Spotifyの音量正規化機能は大抵はうまく動いているのだが、曲によっては音量や音自体がおかしくなることがある。特に、Pink Floydの"Speak to me"(1973)の先頭のように音量がとても小さい時に破綻する。それでも、Google Play Musicのように、ないよりはずっといいのは確かだ。

が、近頃、SpotifyのWeb APIが使えるようになり、その中に曲の(音的な)特徴を取得する機能があるのに気付き、それを使って音量正規化ができないかと思っていた。具体的には、"Get Audio Analysis for a Track"(以下、Analysis)や"Get Audio Features for a Track"(以下、Features)が使えそうなので、調べてみた。

すると、どちらでも音量正規化に必要となる特徴量(曲の音量)が取れそうなことが分かった。具体的には、それらで取得できる"loudness"や"energy"である。なお、Analysisは取得できる情報は多いものの、上記の値程度しか使わないし、毎回分析するのか処理が遅いので、Featuresを使うことにした。

新しい音量正規化の処理として、以下のような手順を考えた。

  1. 新しい曲の再生開始時に、Features APIを実行し、音量の特徴量を取得する。(→ L)
  2. Lから、音量を正規化するための音量調整量を求める。(→ G)
  3. GをSpotifyの音量値に変換し(→ V)、設定する。

いくつかの曲で試したところ、音量の特徴量Lとしては、loudnessが良さそうだった。定義(概要)は以下のようなので、理論上はそのまま使えそうだ。

The overall loudness of a track in decibels (dB). Loudness values are averaged across the entire track and are useful for comparing relative loudness of tracks.

なお、energyの定義(概要)は以下のようなので、うまくLに変換できれば、(数値でなく)聴感的な音量の正規化ができそうなのだが、いい方法が思い付かなかったので、今回は見送った。

Energy is a measure from 0.0 to 1.0 and represents a perceptual measure of intensity and activity.

GMB(gmusicbrowser)での音量正規化の結果と比較して検討し、loudnessをそのままLとして使う場合、LからGへの変換式は以下とした。

G= X - L

Xは目標とする(一定にしたあとの)再生音量(dB)で、試行錯誤の結果、-13(dB)が最もGMBの音量に近くなったので採用した。

(10/12 6:26追記) 後から気付いたのだが、上のXは正確には2つの要素からなる。一つは、目標とする音量Yであり、これが仮想的な0dBとなる。もう一つは、正規化した音のシステムの最大音量(0dB)からの余裕Zであり、Yの音量は実際のシステムでは-Zとなる。音量をYに正規化したあと、音量(振幅)はZまで大きくなることが可能である。XはYとZの和であり、通常はY= Z= X/2と設定するので、上のように書いても大きな問題ではないが、動作の調整・確認をしている時に「何かおかしい」と思ったので書いた。

ただ、これは考え過ぎとか誤解だと思う。今、書いたあとに気付いたのだが、Yは実際には「平均」音量であり、もしYを「最大」音量(0dB)とすれば、Z= 0となる(それで充分)だから、Y= Xとなり、上の変換式はそのままで正しい。最初は最大音量と考えてその式を書いたのに、実際の動作を見ているうちに誤解したのだろう。 (だから、この節は書かなくても全く問題ないのだが、忘れるために書いておくw)

が、更に気付いたのは、Lはloudnessであって最大音量ではないので、やはりYは平均音量と考えるべきで、やっぱり上の節は要る。別の考えをすれば、Lに係数が要るのかも知れないということだ。その係数は、その曲の振幅の変化量(= ダイナミックレンジ)を示す値だろう(が、それはSpotifyでは分からない)。

Spotifyの音量を調整するには、アプリの音量そのものを変更する以外に、Spotifyアプリのあとにアンプやミキサーを入れてそれで調整する手がある。しかし、外部プログラムから手軽にゲインを変更可能なものが見つからなかった(MIDIを使えば制御できそうではあった)のと、できるとしても結構大げさになるので、今回は見送った。

Spotifyアプリの音量を変更するには、(現在のSpotifyアプリはDbusでは音量が調整できないため、)Spotifyアプリにウインドウシステム(X11)経由でイベント(キーやマウスホイール)を送ってボリュームを操作する方法と、PulseAudioのSpotifyアプリのボリュームを設定する方法がある。後者は音量値にdBや相対値が指定でき、pactlコマンドで簡単に実行できるので採用した。

上記のように、音量値にdBが指定できるので、基本的に、GがそのままSpotifyの音量値として使える。ただし、Gが大き過ぎる(例: 0よりかなり大きい)と音質が劣化するので、上限(Vmax)を設けることにした。今回はLは6(dB)とした。結局、Spotifyの音量設定値V(dB)は以下のようになる。

V= G (G < Vmaxの時),
     Vmax (G >= Vmaxの時)

ただし、pactlコマンドの仕様により、符号付きの値は現在値からの相対値になってしまい、負のdBは相対値とみなされるために(、結局全然)使えないので(どういうつもりなのか、作者に聞きたい)、pactlに指定する時に0..1の数値(R)に変換している。これはdBから数(比率)への変換で、以下のとおりである。

R= 10(V/20)

ここで不思議だったのは、Rをpactlに指定すると期待どおりの結果にはなったのだが、設定後に取得した音量の%の値が想定と異なるのである。例えば、"0.5"を指定すると、結果は"50%"でなく"79%"となる。dBの値は"-6.02dB"と正しいが、%はどうもおかしい気がする。本来は50%になるべきと思うのだが、%の値も対数なのだろうか。謎ではあるが、実際の音量や聴感的には期待どおりなので、深くは考えないことにした。ただ、将来的に、バージョンアップなどでこの動作が変わってしまうリスクはある。

pactlコマンドでSpotifyアプリの音量を設定するには、以下の手順で行う。

  1. Spotifyアプリのsink-inputのIDを得る。→ siid
    • pactl list sink-inputsの出力を解析する。
  2. Spotifyアプリの音量をRに設定する。
    • pactl set-sink-input-volume siid Rを実行する。

上記の処理を実装して聴いてみたところ、概ね期待通り動いている(→ 曲が変わるとボリューム(画面中央下部)が動くデモ)。ただし、以下のような問題がある。

  • 曲の切り替わりの検出に時間ズレが生じることがあるので、音量設定タイミングがずれることがある。
    • 音量の小さい曲の後に大きい曲が掛かる場合、音量を下げるのが遅れる場合があって、その時には、次の曲の先頭が(一瞬)大音量で再生されてしまう。
    • 逆に、音量の大きい曲の後に小さい曲が掛かる場合、音量を上げるのが早過ぎる場合があって、その時にも、次の曲の先頭が(一瞬)大音量で再生されてしまう。
  • 曲によっては少し大きく感じることがある。
    • 例: Commodores "Easy", CHIC "Le Freak"

曲の切り替わりの検出精度は、Spotify API自体にズレがあるので、容易には向上できず、本質的な解決は難しいのだが、音量を一気に変えずに、1回の変更量に上限を持たせて少しずつ変えるようにして(ただし、音量を下げる時は2倍の速さにする)緩和を試みた。また、変更前の音量が0dBを超えている場合は、超過分を一度に下げるようにした。この修正の都合で、pactlへの音量設定値を、比率(R)でなく現在の音量とVの差分にした(結局、符号付きのdB指定(相対値)だけでも良くなった)。

(10/3 12:23追記) 曲の頭が一瞬大音量になることがある問題は、JACKのエフェクタを使えば緩和できるかも知れない。Spotifyの出力を、瞬間的な大音量を抑えるようなエフェクタ(リミッター?)につなぎ、音量正規化がonの時だけそのエフェクタをonにすれば良さそうだ。エフェクタの制御は本アプリ(Spotifyミニプレーヤー)からMIDIで行う。おもしろそうだが、パラメタの設定は難しそうだ。余りにも気になるようなら、やってみたい。

この場合は、音量正規化もJACKでできる。Spotifyの出力をミキサーのSpotify用入力につなぎ、その音量を本アプリから行えばいい。上記エフェクタの入力レベルが変えられるなら、それでも可能だ。ただ、これ自体の価値はそれほどない。あくまでも、大音量を抑えるついでにできるということだ。

大きく聴こえる曲は、今のところどうしようもない。数値で正規化する限界なのかと思い、採用を見送ったenergyがうまく使えないものかと思っている。ただ、GMBの正規化でも同様なことはあるし、自分や周囲の状態によっても音量は違って聴こえる(要は「気のせい」)から、あまり深追いしても仕方ないのかも知れない。

(10/6 21:22追記) 音量で気になっていることの一つは、静かな曲の音量が大きくなり過ぎることなので、それを解消するのに上記のenergy(以下、E)を使って音量設定値Vを調整してみた。

静かな曲はloudness(L)が小さいためにVが大きくなるので、音量が大きくなりやすい。一方、そういう曲はEも小さいので、Eの大きさ(小ささ)でVを調整することを考えた。Eが小さい時は、その分Vを減らすのである。

Eがどういう単位・仕様の値なのか不明(0..1ということだけ明らか)なのだが、試行錯誤して、Eの値をdBに変換してVに加える(Eは0より小さいので、実際には引かれる)ようにした。Eで調整した音量設定値V'は、次の式で求められる。

V'= V + k * 20 * log10(E) (E >= Eminの時)
      V + k * 20 * log10(Emin) (E < Eminの時)

kはEの強さを調整するための定数で、0.05から0.3程度が良さそうであるが、いろいろな曲で試したところ、0.15辺りが最も適当だった。ただ、曲によって変わるので、更に調整が要りそうだ。Eminは想定する最小のEで、0.0001とした(log(0)はエラーになるので、それを防ぐために定義している)。

この式は全くの思い付き(と誤り)から出て来たものである。Eの詳細が不明なので、そのままdBに変換していいのか怪しいが、VはdBなので、VをEで調整するのなら、少なくとも、EをdBに変換した値を使うのは適切だと思う。

残念ながら、この方式は、元々音量が小さくなくて更に大きく聞こえる曲(例: 上記の"Easy"や"Le Freak")には効果がない。それらはEが大きいため(だから、うるさく聞こえるのだろう)、ほとんどVが減らないからである。それらには別の特徴量が使えるのかも知れない。

(10/9 11:09追記) 音量でもう一つ気になっていることは、クラシックの曲の正規化がうまく行かないことだ。クラシックの曲はポップ音楽と違ってダイナミックレンジ(音量の幅)が広く、平均音量が小さいことが多いため、ポップ音楽と同じように正規化すると音量設定値Vが10dB前後ととても大きくなってしまう。一方、DACは0dB以上の音は再生できないので、音質が劣化する。

これに対処するには、まず、目標音量Xを下げて(例: -20dB)、(形式的な)増幅の余地を増やす必要がある。また、10/6の追記とは逆に、energy(E)に応じて音量設定値Vを増やす方が良さそうだ。そこで、E(のdB値)に応じてloudness(L)を増やすことにした。ただし、LがXより大きい場合に更にLを増やすと、Vが減って逆に音量が下がってしまうので、Lを増すのはLが小さい場合だけにした。クラシック音楽用の音量設定値V''は、次の式とした。

V''= X' - L''
  X': クラシック音楽用の目標音量 (dB)
  
  L''= L' (L' < X'の時)
        L (L' >= X'の時)
  
