APなし
    • WiFi matic off (連続on): 0.67%/h (約3時間)
    • Wi-Fi 間欠on
      • WiFi matic on (15分に1回on, APなし): 0.43%/h (約2.3時間)
      • Wifi automatic on (15分に1回on, APなし): 0.57%/h (約3.5時間)
  • Wi-Fi APあり, 接続あり
    • WiFi matic on: 0.57%/h (約3.5時間)

Wi-Fi APがなくて接続できない場合、Wi-Fi間欠onでは連続onよりも電力消費率は0.24%/h程度減り※1、Wi-Fi接続時と同等か少し小さくなる※2。間欠onのアプリ(WiFi maticとWifi automatic)同士の差は0.14%/h程度と、わずかである。

※1 この結果は、前回の最初の見積もりの「Wi-Fiは平均0.21%/h (中略) 消費していると考えられる」と合う(ただし、減った量は見積もりより大きい)。

※2 Wi-Fi接続時の電力消費率がAPなし(Wi-Fi連続on)時より小さいのは、後者はすべての通信(同)をモバイルで行うために、使用していないWi-Fiの分と合わせて消費電力が大きくなる一方、前者はほとんどの通信(インターネット関連)をWi-Fiで行うために消費電力が小さくなるからではないかと推測する。ただ、モバイル通信もそれほど電気を食わないようで、差は0.1%/h程度でしかない(無操作だったため、通信量が少ないせいもあるだろう)。

結局、外でも室内でも、Wi-Fi間欠onで削減できる電力消費率は0.5%/h未満であることは確かだ。

仮に外出時の平均電力消費率を2.5%/hとして、Wi-Fi間欠onにして0.5%/h減るとすれば、電池を全部使った場合には約10時間長く使えることになるが、実際には0%までは使えないので、高々6-8時間程度の伸びであろう。更に、実際の平均電力消費率はもっと大きく(3.5%/h?)、Wi-Fi間欠onによる削減量はもっと少ない(0.25%/h?)から、実際の伸びは1.5時間くらいにしかならないのではないだろうか(それでも、いざという時には結構ありがたい?)。

また、後で消費電力測定アプリ(AccuBattery)の結果を見て分かったのだが、Wi-Fiよりも画面on時の消費電力がかなり大きく、画面on時はoff時の40倍近かった(例: 画面on時: 19%/h, off時: 0.5%/h)。バックライト自体の電力以外に、アプリが動くせいもあるかも知れない。いずれにしても、Wi-Fiで消費電力を減らそうとするのは効果的でなさそうだ。

以上より、Wi-Fiを間欠on(通常off)にするメリットは余りなさそう(つまり、気にする必要はない)である。ただ、自宅以外にWi-Fi APがある場合(お店など)、それらのAPを認識して無駄に接続しようとして電気を食う可能性があるのと、常時onの場合、画面をonするたびにWi-Fiが起動してAPをスキャンしたりして電気を食う可能性があるので、間欠onにした方が若干いいことが期待できる。が、残念ながら、上記の画面onでの消費電力の増大を見ると「気分の問題」という印象は強い※。

※結局、今は、「折角やったんだから」、「気分だけでも下げよう」という思いで、WiFi maticで間欠onにしている。

そして、なぜ、Wi-Fi間欠onにしても消費電力が減らないかを考えると、可能性としては、以下のことが考えられる(いずれも推測)。

  • 今のWi-Fiチップはそもそも消費電力が低い。
  • AndroidがWi-Fiチップをうまく制御して消費電力を下げている。
  • 僕のスマフォ(AQUOS sense lite)のWi-Fiチップはアイドル状態が長くなると勝手に停まるような、独自の省電力機能があるために、平均消費電力が低くなっている。

という訳で、がっかりな結果ではあったが、まあ、モバイルの基地局でWi-Fiをon/offするプログラムを作る意味がないことが分かったのは、徒労が省けたという点で収穫と言えそうだw

PS. 消費電力測定アプリについて: 3C Battery Monitorは全画面広告が突然出て(他のアプリを使っていても出る!)鬱陶しいので止めて、GSam Battery Monitor, My Battery Monitor, AccuBatteryを併用している。GSam Battery Monitorはグラフが出るので一覧性が良く、My Battery Monitorは電池残量などの履歴が数値で出るので、細かく調べるのに良い。AccuBatteryは全体的な状況を見るのに良い(が、それほど有用でないので削除した)。

PS2. 関連するアプリを(散々)検索して思ったが、節電をうたうのはまだしも、充電時間の短縮とか電池・スマフォの冷却とか、果ては劣化した電池の回復とか太陽光での充電なんてのをうたうトンデモアプリが多くて笑った。引っ掛かる人は多そうだが、入れるとどうなるのか、結構怖い。

直接は関係ないが、「しょうもないアプリ」の簡単な見分け方として、名前やアイコンに年号(今なら"2019"。古いままなのは論外w)や"HD"(なぜか、カメラだけじゃくて電池関係にもある)が入っているのは、大体イマイチ(害がないことが多いが、他のアプリの「異名同曲」)な気がする。

なお、本文中の()内の年号はアプリ名ではなく、僕が追加したものである。

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有名な建物が火災になって、そこの人は悲しんでいるそうだが、僕には全然理解できない。文化財が損傷するのが大したことないとは思わないが、仮に僕がそこに住んでいても、「ありゃ、燃えちゃったか」で終わると思う。

なぜかと考えたら、僕は(今は)有形物に関する趣味やこだわりがほとんどなく、音楽とか文学・文章とかドライブのように、形のないもの(形がないのに「もの」というのは変だが)が好きだからなのだろうと思った。それから、仕事に近い話でも、ハードウェアと違って、ソフト(プログラム)にも形がない。「これがそのプログラムです」と言って出されるものは、プログラム自体ではなくて、紙とかCDとかUSBメモリとかで、あくまでも媒体でしかない。ドライブの車にはこだわりがあるが、自分で持つことにはこだわらない。仮に他人の所有でも、乗りたい時に楽しく乗れればいい。つまり、車ですら仮想的なものでいいということだ。

だから、悲しむ人をけなすつもりは全然ないが、僕が好きな音楽などは、どんな災害が起こってもきっと残るからいい。楽譜(これも媒体)は失われても、誰かが覚えているだろう。忘れられたら終わりだが、それは災害がなくても常に起こるから仕方ない。その作品の寿命がそこまでだったということだ。ドライブはできなくなるから無理だが、記憶は残る。

逆に、建築とか絵画・彫刻のような、実物がないと意味がないものは、なかなか不便だと思った。まあ、昔の「世界の七不思議」のように、ずっと語り継がれるものもあるから、必ずしもそうではないのだろうが。

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