    L'= L + m * 20*log10(1 - E) (E >= Eminの時)
         L + m * 20*log10(1 - Emin) (E < Eminの時)

mはEの強さを調整するための定数で、いろいろな曲で試したところ、0.05辺りが最も適当だった。また、X'は-24dBとした。これらも継続して調整が要りそうである。

なお、目標音量をかなり下げるために音質の劣化が心配だが、まず、ほとんどの場合に実際の設定音量は0dB付近になるため、大きな問題はない。なお、仮に設定音量が目標音量と同じくらいになった場合には音の有効ビット数が減るため、音質が劣化する。その有効ビット数は、元の音を16ビット相当(ダイナミックレンジ: 約100dB)とした場合に設定音量を-24dBに落とした場合には、概ね (100-24)/6= 12.7ビット程度になる。この場合でも、有効なダイナミックレンジは76dB程度あるはずだ。

実際に、いろいろな音量の曲に対してこの方式で音量正規化を行った場合と音量正規化を行わない場合の音量を比較したところ(どちらも、アンプの音量は最初に調整した後は変えないものとする)、音量が適正だと感じることがほとんどだった。数値的にも、それらの曲に対して約9dB(= 2.8倍)の幅で調整を行っていたので、効果はありそうだ(→ クラシック音楽でも、異なる曲を混ぜて聴く時には音量正規化はあった方がいい)。なお、この方式ではポップ音楽も正規化できるが、方式やパラメタが最適でないうえに、ポップ音楽はダイナミックレンジが狭い場合が多いため設定音量が目標音量(-24dB)付近になることが多いので、音量と音質の点で得策でない。そのため、この方式をクラシック音楽用のモードにし、従来のをポップ音楽用にした。

クラシック音楽用の音量正規化モードを追加したため、ミニプレーヤのUIを変更し、音量正規化のon/offでなく、off("-")またはモード(ポップ("P")/クラシック("C"))で表示するようにした。

それから、音量正規化のモードを切り替える際に音量が大きく増加することがある(例: クラシック → off)ので、安全のため、再生中にそのような切り替えを行った場合は一時停止するようにした。

最後に、気になっていた、静かな曲での正規化結果を比較してみる。以下は、"Speak to me"の先頭約20秒(鼓動)の部分の右チャネルの波形(上から順に、GMB (正規化off), Spotify(正規化off), GMB (正規化on), Spotify(正規化on), Spotify(今回の正規化))である。なお、それぞれの開始時刻は合わせていないので、波形の位置は異なる。

Pink Floyd "Speak to me"の先頭約20秒の右チャネルの波形比較

正規化した波形(最後の3つ)を見ると、明らかに、Spotifyの正規化は「やりすぎ」であり、そのためにおかしく聴こえていたことが分かる。一方、今回の正規化(一番下)は小さ目ではあるが、GMB(上から3番目)と同様の振幅になっている。聴いた感じでも問題なく、今回の方式が有効であることが確認できた。

なお、今回の正規化の振幅が小さ目なのは、この曲の音量がとても小さく、本来の音量設定値が上限(6dB)を超えているために、充分に音量を上げられないためである。

→ 音量制限の上限を解除して試したところ、振幅がSpotify以上に大きくなってしまった(フルスケールを超えた)。パラメタの調整(あるいは、上記のenergyの利用など)が要るようだ・・・ そして、Spotifyの正規化の処理は正しかったようだ。この点はがっかりした。

→ 音量設定値の上限を7.5dBにしたら振幅がGMBと同等になったので、当面はこれで試してみたい。

→ (19:40追記) どうやら、(当たり前ではあるが、)0dB(100%)より大きく増幅するのは良くないようで、少し長くクラシック(0dB超えの曲ばかり)を聴いたあとにポップに切り替えたら違和感が生じた(耳がずっと圧迫されていたような感じ)。また、当たり前だが、たまに音量がオーバーレンジ(0dBを超える)するのも余りいい気分でない(ただし、瞬間的なので聴いていても分からない)。それで、上限を0dBにすることにした。それで音量が小さくなってしまう曲はもともと小さく作っていると考えて、諦めることにする。

馴染みのない方のために説明すると、0dBを超えて増幅するというのは、デジカメのデジタルズームとかISO感度を高くするようなもので、確かにそれらしい画像は写って便利なのだが、無理してデータを作ってるから画質は期待できないということだ。

あと、"Speak to me"の冒頭の音がおかしく聴こえるので、Spotifyアプリの正規化は動的に処理(例: 現在までの音量などで現在の音量を調整する)しているのかと思っていたが、波形はそうでもないので、音量を上げ過ぎているだけなのかも知れない。ただ、目標音量を小にすると音量が下がり過ぎてしまうので、Spotifyアプリは今一つなことは確かだ。

副次的な効果として、今までは、音量正規化をon/offする際はSpotifyアプリを再起動する必要があるので、再生が停まり画面が変わってしまうなど、ちょっとしたストレスだったが、今回の方式では気軽にいつでも(まさに"on the fly")切り替えられるようになり、大変便利になった。実際には、このイライラを解消したいということが、今回の作業に着手する大きな動機になった。

(10/6 21:22, 21:39 変数名の重複を修正、設定値を更新)

 

PS. その後、調整・修正・改良しながら使っていて(というか、そればっかりしているがw)、上記の曲間のタイミングずれによる不意の大音量を解消したいと思っている。が、それは難しいことも分かった。今のところ、以下のようなことを考えている。

  • コンプレッサーやリミッターで大音量を制限する。
    • 大音量がほんの一瞬に抑えられるが、通常の曲(特に、クラシックは音量レベル(上記L)が小さいと認識されるため、大抵、音量(上記V)が最大に設定される)の大音量も制限してしまうので、(聴感上は分からないが、)常時は使いたくない。必要な時だけonにする必要がある。
  • コンプレッサーなどを使わないで回避する。
    • Spotify web APIのタイミングズレを補償する。
      • (無音で?)曲間を検知して、曲間と認識する。
      • 「スマート」な処理を作る?
      • 次の曲の先読み?
    • 我慢する。

切り替えて使うにしても、コンプレッサーなどはどうも気に入らない(onにしている時は妥協していることになる)ので、使わない方法を考えている。でも、できるかどうかは不明だ。まあ、あまり頻繁に起こらない(実際、昨日確実に起こっていた曲で今日は起こらない)ので、我慢するのが一番効率的なのかも知れないw

その他、以下のような改良をした。

  • 音量設定処理の遅延を防ぐ。
    • 曲間にSpotify web APIの認証トークン(有効期限がある)を更新すると音量設定処理が遅くなる可能性があるので、可能な限り、「忙しくない」時にトークンの更新をし、曲間での更新を抑えるするようにした。
      • 具体的には、再生中に一定間隔(例: 2分)で(無駄に)web APIをアクセスする。この時、トークンの有効期限を短め(例: -5分)に見て早目に更新しておく。一方、曲の切り替わり時のアクセスでは、有効期限ギリギリまで(例: -10秒)トークンの更新をしないように指示する。
  • 自動的に音量をリセットする。
    • 再生を停止してある程度(例: 20秒)時間が経ったら音量をデフォルト値(例: -10dB)に戻すようにして、(小音量の曲の再生後、)次に再生する曲の頭が不意に大音量にならないようにした。
      • ただ、次に再生する曲の頭が小さくなってしまうことがあるという弊害はある。

(10/5 10:50)

PS2. PSに書いた、Spotify web APIの曲の切り替わり通知タイミングずれによる意図しない大音量を防ぐ方法について考えた。曲の切り替わりを正確に検出して、その切り替わった時点で音量を設定すればいい。そのためには、まだ曲間になっていない場合にはそれまで待てばいいが、既に曲間が過ぎている場合には時間を戻して、出た音の音量を変える必要がある。果たして、そんなことはできるのか?

まず、曲の切り替わりを正確に検出するのが難しい。 一番簡単なのは無音検出だろうか。現在の再生位置が曲の終わり付近になった場合やSpotifyアプリから来る「曲が変わった」イベントの付近で(これらはある程度正確と考えられる)無音になったら「切り替わり」と判定するか。曲の中には終わったと見せかけて再度始まるものもあるが、さすがに終わりの数秒間ではなさそうだ。だが、今と次の曲がどちらもメドレーとかライブとか雑音が多くて、無音部分がなかったら駄目だ。。。

無音を検出すること自体は可能だが、ちょっと重い。そもそもそういうプログラムが要る(探せばあるだろう)。無音がない場合にも対応するには、音の特徴を分析するのだろうか。それは結構重い・・・

時間を戻すのは、不可能に思えて実は可能だw 戻す期間を数秒間に制限すれば、再生する波形をその時間分格納し、古いものから順に再生するようにすれば(ところてんのような感じ)、その数秒間は戻すことができる(正確には、Spotifyが再生したと思っている音はまだ再生されていないから、出てしまったはずの音(= 過去の音)を操作することができる)。問題は、再生に常にその数秒間の遅延が生じることだ。再生ボタンを押してから数秒待たないと音が出ないし、停めても数秒間は音が出る(こっちは何とかできる気がする)。それが許容できるだろうか。

一方、今日は問題が全然起こらなくなってしまって、「もしかしたら、いじっているうちに直ったのか?」と、淡い期待をするのだが、実際にはそんなことはないのは、今までの経験から明らかだw でも、滅多に起こらないことは確かなので、わざわざ上に書いたような大掛かりなものを作って苦労しなくてもいいような気がしている。ただ、技術的な興味から、やってみたい気分はある。

そして思ったのは、(昔の)日本にはこういう物好きな技術者が多く、それだけならまだいいが、お客や経営者が無理難題を吹っかけたにも関わらず、(24時間戦うw)彼らによって実現されてしまった製品を素直に販売してしまったから、ガラパゴス化してしまったのかも知れないということだ。

(10/5 21:28)

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24、25と連続して来ると、つい、モーツァルト(のピアノ協奏曲)を思い浮かべて、脳内で再生してしまいます。その後の26、27号も期待しちゃいますけませんね。でも、交響曲を思い浮かべる人も居るのかも知れませんね。僕は全然ですが。

それにしても、23号はどうしちゃったのかなぁ・・・

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[10/1 8:18 この問題は解決した。原因と対処を最後に示す。]

面倒なことは、いつも突然やって来る。昨日、ふと、SpotifyとGMB(gmusicbrowser)を切り替えると音量が違うのが気になっていたので、それを可能な限り合わせたくなって、テスト信号を作って再生したら、思わぬことに気付いてしまった。

MP3のスイープ信号を再生したら、GMBからの音がおかしかったのだ。特定の周波数(例: 5.5kHz)が小さくなった。以下に問題の波形(問題の起こった5.5kHzの正弦波の再生波形の比較)を示す。上は問題がある場合、下は問題のない場合である(左チャネルだけを抜粋した)。なぜか変調が掛かっている感じで、音量が小刻みに振動している。そのために音が濁って聞こえる。

興味から、この変調波の周波数を調べたいのだが、普通にスペクトルを出しても出ず、なぜかLPFでも抽出できない(LFP後のスペクトルが出ない)。目視では24Hz程度と分かるが、なぜLPFで取れないのだろうか。振幅がとても小さいのか(そうなら、こんなに振れない気がする)。まだまだ知識が足らないようだ。。。

↑ 分かった! スペクトルを拡大したら、5.5kHz付近に2つの山があった。それらが干渉していたのだ。2つの差は約25Hzで、上記の目視と一致した。でも、なぜこういうことが起こるのだろうか? 新たな謎だ。

参考のため、実際の音(再生音を収録したもの)をこちらに置く。最初が問題のある場合、次が問題のない場合である。音量が大きいが、小さくしても現象は変わらなかった。多くの環境で再生できるようにMP3にしたので、環境によってはどちらも同じように(問題があるように聞こえる)可能性がある。

同じ音でもFLACのファイルを再生する場合は問題が起こらず、出力系をJACKからPulseAudioに換えても問題は起こった。それから、同じMP3のファイルを他のプレーヤー(例: XPlayer)やGstreamer(以下、GST)の再生プログラム(gst-play-1.0)で再生しても同じ現象が起こるが、問題の起こらないプレーヤー(例: Spotify, AlsaPlayer)もあるので、GMBが再生に使っているGSTのMP3デコーダ(デフォルトのもの)に問題がある可能性が高いことが分かった。

更に試したら、madというデコーダを使うと問題が起こらなくなることが分かった。以下に、gst-launch-1.0での例を示す。下記太字の"mad"を"decodebin"に変えると、問題が起こる。

gst-launch-1.0 filesrc location=test.mp3 ! mad ! audioconvert ! autoaudiosink

結局、GSTのデフォルトのデコーダ(decodebin?)に問題があるようなのだが、仮にGSTのバージョンが古いせいだとしても、OSのパッケージのものを使っているため、それより新しいものにバージョンを上げるのはかなりの手間(自分でコンパイルする)なので、上の例のようにGMBで使うMP3デコーダを変更するようにした。

MP3デコーダはmad以外にmpg123audiodecやavdec_mp3でも問題が起こらなかった。ただ、gst-launch-1.0で使う場合にはmadしか音が出なかった(他はprerollのエラーが起こった)。これは、僕がGSTの使い方を良く理解していないせいだ思う。

それで、3つの中では(名前から)一番品質が良さそうな(イメージの)avdec_mp3を使うことにした。ただ、何か問題があった時やデフォルトのデコーダで試したい時に手軽にデコーダを変更できるように、GMBの拡張設定で変えられるようにした。

他に分からなかったのは、GSTのパイプライン(上記のコマンド例のようなもの)でMP3デコーダを指定する順番が最初でないと うまく動かなかった(再生開始しない)ことだが、これも僕がGSTを良く理解していないせいだと思う。

 

昨夜から延々と試行錯誤と対処をして、ようやく本題の音量を合わせる話に進むことができた。テスト信号とメーターで音量を比較してみたら、結局、音量正規化を行わない場合には、どちらも同じ音量で再生されることが分かった(まあ、デジタルなのだから、大きく違ったらおかしいが・・・)。僕のシステムではDACの前に部屋の特性補正用のイコライザを入れているが、両方とも音量を100%にしてもオーバーフローは起こらないようだった。ただ、念のため(論理的でない「気休め」)、イコライザの前で1dB下げるようにした。

音量正規化を行う場合には、SpotifyとGMBの音量は異なっていた(これが、気になっていた音量差である)。それぞれの仕組みや目標音量が異なるためだろう。手持ちとSpotify両方にある数曲で調べたら、曲にもよるが、1〜3dB程度Spotifyが大きかった。それでミキサー(jack_mixer)を使って2dB程度下げたら、差が1dB以下となった。これで聴感的にも合えばいいが・・・ → 残念ながら、曲によってSpotifyの正規化後の音量が違うようで、あまり合わない感じだ。

まったく、手製のシステムは不意に問題が起こって気が抜けないものだ。まあ、オーディオ道 趣味なんてそんなものだろうw ただ、JACKだといろいろな部品をマウスで配線して手軽に試行錯誤や確認ができるのは便利だし、いろいろな知らなかったことが分かるのはおもしろい。

それから、MP3デコーダの問題はダウンロード購入したMP3音源の音質劣化を起こすことに気付いて確認したら、確かに若干音がおかしくなっていた。具体的には、ルプーのモーツァルト ピアノ協奏曲 第21番(1975)で弦(バイオリン)の音量が大きい箇所で違和感がある。実際、今年の頭に音が悪いことに気付いて書いている(これはこっちの問題だし、苦情を言ったら確実に泥沼化して疲弊しただろうから、黙ってて良かったw)。今聴くと、MP3デコーダを変更すると、違和感がほとんどなくなって、すっきりした気分のいい音(曇り空がちょっとした青空になった感じ)になる。確かに、録音が古いことによる音の悪さもあるのだが、MP3デコーダの問題が大きかったようだ。

もちろん、他のMP3音源でも同じ問題があるはずだが、特定の音(例: 5.5kHz)が続く場合にしか顕著にならないようで、たまたま僕の手持ちの曲ではそのパターンが少なかったらしく、気付かなかったようだ。実際、ルガンスキーのラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2,3番(2005, 2003)ではまったく差が分からず、以前どおりのいい音にしか聞こえない。

それにしても、ルプーについては本当に音が悪いことが分かっていたなんて、僕の耳と環境は随分良くなったものだ。つい最近まで何がいい音か分からなかったことを思うと、全く感慨深い・・・

 

(10/1 8:18追記) MP3の音がおかしい問題の原因が分かり、対処できた。

しつこく試したり調べていたら、ヒントになる投稿が見つかった。どうも、GSTにインストールしていたFluendo MP3 Decoder(flump3dec、パッケージ: gstreamer1.0-fluendo-mp3)が古い(その投稿が2007年なので、それより前!)うえにバグがあったようだ。そして、今(実際には2007年以前から)はそれがなくてもMP3を再生できるとのこと。僕が自分でgstreamer1.0-fluendo-mp3をインストールしたのかは今となっては分からないが、余計だったようだ(← 別のPCには入っていないので、自分で入れたようだ)。

それで、gstreamer1.0-fluendo-mp3をアンインストールして問題のファイル(5.5kHzおよびスイープ)を再生してみたら、正しい音が出た(再度インストールしたら、やっぱり駄目になった)。ルプーのモーツァルト ピアノ協奏曲 第21番も大丈夫そうだ。それで、GMBのMP3デコーダの指定も止めて、デフォルトに戻した。

いつものように最後はあっけなかったが、原因が分かって良かった。それにしても、余計なパッケージは削除して欲しいものだ(→ Ubuntuの人)・・・

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クラシック音楽の演奏の好みの話。「(普通に)楽しんで聴けばいいじゃん」というのは一見もっともなのだが、料理に例えてみよう。カレーライスが好きな人は多いが、「カレーだったら何だっていいんですか?」と聞かれたら、多くの人は「違う!」と言うはずだ。家のカレーが好きな人も居るし、蕎麦屋のカレーが好きな人も居るし、特定のレトルトカレーが好きな人も居るだろう。逆に、(懐かしの)スキー場の(高いだけの)カレーを是非食べたいという人が居るだろうか? それと同じことだ。

僕の場合は、クラシック音楽は、曲と演奏の両方が気に入らないと、乗れなかったり途中で引っ掛かってしまったりして、心から楽しむことができない。演奏は演奏(録音)した時によって変わるし、曲によっては、カデンツァにいくつか種類があったり、ピアノなどの独奏者と指揮者とオケの組み合わせになるし、使う楽器によっても印象が大きく違うし(例: ピアノとフォルテピアノ)、録音の音質だって多少は気になるので、組み合わせはものすごく多くなる。

そのため、世の中には山ほど同じ曲の演奏があるのにも関わらず、なかなか気に入るものがないという面倒な話になる。しかも、どうしてか、聴く時によっても印象が違うので、なかなか「定番」というのがなくて困る(実際には、新鮮味も重要なので、定番があっても避けている)。でもまあ、趣味なので、そういう風に困るのもおもしろいし、今はSpotifyなどの配信サービスのおかげで多くの演奏を試せるから、ありがたい。

そして、ふと気づいたのだが、僕が山ほど聴いても「定番」が決まらないということは、他の人もそうだから、こんなに多くの演奏(録音)が出回っているのだろうし、演奏者も、それまでの他者(それどころか自分のまでも)の演奏に納得していないから新しく演奏(録音)するということではないだろうか。まあ、単に経済的なことも多いのかも知れないが、それだけだったら苦労して音楽家になる人はもっと少ないだろうし、レーベルにしてみれば、新しく作るより既存の定番を(「リマスター」だの「ハイレゾ」だとかを)売るだけの方がずっと利益になるだろう。だから、(クラシック業界全体としてはじり貧ではあろうが、)演奏(挑戦)したい願望はあるし、配給する(したい)会社もあるし、聴きたい需要もあるから、これはこれでうまく回っているのではないか。

要するに、演奏者やクラシック業界は、僕みたいに面倒臭い(細かく聴いて楽しむ)人に支えられている面があるということだ。だから、こういう楽しみ方にも意味はあると思う。

 

以下に、面倒臭い実例として今日の話をだらだらと書く。

夜、なぜか突然、(基本的には余り好きでない)モーツァルトのピアノ協奏曲 第26番 「戴冠式」が聴きたくなって(何となく、元気が出る曲が聴きたかったのだと思う)、SpotifyでOliver Schnyderという人(以下、内田までは初めて聴く人)の(2008)を試した。古楽器風で嫌な予感がしたが、まだ許せた。オケは繊細で綺麗だった。しかし、なぜか途中で止めたくなって(あまりおもしろくなかったのだろうか)、Christiane Engelの(2000)にしたら、遅過ぎた。

Boris Merssonの(1995)は平凡な感じで、Christian Zachariasの(2011)は良さそうだったが、どうも、この曲に求めている躍動感というか活力に欠けているのか、聴いていて気分が昂揚しなかった。

それで、仕方なく(良く聴いていたので、新鮮味がないから避けたかった)、手持ちの内田の(1988)にした。さすがにオケからしていいし、当たり前だが、ピアノもいい。きっと、僕の中の「定番」とか「標準」なのだが、それでも、好きなせいか、陳腐な感じはしなかった。ただ、なぜか音質が今一つで、特にピアノがこもった感じだった。そして、どうもカデンツァが今一つ気に入らなかった。

それで、ピレシュの(1975)にしてみたら、イントロから元気が良くて、期待どおりだった。若かったせいか、ピアノも元気でいいし、音質も問題ない。更に、ピアノに低音のすごみもあるから、これが(今日では)ベストだということになった。という訳で、たった一曲を聴くのに、5人も試す必要があった。。。

続きもあって、その後に聴いた彼女の第23番、K. 488 (1975)はなぜか音質が悪かった。ピアノがこもっていて、若干弱く聞こえる。ピアノの演奏も少しペラペラしている(フォルテピアノ的)のが良くなかった。オケはわずかに変わっていていい。ピアノの録音のし方自体はいいと思うのに、こもっているのが不思議だった。結果的には録音が良くないのだろうが、第26番と同じ年なのに、こんなに差が出るものだろうか?
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(下世話な話題続きで・・・)

大阪の選挙区で野党から立候補するとかいう女性弁護士。手を取り合ってにやける代表と一緒の写真を見たら、なんか、顔立ちとか髪型が、いろいろな疑惑を碌に説明しないで略奪婚すらした、偉そうな(だけど、顔にはとても引きつけられる)同じ党の女性議員に似ているのだが、誰かの好みでもあるのかと思ってしまう。あるいは、その枠の世代交代なのだろうか(と思ったら歳は同じだったので、単なる入れ替えなのか)。

まあ、そういう下らないことは一切なくて、本人の実力で選ばれたのだろうが、どうしても一抹の不安を持ってしまう。

が、まあ、僕にしてみれば、鑑賞のタネが増えるだけなので、いいことではあるw

 

PS. どこかで見たことあると思って、(検索で出て来た)沢山の写真を眺めていたら、(naokiさんもお好きな)有名な卓球の女性選手にも似ていることに気づいた。なるほど、この手には弱いなあ・・・

PS2. 検索すると画像がいっぱい出て来たので、どうやら、TVなどでの有名人のようだ。ううむ。

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飲酒運転とひき逃げで捕まった芸能人が保釈されたそうだが、その写真を大きくして3回くらい見てしまった。

言うことないじゃん!

白いシャツと黒いタイトなスカートのシンプルな服装は僕好みでほとんど言うことないし、色白で神妙な顔もいいじゃないか。今まで名前程度しか知らなくて、逮捕の時の(とっ捕まった猫のような、)うなだれた顔の写真を見た程度だが、随分雰囲気が違うものだ。

そうやって多くの人に好印象を与えて、なるべく早くほとぼりを冷まそうとしているだけなのかも知れないが、こっちは見て楽しむだけなので、(その人の今後がどうなろうと)どうでもいいことだw

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僕は、クラシック音楽が「古臭い」とか「難しい」とか「ベートーヴェンの顔が怖い」wなどの理由で毛嫌いされ続ける現状がもったいないと思い、(クラシック業界の回し者ではないのだがw、)常々、これを読んだ方が「ちょっと聴いてみるか」と思ってくれたり、「気付いたら聴いちゃってたよ」などになるといいと思うのだが、実際には、題に「クラシック」とあるだけでパスされそうだから難しそうだ。それ以前に、ここの読者は少ないw

まあ、それはいいとして、クラシック音楽は古いだけではないと、近頃改めて思った。確かに作曲・公開(初演)はすごく古いのだが、僕は、曲の解釈や演奏の仕方は時代とともに変わっているように思う。どうしてかというと、前に書いたように、昔の演奏が余り好きでない(好きになれない)からだ。

僕にしてみれば、近頃の演奏は新しく(例: ノリがいい、滑らか・鋭い・キレがある、驚きがある)、昔のは古臭く(例: 堅苦しい、音がガチガチしている・小間切れ的、単調)感じるが、実際には、「新しい」・「古い」という表現は正しくなく、僕の好みに近いか遠いかの方が適切そうだ。好みという点では、基本的には(何でもいい訳ではないが)ちょっと昔のポップ音楽が好きなので、クラシックでもそういう演奏(例: 乗れる)や解釈が好きで、結果的に、近頃の演奏が好きなのではないだろうか。そこに関しては、昔のポップ音楽が近頃のクラシック演奏者に影響を与えている可能性もありそうだと思うが、どうなのだろう。

もちろん、演奏や解釈の時代的変化には、まずは音楽(研究?)自体の発展・変化の影響はある(誤解されがちだが、クラシックの人は、何の変化も起こさず、昔ながらに当たり障りなく演奏していればいいと思っているばかりではないのだと思う)。それが作曲者の意図や初演当時と同じかどうかは不明だが、同じである必要はないと思う。逆に、今の人が楽しめるように変化・発展・拡張させる方がいいと思っている。

レコードなどの、録音された演奏の古い・新しいに関しては、録音の年代・技術による影響もある。当然、古い録音の音は古い(音質が悪い)。でも、それが聴いた時の印象に与える影響は余り大きくないと思う。せいぜい、ダイナミックレンジが狭いせいで強弱の変化が乏しく聞こえる程度だろう。この点は、当時生演奏を聴かれた方に、実際の演奏はどうだったのか教えて頂きたいと、今思った。

でも、例えば、SPレコードを愛聴される方は特にそういった点で文句を言っていない(例: 「レコードだと全然違う演奏になってしまう」とは言われない)から、やはり、古い技術で録音されていても印象は大きく変わらないのだろう。

ただ、ものすごくたまに、昔の演奏でも(古臭くなくて)自然に聴けるものがあることが分かった。というのは、先日書いたカサドシュのモーツァルト ピアノ協奏曲 第26番(1963または1959)のピアノが実に滑らかで良かったのだ。聴くまでは全然期待していなかったのだが、(名前だけは聞いたことがある)有名な人なので聴いてみたら、現代の演奏と言っても分からないくらいだったので驚いた。同じアルバムの第27番(1963)も良かった。この曲ではオーボエが実に良かった。オケも良かった。ただ、やはり例外だったようで、別のアルバムの第20番(1960?, 録音: 1956)はすごく古い感じがし、いかにも「昔の演奏」という感じだったので、がっかりしてしまった。

なぜそうなったのかは不明だが、おもしろいと思う。演奏や解釈の時代的変化以外に、演奏者(と演奏のタイミング)への依存が大きいのだろうか。あとは、聞くタイミング(聞き手の心理的状態や体調)も関係しているのかも知れない。

 

という訳で、ないとは思いますが、是非、気付いたら聴いちゃってて下さいw でもまあ、楽しければいいので、実際には何を聴いたっていいんです。

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今は使っていない古いアドレスにフィッシングメールが来た。差出人も宛先も自分(そのアドレス)で、「すぐにお読みください!」という件名だ。僕のアカウントをハッキングして僕のデバイスに完全にアクセスできるそうで、

それは私にあなたのスクリーンとウェブカメラへのアクセスを提供するキーロガーを持っています。

(略)

私は二重スクリーンビデオを作った。 最初の部分はあなたが見ていたビデオを表示しています(あなたは良いと奇妙な味を持っている)、2番目の部分はあなたのウェブカメラの記録を示しています。

というところで感心した。僕のPCにはカメラは付いてないが、どうやってビデオを録画したのだろう? 少し考えて、「まさかスマフォを使った?」と、わずかに心配になったのだが、以下のように、

あなたのメッセンジャー、ソーシャルネットワーク、そして電子メールから連絡先全体を集めました。

という割には僕の名前が分かってない(書いてない)のでw、単なるアホメールだと分かった。実際、メールに書かれていた送金先のBitcoinのアドレスで検索したら、同様なものが数件出て来た。

少し考えたら、僕のPCに完全にアクセスできるのなら、わざわざ外国からメールを送らなくてもローカルに送れるし、文章をブラウザの画面に出して、僕を恐怖のるつぼに陥れることすらできるのに、なぜそうしない??

僕も昔は無知だったので、何かの詐欺サイトにそのアドレス(馬鹿なことに、当時メインで使っていたもの)を入力してしまったようで、それが「馬鹿者リスト」に記録されてしまっているようで、良くスパムが来る。以前書いたようなおもしろいものなら楽しめるのだが、こういう詰めの甘い、詰まらないメールにはうんざりしているので、近々そのアドレスを捨てようと思っている。

ただ、念のため、スマフォは机の上に置かない方がいいかも知れないと思っている。裏返しにしておけばいいかと思ったら、両面にカメラが付いているから意味がないことに気付いたw まあ、前面のカメラは普段使わないので、シールでも貼っておくのがいいかも知れない。

ちなみに、そのメールに書かれているBitcoinのアドレスから犯人を調べて、(同じような内容のw)反撃メールを送ることができるのだろうか? ちょっと興味あるところだ。

(2018/9/26 11:18追記) ニュースで、Firefox Monitorという、メールアドレスとパスワードが流出していないか調べるサービス※を見たので試してみたら、上のアドレスの他に2個が流出していることが分かった。どれも古いし、もう使っていないものなので仕方ないが、意外に多かった。流出元はいくつかあったが、Last.fmが一番多かった。他に、Adobe(流出数は最多)とDropboxからも流出していた。「どこも何やってんだかなあ・・・」と思ったが、自分でもそこらからの流出は覚えていないので、もっと気を付けないといけない。Dropboxは今も使っているので心配になったが、数年前にちゃんと使うことにした時にアドレスなどを変えて2段階認証にもしているので、大丈夫そうだ。あと、10年以上前からパスワードの使い回しはしていないので、流出したアドレスをIDに使っている他のサービスへの影響はない。

※そもそも、このFirefox Monitor自体が偽じゃないのかとか、ここがハッキングされることはないのかとかいう心配もあるが、ここに登録するとしてもメールアドレスだけしか入れないので、大きな問題はなさそうだ。まあ、スパムが来るのは結構大きいが・・・

そして、丁度いいことにw、さっき別のフィッシングメールが来た。naokiさんがコメントに書かれていた、本文にパスワードが書かれているものだ(興味があったので、僕にも来ないかと思っていたw)。調べたが、そのパスワードは正しくないものだった。ずっと昔にどこか(上記の流出元?)で使っていたのかも知れないが、既に変更していたのではないか。それに、流出したサイトのログイン履歴にも記録がないから、「あなたのアカウント*をハッキングし、そこからメールを送りました。 」というのは出まかせなのだろう。詐欺にしても、嘘は良くないね(ぇ?)w

上に書いたように、流出したアドレスは廃止したいが、その前に、Thunderbirdのフィルタを使って、そこに間違って送ってくる可能性のある人(家族)以外からのものは全部スパム扱いするようにした。また、間違って送って来たものには色を付けて目立つようにした。しばらく誰も送って来ないようだったら廃止しても良さそうだし、廃止しなくても、受信したら(スパム扱いでなく、)いきなり削除するようにすれば、全く目に触れないので良さそうだ。

 

PS. 検索したら、対処方法として「検索して、他人にも来てないか確認して、(来ていたら)無視する」というのがあったが、全く甘いと思う。それでいいのは、常にセキュリティ対策を怠らない人だけだ。先進的なものだったら、宛先別にメールを作ることもあるだろう。そして、今回のようなアホメールではなく、「本物」かも知れない。単に無視してのん気に構えていたら、どうなるか分かったものではない。特に、古いAndroidスマフォで気を抜いていたら危ないと思うなあ・・・

PS2. スパムメールに書かれているBitcoinのアドレスをブログやSNSなどに書いて公開するのは、余り得策でないと思う。というのは、それを公開したことで、受け取った人の情報がスパム業者に知られる可能性があるからだ。検索したところ、僕のところに来たアドレスは余り出てこなかったので、数人ごとに変えている可能性がある(Bitcoinのアドレスは自分で作れるらしいから、いくらでも増やせる)。大した情報ではないが、そういうのの積み重ねでもっと強力な攻撃ができる(例: SNSに引っ掛けのメッセージを出す、パスワードを調べる)ので、余り安易に扱わない方がいいと思う。まあ、業者はそこまで暇ではないだろうが、そういうこともあり得るってことは分かっていた方がいいかも。 (9/26 20:14)

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なんか、マンションのポエム的キャッチフレーズのようだがw、さっき本当に思ったのだ。僕が好きな曲種(特にピアノ協奏曲)だけなのかも知れないが、モーツァルトの曲には木のぬくもりを感じる。そして、僕はそれが大好きなことに気付いた。だから、聴いていて安心するのかも知れない。

もちろん、(当時も今もヨーロッパにはないであろう)木造建築ではない感じで、では何かといってもあまり思い付かないのだが、強いて言えば、僕が使っている机のような、木製の調度品なのだろうかと思う。そういうのはヨーロッパにも多いだろう。

この感じがどこから来るのか考えると、まずは曲の雰囲気なのだが、楽器では、オケの木管(クラリネットとオーボエ)だろう。次はバイオリン(実際にはビオラかも)だろう。ピアノにも(音によっては)感じる(この点は、同じ楽器を使っているのにラフマニノフには全く感じないのがおもしろい)。当時使われていたフォルテピアノなら、もっと感じるような気がする(でも、僕はフォルテピアノは余り好きではない)。

だから、同じモーツァルトでも、ぬくもりを感じさせない演奏は好きになれないようだ。おもしろいのは、同じ人でもそれを感じる演奏とそうでないのがあることだ。例えば、(後でも書きたいが、)昨日聴いたCasadesusという昔の人の演奏(ピアノ協奏曲)は、曲によって随分印象が違っていた。

同様に、年代によっても印象が違う。どういう訳か、昔の演奏(1950-1960年代など)より、現代の方が「木質的」で好きだ。昔は工業化が著しかったせいで音も無機質だったが、今は木の良さが見直されたせいということは全くないだろうが、謎だ。

 

ついでに、その他の好きな作曲家と素材・材質の連想を以下に書く。(前にも似たようなことを書いた気もするが、自分でも忘れているので良しとする)

  • バッハは石!
  • ベートーヴェンは鉄?
  • ショパンはガラスか。
  • ラフマニノフは鋼鉄か強化ガラス?
  • ストラヴィンスキーはプラスティック??

ほとんどテキトーであるがw、バッハは当たっている気がする。あと、「布」の人が居ないか考えたが思い付かない。きっと、余り好きでないとか聴かない人なのだろう。 → ドビュッシー辺りかな?

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今日のニュースで、宇宙探査機にそこで開発した製品が使われたという地方の小さい会社を見て興味を持ったので、webを見てみた。ソフトもハードも自社開発していて、結構魅力的だと思ったのだが、結論としては、何となく嫌な予感、あるいは、前の会社のようなニオイがしたので、「イマイチ」となった。

会社情報や業務内容を見て、最初(最後)に「ん?」と思ったのは、履歴書は手書きが必須ということだった。わざわざ明記されていた。手書きにさせる意味が全く分からない。字で性格を見るとかなのか。正式な文書は手書きということなら、偉い人に出す社内文書なども手書きにしているのか?とか思ってしまう。前の会社もそうだった気がしたのだが、今確かめたらワープロだった。紙を郵送はしたが、手書きではなかった。だから、僕にとっては前の会社より時代遅れということになる。

前の会社での経験も含めて想像すると、社内の決まりや仕組みなどが社長や偉い人のいう通りになっていて、改善や効率化などの意見が言えず・通らず・勝手にやると怒られて、古いまま・良くないまま(みんな「いつもと同じようにすればいい」とか「仕方ない」と思うままで)改善されない(要は旧態依然)、あるいは、逆に、偉い人の鶴の一声でしょうもない施策が始まるのではないかと思う。

あともう一つは、ボーナスが(ただでさえ少ないと思っていた)前の会社より少ない(前の会社の通常値の半分)のも気になった。「成果に応じて支給」という書き方でなく、実績が年間*か月分という書き方なので、全員一律なのだろう(それに「ボーナス」という意味があるかは不明だが、まあ、古い体質の会社だとそういうものなのだろう)。会社としてあまり利益が出ていないから、ボーナスに出せるお金が少なく、同様に給与(あるいは昇給)も少ないのだろうと思った。そして、社員の評価基準は明確でなく、偉い人の印象で決まる(評価はボーナスには反映されないので、昇格などに効くのだろう)ような気もした。

利益についての推測: 偶然だろうが、ここは前の会社と規模(社員数)が近い。売上も同様だ。しかし、ここには前の会社にはなかった工場がある。工場があれば、操業や維持のための費用が掛かるだろうから、前の会社より利益率が低いのではないか。損益は公表していないので、実際のところは不明だが。ちなみに、前の会社は、長らく社員どころか役員にすら売上も損益も詳しく知らせていなかった。 (9/24 9:07)

今気付いたが、結局、前の会社よりひどいではないか。何もかもではないだろうが、最初に気になることは意外にずっと引きずるから、やっぱり、僕にとっては候補ではないようだ。でもまあ、地方にも自社開発する会社がないことはないことは分かった。ただ、それがマトモな会社であるかどうかは怪しいが・・・

(改めて明記しておきますが、その会社の内部事情に関することは全部私の想像です。ですので、社名は伏せました。)

 

PS. まるで自分が書いたように、ほとんど同じ意見のブログがあったw 特に同感だったところを以下に引用する。

個人的には、手書き履歴書を重視している会社には行くべきではないと思います。

そういう会社はまず間違いなく古い価値観に縛られている会社です。

例えば、

・毎朝、無意味な朝礼をやっている
・来客時に女子社員がお茶出しをしなければならない空気が漂っている
・営業職でも無いのにスーツ着用
・残業を多くやっている人間が偉い
・有給が消化出来なくて切り捨てられるのが武勇伝
・仕事の教え方が未だに「見て覚えろ!」といった師弟制度(効率的でない)

多くの項は前の会社でもあった。最後だけは僕と少し違うかな。 (9/24 6:20)

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国保になって初めて知ったのだが、保険証(カード)がしょぼい。社保だと(団体にもよるのだろうか)、クレジットカードのようなちゃんとしたものなのだが、国保は紙だ。表はコーティングしてあるがペラペラで、田舎のレンタルビデオ屋(今はもうないのか・・・)の会員証のような感じだ。一応、ビニルのケースもくれたのだが、微妙に大きくて財布のカードポケットに入らない。

それで、きっと丁度いいケースがあるはずだと思ってAmazonなどで探したのだが、どのケースも大き過ぎた。市からもらったケースですらかなり小さいようで、その程度のものすらなかった。仕方ないので、フィルムでできたカード入れ(以下、フィルム袋)を買った。100枚で250円程度(送料込み、Amazon)だったか。サイズが絶妙で良かったのだが、「超厚口」というわりには薄くて(広告をまとめて入れるようなセロハン袋みたいな薄さ)、すぐに破れそうな感じなのが残念だった。まあ、確かに他の製品はもっと薄かったし、厚さは50μmと書いてあったので、それがどの程度かを確認せずに買ったのが悪い。

まあ、100枚もあるから何回破れても交換できると思って我慢していたのだが、今日昼食の後に散歩していて、(暑いので)ふらっと100円ショップ(いつも思わぬものを見つけているところ)に入ってブラついていたら、なんとなく国保のケースになりそうなものがある気がしてきた。そして、いろいろなイメージが湧き、存在すら知らなかったものがあった。

まずは、ラミネート用(いわゆる「パウチ」)のフィルムがあった。これはどこにでもあるが、これを自分で何か(あとでドライヤーが使えそうだと気付いた)で熱すれば機械がなくても密封できそうな気がした。ただ、厚さが薄そうだったので止めた。

次に、オーブントースターで熱すると縮むフィルムがあった。「これだ!」と思って買おうした。が、更に店内をブラつくうちに気付いた。これは、挟んで熱してもシート同士はくっつかないで縮むだけなので、ケースにはならないということに。では何に使うのか見たら、(子どもが)絵を描いて、熱して縮めてキーホルダーにするようだ。縮める意味が分からないが、深くは考えないことにした。

今考えたら、説明書きでは中に物が入るようだったので(要は熱収縮チューブのようなものだろう)、やはり包めば良かったのだろうか? でも、カードを挟んだ場合は(表裏)1枚ずつ縮んで終わる気がする。やっぱり謎だw

それで戻しに行ったら、別の物を見つけた。手で貼るラミネートシート(以下、シート)である。2枚のシートの片方がシール(透明な粘着テープ)になっていて、挟んだカードごとくっつけて密封するのだ。ただ、「剥がしたあとは知りませーん」というスタンスで、中身が再利用できない欠点がある。上に書いたように国保の保険証は紙なので、それはマズい。が、先に買ったフィルム袋に保険証を入れて挟めば、剥がしても保険証は無傷だと考えて、買ってみた。

さっそくやってみたら、フィルム袋に入れた保険証は意外にきれいに挟めたのだが、シートが意外に大きく、そのままでは全然財布のポケットに入らなかった。仕方ないので周囲を切り詰めたのだが、フィルム袋も大きいので、ギリギリまで切るとくっつく領域がなくなって剥がれてしまった。

それで、フィルム袋のフィルムだけを使うことにし、保険証のサイズギリギリの大きさに切り、シール面(保険証の裏面)だけに重ねて挟んで密封して周囲を切り詰めたら、なんとか入るようになった。ただ、左右の余裕が少なくて耐久性に不安がある。あと、角の丸めはハサミでフリーハンドでやったのでイマイチだが、僕の工作精度の限界なのでw、どうしようもない。

今にして思えば、フィルムは袋のを切って作らなくても、料理用ラップで良かった気がする。それに、ラップのほうが薄くて挟むには良さそうだ。もし次回作る時はそうしよう。

裏面は保険証にフィルムを重ねたうえに、面倒になってテキトーにやったので気泡が入ってしまったが、表面は結構厚みのあるビニルシートなので、光沢があって美しい。一見しただけでは普通のパウチのようだが、耐久性が心配だ。パウチと違って糊だし、くっついている面積も狭い(左右は1mm以下)ので、経年劣化や温度変化のせいで剥がれそうだ。次はラミネート用フィルムを試してようか(あるいは子ども用の熱収縮フィルム?)。

今、Amazonで「熱収縮袋」で調べたら、シュリンクフィルム袋というのが出て来た。よく輸入盤のCDを包んでいるやつか。丁度いいサイズがあるかや、厚さが充分かとか仕上がりがシワにならないか気になるが、なんか良さそうだ。そして、子ども用の熱収縮フィルムも同じことなら使えそうだ。

(9/24 9:33) 粘着の強さを調べるために、カードを財布から出しておいたら、一日も経たないうちに左端が剥がれて来た。この狭さでは粘着では無理があり、パウチのように熱で溶着するなどしないと駄目なようだ(パウチにしても弱そうだ)。が、naokiさんがコメントで教えて下さったように、保険証は毎年交換のうえに破損したらすぐ交換できるようだし、フィルム袋は大量にあるので、これ以上は頑張らずに袋に戻すことにした。短い命だった・・・

 

PS. 他にスマフォのディスプレイ保護シートも使えそうだったが、意外に小さくて、1枚で1回分しか取れなさそうなので止めた。それに、今となっては、周囲をうまく切れないような気もする。

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iPhoneのカメラの性能が上がって、誰でもいい写真が撮れる?

えぇ?

(今は酔っているので、詳細は追って書きますが、分かる人は分かるでしょうし、そうでない人はそれなりにw)

キーワード?

  • ベルリン・フィル
  • スタインウェイ
  • アビーロードスタジオ

 

まあ、題と一行目だけで充分かもね。たまには短く終わりにしようか。だって、分かる人はそれだけで分かるし、そうでない人は数千文字書いても分からない気がするから・・・

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復興に水を差したくはないが、そして、確かに大地震で全く問題なかったところは多いんだろうが、でも、次にどこがどうなるか(本当にもう安全なのか)、分かる人は居るのだろうか? 地震(火山の噴火なども同様。以下、そういう自然災害(= 天災)を意図している)は予知できないので、大きいのが起こったら、また起こるかも知れないと思うのは当たり前ではないか。そもそも、気象庁だって、まだ余震に気を付けろと言っている(あるいは、「もう安全です」とは言っていない)はずだ。それなのに、「(もう大丈夫だから、)どんどん来てくれ(行こう)」ってのは、ちょっと無責任ではないかと思う。

ただ、地震は予知できないという観点では、日本のどこでも同じようにリスクがあるから、地震が起こったところとは全く別のところに行っても、あるいは、どこにも行かなくても災害に遭う可能性はあるだろう。ただ、上に書いたように、(経験則あるいは本能で、)直前に大きな地震があったところでは、続けて大きいのが起こる可能性は他の場所に比べて高そうだと考えられるから、やはり、直近に地震が起こっていないところに行くほうが、確率的なリスクは低そうではないか。そして、飛行機などで行くような遠い場所は、災害が起こったら帰れなくなってしまうのだから、遊びで行くのをためらう・ためらわせるのは自然だと思う。

具体的な話になるが、先日の大地震では信じられないくらい大規模な停電があった。それは、その地域の電源システムがとても脆弱だという証拠である。僕としては、それが解消されない限り、安心して遊びに行けるとは思えないが、どうだろうか? もう大規模停電は起こらないようになったのか、今度大きな災害や大規模停電があったとしても、前回のように旅行者を暗い夜に露頭に迷わせることはないと保証してくれるのだろうか?

こういうのを「風評」と言うのであれば確かにそうで、それで減収のような「被害」はあるだろうが、僕はこのように考えている。逆に、確たる証拠もなしに「安全」とうたうのも、一種の風評ではないか?

(2019/2/23 6:24追記) 大きいのが起こってから半年くらい経ったが、「大きいの」はやっぱり起こった。やっぱり、すぐに安心してはいけないのだと思う。

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先日、Thunderbirdでメールアカウントを一時的に無効化する(例: 新規メールを受信しない)方法が分かった。以前検索しても見つからなかったので書く。ただ、Thunderbirdの内部設定を変更するので危険が伴うのと、自分でも充分に確認した訳ではないので、試す方は設定などのバックアップをしたり事前に調査・確認するなど、充分な準備をされたい。以下を読んで内容が理解できない方は、絶対に実行しないで下さい。トラブルの相談をされるのは困ります。

Thunderbirdで、メールアカウントの設定や既存のメールを残したまま無効化(一時停止)して、新規メールを受信しないようにする手軽な方法はない。設定で新しいメールを受信しないようにしても、思わぬ時に受信してしまう。検索して出てくるのは、そのアカウントを削除することである。削除したら設定や既存のメールがなくなってしまうので、とても不便だ。しかし、設定エディタを眺めているうちに、アカウントの種類を「ローカルフォルダ」に変更すれば無効化できることに気付いた。ローカルフォルダは1個しか作れない訳ではないようで、筆者の環境(Thunderbird 52.9.1 (64-bit), OS: Linux)では、以下のように2つできている。

Thunderbirdのローカルフォルダを2つにした。

メールアカウントの種類を「ローカルフォルダ」に変更する手順を書く前に、関連する主な設定を以下に示す。なお、以下で、NMはサーバやアカウントの番号を示す数字(例: 1)である。設定の意味や値は筆者の推測であり、ThunderbirdのバージョンやOSによって名前や意味や値が変わる可能性がある。

  • mail.server.serverN.type: アカウント(サーバ)のタイプ
    • "none": ローカルフォルダ
    • "imap": IMAP
    • "pop3: POP
  • mail.server.serverN.userName: サーバのユーザー名
    • ローカルフォルダの場合、"nobody"
  • mail.server.serverN.hostname: サーバのホスト名
    • ローカルフォルダの場合、"Local Folders"
  • mail.server.serverN.name: アカウント(サーバ)の名前(Thunderbirdの左側のアカウント・フォルダ一覧に表示される)
    • ローカルフォルダの場合、"ローカルフォルダ"
  • mail.server.serverN.directory, mail.server.serverN.directory-rel: そのサーバのメール格納ディレクトリ。前者は絶対パス、後者は(何かからの)相対パス。なぜ2つあるかは不明。
  • mail.server.serverN.check_new_mail: そのサーバから新しいメールを受信するか
    • "true": 受信する
    • "false": 受信しない
  • mail.server.serverN.storeContractID: そのサーバのメールの格納方法 (mbox または maildir)
    • "@mozilla.org/msgstore/berkeleystore;1": 全メールを1ファイルに格納 (mbox: 通常)
    • "@mozilla.org/msgstore/maildirstore;1": 各メールごとに別ファイルに格納 (maildir)
  • mail.account.accountM.server: アカウントMのサーバ名(上記の"serverN"に相当する)の指定 (例: "server7")
  • mail.accountmanager.accounts: 有効なアカウントリスト
    • 有効なアカウント名(上記"accountM"に相当)を","区切りで列挙する。

既存のIMAPなどのアカウント(実際にはサーバ)のタイプをローカルフォルダに変更して(一時的に)送受信しないようにする手順を以下に示す。例にはサーバserver7を「ローカルフォルダ2」に変更する場合を書いた。

  1. 設定エディタを起動する。
  2. 変更したいアカウントのサーバを調べる。 → 例として"server7"とする。
    • "mail.server."を設定エディタの検索フィールドに入れ、列挙される設定中のホスト名(例: "mail.server.server7.hostname")などで判別する。
  3. そのサーバの種類を「ローカルフォルダ」に変更する。なお、そのサーバでの送受信を復活させる時に再設定することになるので、変更する前の値を記録しておくこと。
    • mail.server.server7.type: "none"にする。
    • mail.server.server7.userName: "nobody"にする。(おそらく設定不要)
    • mail.server.server7.hostname: "Local Folders2"にする。(おそらく設定不要)
    • mail.server.server7.name: "ローカルフォルダ2"にする。(おそらく設定不要)
    • mail.server.serverN.check_new_mail: "false"にする。(おそらく設定不要)
  4. 設定エディタと設定を閉じ、Thunderbirdを再起動する。

再起動後は、元々IMAPなどだったメールアカウントが2個目のローカルフォルダになっているはずである。もちろん、メール送受信は行われない。

なお、ローカルフォルダのディレクトリを既存のものと変えるには、新しいローカルフォルダ用のディレクトリを作成し、mail.server.serverN.directoryとmail.server.serverN.directory-relに指定すれば良い。

また、アカウントの種類(例: IMAP → POP)の変更も、今回と同様な手順でできそうだ(ただし、種類変更に伴う追加の設定が要る。筆者は試していないので、各自挑戦されたい)。

設定変更に失敗するとアカウントが見えなくなってしまうことがあるが、その場合は以下を行うと復活できる可能性がある。

  1. 設定エディタを起動する。
  2. mail.account.accountM.serverで、見えなくなったサーバのアカウントを調べる。 → 例として"account9"とする。
    • server7が見えなくなった場合、mail.account.accountM.serverの値が"server7"のものを探す。
      • "mail.account.account"を設定エディタの検索フィールドに入れ、列挙される設定のうち、mail.account.accountM.serverの値が"server7"のものを探す。
  3. mail.accountmanager.accountsに上記アカウントが含まれていないはずなので、追加する。
    • mail.accountmanager.accountsの最後に",account9"を追加する。
  4. 設定エディタと設定を閉じ、Thunderbirdを再起動する。

再起動後は、見えなくなったアカウントが見えるようになっているはずである。

上記とは直接関係ないが、メールの格納方法(例: mbox → maildir)の変更は容易ではない(筆者はそもそもそれがやりたかった)。設定エディタで格納方法(mail.server.serverN.storeContractID)を変更することは可能だが、それまでに格納されたメールの保存形式はそのままなので、見えなくなってしまう。エクスポート・インポートのアドオンを使うなどして、自分で保存形式を変換するしかない。なお、筆者の使ったアドオンImportExportToolsではうまくできなかった(階層化フォルダを一括エクスポートする場合、各メッセージを個別ファイル(eml)にすることができない)ので、過去の受信メールを変換するのは諦めた。

また、現在のThunderbirdの不具合・制限なのか、maildirの場合には検索フォルダがうまく動かない(Thunderbirdを再起動すると表示されなくなってしまう)ようなので、注意する必要がある。筆者は、そもそもローカルフォルダをmboxからmaildirに変更したかったのだが、この問題があったので、ローカルフォルダを2つにして片方をmboxにし、検索フォルダをそちらに入れている。また、上記のように過去の受信メールの変換も諦めたので、それも入れている。

そもそも、なぜ、ローカルフォルダをmboxからmaildirに変更しようとしたかを書くと、筆者は読んだメールをサーバからローカルフォルダに移動している。しかし、この状態で長く使っていると、受信メールのファイル(mbox)が肥大化するので、いろいろと都合が悪い(例: mboxが大きいと処理が重くなる。1メールの受信(移動)ごとにmboxが更新されるので、バックアップ対象のデータ量が無駄に大きくなってしまう)。そもそも、サイズが無限に大きくなるファイルを作ること自体が非常識だ(センスが悪い)。そこで、近頃追加された(前からあったのかは不明)maildirにして、各メールを個別のファイルにすることで問題を解消しようとした。

このように、Thunderbirdにはいろいろな不満があるのだが、現状では他にいいものがないので、試行錯誤しながら使っている。

(9/22 15:04 ローカルフォルダのディレクトリについて修正)

 

PS. こういう情報を書く時にいつも思うのは、本来書くべきサイト(例: ユーザーフォーラム)に書いた方がいいだろうということだが、どうしてか、MusicBeeのフォーラム以外ではまともに反応があったことがないので(MusicBeeの翻訳をやっていたのは、そういう「張り合い」があったことも大きい)、書くだけ無駄だと思い、ここに日本語で書いている。僕の英語が良くないと思われるかも知れないが、それだけでもなくて、なんとなく、海外のサイトには排他的な雰囲気があるように思う。こっちは日本に閉じこもるつもりは毛頭ないのだが、海外には意外に許容力が低い人が多いようだから仕方ない。まあ、それで彼ら自身が損しているのだから、別にいいけど。

それから、公式サイトは、大抵の意見や不具合報告に対して「ありがとう。検討します」などで終わってがっかりするので、全く書く気がしない。

まあ、近々、Google辺りが自動翻訳を強化して、日本語で書いたって、英語(でも他の言語でも)で普通に検索できるようにしてくれそうだから、もう英語で書く必要はないのではないかとも思っている。そういう時に重要なって来るのは、(国際的に通じやすくなるように、)論理を明確に書くということだろうか。

そして、「英語が国際語」というのは、そろそろ過去の話になるのではないだろうか。どうですか、R社のミッキーさんw

PS2. 実は、メールの保存形式の変更(mbox → maildir)に失敗していて、ある日以前の受信メールがなくなっていたことに、さっき気付いたw 変換前のファイル(mbox)が残ってなくて慌てたが、バックアップがあったので無事回復できた。ここで気付いたのだが、保存形式の異なるフォルダ間でドラッグ・ドロップでメールの移動ができたので、上記のエクスポート・インポート処理は不要なのかも知れない。 (9/21 19:38)

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(こういうマニアックな投稿には誰も反応してくれないのは分かっているが、書かないことには始まらないので書く。でもまあ、読まれた方は、騙されたと思って聴いてみて下さい。)

 

飽きずに、「春の祭典」(初出: 1913)を聴いた。今も、先日買ったアムランとアンスネスの(2018)だ。正直言って、曲を理解なんてしていないが、かなり好きだ。でも、ひとつだけ不満がある。

終わり方がそっけなくて、物足りないのだ。笛が「ヒュー」っと鳴って、打楽器で終わりなのだ。なんか余韻がなくて、「はい。もう時間だよ、帰った帰った!」って言われている気がするのだ。

別の言い方をすれば、「ペトルーシュカ」に似ていると思うのだが、取って付けたような、いかにも「もう飽きたから終わりにします」みたいな感じが嫌だ。もちろん、作者の気持ちなど知らないが。でも、もっと別の終わり方にして欲しかった。

(20:33追記) 書いたあとで気付いたのだが、聴いたのは4手ピアノ版なのに、「笛」とか「打楽器」とか原曲(オケ版)のことを書いている。それほど彼らの演奏が自然だったのだろうか。あるいは、僕の頭の中に原曲がしみついていたのか、単に酔っているからだろうか。いずれにしても、彼らの演奏はすごいことが分かった。ただ、ピアノ版の作成意図は分からないのだが、僕としては、純粋なピアノ曲として聴こえるのがいいと思うから、こういうふうにオケ版を連想させてしまうのは失敗なのかも知れない。とはいえ、普通は、ピアノ版は練習などのために作るのだろうから、これでいいのかも知れない。やっぱり本人に聞きたい。

では、どうしたらいいのだろうか? と言っても、作者は生きてないし、存命だって議論することなどできないが(もし彼が今行きていたら、twitterとかで話し掛けられるのだろうか? それはかなり魅力的だが、実際には、今の演奏者にFacebookなどでコメントしてもまず返事がないから無理か・・・)、ちょっと考えてみる。

もちろん、ラフマニノフのような派手でワンパターンなのは論外だ(でも、すごく興奮するから好きだけどw)。ベートーヴェンのオケ曲は余り好きじゃないし、良く知らない。

それでは、モーツァルト?? (といっても、彼の曲の終わり方のパターンをイメージすることはできない。あれは、どう考えても彼の才能がつくり出した終わり方(雰囲気)だ。と書いたが、実際には当時の普通の終わり方なのかも知れない。) やっぱり違う。

やっぱり、ストラビンスキーには彼なりのやり方があるはずだ。でも、悲しいかな、そんな知識はない。知っている範囲でしかないのだが、(作者は違うが)「展覧会の絵」的なのがいいかな。オケ版(ラベル編)だと、くどくてラフマニノフみたいに派手でいかにもだけど、ピアノ版はしっとりしているし、もちろんそっけなくないし、最後にオクターブのトレモロで「ダラララ〜ン」とフェードアウトするところが大好きだから、いいと思う。どなたかやって下さい!w

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「100%…SOかもね!」とは言わないw 僕は天才じゃないので、ひがみはあると思う。

確かに、世の中に天才プログラマーは居ると思うが、成功(= 成果が世の中に認められる・広まるなど)のための必要条件ではないと思う。まあ、十分条件ではあろう。というのは、今の世の中は余りにも大規模・複雑化しているからだ。ソフト開発は芸術と違うので、一人がすごいことをしても・すごいものを作っても、それだけではまずうまく行かない。

もっとも、下に書いたように、芸術だってすごい作品を作った・演奏(演技)しただけでは駄目だってことはある。ただ、芸術は天才が居なければ始まらない(→ 天才が必要条件)ところが、ソフトなどとは違う。

天才プログラマーがうまくいくために必要なのは、サポートだと思う。昔の芸術界でのパトロンのような人だ。天才が作ったものを(あるいは、天才にお金を出して売れそうな物を作らせて)世の中に出す人が必要だ。他に、ほとんどのソフト(ハードも)は一人では作れず、多くの人が携わるので、オーケストラの指揮者のように、その人たちをまとめる必要もある。そんなのは天才プログラマーにはできないだろう。

具体的な例を挙げると、仮にウォズ(Appleだった人)が一人だったら、AppleやMacは出せなかったということだ。彼にはジョブズが必要だったのだ。逆に、ジョブズにウォズは不可欠だったかというと、そうでもないと思う。ウォズが居なかったら、別の人を騙してやってたはずだw

(12:38) ウォズはMacに関係なかったので訂正した。逆に、彼が居なくてもすごいものは作れたことが実証された?

一方、トーバルズ(Linuxの人)は、天才かつサポーターといえる珍しい人なのかも知れない。ただ、Linux自体は全く目新しいものではなかった(元々あったUNIXを自分で作った)ので、天才とはちょっと違うようだ。これに関しては、天才かつサポーターはUNIXの人(トンプソンら)だが、彼らは天才と言うにはちょっと違って、「普通の、でも、石頭でないコンピューター好き」って気がするが、実際のところは不明だ。

だから、天才プログラマーは必ずしも主ではなく、サポートする人とか尻を叩く人とかパートナーが重要なのだと思う。結局、世の中のほとんどは文系の人(= 必ずしも自分で作らない人)に動かされている訳で、僕としてはおもしろくないことではあるが、本当なので仕方ない。

 

PS. 全くの余談だが、自称も多いので結構呆れる。天才とは書いてないが、あのWindows 95やIEを作った人が偉そうなことを言っているのを読むと、「へぇ、さすがだ()」と思ってしまう。あと、レシートを買い取るとかいう、1日で終わった革新的なサービスwのガキは天才と言われていたっけ。

 

(貯・溜まったタネは大分減った)

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自分でもおせっかいな気がしますがw、Himajinさんの投稿にちょっと返信します。

ラベルリストのラベルに文字化けがあるとのことでしたが、僕の環境(LinuxでVivaldiとFirefox)では全部大丈夫でした(→ )。もしかしたらブラウザの問題かも知れませんので、別のブラウザでも試されはいかがでしょうか。

(10:16追記・変更あり) 今、新しい投稿の画像を見ました。すみません、僕の環境(Vivaldi)でも駄目でした。てっきり日本語が化けていると思って、見落としていました。あと、IE11でもそうなっています。そこの部品の問題ですね。Seesaaの部品を使っているのでしょうから、直すのは難しいかも知れません。。。 一番安直なのは、タグに特殊な文字(&など)を使わないことです。例えば、僕は嫌いなのですが、半角の&を全角の&にすると直ります。

(10:44追記) ページのソースを見たところ、その部品に問題があるようで、"&"が"&amp;"と表示されるようになっています。以下、大変細かいですが、説明を書きます。

タグ"HMV & BOOKS online"の箇所のソース(主要部のみ。太字は筆者):

<nobr>HMV&amp;amp;BOOKS online&nbsp;(4)</nobr>

上の太字部分("amp;")が余計で、以下のようにあるべきです。

<nobr>HMV&amp;BOOKS online&nbsp;(4)</nobr>

ブラウザでの処理を書くと、"HMV&amp;amp;BOOKS online"の"&amp;"は"&"になり、"amp;"はそのまま出るので、結局"HMV&amp;BOOKS online"と表示されます。それが今回の問題の原因になっています。

その部品の"&"の処理がおかしいように思います。&などの特殊な文字の処理を重複して行っているのかも知れません。考えられる対処は、その部品を修正するか、タグに特殊な文字を使わないか、全角にすることでしょう。

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会社(転職情報)のクチコミサイトを見ていて思ったことがある。評価項目の中に、「教育」とかいうのがあって、大抵、「入っても、何も教えてくれない(講習会などがない)」とか「セミナー受講は自費」とか「資格に受からないと費用は出ない」などど不満が書いてあったのだが、なんか甘いと思った。

僕は、事務とかは別として、専門的なことで、今まで会社の(押し付けの)講習会とかセミナーとか受けたいと思ったことはないし、受けさせられて「これはためになった。明日から3倍の速さで開発できる!」なんて思ったことなどなかった。

会社は学校じゃないんだから、必要なことは自分で勉強したり周りに聞くものだと思う。頼みもしないのに教えてくれるのを期待するなんて、甘い。そもそも、自分が何を知りたいか、会社や周りは分からないではないか。古いけど、技術は盗めとかいう話もある。そのくらいでないと、身に付かないだろう。例えば、教育体制がないという文句を書いた人は、何かの講習(例えば、Python講習会)などを受けたら、その分スキルが上がったのか(例ではPythonが自由自在に使えるようになって、売り物のアプリが作れるようになったか)と聞きたい。僕からすればありえないことだ。そういう人が居たら、感心する。それでも、僕はその講習会には出ないだろうw

かといって、会社は社員に何も教える必要はなく、放置しておけばいいとは思わない。例えば、最初と次の会社で教わった、知財権・特許・オープンソースの話は、確かに役に立っている(とはいえ、これは専門というより事務の話に近い)。それでも、必要なことは自分から学ぶ姿勢は必要だ。その上で、勉強するのに必要な本などにお金を出してくれるのなら、まともな会社だと思う。

ちなみに、前の会社は教育する気が皆無だった。教育という意識はないのだろう。僕はそれでも良かったが、若い人は基本的なことを知らないうえに、自分から学ぶ気がある人はほとんどいなかった(言われたことの理由や基礎などを考えようとせず、とにかく言われたとおりにやるだけ)から、この先どうなるか大変興味深いものがあるw

と、今回は結構まじめなことを書いた。でも、今は手取り足取りの時代なのかも知れず、古い考えなのかも知れない。でも、それ(手取り足取りを期待する・良しとすること)って「IT奴隷」への道かも?

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昨日、「仮に会社に勤めるとしたら、今住んでいる付近にこだわらなくてもいいのでは?」と気付いた。一人だし、ここに特別な執着はない(都会でないから住んでいる)ので、やる気が出ればどこにだって行ける。もちろん都会は嫌だが、田舎(地方都市の意)なら大抵のところは許せる。欲を言えば、ここから近ければ引っ越しが楽だ。そこで、試しに、栃木周辺の茨城、群馬、埼玉(の田舎)、福島などを候補に、良さそうな会社はないか探してみた。

あらかじめ書いておくが、もちろん、僕の条件は厳し過ぎる(虫が良過ぎる)。ただ、みすみす今までのような嫌な思いはしたくないので、(基本的には会社には入りたくないが、会社員にもメリットはあるので、)仮に入るとすれば、最低限の条件を満たす(例: クソジジイ ワンマン社長でない、組織がまとも、自社製品開発をしている)ことが必要だ。

それが無理なのであれば、別の方法をとるしかないと思っている。今はどちらにするかは決めていない。そもそも、まだ働く必要を感じていない(「何様?」と言われても仕方ない書き方になるが、「おもしろければ働きたい」とは思う)。まあ、事前に決めなくても、決まる時にはどれかになるから、どうでもいいのだろう。

まずは、以前naokiさんに教えて頂いたサイトで調べたのだが、10社程度候補が出たものの、どれも難点があって、「是非行きたい」と思えるところはなかった。そして、派遣が多い。検索なので、出るだけなら仕方ないが、一見、そうでないように(「正社員」と書いてあって、普通の技術系社員のように)見えるところが多いので、巧妙というか、気が抜けない気がした。が、何社も見るうちに、すぐに見分けられるようになったw

時代が変わったのだろう。今は本当に派遣(非正規雇用)が多いのを実感した。以前、「非正規雇用も検討の価値はある」というようには書いたが、それは条件がまともな場合で、現在の派遣はそうでない(≒ 使い捨て)ことは今まで散々見聞きしているので、今回は対象外だ。

それに、ちょっと考えれば、本当に自社でオリジナルの製品開発をしている(できる)会社なんてなかなかないのはすぐに分かる。検索して山のように出る、「**開発」などとうたっている会社全部が自社製品開発なんてできる訳がない。もしそうだったら、世の中は(売れない)製品だらけになってしまう。

ただ、そこに行けば自社製品開発ができるかのような、詐欺的な記述は止めて欲しい。というのは、昨日見た中に、かなり悪質なところがあったのだ。確かに自社製品はある(webにしょぼいのが1個載っていたw)が、会社案内を見ると派遣業の資格も持っており、webではいかにも社員は自社製品開発をしているように見えたのだが、募集の文章を最後まで読むと、

社員は派遣事業の他に、請負または社内開発業務に就く場合もあります

とさらっと書いてあって、思わずのけぞった。ほとんど派遣じゃないか! 何も知らずに入ったら、「では、明日から*社に行って下さい」になるのだろうか? 恐ろしい。。。 ここは社名がすごくて(「(株)音響システム研究所」(←あくまでも架空です)のような、すごい身の程知らず 大風呂敷な名前だ。そういえば、前の会社もそうだったなw)、一見実直そうだが、実はうさんくさいようだ。同様に、地味な名前だけど実際には派遣の会社は結構あった。派遣というと「*テクノロジー」のようなカタカナの名前のイメージだが、地味な名前の会社も結構あるので、騙されてはいけないと思った。

それから他のサイトも探して追加が数社出たが、やはり似たようなものだった。分かったのは、栃木辺りには自動車関係(特にホンダ系)の仕事が多いことだ。だから、畑違いの分野(本当の制御系)でも入る勇気があれば(&雇ってもらえれば)、仕事はありそうだ。ただ、今はホンダ車には魅力を感じないし、ホンダ系の会社に入る時は車は換えなくちゃならないのかなんて、ほとんど冗談だが、心配してしまったw まあ、「畑違い」と書いたとおり、僕には制御系は鬼門なので(難しいので学生時代は避けて通ったw)、まずないと思う。あるとすれば、車の情報関係(例: 車内NW、メーター・オーディオ・ナビの「制御」)だろう。

余談: 上で「本当の制御」と書いたのは、ソフトで「制御」というと、大抵は、家電みたいなちょっとした機器の制御プログラム(ファームウェア)で、「ハード(チップ)をいじるだけの簡単なお仕事です」なのだが、車などのような物では難しい式(状態方程式とか微分方程式とか・・・)を駆使して、物体を意図どおりに動かす・停めるというところが本物なのである。失敗したら、まさにとんでもないことになる。数学の得意な人でないとできない仕事だ。

(9/22 13:45追記) 上で「ホンダ系の仕事が多い」とは書いたが、情けないことに、僕は重要なことを忘れていた。さっき、趣味と実益で読んでいるまとめサイトの一つ(車ちゃんねる)の記事(「【速報】「ホンダは自社で技術開発をしていない?」というブログがSNSで拡散中wwwwwwwwwwwww」)を読んで思い出させられたのだが、大企業は自分では開発していないのだ。確かに、広義の開発はしているが、実際には仕様検討や設計程度で、大半は外部に依頼(発注)して、それを製品にまとめて売る程度なのだ(自分もそれが嫌でベンチャーに行ったのに、すっかり忘れていた)。そして、ホンダもそうだったのだ。。。 求人には「**の開発」とは書いてあるが、決して自分でプログラミングをする(あるいは、自分たちで物作りをする)などとは書いてないはずだ。まあ、気付いて良かった(そう言えば、ホンダの求人を見た時にちょっと感じた嫌な雰囲気は、これだったのかも知れない)。

結局、大企業でも小さい企業でも自社でプログラミングしないとなると、「プログラマーの会社員」になるのは、すごく狭き門なんだなぁ・・・

他に収穫だったのは、会社の評判(クチコミ)のサイトがいくつか見つかったことだ。Amazonのレビュー同様、その内容が全部正しいとは思えないが、火のないところに煙は立たないというように、悪い書き込みというのは社員が何らかの嫌な思いをしたから出ているのは確かなので(ライバル会社の社員が書くほど暇とも思えない)、それが多い会社はそれなりのところなのだと思う。「ワンマン社長」とか「変化を好まない社風」なんてあったら、それはまず正しそうだ(少なくともそういうところに自由や新規性を求めて入ってはいけない)。だから、そういうサイトを使って、ある程度のフィルタリングができることが分かった。

という訳で、「いい会社はそう簡単には見つからない」という、当たり前ことを再確認した。

 

PS. そういえば、今は地方で、U・Iターン転職支援とかあるから、そういうのを探すと、支援金とかもらえていいかも知れないな(ただ、お役所のいかにもな「やってますアピール」が多そうな感じがしないでもない。あと、余りにも田舎で住みにくいとかは多そうだ)。僕の場合、田舎からなので、―ターンとでもいうのだろうかw

PS2. 僕は関東(一都六県)では群馬だけには住んだことがないので、その点では候補にいいかも知れない。でも、なんか埃っぽいイメージがあるのは思い込みかw

PS3. 上に挙げたある文言で検索したら、信じられないくらいホワイトな会社が出て来た(ただし、都内)。「残業0」とうたっているし、ホワイト企業の賞も受賞している。Webに書いてあることが いちいちまっとうで、うなずける。自社製品はなさそうで、受託開発がメインだが、派遣や常駐ではなく自社内で開発するそうだ。いいことずくめで半信半疑だが、探せばいろいろあることは分かった。 (18:01) ← 案の定、クチコミは散々だったw (18:12)

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今年の頭辺りにHMVの広告で見てから、ずっとSpotifyでの配信を待っていたのだが、全然入らないので、調べてみたら、どうもレーベル(Hyperion)のトップが石頭で、反Spotify派のようだ(参照: "Is Spotify good for classical music?" (2014): "Hyperion"で検索: 真ん中辺り)。以下にその言い分を引用するが、僕は全く賛成できない。

Services like Spotify and YouTube are great for the consumer, but they’re training an audience into thinking that classical music has no intrinsic value in terms of money. And the Spotify model does not work for classical because as a proportion of listeners, there is not enough traffic for it to generate the sort of income a label needs to invest in a performer and recording.

前半は、「(Spotifyなどは)ユーザーに『クラシック音楽にお金を払う価値はない』と思い込ませる」といった主張だが、どうしてそういうことになるのだろうか。「妥当な料金で正当に聴けるのなら、お金は払いたい」と思う人が配信サービスを使っているのではないだろうか。どんなジャンルだって、お金を払う価値はないと思う人は、サービスに入らないと思う。昔のスウィフトのような主張なのだろうか。

後半は、「クラシックを聴く人が少ないから、商売にならない」ということのようだが、そんなこと言ってるから、更に聴く人が減るのではないかと思う。別に、配信サービスだけで商売しなくたっていいのに、どうしてこういう考えになるのだろうか。配信サービスからのライセンス料が少ないのが背景にあるのだろうが、値上げ交渉の余地はないのだろうか。それに、そもそも、CDなどを作った時点でコストは償却されるだろうだから(今は、それで収支計算しているのではないか)、多少安くたって出したほうがいいと思うし、勝手なYouYubeや違法ダウンロードよりはずっといいと思うが。そもそも、これはレーベルの(営業的な)論理であって、演奏者の意見ではないところが、身勝手な気がする。演奏者が認めれば出せばいいのに。

上の記事を読んだら、石頭の下に書いてある、(若い)チェロ奏者Alisa Weilersteinの意見がすごくまっとうで賛成できた。やはり、石頭が言っているのは、レーベルとか老人の論理なのではないか。まあ、確かに、レーベルがなくなってしまったら、演奏を録音・販売できなくなってしまうが、いつまでも高コスト体質のままでいるのは良くないような気がする。ただ、そもそもクラシック音楽の録音・販売にはお金が掛かりそうなので、難しいのは分かる。下手をするとメジャーレーベルしか残らないことになりかねない。だから、もっとローコストな方法を探すべきなのだろう。

それに、記事に書いてあったように、クラシックの好きな人は、まだレコードだのCDだのの物理的なコレクションが大切な人が多いらしいから、当面はそこに売って行けば収入は確保できるではないか(古い人は、「ここは配信サービスにも出しててけしからんから、CDを買わない!」とは言わないだろう)。そして、新しい人用に配信サービスの経路を追加すれば、少ない支出(ほとんど0?)で少しは収入が増えるし、知らない人に聴いてもらって裾野が広がる可能性があるから、悪いことはないと思う。

と、いろいろ思うところはあったのだが、待ってても永遠にSpotifyには入らないことが分かって観念し、もしやと思ってHyperionのサイトに行ったら、ダウンロード購入できることが分かり(実際には、最初に、もうちょっとCDやダウンロード版を安く買えないものかとHyperionのサイトを検索し、そのあとでSpotifyに入る可能性を調べたら上の記事が見つかった)、試聴しても悪くなかったので、少し迷ってから買った。そのサイトは全体的には良い方だと思うが、いいところと悪いところが混在していた。

  • いまだにFlashの「ダウンロードマネージャ」を使っており、僕のブラウザではもうFlashなんて動かないから、1曲ずつダウンロードすることになって面倒だった。せめて、「全部ダウンロード」の機能が欲しい!
  • でも、アルバム全体でなく、欲しい曲だけ買えるのはいい。しかも、トラックごとでなく、曲(ここでは「春の祭典」)をまとめて買えたのが良かった(それで割り引きがあると思い込んでいるが、実際にはどうだったか)。
    • こういう「切り売り」は上の主張に反していて、むしろSpotify的な気がするのだが、そうではないのだろうか? クラシック的に売るなら、アルバム全体でしか売らない方がまっとうに思えるが、それでは誰も買わないのを知っている?w
  • CDのブックレット(PDF)がダウンロードできるのはいい。でも、見ないけどw
  • MP3とかの圧縮版だけでなく、(非圧縮の)FLAC版があるのもいい。
  • ファイルのタグはちゃんとしていて、全く修正が要らなかったので、感心した。購入日と再生ゲインを追加しただけだ。
  • ジャケット画像が埋め込まれていて、これも手間要らずだった。
  • 曲間での音切れもない。当たり前ではあるが、重要なことだ。FLAC版やタグの件も含めて、この辺りは「分かってるな」と感じた。
  • PayPal対応で、気軽に買える。

価格は、「春の祭典」だけの14曲でGB(UK)£4.8で、PayPalでは約740円だった。為替レートより高いのだが、手数料が高目なのだろう。調べたら、クレジットカードだと少し安いようだが、数十円の差なのでPayPalにした。なお、CDだとAmazonで1800円くらいなので、曲を絞ったせいもあって、かなり割安になった(アルバム全部のダウンロードは約1300円)。ファイルサイズは、FLAC版でも全部で約120MBと、小さかった。

そして、肝心の演奏は「言うことない」と言えるくらい良い。最初から最後まで、「うっ」と思うことがなくw、流れるように進んだ。サイの(2000)のような驚きはないが、正統的な演奏でいい。オリジナルはオケ用だが、元から2台ピアノ用と思えるくらい自然、かつ、物足りなさを感じなかった(これは、僕がピアノ好きだからなのはあると思う)。ピアノの音もいい。好きな音だ。そして、乗れる(本来はすごく変なリズムらしいが・・・)。あっという間に聴き終わってしまった。「うーん、うまい。もう一杯」と、また聴いているw

 

PS. やっぱり、Hyperionの考え方では駄目だと思う。というのは、売り切りのCDやダウンロード販売では、売ったあとに何千回再生されたって収入は1円も増えないが、配信サービスなら、再生されるたびにお金が入るのだから、みんなに何回も聴かれるようないい演奏を出せば、より稼げるはずではないか。レーベルはそういう考えでやって欲しいと思う。 (9/25 21:19)

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